メイン > 週刊東洋経済書評 『ブックレビュー』 > 2006年7月22日~7月29日
| 変わる社会、変わる会計―激動の時代をよむ | |
![]() | 石川 純治 日本評論社 2006-05 売り上げランキング : 2801 おすすめ平均 ![]() バランス感覚に優れた1冊 「会計」という窓を通して現代社会を眺望する希有の本Amazonで詳しく見る by G-Tools |
会計・監査制度の問題点を最近の事例を題材に分析
会計の学習は、簿記、税理士試 験など受験教育の一環で行われることが多い。そこでは複式簿記のしくみや会計原則の習得に主眼が置かれることとなる。
このような学習は効率的だが、しばしば無味乾燥なものに陥りがちである。場合によっては、複式簿記の手法によって計算された利益の情報が、現実のビジネス社会においてどのような役割を果たしているのかを学ばぬまま、会計の学習を終えてしまうこともある。そのような学習だけでは、なぜ当事者達が利益の大きさに固執し、場合によっては非合法な利益操作にまで手を染めてしまうのかに答えることはできない。
著者はこのような問題意識から、本書を素材として「社会のなかの会計の学習」「生きた会計の学習」の必要性を唱えている。具体的には、ここ数年マスメディアを賑わした会計上の時事問題を取り上げている。
本書による時事問題の分析は、評論家的な視点に立った解説とは異なる。著者はまずそれぞれの問題が当事者の利害や思惑とどう関わっているのかを解き明かし、次いでその問題が会計・監査制度(あるいは広く株式会社制度)のどのような不備に起因しているのか、問題の本質を追究している。そのうえで最後に、その解決のための道筋を読者に示している。
このようなスタイルが貫かれているため、読者は会計上の利益が人々の行動に及ぼす影響の大きさを実感することができる。会計が経済社会の中で果たしている役割の大きさと、会計の機能不全が引き起こしている問題の深刻さを読者に伝えようとする姿勢は、類書にはみられない本書の特長である。
本書はまた会計問題が他の領域の意外な問題と密接に関わり合っており、法律問題や経済問題に関する分析を行わなければ解決できないことも強調している。類書の多くが会計の世界でしか通用しない議論に終始しているのは、本書と対照的である。会計に関わる人々に広い視点に立った多面的な分析の必要性を説いている点は、本書の第二の特長である。
本書の第三の特長は、客観的な分析が尊ばれている点に求められる。時事問題に関する類書には、「犯人探し」のようなスタンスに立つものもみられる。そのような類書においては、著者のひとりよがりな信念に貫かれているものも少なくない。
これに対し本書では、特定の価値判断から導かれてくる結論が強いられることはない。著者は事実に照らしていいうることと、いいえないことの峻別に努めている。本書は会計に興味を持つ幅広い人々にとってなじみやすい、必読の書といえる。【評者 米山正樹 早稲田大学教授】
| 経済財政諮問会議の戦い | |
![]() | 大田 弘子 東洋経済新報社 2006-05 売り上げランキング : 47938 おすすめ平均 ![]() 小泉総理のリーダーシップAmazonで詳しく見る by G-Tools |
小泉改革支えた経済財政諮問会議の記録
小泉総理の任期があと2カ月を残すのみとなり、「聖域なき構造改革」も終幕を迎えつつある。この5年間にわたるドラマを振り返ってみたときに、経済財政諮問会議がその舞台装置として重要な役割を果たしてきたことは、異論のないところであろう。本書は、任期付任用という形で「民間人」から「縁あって事務方の一員」となり、諮問会議の運営を支えてきた著者による「挑戦の連続だった5年間の記録」である。
諮問会議の登場による政策形成プロセスの変化は、「小泉改革」を考えるうえで重要なポイントのひとつであるが、著者によればその特徴は、政策形成プロセスの「見える化」であり、霞が関における政策調整のスピードアップであり、政策運営における「成果重視」のスタンスであるという。歳出・歳入一体改革の方向性をめぐって、竹中平蔵総務相と与謝野馨経財相の間で激しい論争が繰り広げられたことは記憶に新しいが、これは水面下の調整を重視する従来の政策形成プロセスに「大きな地殻変動」が生じつつあることを物語るエピソードといえる。
もっとも、これまでの諮問会議の姿は、「本来の官邸主導に至る過渡期のもの」であると著者は言う。著者は「諮問会議が実現できなかった課題」として財政運営とマクロ経済の整合性の確保と「内閣と与党のねじれ」の解消をあげているが、これらの課題に対処する新たな「仕掛け」は「財政・経済一体改革会議」という形で実現しつつあるようにも見える。だが、これが官邸主導の定着に向けた政策形成プロセスの進化なのか、官僚主導の復活に向けた伏線なのかを見極めるには、まだしばらく時間がかかりそうだ。
本書は、今後の政策運営のあり方を考えるうえでもお薦めの一冊といえる。【評者 中里透 上智大学助教授】
「ヒト」を生かすアウトソーシング
北原 佳郎
新人事インフラによる戦略的人事部を提起
本書は、企業人事部の本来の役割は何か、その役割を果たすにはどうしたらよいかについて、一つの明快な答えを具体的に示している点で、非常に興味深い。
本書によれば、従来、人事部の業務の60%を日常人事業務が占めていたが、これからの人事部は、ビジネスパートナーあるいはチェンジ・エージェントとして、優秀な人材を引きつけ、動機付け、引き留めるという本業に専念することが必要であり、これこそまさに企業の競争力の源泉であるとしている。
さらに本書は人事部が本業に集中する上で阻害要因となっている日常人事業務から人事部を解放するためには、従来のアウトソーシングモデルでは不十分と手厳しい。日常人事業務のごく一部しかカバーできず、しかも委託企業のトランザクション処理は減らないため、コスト効果がないばかりか、人事部の本業専念もままならないからだ。
そこで著者が提唱しているのが、新人事インフラであり、これによって日常人事業務はほぼ完全になくすことができるという。この新人事インフラの核となるコンポーネントがトランザクション・エンジン、人事情報処理システム、コールセンターだ。本書の後半では、この三つについての議論が展開されており、やや実務的過ぎるきらいはあるが、著者のこれまでの経験と実績から導き出された多くの知見は、特に人事関係者にとっては大変役立つものだ。
最近、日本でも無形資産、特に「ヒト」に対する評価が高まっている。その意味でも、今後人事部の本業回帰が企業成功の鍵を握り、新人事インフラ、人事のフルサービス・アウトソーシングが必要不可欠な存在となる可能性は高い。人事関係者のみならず、経営者にも本書をお勧めしたい。【評者 黒田康史 人事プロフェッショナル】
| 「自由な時代」の「不安な自分」―消費社会の脱神話化 | |
![]() | 三浦 展 晶文社 2006-06 売り上げランキング : 51466 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
ヒット作『下流社会』で知られる著者が、消費社会論をまとめたもの。
「現代の若者は自己分裂している」という著者の指摘は鋭い。ネットで垂れ流される過剰な情報。いつでもどこでも空腹を満たすことができるコンビニの台頭。高度に発達した消費社会だからこそ、若者は消費行動で「自分らしさ」を見つけることができずに、さまよっているというのだ。
また、「若者は複数の自分をもつ」と著者は続ける。周囲と「同調する自分」と「差別化する自分」である。「同調する自分」に訴求すればメガヒットが生まれる。本が売れない中でのベストセラーシリーズ「ハリー・ポッター」現象、絶世の美女ではないが20代の女性に圧倒的人気を誇るモデル「えびちゃん(蛯原友里)」現象など、数々の社会現象にはこのような背景があるのかと思わず納得。
マーケティングアナリストと消費社会研究家との二つの肩書きをもつ著者ならではの視点が見られる。
| 武田家滅亡に学ぶ事業承継 | |
![]() | 北見 昌朗 幻冬舎 2006-06 売り上げランキング : 48251 おすすめ平均 ![]() 参考になりました 読みやすく書かれた良書でした。 分かりやすく、納得Amazonで詳しく見る by G-Tools |
戦国期に勇猛で名高かった武田家が、なぜ勝頼の代であっけなく消滅したのか。賃金・人事のベテラン・コンサルタントである北見昌朗の解釈・解説で、なるほどと納得させられる。
武田家滅亡から事業承継のあり方を学ぶというのがこの本の骨子だ。武田家の「親子の不和」という古くて新しい問題を掘り下げている。事業承継における継がせる側と継ぐ側の双方に学ぶとしている。
名将武田信玄は、有能だけに自信過剰で、後継者に任せ切れなかった。ここに武田家滅亡の7割の原因がある。勝頼は偉大な父を引き継ぐという困難を抱えていた。その焦りもあり、勝頼は重臣たちの諌めを聞かず長篠の戦いに突き進む。ここに滅亡の3割の原因がある。
現代の中小企業、個人商店、ベンチャー企業などオーナー経営者にどう事業継承すべきかについて警鐘を鳴らしている。オーナー経営者ファミリー、親と子、兄弟に読んでほしい本である。
| イスラームとユダヤの世界遺産Best99 | |
![]() | 今 公三 角川書店 2006-06 売り上げランキング : 11923 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
美しい写真集である。
テーマはイスラームとユダヤの世界遺産。イスラエル、イラン、レバノン、シリア、ヨルダン、トルコ、中央アジア、アフリカの世界遺産を中心とした名所が写真と解説で紹介される。
西域と呼ばれる中国のイスラム圏・新疆ウイグル自治区も紹介されている。
この写真集を見ると、アフリカから中東、中央アジア、さらに東南アジアに広がるイスラム圏の広さと、歴史の深さを知らされる。
印象的な街は、かつて「世界の半分」と呼ばれたイランの古都・イスファハンである。イマーム・モスクの美しいたたずまいが映像にしっかり収められている。
次にイエメンのサナア。世界で最初の高層住宅が、なんとも印象的である。
中東やイスラム教というと、現在は宗教、民族紛争やテロ、あるいは石油問題で語られることが多いが、ヨーロッパが近代化する以前に世界商業を支配して、華麗な文明を築いたことを忘れてはならない。
| 脱力系女子大教授 | |
![]() | 白楽ロックビル 丸善 2006-07-11 売り上げランキング : 3326 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
「教授と女子大生のカンケイ」「有名OGをさがせ!」「女子寮見聞記」「いまどきの女子学生」「お茶大OGの結婚観」「モテる女子学生のお悩み」」女子学生倒れる」……などなど実に刺激的な内容。
読売新聞夕刊科学欄で連載された「白楽ロックビルの不肖無精」を元にまとめた、近年流行の癒し系(?)の1冊。お茶の水女子大・理学部生物学科の白楽ロックビル教授が、「理系教授のバカで不真面目な実態」を、脱力系のユニークな口調で綴る痛快エツセイだ。
理系の大学教授と聞くと「堅苦しい」「清貧高潔」というのが通り相場のようであるが、このイメージを大きく覆す著者のキャラクター。オトボケでチャーミング、ちょっと皮肉っぽい著者が、理系大学教授の日常生活、経済状態、人間的欲望、さらに研究状況などを赤裸々に述べている。それにしても、科学教育の危機が叫ばれている現在、本書の著者に啓蒙書を期待したい。
| 武士道 | |
![]() | 新渡戸 稲造 矢内原 忠雄 岩波書店 1938-10 売り上げランキング : 387 おすすめ平均 ![]() 武士道―文明と野蛮の逆説 清い日本人魂 武士道は新渡戸の専売特許?Amazonで詳しく見る by G-Tools |
| 武士道 | |
![]() | 新渡戸 稲造 岬 龍一郎 PHP研究所 2005-08-02 売り上げランキング : 843 おすすめ平均 ![]() 日本の精神的主柱 日本人にも誇れる文化と精神性があったことの再確認 いかに生きるかAmazonで詳しく見る by G-Tools |
葉隠―武士と「奉公」
小池 喜明
よみがえれ、武士道精神! 指導者の矜持を取り戻せ
ちょうど60年もの前の話になるが、戦勝国主導の東京裁判の被告席に立たされたわが国の戦争指導者たちの醜悪な自己保身の処世術にあきれ返った多くの外国人新聞特派員がいた。『ロンドンタイムズ』の記者は「この戦争は間違いであった」という記事を書き送った。日本には古来より武士道というものがあって、それが故に戦うに値する国であり、自国の若者が戦場で散ったのである。
だが、戦争が終わって、蓋を開けてみると、あろうことか、こんな無責任な連中がこの国を指導していたのがわかったからだ。武士道とはいかなくとも指導者としての矜持すら持ち合わせていない国家の指導者たち。「品性なき指導者」――これは今日でも連綿として続いているのではないかと危惧するのは、私ひとりではあるまい。
1899年、アメリカで出版された新渡戸稲造の『武士道』(矢内原忠雄訳、岩波文庫)は、「武士道はその表徴たる桜花と同じく、日本の土地に固有の花である。(中略)いまなお我々の間における力と美との活ける対象である」と書き始めている。
新渡戸が武士道として提示したのは、ヨーロッパでは当然の「ノーブレス・オブリッジ(地位の高い者は責任が重い)」を体現する人間像であった。それ故に、広く西欧社会でも膾炙されていたのである。例えば、『武士道』を読んだセオドア・ルーズヴェルト大統領が感激のあまり友人たちにプレゼントし、日露戦争の終結(1905年)のために、「あの崇高なる精神を持った国に、及ばずながら協力したい」と言って調停役を買って出たのは余りにも有名な話。現代語訳としては、十分な解説つきの『武士道』(岬龍一郎訳、PHP文庫)を勧めたい。
ところで、当時の武士の道徳書である山本常朝『葉隠』(小池嘉明、講談社学術文庫)は、有名な「武士道といふは死ぬ事と見付けたり」で始まるが、捨て身の姿勢が武士の静かな強みとなると指摘している。【評者 阿久根利具 文芸評論家】
| 日銀はだれのものか | |
![]() | 中原 伸之 中央公論新社 2006-05 売り上げランキング : 132376 おすすめ平均 ![]() よく書けています。Amazonで詳しく見る by G-Tools |
日銀の独立性には政策による結果責任も伴う
1998年4月、デフレと金融危機の中で船出した速水日銀の行路はまさに“海図なき航海”であった。本書は、このような厳しい経済環境の中で、4年にわたって日銀審議委員を務めた著者による、「苦闘と決断の私家版の記録」である。
本書に描かれた「苦闘」のひとつは、金融政策の運営をめぐる“伝統的な”政策観との闘いである。著者によれば、「日銀には、いわゆる“日銀理論”のみが正統だと考える“寛政異学の禁”の伝統」があるのだという。デフレ克服のためには思い切った金融緩和が必要と考える著者は、従来の枠組みを超えた政策を繰り返し提案するが、その試みは(最終的には量的緩和政策として結実したものの)孤立無援の闘いであった。
著者のもうひとつの「苦闘」は、組織運営における“保守的な”中央銀行との闘いである。政策委員会の運営をはじめ、新日銀法のもとでの組織運営は試行錯誤の連続であったが、“開かれた日銀”の実現に向けた取り組みは、“マル卓”に象徴される旧法下の組織運営の“慣性”によってしばしば押し流されそうになった。
本書のタイトルである「日銀はだれのものか」は実に難しい問いかけである。著者が主張するように「日銀は国民のもの」であることは確かだが、それではどのような「国民」を念頭において金融政策を運営すべきなのかという点については語られていない。おそらくその答えは、日銀法3条に定められた「独立性」と4条に定められた「政府の経済政策との整合性」のせめぎあいの中でインプリシット(暗黙)に見出されるものなのであろう。「金融政策の目標は、政府が与えるべきで」日銀に認められるのは「政策手段選択の独立性」であるという著者の見解に評者は異論があるが、「独立性が尊重されるかどうかは、金融政策のパフォーマンス、実績による」という指摘はその通りだと思う。
日銀は、早ければ7月13、14両日開催の金融政策決定会合でゼロ金利政策の解除を決定する見通しであるが、もし何らかのショックでデフレに後戻りするようなことがあれば、ようやく取り戻した信認が再び失われてしまうリスクもある。中央銀行の“独立性”は“結果責任”とともにあるということを踏まえ、引き続き慎重な政策運営が望まれる。
本書は、守秘義務がある中での「最小限の記録」であり、「回想録」としての性格上、完全な客観性が保証されるものではないことにも一定の留意が必要だが、金融政策決定会合の議事要旨の行間を埋めるものとして貴重な記録になっている。【評者 中里透 上智大学助教授】
| 詳解「討議資料 財務会計の概念フレームワーク」 | |
![]() | 斎藤 静樹 中央経済社 2005-05 売り上げランキング : 80995 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
日本の企業会計の将来を担う概念書
橋本内閣以降の会計ビッグバンで、日本の会計基準も海外基準と遜色のないものになってきた。とはいえ、国際財務報告基準(IFRS)をめぐる欧州での2007年問題にもみられるように、相互承認という大きな会計交渉がなお存在している。
こうした、会計基準の国際的コンバージェンス(収束)のまっただ中にあって、英米の会計基準にあって、わが国にない最大のものが、会計基準の憲法とも言われる「概念フレームワーク」であった。日本基準に対する海外の理解を得るうえでも、わが国の概念フレームワークの明文化はかねてからの課題であったが、04年7月に待望の日本版概念フレームワークが「討議資料」という形で公表された。本書は、その全貌を4部構成で明らかにしたものである。
第1部及び第2部では、「討議資料」作成メンバー自らによる基本的な考え方及び解説が示され、第3部では企業会計基準委員会が主催した公開討論会やカンファレンスでの外部からのコメントが収録されている。
最後の第4部では、米国(FASB)及び国際会計基準審議会(IASB)の概念フレームワークとの比較が重要な論点ごとになされている。こうして、本書はまさに「討議資料」の詳解と言うにふさわしい内容になっている。
概念フレームワークは現行の会計基準を根底で支えるだけでなく、将来の基準設定の指針を与える基本概念の体系と言える。究極の会計基準の国際的統合は、ほかならぬ概念フレームワークの統合作業と言えるだけに、海外のそれとどこまで一線を画しているか、本書はその一点においても注目される。
日本の企業会計の将来を担う日本版概念フレームワークの理解にとって、まさに必読の一書と言える。【評者 石川純治 駒澤大学教授】
| 現代中国の民営中小企業 | |
![]() | 関 満博 新評論 2006-02 売り上げランキング : 9316 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
ケーススタディが豊富で読みやすい同時代史
中国経済の「改革・開放」が始まってから四半世紀。成長の担い手は1980年代には「郷鎮企業」、90年代には外資企業だった。では、現在は何が中国経済を牽引しているのか。
日本と東アジア経済の「現場」を見つめ続けてきた関満博氏は「民営中小企業」だと断言する。その実態を探るべく、膨大なフィールドワークを重ねた成果が本書だ。調査した中小企業は130社、しかも期間は2003年から昨年11月までとごく最近。研究書でありながら、事例はきわめて新鮮だ。
中国の民営企業を分析するうえで、関氏は「(事業の)担い手」「(商品の)市場」「産業集積」という三つの視座を設定した。そのうえで、いま起きていることの全体像を描き出すために北京、大連、無錫、温州、珠江デルタの5地域を徹底的に掘り下げるという手法をとっている。
中国は広大なだけに、土地によって事業環境はまったく異なる。たとえば大連など国有企業の地盤がある地域の「民営企業」には、工場長など企業幹部が株式を買い取ったケースが多い。だが、もともと産業らしい産業がなかった温州には、文革時代からの行商で資本を蓄えてきたというような、たたき上げの創業者が存在する。
また、計画経済のもとで各省がフルセット型経済を志向していた時代には、中国に全国的な流通ネットワークは存在しなかった。その中で、民営企業が自らの販路を形成するうえでは、地理的条件が非常に重要な要素となった。最近では北京のソフト産業のように、まったく新しいビジネスの集積地も生まれつつある。こうした事業環境の変化についても、具体的な考察が豊富に盛り込まれている。ケーススタディが豊富で読みやすい。行き届いた同時代史だ。
| 新会社法時代のリーガルセンス―これだけは身につけたい 会社法のしくみがわかる、使える! | |
![]() | 渡部 喬一 日本経済新聞社 2006-04 売り上げランキング : 209779 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
新会社法が5月から施行されて、企業を取り巻く法制度が大きく変わった。
この本はこうした状況に対応するための概説書である。編著者は会社法に詳しい弁護士である。
新会社法は明治32(1899)年に商法が制定されて以来の100年ぶりの大改正であるばかりではなく、日本の企業社会の新しい時代の始まりを告げるものであるという。
新会社法は日本経済のグローバル化と大競争時代の到来に対応したものである。
この本では新会社法の中身を、リーガルセンス、会社法ガイダンス、コーポレート・ガバナンス、コンプライアンス、M&A、企業買収防衛策、「起業・独立の時代」到来の章建てで解説する。
最後の章では、ビジネスマンの新しいライフスタイルの到来を新会社法の観点から述べている。
全体にポイントを押さえてわかりやすい内容に仕上がっている。
| アドルフ・ヒトラーの一族―独裁者の隠された血筋 | |
![]() | ヴォルフガング シュトラール Wolfgang Zdral 畔上 司 草思社 2006-03 売り上げランキング : 158800 おすすめ平均 ![]() ヒトラートリビア満載。 面白いが、重い1冊Amazonで詳しく見る by G-Tools |
ヒトラーには生前から祖父がユダヤ人ではないか、といううわさがあった。実際はヒトラーは近親結婚で生まれたのだが、ヒトラーは命取りになる出自の秘密を生涯隠し通さねばならなかった。このため、自分の近親者と絶縁したのだった。しかし、ヒトラーにはこうした親戚筋からさまざまな接触が試みられた。異母姉の息子、イギリス在住のウィリアムは彼の出自を疑い、それをネタに彼を脅し、アメリカで「反ヒトラー・キャンペーン」の先頭に立ち、戦時には、連合国軍の戦列に加わりヒトラーと対峙した。また、実妹のバウラは、兄ヒトラーからいつも冷たくされていたにもかかわらず、兄を死後も全面的に信じきっていた。
それ以外の親戚の中には、ドイツの敗北後、ヒトラー一家の血縁だったというだけの理由で、何人かがソ連軍に処刑された。現在、ヒトラーの末裔たちは、彼が残したまがまがしい歴史を今なお隠そうとしているという。
| 戦後戦記 中内ダイエーと高度経済成長の時代 | |
![]() | 佐野 眞一 平凡社 2006-06-13 売り上げランキング : 66054 おすすめ平均 ![]() 佐野眞一による中内ダイエーの総括Amazonで詳しく見る by G-Tools |
著書『カリスマ』(1998年、日経BP社)で中内功と戦後を生々しく描いた著者が、今度は中内功と高度成長時代を描く。中内功の死後の出版だけに、ダイエー創業者・中内功の鎮魂歌にもなっている。
それにしても、一時はマスメディアであれほど語られた中内功もダイエーも忘れ去られようとしている現実に驚かされる。
土地神話と価格破壊をテコに成長した中内功神話も、ダイエーを産業再生機構に送った小泉構造改革の時代には、すでに風化した存在なのだろう。
だが、「最善」と「最悪」が同居していた中内功とダイエーの時代は忘れてはならないだろう。
この本では、著者と元セゾングループ代表の堤清二の対談がおもしろい。堤清二の優れた知性と分析力には感心させられる。
今から思えば、ダイエーの無謀な経営は何が心理的な動因だったのか。やはり中内の悲惨な戦争体験が原点にあるのだろう。
| 神秘と詩の思想家メヴラーナ―トルコ・イスラームの心と愛 | |
![]() | エミネ イェニテルズィ Emine Yeniterzi 西田 今日子 丸善プラネット 2006-06 売り上げランキング : 22728 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
本書は、13世紀、激しい内憂外患のトルコ・アナトリアを生きた、「心の教育者」メヴラーナの評伝である。メヴラーナとは、もともと「賢人」とか「我が師」という意味であったが、やがてこの言葉が彼その人を指すようになった。
平和や寛容のシンボルとして人びとに恒久平和を訴えた彼は、『メスネヴィー』を刊行した。「満月のように暗闇を照らし、人びとを無知の状態から知の状態へと転化する」ためであった。
本書の第7章「メヴラーナの言葉」には、さまざまな分野別に、彼の遺した言葉が簡潔に収録されている。たとえば、「神」について、こう述べている。
「神はすべてのものにその対極を創造し給うた。悲嘆は、その正反対の幸福について知らしめるために創造なされたものである。(中略)だが神は究極の一つであり、その対極を持たない以上、神の光もまた然りである。神の光は、それを知らしめるのに対極を必要としない」
| 紛争と難民 緒方貞子の回想 | |
![]() | 緒方 貞子 集英社 2006-03 売り上げランキング : 12489 おすすめ平均 ![]() 難民保護という理想を求めて現実的な対応を模索するAmazonで詳しく見る by G-Tools |
著者に聞く 『紛争と難民 緒方貞子の回想』(集英社)を書いた
元国連難民高等弁務官 緒方貞子突きつけられる紛争の生々しい現実
――日本語版に先立ち、2005年にはノートン社から英語版が出ています。なぜ本書を書かれたのでしょうか。
(この本が対象にした)10年に起きたことについては、すでにたくさんの本があります。だがどちらかというと部分的で、また外部からみたものです。私は当事者としての全体像を提示したいと思いました。難民高等弁務官として、様々な決定をしなければなりませんでしたが、どうしてそういう決定をしたのかを知って欲しかったし、記録にも残したかったのです。
――本書を読んで驚くのはUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の職員が、難民が奔出して大混乱の現場に丸腰で赴くことです。
難民に殺された職員もいますが、本来は(難民として)国境を越えた人々を、国境外で支援するのですから、紛争の真っただ中にいるということにはなりません。しかし例えばバルカンでは、UNHCRの人々は紛争の真っただ中にいました。UNHCRの人がそこにいるということが、色々な形で、保護の一番効果的なあるいは唯一の鎖でした。ですから、われわれがその場から引くか引かないかは、極めて苦渋に満ちた決定になるのです。
当時、平和維持軍が反セルビア軍として攻撃を受けました。われわれも中立でいられない状況が出てきて、人道活動に貢献しようとすると、反セルビア的行動にならざるをえない。その結果、人道活動が非常に難しくなったのです。
――「人道援助と開発援助の間に空白を作らない」ということを、本書で再々、言及されています。
国家間の戦争とは異なる国内紛争の場合、後始末の平和構築とは、どうしたら再び生活を共にできるか、コミュニティの再構成にかかってくるわけです。人道援助というのは手取り足取り、場合によっては家も建ててあげる。しかしいつまでも人道援助を続けるわけにはいきません。その後は主体的に自分たちの社会を作っていかなければならず、人道援助から開発援助に移行したい。しかしその間があり、そこをどのようにやっていくかが重要なのです。
――本書で何度か「平和の想像」というキーワードが出てきます。
隣と隣が争った紛争ですと、自分の家に戻っても、周りは対立状況です。敵だった人とも一緒に働かなければなりませんが、どうやってそのインセンティブを高めるかから出てきた言葉です。
――難民支援に対する日本のあり方についても触れられています。
日本は島国で外国人が怒濤のように入ってくる国ではありません。そこでどうしても島国は安全だという幻想がある。しかしいまのような時代に、自分だけ良ければいいというのは成り立たない。
――日本は人道大国の道を進めと書いておられる。
日本は人道小国の道を進んでいるのではないですか。日本は大国の責任を回避しているのではないでしょうか。「政冷経熱」という状態は、何も日中関係だけではない。日本経済は世界の中でやっているのでしょう。このままではもちませんよ。
おがた・さだこ
1927年生まれ。聖心女子大学英文科卒業、ジョージタウン大学修士、カリフォルニア大学(バークレー校)博士。91年から2000年まで国連難民高等弁務官。01年アフガニスタン支援日本政府特別代表。現在、JICA理事長。



















