メイン > 週刊東洋経済書評『ブックレビュー』(2005年) > 2005年7月9日~7月16日

中学生のための社会科
490299500X吉本 隆明

市井文学 2005-03-01
売り上げランキング : 6,127

おすすめ平均 star
star全ての永遠の「中学生」に
star弱さの強さ
star久々に「濃い」書き下ろし

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「中学生」とは、生涯のうちでいちばん多感で、好奇心に富み、誰にもわずらわされずよく考え、永く忘れることのない頭脳を持っている時期の比喩だ、と著者はいう。そのような頭脳の持ち主に対して、著者は、学習塾の先生との出会いから話を始める。そこは、子供の家で出せるだけの月謝を紙に包んで、筒の中に入れるという塾だった。塾の教師は著者に勉学を教え、詩の手ほどきをし、スポーツをする。この美しいエピソードから、抒情詩を引用して芸術論が語られる。

言葉の説明から文法論に入る。幼児のときから喋ったり書いたりできる言葉の規則を、なぜ暗記する必要があるのかと、不満が消えなかったので成績が悪かったと著者は述懐する。しかし、やがて、それが日本人の最大の欠点だと気付く。 日本人は、自明のことに疑問を持ったり、常識を疑ってみたりすることが不得手だ。だから論理的なことが苦手になるという。ここから吉本文法論が始まり、「は」と「が」の違いが説明される。

著者はすでに79歳(本書執筆当時)である。老いという個人的体験から、老齢化の本質を語る。老齢化で辛いことは、身体の動きが鈍くなり、痛みが伴うといったことではなく、自分の意志とそれで実現しようという運動性との「乖離」が著しく増大することだという。意志と行為の乖離が増大すると、他人に説明するのが億劫になり、そのくせ妄想や思い入れは一層活発になる。これは、人類が、この乖離を常に拡大しようという衝動を持ち、拡大の空隙を想像力によって充填してきたことにつながるという。

社会と国家はどのようにして生まれてきたのか。社会の秩序は、原始的には、長老会議に委託されている。だが、やがて年齢的秩序に拠らず、富の保有や強制力の行使に秀でたものが王権を持つようになり、長老たちの社会を支配してゆき、民族国家が生まれる。

しかし、このような国家の公共性は利己心にすぎないという。これに対して、自己の依拠する自由な意志力に基づく公共性を語る。民族国家は高度管理社会の様相を持ち、社会主義もそうなる。社会主義の管理の本質とは、首領と一体化した管理者と構成員の完全な分離であり、資本主義のシステムとは管理システムの上層に位置したい人々のために「自由」競争を与えるシステムだという。

著者の体験を通じて、芸術、老い、社会について考えることができる。本書には、詩と想像力と国家についての吉本思想のエッセンスがある。【評者 原田 泰 大和総研チーフエコノミスト】

■2005/07/16, 週刊東洋経済

市町村合併で「地名」を殺すな
4896919327片岡 正人

洋泉社 2005-06
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おすすめ平均 star
star主観的価値観
star日本国民必読

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平成の大合併で、とんでもない地名が大量に生まれている。たとえば栃木県「さくら市」。名を聞いても、いったいどこにあり、どんなところなのか、まったくイメージが浮かばない。もう一つ、山梨県「南アルプス市」。「アルプス」などという外来語が入っているうえ、「南アルプス」の名を独占できる位置にはない。あやうく決定しそうになったが、あまりにひどいと全国から批判が集中して撤回された「南セントレア市」(愛知県)の例も記憶に新しい。

本書は、この問題を真正面から採り上げた怒りの書。今回の大合併によるものを中心に、合併による新市名を整理、分析し仮借ない批判を浴びせている。

著者は、付けてはいけない地名として、〔1〕カナ(例・前述のさくら市)、〔2〕瑞祥(例・美郷市)、〔3〕僭称(例・飛騨市。市域は飛騨地方のごく一部にすぎない)、〔4〕CI(例・豊田市。私企業のトヨタ自動車にちなむ)、〔5〕人名(見送られたが、石川県に松井秀喜選手にちなんだ「松井市」案があった)、〔6〕合成地名(例・大田区。東京の大森と蒲田という二つの旧区名を合成)などを挙げている。

こうした命名が行われる背景には、名称は柔らかく、親しみやすいほうがいいとか、難しい漢字や読みはよくないといった風潮や、関係自治体すべてのメンツを立てようとする悪平等主義、さらに根底には、関係者や住民の歴史に対する無知と文化度の低さがあると指摘する。評者もこれに、全面的に賛成だ。著者がいうとおり、古来からの地名は文化遺産である。長い歴史を持つものは(差別的なものを除き)そもそもそれだけで尊く、保存すべきなのである。

ちなみに、本書が挙げる最悪の例が、大宮、与野、浦和3市の合併による「さいたま市」。理由は本書を読んでほしい。【評者 福永 宏 編集委員】

■2005/07/16, 週刊東洋経済

レンズに映った昭和
4087202887江成 常夫

集英社 2005-04
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star満州とは

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われわれが昭和史を検討する際に忘れてならないのは、「過去に眼を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となる」というドイツのヴァイツゼッカー元大統領の言葉である。

われわれにとって80年前に始まった昭和とは、いったいどんな時代だったのか。「“自虐史観”からの脱却」などといった掛け声で、これほど見事に自己韜晦された近現代史を持つ、あるいは持たされている国民も珍しいのではあるまいか。こうした極めて恣意的に記憶の外に追いやられた昭和史をいま自分なりに再構成しようとする「自分史」や「個人史」が静かなブームとなっているのも、故なしとしない。

本書の著者は、写真と言葉を積極的に拮抗させた「フォトノンフィクション」的手法で、「負の昭和」を30年余り見つめてきたのである。敗戦直後に占領軍の軍人と結婚して渡米し、人種差別を皮切りに予想外の辛酸を舐めた戦争花嫁、満洲に置いてきぼりにされた寄る辺なき日本人戦争孤児、“五族協和”“王道楽土”を掲げた傀儡国家「満洲」、ヒロシマとナガサキの原爆被爆者たち……。

このような「負の昭和」に翻弄されてきた多くの日本人の声なき声をすくいあげ、その心の内を代弁したのも、昭和の大罪を糊塗し、事なかれ主義に走ってきた戦後の日本人の精神のありようを問うためである。もちろん、この戦争に涙したが、自らの意思で人生を切り開き、また美しい人間模様を繰り広げた人々のエピソードも忘れてはいない。そこに人間の魂の回復力という未来志向の力を明視しているからに他ならない。

どんなに辛くともこの昭和の時代を語り継がなければ、実在した昭和が消えてしまうのだ。これは本書が幾重にも強調している点である。【評者 川成 洋 法政大学教授】

■2005/07/16, 週刊東洋経済

昭和なつかし博物学―「そういえばあったね!」を探検する
4582852793周 達生

平凡社 2005-06
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ウミホウズキを知る読者は、どのくらいいるだろうか。アカニシなどの巻き貝の卵嚢を赤や黄に染めたもので、縁日や海岸の土産屋で売っていた。どうするものかといえば、口に入れて鳴らす玩具なのである。

本書は、副題に「『そういえばあったね!』を探検する」とあるように、こうした、昔はおなじみだったのに、今や幻となってしまったモノを集めた本だ。ただ、著者は動物生態学と民族学の研究者なので、取り上げられたモノは、すべて生物に関係している。

たとえばウグイスの糞。これも立派な商品で、高価だ。何に使うのか。ウグイスの糞には、捕食した虫を消化するタンパク質分解酵素が含まれていて、肌の角質や老廃物を溶かす効果がある。そこでウグイスの糞で洗顔すると肌がスベスベになるのだ。昔は化粧品店で売られていた。ただ売るほどウグイスの糞を集めるのは大変で、今、本当のウグイスの糞を売っている業者は一軒しかないという。

■2005/07/16, 週刊東洋経済

シチリアでの会話
4003271513ヴィットリーニ

岩波書店 2005-02
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「私は、あの冬、漠とした怒りの虜になっていた」で始まるこの小説の主人公の「私」は30歳、シチリアで独り暮らしをしている「母」に会うために15年ぶりに故郷に戻る。「父」が突然若い女と駆け落ちしてしまったために、「母」の誕生日に祝いの葉書をじかに届けたかったからだ。

途中で「私」はさまざまな人と出会う。飢えと寒さと病に苦しむ最下層の人々。「背が高く、頭のところは明るく輝いていた。私は何もかも思い出した、私の母が背の高いひとで、金色がかった栗色の髪と、引き締まった顎と鼻と、そして黒い瞳の持ち主だということを」。相変わらず聡明で気丈な「母」は、愛する息子が戦死したことを冷静に理解するものの、その息子が戦地で何をしていたのかさっぱり分からない。実は、スペイン内戦をめぐる反ファシスト闘争で殺されたのだった。

本書の初出は、1938年のファシスト政権下のイタリアであった。

■2005/07/16, 週刊東洋経済

財政赤字の力学―アメリカは日本のモデルたりうるか
4419045620金子 勝 池上 岳彦 アンドリュー・デウィット

税務経理協会 2005-06
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おすすめ平均 star
star日米財政関係?

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日米財政赤字の「もたれあい」を財政学者と政治学者が告発した本である。日本政府は米国の財政赤字を支え、その半面、日本では米国モデルが普遍と見なされてそれを模倣する制度改革が進められている。双方に働く「力学」が奇妙に安定して見えることが、問題の所在を覆い隠している。

本書では日米の財政制度と政策の分析を通じ、米国においても抜本策がとられることなく不平等が深化したことが示される。米国のNPOも、政府に代わる社会福祉サービスの担い手という理想像とは必ずしも一致しない。日本では民営化・規制緩和が切り札のように言われるが、その効果にも疑問が投げかけられる。

著者の考え方のベースには、各国の政治経済の多様性の尊重がある。そのうえで日本の財政、社会保障の問題を洗い出し、米国の制度や手法の安易な輸入ではなく、日本の実情に即した解決を図ることを訴える。将来不安問題の論争に新たな視点を与えてくれる。

■2005/07/16, 週刊東洋経済

戦後政治家暴言録
412150173X保阪 正康

中央公論新社 2005-04-10
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よくもこれだけ政治家の暴言や失言が続くものだと感心させられる。本書に登場する暴言の質の低さに誰もがあきれるに違いない。といって国民が不感症になったら世も末なのだ。

軽薄な失言や人格がらみの暴言に、世間は過剰に反応しがちである。それも軽視していいはずはないが、国民がより厳しく対応しなければならないのは世界の平和や国益を損なうたぐいの暴言だろう。

なかでも小泉首相の「非戦闘地域などわかるはずがない」「自衛隊の行っている所が非戦闘地域だ」は戦後最大の暴言ではないか。これに比べれば、本書に登場する吉田茂や岸信介の暴言など、罪は軽い。

敗戦を境に立場が逆転した「オモテの言論」「ウラの言論」の座標軸に拠って政治家による暴言の数々が解説される。ことは政治家の資質にとどまらず、社会や国民の関心、問題意識に帰着すると著者は力説する。読みやすいが、深く考えさせられる本である。

■2005/07/16, 週刊東洋経済

成長の限界 人類の選択
4478871051デニス・メドウズ 枝廣 淳子

ダイヤモンド社 2005-03-11
売り上げランキング : 1,342


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コンピュータモデルのワールドダイナミックスを駆使、論理的に地球の物理的限界を示唆して、世界に衝撃的な反響を巻き起こした『成長の限界』。本書は、その30年後の続編である。当時の成長を当然と見る風潮からすれば、ほとんど異端として激しい糾弾を浴びたし、人類の破滅的な未来を予言したものという誤解も受けた。

だが、成長を目指しての経済活動は、その資源消費と汚染排出の拡大により、早晩地球の物理的・生態的制約を受け、継続は困難となる、場合によっては破局的な事態も迎える。対応として、「技術や文化、制度などの根本的な革新を先手を打って行うべきだ」という従来の主張は変わらない。この数十年間に出てきたあらゆるデータや事例により、それが補強され明確になっている。

これまでの批判の中に、「技術と市場の力を過小評価している」というものが多くあった。今回のモデル分析では、「市場は限られた投資資本を競合し合うニーズに分配する機能を持つ」と仮定し、技術と市場のフィードバック・プロセスを明らかにして、限界を乗り越えるために一層効果的な技術が開発される、と仮定したシミュレーションさえ行っている。

結果はどうか。技術と市場は資源や環境制約を乗り越えるために必須でかつ効果的な仕組みである。しかし、その力だけで持続可能な社会を作り出せるわけではない。それは必要条件であっても十分条件ではない。「持続可能性への理解や尊重があってこそ」、その力を望ましい社会へと活用できるのだと。

これまでにない強い主張は、人類の「エコロジカル・フットプリントは地球の扶養力をすでに超えてしまっている」と述べていることだ。エコロジカル・フットプリントとは、本書に再三登場する主要概念で、人類が環境や生態系に与える負荷の総体を指す。なぜ一時的に扶養力を超えられるかというと、ストック的な部分を食いつぶしているからだ。しかしそれでは持続可能ではない。

一貫した意図は、成長を絶対的に否定したものでもなく、世界が必ず崩壊してしまうと予言しようとしたものでもない。成長を至上のものとして、無思慮にその延長上に未来を想定する危険を戒め、「世界を持続可能な領域に引き戻す」ために選択可能ないくつかのシナリオを提示することにある。

ただ、今なお「成長がすべての問題を解決する」という思い込み、執着には根強いものがある。われわれはこの30年余り、何をしてきたのだろうか? 破局を免れる転換に、もうあと30年は残されていないようだが。【評者 百瀬敏昭 ジャーナリスト】

■2005/07/09, 週刊東洋経済

アメリカ依存経済からの脱却
4140910275相沢 幸悦

日本放送出版協会 2005-04
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戦後日本は、米国の積極的な世界需要政策にうまく乗り、輸出主導型の高度成長を実現させた。しかし、一つの時代が終わった時、日本は福祉充実、内需主導の経済に転換すべきであったのに、相変わらず米国依存の輸出主導型の経済路線を続けた。米国の肥大化した「双子の赤字」を支え、投機マネーの跳梁を許し、農業、環境エネルギー、軍事・外交あらゆる分野でアメリカ化の軛(くびき)を背負っている。

著者は、このままに推移すれば、21世紀の日本は「悲惨な事態」を迎えるだろうと警鐘を鳴らし、米国依存経済から脱却するために、「日本もEUのような壮大なビジョンを作り上げて、着実に実行していくことが肝要」であるとして“脱米入亜”を説く。そして、究極的には、「欧州連邦」と肩を並べる「アジア連邦」へ、米国は米州を包含する「アメリカ連邦」という方向に進み、世界は3大連邦に集約されると期待する。

本書前段の米国経済依存の弊害に関しては、ほとんど異論がない。脱却のために、同じジレンマに直面するアジア諸国と連携することも必要だろう。しかし、経済・通貨の地域統合から、やがては究極の政治統合に至るというステロタイプの“統合史観”には評者はかねて懐疑的である。「最適通貨圏」仮説を持ち出すまでもなく、経済統合が経済合理性の埒を越えて外延的に拡大すれば、内部の求心力を失い自壊するか、政治的な覇権主義に走り自滅することは歴史に明らかだ。

翻って、アジアの現状に目を転じると、中国の将来も巨大な未知数だが、日本の政治・経済体制も行方定まらない。日本は「脱米入亜」を言う前に自分の足元を固めなければ近隣諸国から信頼も尊敬も得られず、「入亜」も覚束ないであろう。【評者 神尾昭男 経済評論家】

■2005/07/09, 週刊東洋経済

明治デモクラシー
4004309395坂野 潤治

岩波書店 2005-03
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star日本のデモクラシーの流れ

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表題の「明治デモクラシー」は日本近代政治史研究の第一人者である著者の造語だという。大正デモクラシーは有名だが、明治デモクラシー、さらに著者が「昭和デモクラシー」と呼ぶ1930年代を「統一的にとらえてみたい」(あとがき)という狙いからこの言葉を使った。

維新後、明治の日本でデモクラシーの実現を企図した人たちがいた。社会民主主義を夢見た北一輝、ルソー流の直接民主主義を目指した中江兆民や植木枝盛、英国型の議院内閣制を唱えた福沢諭吉、自由民権運動の復興を促した谷干城らである。

国会開設と憲法制定を軸に、明治デモクラシーの推進者と伊藤博文ら藩閥政府の担い手とが絡み合って激闘を繰り広げた。明治14年の政変、憲法発布を経て「桂園時代」に至る攻防を当事者の文章を随所に織り交ぜて描き出す。主権在民論も議院内閣制の主張も最後に敗退した。桂園時代に成立した「官民調和体制」は明治デモクラシーの終焉を意味した、と著者は言う。

「今日のわれわれの『民主主義』のために、『明治デモクラシー』の智恵を借りようというのが本書の観点」(はじめに)と述べるが、教示を受けるのはそれだけでない。新国家建設というまたとない機会に政治家や思想家たちは独自の発想で新体制を構想し、それをぶつけ合って死闘を演じた。その生き方と姿勢から学ぶものは多い。

120年後の現代、地方自治の確立を唱える梶原拓・前全国知事会会長は「われわれの改革は『平成の自由民権運動』」と語る。敵は中央集権体制だが、支えてきたのは政官民一体の日本型システムで、言葉を変えれば「官民調和体制」だ。戦後60年を経て、いま「平成デモクラシー」の模索と実験が始まっているが、「明治デモクラシー」は教訓と指針の宝庫である。【評者 塩田 潮 ノンフィクション作家】

■2005/07/09, 週刊東洋経済

働くということ - グローバル化と労働の新しい意味
4121017935ロナルド・ドーア

中央公論新社 2005-04-25
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おすすめ平均 star
starグローバリゼーション下の「公正」とは何か。
star自分で考えよということ
star類を見ない「広さ」

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正規社員がますます長時間労働を強いられる一方、失業者や低賃金のパートやフリーターの群が膨れ上がる。貧富の格差が深化し、「次の世代」の機会の平等にも影響を及ぼし始めた。日本だけでなく先進工業国一般に見られる現象だ。しかも、そのことを矛盾とも不公正とも思わない、公正概念の変化が生じている。

こうした社会現象の背景に、著者はアメリカの文化的覇権を見る。新古典派経済学が各国の政策形成者の支配的教義として確立し、競争=効率や株主価値を至上のものとする市場哲学がそれだ。そこから利益を得るエリート特権階層がいるのは事実だが、「遅かれ早かれ危険なのは既得権益ではなく観念である」という立言はここでも妥当しよう。

著者は「市場至上主義の社会的帰結」を丹念に分析したうえで、弱者への思いやりを大切にした古い倫理感の名残が消え去らない間に傾向を逆転させることは可能かと問い、幾つかのシナリオを示す。

■2005/07/09, 週刊東洋経済

東京大学本郷キャンパス案内
4130033220木下 直之 岸田 省吾 大場 秀章

東京大学出版会 2005-03
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star観光地としての本郷キャンパス

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キャンパス案内といっても、大学の施設案内ではない。散歩し、観察する都市空間として、本郷キャンパスを紹介するのが目的だ。

東京・文京区にある本郷キャンパスには約2万人の教職員・学生が在籍しているほか、構内には、病院、食堂、生協、書店、美容院、花屋、靴屋、時計屋、写真店、文房具店、運動具店、印刷製本屋、出版社などがあり、小さな街を形成している。また、多数の歴史的遺構や自然がある。

本書を執筆したのは3人の東大教授。専門分野の歴史遺産、建築、植物について、構内を歩き回り、見るべきポイントやエピソードなどを紹介してくれる。

たとえば三四郎池。もともと加賀前田家上屋敷の庭園に造られた池で、育徳園心字池というのが本来の名だ。赤門は、徳川家斉の第21女、溶姫が前田斉泰に輿入れした際に造られた門で旧国宝(現・重要文化財)。関東大震災で多くの学内の建物が壊れたが、赤門の被害は軽微だったという。

■2005/07/09, 週刊東洋経済

地域プロデューサーの時代―地域密着型スポーツクラブ展開への理論と実践
4925085972松野 将宏

東北大学出版会 2005-03
売り上げランキング : 143,737


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産学官連携や地域振興、まちづくり等の政策論議が盛んである。しかし、立派な政策もやがて形骸化し、結局は絵に描いた餅になってしまったということはないだろうか?

著者は地域密着型スポーツクラブの豊富な事例研究から、主体不在の政策論議を批判し、地域プロデューサーの必要性を説いている。彼らの果たす役割はユニークであり、従来の理論では扱われなかった新しい側面を明らかにしている。

たとえば「口先だけでなく実際に汗をかいて説得する」「地域独自の根回しの方法を熟知する」「仮説検証しながら徐々に理想像へ近づく」「異分子を混ぜ合わせて意図的にカオスを引き起こす」等の泥くさいが人間らしい温かみのある行動様式は興味深い。

楽天がプロ野球に参入し「地域密着」を掲げるが、はたして彼らに地域の「顔」は見えているだろうか?実践的な地域マネジメントの指南書として読んでもらいたい一冊である。

■2005/07/09, 週刊東洋経済

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