メイン > 週刊ダイヤモンド『今週の逸冊』 > 2006年10月7日~12月23日

東京の果てに
東京の果てに平山 洋介

NTT出版 2006-10
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東京から多元性を奪っていった都市政策の根元問題を突く

かつて「都市の空気は、人間を自由にする」といわれた。都市は、理由はともあれ故郷を去った人びとが流れ着く場所であり、ゆえに多様な価値観が交錯し、多様な習慣の衝突があった。人は、そうした都市の「多元性」を、総じて「自由」と表現してきた。

では現在の東京は、都市の生命ともいえる「多元性」を、はたして大事にしているだろうか。

本書は、バブル崩壊後の都市政策が、東京から多元性を奪ってゆく過程を、丹念にかつ切実に説いてゆく。バブル崩壊後、住宅投資は景気対策の柱にされた。政府は、建設規制を次々に緩和し、容積率の拡大を認め、新設住宅にのみ有利な金利・課税優遇策を採った。

これを後押ししたのが、「危機と競争の時代」なるスローガンだと著者は言う。今の時代、人も都市もいつ淘汰されるかわからない、激しい競争時代を生き抜くためには、人も都市も変わり続けねばならない、という例の切迫感にあおられて、東京には、それだけで一個の都市足りうるような大型マンションが続々と建設された。そして、その上層階に住むことが、なんらかの成功を意味するかのような変な心理が、人びとの心を浸しつつあるという。

さらに、そうした住宅は、再開発指定区域などの、開発規制の緩やかな地域に集中する傾向があるため、過剰なほどの投資を呼び込める地域と、必要な更新投資すら進まない地域とに、東京はますます分断されるだろうと著者は予見する。あたかも都市空間に現れた格差問題のようだ。いやまさしく、格差問題と都市問題がじつは同根であることを、視覚的なイメージに訴えて気づかせようとしている点に、本書のユニークさがあると評者は思う。

景気対策とは、原則的にフロー政策である。その眼目に、機械設備よりもはるかに耐久期間の長い、住宅ストック形成を当てたことの矛盾は、やがて明白になるだろう。しかしそれ以上に、「自由」をうたった市場の時代は、人びとの住む都市をより多元的に、そしてより自由にしたのだろうか。その根本問題にあらためて目を向けさせる、時宜を得た一書である。【評者 井上義朗 中央大学商学部教授】

■2006/12/23, 週刊ダイヤモンド

「伝える言葉」プラス
「伝える言葉」プラス大江 健三郎

朝日新聞社 2006-11
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文体論の視点から読み解く教育基本法の根底にある思想

「初めに言葉ありき。」新約聖書の中のヨハネによる福音書が、この一節から始まる。言葉は神と人間とをつなぐ魂の絆だ。

現代の文学者たちのなかで、言葉へのこだわりと感受性が最も鋭利なのが、大江健三郎だと思う。その人の「伝える言葉」が本になった。

「伝える言葉」は「朝日新聞」に連載された著者のコラムのタイトルそのものだ。本書の書名に付け加えられた「プラス」の一語は、連載と同時期を通じて、折に触れて著者が語ったさまざまな別の言葉たちを指している。

「プラス」の部分の一つに、「教育の力にまつべきものである」という章がある。教育基本法改正問題について、著者が「憲法・九条の会」の支援者たちとやり取りした質疑の内容を軸に、この問題に関する著者の考え方が語られている。

卑俗としかいいようがないような性急さで、教育基本法改正案の国会通過がごり押しされていく。そのことがどのような結果をもたらすことになるのか。現行法と改正案との文言の違いは、実態的にどのような違いにつながるのか。魂からの言葉を発し続けてきた著者が、本書でその本質を解き明かしてくれる。

そのなかで、著者は現行の教育基本法、そして憲法の執筆者たちに思いをはせる。その人たちの家族のなかに、多くの戦死者たちがいたかもしれない。彼らは、「数多い戦争による死者たちへの思いとともにある人たちだった」に違いない。著者はそう考えている。

その人たちの「倫理観と未来への責任感」が現行教育基本法、そして憲法の言葉を「有機的に構築」している。それが著者の認識だ。その「有機的な文章の統一」に土足で踏み込み、そこにある理念を解体していこうとするのが、目下の教育基本法改正案だ。

言葉が言葉を破壊していく。このことの恐ろしさが本書からひしひしと伝わってくる。言葉の暴力とはまさにこのことだ。一つの文章の中に、以前にはそこになかった「国」というたった一つの言葉を挿入することで、すべてが変わる。神の言葉か悪魔の言葉か。今、われわれの理念が問われる。【評者 浜矩子 同志社大学マネージメントスクール教授】

■2006/12/16, 週刊ダイヤモンド

「月給百円」のサラリーマン―戦前日本の「平和」な生活
「月給百円」のサラリーマン―戦前日本の「平和」な生活岩瀬 彰

講談社 2006-09
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おすすめ平均 star
star物価で見る戦前世相

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戦前の中流サラリーマンは格好をつけて暮らしていた

戦前の日本とはどんな時代だったのか。ファシズムと戦争の時代とはいうものの、日中戦争が本格化するまで、日本人はなんとか楽しく暮らしていた。敗戦直後の日本の復興のスローガンは「昭和八年に帰ろう」だった。

戦前のことを書いた谷崎潤一郎や向田邦子の作品にわからないことがたくさんあるという著者が(評者もわからない)、戦前の生活感覚を理解するために書いたのが本書だ。

当時はすでに、郊外から都心に通うサラリーマンの生活パターンが確立し、お受験が過熱し、出世のノウハウ本が流行り、学生は勉強をせずにいい会社に就職することを望んでいた。

本書は、おカネ、衣食住、就職、サラリーと昇進、都市生活に分けて、戦前の生活を教えてくれる。どこを読んでも新鮮な発見に満ちているが、なかでも、戦前の奥様には驚いた。月給八〇円の若手サラリーマンに、家賃一五円、衣服費一五円(ほとんど婦人服である)の生活が推奨されている。月給一〇〇円がまあまあの暮らしとされているのだから、それに足りないサラリーマンの妻の衣服費が家賃と同じということだ。婦人の和服が身分制と一体になっていた戦前の社会では、そうするしかなかったという。

和服を着て、女中を雇い、御用聞きから買い物をするという生活に、日本の中流階級は収入の割に格好のつけ過ぎだという批判はあった。しかし、体裁が悪いということは絶対にまずいことで、そう簡単に変えることはできなかったという。

戦前は明治の学歴プレミアムが低下していった時代である。文官や会社員には第一次大戦のバブルの恩恵もあったが、軍人にはなかった。軍の将校は薄給に耐え、かつ、格好をつけた中流階級の生活をしなければならなかった。戦争をすれば手当てと出世でなんとかなる。戦争しないわけにはいかないという切迫感がわかる。

戦後の天皇の人間宣言は、社会の身分制秩序も破壊した。そして、格好をつけなくてもいい生活は、人びとを幸せにしたのではないかと私は思った。【評者 原田泰 大和総研チーフエコノミスト】

■2006/12/09, 週刊ダイヤモンド

わたしを離さないで
わたしを離さないでカズオ イシグロ

早川書房 2006-04-22
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おすすめ平均 star
star無慈悲で、残酷な世界
star人は生きる、それぞれの「自分勝手な解釈」で
star心が痛くて腫れ上がってる感じ・・

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クローン人間の物語が問う生きることの根元的な意味

臓器売買による腎臓移植が発覚したかと思えば、さらに病気で摘出された腎臓までもが移植に用いられていたことが明らかになり、波紋が広がっている。確かに、日本移植学会の倫理指針では生体腎移植は親族間に限られており、第三者からの提供は原則として認められていない。当然ながら、供給される臓器は限られている。一方、腎臓病患者が血液をろ過するために人工透析を定期的に行なうことの負担は非常に大きく、腎臓移植を望む患者は多い。この根強い生体腎移植の要求に誰がどのように答えればいいのだろうか。

今回紹介するのは、現在最も高い評価を得ている作家の一人であるカズオ・イシグロの最新作である。テーマは臓器提供を前提としたクローン人間である。凡庸な作家であれば、臓器移植をめぐる医師と患者のやりとりや国家の倫理と人間の尊厳などについて書くのだろうが、イシグロはクローン人間の学園生活に焦点を当て、しかもクローン人間の話であることがほとんどわからないような筆致で淡々と物語を進行させていく。クローンヒツジであれば数年もすれば成長するだろうが、クローン人間は成人に達するまでに二〇年を超える年月が必要になる。また、感情もあれば知性もあるので、いずれ臓器提供者になることが運命づけられていたとしても、ある程度の情操教育を行なったり、健康維持を図ることが必要になる。

もし、われわれがクローン人間であれば、何を望んで生きていくだろうか。もし、クローン人間がきわめて優れた資質を持っていれば、臓器提供以外に、その資質を伸ばして人類のために貢献することは認められないのだろうか。そしてなにより、クローン人間は愛する人と新しい生活を始めることは許されないのだろうか。イシグロの想像力の世界の中で、われわれはクローン人間をどう受け入れればよいのかという切実な問題に迫られる。

われわれの目の前にある臓器移植の問題に底の浅い倫理観を振り回す前に、稀代の作家の手になるクローン人間の物語を静かに読んで、人間の業の深さや生きることの悲しみを受け止めてほしい。【評者 北村行伸 一橋大学経済研究所教授】

■2006/12/02, 週刊ダイヤモンド

金融ビジネス論―お金の不思議から業界再編の行方まで
金融ビジネス論―お金の不思議から業界再編の行方まで富樫 直記

日本評論社 2006-09
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金融機関を本質的に理解する四つの自己資本という考え方

本書は、日本銀行から金融コンサルタント事業に転身した著者による、新しくて、わかりやすい金融論だ。同氏は、日銀勤務時代に考査局や信用機構局、さらには英国駐在等を経験しているだけあって、視野の広い観察眼を持っている。扱っている分野は金融の基礎である貨幣の本質論から、リスク管理、ライブドア事件と多岐にわたっており、金融に関する知識を整理するのにも役立つだろう。

特に参考になったのは、金融機関の自己資本を、“会計上の自己資本”“経済上の自己資本”“時価総額”“規制上の自己資本”の四つの角度から見ることによって、自己資本の意味をわかりやすく説明している点だ。

貸借対照表に記載される自己資本は、基本的には簿価によって表示され、その金額が企業にとって事業開始時の元手資金であることを示す。しかし、その金額はあくまで、会計原則という特定のルールによって算定された数値であり、必ずしも、企業の利害関係者=ステークホルダーに有用な情報とはいえない。企業経営者にとっては、企業の公正価値(フェアバリュー)=経済上の自己資本のほうが、よほど役に立つ概念だ。

また、株式市場の投資家から見れば、時価総額が、重要なメルクマールとなるはずだ。さらに、金融機関にとって重要なルールであるBIS規制の観点からすれば、資本の中身まで考慮して算出される“規制上の自己資本”が最も大切な数値となる。

金融機関は私企業であるものの、その存在は公共性を帯びている。一九九〇年代後半の金融システム不安を思い返すまでもなく、経済全体に与える影響は大きい。金融機関に対する認識を高めるためにも、自己資本を四つの角度から見る方法論は相応の説得力がある。

ただ、その一方、かなり広範なトピックを扱っているため、著者の考えが読み取りにくい部分や、消化不良の部分があるかもしれない。著者自身、「これからの金融ビジネスは解のない世界に突入する」と述べている。“解のない世界”で、われわれがいかに対応することが必要か、より明確な提言が示されることを期待したい。【評者 真壁昭夫 信州大学経済学部教授】

■2006/11/25, 週刊ダイヤモンド

トヨタ・レクサス惨敗―ホスピタリティとサービスを混同した重大な過ち
トヨタ・レクサス惨敗―ホスピタリティとサービスを混同した重大な過ち山本 哲士 加藤 鉱

ビジネス社 2006-06
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おすすめ平均 star
starレクサスの苦戦は、高品質な車を安価で大量に提供するトヨタシステムにあるという分析
starレクサス・・?
star訳がわからない。

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レクサスの惨敗が暗示するものづくり企業の不吉な兆候

センセーショナルな書名に興味を引かれた。日本でのレクサス販売は売れ行きが芳しくないという新聞報道を読んだとき、どうして別会社にして、まったく新しいモデルを売り出さなかったのかなと素人考えで思った。その後、トヨタ車の大量リコールや米国現地法人社長のセクハラ訴訟のニュースが続いた。他方、ソニーの製品不具合も次々と話題になった。

正直にいって、ものづくり日本を代表するエクセレントカンパニーに次々と問題が起きるのはなにか不吉な兆候なのかといやな感じがした。そして本書がなにかその疑問に答えてくれるかと期待したのである。

残念ながら本書に示された答えは私には明快でなかった。著者たちも巷間で語られるいくつかの理由については十分に認識している。特に強調されているのが日米ディーラーの違いである。

米国レクサスが成功したいちばんの理由として挙げられている要因は、「レクサスという車体を売ったのではなく、新たなライフスタイルを提案・提供し、これまでのサービス経済に決別してホスピタリティ経済を実行するため、ディーラー・システムをまったく変えてしまったことにある」。そして、キーワードであるホスピタリティとは何かというと、「ホスピタリティとは美の経済そのもの。美のエコノミーを創造していくことなのだから」というわけである。

非常に明快な言いぶりなのだが、著者が描写する米国ディーラーの模様を見ても、実際に何がそれほど大きな日米の差をつくっているのかがいま一つピンとこない。結果的に、何故日本で「惨敗」したかはわからなかった。

しかし、著者がいくつかの興味ある問題意識を持っていることは評価されるべきである。日本国民が将来とも経済的・文化的に豊かな生活を享受するために「ものづくり」が果たすべき役割は何なのか。また、IT技術の発展を自動車産業はどう吸収していくべきなのか。日本製造業を支えるエクセレントカンパニーに死角があるとすればそれは何であり、いかに克服できるか、というテーマに著者が取り組んでいくことを期待する。【評者 行天豊雄 国際通貨研究所理事長】

■2006/11/18, 週刊ダイヤモンド

ロングテール―「売れない商品」を宝の山に変える新戦略
ロングテール―「売れない商品」を宝の山に変える新戦略クリス アンダーソン Chris Anderson 篠森 ゆりこ

早川書房 2006-09
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おすすめ平均 star
star肩のこらないビジネス書
starWEB2.0が齎しはじめた 新しい世界観
starメディア関連の人は必読

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すきま商品の集積から見える大衆消費社会の終わり

マーケティングの世界では、売り上げの八〇%を上位二〇%の「売れ筋」商品が占めるという「八〇対二〇の法則」がよく知られている。しかしインターネットの電子書店、アマゾン・ドットコムでは、三〇〇万以上ある本のうち、上位四万で売り上げの半分を占めるという。四万というのは、中型書店の本の在庫総数に匹敵する。残りの半分は、普通の本屋には陳列もされない「すきま(ニッチ)商品」の売り上げなのだ。

ランキングの高い順に左から右に商品を並べ、その売り上げを縦軸にとってグラフを描くと、本書の表紙に描かれているように、左端(ヘッド)に大きなピークがあり、右端(テール)が長く伸びる分布になる。これを著者は「ロングテール」と名づけた。

これは統計学では「べき分布」と呼ばれ、多くの経済現象に見られる。前に本欄で取り上げた『経済物理学の発見』(光文社新書)で述べているように、株式市場の値動きや個人所得もべき分布に従う。

だからロングテールは、本質的には新しい現象ではない。しかし、それが注目を浴びるようになったことは、二〇世紀型の大衆消費社会が終わり、インターネットによって著者の言う「ニッチ文化」が創造されようとしていることを示すのかもしれない。

これまで商品は画一的に大量生産され、それをテレビや新聞などのマスメディアで数百万人に宣伝して売る「マスマーケティング」が主流だった。しかしグーグル(世界最大の検索エンジン)の検索広告は、キーワードに関連する商品を紹介することによってロングテールの市場を創造した。それは消費者の潜在的な欲求が、想像以上に多様であることを示唆している。この多様性は、今まではマスメディアによって抑圧されてきたが、インターネットはそれを解放したのだ。

ただ本書は専門書ではないので、実際のデータがロングテールにどこまで近似しているのかについての統計的な検証は厳密には行なわれておらず、べき分布になる理由も分析されていない。それは経済学者の仕事だろう。 選択した文字列で記事検索します。【評者 池田信夫 上武大学大学院客員教授】

■2006/11/11, 週刊ダイヤモンド

思想空間としての現代中国
思想空間としての現代中国汪 暉 村田 雄二郎 小野寺 史郎

岩波書店 2006-09
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社会主義という言葉が持つ複雑な意味合いを解きほぐす

標題だけ見ると、現代中国思想の手頃な入門書などを想像するかもしれない。しかし、読者が実際に本書を手に取る場合には、そうした淡い期待は持たないほうがよい。本書は、気鋭の中国知識人による本格評論であって、読み通すにはそれ相応の覚悟がいる。それは難しいからではなく、評論のケタはずれの大きさが、読み手に緊張を強いるのである。

本書は「近代性」をめぐる五つの論稿から成る。しかし、評者の念頭について離れなかったのはむしろ「社会主義」の一語だった。現代の中国において、「社会主義」という言葉ほど複雑な言葉はないだろう。その幾重にも折り重なった意味合いを解きほぐすことが、今最も必要な思想的作業に違いない。なぜなら本書を読むと、そうした作業を経ない限り、たとえば天安門事件を歴史として語ることも、とうていできないことがわかるからである。

天安門事件は、既得権にしがみつく社会主義体制派と、民主化を求める反体制派との単純な衝突ではなかった。反体制派はじつは、自由化を求める人びとと、その自由化に伴う格差是正を求める人びとの二つの層を含んでいた。前者は今日の市場主義を先取りしているが、後者はむしろ、市場を導入し始めた国家体制に対して「社会主義」の刷新を訴えた人びとだった。つまり彼らは、体制にその「声」を代弁してもらえなかった「社会主義」者だったのだ。

その体制が今度は市場主義に移った。したがってかつての前者は、現代の「社会主義」によってその声を代弁してもらえるようになった。しかし後者には今度も代弁者が現れなかった。彼らのような存在が、現代の中国では「声」にならないのである。著者はここに、現代中国が「隠蔽」したものを見る。天安門事件はまだ終わっていないのだ。

「社会主義」の再考は「近代性」の再考に帰結する。欧米化とは異なる中国独自の近代化はありえたのか、またありうるのか。本書後半に展開されるこの問題は、そのまま日本の問題につながろう。なぜなら「資本主義」もまた、優れて思想的な現象だからである。【評者 井上義朗 中央大学商学部教授】

■2006/11/04, 週刊ダイヤモンド

野蛮(バーバリズム)の世紀
野蛮(バーバリズム)の世紀テレーズ デルペシュ Th´er`ese Delpech 中谷 和男

PHP研究所 2006-06
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おすすめ平均 star
star今を理解するに必読の書

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過去を振り返らぬ人類には野蛮の未来が待つという警告

「暴力のグローバル化が始まっている」「暴力は陳腐化した」「幼児化した時代」。恐ろしい言葉の数々が、本書から飛び出して目に突き刺さる。退行する人類の知性に対する嘆きと怒りの書。それが本書である。

著者は政治と哲学の分野において最高級のキャリアを経てきた研究者だ。その彼女が今日の世界を考察し、未来に思いをはせた。そのとき彼女の眼前に浮かび上がったのが、「野蛮の世紀」の姿である。

人類の歴史とは、すなわち野蛮と未開からの飛翔の旅だったはずである。ところが、二一世紀に足を踏み込んだ今、われわれは野蛮への回帰を強いられている。なぜなのか。それは人類が過去を振り返ることを忘れたからだ。そう著者は主張する。

世の中に集団的記憶喪失症が蔓延している。近頃、そう思うことしばしばだ。安倍晋三新首相の意味不明な所信表明演説を聴きながら、その感を強めた。そんな今、本書の警告が恐ろしくも、心強い。

確かに、すべての世代がすべての世代の体験を記憶にとどめておくことは不可能だ。だが、記録にとどめておくことはできる。そのために歴史家が存在する。いみじくも、本書とよく似た観点から『短い二〇世紀の歴史』という著作を世に出したエーリッヒ・ホブスバウムが、歴史家は全人類のための記憶装置だと言っている。

せっかくの記憶装置から情報を引き出すことをやめてしまえば、人類は確実に幼児化し、凶暴化していく。本書が、それを情け容赦なく語りかけてくる。

本書は、まず一九〇五年を回顧し、それを踏まえて二〇二五年を展望し、最後に〇五年へと視点をあらためて帰着させる。二五年に向けては、バイオテロと宇宙戦争の可能性が示唆される。

それも怖いが、〇五年に関する言及が気がかりだ。戦後六〇年の〇五年において、著者は極東から「世界に不安をかきたてる」四つのメッセージが発せられたと言う。そのうち二つに日本が登場する。すなわち、「地域の安全保障に関する日本の発言の硬化」と「日中間の緊張の高まり」だ。安倍新首相必読の書である。【評者 浜矩子 同志社大学マネージメントスクール教授】

■2006/10/28, 週刊ダイヤモンド, 79ページ

奪われる日本
奪われる日本関岡 英之

講談社 2006-08-18
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おすすめ平均 star
star「アメリッポン」への道
starこれからの日本
star必読!真の国益とは何かを教えてくれる名著である!!

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“権力の道化”たちがあわてて否定した主権在米経済の指摘

私は著者と違って「皇室の伝統をまもれ!」と叫びたくはない。だから、後半の第三部の主張についてはまったく賛成しないのだが、第一部と第二部の「主権在米経済」(小林興起)のひどさの指摘には、大いに共感の拍手を送る。

加藤紘一ら、日中友好派を「媚中派」などと非難する人がいる。ならば、小泉純一郎は「媚米派」だろう。その米国への“忠犬ハチ公”ぶりは苦々しき限りである。しかし、著者が説くように、そのカラクリは“小泉劇場”の観客には見えていない。

小泉がブッシュのポチなら、小泉のポチの竹中平蔵はポチのポチで、その竹中が著者を次のように切り捨てた。それこそ、根拠もなにもない欠席裁判。そうさせたのは“権力の道化”の田原総一朗である。田原はテレビ朝日の「サンデープロジェクト」で、著者らの主張を取り上げ、竹中に「郵政民営化はアメリカが仕掛けたんじゃないか、特にアメリカの保険業界が簡保を民営化させたいということで、竹中さんはアメリカの要望にそって民営化したんじゃないか、特にそれがアメリカの年次改革要望書に出てると……」と問いかけた。ところが竹中はそれを「あまりに稚拙な妄想」と断定し、田原とこうやりとりする。

「マスコミがたいした根拠もなく、勝手におもしろおかしく書いているんだと、こういうたぐいですね」

「たいした根拠というか、なんの根拠もなく」

「なんの根拠もなくね。わかった」

米国政府の公式文書であり、インターネットで公開されている日本への年次改革要望書をこんなかたちで一蹴する。逆にいえば、竹中がいかに触れられたくないものであったかがわかるだろう。

このやりとりについて、著者は「こうした権力と報道のあられもない癒着ぶりに、私は昨今の我が国のとめどない退廃を感じる」と断罪している。

郵政民営化は、私に言わせれば「郵政米営化」だった。

著者は第四章の「医療――世界がうらやむ皆保険をなぜぶっ壊すのか」で、簡易保険、医療保険に続く米国の第三の標的は、日本の「共済」だと結んでいる。【評者 佐高信 評論家】

■2006/10/21, 週刊ダイヤモンド

金融工学者フィッシャー・ブラック
金融工学者フィッシャー・ブラックペリー・メーリング 今野 浩 村井 章子

日経BP社 2006-04-20
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おすすめ平均 star
starフィッシャーブラックにも紆余曲折があったのね。
star工学者というより科学者じゃないかな
starタイトルが

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資産運用に革命をもたらした経済学者の真実探求の生涯

本書は、ブラック=ショールズの公式で知られるフィッシャー・ブラックの伝記である。米国の金融革命は、企業の資金調達におけるコスト、株式のリターンとリスクの関係を理解することから始まった。ここから資産運用の革命的変化やデリバティブが生まれた。

実業の世界にいたブラックは、ファイナンス理論での業績によって学界に招かれる。そこで彼は、経済学にも革命を起こそうとする。中央銀行が人為的に金利を決定しても、トレーダーは、金利が高ければ資金を貸して利益を上げる。中央銀行は、通貨や債券のトレーダーが儲けたぶんを損するだけだとブラックは言う。

マネタリストにせよ、ニューケインジアンにせよ、この議論に同意できないのは明らかだ。ケインジアンは、人間が大規模かつ組織的に自己の利益に反する行動を取ると仮定するが、これは間違っていると彼は言う。

学界で衝突した後、彼は再び実業の世界に戻る。価格に歪みがあれば、人びとが自由に行動することによって正すことができる。それは自分の属する会社にとっての利益であり、また社会の利益である。だから、誤った政策によって歪みをつくり出している政府を出し抜くことは正義であると考える。

自分の関心のあることだけをして投資銀行の高給を得ていたブラックに対するやっかみがあったかもしれない。しかし、彼は真実を探求していただけだ。一九九四年、ノーベル賞経済学者も参加したロングターム・キャピタル・マネジメント(LTCM)への参加を彼は断った。LTCMの投資戦略について、過去に一度も起きたことがないから将来に起きないと考えてよい理由はなにもないと判断したからだ。LTCMは九八年のロシア金融危機時に破綻する。

彼の考えた一般均衡理論は、経済学者からは拒否され続けた。経済学者の発想とあまりにも異なっていたからだ。しかし、死の直前、彼の学術論文集が出版された。

ブラックの生涯は栄光に包まれているが、結局のところ経済学者からの最終的な賞賛を、最も誇りとしただろう。彼は、真実の探求者だったからだ。【評者 原田泰 大和総研チーフエコノミスト】

■2006/10/14, 週刊ダイヤモンド

日本の経済システム改革―「失われた15年」を超えて
日本の経済システム改革―「失われた15年」を超えて鶴 光太郎

日本経済新聞社 2006-07
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おすすめ平均 star
star良書ではない
star全体をサーベイするには良いかも
star読み応え有りです

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経済全体を見渡す立場から示された改革の四つの原則

本書は長年、官庁エコノミストとして活躍してきた著者が、日本の経済システムを改革するにはどうすればいいのかという大問題に対処するために提示した処方箋である。

いわゆる従来型の官庁エコノミストはマクロ経済、とりわけ景気判断に関する部分的情報を用いて、当面の政策を提案することを主たる仕事とし、また過去の歴史的経験や偉大な経済学者の一節を引用しつつ自説を正当化することが多い。著者は彼らとは違い、一貫してシステムを理解することの重要性を指摘し、相互依存関係のなかで部分的に制度に変更を加えてもそれは機能しないことを多くの実例をもって示してきた。

本書も、蛸壺化した経済学研究のなかで、経済全体を見渡すような展望を与えようと、金融システム、コーポレートガバナンス、雇用システム、企業組織、政府統治といった本来個別に行なわれてきた研究を徹底的に読み込んで、著者独特の選択眼によって日本の経済システムの枠のなかに、あたかも巧緻なジグソーパズルのように組み込んだものである。実際、著者が引用している研究論文は組織論や契約論に基づく理論研究から、銀行行動や雇用に関する実証研究まで多岐にわたっている。

著者が日本経済のフロンティアを切り開く改革原則として最終的にたどり着いたのは次の四点である。(1)メリハリのない包括的な制度改革ではなく、成長への「ボトルネック」を特定し、それを除去する改革が必要であること。(2)市場経済が有効に機能するために、自由化、規制緩和、民営化などの制度改革と個々のインセンティブが整合的となるような「土台」づくりが必要であること。(3)改革の目標・理念が明確化されれば、それを実行する手法・道筋も多様であることを許容する改革であること。(4)不確実性の高い環境で新たな制度設計を行なうためには試行錯誤、実験志向的な改革を認めるべきだということである。

「失われた一五年」という大調整期を経て、新しい成長軌道に乗ろうとする今、本書で提示された考え方はきわめて有益な道標となるであろう。【評者 北村行伸 一橋大学経済研究所教授】

■2006/10/07, 週刊ダイヤモンド

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