メイン > 週刊東洋経済書評『ブックレビュー』(2005年) > 2005年7月23日~8月20日
| 功利主義は生き残るか―経済倫理学の構築に向けて | |
![]() | 松嶋 敦茂 勁草書房 2005-05 売り上げランキング : 37,325 おすすめ平均 ![]() 一見単純に見える功利主義の豊かさAmazonで詳しく見る by G-Tools |
経済政策を評価する基準として、どんな価値判断を採用するか。この基本的な問題について、本書は徹底的に、また経済思想史的な展望を踏まえて論議している。その際、本書の題名にもなっているが、功利主義の今日的意義が最も詳細に検討されている。
功利主義とは、「最大多数の最大幸福」に代表されるように、社会の成員全体の幸福を最大化する政策に対して最も高い評価を与える価値判断である。
しかし、この功利主義は今まで二つの方向から厳しい批判を受けてきた。一つは、功利主義の主流は、個人間の幸福(効用)が比較可能であることを前提にしてきたが、それは計測不可能であり、単にわれわれは観測された選択から人々の選好の順番を知ることができるにすぎない(序数主義)とする論理的な批判である。この序数主義が、長く経済学の正統の地位にいた。
もう一つはロールズたちの契約主義による批判で、功利主義では最も富んだ者(たとえば独裁者)がより多くの効用を得て、一方で最も貧しい者がより少ない効用を得ても全体の効用が最大化してしまうので、そのような状態は社会的に支持できない、というものである。すなわち、最も緊急性を有する人の苦難を救うことが、功利主義では難しいという指摘である。
しかし本書では、これらの難問への回答が功利主義の立場から、鮮やかに展望されている。前者については、近年、猛烈な勢いで進展した個人間の効用比較の可能性が詳述されていて、この意味で新古典派的な序数主義が終焉したことを読者にわかりやすく説明している。
新古典派経済学では、個人比較が不可能だから、今までは事実上独我論に陥っていたわけだが、それが現段階では、人間のさまざまな感情の多様性を客観的にとらえることが可能になった、というわけである。
また、後者の契約主義からの反論については、個々の人の状態の改善と、社会全体の状態の改善を区別し、前者は後者によって制約されると考える規則功利主義、制度功利主義の立場を紹介している。先のケースでいえば、最も緊急を要する人の状況が、社会の認めている規則や制度の見地から正当化されなければ、この人の状況を優先して改善し、そのためには富んだ者の状況の悪化をも許容する、というものである。つまり、修正された「最大多数の最大幸福」とでもいうべきものである。
本書は近年の経済倫理学の最前線の話題を素晴らしい慧眼で見据えた碩学の著作で、最近の市場原理主義中心の世論への抗弁としても有力な思想的基盤を提供するだろう。必読である。【評者 田中秀臣 上武大学ビジネス情報学部助教授】
| 原爆を投下するまで日本を降伏させるな――トルーマンとバーンズの陰謀 | |
![]() | 鳥居 民 草思社 2005-06-01 売り上げランキング : 2,940 おすすめ平均 ![]() トルーマンとバーンズはどこに? あくまで小説的なフィクションである。 ちょっとだけ「大上段」。Amazonで詳しく見る by G-Tools |
今年は広島・長崎に原爆が投下されて60年。原爆の投下の理由については、当時の鈴木貫太郎首相がポツダム宣言を“黙殺”したため、あるいは、本土決戦ともなれば、100万の米兵が犠牲になったであろうから、というアメリカの言い分などが従来の通説だった。
ルーズベルトの急死(1945年4月12日)から日本の無条件降伏(8月15日)までを扱った本書は、こうした通説に真っ向から反論した労作である。
ルーズベルトの跡を襲って大統領に就任し、原爆製造の成功を知ったトルーマンは、ドイツの無条件降伏(5月7日)後、東欧の支配権を強め、さらにユーラシア大陸に触手を伸ばすソ連への軍事援助を打ち切った。
その1カ月後、ホプキンズ特使をモスクワに派遣し、懸案のポーランド問題ではソ連の立場を支持し、武器貸与法はソ連に対する圧力の手段ではない、などと平仄の合わない釈明をして、スターリンからソ連の対日参戦の8月8日という期日を聞き出した。日本の暗号電報を解読していたアメリカは、7月中旬段階で、日本の降伏は時間の問題であると認識していた。
原爆実験予定日は7月4日、原爆投下準備完了予定日は8月1日。ソ連が満洲に進攻したら、日本は絶望して直ちに降伏する。アメリカの絶対的な軍事力を誇示する原爆投下の前にソ連を参戦させてはならない。これが、新大統領トルーマンと国務長官バーンズの命題だった。
2人は、ポツダム宣言草案から「天皇の地位保全」条項を削り、ソ連の仲介への期待を持たせるために署名国からソ連をはずし、正式な最後通告と思わせないようにした。果たせるかな、日本はこれを無視して、アメリカに原爆投下の口実を与え、広島と長崎の20万以上の無辜の民が殺されたのだった。【評者 川成 洋 法政大学教授】
| はめられた公務員 | |
![]() | 中野 雅至 光文社 2005-05-23 売り上げランキング : 20,257 おすすめ平均 ![]() 腐っているのはここでもメディアか? つまらない 星5つだと思うがAmazonで詳しく見る by G-Tools |
官僚批判が盛んだが、そこでの「官」とは、多くは国家公務員だ。しかし、国家公務員110万人に対して、地方公務員は320万人もいる。防衛庁と郵政公社職員を除けば、国家公務員は50万人余りしかいない。
本書は、国と地方の関係を説明したうえで、成長鈍化と財政赤字の累積、増税不可避の責任を政治と業界が官に押し付けようとしている、と説く。官とは、これまで中央官庁のキャリアのことだったが、これからは地方公務員になる。地方分権で地方公務員に権限が移っている以上、必然的にそうなる。増税するなら地方公務員をリストラしろということになる。大阪などの公務員の厚遇バッシングは、その手始めにすぎない。本当の責任は、政と業にあるのに、公務員ははめられたのだ、というのが本書の主張である。
政官業の鉄の三角形の中で、制度的に一番強いのは政なのだから、官、まして地方公務員に責任を取らせようというのはおかしい、というのが本書の主張だが、やや被害者意識が強すぎるのではないだろうか。
地方に配る金がないから、公務員の給料は、その地方の民間並みに下げろと言われているだけだ。政と業も楽ではない。金のない政府に頼っているだけでは、業は倒産してしまう。増税は選挙で落ちる覚悟がなければできないし、本書が言うところの、地方公務員たたきで新たに当選してくるイケメン代議士は、過去の癒着には責任がない。イケメン代議士が新たに当選すれば、過去の代議士は落選して責任を取らされている訳だ。
見過ごされている問題について論じた本書は、その所在を指摘しただけでも価値がある。国と地方の関係の機微を説明した部分も面白い。繰り返しの多い文章はどうかと思うが、有益な情報は詰まっている。【評者 原田 泰 大和総研チーフエコノミスト】
| 大正ロマン 東京人の楽しみ | |
![]() | 青木 宏一郎 中央公論新社 2005-05-11 売り上げランキング : 47,026 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
本書は、大正時代、東京の庶民がどのような行事やレクリエーションを楽しんでいたかを、当時の新聞や夏目漱石、森鴎外らの日記などを基に描いている。現在とあまり変わらないものもあるが、中には時代を感じさせられる行事も多い。
たとえば大正6年1月8日の二重橋前の宮城外苑で行われた陸軍始観兵式(年始に行なわれる観兵式)。精鋭の1万7000人が35分間にわたって閲兵を受けた。周辺には数千人もの市民がひしめき、中には2時間も前から寒さに震えながら待つ人もいたという。
また大正8年3月1日には、神田駅の横の空き地で東海道線と中央線の連絡運転開始を祝して、開通祝賀会が催されている。式場界隈は万国旗などで飾られ、掛小屋では海老一大神楽、剣舞、滑稽劇などが演じられた。式の後にも、芸者連による越後獅子や元禄花見踊りが催され、余興が夕方まで続いたという。
生き生きとした庶民の姿には、興味が尽きない。
| 『ドン・キホーテ』を読む | |
![]() | 京都外国語大学イスパニア語学科 行路社 2005-03 売り上げランキング : 1,614,908 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
ノルウェーのノーベル研究所の調査によると、今や『ドン・キホーテ』(1605年)の発行部数は、聖書やシェークスピアの諸作品を抜いて、世界第1位となっているという。
セルバンテスがこの作品を上梓したのが58歳。馬に跨って風車に襲いかかる老騎士ドン・キホーテと愚か者のサンチョ・パンサによる抱腹絶倒のドタバタ劇として知られている。しかし、英雄的な苦難と屈辱的な苦悶をわが身に引き受けざるをえなかったセルバンテスは、狂気に駆られた「陽の沈むことなき大帝国」スペインの凋落をドン・キホーテに投影したのだろう。それゆえ『ドン・キホーテ』は、スペインへの完膚なき断罪の書であり、また鎮魂の書でもあるのだ。
本書は、『ドン・キホーテ』が「古典」であるがゆえのさまざまな側面を語り聞かせる5人の熱っぽいシンボジウム「日本人と『ドン・キホーテ』」を筆頭に、主に「読む」立場から10人が論じている。
| 不老革命! 老化の元凶「フリーラジカル」と戦う法 | |
![]() | 吉川 敏一 朝日新聞社 2005-05-12 売り上げランキング : 5,236 おすすめ平均 ![]() ベストセラーの予感『不老革命』Amazonで詳しく見る by G-Tools |
コエンザイムQ10やα―リポ酸、コラーゲン、GABA、大豆イソフラボン、アミノ酸……。アンチエイジングをうたったサプリメントが次々にヒットを飛ばしている。きっかけはテレビなどの情報番組が多いようだが、一つひとつについては詳しく報道されていても、全体像まではよくわからない。こんな疑問に答えてくれるのが本書だ。
著者は京都府立医科大学大学院で生体機能制御を研究する教授。国際フリーラジカル学会会長でもある。細胞内の物質を強力に酸化させ機能低下を引き起こす「フリーラジカル」を老化の根本要因ととらえる。
これに対し、さまざまな物質が酸化作用を抑制しているが、加齢によって減少し働きが悪くなる物質がある。これを補うのが冒頭のサプリメントだ。これらを上手に補うことで老化を抑えることができるという。ただしサプリメントに頼らず、生活改善を同時に行うことも重要と説く。老化に抵抗したい人にお薦め。
| 数学的思考法―説明力を鍛えるヒント 講談社現代新書 | |
![]() | 芳沢 光雄 講談社 2005-04-19 売り上げランキング : 4,638 おすすめ平均 ![]() 数学の面白さ満載です。 皆に読みやすい本! 熱い数学の生きる力Amazonで詳しく見る by G-Tools |
算数・数学は「考えること」を学ぶものであるはずなのに、「条件反射丸暗記」学習法がもてはやされ、学校教育においても考える力を養うことがなおざりにされている。本書はそんな風潮に警鐘を鳴らし、数学的思考の使い方や面白さをわかりやすく説く。
たとえば、「確率」に思考上の試行錯誤を加えたものが「戦略」で、いろいろな確率をもったさまざまな事象のどのルートを通って目標へ到達するかを考えるのが「戦略的思考」だ。あるいは「類別」「期待値」「相関図」「ロジスティクス曲線」等々は、マーケティングや組織戦略を考える際に役に立つ。また「仮定から結論を導く」こと、「3次元で説明する」ことができれば、説得力は増す。
経済やビジネスのみならず、社会や政治、身の回りのさまざまな問題を考えるとき、数学的思考は不可欠のものであり、「説明力」においても、算数や数学で学ぶ論理性が大いに役立つということがよくわかる。
| Our face―日本に暮す様々な人々3141人を重ねた肖像 | |
![]() | 北野 謙 窓社 2005-06 売り上げランキング : 73,182 おすすめ平均 ![]() 不思議な写真集 平均、それは個性だ。Amazonで詳しく見る by G-Tools |
以前、幕末維新の志士の集合写真を見たことがある。頬骨が張り、眉毛が濃い。顎が張り出し唇が厚い。単に個性的というのでなく、顔の構造自体が現代人とは違っている印象である。わずか120~130年前に生きていた人たちだが、現在、街で彼らのような「顔」を探そうとしてもまずお目にかかれない。
意欲的な写真集が出版された。現代に生きる人たちの“顔”に注目した。この写真集がユニークなのは、地域や職業などでグルーピングして何枚もの肖像のネガを重ねて焼き付けていくという作業を繰り返している点だ。礼文島の漁師51人、ねぶた祭りの跳ね人80人、出羽三山の修験者60人、群馬県大泉町に住む在日ブラジル人50人、大阪・曾根崎新地のホステス29人……。職業や年齢である種、重なって見えるものがあるから不思議だ。
カメラマンの著者、北野氏は訴える。「世界に中心など存在しません。世界はたくさんのローカルの集積によって成り立っているのだと私はイメージします。盛んに言われているグローバルという言葉を、そんなふうに、個やローカルの集積として、誰もが持っている顔というイメージのなかに捉え直そうというプロジェクトです」。
本の最初に掲載されている写真は日本に暮らす人3141人を重ねたものだ。男のような女のような。若者のようなお年寄りのような。これが現代の日本人なのだろう。「個性とは幻想である」という本書のキャッチコピーが真に迫ってくる。
今後、“our face”の円環は世界各地のさまざまな地域を舞台に無限に広がっていくという。行き着くところは、人類の肖像か、はたまた「無」か。【評者 評論家 南田昭浩】
| 投資家よ騙されるな! ウォール街 欺瞞の血筋 | |
![]() | チャールズ ガスパリーノ 田村 勝省 東洋経済新報社 2005-07-29 売り上げランキング : 8,163 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
| ファンド資本主義とは何か | |
![]() | 武藤 泰明 東洋経済新報社 2005-07-15 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
投資家として目先の利益を狙うとしても、企業経営を長期的視点から考えるとしても、近年の資本市場の変貌ぶりからは目が離せない。ITバブルで痛い目を見た投資家にとって、その裏に何があったのか知る必要がある。また近年のライブドアとフジテレビの日本放送株をめぐる抗争は、明らかに新たな資本主義の台頭を浮き彫りにしている。
『投資家よ、騙されるな! ウォール街 欺瞞の血筋』は、IT株バブルの背後にあった大陰謀をジャーナリストが明らかにしている。アナリストがIT株をあおり、投資銀行部門が儲けるという不正が続き、捜査当局の手も入っているウォール街のカネまみれの実態を明らかにしている。
『ファンド資本主義とは何か』は、ファンドによる大買収時代の到来を、日本型資本主義の破壊と創造の過程と見なす。法人資本主義でもなく、株主資本主義とも違う。買う側に経営戦略や事業戦略はなく、買収が利益をもたらすかどうかだけである。今後、株主、経営者、従業員はどう備えるか解説したものである。
| 靖国問題 | |
![]() | 高橋 哲哉 筑摩書房 2005-04 売り上げランキング : 257 おすすめ平均 ![]() 誠実な著作 今までの問題の総整理 靖国問題の近代性を明確化Amazonで詳しく見る by G-Tools |
小泉首相の靖国参拝は、四面が鏡のエレベータで自分だけを見続けているナルシストの姿に見える。本書はこの鏡の壁を破り、他者の顔が見える「論理」によって靖国問題の本質に迫ろうとした戦後世代の哲学者による「解体新書」である。
まず現状診断として、参拝を要求する遺族と拒否する遺族とには深刻な感情的断絶があり、それぞれに共感する人々に同様の断絶がある。その根本的理由は靖国が遺族の悲しみを喜びに換える「感情の錬金術」施設、「追悼共同体」の役割を果たしてきたからであって、それは戦後も変わらない。これを解きほぐす道はあるのだろうか。
靖国は戦死者でないA級戦犯らを含む246万柱を合祀しているが、遊就館に見るように、過去の戦争を「正戦」とみなし、犠牲者・被害国の立場を問わない「戦争神社」の象徴となっている。仮にA級戦犯の分祀が実現したとしても、中韓両国との「政治決着」でしかなく、植民地支配や侵略に関する歴史認識の対立は続かざるをえない。
これに宗教の性格と教義がからむ。戦前の靖国は陸海軍所管の神社で、他の宗教を超越する国家宗教として天皇の意志により戦死者を合祀したが、一宗教法人となった戦後も、政府の支援を受けつつ遺族の意志にかかわりなく合祀を進め、信教・国籍・民族の違いに基づく取り下げ要求や分祀は、教義を理由に一切拒否する。しかし著者は、古来の神道にない創設時の教義であって、変更は可能だという。
一方、無宗教の国立追悼施設には、死者との共生を説く江藤淳の文化論的提案を含め、強い警戒感をもつ。歴史認識が曖昧なかぎり、国家目的に貢献する日本人だけを追悼する「第二の靖国」になりかねないからだ。
結論は、〔1〕靖国は首相や天皇の参拝など国家機関との癒着を完全に断ち、〔2〕信教の自由を保障して合祀取り下げに応じ、〔3〕遺族が望む戦死者だけを祀る一宗教法人として今後も存続する。歴史認識の対立は自由な言論で克服し、「第二の靖国化」には不戦の誓いを現実化する努力で対抗すべきだとする。自由な社会が目ざすべき方向であろう。
著者は最後に、次男を前年に戦死させた石橋湛山(元東洋経済新報社社長、のち首相)の「靖国神社廃止の議―― 難きを忍んで敢えて提言す」(本誌1945年10月13日号)を紹介し、無武装国家・戦争責任論とあわせ、先駆的な靖国論として高く評価する。石橋は当時、戦前体制の改革を次々と提案していた。日本の将来のために「国民に永く怨みを残す記念物は如何に大切なものと雖(いえど)も一掃し去ることが重要だ」と述べた真意を再吟味してみる時ではないか。【評者 山口 正 現代史研究家】
| 松方正義―我に奇策あるに非ず、唯正直あるのみ | |
![]() | 室山 義正 ミネルヴァ書房 2005-06 売り上げランキング : 65,845 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
日本にはかつて元勲(のち元老)と呼ばれ、超法規的な権力を振るった政治家たちがいた。彼らは維新の功臣であり、天皇を補佐して重要な政務に影響を及ぼした。明治期には伊藤博文、山県有朋、黒田清隆、井上馨、西郷従道、大山巖、松方正義の7名が元勲であった。
このうち松方正義は薩摩藩の出身であったにもかかわらず、最初は目立たない存在であった。松方が頭角を現したのは、大久保利通が暗殺に斃れてのちのことであった。もっとも松方は、派手な政治手腕を振るったわけでなく、どちらかと言えば地味な財政・金融制度の整備にその全力を傾注した。「地租改正」「紙幣整理」、そして「金本位制確立」がそれである。
本書は、松方の財政運営と経済政策を非常に高く評価している。特に不退転の決意を以て断行した「紙幣整理」は、銀貨と紙幣の格差を解消し、銀本位による兌換制を確立し、おりからの銀価低落もあずかって日本の企業勃興をもたらした。日清戦争後の金本位制移行に際しても、天皇の信認を一身に受けた松方は、この難事業を成功させた。その際、松方の「正直」と「信義」に基づく政治姿勢が、市場における投機的な期待を抑え、人々をして「正業」に向かわせたとの指摘は興味深い。
しかし、松方の説明が十分であったかについては、当時の状況をより詳しく分析する必要があろう。デフレによってダメージを被った人々は時に実力に訴えてそれに抵抗した事実も忘れてはならない。また金本位制移行の是非を検討した貨幣制度調査会では銀本位制維持の意見が大勢を占めたにもかかわらず、松方の意を挺した委員のトリッキーな手段によって覆された。「正直」という政治姿勢がこの場合にも貫かれたと見るべきなのであろうか。【評者 中村宗悦 大東文化大学経済学部教授】
| 幻想曲 孫正義とソフトバンクの過去・今・未来 | |
![]() | 児玉 博 日経BP社 2005-06-03 売り上げランキング : 765 おすすめ平均 ![]() 読んでください。 実にロック! 現代の下剋上物語は、ロックスターから経営者になった。Amazonで詳しく見る by G-Tools |
プロ野球への参入問題で世間を騒がせたこの三人はIT革命時代の新しい企業家として人気を集めているが、果たして新しい時代を切り開いていく革命家なのか、それとも古い秩序を壊すだけの「壊し屋」にすぎないのか。
九州、佐賀県の無番地で、強制労働のために日本に連れてこられた在日韓国人の3世として生まれた孫正義が差別に抵抗してアメリカに留学、そこでコンピューターに開眼、日本に帰って大成功したという話はあまりにも有名である。
無番地時代にまで遡って孫正義が成功していく過程を詳しく追っているのだが、雑誌に連載したのを本にしたためか、話が前後して、行ったり来たりするので読みづらい。
問題の核心は、孫正義は果たして新しいタイプの企業家といえるのかどうか、ということである。
メインバンク・システムに抵抗して興銀と対立し、野村證券に頼って資金を調達する。こうして旧秩序に抵抗するのだが、それによって調達した資金でヤフーをはじめ、さまざまな企業に投資したり、買収していく。それは企業家ではなく、単なる投資銀行家ではないか。
「選択眼のいいギャンブラー」というのがソニーの出井伸之前会長の孫正義に対する評価だというが、ギャンブラーは企業家ではない。孫は「日本のビル・ゲイツ」と呼ばれているのに対し、自分は「世界の孫だ」と言っているという。
また「他人のふんどしで頑張る」とも言っているというが、その孫をどう評価するか。「時代が生んだ一代の梟雄」というのが結論だが、これではわかりにくい。
| ホンダ 夢を実現する経営 世界を快走する秘密を探る | |
![]() | 小宮 和行 PHP研究所 2005-04-21 売り上げランキング : 61,486 おすすめ平均 ![]() ホンダを知るにあたっての導入書にぴったりAmazonで詳しく見る by G-Tools |
ホンダの企業DNAとは何か。世界各地のホンダ関係者へのインタビューから「ホンダイズム」の内面に迫るのが本書の狙いだ。
「ホンダはアメリカン・フィロソフィーのもとで受け入れられてきた会社」と著者はいう。「善し悪しをフェアに評価する」米国市場で、排ガス規制などの社会問題に応えてきただけでなく、独自開発CVCCエンジン搭載の「シビック」を投入するなど、「バイタリティやチャレンジ精神」を貫いた。「ホンダらしさ」の追求こそが、自動車の最大市場で成功を収めた理由だったことに改めて気付かされる。
歴代の経営トップは「他社のモノ真似をしない」「リスクを冒してでも徹底的にやり抜く」「世の中に役立つことが存在理由」と異口同音に語る。「ホンダイズム」の源泉とは、結局のところ、創業者・本田宗一郎に行きつく。豊田家を中心とした団結力を誇るトヨタの企業文化と対比させながら読むのも一興だ。
| 写真が語る第二次世界大戦 | |
![]() | サイモン・アダムズ あすなろ書房 2005-05 売り上げランキング : 58,253 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
推定死者数5500万人を出した第2次世界大戦が終結して、今年で60年。いまだその戦禍をわが身に引き受け生きなければならない人がいる。わが国の場合は、いうまでもなく、原爆の被爆者たちである。
しかも大戦の傷は、個人だけではなく国家にも残ることもある。たとえばヨーロッパの旧連合国でVデーといえば、ドイツが無条件降伏した5月7日を記念する日であるが、かつてイギリスでは、執拗にもV‐Jデーを祝うこともあった。これは、日本が無条件降伏した8月15日を記念していたのだ。このような第2次戦争観が国際的な相互理解を難しくしている。
本書は、イギリス人の著作であるが、自国にバイアスをかけず、実に公平な立場から記述されている。日本の記述にも、充分に配慮がなされている。このような記述の積み重ねによって、相互に共通の歴史観を屹立させることができるのである。
| アースダイバー | |
![]() | 中沢 新一 講談社 2005-06-01 売り上げランキング : 213 おすすめ平均 ![]() 美しいイメージ 縄文と 古代の連続性 歴史認識の欠如した学術的価値は全くない一冊Amazonで詳しく見る by G-Tools |
堅い土の洪積層と砂地の沖積層。二つの地層を丁寧に追っていくと、かつてどこまでが海だったのかがわかる。そこに縄文から弥生にかけての集落や、古寺、神社の位置を重ねていく。こうして作った地図を片手に著者が東京の町を歩いたのが本書だ。寺、神社、墓地は決まって縄文時代の岬だった場所にあるという。「上空に舞い上がったのち一気に大地の底へと突入していく、垂直的な知性の冒険」を読者は体験できる。
なぜ東京は放射線状ではなくドーナツ状に広がる都市になったのか、新宿の商品文化と猥雑性の微妙なバランスはどこから来るのか、渋谷に薫る死の臭いとは何か、著者は地中深く“ダイビング”を繰り返す。
著者が言うように、東京では他の大都市では見えなくなった人間の精神層が地表近くでむき出しになって資本主義的な現代の思考とループ状に結び合っているのだとすれば、そんな土地に住まうわれわれは何とラッキーなことだろう。
| 虚構の景気回復 - 「統合と分断」の時代をいかに生きるか | |
![]() | 水野 和夫 中央公論新社 2005-05-11 売り上げランキング : 2,491 おすすめ平均 ![]() 精緻な論理展開で、独創的な主張 グローバル経済分析の視点が分かるAmazonで詳しく見る by G-Tools |
「新しい現実には新しい理論を用意すること」。当然のことだが、実行は意外に難しい。特に正統派を自認する経済学者やエコノミストほど、使い古されたテキストや「手前味噌」の計量分析に解答を求める傾向が強い。その代表が、昭和恐慌や世界大不況時の政策を「失敗の教訓」にして、デフレ克服のためには何でもありの量的緩和を日銀に迫る“インフレ万能論者”たちだ。インフレ目標の設定も辞さずに物価上昇の期待を醸成し、実質金利の引き下げに成功すれば眠っていた企業投資や個人消費が覚醒して日本経済は長期停滞から脱却できると彼らは主張するのだ。
これに対して、著者はそんな冷戦前の「一国単位」の議論は今や通用しないと一蹴する。グローバル化の進展によって「世界の貯蓄が一つになり、世界の投資も一つになり始めている」。そうなれば、世界の実質金利も一定の水準に「収斂する」からだ。日銀がいくらベースマネーを供給しても、巨大なアメリカの金融市場と旺盛な中国の投資需要に飲み込まれるだけで、日本の一般物価や長期金利に影響は及ばない。そう考えると、もはや国内物価をターゲットにした金融政策を継続する意味はなく、金融不安の解消を目的にして当初導入された量的緩和も「その使命をすでに終え」ているのではないか。
「本書を貫く視点は、IT革命とグローバリゼーションが引き起こす世界市場の『統合』と(その流れに乗り遅れた)国内経済の『分断』にある」(カッコ内は評者)。IT産業や自動車など世界市場に「統合」された「近代化経済圏」の産業の成長や循環は、日本よりもアメリカ、中国など世界経済の動きと同調している。だから、そうした産業の牽引で景気が回復しても「日本経済の自力による自律的回復」とはいえない。逆に日本国内の7割近い雇用者は世界市場から「分断」された国内の中小・非製造業で働いている。そこではいまだに所得の減少が続き、多くの企業は不良債務(=資産)の処理に追われている。まさに景気回復は虚構なのだ。
誤解を恐れず読後感を披露すれば、著者の関心は「統合」された「近代化経済圏」の発展よりも、「分断」された「ポスト近代経済圏」の地平をいかに切り拓くかにあるのではないか。それが、500年前にスペインが経験した衰退の轍を21世紀の日本が踏まずに進む条件でもあるからだ。その具体的な解答を著者には続編で期待したい。また、読者にはぜひとも本書をひもとき、斬新な歴史認識とオリジナルな統計に裏付けられた景気の見方・読み方の醍醐味を味わってほしい。【評者 高橋伸彰 立命館大学国際関係学部教授】
| 〈育てる経営〉の戦略―ポスト成果主義への道 | |
![]() | 高橋 伸夫 講談社 2005-04 売り上げランキング : 886 おすすめ平均 ![]() 人事労務に携わる人は四の五の言わずまず読んでくれ 研究書としては面白いが・・・ グローバル下での『個人の人生』と『企業に殉ずる』バランスは何処か?Amazonで詳しく見る by G-Tools |
本書は、ベストセラーの前著『虚妄の成果主義』の著者による成果主義批判第2弾であり、なかなかの好著である。
著者の主張は前作から一貫している。日本企業には成果主義は向かず、「日本型年功制」こそふさわしいというものだ。
著者は、日本企業のシステムの本質は、給料で報いるのではなく、次の仕事の内容で報いるところにあり、成果主義の犯した最大の罪は、そもそも賃金制度の問題ではなかった経営問題の多くを賃金問題に矮小化してしまったことと指摘する。これにより、次代の人材を「育てる経営」を実践してきた日本企業では多くの混乱が生じ、大切な価値観や思想が次々に破壊されてしまったと嘆く。
実際、日本企業の多くが「即戦力」の名のもとに、「育てる経営」を放棄してしまっているのは大いに憂うべき状況だ。著者は、こうした状況下で「育てる経営」の実践こそ大切とし、そのためには今こそ原点に立ち返り、従業員の生活を守り、彼らの働きに対して次の仕事の内容と面白さで報いるシステム、「日本型年功制」をより洗練された形で再構築することを目指すべきと説く。
本書は軽妙なタッチで書かれており、事例も豊富だ。非常に読みやすく、わかりやすい。特に金銭的報酬が動機付けにならないとして、拝金主義を煽る最近の風潮を一刀両断にしているあたりは清涼感さえ覚える。
また、一時メディアを賑わした中村修二氏の発明の対価の問題についても、「日本型年功制」に基づく著者の見解は非常に説得力があり、かつ面白い。
本書の内容については賛否両論があるだろうが、少なくとも本書が「成果主義」と「育てる経営」を真剣に考えるうえでの必読書であることは、間違いないだろう。【評者 黒田康史 ベンチャーキャピタリスト】
| 焼跡のグラフィズム―『FRONT』から『週刊サンニュ-ス』へ | |
![]() | 多川 精一 平凡社 2005-04 売り上げランキング : 39,064 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
戦争中、『FRONT』という大判のグラフ誌があった。といっても、知っている人は多くないはずだ。なぜなら、一般国民のために作られていたものではなく、海外向けの国策宣伝誌だったからである。初期には、英語、中国語はもちろん、タイ語、ビルマ語など16カ国語版が作られていた。当初は月刊の予定だったが、結局、4年間で10号しか刊行されなかった。
『FRONT』を制作していたのは、東方社という陸軍参謀本部の庇護の下にある特殊な会社だった。本書の著者、多川精一は、1942年に東京府立工芸学校を卒業すると、恩師で著名なデザイナー、原弘の薦めによって東方社に入った。
陸軍参謀本部と関係が深い会社といえば、国家主義者の巣窟のような感じがするが、実態はまったく違う。言論統制の強化と紙などの物資不足で、働く場がなくなりつつあった有能な編集者、デザイナー、写真家などの一種の“避難場所”だったのである。『FRONT』の内容は、もちろん国策に忠実なものだったが、制作スタッフには、左翼を含むさまざまな人々がいた。顔ぶれは今から見れば非常に豪華だ。前述の原弘のほか、林達夫、中島健蔵、木村伊兵衛、巌谷大四、薗部澄などのサムライたちが盤踞していた。
面白い話がある。当時、特高警察は、東方社が「アカの巣」であると認識していて目を付けていたが、同社は参謀本部と関係が深いため、特高の介入は禁じられていた。特高が近くの飲み屋で切歯扼腕していたという。このことを著者は、狼(特高)から身を守るため、虎(陸軍)の穴に身を潜めていたのだ、と述懐している。
本書は、戦中・戦後の編集・出版界の秘められた裏面史だ。こうして記録に残されたのは、非常に価値あることだと思う。【評者 福永 宏 編集委員】
| 行き場を失った動物たち | |
![]() | 今泉 忠明 東京堂出版 2005-06 売り上げランキング : 55,722 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
ツキノワグマ、ニホンザルなどの野生動物が人里に出没したり、ペット用に輸入された動物が、飼い主によってひそかに放され、さまざまな問題を引き起こす例をよく聞く。本書は、こうした野生動物の害を紹介し、原因を考察する。
たとえばイノシシは、作物を食い荒らし、人に突進して牙で突いたり、咬みついたりする。牙で動脈を切り裂かれ、出血多量で死ぬ例もある。北海道のキタキツネはエキノコックスという条虫を媒介する。感染すると肝臓に寄生して増殖し、肝臓障害から死に至る。
しかし、最大の問題は人間だ。キタキツネは大正時代に北千島から持ち込まれた種だし、イノシシだと思っているものの多くは、ブタと交配させて大型化したイノブタの場合が多い。自然を破壊して動物を本来の生活圏から追い出す、営利で輸入した動物を逃がす、故意に放すなど、被害の大半の原因は人間によるものだ。著者はこうした人間に強い警告を発している。
| カーニヴァル化する社会 | |
![]() | 鈴木 謙介 講談社 2005-05-19 売り上げランキング : 2,485 おすすめ平均 ![]() 現在の出来事を祭りと捉える新しい視点 梗概として読むべき むしろガイドブックとしてはAmazonで詳しく見る by G-Tools |
『希望格差社会』を著した山田昌弘は、フリーターを「夢見る使い捨て労働者」と名付けた。彼らが夢から醒めたとき、社会的に危機が訪れると論じる。本書の著者は、むしろ夢から醒めないですむ仕組みが社会にできつつあると指摘する。それが「カーニヴァル化する社会」だ。
「共同体」が自己の帰属意識を満足させることができない社会になった。そこでは、「共同性」をフックにした瞬間的な盛り上がりこそ人々の帰属感の源泉になる。インターネットや携帯の発達が自己目的的なカーニヴァルを可能にする。カーニヴァルとデータベースの共犯関係こそ、現代社会の大きな枠組みだと著者は喝破する。
著者の指摘が正しいとすれば、昨今、郵政民営化や靖国問題が国民的な盛り上がりにつながらないのも、「燃える」ものを政治の側が提起できないからか。カーニヴァル的政治の危険性をわれわれは再認識すべきだろう。
| ソニースピリットはよみがえるか 「愉快なる理想工場」の新たな挑戦 | |
![]() | 大河原 克行 日経BP出版センター 2005-06-20 売り上げランキング : 8,528 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
著者の大河原克行は、デジタル家電、ITなどの分野を中心に活躍するフリーランスのジャーナリスト。現場取材にこだわり、そこから業界動向や、企業の実態を浮き彫りにする丁寧な取材方法が特徴だ。その著者が「ソニーの今」を追ったのが本書である。
2期連続赤字となっている主柱のエレクトロニクス事業を復活させる――それが現在のソニーの大きな課題である。著者は「ベガ」「ハンディカム」「ウォークマン」「バイオ」といったソニーの主要エレクトロニクス製品群の開発、マーケティング、営業の各現場に足を踏み入れ、復活の行方を占う。
「ソニースピリットの復活なくしてはソニーの復活はない」と著者は断言する。とはいえ、ソニーの負っている傷は深く、新経営陣の課題も重い。それを痛切に考えさせられる一冊だ。



あくまで小説的なフィクションである。















歴史認識の欠如した学術的価値は全くない一冊


研究書としては面白いが・・・



