メイン > 週刊ダイヤモンド『今週の逸冊』 > 2007年10月6日~12月22日

スティグリッツ教授の経済教室―グローバル経済のトピックスを読み解く
スティグリッツ教授の経済教室―グローバル経済のトピックスを読み解くジョセフ・E・スティグリッツ 藪下 史郎 藤井 清美

ダイヤモンド社 2007-10-19
売り上げランキング : 2256

おすすめ平均 star
star2008年サブプライムローン問題の行方は?!
star忙しい方はの第1章「21世紀初めの日本と世界」だけでも
star投資効率は高い

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グローバル経済幻想を打ち砕くノーベル賞経済学者の痛快さ

題名こそ「スティグリッツ教授の経済教室」だが、中身は「スティグリッツ教授の反グローバル経済論」という色彩が濃い。副題の「グローバル経済のトピックスを読み解く」も、その実態は「グローバル経済の幻想を打ち砕く」といったところだ。

それだけ本書は、批判精神に満ち溢れている。ここに収録されている論考は、もともと月一回のペースで本誌に掲載されてきたコラムである。本書のために書き下ろされた第一章が加わり、この打倒グローバル経済の書が生まれた。

著者は、ご存知、二〇〇一年のノーベル経済学賞受賞者。一九九七年から二〇〇〇年まで、世界銀行のチーフエコノミストを務めた。グローバル化の成り行きをまさしく進行形で見守ってきた。その彼の目にグローバル化の功罪がどう映ったか。

端的にいって、「功」はあまり見当たらない。「罪」にはおよそ事欠かない。遠慮会釈もないグローバル化批判が痛快だ。

この痛快さをさらに味わい深いものにしている要因が、もう一つある。それは、本書がグローバル化批判論であると同時に、徹底した体制批判の書でもあることだ。権力とグローバル化が出会うとき、そこに生まれる弱い者いじめに、怒りのスティグリッツ節が切り込んでいく。

特に目を引くくだりがあった。ポピュリズムを論じた個所である。ポピュリズムという言葉を、人びとは大衆迎合といい、政治家の人気取りだといって糾弾する。

ところが、スティグリッツの解釈はひと味違う。いわく「ポピュリストは往々にして正しい」。なぜかといえば、体制派が人びとになにかをお仕着せようとするとき、ポピュリズムはその呪縛から人びとを解放する方向に働くからだ。その意味で、ポピュリズムに民主主義の守護神としての役割を見出している。

IMF方式の「改革」の導入を無理強いされて、多くの途上国が苦しんできた。その姿を目の当たりにするなかで、このスティグリッツ式ポピュリズム論が生まれた。傾聴に値する逆説である。【評者 浜 矩子 同志社大学マネージメントスクール教授】

■2007/12/22, 週刊ダイヤモンド, 85ページ

超長期予測老いるアジア―変貌する世界人口・経済地図
超長期予測老いるアジア―変貌する世界人口・経済地図小峰 隆夫 日本経済研究センター

日本経済新聞出版社 2007-10
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アジア各国の人口構成から見えてくる驚きの将来像

人口は他の変数に比べれば、五〇年後を予測することも可能な変数である。本書は、この変数を用いて、世界、特にアジアと日本の将来について、きわめて興味深い含意を引き出している。

多くの人びとは、漠然と、日本はともかく、中国とインドを中心とするアジアの発展は確実だと考えていると思われる。しかし、本書は、人口ボーナスと人口オーナス(重荷)という概念に基づき、必ずしもそうではないと指摘する。

経済が発展し、所得水準が上昇すると、初期の段階では人口が増加し、やがて少子化が始まる。そうすると、ある段階では、人口に占める勤労者のウエートが高まる。働く人の負担が少ないので、経済が成長しやすい。これが人口ボーナスである。しかし、やがて勤労者が高齢化すると、働く人の負担が増えて、経済が停滞しやすくなる。これが、人口オーナスだ。

アジアは一九六五~七〇年(日本は五〇年)頃から人口ボーナスの時代に入っていた。日本の高度成長は、これを活用したものでもあった。しかし、ボーナスの時代はまもなく終わりを告げ、アジアは日本を先頭にオーナスの時代に入っていく。本書は、オーナスによって経済成長率の低下を予測するが、この予測は絶対的なものではないとも認める。むしろ、政策的対応がなければアジアの時代は続かないという警告であるという。

残念ながら、日本は最も低成長の国のグループに入る。しかし、中国も成長率の低下は避けられない。ここで中国と米国の関係が興味深い。購買力平価では、中国のGDPは二〇三〇年に米国を追い抜くが、五〇年には再び、米国が中国を追い抜く。米国の人口が増加し続けるからだ。

アフリカでも一部で少子化が始まっていること、中国が老人大国になること、世界全体が人口オーナス状態になること、アジアで特に少子化が進んでいる理由など、興味深い分析が並ぶ。あえて批判を述べれば、人口オーナスの概念は明確だが、その数量的効果の説明は不明確なように思われた。

人口と人口構成の超長期予測によって、多くのことを発見し、また、考えさせる見事な本だ。【評者 原田 泰 大和総研チーフエコノミスト】

■2007/12/15, 週刊ダイヤモンド, 77ページ

波乱の時代(上)
波乱の時代(上)アラン グリーンスパン 山岡 洋一/高遠 裕子

日本経済新聞出版社 2007-11-13
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star天皇の人間宣言
star真のグリーンスパンがわかる
star功罪

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波乱の時代(下)
波乱の時代(下)アラン グリーンスパン 山岡 洋一/高遠 裕子

日本経済新聞出版社 2007-11-13
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おすすめ平均 star
star下巻は"ご託宣"みたいなのがく、開発途上国の指導者たちに説く啓蒙書みたいな感じ
star続・功罪

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エコノミストとしての矜持を保ち続けたFRB議長の半生

社会経済環境がめまぐるしく変わる現代にあって、一八年以上も米国の中央銀行である連邦準備制度理事会(FRB)の議長を務めたアラン・グリーンスパンの自伝(上巻)と彼の世界経済分析と将来予測(下巻)から構成されている。

米国の政治や金融政策に関心のある人はもちろん、職業エコノミストの仕事を知りたい人にも最適の入門書になるだろう。上巻の自伝の部分はきわめて率直かつ飄々と書かれており、ユーモアに溢れている。また、自らが仕え、交渉した歴代の大統領に関しても遠慮なく評価を下している。すなわち、歴代の大統領のなかではニクソンとクリントンの二人が最優秀であったと明記している。あのウォーターゲート事件を起こして辞任に追い込まれたニクソンが、政治家としてはきわめて優秀であったという判断はいかにもグリーンスパンらしいと思う。

グリーンスパンは終始一貫して、FRB議長である前に一人の職業エコノミストとしてどう判断してきたかという立場を取っている。長年、産業アナリストあるいはコンサルタントとして実態経済を分析してきたという自負もあるのだろうし、FRB議長は最終的な判断の全責任を負っているという厳しさの表れでもあるだろう。

本書を読むと職業エコノミストとは個人の総合力で勝負する職業だということがよくわかる。もちろん、人生には運もつきものであり、グリーンスパンは自らを最も幸運なエコノミストであったと述べているが、それだけではなく、節度を保ち決定的な場面で判断を間違わないできた彼の実績に対して高い評価が与えられてきたのである。

下巻での世界経済の見通しと将来予測のなかでは、さまざまな側面への関心が表明されており、これがグリーンスパンの経済分析の多様性を反映しているものと考えられる。とりわけ、FRB議長としての経験から、将来のインフレ再燃を懸念し、それに絡んでFRBの独立性が問われるような事態に陥る可能性を憂慮している点は重要である。またヘッジファンドへの規制に懐疑的であるのも特徴的である。【評者 北村行伸 一橋大学経済研究所教授】

■2007/12/08, 週刊ダイヤモンド, 145ページ

貸し込み
貸し込み黒木 亮

角川書店 2007-09-26
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おすすめ平均 star
star銀行の融資に関する裁判を題材にした小説です。
starやはり長編はすばらしい
star駄作

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貸し込み
貸し込み黒木 亮

角川書店 2007-09-26
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銀行に責任を押し付けられた元行員はいかに闘ったのか

「脳梗塞患者に二一億円の融資!」

そう聞けば、誰しも当の銀行の行動に驚いてしまうことだろう。さらに、厳正な裁きが期待されている公判の場で、その銀行が融資の責任をまったく無関係の元行員になすりつけてしまうことになれば、人びとの驚きが「怒り」に置き換えられてしまっても、決して不思議ではないはずだ。まったくかかわりのない人であっても、銀行の態度に腹立ちを覚えるに違いない。

では、濡れ衣を着せられた当事者は、いったいどのような反応を見せるのであろうか。おそらくは、「戦慄で全身が粟立つ」「あまりの怒りで眼痛と頭痛を感じる」といった経験をするに違いない。そう、この本には、当事者として、現実に事件の渦中に身を置くことを余儀なくされた著者の心情の一端が、主人公である右近祐介の姿を借りて吐露されているのだ。

バブルの時代、銀行は、企業・個人に対し、あらゆる理由を探し出して、過剰な貸し付けを行なった。しかし、さすがに今回のケースは常軌に逸したものであった。この作品は、本質的には非常に深刻な社会問題を扱っている。が、法壇で居眠りをする裁判長、くだらない理屈をこねる弁護士、平気で嘘をつく証人など、時に唖然とさせられ、それでいて、ユーモラスですらあるディテールが小説にふくらみを持たせている。

裁判に必要な手続きや資料、原告・被告の駆け引き、マスコミの反応、関係者の心の動きなどを淡々と綴った叙述で大部分が占められている。

とはいえ、読者の期待が裏切られることはない。裁判をよく知らない人にもわかりやすく書かれており、裁判がどのようなプロセスを経て行なわれていくのか、日本の裁判制度や民事訴訟法の「印鑑偏重主義」に内在する問題点とは何かを知る格好の素材となる内容になっている。

裁判の結果は、どうか? それは、読んだ人のみが知りうるお楽しみということにしておかねばならないが、裁かれるのは、決して法廷の場においてだけのことではないということを記しておきたい。【評者 堺 憲一 東京経済大学副学長】

■2007/12/01, 週刊ダイヤモンド, 111ページ

財投改革の経済学
財投改革の経済学高橋 洋一

東洋経済新報社 2007-10
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公的金融改革はなぜ必要か 政策担当者が明かすその根拠

著者の高橋洋一(たかはし・よういち)氏は、財務省に入省後、財政投融資の制度改革や郵政民営化さらには政策金融改革を、実際に現場で担当してきた。本書では、それら一連の改革の考え方、論理的な裏づけが克明に記され、しかも各制度の歴史や海外の制度などが簡潔に説明されている。わが国の公的金融システムを鳥瞰できるよう工夫してある。

著者の主張は、大きくは二つに要約されるだろう。一つは、財投や郵便・簡易保険事業、政府系金融機関などの公的金融システムを現在の姿で維持することの合理性は低いという点だ。わが国の公的金融機関が生き残ること自体が難しくなると論証している。

規制や慣行などによって縛られた今までの公的金融システムは、本来の機能を果たすことができていない。これを放置しておくと、早晩、その存在すらも否定されることが懸念される。だからこそ、そうなる前に改革する必要があるというのである。

もう一つは客観的な分析、視点の重要性だ。改革という言葉には、感情論的なニュアンスが含まれる場合が多い。「なにがなんでも進めるべきだ」「そんな必要はまったくない」といった極論に流れがちだ。それでは適正な判断はできない。経済合理性を基に客観的に分析し、冷静に判断することが必要になる。

たとえば、郵便貯金の主力商品であった定額貯金は、一〇年間預け入れできる長期金融商品である一方で、六ヵ月間経過すると解約できるというプットオプションが付与された商品であると、その特性を明確に分析している。

そのうえで定額貯金は、特定の金融環境の下ではきわめて優位性の高い商品であり、商品を受け入れる側にもリスクがあると、問題の所在を明らかにする。

さまざまな制約を受ける公的金融機関が、こうした金融商品を将来も扱い続けることができるか否か。合理性の基準で判断すれば、おのずと回答は出るはずというのが著者の基本的な考え方と見る。

著者のように、経済や金融市場を理解し、しかも外に向かってわかりやすく発信できる人材が揃っていれば、わが国の改革はもう少しスムーズに運んだかもしれない。【評者 真壁昭夫 信州大学経済学部教授】

■2007/11/24, 週刊ダイヤモンド, 83ページ

ユーロへの挑戦
ユーロへの挑戦ハンス・ティートマイヤー 国際通貨研究所 村瀬 哲司

京都大学学術出版会 2007-09
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アジア統一通貨構想に示唆 ユーロ誕生の壮大なるドラマ

一九九九年に実現した欧州単一通貨ユーロの誕生が二〇世紀の世界経済における最大のイベントであったことには異論の余地がないだろう。本書は、ドイツ連邦大蔵省次官、ドイツ連邦銀行(ブンデスバンク)総裁として、ユーロの誕生に中心的役割を果たしたティートマイヤーの回顧録である。

四〇年にわたる回顧は貴重の一語に尽きる。相次ぐ経済動乱を克服しながら欧州諸国、特にドイツ、フランスが通貨統合に向けて悪戦苦闘を続ける姿を、著者は詳細に、冷静に、鮮やかな臨場感を保ちながら描き切っている。世界経済史のドラマの見事な再現である。

読者は本書を読んで多くのことを学ぶだろう。私にとっては次の三つが最も重要に思える。

第一に、通貨統合のような大事業を成功させるには、二つの必須の条件がある。一つは、指導者たちが歴史的な洞察に裏打ちされた強い決意を共有していること。欧州は多くの優れた指導者に恵まれた。もう一つは、膨大な準備作業をきちんとやり遂げる優秀なテクノクラート集団の存在である。

第二に、ドイツとフランスという、制度も思想も異なる二大強国の協調の重要性である。通貨安定を最重要視し中央銀行に完全な独立性を与えたドイツと、通貨政策は内政と外交の一部と考えたフランスの相違は簡単に解消できるものではない。現在の欧州中央銀行総裁のフランス人・トリシェがECBをブンデスバンク的に独立させようとするのに対し、フランスの大統領が圧力をかけている状況は皮肉な現実である。

第三に、欧州の通貨統合がアジア統一通貨構想に何を教えるかだ。欧州とアジアには多くの相違点と共通点がある。アジアは自らの戦略を持たねばならない。しかし少なくとも、指導者たちの決意とテクノクラートの育成は不可欠だし、日本と中国の協力は必須である。

欧州統合はユーロで終わったわけではない。著者が指摘するように「重要な中間地点」にすぎない。今後も、財政規律確立や構造改革促進という深化と、トルコを含む拡大という二兎を追い続けることになる。その先にこそ本当の「欧州の時代」が待っているのだろう。【評者 行天豊雄 国際通貨研究所理事長】

■2007/11/17, 週刊ダイヤモンド, 79ページ

マルクスの亡霊たち―負債状況=国家、喪の作業、新しいインターナショナル
マルクスの亡霊たち―負債状況=国家、喪の作業、新しいインターナショナルジャック・デリダ 増田 一夫

藤原書店 2007-09-25
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star第三期デリダの開始

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資本主義の「亡霊性」を読み解きマルクスの限界を指摘する

社会主義の崩壊とともに、マルクスも葬られたと思っている人が多いだろうが、哲学の世界では、マルクスの影響はいまだに強い。本書は、ポストモダンの中心的存在だったデリダが、あえて冷戦後の一九九三年にマルクスを初めて論じ、しかも「マルクス主義的精神を継承する」と明言したことで、大きな反響を呼んだ。

「ヨーロッパに幽霊が出る――共産主義という幽霊が」という『共産党宣言』の冒頭の一節は誰でも知っているが、マルクスの著書には幽霊や亡霊という言葉がよく出てくる。それを単なる比喩と見るのではなく、デリダ流に「脱構築」したのが本書である。

脱構築とは、テキストのなかに著者の隠された意図を読み解く手法だが、デリダはその先駆をマルクスに求める。

『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』で、マルクスは「人びとは自分自身の歴史をつくる。だが、思うままにではない」として、人びとを動かす「過去の夢魔」を分析する。また『資本論』では、商品の価値は「幽霊のような対象性」であるとして、価値を成立させている資本主義の「宗教的性格」を明らかにする。

このようにマルクスは資本主義の亡霊性を読み解き、価値の自明性を疑い、商品の「物神性」を指摘するが、その幽霊の謎はすぐ解かれてしまう。彼は亡霊の本質を労働に求め、そうした亡霊的な形態を取らないで労働が等価交換される、透明な「自由の王国」として未来社会を描く。

デリダは、この点を批判する。すべてのブルジョア的な価値を疑い、嘲笑したマルクスが、人間の本質が労働にあるという点だけは疑わなかった。現象を本質の現前ととらえる形而上学的思考から、彼も自由ではなかったのだ。

その結果、労働価値説という古典経済学の古い道具を使ったため、『資本論』は今では経済学としては役に立たない。さらに悪いことに、このように疑いえない「歴史的必然」の名によって、社会主義という資本主義を上回る悪夢が出現した。その遠因は、マルクスが亡霊を脱構築し切れなかった点にあるのかもしれない。【評者 池田信夫 上武大学大学院教授】

■2007/11/10, 週刊ダイヤモンド, 85ページ

晩年のスタイル
エドワード W.サイード (著), 大橋 洋一 (翻訳)

成熟と平穏を受け入れなかった芸術家たちの高潔なスタイル

『オリエンタリズム』をはじめ、数々の刺激的な評論を世に送りながら、二〇〇三年に急逝したエドワード・W・サイード。本書は、サイードが最期まで完成を企図していた文字どおりの遺作である。

サイードは、西欧文明が他の文明に向ける先入観を誰より徹底的に追究し批判した人であったが、同時に、音楽をはじめとする西欧文明を誰よりも深く理解し、愛した人でもあった。そのサイードの最後の作品の主題が、なんと「晩年」である。

晩年は誰にでも訪れる。そしておそらく晩年の生きざまは、若年よりも壮年よりも、人それぞれの個性を忠実に物語るだろう。穏やかな満足感とともに、自身の人生に温かく包まれようとする人もいれば、成熟と平穏をむしろ恐れ、そこから逃れ去るがために、不安と懐疑と不協和の渦巻く日々へ、わざわざ自分を追いやるかに見える人もいる。そしてサイードは、この後者のような「晩年のスタイル」にこそ、探究心をそそられるという。

そうした晩年を自ら選んだ人としてサイードは、ベートーヴェン、シュトラウス、ジャン・ジュネ、ベケット、ヴィスコンティ、グールドといった芸術家を取り上げる。

彼らはその晩年に、自らの芸術にどんな仕打ちを加えたのか。なぜ、万人に愛された自らの作品を、そのまま受け入れようとはしなかったのか。その冷徹ともいえる分析評論は、これまでのサイードともどこかスタイルが違う。まるで彼自身が「晩年のスタイル」を模索しているかのようだ。なかでもヴィスコンティの「山猫」論は、白眉をなす珠玉の一編だろう。

晩年(late)には「遅れる」という意味もある。思うに、評論という行為自体が時代の晩年を語る行為ではないか。その時代のなしたこと、なしえなかったことを少し遅れて見届けて、雷同しないなにかを言う。サイードはこれを「時代からの自己追放」と表現しているが、その結果、次の時代に先駆けることもできるのだ。

「晩年のスタイル」とはまさしく、評論の本質を突いた、サイードにして初めて語りえた遺言といえるものかもしれない。【評者 井上義朗 中央大学商学部教授】

■2007/11/03, 週刊ダイヤモンド, 81ページ

ゆうちょ銀行
ゆうちょ銀行有田 哲文/畑中 徹

東洋経済新報社 2007-09-07
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おすすめ平均 star
star経緯を丹念に調べた好著
star新聞連載記事のとりまとめ

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なぜ郵便貯金は“ゆうちょ”に変質せざるをえなかったのか

「こんなはずではなかった」。まずは「はしがき」のこの一文が目を引いた。まさしくここにこそ、郵政民営化顛末記の本質がある。

二人の著者は「朝日新聞」の記者だ。同紙上で「動く民営郵政」を連載した。この連載を基に本書が生まれた。こんなはずじゃなかった今日に向けて、何がどうなり、誰がどうして、どこがどうなってきたのか。その一部始終がぐいぐい描出されていく。

読み進みながら、わが意を得たり、と繰り返し思った。郵政民営化を「改革の本丸」と位置づけた小泉純一郎元首相は、自分は北極に行くと言いながら、途中で方向転換して南極に行ってしまった冒険家だ。筆者は常々そう考えてきた。

しかも、北極だろうが、南極だろうが、どっちも寒くて行くのが大変なところだから、それでいいじゃないか。そんなふうにうそぶいてみせる。それが小泉流郵政民営化だ。どうもそう思えて仕方がなかった。

本書を読んで、この感覚が間違っていなかったという確信が深まった。郵政民営化構想のそもそもの眼目は、すでに役割を終えて、時代適合性を失った郵便貯金という仕組みをうまい具合に廃止に持ち込んでいくことにあったはずだ。それが、いつの間にやら、絶対儲かる民営「ゆうちょ」の追求にすり替えられてきた。キツネにつままれる思いがあった。そこを本書が謎解きしてくれている。

「郵貯」は、なぜ「ゆうちょ」に生まれ変わって利益を追求しなければいけないのか。その一方で、郵政の本来業務であるはずの郵便事業について、地域住民たちはなぜ、効率化の名の下における切り捨ての影に怯えなければならないのか。

これらの疑問に対して、いかに説得力のある解答が提示されないままに、今日に至ってしまっているか。本書の随所にこの摩訶不思議な一部始終が語られている。まったく奇妙な物語だ。

結局のところ、この奇妙な物語にはまだ決着がついていない。著者たちが、結末に向けての展開を追跡し続けてくれるはずだ。そう期待したい。【評者 浜 矩子 同志社大学マネージメントスクール教授】

■2007/10/27, 週刊ダイヤモンド, 91ページ

歴史が教えるマネーの理論
歴史が教えるマネーの理論飯田 泰之

ダイヤモンド社 2007-07-27
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おすすめ平均 star
starいい本なのだけど読者を選ぶ
star日本史に詳しい方に特にお薦めの貨幣理論入門書

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少数派・貨幣数量説の発展を歴史的事例に重ね合わせて検証

経済学は経験科学だから、歴史的事例で経済学を語ると著者は言う。タイトルの「マネーの理論」とは、貨幣数量が物価を決めるという理論だが、私と同業のエコノミストに、貨幣数量が物価を決めると思っている人はほとんどいない。おそらく、そう考えている人間は、経済学者や金融実務家のなかでも少数派だ。

本書は、このマネーと物価の理論を、歴史的事例によって説明していく。採用される事例は、一六世紀の新大陸の金銀流入によるインフレ、一九世紀後半英国ビクトリア女王時代の緩やかなデフレ、一九二〇年代のハイパーインフレ、昭和恐慌、幕末開港期の金流出、江戸時代の貨幣改鋳など興味深いものばかりだ。

理論の説明は、マネーが物価を決めるという単純な数量説から出発して、将来のマネーの量に対する期待が物価を決めるという現代の数量説にたどり着く。数量説は、各時代の出来事を考慮すべき新しい現実として受け入れながら発展してきたことが説明される。こうした理論の発展と現実を結び付ける手際は見事というしかない。

本書には興味深い歴史の事例がほかにも多々あるが、歴史という言葉に引かれて本書を手に取った読者が特に魅了されるのは、江戸時代の貨幣改鋳だろう。

貨幣改鋳とは一般には貨幣の中の貴金属の量を減らすことだから、貨幣が増えてインフレになる。しかし、インフレは、実質生産を増大し、また、所得分配を変化させることにもなる。この所得分配の変化が、江戸の経済政策の評価にどのように影響を与えたかの考察は、独創的、周到、かつ現代的意味を持つすばらしいものだ。

あえて疑問を呈すると、幕末開港期の金流出を、金銀比価を日本に不利な取り決めにしたことと評価しているところだ。

貿易が始まれば、さまざまな物資の交換比率が変わるのは当然だ。人為的な金銀比価で利益を得た外国人は多かったろうが、投機能力の高い江戸の商人も利益を得たのではないか。幕府がこのような投機を制度的に難しくしていたとしても。【評者 原田 泰 大和総研チーフエコノミスト】

■2007/10/20, 週刊ダイヤモンド, 89ページ

電子マネー最終戦争
電子マネー最終戦争岩田 昭男

洋泉社 2007-04
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電子マネー普及元年の全体像を知るための報告書

今年は参議院選挙やその結果として自民党の敗北、さらに安倍晋三首相の辞任など一連の政治変動、そして年金記録問題、米国で発生したサブプライムローン問題およびその反応としての資本・金融市場の不安定化など、経済界でも大きな変動があったために見落とされているかもしれないが、電子マネーの本格的な普及元年といえる年である。

記憶に新しいかと思うが、二〇〇七年四月にはイトーヨーカ堂、セブン―イレブンを傘下に置くセブン&アイ・ホールディングスが電子マネーnanacoを発行し、同じく四月にイオングループでは電子マネーWAONを発行した。JRと都内の地下鉄・バスが共通して利用できる電子マネーPASMOが需要超過で販売を制限せざるをえなくなったのも今年の春のことである。

これらの現象は、電子マネーの第二世代に相当し、先行して使われてきたSuicaやEdyの普及が本格化し、それを利用できる商店数も急速に増えたこと、おサイフケータイとして電子マネーを搭載可能な携帯電話ができたこと、コンビニやスーパーを中心とした規模の大きい企業グループが一挙に参加したことで、ビッグバンが起きたことを反映している。

本書はこれらの事情を包括的に取材したきわめて有益な報告書である。しかし、現状は本書のタイトルにあるような最終戦争にはほど遠い状況ではないかと思う。

現在、日本で使われている電子マネーの基礎にあるフェリカの技術は、決済システムに関する国際ISO基準としては認められていない。それを満たした電子マネーに変貌しなければならないが、それはフェリカを発展解消するかたちで行なわれるのか、それともすでに国際基準に準拠したマスターカードが提供している電子マネーPayPassに取って代わられるのか、といった規格競争がある。さらに、その後には政府・中央銀行と民間企業とのあいだでの電子マネーの管理・規制をめぐる争いが待ち受けているはずである。

いずれにしても、電子マネーの進展については今後も注視していく必要があるだろう。【評者 北村行伸 一橋大学経済研究所教授】

■2007/10/13, 週刊ダイヤモンド, 83ページ

会計操作―その実態と識別法、株価への影響
会計操作―その実態と識別法、株価への影響須田 一幸 山本 達司 乙政 正太

ダイヤモンド社 2007-06-08
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star主に日本の会計操作(・粉飾)について概要を説明しています

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なぜ決算の粉飾に走るのか 研究者がメスを入れた実態

研究者の手による“会計操作”の本である。内容は粉飾決算につながる会計操作の実態や、そのインセンティブ、さらには株式市場との関連を、先進の米国の先行研究を踏まえつつ実証的に研究された会計操作の論文集である。

企業とは、長期間にわたって経済活動を行なうことを前提とする社会的経済主体だ。企業が存続するあいだ、常に、財務・収益状況は間断なく変化することになる。

一方、当該企業の財務・収益状況は、一定の決算期間を前提にして開示される必要がある。期間損益がわからないと、投資家は、企業の財務・収益状況について知ることができず、適正な投資行動を行なうことができない。また、期間損益を確定させないと、正しい納税を行なうこともできなくなる。

これらの二つの命題を満足させるため、企業の財務・収益状況を整理する手続きを定めた。それが会計手続きである。企業は、そのルールに基づいて財務諸表を作成し、関係者に開示することが義務づけられている。

ところが、財務状況が悪化した場合、会計原則を曲げて、自分に都合のよい体裁を繕ってしまう。それが会計操作の動機だ。

この会計操作の幅が大きくなると、実態を大きく歪曲してしまい、財務諸表を頼りに投資行動を行なう人びとに大きな損害が発生する。そのため、粉飾決算を行なった経営者や、それを見逃した会計士には、かなり厳しい罰則規定が設けられている。

それでも、洋の東西を問わず粉飾決算は後を絶たない。本書はこうしたポイントを、豊富な実証研究を基にして分析している。そのプロセスは、専門研究者でなくとも興味深く、十分な説得力を持っている。これが、本書の真骨頂だ。

また本書は、粉飾決算が株式市場に与える影響についても言及している。粉飾決算を行なった企業の株価を、当該株式のビッド(買値)・アスク(売値)のあいだの開き=スプレッドをパラメーターとして検証している。それによって、株式市場という、特定マーケットの構造=マイクロストラクチャーを解き明かそうとの意図は、相応の賛同を得られるだろう。【評者 真壁昭夫 信州大学経済学部教授】

■2007/10/06, 週刊ダイヤモンド, 79ページ

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