メイン > 週刊ダイヤモンド『今週の逸冊』 > 2006年1月7日~3月25日
| セイヴィング キャピタリズム | |
![]() | ラグラム ラジャン ルイジ ジンガレス Raghuram G. Rajan 慶應義塾大学出版会 2006-01 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
ライブドア事件をきっかけに、小泉政権の改革路線への批判が高まってきた。弱肉強食の資本主義を捨てて武士道に立ち帰れ、と説く『国家の品格』(新潮新書)がベストセラーになるのも、人びとの不安を反映しているのだろう。
こういう議論は、今に始まったものではない。一九三〇年代には、ルーズベルトもヒトラーも、大恐慌の原因は市場原理にあり、政府の介入が必要だと主張した。米国では銀行を強く規制するグラス=スティーガル法ができ、ドイツや日本は全面的な統制経済によって危機を克服しようとした。その規制は戦後も残り、日本が「金融ビッグバン」で戦時体制以来の護送船団行政に終止符を打ったのは、九六年である。
どこの国でも「グローバリズム」を憎み、国内企業の保護を求める声は強い。それはたいてい「弱者保護」を理由にするが、実際に保護されるのは、大企業の既得権である。特に資本市場の自由化は、新しい企業や外資が既存企業に挑戦することを容易にするため、最も恐れられる。
本書は、シカゴ大学の二人の若い経済学者(ラジャンはIMFに出向)が、最新の金融理論を使って金融市場の歴史を分析し、「資本主義を資本家(の悪事)から救う」(原題)方法を考えるものだ。シカゴ学派のなかでも、フリードマンの世代は市場が効率的に機能することを前提にして政府の介入を批判したが、著者はむしろ金融市場が円滑に機能するためには多くの制度的な基盤が必要であることを強調する。
自由な市場は、自然に生まれたものではない。かつて王や貴族は、特定の商人だけに貿易を許可し、恣意的に課税した。こうした略奪を防ぎ、財産権を保障する制度によって初めて市場は機能したのである。
現代でも、ライブドア事件で明らかになったように、市場をオープンにするときは、それに見合うルールの整備やチェックの強化が必要だ。ただしそれは、「大きな政府」にすることを意味するのではなく、独立行政委員会のような司法的な機関によって市場を監視することである。【評者 池田信夫 須磨学園情報通信研究所 研究理事】
| 狂牛病とプリオン―BSE感染の恐怖 | |
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BSEの「病原体」がプリオンと呼ばれていることは、今では広く知られているだろう。そしてこのプリオンがバクテリアでもウイルスでもなく、一種のタンパク質にすぎないこと、したがってそれ自体は生物体として定義できないものであることも、多くの人が知っているだろう。
しかし生物体でないとしたら、それはいったい何なのか。そしてそれはいつ、どこからやって来たのか。こうした肝心な点になると、プリオンは忽然として寡黙になり、専門家をも欺く存在になる。この得体の知れなさに、プリオン独特の不気味さがある。 悪玉プリオン増殖のメカニズム
プリオンに関する本は数多いが、本書は特にプリオンの「感染」経路に注目している。これまでの本では、プリオンがなんらかの経路で体内に侵入すると、それ自身がBSEなどの症状を直接引き起こすような印象を与えていたと思う。
しかし本書によると、プリオンにはじつは善玉と悪玉があり、善玉は人間を含め、多くの動物が普通に持っているものらしい。ところがそこに悪玉プリオンが入ってくると、これが善玉の形状を悪玉と同形のものに変えてしまい、ゆえに悪玉プリオンが一挙に増えることになって、BSEなどの症状を引き起こすという。
では悪玉プリオンはどこで作られるのか。それがわかればBSEの撲滅も可能ではないかと思うわけだが、これにはなにかごく稀な遺伝子配列が関係しているらしく、もしそうなら悪玉プリオンの発生自体は一種の自然現象ということになる。ならばいきおい、悪玉の感染をいかに食い止めるかが対策の焦点になるはずだ。肉骨粉のばらまきに近い投与がいかに無謀な行為であったか、あらためて理解されよう。
本書はさらに、米国のシカに同種の症状が出ているという気になる情報も伝えている。人間への感染は報告されていないようだが、詳しくは本書を直接参照されたい。BSEに関しては新しい研究が次々となされているようだ。こうした知見が政治的決定に生かされてゆくことを期待したい。ところどころ難しい部分もあるが、内容密度の濃い一書である。【評者 井上義朗 中央大学商学部教授】
| 日はまた昇る――日本のこれからの15年 | |
![]() | ビル・エモット 吉田 利子 草思社 2006-01-31 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
昨年六月、久しぶりに著者と再会した。本書の核となった英「エコノミスト」誌の特集記事執筆に向けて、彼が取材旅行中のことである。あのときのやり取りが、この本のこんな切り口に取り込まれたのか。そんな感慨を持ちながら読み進んだ。
『日はまた沈む』で一世を風靡した著者が、「日はまた昇る」と宣言する。これはなかなか詩的である。もっとも、中身を見れば、著者のメッセージには、むしろ「日はまた昇る――されど前途はなお多難なり」というニュアンスが強い。要は日が昇る勢いと、その前途に立ちはだかる多事多難との綱引きであり、この構図を提示しているのである。ここが、本書に対して最も共感する点だ。
日が昇る勢いはどうか。これがなかなか力強いものとなっていることは、著者が指摘するとおりだろう。日本経済は、よもや、現代において再出現することはあるまいと思われていた古典的デフレの洗礼を受けた。
その冷たい炎によって、戦後の経済過程で充満してきた塵芥の類いが焼き尽くされた。すっきり・しゃっきりした日本経済となって返り咲いたから、その体力はかなり蘇生されていると考えてよさそうだ。 政治・外交面に前途多難
前途の多事多難のほうはどうか。著者は、その中核部分に東アジアにおける日本の位置づけ問題を見る。ここだけ読めば、日は昇りそうにない。お隣さんたちとのあいだでこれだけのギクシャクを抱えていながら、天頂を目指すのは難しい。そう考え込んでしまう。
だが、じつはこのあたりがいちばんおもしろい部分だ。この部分が本書に厚みを加えている。
デフレ脱却のための集中治療室からようやく外に出た日本。その日本が本格的に社会復帰できるためには、経済面でのリハビリもさることながら、政治・外交面での成熟化が肝要だ。そのことを語るくだりに、本書の真価がある。
さて、日はまた昇ったが、昇ってみれば、そこにあるのはライブドア問題であり、耐震強度偽装問題だ。著者の日本探求も、これで完結とはいきそうにない。【評者 浜矩子 同志社大学マネージメントスクール教授】
| マオ―誰も知らなかった毛沢東 上 | |
![]() | ユン チアン J・ハリデイ 土屋 京子 講談社 2005-11-18 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
| マオ―誰も知らなかった毛沢東 下 | |
![]() | ユン チアン J・ハリデイ 土屋 京子 講談社 2005-11-18 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
毛沢東が大躍進や文化大革命で引き起こした混乱によって、数千万人の中国人が死亡したことは、多くの人が認めるようになっている。しかし、本書の語る毛は、それ以上の恐ろしさに満ちている。
毛は、ほぼ意図的に殺戮を行なった。毛は、その初期から暴力と恐怖で民衆を抑えつけていた。毛が権力を得たのは、暴力と恐怖を生み出すことを躊躇しないという性向を、ソ連(当時)が利用価値ありとして支持したからだった。
粛清は一九三〇年代から盛んに行なわれており、農民はもちろん、共産党の軍人も党員も数限りなく処刑された。秘密警察が処刑するのではなく、人民が相互に処刑することを求めた。恐怖が人びとのあいだに広がり、処刑に参加した人びとは毛に従うしかなくなるからだ。
毛は、人民を、中国を征服するためのカネ、食糧、労働力、兵力という資産の供給源と見ていた。それを供給させるためには恐怖が必要であり、毛はそのために躊躇しなかった。毛は、党の軍隊を乗っ取るために画策し、主導権を握るために仲間の軍を敵が殺すに任せた。
毛は日本軍と戦わなかった。国民党軍に日本軍と戦わせ、弱った国民党を打倒するのが中国征服の道だと考えていた。 発見に満ちた迫力ある記述
上下一一〇〇ページを超える大著は、発見に満ちており、読み出すと止まらない。書かれているすべてが真実なのか、私にはわからない。しかし、否定するには、著者の示す証拠を覆すだけの反証が必要だ。
私は、おもしろ過ぎる部分には疑問も感じたが、記述の迫力から、多くのことが真実だと思った。本書を読んで、共産党が住民の移動を禁じ、役人が地方住民を搾取の対象と考え、かつそれを実行できる理由が理解できたからだ。
台湾に逃れた国民党は、結果としては、この島に繁栄と民主主義をもたらした。もし、日本の侵略がなければ、国民党軍は共産党軍に勝利し、繁栄と民主主義は、中国本土でも実現していただろう。日本の侵略の中国に与えた犠牲はあまりにも大きいと思うのは、自虐史観になるのだろうか。【評者 原田泰 大和総研チーフエコノミスト】
| 郵政攻防 | |
![]() | 山脇 岳志 朝日新聞社 2005-12 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
マンション耐震強度偽装やライブドアの証券取引法違反など社会的に注目を集めている問題が発生し、昨夏から秋にかけての郵政民営化騒動がすっかり色あせてしまった感がある。
しかし、郵政民営化の経緯を冷静に振り返り、主要人物の発言を記録しておくことは、二〇一七年の本格民営化時点で今回意図されたことが達成されたかどうかを振り返るためにも貴重な資料となる。本書はそのような目的に合致した第一級のドキュメンタリーである。しかし、本書はそれだけではなく、巷に流布されている仮説に対して著者の判断を加えている。
はたして“外圧”はあったのか
第一に、郵政民営化を米国の外圧によるものだという批判は根拠がないと退けている。郵便貯金などを通して明治以来、富国強兵のための集金マシーンとして機能してきた郵便局の役割は終わっているし、郵便事業の役割もインターネットや携帯メールに取って代わられようとしている事実が、郵政民営化への主因であるという認識である。第二に、小泉純一郎首相の初選挙時における横須賀地区の特定郵便局長たちに対する怨恨が今回の民営化につながったという説も退けている。むしろ大蔵政務次官の頃に財政投融資の資金源としての郵貯の過大さに気づいたときから、郵政民営化を主張し始めたという説を採っている。小泉首相が問題にしたのは特定郵便局ではなく、郵貯簡保からの資金の流れにあることは疑いがない。
第三に、歴史的調査を通して、全国特定郵便局長会は戦時中の統制下で、「一九四〇年体制」の申し子として機能したことが明らかにされている。歴史的事実として三七年一一月より郵便局を通して戦時国債が大々的に販売されていった事実にも言及してほしかった。
ジャーナリズムの仕事には、リアルタイムで報道しながら、一定の評価を下さなければならないという難しさがある。ともすれば偏向しがちな状況のなかで、幅広いソースから情報を取り、それを冷静に判断し、理がどこにあるかを見極めることによってバランスを取ることが必要である。本書はそれを見事に成し遂げている。【評者 北村行伸 一橋大学経済研究所教授】
| 増税が日本を破壊する | |
![]() | 菊池 英博 ダイヤモンド社 2005-11-18 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
本書は、財政再建のために不可避と考えられている増税が、わが国の経済に大打撃を与えることを論証した書物だ。「本当は『財政危機ではない』これだけの理由」という副題が付いている。
日頃、われわれが心配している政府債務残高は、一般的にいわれているほど危機的状況ではない。通常、メディアなどで報道されている債務残高は、政府が保有している債権を勘定に入れていないからだ。債務残高から、保有する債権額を差し引いた純債務のベースで考えると、わが国の財政状況は決して悪くない。増税を実施したい財務省の、「財政危機が発生している」という広報活動に騙されているというのが著者の主張だ。
だから、増税するよりも減税を実施して、経済の活性化を図り、税収の拡大を図るべきであるとする。その意味では、現在のわが国は、「財政危機」ではなく、誤った政策による「政策危機」と断じている。また、わが国の信用格付けをダウングレードしたことは、明らかに誤りであると主張する。論理の展開は歯切れがよい。 無視されている政府保有債権
著者の見解のすべてに賛同できるわけではないが、いくつかの点については十分な説得力がある。
特に、政府が保有する債権を捨象し、債務残高のみを見て、すぐにでも財政破綻が起きそうに騒ぐことに大きな意味はないだろう。冷静に、債権・債務、両方のバランスを考えることが必要だ。ご指摘のとおりだろう。
また、債務者の格付けの発想しか持ち合わせない人たちに、債権者の信用状態を評価するノウハウがないことは明らかだ。一定の資産を保有する経済主体は、いつでも、当該資産を売却して、返済原資に充てることが可能だ。一方、純債務者には、それができない。両者の信用力評価には、おのずから違った手法が必要になるはずだ。
ただ、フローベースで見た財政赤字は、垂れ流しでよいというわけにはいかないだろう。特に、わが国では少子高齢化の進展の速度が速く、社会保障費の増加ペースが急だ。減税で経済を活性化することによって、財政赤字が解決できるか否かは、もう一度考えてみたい。【評者 真壁昭夫 信州大学経済学部教授】
| 国富消尽―対米隷従の果てに | |
![]() | 吉川 元忠 関岡 英之 PHP研究所 2005-12 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
経済を理解しようとすれば、政治を知らなくてはならない。ましてや国際経済においてはなおさらだろう。このあまりに自明のことが、しばしば日本の経済報道やエコノミストたちの議論には欠けている。本書は、まさに経済と政治との関係を詳細に観察し、鋭利に分析してきた吉川、関岡両氏による日米経済論である。
両氏は、昨年のライブドアによるニッポン放送買収劇を取り上げながら年内にも加速する外資の日本企業買収を予測し、また簡易保険の一二〇兆円を米保険業界に開放しただけの郵政民営化を批判し、さらにこれから始まる医療・保険改革が高負担低レベルの医療サービスをもたらすことを憂慮する。
米国流経済学の目で見れば生産性を上げるはずの「構造改革」が、政治的な視点を加えれば単なる「対米隷従」の経済政策でしかなく、日本には多くの災厄をもたらすことが、両氏の該博な知識と冷徹な観察眼によって明らかにされていくのである。 「神の手」ではなく「政治」がつくる経済
政治と経済の密接な関係を論じるのは、アカデミズムでも決して珍しいことではない。たとえばE・カプスタインの『世界経済を統治する』(ハーバード大学出版)は、米国が自国の財務省証券をいかに世界中に売り付けてきたか、また、いかに自国の都合でBIS規制などの国際制度をつくり上げてきたかを綿密な調査によって暴露した。それらの経済現象が「法則」や「神の手」によるものではなく、じつは大国の「政治」によって成されたことを示したのだ。
ここにある重厚な対談は、一九八〇年代に世界最大の債権国となりながら、九〇年代は長期不況に陥った日本に、米国のいかなる「政治」が仕掛けられてきたのかを、克明に浮かび上がらせている。
かつて吉川氏は、自著『マネー敗戦』に投げつけられた「正統派」経済学者の批判に対し、「私の立論はすぐれて論理的。現在の状況を従来の経済学の枠組みでとらえられないのは、むしろ経済学の貧困」と論駁したことがあった。吉川氏は対談直後に逝去したが、「遺作」となった本書でも、複雑な現実を強靭な論理で語り切っている。【評者 東谷暁 ジャーナリスト】
| デフレから復活へ―「出口」は近いのか | |
![]() | 伊藤 隆敏 東洋経済新報社 2005-10 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
「失われた一〇年」といわれる長い停滞から日本経済はやっと抜け出したように見える。五五年体制と呼ばれた政策決定システムは、歴史的な変革を強いられた。この「明るさ」が株式市場に久びさの大活況をもたらしている。英誌「エコノミスト」が言うように「陽はまた昇る」ときがきたのだろうか。
このようなときにこそわれわれは一五年間日本経済に何が起こり、われわれがそれにどう対応し、今何が残された課題であるかを、世界的かつ歴史的な視野で検証する必要がある。 平易さと視野の広さ
本書は現在国際的に最も高く評価されている日本経済研究者の一人である著者が、まさにそのような問題意識を持って取り組んだ力作である。
バブルの発生と崩壊、長いデフレとその過程で露呈した多くの構造問題、それへの対応の成功と失敗、何が成就し、何が未完であるか。著者は鋭い理論的解析力と現実把握力を駆使してこの一五年間における日本の財政、金融、為替、国際貿易の軌跡を明快に説得力をもって描き出している。
特に評価したい点が三つある。第一は本書が政策と実体経済の相互作用を、立体的に動態的に描いている点である。生き物である経済の活写というべきか。第二は本書が理論的堅牢さを失わずにしかも平易に語られている点である。よくわかっている人の話がいちばんやさしいということのよい例である。第三は著者の視野の広さである。海外の読者にとっても十分読み応えのあるものになっている。
注文も二つある。一つは、政策評価についてはもっと歯に衣着せずに行なってほしい。経済とは畢竟、因果関係の連鎖なのだから完全無疵の評価はありえないのである。もう一つは、この一五年民間企業部門で起こった変化についての分析も欲しかった。マクロ政策がほとんど無意義であったこの数年間に日本経済が再生したとすれば、その原動力はすぐれて民間企業部門にあったと思うからである。
ともあれ本書は、いずれ著者が取り組むであろう世紀をまたぐ日本経済変動史の総括的大著の予告編として、推奨に値する一冊である。【評者 行天豊雄 国際通貨研究所理事長】
| スティーブ・ジョブズ-偶像復活 | |
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本書の原著は昨年、アップル・コンピュータ社が出版を差し止めようとしたが、出版社(ワイリー)が拒否したため、アップル・ストアからワイリーの本がすべて撤去される騒ぎとなり、これがかえって話題を呼んで全米でベストセラーになった。しかし、その内容は特にスキャンダラスなものではなく、アップルの共同創立者スティーブ・ジョブズの劇的な半生を、バランスを取って描いている。
とはいえ、主人公がとてもバランスの取れた人物とはいえない。たとえば、ジョブズは億万長者になってからも、最初の恋人に生ませた子どもを認知せず、彼女は生活保護を受けなければならなかった。また彼は、自分の使っているホワイトボードに他人が書き込もうとしただけで激怒して罵倒し、その相手は退社した。
他方、ビジネスは結果がすべてだとすれば、ジョブズは勝者である。ガレージから出発して世界有数のコンピュータメーカーをつくり、そこから追放された後、アニメーション会社・ピクサーで世界初のフル三次元コンピュータ・グラフィックス映画を作って成功した。そして再びアップルに経営者として迎えられ、iPodなどのヒット商品を生み出した。コンピュータと映画と音楽という三つの分野で成功を収めた経営者は、ほかにはいない。
ジョブズの成功と失敗に共通する原因は、彼のエゴの強さである。これが数々の独創的な商品を生み、エゴイズムの渦巻くハリウッドで大物と対等に渡り合う交渉力の源泉となった。一方で、それが多くの優秀な(ジョブズに従わない)技術者を失い、「ネクスト」のような美しいが売れないコンピュータを作り出す結果ともなった。日本のベンチャー企業経営者に欠けているのは、よくも悪くもこのエゴの強さだろう。
本書は、企業戦略や技術にはあまり言及していないので、ビジネス書としてはもの足りない。また、アップルについての本はこれまでにもたくさんあり、本書にはその孫引きと思われる部分もある。しかし、個性的な起業家の一代記としておもしろく読めることは間違いない。【評者 池田信夫 須磨学園情報通信研究所研究理事】
| 物理学者、ウォール街を往く。―クオンツへの転進 | |
![]() | エマニュエル ダーマン Emanuel Derman 森谷 博之 東洋経済新報社 2005-12 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
「資産」という言葉、以前はまったくのひとごとだったが、気がつくとずいぶん身近な言葉になった。つい最近まで、A銀行に口座を作った理由といえば、たまたまその銀行が家の近くにあったからであり、なぜB保険に入ったかといえば、たまたま「保険のおばちゃん」と仲よしになったからであって、実際それで十分だった。
しかし今は違う。生命保険にせよ、預金と債券の組み合わせにせよ、資産は自分で「選択」するものになった。他方、金融実務の世界でも、もはや経験知の時代は過ぎ去ろうとし、高度な数学とコンピュータの知識が求められる時代になった。そうした金融技術を担うのが計量フィナンシャリスト、別名「クオンツ」と呼ばれる人びとである。
本書は、物理学者からクオンツへ転身し、ゴールドマン・サックス証券の計量戦略グループを率いた著者ダーマンによる、緊張感溢れる、しかしどこか等身大の、ウォール街半生記である。
著者は(おそらく)一九四七~四八年頃の生まれ。物理学者になる夢を抱いて故郷・南アフリカから米国の大学へ留学。大学院へ進学し研究職を志望するが、いわゆるポストドクターの生活苦は今も昔も変わらない。任期制助手職では勤務地も選べず、幼い子どもを残しての単身赴任となる。この小さな場面では、泣きすがる子どものひと言に転機の訪れをすべて語らせていて、経済書にはまれな、美しいシーンになっている。
ベル研究所に転職してのち、ゴールドマン・サックスに移籍。そこであのブラック=ショールズ方程式を編み出したフィッシャー・ブラックに出会う。この運命的な出会いが第二の転機となって、金融工学の歴史に残るであろう数々の業績を上げてゆく。
だがしかし、その後も決して成功街道を驀進したわけではない。なにせ、クビになる経験までするのだから……。
本書は金融工学の「心得」についても語っている。実務家の率直な言として、熟読に値する文章だと思う。豊富な経験と豊かな人物描写に彩られた、才気溢れる一書である。【評者 井上義朗 中央大学商学部教授】
| 会津戦争全史 | |
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昨年は戦争を思う年だった。そう心がけるべき年だと思ったのが、戦後六〇年として、太平洋戦争を語る本の数々が書店の店頭に並び始めた初夏の頃だった。
「戦争を思う」ところから、発想は「戦争を知る」というところに展開した。人はなぜ戦争をするのか。国境を越えた戦争と内戦とでは、どこがどう違うのか。かりそめにも、正当化できる戦争というものはあるのか。戦争は時を超えてどのような爪痕を残していくのか。こんなところを追究しようとする観点から、本書を読んだ。
著者は会津戦争を、薩長革命政府軍と奥羽越列藩同盟による東西対決戦ととらえている。列藩同盟の目指すところは東日本政権の樹立にあった。薩長によるゴリ押しの権力奪取の試みに対して、東北勢が新生国家樹立の夢を抱いて対抗した。
これが、鳥羽・伏見の戦いから会津戦争に至る一連の戦闘の基本構図だ。そう著者は主張する。明治新政府軍による旧幕府側の討伐戦だったという考え方を断固として排除している。著者の視点からいえば、戊辰戦争が引き分けに終わり、東西両陣営による連立政権ができていてこそ、過去を引きずらない理想的な明治国家が誕生したはずだった。
この考え方にはさぞや異論が百出であることだろう。それはそれとして、定説・通説をラジカルに否定する考え方が提示されることはとても重要だ。歴史が定説化されることは恐ろしい。定説が正統である場合にもそうでない場合にも、それをめぐっての異説や疑念に対して、どのような反論が成り立ちうるのかを知っておくことが、歴史をより深く理解するために不可欠だ。
本書いわく、「会津戦争からすでに一三七年が経過した。しかし心の決着はまだついていない」とある。一方で、戦後六〇年が過ぎて、太平洋戦争に関しては戦争の記憶の風化が懸念されている。この違いは何なのだろうか。
当事者性か、痛みか、怨念か。にわかには答えが出てこない。答えを追究するなかで、戦争というものの議論の余地なき非正統性を確認できるはずだと思う。【評者 浜矩子 同志社大学マネージメントスクール教授】
| 改革の経済学 | |
![]() | 若田部 昌澄 ダイヤモンド社 2005-11-05 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
改革という言葉が盛んに唱えられているが、具体的にそれが何であり、どのような効果をもたらすのかは明確ではない。本書は、それを明らかにしようとする。
経済学に最も重要な原則は、「人びとはインセンティブに反応する」「無料(タダ)のランチはない」とまとめたうえで、それを使って、財政再建、企業家活動、郵政民営化などを論じている。さらに改革とともに、不況からの脱却、すなわち回復という課題があるという。
著者は、経済学説史の専門家であるから、過去の歴史的経験と学説が縦横無尽に使われている。 北極探検とオリンピックに学ぶ
郵政民営化の議論では、北極探検の事例が紹介される。公的探検と民営探検を比較して、公的探検は民営よりも劣っていたという。探検がそうであるなら、民営化は一般に効率的であるに違いない。企業家活動に対して、不況が効率を高めるという立場を取らない。企業家活動が盛んになるのは経済全体の状況がよいときであって、その逆ではない。
オリンピックのメダルの数は、前回のオリンピックのメダルの数でかなり予想できるという。選手の育成には時間がかかるが、一度育成した選手は次回のオリンピックでも活躍できるからだ。
日本経済の過去の蓄積も長期にわたって経済を支えるだろう。とすれば、一度成功した経済が一挙に停滞する理由が、構造的ということはなさそうである。
金融緩和によるデフレ脱却政策に反対する議論として、清算主義がある。不況は経済のムダをそぎ、効率的にする。物価を安定化するようなごまかしではダメというわけだ。しかし、実際にはそう潔かったわけではない。
清算主義に依拠してあえて不況を選択した昭和恐慌時の井上準之助蔵相のデフレ政策でも、現実には、日本興業銀行融資を増額するなど、選択的延命政策が採られていた。清算主義とはかなり怪しげなものだった。
著者は、最終的に、改革とともに回復のためのリフレ政策を推奨する。本書を最後まで読んだ読者は、この提案に賛同されるだろう。縦横無尽の語り口と一貫した経済学の理解が魅力的だ。【評者 原田泰●大和総研チーフエコノミスト】














