メイン > 週刊ダイヤモンド『今週の逸冊』 > 2007年4月7日~6月30日

日本国の原則―自由と民主主義を問い直す
日本国の原則―自由と民主主義を問い直す原田 泰

日本経済新聞出版社 2007-04
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おすすめ平均 star
star「自由と民主主義」の伝統を尊重するという原則
star「失われた十数年」においても「失われていないもの」

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歴史や哲学にまで視野を広げ論じる日本国にとっての自由

本書は現在、論壇で精力的に執筆活動を行なっている著者の最新論考である。本書のタイトルにあるとおり、内容は経済に限らず、政治、文化、歴史、哲学を縦横に織り込んだきわめてユニークな日本論になっている。

アカデミズムの世界では専門領域の蛸壺に入り込んで、なかなかそこから抜け出せないのが普通であるが、著者はもともと経済企画庁で日本経済全体を見渡すことを仕事としてきており、また個人的な興味からか、歴史も古典から現代書までを自由に渉猟し、分野を超えた議論をすることにいささかの躊躇も見られない。

本書の主張は、自由こそが国家発展の鍵であり、自由を保証するかたちでの民主主義の維持が、日本国にとって最も重要だということである。それさえ確保できれば、少子化になろうが、地域紛争が勃発しようが、なんとか対応していけるだろうという建設的な楽観論で貫かれている。

全体的な歴史的、政治的判断はきわめてオーソドックスでありバランスが取れている。たとえば、日本軍が満州国で行なったことは、日本国民の貧困を救済する意味でも、東北中国の発展に寄与するという意味でもまったくの失敗であったと手厳しい。一部の歴史学者による満州国およびその統治機構を礼賛するような修正主義にはいっさい与していない。著者は教育についても「型」を身につけることが大切で、個性やゆとりは「型」を突き抜けたところにしかありえないと指摘しているが、これも、まったく同感である。

著者は自由が大切だとは言っているが、それは無制約に享受されるべきものであるとは言っていない。むしろ、人は制約を受けることで、そのなかで比較優位を見つけ、それに特化することで生きる道を見つけるべきだと主張しているように思う。日本国民は、島国で天然資源に恵まれず、地形的に平地は少なく、しかも自然災害の脅威にさらされている環境下で、土地の有効利用、貿易立国の必要性、教育を通した人的資本の重視などの生き方を、紆余曲折はあったにせよ、理解し選択してきたということであろう。【評者 北村行伸 一橋大学経済研究所教授】

■2007/06/30, 週刊ダイヤモンド, 117ページ

新帝国主義論―この繁栄はいつまで続くか
新帝国主義論―この繁栄はいつまで続くか武者 陵司

東洋経済新報社 2007-04
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おすすめ平均 star
starワン・ワールド経済体制を解き明かした快著
star武者陵司が書いた世界経済の見通し

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旧来の経済学では説明不能な事象を読み解く新パラダイム

センセーショナルなタイトルだが、現在の世界経済を理解するための新しいパラダイムを提示するものだ。副題の「この繁栄はいつまで続くか」のほうが、本書の内容を的確に表しているだろう。

この数年、世界経済は高成長を達成し、同時に株式や債券などの金融市場は安定した展開を続けている。しかし、最近起きている経済現象のなかには、経済学の常識では理解できないことが多い。

たとえば、米国では高い経済成長が続く状況下、金利水準は低位で安定している。経済学の理論で考えれば、高成長を続けると資金需要が増大して、金利は上昇するのが本来の姿であるはずだ。

また、経済が堅調に推移する日本や米国で、企業部門が資金余剰となっている。これも、今までの経済の常識とは違う。経済活動が活発化すると企業部門で資金需要が拡大するため、企業部門は借り入れを行なって資金需要を賄うはずだからだ。

著者は、こうした疑問に答えながら、現在の世界経済には新しいパラダイムが生成されているとの主張を展開する。そのパラダイムとは、「途上国での生産性の飛躍的向上」と「労働力の不等価交換による先進国での超過利潤」によって、世界全体を包摂する新しい経済のメカニズムだ。

BRICsをはじめとする新興国に安価で豊富な労働力があるため、それを有効に活用するグローバル企業には超過利潤が発生し、多額の資本が蓄積する。またグローバル企業は、投資効率の高い新興国への設備投資を積極化させることで手元のキャッシュを温存することが可能になった。

この超過利潤を原資として世界の金融市場に潤沢な流動性がプールされ、株価を上昇させると同時に、金利水準を低位で安定させることが可能になると分析する。

「ドルの価値は安定している」という主張など細かい点については、見解を異にする専門家もいるだろうが、同氏の主張全般には相応の説得力はある。問題は、日本の金利の引き上げなど、世界的に流動性の減少が予想される状況の下で、「新帝国主義」のパラダイムの寿命がどれほどかという点だ。【評者 真壁昭夫 信州大学経済学部教授】

■2007/06/23, 週刊ダイヤモンド, 107ページ

現代中国の経済改革
現代中国の経済改革呉 敬レン 日野 正子

エヌティティ出版 2007-03
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中国を代表する学者による経済改革のための冷徹な展望

中国経済の急速な発展と改革はいまや世界最大の関心事である。しかし、その歴史的変革をこれほど包括的に、詳細に、的確に、理論的に分析するという大作業が中国の経済学者によってなされていたことを、恥ずかしながら、本書を読むまで知らなかった。

著者は現在七七歳、「中国経済学界の良心」と呼ばれている代表的経済学者である。この大著は三部から構成されている。第一部は、中国の経済改革は何を目標として行なわれるべきかという問題提起である。それは社会的公正を追求し、共に豊かになることの実現を目指す市場経済の樹立であり、民間部門を底辺から成長させるための条件をつくり出すという有機的発展戦略が望ましいとする。

第二部は、この視点から農業、企業、民営化、金融、財政、対外関係、社会保障、マクロ政策という具体的な分野で過去三〇年の改革過程が検証される。そして第三部では上部構造としての社会、政治制度の改革が論ぜられ、著者の総括的な提言で締めくくられる。

本書の圧倒的な魅力は二つある。一つは、比較制度分析の手法で現実の事象を検討する理論構成の確かさであり、もう一つは、国の正しい発展を願う者だけが持つ勇気と率直さである。私が特に感銘を覚えたのは第一一章の「転移期の社会関係と政府機能」であった。ここでは経済改革と社会・政治改革との歪み、特に不平等の激化と、それと表裏する腐敗の進行が赤裸に冷静に語られている。著者は「錯綜する複雑な矛盾と経済社会危機の発生の可能性に直面する中国」とすら言っている。

読了して残された疑問も二つある。一つは、著者も最も案じている貪欲さの弊害は法治とか社会保障という制度改革で解消するのか。それとも、〓小平(トウ・ショウヘイ)が共産主義のイデオロギー性を破壊したことによって顕在化した中国社会の精神的空虚に根ざすものなのか。もう一つは、社会主義市場経済の理想実現と共産党独裁体制の崩壊は不可分なのか、である。

青木昌彦教授の監訳者イントロダクションはサマリーである以上に、提起する問題についての優れた論評になっている。【評者 行天豊雄 国際通貨研究所理事長】

■2007/06/16, 週刊ダイヤモンド, 107ページ

市場を創る―バザールからネット取引まで
市場を創る―バザールからネット取引までジョン・マクミラン 瀧澤 弘和 木村 友二

エヌティティ出版 2007-03
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star経済学にとって重要なことは何だろうか、それがわかった。

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高度で複雑な市場の不完全性を補う「見える手」の制度設計

アダム・スミスが市場を「見えざる手」と呼んだとき、それはニュートンの万有引力をつくり出しているのと同じ神の手だった。現代の経済学も、ニュートン力学をまねて物理的な「均衡」を実現する過程として、市場メカニズムを描く。

しかし、この比喩はミスリーディングだ。万有引力は、どんな条件でも同様に働くが、旧共産圏諸国で行なわれた市場経済化の大規模な「実験」は、経済学の「法則」が普遍的なものではないことを証明した。市場がなぜ機能するかを理解するには、それを支える制度を理解する必要がある。

本書は、こうした市場を支えるメカニズムを最近の経済理論を使って解説し、それを利用して市場を機能させる「制度設計」を考えるものだ。著者は、周波数オークションの設計も行なった米国の指導的な経済学者である。

市場が機能するうえで、第一に重要なのは情報だ。特に、ある財を誰が最も高く評価しているかという情報には、その人しか知らない「非対称性」があるので、これを回避する制度設計として、オークションが開発された。

もう一つ重要なのは、財産権である。ソ連や東欧諸国で社会主義が崩壊した後、市場を導入して国営企業を一挙に売却する「ショック療法」が取られたが、これはGDP(国内総生産)が半減するような経済の大混乱を招いた。財産権を保障するには、法律だけでなく、人びとが互いを信頼できる日常的な規範が必要なのだ。

著者は、市場も財産権も絶対的な価値とは考えない。それは人びとの生活を改善するための不完全な手段にすぎず、それ自体を目的とすべきではない。情報を「知的財産権」として過剰に保護すると、特許料が高いために感染症の患者に薬が届かないといった問題が生じる。こうした問題を解決するにも、政府が特許を買い上げる「見える手」の設計が必要だ。

本書の内容は、ゲーム理論や契約理論の解説だが、記述は具体的にやさしく書かれている。ただ学問的に新しい発見や深い思想が書かれているわけではないので、専門家にはもの足りないだろう。【評者 池田信夫 上武大学大学院教授】

■2007/06/09, 週刊ダイヤモンド, 103ページ

ドルはどこへ行くのか―国際資本移動のメカニズムと展望
ドルはどこへ行くのか―国際資本移動のメカニズムと展望ブレンダン・ブラウン 田村 勝省

春秋社 2007-04
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アメリカは巨額経常赤字でもドル暴落はないとする立脚点

アメリカ経済が微妙な局面に入っている。

公式発表では、アメリカ経済は依然緩やかな成長局面にあるというが、成長率の減少自体は否定しようがない。特に懸念されているのがGDP比六%を超える経常赤字で、これを世界からの資本流入が支えている。その額はまさしく巨額であって、皮肉というべきかニューヨーク株式市場は連日「歴史的な」活況を報じている。

これをアメリカ経済の強さの証しと見るか、弱さの裏面と見るか。エコノミストの論調も真っ二つである。正統派であれば経常赤字の持続を困難とし、ドルと株価の暴落を恐れるだろう。ところが本書は、経常赤字は当分持続可能であるという。

本書は単なる楽観論の書ではない。経常赤字・貯蓄不足の国があれば、他方に必ず経常黒字・貯蓄過剰の国がある。言うまでもなく日本、中国、中東諸国などである。この過剰貯蓄は、金利が高くリスクプレミアムが小さいアメリカに、今のところ流れざるをえない。

むろん、円からユーロなどへも資金は流れるが、ユーロからさらにドルへ資金が流れるから、これはターンテーブルに乗せたようなものだと著者は言う。かくして経常赤字があってもドル高は続き、経常黒字であっても円は下がってゆく。ゆえに為替による不均衡調整はもはや期待できず、経常収支を変化させるには世界の需給構造が変化するしかない。これは当然アメリカ一国で動かせるものではないから、ゆえにアメリカの経常赤字は当分持続せざるをえないという結論になる。アメリカ経済をアメリカにおいて見るのではなく、世界全体の経済構造のなかにはめ込んで理解しようとする点に、本書の特徴がある。

多国籍企業が一般的になった現代において、本書のように資本移動を「国」単位で分析する姿勢には批判もありえよう。とはいえ、個々の経済行動を全体的な構造制約のなかでとらえようとする姿勢は、古典的ともいえる一方、グローバリゼーションのなかでかえって現実味を増しているのかもしれない。そうした点も含め、示唆に富む内容豊かな一書である。【評者 井上義朗 中央大学商学部教授】

■2007/06/02, 週刊ダイヤモンド, 77ページ

日本語は天才である
日本語は天才である柳瀬 尚紀

新潮社 2007-02-24
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おすすめ平均 star
starWhere there is a will, there is a way
starこの人なかなか根室の曲者です

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天才翻訳家が喜々として語る日本語の底知れぬ奥の深さ

このところ「日本語もの」の出版が多い。それだけ日本の言語状況に関する危機感が強いということだろう。結構なことだ。ただ、それに乗じて、復古調の言論管理の世界に読者を引き込もうとする下心を感じる面もある。

しかしながら、本書は違う。

天才的な翻訳家が日本語の天才性について語る。じつに相性のいい組み合わせだ。この組み合わせが繰り出す言葉の綾は、機知と警告に富んでいる。

その機知によって、不可能と思われる表現が可能となる。まさしく、この著者の辞書に不可能の三文字はない。

言葉の遊びを他の言語に移し替えることは至難だ。それを成し遂げる過程の苦労話と成功物語を披露するとき、本書の語り口は歓喜に満ちている。

著者と言葉は本当に仲よしだ。仲よしであるだけに、言葉の退化に関する警告は機知に彩られた辛らつさがある。

最も目を引くのが次のくだりだ。

「……そもそも本は背伸びして読むものではないでしょうか。……だから本を読むと、使う言葉も背伸びしたものになる。一段上の言葉を使うようになる。そうして言葉が成長するわけです」

言葉とともに高みに飛翔する。まさにそうして人間の知性は開花していくのだと思う。ところが、今はむしろ言葉の花の芽を摘もうとする世の中だ。

わかりやすさの恐ろしさが世界中に充満している。言語的背伸びから尻込みし、それをやめさせようとする世の中だ。

圧制者は人びとから言葉を奪う。言語浄化政策は恐怖政治の常套手段だ。

その究極の世界を小説化したのがジョージ・オーウェルである。彼の代表作『1984年』には、辞書を薄くすることが仕事の官僚集団が登場する。「明るい」の反対が「暗い」である必要はない。「明るくない」でいいじゃないかというわけだ。

そんな国では、本書の著者は真っ先に非国民のレッテルを張られてしまうだろう。カタカナ語好きの某国総理大臣にも、すでに嫌われているかもしれない。【評者 浜矩子 同志社大学マネージメントスクール教授】

■2007/05/26, 週刊ダイヤモンド, 79ページ

渡辺崋山
渡辺崋山ドナルド・キーン 角地 幸男

新潮社 2007-03
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肖像画の写実性に触発され西欧に目を開いた“家老画家”

渡辺崋山は、江戸時代末期に肖像画というジャンルを創造し、西欧文明の理解に努め、それゆえに幕府の鎖国政策を批判し、罪に問われ、一八四一年、自決という悲劇的な最期を遂げた。明治維新のわずか二七年前のことである。

崋山が描いた肖像画を見ると、人物の内面までをも映し出す写実性に心を奪われる(本書には崋山やその弟子の椿椿山の描いた肖像画、崋山が市井の人びとや風景を描いた絵が多数収録されている)。

日本史の教科書に出てくる源頼朝のような肖像画を見ていた人びとには、崋山の肖像画は衝撃的だったろう。崋山は、西欧の絵画に触発されて、まったく新しい日本の肖像画というジャンルを切り開いたのだ。

西欧の写実に感銘を受けた崋山は、その文明の本質を知りたいと思い、西欧の書物を集めた。すでに壮年に達し、小藩ではあるが、家老として多忙を極めていたので、自ら語学を学ぶには至らなかったが、蘭学者に翻訳をさせ、西欧文明を学んだ。その理解には、もちろん限度もあったが、西欧社会の優れた面を的確に指摘し、日本の改める点を述べていた。

崋山は、知的異端者でも奇矯な改革者でもなく、忠孝を尊ぶ封建道徳のなかに生き、伝統的教養人であり、家老として仁政を敷き(飢饉において餓死者を出さなかったという)、ゆえなく問われた罪が主君の迷惑になることを恐れて見事に切腹して果てた。

江戸時代には、すでに知的な人びとのサークルがあり、崋山にとっても、そこでの付き合いは啓発的だった。また、家老であるよりも芸術家になりたいとも思っていた。家老の収入よりも、画家としての収入のほうが多かったようでもある。その点では、江戸時代には市民社会が成立していたといってもよい。

完璧に封建道徳をまっとうしながら、それに疑問を抱き、写実画を通して西欧文明の本質をつかんだ。そんな人間の悲劇的な生涯は魅力に溢れてもいる。このような人びとがいたからこそ、日本は明治時代を迎えることができたのではないか。【評者 原田泰 大和総研チーフエコノミスト】

■2007/05/19, 週刊ダイヤモンド, 97ページ

ファミリービジネス 永続の戦略―同族経営だから成功する
ファミリービジネス 永続の戦略―同族経営だから成功するデニス・ケニョン・ルヴィネ ジョン・L・ウォード 富樫 直記

ダイヤモンド社 2007-01-27
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最先端の経営戦略とは正反対 ファミリー企業を見直す視点

戦後の日本の企業経営は終身雇用やメインバンク制度などの長期的契約関係に特徴づけられてきたが、過去一〇年に、成果主義や年俸制度、間接金融から直接金融へと向かい、企業価値の最大化を目指す米国流の経営手法を受け入れつつあるという印象を与えてきた。そのなかで、ライブドアなど、株式市場の期待をテコに増資による企業買収を繰り返して急成長を遂げた企業がもてはやされた。

しかし、少し考えればわかるように、消費者が必要不可欠とするような財やサービスの提供を独占的に行なっているならともかく、同業他社がたくさんあって、それほど特色もない企業は、買収を伴う株価上昇によって急成長しているように見えても、そこには必ず限界がくるはずである。

このような経営と対極にあるのがファミリービジネスの世界である。ファミリービジネスとはファミリー構成員が経営に参加し、それを継承していくことを前提としている企業経営形態を指す。実際、日本に二四五万社ある企業の九四%は同族企業で、上場企業でも四割はファミリー企業である。また、「フォーチュン」誌の選ぶ世界のトップ五〇〇のうち三分の一はファミリー企業であり、欧州連合の総生産の三分の二はファミリー企業によるものであるともいわれている。

ファミリー企業の業績が他の企業に比べて優れている理由として、(1)ファミリー企業は世代間のつながりを生かして多角化や垂直統合に積極的に取り組んでいること、(2)ファミリー企業はより長期的な戦略を持ち、負債は少なく、事業再投資率が高いこと、(3)ファミリー企業には実益をもたらす際立った企業文化があるということが挙げられている。

ファミリー企業は企業価値の最大化に加えて、企業の継続も経営目標に入れている。この制約が企業経営に健全性や先見性をもたらしているようである。

もちろん、ファミリー企業に問題がないわけではない。同族経営の甘さが露呈した例もある。それらの問題を認めたとしても、ファミリービジネスは今後、ますます注目されるであろう。【評者 北村行伸 一橋大学経済研究所教授】

■2007/05/12, 週刊ダイヤモンド, 75ページ

持丸長者[幕末・維新篇]―日本を動かした怪物たち
持丸長者[幕末・維新篇]―日本を動かした怪物たち広瀬 隆

ダイヤモンド社 2007-02-02
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star日本版・赤い盾、そして一本の鎖
star明治政府ってそういう実態やったとは・・・!
star歴史観が覆されます

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社会全体をも動かして得たエリート層の役割を考える

ノンフィクション作家である広瀬隆氏が書いた歴史書だ。タイトルの持丸とは、大金持ちを意味するが、その有力な金持ち=エリート層が、社会の発展のなかで果たした役割と、その歴史的な系譜を克明につづった書物である。

本書には、大きなインプリケーションが二つある。一つは、歴史の流れのなかで、人のつながり=血縁の流れを克明に提示していることだ。そのつながりが、あたかも川の流れのように、時間の経過とともに緩やかに継続しており、しかも、それが現代にまで続いていることを実感させてくれる。

こうした感覚を与えてくれる背景には、著者自身が、長い時間の流れのなかでの有力血縁同士の婚姻や養子縁組、幼少期から成人期までの姓名の変遷まで、じつに細かく調査していることがある。しかも、それを本の中で、わかりやすく図示する努力を行なっている。おそらく、本書の執筆には、多くの時間とエネルギーを要したことだろう。それは、本書の説得力として結実している。

もう一つのインプリケーションは、資産家が、政治、経済、文化、芸術など社会のあらゆる局面で、きわめて大きな影響を与えていることだ。資産家である有力者が、社会や自分たちの要請に基づいて政治、経済の方向性を規定することは理解できる。それに加えて、彼らの存在は、文化や芸術の分野にまで大きなマグニチュードを与えることになる。ルネサンス期のイタリアに、あれほどきらびやかな文化が集積したことを考えても、その重要性は十分に理解できる。

エリートという言葉は、わが国ではあまり好ましい語感を持たれていないが、欧米社会ではその必要性が当然のように扱われることもある。彼我には、歴史的な認識に違いがあるのかもしれない。ただ、社会がさまざまな方向に進化していくとき、能力と財力、行動力を持ち、社会のために進むべき方向を明確に提示することのできる人材は、どうしても必要のような気がする。エリートという言葉が悪ければ、他の呼称をつければよい。本書で扱われている持丸とは、そうした機能を果たした人たちなのではないだろうか。【評者 真壁昭夫 信州大学経済学部教授】

■2007/05/05, 週刊ダイヤモンド, 85ページ

ハイエクの政治思想―市場秩序にひそむ人間の苦境
ハイエクの政治思想―市場秩序にひそむ人間の苦境山中 優

勁草書房 2007-03
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star評価は出来るけど

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「市場原理主義」を嫌う心理を五〇年前に予見したハイエク

資本主義と社会主義の対立は前者の勝利に終わり、福祉国家と新自由主義の対立は後者の勝利に終わったように見える。しかし「市場原理主義」や「格差社会」を批判する人は多い。自由主義の今後はどうなるのだろうか。

ハイエクは新自由主義の元祖として知られるが、訳本もほとんど絶版になり、過去の人と思われている節がある。しかし、ハイエクは五〇年以上前から現在の自由主義社会を構想すると同時に、その限界も予見していた。

社会主義との対比では、自由主義の優位性は明確だった。しかし自由主義が勝利し、敵がなくなったとき、人びとは自由主義の欠陥に不満を言い始める。無政府的な市場よりも政府の介入による秩序ある社会を望むようになるのだ。

初期のハイエクは、自由は功利主義的な相対的価値ではなく、絶対的な道徳的価値だと主張したが、自由がそれほど道徳的に望ましいものなら、人びとが市場原理主義や利己主義を嫌うのはなぜか。ハイエクは、それを人間が数十万年のあいだ、狩猟や農耕のために集団で行動してきた「部族社会」を維持する本能のためだという。

自由は、初期の彼が考えていたように人びとに好まれる自明の価値ではなく、それを維持する制度的なインフラがなければ壊れてしまう、不自然で脆弱なメカニズムなのだ。したがって自由を守る闘いは、国家の介入を排除する積極的な自由主義になる。晩年は、「部族感情」による国家の介入から市場を守るためのコモンローや議会改革などの制度を考えていた。

部族社会と市場を独特なかたちで組み合わせた「日本型福祉国家」は、今解体の危機に瀕している。高度成長期に社会の安定を支えてきた企業や地域社会などの中間集団が崩壊し、個人が「原子化」しつつある。部族社会を解体する市場の力を肯定したハイエクは、「資本の文明化作用」を肯定したマルクスと似ているが、それは本当に望ましいのだろうか。

本書は日本語で書かれたハイエク論としては出色で、特にハイエクの自由論における利己主義と部族感情の葛藤を整理した手際は鮮やかだ。【評者 池田信夫 上武大学大学院教授】

■2007/04/21, 週刊ダイヤモンド, 103ページ

東アジアの通貨・金融協力
東アジアの通貨・金融協力村瀬 哲司

勁草書房 2007-02-20
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東アジア金融統合の可能性を冷静かつ的確な目で分析する

東アジアの通貨・金融協力というテーマは過去一〇年に国内外の経済論壇で最も熱心に議論されたものの一つであろう。本書は、その広汎な資料的価値、優れたまとめ方、そして的確な分析という点で、屈指の秀作である。

アジア金融危機とその後の域内貿易・投資の統合の進展という現実と、先行する欧州経済統合への追随願望という二つの動機に触発されて、このテーマは急速に活発化した。その結果、時として市場の実態とかけ離れてしまった議論が見られたことは否定できない。

本書はまず欧州通貨統合の制度的、機能的展開を大変要領よくまとめている。重要なことは、共通の歴史認識と、マクロ経済収斂と、強い政治意志と指導力だと指摘したうえで、具体的な課題として共通為替相場制度、信用供与制度と政策の相互監視制度の樹立を挙げる。これは正しい指摘である。

そのうえで、金融危機以後のアジアにおけるさまざまな通貨・金融協力の足どりと現状が分析される。この部分は多くの鋭い指摘を含んでいる。東アジアで現実に市場主導で貿易・投資・生産の地域統合が進んでいる以上、通貨・金融の統合も必要かつ望ましいことには異論はない。しかし、東アジアの政治経済の現状、特に欧州と比べての未成熟さを考えれば、その道程や速度はアジア自身の創意と判断で決められねばならない。

著者はアジア通貨・金融統合への具体的な工程表として、第一段階でドル・円・ユーロの共通バスケットの採用、それが不可能であれば、交換可能域内通貨で構成されるアジア通貨単位(ACU)の導入を提案する。この提案は大変興味深いが、本書の価値は提案そのものだけではなく、著者が提案実現のための具体的、現実的な環境整備が持つさまざまな困難について、冷静で的確な目を持っていることである。類書がほとんど触れない日本と中国の力関係や、日本経済の長期的視点が示されていることがよい例である。読者はアジア通貨・金融統合についてバラ色の夢を捨てることになるだろう。しかし、本当のところ何をしなければならないかを教えてくれる貴重な一冊といえる。【評者 行天豊雄 国際通貨研究所理事長】

■2007/04/14, 週刊ダイヤモンド, 103ページ

新自由主義―その歴史的展開と現在
新自由主義―その歴史的展開と現在デヴィッド・ハーヴェイ 森田 成也

作品社 2007-02
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おすすめ平均 star
star「新自由主義とは何か」を改めて考えるうえで

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新自由主義という「現象」を喝破するマルクス主義の視点

昨年、ブッシュ政権から、いわゆるネオコン勢力が総退陣したことが一つの区切り感を与えたのか、このところ、新保守主義や新自由主義への歴史的反省を促す書物が目立って増えている。いまや世界中に浸透したこの政治経済思想が、今後数年のうちに大きく後退することは考えにくいが、ならばなおのこと、現在の反省機運は貴重であろう。特に本書は、類書のなかでもおそらく最もユニークな位置を占める一書になるだろう。

著者ハーヴェイはもともと、計量分析を地理学に導入した経済地理学者で、その業績は地理学における一つの革命と評されている。しかし彼はその方向での精緻化に満足せず、幾多の変遷を経て現在ではマルクス主義の立場に立つ、最も活発な論客として広く知られている。彼の批評は都市論、格差論、ポストモダニズム論と広範囲にわたるが、本書も期待に違わず、新自由主義という「現象」への、包括的でかつ鋭利な解釈を提示している。

ハーヴェイは二つの視点を強調する。まず米英で起きたことは、金融資本を中心とする資本家階級の勢力挽回策だったと喝破する。「階級」が時として「胡散(うさん)臭い」概念になることは彼も認めているが、一九七〇年代のスタグフレーションが資産価値崩壊の危機意識を醸成したこと、さらに所有と経営の分離を資本家階級の分裂と見たうえで、その再統合の動きとして、ストックオプションやさまざまな経済学説を解することなど、その着眼はやはり鋭い。

他方でハーヴェイは、経済地理学者ならではの視点で、東アジアやラテンアメリカに新自由主義が浸透したことの意味を問う。特に中国の分析は、本書の白眉といってよい。中国共産党が、いくらなんでも資本家階級の育成を国是にはできまいと思うわけだが、だから外資を活用しているのだと説かれると、なにかゾッとするような説得力を感じる。

新自由主義の本山であるモンペルラン協会を、ワルラス系統の新古典派経済学信奉者とする点などはやや正確さに欠けるが、実感なき景気回復のゆえんにもかかわる時宜を得た一書である。【評者 井上義朗 中央大学商学部教授】

■2007/04/07, 週刊ダイヤモンド, 119ページ

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