メイン > 週刊ダイヤモンド『今週の逸冊』 > 2007年1月6日~3月31日
| 報道被害 | |
![]() | 梓澤 和幸 岩波書店 2007-01 売り上げランキング : 11232 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
報道被害がなぜ起きるのかを権力との関係性から論考する
この欄で以前に『ジャーナリズムとしてのパパラッチ』という著書を取り上げた。イタリア人暴露記者たちの奮戦記だ。彼らの姿はじつに生き生きとしていて、豪放で伸びやかである。
それに対して、本書に報道被害の加害者として登場するメディア人たちのイメージは暗くて生気がなくて頑なだ。この違いはどこからくるのか。どちらが報道者たちの実像なのか。なぜ事件報道という一つの行為を、光の側面から見るとパパラッチ礼賛論になり、闇の側面から見ると報道被害の告発になるのか。
本書を読みながら、この疑問が頭の中をしきりに行き来した。そして、最終的には本書がきっぱり答えてくれた。それは光と影というような安直な話ではない。事の本質は報道と権力との関係にある。
権力と対峙する報道に影はない。権力に迎合する報道に光はない。著者はこの構図を法律家らしい厳密さをもって確認している。
奇妙なねじれにも気がついた。多くの報道被害は、メディアの過大な警察情報依存体質に端を発している。つまり、日本においてメディアと権力の関係はそれだけ近いことになる。
そんなメディアが引き起こす報道被害が数を重ねていけばいくほど、メディアに対する世間の目は厳しくなる。そして、世間の目が厳しくなればなるほど、近しい関係にあるはずのメディアに対する権力の統制志向が強まっていく。メディア側にとって、こんなに割に合わない話はない。甘く見られたものである。
この点とのかかわりで、次のメッセージが鮮烈だ。
「……多くの市民の中に広がるマスコミ不信。これをそのまま放置すれば、それは、メディアへの法的規制や権力的規制に対する寛容な姿勢へと傾斜してしまう危険性があるのではないでしょうか。このことを……民主主義の危機として捉えるべきだと筆者は強調したいのです」
まことに然りだ。日本のパパラッチたちに、民主主義の危機を跳ね飛ばす反骨魂を期待したい。本書こそ、強い味方だ。【評者 浜矩子●同志社大学マネージメントスクール教授】
| 江戸時代の身分願望―身上りと上下無し | |
![]() | 深谷 克己 吉川弘文館 2006-10 売り上げランキング : 101236 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
身分上昇というモチベーションも利用していた江戸時代の体制
江戸時代は、身分制度が強固で、能力があっても出世できなかった。それが明治維新で一挙に変わり、立身出世の世の中になったというイメージがある。
しかし本書によると、江戸時代に身分上昇が難しかったのは事実だが、身分上昇への願望は強く、またそれはしばしば実現されたという。
身分は細分化されていたから、農民から武士へだけではなく、武士のなかでも、少しでも上の身分へという願望があった。
幕末の外交を取り仕切った川路聖謨(としあきら)は、少しでもいい役に就きたいと運動する若い武士の事跡を好意的に書いている。川路自身も百姓から立身した武士であり、自分の努力を若い武士に重ねているという。将軍や大名にとっても、国を治めるために有能な人間の登用は必要なことだった。幕藩体制を維持しようとすればこそ、世襲の枠にとどまらない柔軟な対応が必要になる。
幕藩体制とは、戦国の世に力を発揮した武士の子孫が世襲の治者となるという体制である。しかし、彼らが平和な時代の治者として有能というわけではない。体制を維持するためにも、身上がり願望を持つ有能な人びとを取り立てていくことが必要だった。
もちろん、身上がりだけが人びとの望みではなく、農業研究者や商人になることを選んだ武士もいた。殿様の娘をもらいながら逐電した武士もいたという。身分に執着しながらも、上下(うえした)なしという民衆の願望も生まれていた。
体制が危機になれば、なおさら能力を重視する必要性が高まる。幕末の新撰組とは、戦国武士の子孫たちの軍事力が弱まったので、百姓から新たな軍事力を調達したということだ。新撰組に旗本身分が与えられたことが、その士気を高めたことは間違いないようだ。しかし、幕府は崩壊の危機にあり、その身上がりにどういう意味があるかもわからなかった。新撰組は、それを承知で命をかけたという。新撰組は身分制度の崩壊を象徴するものだ。
身分に焦点を当てることで、江戸時代の多様性が明らかになっている書である。【評者 原田泰 大和総研チーフエコノミスト】
| 遠距離交際と近所づきあい 成功する組織ネットワーク戦略 | |
![]() | 西口 敏宏 NTT出版 2007-01-25 売り上げランキング : 13561 おすすめ平均 ![]() あらゆる企業人、官僚や政治家にも熟読していただきたい名著 日中英の代表的経営をネットワーク論の視点から捉えた名著 久しぶりの好著Amazonで詳しく見る by G-Tools |
ネットワークの最新理論で読み解く問題解決の組織論
本書は世界中の製造業におけるサプライヤー関係の実地調査を過去二〇年間にわたって、精力的に行なってきた著者が、スモールワールド理論に刺激を受けて、著者の経験を基に書き下ろした、近年希に見る刺激的な経営学・組織論の研究書である。経営者に限らず、一般読者も十分に楽しみ、かつ学習できる内容になっている。
とりわけ評者がお薦めしたいのは、中国からイタリアにまで飛び出した温州人たちのネットワークの形成とその意味をスモールワールド理論から説き起こした第一章、アイシン精機の火災事故からただちに立ち直ったトヨタ自動車の下請け企業集団の結束力と問題解決能力について熱く語っている第四章、英国防衛調達庁が装備調達をいかに民間のベストプラクティスを吸収して効率化したかを解説した第八章、そして、日本の防衛庁(当時)の防衛調達過払い事件に端を発する防衛調達改革に関与しながら、日本政府の改革問題にまで踏み込んだ第九章である。
なんらかの問題が起こったときに、それをうまく解決する方法は、近所の仲間の助けと、遠く離れたところにいる専門家の協力にある。近所付き合いだけでは、新しい発想は生まれてこないし、でたらめに助けを求めても、本当に解決方法を知っている人に出会う確率はかなり低いだろう。遠くの専門家を探す方法は、偶然に頼るのではなく方向性を持った探索に基づくべきであろうし、近くの友人とも信頼関係ができていなければ、本当に困ったときの助けにはならない。そして現実には友だちの友だちが問題をいともたやすく解決してくれたりする。これを「世間は狭いね」ということで片づけるのではなく、その背景には、信頼に裏打ちされた「近所づきあい」と適度にランダムな「遠距離交際」の柔軟性の高いネットワークが織り込まれた「スモールワールド」があることが明らかにされてきたのである。
著者の切り開いたのはスモールワールド理論家の描いた世界をはるかに超え、現実に裏打ちされた社会科学の豊穣かつ深遠な新世界である。お薦めの“逸冊”である。【評者 北村行伸 一橋大学経済研究所教授】
| 「陰」と「陽」の経済学―我々はどのような不況と戦ってきたのか | |
![]() | リチャード クー Richard C. Koo 東洋経済新報社 2006-12 売り上げランキング : 59004 おすすめ平均 ![]() 条件付きで★5つ 経済がわからない人の為の経済学の本 経営者のはしくれとして共感をもったAmazonで詳しく見る by G-Tools |
企業のバランスシート毀損から不況のメカニズムを解明する
本書は、リチャード・クー氏が二〇〇三年に書いた『デフレとバランスシート不況の経済学』の発展版だ。主な内容は、氏が以前から主張してきた、“バランスシート不況”にかかわるロジックだ。一九九〇年代初頭のバブル崩壊以降、わが国が経験した長期経済低迷の主な原因は、“バランスシート不況”であることを、前書より発展的に論証することを意図している。
今回、クー氏は、詳細なデータや参考文献を引きながら、より体系的な主張を展開している。バブルの局面で、借入金によってギアをきかせた経済主体が、バブル崩壊による資産価格の大幅な下落=デット・デフレに見舞われて、経済活動の機能を極端に低下させたことは間違いない。また、そうした苦い経験が鮮烈な学習効果として頭の中に残り、“羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く”状況を現出したことも確かだろう。それが結果的に、経済全体の有効需要を低下させ、バブル期の過剰投資による供給能力とのギャップが拡大することで、日本経済は長期低迷を余儀なくされたという論理だ。
一連の経緯を客観的に見ると、大規模なバランスシート調整の過程では、金融政策の機能が十分にワークしないことが考えられる。その点においては、クー氏の言うとおりだろう。
一方、金融政策の運営方法によっては、バブル発生を防いだり、発生を加速したりすることがあるのも確かだ。
八〇年代中盤、プラザ合意に基づく円高局面で、日本銀行が注入した多額の流動性が株式や不動産市場に流入して、資産バブルをつくったことは記憶に新しい。また、バブル崩壊の局面で資産価格下落の速度に影響を与えることを通して、経済をソフトランディングさせることも考えられる。二〇〇〇年代初頭、ITバブルが崩壊した米国で、グリーンスパン議長(当時)率いるFRB(米連邦準備制度理事会)が、迅速かつ積極的な金利の引き下げによって不動産価格を上昇させ、株価下落の“負の資産効果”を、不動産価格上昇の“正の資産効果”で打ち消し、米国経済のソフトランディングを成功させた例もあるのだ。【評者 真壁昭夫 信州大学経済学部教授】
| 60年代って何? | |
![]() | 石川 好 岩波書店 2006-11 売り上げランキング : 259739 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
ラヴ・アンド・ピースの言葉が持つ重みを軸に描く米国現代史
一九六〇年代の米国というものは、それを知る者にとってなんとも表現の難しい、複雑で、しかも濃密な感慨を呼び起こす存在である。六三年に起きた米国民の希望の星ケネディ大統領暗殺という衝撃的事件は激動の世代の不吉な予兆であった。
だが、この時代の混沌のエッセンスを最も象徴的に表現したのが全米の大学に多発した学生運動である。学生たちが掲げたスローガンは「ラヴ・アンド・ピース(性の解放と反戦)」だった。著者はこのスローガンの歴史的な意義を強調する。それはすなわち、権威主義に対する猛烈な嫌悪感であった。学生たちは、民主的な市民社会を持っているはずの米国にも権威主義が横暴に君臨していることを感じ取った。その象徴が、伝統と宗教による性の抑圧であり、政府が勝手に自分たちを死に追いやる戦争だったのである。この分析は鋭く正鵠を射ているというべきだろう。その時期を米国の大衆のなかで過ごした著者ならではである。
本書のおもしろさは、六〇年代の分析にとどまらず、六〇年代の出来事がどのように米国の現在と将来にその影を色濃く残しているかを説得力をもって語っていることにある。六〇年代の学生運動を主導したのは、第二次大戦直後に生まれたいわゆるベビーブーマーであった。そして、クリントン(民主党)とブッシュ(共和党)という二人の対照的な大統領はベビーブーマーなのである。
クリントンは自らも徴兵回避したり、六〇年代の学生運動でドロップアウトしたシリコンバレーのベンチャー企業家たちの支持を得たりしていて、六〇年代ラヴ・アンド・ピースのOBめいた面影を持っている。対するブッシュは、九・一一のテロを契機に、ラヴ・アンド・ピースとは正反対な、伝統的道徳観の尊重、民主化のためには先制攻撃も辞さない軍事外交を推進している。
六〇年代以後の米国現代史を生き生きと描いているその目は冷静で鋭いが、同時に、出世作『ストロベリー・ロード』以来の、人間味のある視点が失われていない。米国を理解するための、類書にない価値を持った一冊である。
【評者 行天豊雄 国際通貨研究所理事長】
| 経済停滞の原因と制度 | |
![]() | 林 文夫 勁草書房 2007-01-30 売り上げランキング : 60619 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
「失われた一〇年」の本質を生産性低下に見出す実証研究
英語に「街灯の下で鍵を捜す」という表現がある。鍵を落としたところが暗いので、明るい街灯の下で捜すという笑い話だが、一九九〇年代の「失われた一〇年」をめぐる論争もこれに似ている。そこでは、なぜこのように長期にわたって不況が続いたのかという原因がわからないまま、インフレ目標などの対症療法が提案された。
これは本末転倒である。必要なのは、まず鍵をどこに落としたかを考えることであり、それには九〇年代の日本経済についてのミクロ的な実証分析が必要だ。本書は精密な実証研究を集めた三巻からなる論文集の第一巻である。一般向けではないが、日本のマクロ経済学の最新の到達点を示している。
中心的なテーマは、全要素生産性(TFP)だ。これは経済成長から資本・労働投入の増加を差し引いた生産性を示す指標で、技術進歩だけではなく、資本と労働が生産性の低い部門から高い部門に移動する効果も含まれる。
本書の結論は、九〇年代に日本の成長率が低下した主要な原因はTFP成長率の低下にあるというものだ。資本効率が九〇年代に低下したのは、債務超過なのに銀行からの追い貸しで生き延びた「ゾンビ」企業に資金が滞留したためと考えられ、労働生産性が低下したのは、長期雇用による「労働保蔵」で業績の悪化した企業からの労働移動が妨げられたためと考えられる。これらの仮説は、本書で実証的に確かめられている。
不況を長期化させた要因としては、九〇年代後半の信用収縮によるデフレと、それに対する日本銀行の対応が遅れたことも見逃せない。しかし、金融政策によってデフレを和らげることはできても、不況を止めることはできなかったというのが本書の結論だ。
長期不況の本質が生産性の低下にあるとすれば、バブル崩壊は資本・労働をIT産業などの成長性の高い部門へ移動して生産性を高めるチャンスだったが、不徹底な不良債権処理によって、日本はそのチャンスを逃してしまった。今後、成長率を回復するには、あらためて生産性の向上に取り組まなければならない。まさに「構造改革なくして成長なし」なのである。【評者 池田信夫 上武大学大学院客員教授】
| アメリカの終わり | |
![]() | フランシス・フクヤマ 会田 弘継 講談社 2006-11-29 売り上げランキング : 16664 おすすめ平均 ![]() ネオコンの適切な解説と優れた提言 「重層的多国間主義」の内実Amazonで詳しく見る by G-Tools |
生粋の新保守主義者が物した訣別宣言の基底に流れる思想
フランシス・フクヤマの新著である本書は、すでに多くのメディアで取り上げられているようだが、注目はやはり、フランシス・フクヤマの「ネオコン訣別宣言」に向けられているようだ。
確かに、本書においてフクヤマは、9・11後のブッシュ政権を完膚なきまでにたたいている。「ネオコン」はこれまでブッシュ政権の代名詞ともいえたが、アラン・ブルームの薫陶を受けたというフクヤマは、いわば生粋のネオコンサーヴァティヴ(新保守主義者)である。思想としてのネオコンを深く理解する彼にとって、現在のネオコンはそのまったくの逸脱者であり、これを諄々と説く前半部分には、群を抜く読み応えがある。
特に日本では、一九八〇年代に新保守主義(ネオコン)とリバタリアニズムがほぼ同時に言われ始めたせいか、二つを同じものとして扱う傾向がある。しかし、リバタリアニズムが最終的には国家を不要とする急進的個人主義である一方、ネオコンはグローバリズムの時代にあってもなお国家を重視する立場である以上、この二つは本来微妙な関係にある。本書は、米国の政権周辺で、リバタリアニズムとネオコンのあいだに微妙な勢力交替があったらしいことをにおわせている。米国の言動を見て、規制緩和から憲法改正までをひと続きの論理と思い込んでいる政治家がもしいるなら、本書を読んで事実を認識してほしい。
他方で疑問点も少なくない。フクヤマはブッシュ政権がネオコン思想を歪めて利用し、その結果、正統と異端の区別がつかなくなったというけれど、そういう展開が可能であったこと自体、正統ネオコンの思想に、ブッシュ政権的行動を生み出す要素が含まれていたことを示唆しないだろうか。あるいは正統ネオコンは原則として、安全保障における国際機関の効果に懐疑的だというが、これは「思想」だろうか。そのあたりの論理をもう少し知りたかったが、現状分析に議論が移ってしまったのはやや残念であった。
とはいえ本書の懸念は皆、今の日本にも当てはまる。討論の題材を多く含む重要な問題作である。【評者 井上義朗 中央大学商学部教授】
| 上海新風―路地裏から見た経済成長 | |
![]() | 谷口 智彦 中央公論新社 2006-09 売り上げランキング : 234538 おすすめ平均 ![]() 上海という街の履歴書である。 深い視点のエッセイ集Amazonで詳しく見る by G-Tools |
成長パワーが炸裂する大都市上海の素顔を路地裏から点描
ダイナミックな著者がダイナミックなテーマに挑んだ。本書を目にしたときの第一印象である。
著者は名うてのジャーナリスト転じて外務副報道官。外交・戦略問題が得意分野だ。アクの強い突っ込みと裏読みが鋭い。その彼が今をときめく成長パワー炸裂の上海を語る。そこで巻き起こる「新風」は、さだめし疾風怒濤の極彩色に満ちているに違いない。そう思った。読むほうも、元気なときでないとシンドイ読み物かな。そうも思った。
ところが、読み進んでみれば意外や意外、であった。ゴッホ的に分厚くて狂気の躍動感に満ちた世界が展開されるかと思いきや、そうではない。本書の筆致はむしろ点描画的である。さながらスーラだ。きめ細かくて、繊細でパステル調だ。
最後まで読めば、著者の上海紀行には、亡き父君の足跡をたどる側面があったことを知る。そのことが、本書のけれんみのないタッチににじみ出ている面があるだろう。そのように感じた。
同時に、じつをいえば、本書が醸し出す雰囲気こそ、上海の本質を突いているのではないかとも思う。向かうところ敵なき極彩色パワーの表看板は、その裏側に戸惑いと不安とノスタルジーを秘めている。それが上海なのかもしれない。本書がそれを思わせる。
著者が行く先々で出会う人びとはとても不思議だ。エネルギーに満ちてはいるが、どこか刹那的な危うさがある。自信満々の成長路線驀進(ばくしん)中という感じでもない。
思えば上海の歩みは数奇だ。華の租界時代から文化大革命下の抑圧時代へ、そして二一世紀の成長センターへ。歴史の巨大な振り子に大きく激しく揺り動かされ、翻弄されて今日に至っている。次に振り子が揺れるとき、彼らはどこに連れていかれてしまうのだろう。
その辺の不安感が、著者の敏感なセンサーに触れたのかもしれない。副題にあるとおり、本書の視点は路地裏にある。路地裏にこそ、人の営みの真相がある。これは世の常だ。ゴッホ的勢いに満ちた目抜き通りの裏側に、スーラ的はかなさの路地がある。それが素顔の上海か。【評者 浜矩子 同志社大学マネージメントスクール教授】
| 日本近代技術の形成―“伝統”と“近代”のダイナミクス | |
![]() | 中岡 哲郎 朝日新聞社 2006-11 売り上げランキング : 23735 おすすめ平均 ![]() 見逃しそうな、、、Amazonで詳しく見る by G-Tools |
西洋技術を前にした職人が困難を乗り越える感動の道程
幕末の武士たちは西洋の黒船を見て、自分たちも同じものを造ろうと奮い立った。図面を取り寄せ、実際に蒸気船を造ってしまった。しかしそれは、なるほど蒸気船で、オランダ海軍士官を驚かせはしたが(読者も驚かれるだろう)、とうてい西洋の黒船に対抗できるようなものではなかった。
蒸気船を造ることに最も熱心だった人びとが、最も深刻に力の差を理解し、西洋からの購入を考えるようになった。しかし、その代金はどうするのか。
強兵を求めた幕末の武士たちは、黒船の背後にある富を理解し、技術と産業化によって国を富ますことを考えるようになる。そのため、身分制を打破し、能力ある人びとを活用する近代国家をつくらなければならないと知る。
明治の技術形成は、官営模範工場に代表されるように、上からなされ、それが成功したあとで民間に払い下げられたという説があるが、著者はそれを否定する。発展は払い下げ工場からではなく、民間の新しい工場によってなされたからだという。もちろん、模範工場が刺激を与えたこと、その失敗から学んだことは確かだが、成功は民間の工夫から生まれた。
本書は、技術の形成を産業ごとに、詳細に解剖する。言葉もよく理解できない職人が欧米に出かけ、彼我の差を理解し、何を導入することが、費用を賄い、市場を得ることができるかを的確に判断するありさまに驚嘆する。明治の在来産業には、手工業的製造過程に、西欧の小規模機械を導入しながら発展する戦略があったという。
近代技術を習得するうえでの幾多の困難を克服していく道程は感動的だ。この感動を味わうには本書を読んでいただくしかないが、一つだけ、標準化について記しておきたい。大量生産するためには、機械加工した部品をそのまま組み立てるのが基本である。ところが、日本では加工精度が低く、熟練工がやすりで削りながら組み立てていたという。これではトラックも飛行機も大量には造れない。夷狄(いてき)と戦うための黒船を自ら造って己の非力を思い知った幕末の武士が戦前にもいたら、無謀な戦争はなかったと思った。【評者 原田泰 大和総研チーフエコノミスト】
| 世界秩序の崩壊 「自分さえよければ社会」への警鐘 | |
![]() | ジョージ・ソロス 越智 道雄 ランダムハウス講談社 2006-10-12 売り上げランキング : 26915 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
世界最大の慈善活動家となったジョージ・ソロスが描く理想
本書は現在七六歳の投資家ジョージ・ソロスが世界の現状に対して警鐘を鳴らすべく書き上げたものである。ソロスといえば、巨額の利益を得てきたヘッジファンド投資家として記憶されているかもしれないが、いまやビル・ゲイツと並ぶ世界最大の慈善活動家でもある。
主題は彼が運営するオープン・ソサエティ財団を通したソロスの慈善活動の内容を紹介したものである。このオープン・ソサエティという概念は次のように要約できる。すなわち、われわれの知識は不十分なもので、また社会は多くの不確実性に満ちている、その結果としてわれわれは多くの誤謬を犯す、しかし、それは健全なことであって、その誤りを正して軌道修正すればいいし、それが認められているような社会を指している。
ソロスはこのようなオープン・ソサエティを理想として旧社会主義国や貧困にあえぐアフリカ諸国に多額の資金移転を行なっている。本書を読むと、ソロスが政府関係者あるいは民間団体と交渉し、『貧困の終焉』(早川書房)で描かれている経済学者ジェフリー・サックスが具体的な処方箋を書くようなプロセスが、多くの国で見られることに気づく。
世界の諸問題に対して世界基準の価値観を提示し、世界規模で解決に当たるという活動は、少し前なら国際連合、IMF、世界銀行などの国際機関、あるいは覇権国家米国が行なうということが常識であった。しかし、現在は経済的成功者が私財を投じて、政治家や官僚を通すことなく、しかも米国や受け入れ国政府の意にそぐわないような活動であっても支援できるようになってきたことを雄弁に物語っている。
実際、ソロスは「9・11」以来、米国社会が不愉快な現実から目をそらす「自分さえよければ社会」になってしまったこと、その結果として突入したテロとの戦争というアプローチを強く批判し、自ら代替策を模索している。
ソロスの慈善活動を見ると、日本で論じられている格差社会の議論で欠けている富者の社会的貢献とはいかにあるべきかという問題に目を開かされる。【評者 北村行伸 一橋大学経済研究所教授】
| 「反日」を超えるアジア―北京の目、ソウルの目 | |
![]() | 田中 直毅 東洋経済新報社 2006-11 売り上げランキング : 20768 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
克明に分析された東アジア史に見る日本の“風体”と力量
時宜を得た、わが国の将来への提言書だ。本書の特徴の一つは、過去の歴史を振り返るという丹念なプロセスを励行していることだ。
時間は単に流れ去るものではなく、積み重なって歴史を形成する。その歴史のなかで、人びとは、さまざまな観念をつくり上げる。観念が心の働きの一部である以上、合理的な理論をもってしても、簡単に氷解させることはできない。だからこそ、定着した観念は大切な要素になる。本書では、過去一〇〇年の歴史を振り返って、中国や韓国などのアジア諸国が、わが国をどのように見ているかを克明に分析する。
人は、自らの風体を鏡によって見ることができる。しかし、それは、あくまでも己の姿を見るのであって、他人がどのように見ているかを意味するものではない。グローバル化のパラダイムが浸透しつつある現在、わが国は、アジアや世界の諸国から、どのような認識を受けているかを考えることが必要不可欠といえる。
「米国をめぐる資金流の変化」や「中国が海外資産の取得に向かう理由」の項では金融実務家にとっても有益な視点を提示している。特に、現在の基軸通貨であるドルに関する考察は興味深い。一九六〇年代、“ドル不足時代”は終焉を迎え、“ドル過剰時代”へと突入した。それ以降も米国は基軸通貨たるドルを刷り続け、世界中から商品を買い集め、高水準の消費活動を継続している。このシステムは、グローバル・インバランスとして問題視されているものの、今のところ、それに対する具体的な処方箋は示されず、今後、世界経済にとって大きな不安要因になろうとしている。
最後に示された、「高付加価値製品の開発に見る活路」は示唆に富んでいる。少子高齢化が進展し人口減少段階に入ったわが国にとって、国際社会のなかで相応のポジションを維持するためには、デジタル家電のような付加価値の高い新技術を生み出すことが必須の条件になるという論理は、十分な説得力がある。問題は、わが国の教育が、長期的にそれを可能にする、能力的なインフラを提供できるか否かだろう。【評者 真壁昭夫 信州大学経済学部教授】
| テキスト株式・債券投資 | |
![]() | 川北 英隆 中央経済社 2006-10 売り上げランキング : 6329 おすすめ平均 ![]() 投資のための教科書 ◎Amazonで詳しく見る by G-Tools |
投資の理論と実践的な指南の双方を兼ね備えた貴重な一冊
ちょっと大げさな言い方だが、これは近来まれに見る「貴重」な経済書である。
日本の証券市場や証券投資が米英のそれと比較して未熟であったことは否定しようがない。原因はいろいろあったろうが、基本的に日本では証券というものがなぜか企業活動の外縁で浮動しているもののように受け取られてきた。だからそれは優れて投機の対象になった。そうではなくて、証券は企業活動を支える基盤の一つだという認識が社会的になかなか確立されなかった。近年さまざまに努力は行なわれているものの、たとえば個人による株式保有比率は二〇%前後で低迷し、明確な上昇傾向は見られない。
本書は、著者が大学での講義ノートをベースにして、証券市場の解説と証券投資への理解を高めるために、大学生と若い社会人をターゲットに書かれたものである。従来、証券に関する本は、一部の理論書か大多数のいかがわしい投資指南書に限られていた。本書の強みは、そのいずれでもないことにある。証券市場の構造と機能について十分に理論的で、しかしわかりやすく解明してくれると同時に、そこから証券投資についての基本的で、しかも具体的な指針を示してくれるのである。私が「貴重」だと思うのは、まさにそのコンビネーションにある。
もっとも、本書が説く投資指針はセンセーショナルなものではまったくない。それは基本的に分散投資であり、著者も認めているように、「少なくとも大損をせずに、多少なりとも儲ける」ことを目指すというまことに「まとも」なものである。
この本を読んだからといって、デートレーダーがいなくなるわけではないだろう。市場というものの魅力と活力の源泉は、それがいつでも、長期的な理性的合理性の優位と、短期的逸脱を併存させていることにあるからである。しかし、日本で証券市場と証券投資をまともに育てていくために今最も必要なのは、まさにまともな投資家を増やすことだ。今まではそのための教室も教材もなく、本書はその欠落を初めて埋めるであろう貴重な一冊であると信ずる。【評者 行天豊雄 国際通貨研究所理事長】
| イスラーム帝国のジハード | |
![]() | 小杉 泰 講談社 2006-11-15 売り上げランキング : 14585 おすすめ平均 ![]() イスラム理解への一助としてAmazonで詳しく見る by G-Tools |
宗教ではなく社会原理としてイスラムの歴史を理解する
米国の対イラク戦略は、完全に挫折した。反政府テロは「内戦」に拡大し、米軍撤退の展望も見えず、ラムズフェルド国防長官は更迭された。この最大の原因は、イスラムを非合理的な宗教として軽視し、経済援助をすれば簡単に欧米的な合理主義を移植できると考えたブッシュ政権の自民族中心主義にある。
その根底には、宗教は経済的な「下部構造」に支えられるイデオロギーであり、下部構造を変えれば社会全体が変わる、というネオコン(新保守主義)の発想がある。これは、彼らが(その出身母体である)マルクス主義から継承した思想だ。
しかし本書も指摘するように、イスラムは単なる宗教ではなく、「社会原理」としてのウンマ(共同体)を統合する、政治から日常生活に至るルールの総称である。イスラムがかつて民族を超えた大帝国を築くことができたのは、このような法的=精神的な結束の強さが、軍事的にきわめて強力だったからだ。
だが、こうした宗教的統合に依存した帝国は、大きくなり過ぎると求心力が弱まる。末期のオスマン帝国は、宗教も言語もバラバラだった。イスラムが衰退したのは、それよりも強力な軍事共同体である西欧の主権国家に敗北したからである。主権国家は、キリスト教から科学技術を分離して強力な武器を開発し、宗教に依存しない民族主義(ナショナリズム)によって兵士の士気を維持した。
今日、アラブでイスラムが再び勢いを増しているのは、民族主義が崩壊したからだ。イスラエルとの紛争に敗れてアラブ民族主義が分裂したとき、民族を超えて欧米世界への反抗を訴えるイスラムが、貧困に苦しむ人びとを束ねる唯一の社会原理として力を増してきたのだ。
だから、アル=カイーダを単なるテロ集団と考えるのは正しくない。その背景には、欧米諸国によって分断され、貧富の格差が拡大する中東の現状への人びとの怒りがある。これを是正することは、もちろん容易ではないが、著者の言うように、まず大事なのは彼らを理解し、対話することだろう。【評者 池田信夫 上武大学大学院客員教授】






条件付きで★5つ








