メイン > 週刊ダイヤモンド『今週の逸冊』 > 2005年1月1日~3月26日

10代のぜんぶ
10代のぜんぶ中村 恭子 原田 曜平

ポプラ社 2005-01
売り上げランキング : 124,129

おすすめ平均 star
star10代を読み解く画期的な分析
star10代の一部、でしょ。
starすぐ上の世代から。

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不思議な本である。

どの時代でも違った世代に属するとお互いにわからない、わかってもらえないという意識を持つものだ。二五年で一世代と考えるくくりが経済学などで行なわれるが、もはや二五年は長過ぎる。一〇年はわかりやすい区切りだが、最近はこれですら長過ぎる。人びとの心の移ろいはさらに加速し、もはや五年を隔てると相互理解が難しくなる。

博報堂生活総合研究所の、二七歳と三〇歳の男女二人の著者による本書は、一五歳から一九歳までの「世代」の今「ぜんぶ」をアンケートと彼らや彼女らとの会話から読み解く。現れるのは奇妙なゲーム感覚である。現実と仮想のあいだを行き来し、夢と計画を並置する。

宝くじで一〇〇万円当たったら何に使うと聞かれた女の子の圧倒的多数は「貯金する」! 著者のように「あまりに堅実」というよりも、宝くじ一〇〇万円はもはや夢ではなく現実というゲームの一つのチェックポイントなのかもしれない。そもそも、こうしたおとなのインタビューに付き合うということから対面ゲームである。著者は男の子の「社交性」「営業スマイル」に舌を巻く。インタビューをする著者に「気を遣い」果てには「褒めてくれたりまでする」。

とどのつまりは、取材者が「接待」されているようなものだそうだ。乱れた生活を一方で送りながら恋愛観では「ロマンチスト」のような受け答えをする男の子たち。現実と仮想(というよりも奇想というべきか)の区別が曖昧(あいまい)になっていく彼らが見る将来の現実とは何か、が気になる。

十代後半世代に戸惑う三〇歳前後著者を見ると、五十代前半評者は不思議な感覚にとらわれる。評者と著者のあいだには、著者と若者のあいだ以上の世代差がある。まさに「わかり合えない」世代の差。そして評者の世代の多くは、わかり合えるかどうかではなく、否応なく十代後半世代と毎日対峙しなければならない、あるいはしばらく前まではそうであった。とすると「わかり合える」ということは本質的に必要なことなのだろうか?【評者 西村清彦 東京大学経済学部教授】

■2005/03/26, 週刊ダイヤモンド

中国―欲望の経済学
竹内 実 (著)

これから中国とどう付き合っていったらよいのだろうか。経済・外交・軍事の各面で急速に超大国化しつつあるこの隣国は日本に対して「過去の侵略への謝罪」を求め、国内では反日教育を続けている。他方、日本経済の中国への依存はますます高まり、景気回復は中国次第といわれる。にもかかわらず、日本では「政冷経熱」というような能天気と感情的な反中論が横行するばかりで、真剣な対中政策論はまったくといってよいほど行なわれていない。

正しい対中政策を持つためには中国を知らなければならない。その際大事なことは、トリのように大空から俯瞰(ふかん)し、ムシのように地表を探り、サカナのように流れを察することである。私が本書を興味深く読んだのは、中国について知るということがどういうことかを教えられたからである。

著者は中国史、中国文学の著名な研究者であるが、本書は専門的学術書ではない。研究の過程で見出した、中国が持つさまざまな側面を、きわめて具体的に書きつづったものである。しかし、そこから特定の中国像を示そうとしてはいない。広大な土地と厖大(ぼうだい)な人口と四〇〇〇年の歴史を持つ存在のなかには、あらゆる悪徳と美徳、欲望と志が溢れているのは当然である。その混然とした渦は数多くの王朝に流れ続けている。現在の中華人民共和国が持つ光と影はまさしくその流れのなかの一相である。

日本にとって大切なことは、現代中国でどのような渦がどの方向へ流れているかを見抜き、それにどう対応すれば日本にとって最善の結果を生むのかを考えることなのであろう。 中国は何処へも行かない

換言すれば、中国の思考や行動は理解しがたいことだと考えてはいけない。特別な人間が住む特別な国なのではない。無数の成功と失敗、無数の叡知(えいち)と愚行が溢れている。「中国は何処(どこ)へ行くのか」という問いに著者が「何処へも行かない」と答えているのはおもしろい。日本と中国は二〇〇〇年来隣国であり、これからも変わらない。付き合い方の秘訣は必ずあるのである。【評者 行天豊雄 国際通貨研究所理事長】

■2005/03/19, 週刊ダイヤモンド

僕の叔父さん 網野善彦
僕の叔父さん 網野善彦中沢 新一

集英社 2004-11
売り上げランキング : 8,763

おすすめ平均 star
star入門書として最適
star中沢新一の作り方
star網野先生と中沢家の三代にわたるコラボレーション

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戦後の歴史学界では、マルクス主義が圧倒的な影響力を持っていた。これは戦前の歴史学が皇国史観によって国家に迎合したことへの反省もあったのだろうが、唯物史観が「経済決定論」「発展段階論」として公式化されると、弊害も目立ってきた。

昨年死去した歴史家、網野善彦は、マルクス主義の影響を受けながらも、それと闘い続けた。その甥である著者も、山梨県の「コミュニストの子ども」として生まれ、幼い頃から中ソ論争の闘わされる家で育ち、その場にはしばしば網野がいたという。 異端から先駆者へ

網野は、公式的な唯物史観よりも、マルクスがロシアの革命家、ヴェラ・ザスーリッチに出した手紙に書かれているような原初的な共同体の世界に引かれていた。そこにあるのは、近代人に理解可能な「民衆」ではなく、その「底」が抜けた先に見えてくる原初の人間存在ではないか、と網野は考えていた。それは著者の専門である文化人類学の対象とする「野生の思考」にも通じる歴史以前の世界である。

網野は、日本の歴史を農民の側からのみ見る通説を批判し、『無縁・公界・楽』では非農業民の自由な世界を描き、『異形の王権』では「悪党」を駆使して室町幕府と闘った後醍醐天皇を描いた。こうした研究は、日本の学界では長く異端だったが、最近になって日本の「社会史」研究の先駆として評価されるようになった。

こうした新しい歴史観は、日本という国家の成り立ちに疑問を投げかけ、天皇制を新たな角度から見ることも可能にする。悪党たちの行なっていた密教の儀式には、チベット仏教にも通じる象徴が見られるという。

著者は、マルクス主義や天皇制という古くて重いテーマを、叔父の回想という軽いタッチで描いているが、網野の提起した問題は著者に受け継がれている。そこには著者も言うように、現代において、ドゥルーズやネグリたちが研究した、制度化され組織化される以前の「マルチチュード」としての民衆のエネルギーがあるのかもしれない。【評者 池田信夫 国際大学グローバル・コミュニケーション・センター教授】

■2005/03/12, 週刊ダイヤモンド

ヨーロッパ市民の誕生―開かれたシティズンシップへ
ヨーロッパ市民の誕生―開かれたシティズンシップへ宮島 喬

岩波書店 2004-12
売り上げランキング : 50,581

おすすめ平均 star
star国家とはなんだろうとあらためて考えてしまう
starヨーロッパの挑戦

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以前、英国に一年半ほど滞在したことがある。ロンドン郊外に手頃なフラットを見つけ、やれやれひと安心と思いきや市の職員なる人物が訪ねてきた。そして三ヵ月に一度カウンシルタックス(地方議会税)を払う義務があると言われた。まあしばらく住むのだから仕方がないかと通知が来るたび納めに行ったが、同時期にたまたま地方議会選挙もあった。しかし、当然というべきか当方に選挙権はない。地方議会税は払うのだが地方議会選挙権はない。多少小首を傾げつつ、そのとき初めて、自分は「外国人」なのだと実感した。

世界の変化はめまぐるしく、イラク情勢なり中国・アジアの躍進なりにどうしても目を奪われがちだが、考えてみれば今、史上最大の社会実験をしているといえるのは、まぎれもなくヨーロッパである。異なる言語、宗教、民族を抱えながら、そして複雑な歴史的軋轢(あつれき)をも抱えながら、いわば「外国人」同士が共通の社会をつくり出そうとしている。そこに現れてくるのは一つの新しい「国家」なのか、それとも国家を超えた別物なのか。そしてそこに住む人びとの意識は、いったいどういうものになってゆくのか。 育ち始めたヨーロッパ市民

本書はここに「ヨーロッパ市民」という新しいあり方が、当事者も模索を重ねながら、しかし確実に育ち始めていることを指摘する。多くの国に取材し、現地の生の声を再現しながら、人びとの生活意識が職業に対して、あるいは結婚と家族に対して、さらには政治参加のあり方に対してどう変わり始めているかを、肩の凝らない旅行記の趣で伝えてくれる。それはヨーロッパの人びとにとっても、時に大きな試練であることがわかる。と同時に、成熟した社会になおありうる生命力の息吹のようなものも感じ取れる、などと言ったらいささか傍観者風に聞こえるだろうか。

いや、傍観者ではすまされまい。本書は日本も同様の問題に遭遇することを示唆している。「日本市民」のあり方はいかにあるべきか。ヨーロッパは多くのヒントを、われわれに語りかけているのかもしれない。【評者 井上義朗 中央大学商学部教授】

■2005/03/05, 週刊ダイヤモンド

仁義なき英国タブロイド伝説
仁義なき英国タブロイド伝説山本 浩

新潮社 2004-12-16
売り上げランキング : 88,155

おすすめ平均 star
starおもしろくて、ためになる
star英国を右往左往させるタブロイド狂想曲
star笑うべきか、恐れるべきか……

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メディアのあり方が問われる今日、本書の刊行はタイムリーでうんぬん……とまじめくさって書き出すと、著者はいやがりそうだ。

というのも、本書に次のような件(くだり)がある。召使いになりすまして英国王室潜入ルポを物したタブロイド記者、ライアン・パリー氏への特ダネ大賞授賞式の場でのことだ。審査員いわく、「前例のない見事な潜入スクープであることに、審査員一同、何の異論もありません。さらに審査員一同は、王室の召使いとしてのライアンの演技が、アカデミー賞モノだという意見でも一致しました」。

このコメントを評して著者いわく、「王室警備のあり方を根底から問い直した云々といった、堅苦しい授賞理由を言わないところが洒落ている」。

そのとおりだ。堅苦しさとは無縁のバカバカしくてキツイ冗談のなかで、言いたい放題、世の中にもの申すのがタブロイド紙の役割である。ヤクザさと批判精神の黄金の均衡点の永遠の探究。それがタブロイド魂の醍醐味だ。この永遠の探究の事例の数々を、本書が軽妙に活写してくれる。

タブロイド紙が誕生したのはビクトリア時代だ。その黎明期を担ったノースクリフ卿はアイルランド生まれだそうである。やっぱりね、と思う。彼がいつまでアイルランドで育ったのか知らないが、タブロイド魂の背後にアイルランド魂あり、というのは大いに納得できるところだ。

虐げられし者の反骨的諧謔(かいぎゃく)精神こそ、タブロイド魂の真骨頂だ。対英反骨のアイルランドが生んだ諧謔の名手、バーナード・ショーなども、その気になれば名タブロイド記者になれたに違いない。 タブロイド魂とアイルランド

あとがきには英国在住中に著者はタブロイド中毒症になったとある。ところが、日本に帰ったら完治したという。これはいけない。少なくとも、治る前に幅広くこの病を伝染させておくべきだった。タブロイド魂なきところに、ジャーナリズムなしである。本書を読んでそれを一段と確信した。感染したかな。【評者 浜矩子 同志社大学マネージメントスクール教授】

■2005/02/26, 週刊ダイヤモンド

日本経済を学ぶ
日本経済を学ぶ岩田 規久男

筑摩書房 2005-01
売り上げランキング : 6,706

おすすめ平均 star
star戦後経済の流れを知るにはいい本だと思います。
star面白い!より多くの人に読んでもらいたい
star著者、題材、お値段、三拍子そろった入門書の決定版

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戦後の日本経済のあゆみをたどりながら経済政策のあり方を論じた本である。基本的な視点は、マクロ経済政策によって物価や雇用の安定を図りながら、人びとの自由な創意と工夫を最大限に引き出すことが最も重要な経済政策であるということである。この視点に立って、首尾一貫した日本経済論が語られる。 常識にとらわれない議論

少なからぬ人びとが、戦後の日本経済の発展には、政府の能動的な干渉=産業政策の貢献があると考えていると思われるが、本書はそれを明確に否定する。どの産業を保護すれば成功するか、それはどうすればわかるのか。政治家や官僚には、わからない。なによりも、責任を取らない主体には任せられないと喝破する。経営者は企業の経営に失敗すれば、最終的には責任を取らされることが多いが、保護政策に失敗した政治家や官僚が責任を取ったとは聞いたことがない。

戦後の「経済計画」のなかで、最も成功したと思われる「所得倍増計画」の本質は、「勝手にやってくれ。政府は余計な干渉をしない」ことを経済政策の原則にしたのだという。

以上のように、本書には一見、常識とは異なるが読めば説得的な議論が満ちている。一九七〇年代と九〇年代に成長率が屈折したのはなぜか、経営者や株主は国民でなければ損をするのか、政府金融による民間の補完とは何か、などの議論は楽しめる内容だ。

また、鋭い現実感覚にも満ちている。株主を重視しているとは思われない日本的経営の下でも、八〇年代までキャピタルゲインは膨大で、株主の利益は結果的に護られてきた。保護しているという形式や制度よりも、結果こそが重要だという。また、日本的経営の本質は、長期雇用などの三種の神器という概念規定によらず、環境の変化に柔軟に対応する点にあるという。

本書は、統一した視点で、通俗的議論を排し、説得的な議論を提供している。さらに、財政赤字、年金改革、郵貯改革、環境問題など、今日の重要な論点を網羅している。日本経済を簡潔に学ぶには最適の著作だ。【評者 原田泰 大和総研チーフエコノミスト】

■2005/02/19, 週刊ダイヤモンド

私は、産みたい
私は、産みたい野田 聖子

新潮社 2004-12-02
売り上げランキング : 9,286

おすすめ平均 star
star命あることのすばらしさを実感させられました
star産みたい人
star女性の素晴らしさを教えられる本--これから父親に成る男性が、この本を読むことを望む

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現在、少子化問題があちこちで議論されているにもかかわらず、不妊治療についてはあまり触れられてこなかった。

日本で不妊治療をしているカップルは四七万組いるといわれており、生殖医療の進歩によって不可能と思われていた妊娠・出産が可能になってきた。年間に生まれる赤ちゃんは一一〇万人前後であり、そのうち、体外受精で生まれているのは一万人強。すなわち、生まれてくる赤ちゃんの一%は不妊治療の結果生まれてきているのである。 実態すら知られていない

ところで、不妊治療はあくまで個人の自由な選択という考え方から健康保険の対象外となっている。一回当たり二〇万~四〇万円の治療費を、繰り返し払えるカップルは限られているというのも現実である。

このように実態が知られることの少なかった不妊治療の体験を、現職の国会議員である野田聖子氏が勇気を持って綴ったのが本書である。本書の最大の意義は、不妊という障害を取り除く手助けを政策のレベルで考えてもいいのではないかということにある。

また、第三者からの卵子提供などを認める生殖補助医療法案が、今国会での提出を見送られたように、国会議員の関心は低く、意見の一致も見られていない。このような現実に対しても、本書はいくつかの問題提起をしている。不妊というデリケートな問題に対して、患者の心のケアなどまだまだ改善すべき点があることも明らかにされている。

生殖医療に関しては、代理母出産の禁止、兄弟姉妹間での精子や卵子の提供の禁止、不妊治療は婚姻届を出したカップルのみを対象とする、など議論の余地があるルールが不妊治療をさらに困難なものにしている。実際、欧米では医療技術の進歩に対応して、はるかに自由な選択肢が与えられており、倫理上の問題もより現実的に議論されている。

なぜそんなに無理して子どもを欲しがるのかという疑問もあるかもしれないが、本書は不妊治療が生命や人間の尊厳を再考する契機になっていることを示唆している。【評者 北村行伸 一橋大学経済研究所教授】

■2005/02/12, 週刊ダイヤモンド

人事異動
人事異動徳岡 晃一郎

新潮社 2004-09
売り上げランキング : 106,770

おすすめ平均 star
star元気が出る本
star現状の問題点の分析がうまい
star人事異動のキーワードを概観できます

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この『人事異動』という本は一見、「人事屋」のために書かれたように見えるが、決してそうではない。単なるビジネスマンから決別し、自分なりの価値を創出していくための秘訣が描かれている。

二一世紀は知識社会であり、主役は個人である。マズローが主張した「自己実現」の本質は「知識創造」であり、そのための知の体系化と活用を支援する戦略人事が今問われている。このような思いを背景に、著者はビジネスマンとして価値を創出するための基本スキルを「知識創造」の枠組みに基づいて提言する。

最近のビジネスマンの多くが、自分が本当にやりたいことや夢を忘れて、成果主義や目標管理に振り回されている。そのような社員ばかりでは、企業の創造性は発揮されないし、質の高いコンセプトを生み出す修羅場を体験することもできず、大きなビジョンやビジネスモデルも生まれてこないであろう。こうした実態を改善していくことこそが、経営者や人事部の重要な役割なのである。

知識創造のプロセスを自分の生き方に当てはめると、より主体的な自分が見えてくる。そして、成果主義や目標管理に振り回されることなく、大きな仕事ができるようになってくるのだ。物事を新たに見て、考える契機となる人事異動こそが知識創造の最も大きなトリガーとなるのである。

「知識創造」は難しいと思っている人もいるかもしれないが、著者の日産自動車でのビジネス経験を豊富に取り入れたわかりやすい語り口を通じて、読者は「本質を考え実践する」知の方法論の「型」が身につくようになっている。最近かまびすしい成果主義の多くの書籍が傍観者的批判かハウツーものに流されるなかで、きちんとした理論を背骨に持った議論は説得力がある。

この『人事異動』は、知識創造により日本が大きなコンセプトを創出してグローバルに競争と共創を行なっていくために、ぜひ多くのビジネスマンに熟読してほしい一冊である。【評者 野中郁次郎 一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授】

■2005/02/05, 週刊ダイヤモンド

続 直観でわかる数学
続 直観でわかる数学畑村 洋太郎

岩波書店 2005-10-20
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おすすめ平均 star
star「蛇足」が楽しい!

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ビジネス書月間売り上げ一位となった本書は、「失敗学」の権威、東京大学工学部名誉教授ハタムラ先生(本書の雰囲気を出すためにわざとカタカナにさせていただきたい)の手になる、「目から鱗が落ちる」「数学」の説明書である。

なぜこれが「ビジネス書」でベストセラーか。よく読むとこれは「数学」の本というよりも、そもそもの「ものの考え方」を説明しているからである。先生の言葉に従えば、「この本を読んでも数学の問題が解けるようにはならないだろう」が「数学の本質がズバリわかる」。そして「『わかる』とは直観そのものである」と喝破する。

「数学」というと普通は形式論理の権化のように思われているが、(先生の言葉を敷衍(ふえん)すると)じつはそれは後講釈の世界である。先生は、人間の頭は「AならばB、BならばC、CならばD、したがってAならばD」とは考えていない。「Aというのを聞いた途端にDという結論を出してしまうんだ。根拠なしにいきなり飛んでしまう」。本当にそうか、と自問したときに、「A→B、B→C、C→D」がおのずと見えてくる。そして直観的に納得し、「わかる」のである。だから「形式論理で説明すると、頭の中の動きに合わない」から「わからない」ということになる。 マニュアルをつくる意味

とはいえ、飛躍するには跳び台が必要である。そうした跳び台に対応するのが頭の中にある「テンプレート」(型紙)である。頭の中では、直面した物事をこのテンプレートの束に当てはめ、瞬時にうまく適合するものを探し出そうとする。そしてうまく探し出せたら、直観が働いたというわけである。こうしたテンプレートをいくつ自分のものにしているか、それがその人の能力(脳力)を左右することになる。

じつは大なり小なり「マニュアル」をつくるという作業は、このテンプレートを頭の中につくる作業である。だから他人を想定した「マニュアル」づくりは自分のためにあるのである。【評者 西村清彦 東京大学経済学部教授】

■2005/01/29, 週刊ダイヤモンド

長崎出島オランダ異国事情
長崎出島オランダ異国事情西 和夫

角川書店 2004-09
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長崎の出島を知らない日本人はいまい。当時の出島はいまや跡形もないのだが、ビードロとかカピタンというオランダ言葉と一緒に、中世日本の一隅に存在したまったく異質な小世界への異国情緒を感ずる日本人も少なくないだろう。

本書は建築史の専門家である著者が、日蘭両国に残された原史料を忠実に検証することでかつて出島に存在していたさまざまな建物を復元し、そこで演じられた出島史のドラマに想いを致すという大変ユニークな労作である。

こうした建物にはオランダ東インド会社の商館長と商館員が住み、異国での窮屈で侘(わび)しい生活を送っていた。しかし同時にそこへは大勢の日本の役人、商人、遊女、通訳らが出入りし、海外から運ばれた砂糖、布、錫(すず)、欧州の工芸品などが保管され、日本から輸出される銅や樟脳が船積みされた。年に一度の交易船が入港すると商品の取引が行なわれる。その経過を詳細に記した商館長の日記を読んでいると、商人たちの虚々実々の駆け引き、権威を笠に着た役人たちのお節介などまったく現代と変わりがなくじつにおもしろい。江戸時代の日本経済が対外取引においても相当程度に市場経済化していたことがよくわかる。 一行の史実から広がる空想

著者のえらいところはあくまで忠実に史料に基づいて論述するという姿勢に徹していることである。ということは、史料からわき上がってくる空想の歓びがすべて読者のために残されているということである。

せっかく将軍に献上しようとはるばるバタビアからゾウを運んできたのに、幕府の役人が受け取りを拒んだのでまた送り返したという話が一八一三年一〇月一一日の日記に一行書いてある。坂本龍馬が出島のハットマン商会とのあいだで、ライフル銃一三〇〇挺(ちょう)を一万八八七五両で購入した六七年九月一四日付の取引証文がある。読者にとってこういう淡々とした短い記述から、一九世紀の世界に置かれた日本の政治と経済の躍動を一編のドラマとして脳裏に描くのは、大変贅沢な楽しみになるのではなかろうか。【評者 行天豊雄 国際通貨研究所理事長】

■2005/01/22, 週刊ダイヤモンド

日本の財政改革
日本の財政改革青木 昌彦 鶴 光太郎

東洋経済新報社 2004-12-03
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star充実した内容ですが

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所得税の定率減税が段階的に廃止されるなど、いよいよ増税時代がやってきた。こういうとき、増税に対する批判としてよく出てくるのが「景気を冷え込ませる」とか「景気が回復すれば、自然増収によって財政赤字は解消する」とかいう類いの議論だ。

日本の財政は、そんな議論のできる状態ではない。最大の問題は、国・地方・年金を合わせると一三〇〇兆円を超える政府債務が無限大に発散するのではないかという「持続可能性」なのだ。

本書の計量分析(第二章)によれば、このまま放置すると、財政は持続不可能だ。消費税を一〇%台にするなどの抜本的な税制改革とともに、政府支出を思い切って削減する必要がある。 官僚機構再編が改革のカギ

巨額財政赤字の根本的な原因は、省庁ごとにシェアを固定した予算配分システムだ。その背景には「割拠的」な官僚機構、非流動的な人事システム、予算管理ルールの欠如など、戦前から受け継がれてきた「国のかたち」の機能不全がある。

これを是正するには、首相官邸の権限を強化するだけでなく、官僚機構の「縦の仕切りを横に紡ぐ」新しい発想が必要だ。たとえば住宅供給については、不動産は国土交通省、住宅産業は経済産業省、住宅ローンは財務省が所管するというように、消費者から見るとバラバラになっているが、これを「住宅供給システム」と考え、各機能を「モジュール」として分離し、再結合する仕組みが必要だ、と本書は主張する。

しかし、その改革の道は遠い。本書は、独立行政法人・経済産業研究所(RIETI)の所長だった青木昌彦氏を中心とする研究プロジェクトの成果だが、二〇〇四年三月、青木氏は所長を辞任した。それに伴って常勤・非常勤の研究員の半数以上(評者も含む)が辞め、本書の分担執筆者も一四人中八人がRIETIを去った。

国際的にも高く評価されていたRIETIが、改革を恐れる霞が関によって事実上解体されたという事実が、国のかたちを変えることの難しさを示している。【評者 池田信夫 国際大学グローバル・コミュニケーション・センター教授】

■2005/01/15, 週刊ダイヤモンド

脱フリーター社会―大人たちにできること
脱フリーター社会―大人たちにできること橘木 俊詔

東洋経済新報社 2004-11
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おすすめ平均 star
star中身のない軽薄な本
star単著にするのはきわめて不誠実なうえ、中身もまったく不十分。

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雇用改善の兆しがいわれながらも、若年失業率は依然として高い。また若年労働者をめぐる問題は、日に日に複雑さを増している。本書は、これらを若者の身勝手として決めつけがちな「大人たち」の言い分に対して、フリーターの実態を丹念に検証し直し、その実態に即して政策提言を試みたユニークな本である。

ひと口にフリーターといっても、そこには「モラトリアム型」「夢追求型」「やむを得ず型」の三種があると本書はいう。通常フリーターとしてイメージされるのは初めの二種だが、統計をつぶさに見てみるとじつは第三のタイプが非常に多いことがわかる。これは「条件にはこだわらないが正規の職がない」ため「やむを得ず」フリーターをしている若者たちであり、じつは正社員になる希望を強く持っているという。

ならば原因はむしろ企業側にあるはずで、本来なら各世代に等分に現れたはずの人員削減を、新規採用にしわ寄せしてきた経緯がその根底にある。ゆえに本書は、これも一方の実態である過剰なサービス残業を抑制し、残業手当率を引き上げることで新規雇用を企業に促し、それが若年層の雇用に結び付くよう、職業訓練などの促進を公的政策の一環に含めるべきことを主張する。 垣間見える学生たちの底力

この見解は、検討の余地はあると思うが力強い。しかも本書を読んで驚かされたのは、この主要部分を執筆しているのが、筆者橘木氏の指導を今受けている現役の学部学生なのである。フリーターの多くは彼(彼女)らと同世代である。そこをいたずらに同情的にも批判的にもならず、一つひとつ論拠を挙げながら論を進めてゆく姿勢には真摯な問題意識が溢れている。

そこでふと質問したくなったのだが、やむを得ず型フリーターと、いわゆる非自発的失業とは本質的に異なる存在だろうか。また、同世代の目から見て、モラトリアム型フリーターになにかポジティヴな要素は認められないだろうか。いずれにせよ、今の若者にはこれだけの底力があるのだということを、自ら立証した快著といえる。【評者 井上義朗 中央大学商学部教授】

■2005/01/08, 週刊ダイヤモンド

ザ・コーポレーション
ザ・コーポレーションジョエル・ベイカン 酒井 泰介

早川書房 2004-11-10
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おすすめ平均 star
star株式会社の病理
star企業経営へのリベラル宣言
star大企業の悪行

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本書の帯に、「サンダンスほか世界中の映画祭で喝采を浴びたドキュメンタリー映画の原作」とあった。目を引かれて手に取った。

看板に偽りはなかった。企業とは何か、その存在について性善説ははたして成り立ちうるか。グローバル化と企業倫理とのあいだには、いかなるかかわりがあるか。そもそも、企業倫理という概念にどれだけの説得力があるか。マイケル・ムーア、ノーム・チョムスキーらの論客をはじめ、世界を股にかける企業経営者たちへの取材を基に、厚みのある論理構成で今日的企業の本質に迫っていく。

「企業の社会的責任」が大いに取り沙汰される昨今だ。この言葉が、それこそグローバルレベルでの流行語大賞に輝いておかしくはない。しかし、はやり言葉には一人歩きが付きものだ。勝手解釈が横行し、人の目をくらます隠れ蓑の役割を果たす。「企業の社会的責任」もご多分にもれない。そこに潜む欺瞞と矛盾を暴くこと。それが本書の大きな狙いの一つだ。

著者の結論によれば、企業は社会的責任の取りようがない。企業活動の本質が営利追求にある以上、その社会との関係にはしょせん、決定的な競合性がある。その競合関係を企業自らの対応で解消できるというのはまやかしだ。著者はそう断言して憚(はばか)らない。

著者はまた、市場原理主義に対してもきわめて手厳しい。市場が企業の行動を律してくれると思うな、市場が民主主義の味方だなどとは思うな、と警告する。ちなみに、この警告はかのジョン・K・ガルブレイスの近著『悪意なき欺瞞』の主張に大いに通じるものだ。 見失われる企業活動の本質

エンロン、ワールドコムと企業による不正問題が相次ぎ、その反省のなかからサーベンス=オックスレー法という新しい規制の枠組みも生まれた。かくして「企業の社会的責任」が合言葉、はやり言葉となるなかで、結果的に企業活動というものの本質的特性が見失われていく。そのことが、むしろ逆に企業の社会的無責任を許すことにつながらないか。そこに着目した本書は鋭い。【評者 浜矩子 同志社大学マネージメントスクール教授】

■2005/01/01, 週刊ダイヤモンド

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