メイン > 週刊エコノミスト書評 『ブックレビュー』 > 2007年9月4日~9月11日

ワーク・フェア―雇用劣化・階層社会からの脱却
ワーク・フェア―雇用劣化・階層社会からの脱却山田 久

東洋経済新報社 2007-07-06
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欧米の労働理念を拡張し日本の雇用劣化、格差に提言

好調を維持している昨今の日本経済ではあるが、国民はさまざまな側面で不安を感じている。企業の業績の向上に比較して、労働者の所得の伸びは小さい。確かに雇用の「量」は増えているが、厳しい労働条件にさらされている非正規労働者の増加など、雇用の「質」は逆に劣化している気配がある。さらに、いわゆる「構造改革」によって、「勝ち組」「負け組」の格差が拡大したと言われる。本書は、こうした状況を打破するための、大胆な政策提言の書である。

この書評で一番強調したいのは、本書では優れた現実感覚に基づいた提案がなされているという点である。今では、多くの論者が政策を提案しているが、なかにはこれまでの構造改革的な政策はすべて間違っていると断じ、再び「大きな政府」を目指すべきだという論調も見られる。だが、本書はそうした論調とは一線を画している。

本書は、市場経済のメカニズムの活用・競争促進を通じて日本経済の持つイノベーション力を強化し、経済成長を促進させようとする構造改革的な政策は妥当な政策であると主張する。しかし、それと同時になされるべき社会システムの整備がなおざりにされてきたことこそ、責められるべき政策の失敗であるという。求められるのは、「職業人としての自立」を促すような政府の取り組みであり、その基本理念に、「ワーク・フェア」という言葉を適用しているのである。

そもそも、ワークフェアとは「就労を通じた個人の自立」を目指した欧米各国の政策のことであるが、著者はそれを意識しつつも、より広い概念に拡張している。そしてそれを構成するのは、就労形態の多様化、職業訓練の重視、福祉受給者に対する就労インセンティブの提供、仕事と育児・家事の両立支援、「同一価値労働・同一賃金原則」への収束──という5つの柱である。

実は、これらの政策の柱そのものに本書の斬新さがあるわけではない。むしろ、これらは今後の目指すべき方向性として多くの識者が強調してきたものである。本書のメリットは、往々にしてバラバラに提起されてきたこれらの政策を、「ワーク・フェア」という概念で統合して提起した点にあると思う。その背後には、企業・個人・政府の関係を再構築しない限りは、日本社会の針路が見えてこない、という著者の強い思いがある。

本書は、一級のエコノミストが提示した政策提言の書であり、今後の議論の「たたき台」となりうる力作である。【評者 太田聰一(慶応義塾大学経済学部教授)】

■2007/09/11, 毎日エコノミスト

ケインズ100の名言
ケインズ100の名言平井 俊顕

東洋経済新報社 2007-07
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おすすめ平均 star
star理論を把握するのは難しいものの絶好のケインズ入門書

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劇作家B・ショーに比すべき大経済学者の名言

ジョン・メイナード・ケインズは言葉の名手だ。その彼の言葉をケインズ研究家が集大成した。序論でケインズの生涯を概観したうえで、ケインズ語録をテーマ別に5章立てで構成している。

読み進むなかで、ケインズ先生の表裏がすべて見えてくる仕組みになっている。それぞれの名言には、必ず背景説明が付されている。そのなかに著者の信条と心情がにじみ出ている。それがケインズ語録とうまい具合の対位旋律を形成していて、よくできたデュエットを聴いているような気分になった。

100の名言から浮かび上がってくるケインズ像はどのようなものか。それはなかなかに自信過剰な人物像であり、大した野心家の姿である。

金もうけにも相当のこだわりがあったらしい。世が世なら、「何とかファンド」を作って、円キャリートレードなどに果敢に挑んでいるかもしれない。いわく、「外国為替市場の現在の混乱状況は……投機の絶好の機会を提供しています」。

そうかと思えば、拝金主義を嫌うモラリストの側面も随所に出てくる。自分のギャンブル好きを棚に上げて、「資本主義の本質的特徴……すなわち、……個人の金もうけ本能および貨幣愛本能への強力な訴えかけに依存しているという点」に不快感を唱える説教癖が面白い。

本書のおかげで、一つの大発見に至った。それは、劇作家のバーナード・ショーとケインズ先生とがとてもよく似た性格をしているということだ。本書の100の名言のなかに、ショー宛てのものがいくつかある。それらのメッセージの書きぶりが、実にショー的なのである。

ショーもまた名うてのエゴイストだ。そして言葉の魔術師ぶりは並大抵のものではない。そして口が悪い。毒舌が商売のような人である。嫌味のパンチの効き方には驚くべきものがある。そのショーに向かって、ケインズは「私の精神状況をご理解いただくには、世界が経済問題について考える方法を大きく変革するような……著作を執筆していると確信していることを、貴兄は知る必要があります」と豪語する。ケインズがショーの分身か、ショーがケインズの分身か。性格の悪さを競い合うこの2人、さだめし上質のしのぎの削り合いに打ち興じたに違いない。

経済は人間の営みだ。そこには人間のドラマがある。それを思えば、卓越の劇作家と卓越の経済学者が、ともに言葉の名手であるのは当然だ。この発見を与えてくれた本書に感謝する。【評者 浜 矩子(同志社大学ビジネススクール教授)】

■2007/09/11, 毎日エコノミスト

エスピオナージ
エスピオナージ麻生 幾

幻冬舎 2007-08
売り上げランキング : 2515

おすすめ平均 star
star面白いですけど。
starノンフィクションのように読める防諜小説
star公安(ハム)のエスピオナージの真骨頂!!

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沈底魚
沈底魚曽根 圭介

講談社 2007-08-10
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おすすめ平均 star
star微妙
star最近の乱歩賞は・・・
star思いがけず面白かった。

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濃密な諜報戦が展開 国産スパイ小説の秀作

英国に亡命したロシア人スパイ暗殺事件の暴露本が話題を呼んでいる。ここで、国産スパイ小説の秀作を2本。

麻生幾『エスピオナージ』(幻冬舎、1995円)は、そのものずばりの飾り気なしのタイトルのとおり、剛速球勝負である。密着取材と重厚なディテールで定評のある著者、今回も圧倒的に読ませる。ともかくページごとにぎっしり詰まった諜報戦世界の濃密さに暑気を忘れる。おっと、「熱く」ならなければいけないところか。

背信と虚無の渦巻くスパイの世界。ここには人間的真実は一かけらもないと思わせる。逆にいえば、最も人間臭い本質を持つ諜報戦が、その当事者たちを驚くべき非人間性に追いやってしまう。24時間態勢での監視行動は、される者にもする者にも同等の人間性蹂躙を強いる。

もちろんこれはスパイ小説だから、本筋は、日本の外事警察と某国情報部との熾烈な暗闘である。なぜ、何を目的に闘うのかは、お決まりのルールに従っている。だが、そうした様式の枠を打ち破って、諜報戦それ自体の、ブラックホールのような魔力が全ページにひそむ。ある意味、諜報戦争の微細なリポート以上に「背筋を凍らせる」毒性を放つ。スパイ活劇あなどりがたしの1冊だ。

この本を、紹介だけで「重てぇー」と感じる向きには、曽根圭介『沈底魚』(講談社、1680円)を。本年度江戸川乱歩賞受賞作。題材も重なるし、外事警察と某国情報部の暗闘をベースにしたところも相似。諜報戦にすべてを捧げる集団を描く一種の群像劇でもある。人間性をずたずたに分断されてしまった者らは小説の主人公たりえない、というわけだ。

2作を比べれば、こちらがはるかにリーダブル。つまり、初心者向きのつくりだ。「これがスパイ小説だ」の入門編だな。タイトルに由来する水族館のマンボウの比喩もわかりやすくて助かる。【野崎六助 作家・評論家】

■2007/09/11, 毎日エコノミスト

大江戸人情花火
大江戸人情花火稲葉 稔

講談社 2007-07-05
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おすすめ平均 star
starスリルと感動はまさに花火のような生涯

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著者インタビュー 稲葉 稔(作家)

江戸の花火師を支えた明るく前向きな恋女房

──江戸の花火を独占していた老舗「鍵屋」から独立し、「玉屋」を起こした男の一代記ですね。花火をテーマにしたきっかけは何ですか。

■花火大会などでよく耳にする「鍵屋!」「玉屋!」という掛け声が気になっていたんです。ある時、花火の小冊子を読んでいたら、鍵屋からのれん分けして玉屋ができたが、三十数年しか続かなかったという文章が載っていて、ぼくにとっては目からウロコでした。手代に店を開かせたらしいが、理由などは書いていない。これで小説ができるんじゃないか、と想像をふくらませ、調べていきました。

──主人公の清七は職人としては優秀だけれど、経営の経験は未熟で、いざ店を始めてはみたが、人を雇うのから材料の仕入れ、営業など次々と難問にぶつかる。それをどう乗り越えていくかが読ませどころでした。

■職人でいいやという気持ちだったから、自分でも商売は不得手という認識があったでしょうね。けれども店を任され否応なくこの世界に入った。いろいろな苦労があったけれど、女房のおみつに励まされて商売に目覚めたと思います。

──おみつは職人を探したり、お金の工面をしたりして商売を助けただけでなく、その一方で清七が女遊びにうつつを抜かしても我慢する。なかなかできた女性ですね。

■今の若い人にはちょっとないような、古風で芯の強い、明るい女性です。つらいことがあっても前向きで、夫を立てようとする。一番書きたかったのは夫婦の絆の大切さでした。

──玉屋が本家筋の鍵屋に負けまいと、必死に商売を広げていくところは、現代のビジネスにも通じますね。

■玉屋は、今の企業家が忘れているかもしれない、ビジネスの基本を守っていた。人を裏切らない、だまさない。信用とはどういうものであるかを身をもって知っていた。時代を問わず、商売を大きくした人に共通するのは、商売に打ち込み、ひとつのことに燃え、人を大事にすることです。

──今夏も日本各地で花火大会が盛況でした。花火のどこが人々を引きつけるのでしょうか。

■見る人によって違うでしょうが、花火は高く上がったところで幻のように消えていく一瞬の光。ひとつの切なさ、ある意味の夢もある。流れ星に夢を託す気持ちに通じますかね。

──脚本家から始め、冒険小説やSFなども書いてきました。最近は時代小説が多いようですね。

■前から書きたいと思ってきた世界なので、時代小説に抵抗はありませんでした。むしろ現代もののほうが書きにくい。警察小説や企業ものにしても、組織名はじめ新しいことが出てきて、追い付くのが容易でないですから。

──やはり江戸ですか?

■ええ、江戸は魅力があります。タイムマシンがあれば、江戸へ飛びたいくらい。しばらくは江戸を舞台に描くつもりです。

■2007/09/11, 毎日エコノミスト

食糧争奪―日本の食が世界から取り残される日
食糧争奪―日本の食が世界から取り残される日柴田 明夫

日本経済新聞出版社 2007-07
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おすすめ平均 star
star交差しつつある資源問題―エネルギーと食糧
starバランスよい問題提起本

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人口爆発大国・中国が食糧輸入国に転じ、地球温暖化で穀物収穫が不安定化。石油代替エネルギーのバイオマスがブームとなり、サトウキビなどが燃料に化けている。世界的な食糧不足が予想される。穀物輸入率28%の日本は生き残れるのか? 豊富なデータを駆使して、日本の「農」の問題点を解説し、あるべき食糧安全保障策を説く。

■2007/09/11, 毎日エコノミスト

石油 もう一つの危機
石油 もう一つの危機石井 彰

日経BP社 2007-07-26
売り上げランキング : 59

おすすめ平均 star
star現代石油市場を読み解くための良書

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2004年からの石油価格高騰は中国やインドの経済発展による石油需要増加によって需給が逼迫したため、という通説は誤りで、実は商品ファンドを通じたヘッジファンドからの資金流入で石油が金融商品化したため価格が上がった、と説く。第1次、第2次石油ショックと構造が違う今回の石油価格高騰を分析、資源ナショナリズムの現状などを分かりやすく解説する。

■2007/09/11, 毎日エコノミスト

日本孤立
日本孤立船橋 洋一

岩波書店 2007-07
売り上げランキング : 47881


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21世紀に入り自分探し(アイデンティティー)に没頭した日本は排他的風潮が蔓延し、外交は民族情念の格好のはけ口に使われた。戦略なき日本外交は総崩れに近い形で敗北した。「日本孤立」が迫る。解決策は歴史問題を克服し、一国主義と独善主義を排し、世界と共生することだ、と説く。嫌中論、嫌韓論、反米論を超える、しなやかに開かれた論理は説得力十分だ。

■2007/09/11, 毎日エコノミスト

フラット革命
フラット革命佐々木 俊尚

講談社 2007-08-07
売り上げランキング : 502

おすすめ平均 star
star集合知なのか烏合の衆なのか
star教科書が教えないWeb2.0
star読みごたえ十分な「ウェブ現実論」

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著者のフラット化とは、権威をまとった人々が言説を独占するのではなく、無名の人々が発信の機会を持つことである。同時に、発信の根拠は社会的地位ではなく、発信内容の説得力のみに依存するということである。著者は、こうしたインターネットが公共性を担えるかと迷う。しかし、最後には発信内容に責任を負う発信者によって新しい公共性が担われると確信する。その確信に疑問を持ちつつ、コミュニケーションの構造変化を直視する必要を痛感する。

■2007/09/11, 毎日エコノミスト

幼児化する日本社会―拝金主義と反知性主義
幼児化する日本社会―拝金主義と反知性主義榊原 英資

東洋経済新報社 2007-07-06
売り上げランキング : 3812

おすすめ平均 star
star回答ではなく、解答が出来るようになる本
star失望した
starちょっと期待はずれ

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通貨政策の責任者である財務官を務め“ミスター円”の異名をとった著者が、家族や教育、企業倫理の崩壊、メディアの堕落などを具体的に論じ「拝金主義と反知性主義」がまかり通る日本社会の退行現象を分析。小泉政治に象徴される「シロかクロか」の二分割的発想が蔓延する日本社会に警鐘を鳴らす。浅薄な経済成長至上主義的“改革”ではなく、真の改革への課題を考えるうえで示唆に富む問題提起書。

■2007/09/11, 毎日エコノミスト

狂気という隣人―精神科医の現場報告 (新潮文庫 (い-84-1))
狂気という隣人―精神科医の現場報告 (新潮文庫 (い-84-1))岩波 明

新潮社 2007-01
売り上げランキング : 24239

おすすめ平均 star
star精神障害
star岩波先生、ありがとう
star臨床医師ならではの本。

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精神科救急医療の現実

最近、何か精神科がらみの問題があると、気軽に引き受けると思われているせいか、コメント取材が殺到する。

こんな火事場泥棒みたいな仕事はしたくないのだが、精神科医療に関する誤解が生じそうな時は、率先して取材を引き受けるようにしている。

最近も、たまたま横綱が心の病になった。そしてその横綱を診察した精神科医が、このまま数日でうつ病になりそうな状態と診断し、うつ病になったら大変だから故郷に戻すべきだと、述べた。

しかし、うつ病になったら取り返しがつかないという発言は、現在、うつ病で苦しんでいる人が100万人単位でおり、その多くが、自分が治らないのではないかと心配している現状を考えると、軽率な発言だ。また薬をなるべく使わないほうがいいという意味に取れる発言も、患者に薬を飲んでもらうのに苦労している臨床医にとっては迷惑な発言だ。

そういう誤解を解くべく、結局、かなりの取材を受けることになった。

だが、それ以上に誤解が多いのは、触法精神科患者である。

精神障害者が犯罪を起こす度に、罪にならないことへの批判や野放し論が出て、一方で人権派の精神科医などが、治療環境の悪さと病者差別反対で応戦する。

そんななか、日本の精神科医療の不備、特に精神科の救急(本来、こういう患者が一番「危険な」はずなのに)医療の未整備に鋭くメスを入れた本を見つけた。『狂気という隣人』(新潮文庫、460円)。著者の岩波明氏は、都立松沢病院に長年勤務したこの道の実務家である。

救急隊は、病気をもった患者の搬送を行うのに対し、挙動が異常だったり興奮状態の場合は警察が搬送する職務があるのに、これを拒否する現実、また搬送しようにも東京のように精神科救急がしっかりした地域(それでも断られることがあるが)以外では、その受け入れ先がない現実、さらに精神障害者が人にいきなり怪我をさせても、殺人でなければ警察が起訴できないので面倒がって精神病院に委ねてしまう現実……。

本書は2004年に出た単行本の文庫化で、その後、「心神喪失者等医療観察法」が施行されたが、実態はほとんど変わらないという。保安のためにも精神障害者のためにも何とかしてほしい問題だ。【和田秀樹 精神科医】

■2007/09/11, 毎日エコノミスト

イギリス紳士のユーモア (講談社学術文庫)
イギリス紳士のユーモア (講談社学術文庫)小林 章夫

講談社 2003-07
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おすすめ平均 star
starイギリス「紳士」のルーツと秘密
starイギリス紳士のユーモア
starイギリス紳士とは!!

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スキャンダルと公共圏 (YAMAKAWA LECTURES)
スキャンダルと公共圏 (YAMAKAWA LECTURES)ジョン ブルーア 近藤 和彦 John Brewer

山川出版社 2006-05
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イギリス紳士はいかに生まれたか

ロシア紳士はドイツ人コメディアンと同様にこの世でありえないこととか。それに反して、紳士といえばイギリス人というのが相場になっている。

小林章夫『イギリス紳士のユーモア』(講談社学術文庫、924円)は、この相場がどうして生まれてきたかを説き明かす。歴史をたどれば、貴族はそのまま紳士ではない。ただ紳士とは血筋のよさを感じさせる人物でなければならない。そのためには教育が肝要なのである。古くは家庭教師に仕込まれ、あのアダム・スミスも家庭教師として大金の報酬を得ていたという。やがてパブリック・スクールが代わり、大学で仕上げがなされる。その双璧がオックスフォードとケンブリッジである。

ところで、この2校の出身者はどう違うのか。「オックスフォード出身者は、まるで世界は自分のものだと言わんばかりの顔つきをしている。一方、ケンブリッジ出身者は、世界が誰のものでも少しも構わぬという顔つきをしている」とある主教が言ったとか。イギリスの知人たちを思い浮かべながら、にんまりしてしまうのだ。

18世紀、先進国にのし上がった時、今さらフランスの優雅洗練でもあるまいという自負心がイギリス紳士を生み出したともいう。苦境の時でも平然とふるまうのが紳士の鑑なのだ。だから、ユーモア感覚抜群のチャーチル首相は「私は国のためなら、一命を捨てる覚悟はいつでもできています。ただそのときが、一刻でも遅からんことを願っております」と。

18世紀の啓蒙歴史家ギボンが「よき友であり、強靭な精神、機知とユーモア、大いなる知識をもちながら、徹底した放蕩者で品性と美徳に欠け涜神と猥談に満ちた」と名指した男がいる。急進政治家ジョン・ウィルクスは政治指導者の醜聞を暴露して国民の信望を失墜させることが狙いだった。

当時のイングランドは極めて上品な時代といわれることが多い。だが、その政治社会の裏表、あるいは公職者の私生活についての感覚をめぐって、ジョン・ブルーア『スキャンダルと公共圏』(山川出版社、1995円)は鮮やかなイメージで描いてくれる。【本村凌二 東京大学教授】

■2007/09/11, 毎日エコノミスト

金融NPO―新しいお金の流れをつくる (岩波新書 新赤版 1084)
金融NPO―新しいお金の流れをつくる (岩波新書 新赤版 1084)藤井 良広

岩波書店 2007-07
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おすすめ平均 star
star営利と非営利の金融をつなぐ制度設計

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【評者 渡辺 孝 文教大学国際学部教授】

「金融NPO」は怠慢な銀行や行政へのアンチテーゼ

「企業」とは、財やサービスの提供を通じ、利潤を上げることを目的とした組織である。同時に企業は、こうした活動を通じ、人々のニーズに応え、それによって社会に貢献することも期待されている。しかし、最近の企業を見ると、前者のみが目立つ場合が少なくない。

わが国の銀行はその最たるものであろう。バブル期における野放図な貸し出し競争と、その後の強引な「貸し渋り」「貸し剥がし」はそれを如実に物語る。

一方、社会には「金融の力を借りて、自分の夢を実現したい、地域の活性化を図りたい、起業したい」というニーズは根強い。しかし、銀行はこうした資金ニーズに対して、収益性やリスクが定かでない、という理由で門前払いをするのが通例だ。「ならば自分たちの力で必要なお金を集め、必要なところに回そうではないか」という市民の活動が出始めている。こうした活動を本書では、「金融NPO」と呼んでいる。

本書が紹介する金融NPOの支援事業は、反戦映画製作、高齢者福祉、環境保全、地域活性化、多重債務者救済、起業支援など極めて多岐にわたる。

これらの事業は一見、収益性に乏しく、リスクは大きい。しかし、事前の確かな「目利き」と事後的なケアさえあれば(実はこれらは本来、銀行業が最低限具備すべき機能である)、貸し倒れ率は極めて低水準に抑えられる。著者は元日経記者という経験も活かし、本書でそれらの実例を丹念に紹介している。

本書では、金融NPOに対するわが国の立法・行政面での支援が、欧米に比べて大きく立ち遅れていることも指摘する。わが国においては、金融NPOは「貸金業規制法」によって規制されており、最近の悪徳サラ金締め出し策が、結果として金融NPOの存立を危うくしているという。

ところが、米国では政府が金融NPOを強力に支援している。例えば、地域再投資法(CRA)は、銀行に対し、地域社会に対する貢献義務を規定し、その達成度が一定レベル以下になると、合併・統合、店舗新設などの面で、大きな制限を受ける。同時に政府は、毎年かなりの財政資金を非営利金融機関である地域開発金融機関(CDFI)に投入している。

こうした面における彼我の差はあまりにも大きい。本書が指摘する一連の事実は、「わが国の銀行や金融行政は、本当に人々の期待に応えているのか」という本質的な問題点を、改めて問い直すものと言えよう。

■2007/09/04, 毎日エコノミスト

忍法さだめうつし
忍法さだめうつし荒山 徹

祥伝社 2007-07
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おすすめ平均 star
star山風の唯一正統な後継者!最新刊
star「では、妖術に頼ろう」

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天平冥所図会
天平冥所図会山之口 洋

文芸春秋 2007-07
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おすすめ平均 star
star天平時代早分かりファンタジー
star奈良時代を舞台にしたミステリー+ファンタジー

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荒山徹『忍法さだめうつし』は、4編の伝奇短編で日韓の怨念の歴史をたどっている。

元寇は、元軍による日本侵略と思われがちだが、実際は高麗軍が主導していたという。朝鮮半島を荒らした倭寇は、元寇で高麗の被害を受けた日本人の恨みだったというが、「忍法さだめうつし」はこの史実を踏まえ、忍法を使って高麗王朝を滅ぼす壮大な謀略が描かれている。

「怪異高麗亀趺」では、高麗を興した王建と高麗を滅ぼした李成桂が、時空を超えて呪術戦を繰り広げ、「対馬はおれのもの」では、情報操作をして日本侵略を企てる李成桂の野望が描かれていく。

元寇に対する謝罪も補償もせず倭寇取り締まりを日本に要求する高麗の態度は、植民地政策の総括をしないまま戦後処理は終わったとする現代日本の姿に重なる。また偽情報で侵略戦争を進める李成桂が、アメリカによるイラク攻撃のパロディーになっているなど、伝奇的な手法で現代まで続く歴史の“闇”を暴いたところも見事だった。

山之口洋『天平冥所図会』(文藝春秋、1650円)は、天平時代の小役人の悲哀がテーマとなっている。

葛木連戸主と和気広虫夫妻は、行き倒れの少年の父を探すため奈良の大仏の建築現場へ赴いたり、正倉院に収める宝物を選ぶ作業をしていたら、それが権力闘争の道具になっていることを知ったりと、気苦労が絶えない。

まだ怨霊が信じられていた天平時代のこと。作中には本物の幽霊も登場するが、彼らは非業の死を遂げたり、過労死したりした社会的弱者ばかり。権力者に切り捨てられた幽霊の叫びは、現代人にも共感できるはずだ。【末國善己 文芸評論家】

■2007/09/04, 毎日エコノミスト

強いリベラル
強いリベラル加藤 紘一

文芸春秋 2007-06
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おすすめ平均 star
star印象論が多く、「リベラル」「保守」の語用に違和感も感じます
star自主自立の精神を欠いた他国(国連)依存主義
star優れて知的な名著

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著者インタビュー 加藤紘一(自民党元幹事長)

市場原理派と対決する理念の一方の旗に

──市場原理に対抗する理念としてのリベラルを「他人を気遣う心」と定義したい、と述べています。

■民間の活動に任せれば公平で効率的になってうまくいくという米国流の市場原理主義で5、6年やってみたら、とんでもない社会が生まれ始めたわけです。国民を沸かせた「小泉劇場」がはねて、はっと見たら地域社会はズタズタ、自分の財布も薄くなっている。各人の欲望を最大限に追求することを善と考える市場原理主義ではうまくいかないことがはっきりした。自分だけではなく、他人とともに幸福になっていこうという思いやりを第一に置く、それがリベラルだと思うのです。本来の保守も地域社会でリベラルを基盤としており、田んぼの真ん中に巨大スーパーを造って地域コミュニティーを壊してしまうこととは矛盾するのです。

──「強い」と強調する理由は。

■地域社会の中で人々が話し合うことで自己中心的ではない共通の価値観を持つと、あまりに過大な要求は言えなくなる。そういう地域に根を下ろしたリベラリズムこそが長続きします。政治的基盤という意味でもそうですし、国に対するサービスの要求もどこまで求めていいかとの判断が地域でできる。それは「大きな政府」にならない歯止めにもなる。そうした訓練を経たリベラリズムが「強いリベラル」です。

──議員バッジを外さないと分からなかったことですか。

浪人中の1年半、地元で何百回も少人数の会合を開いて人々と話し合わないと見えてこなかった分もありましたね。地方は収入は少なくとも生活上手で豊かだった。でも人の集まりや地域の価値観までが壊され始め、怒りにも似た感情がたまっていた。それが7月の参院選で自民党が惨敗した大きな理由ですが、党三役で月に1度地元に帰り、大集会をするだけではそういう声は拾えなかったでしょう。

──地域社会を再生するために格差や教育、農業などについて「加藤プラン」を具体的に打ち出していますが、自民党の中で支持が広がりますか。

■広げないと自民党は終わる気がします。小泉チルドレンも感度のいい若い議員だから、有権者の空気が変わったぞと、気づき始めていると思います。

──あとがきは「私は、日本の『強いリベラル』の旗を今高く掲げます」で終わっています。政界再編を見越して「この指止まれ」ですか。

■生臭く書いたつもりはありません。ただ、永田町は次の衆院選をまたいで波乱怒濤の1年に入っていく。党内の流動化や政界再編をめぐる大仕掛けな論争、それに反発する保守基盤などいろいろなことが起きる。その時、どういう国造りを進めるのか。市場原理派とはっきり対決する理念の一方の旗に「強いリベラル」の考え方がなりうるという思いはあります。市場原理派は対米重視、「強いリベラル」は日米中のバランス論と、外交や国際問題でも路線が分かれる面白い現象になっています。

■2007/09/04, 毎日エコノミスト

経営を見る眼 日々の仕事の意味を知るための経営入門
経営を見る眼 日々の仕事の意味を知るための経営入門伊丹 敬之

東洋経済新報社 2007-06-29
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おすすめ平均 star
star難しいことをわかりやすく解説
star目が覚めました
starまさに「経営を見る眼」を養うための優れた現代的好著!

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「人はなぜ働くのか」など基本的な問題から説き起こし、経営を読み解く視点を徐々に深めていく構成。“伊丹経営学”のエッセンスが、21章にわたって肩の凝らない文章で綴られている。結びの言葉「経営は、人間の総合判断力の幅と深さを鍛える、絶好の知的営為である」という著者の思いを念頭に読み進めば、サラリーマンが日々の仕事の意味をより深く考える貴重な素材を提供してくれるだろう。

■2007/09/04, 毎日エコノミスト

「軍事植民地」沖縄―日本本土との〈温度差〉の正体
吉田 健正 (著)

米空軍は最新型戦闘攻撃機F22Aの嘉手納配備を検討中という。最新鋭パトリオット・ミサイルはすでに入った。米軍再編が進んでも、日本国土の0・6%しかない沖縄に在日米軍基地の約75%が集中する「軍事植民地」の姿は変わらない。基地がなくなれば沖縄が困る、という政府の言い分は現実離れしている、と説く。「本土」の身勝手さを実感させられる本だ。

■2007/09/04, 毎日エコノミスト

自衛隊―変容のゆくえ (岩波新書 新赤版 (1082))
自衛隊―変容のゆくえ (岩波新書 新赤版 (1082))前田 哲男

岩波書店 2007-07
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star軍拡指向の自衛隊を実証
star日本のこれから

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民主党が参院第一党に躍進しテロ対策特措法延長反対を宣言した。日米安保協力に変化の芽が見えてきた。いつの間にこんなに確固とした日米軍事同盟ができてしまったのか? 自衛隊は米軍の補助機関になり下がったのか?そんな問いに懇切丁寧に答える。防衛省発足の意味、海外派遣を自衛隊の本務とした法改正の意味など、その歴史と今後を国民の視点で解説する。

■2007/09/04, 毎日エコノミスト

金・銀・銅の日本史 (岩波新書 新赤版 1085)
金・銀・銅の日本史 (岩波新書 新赤版 1085)村上 隆

岩波書店 2007-07
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star金属材料からみた日本史
star人を魅了して止まない金属の色
star工学者による考古学概論

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「日本は金属の国だった」と著者はいう。金・銀・銅が日本の歴史に現れるのは古いが、あくまで特別な存在だった。それが、鉱石を掘りだし、製・精錬する技術、製品に加工する技術の双方が国内で確立し、人々の生活のなかに金属が入り込んでいったのは、16世紀の石見銀山の開発以降だというのが著者の見方。博物史でも経済史でもなく、材料科学の分析手法を使って編み上げたユニークな日本史だ。

■2007/09/04, 毎日エコノミスト

日本はなぜここまで壊れたのか
日本はなぜここまで壊れたのかマークス 寿子

草思社 2006-10-26
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star思っていたのと違ってた
star富と地位を持った熟年女性の、性質の悪いボヤきエッセイ
star愚痴の本

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なぜ日本の地域社会は壊れたか

日本社会の歯車が狂い出したのではないかという認識は、次第に多くの人たちに共有されるようになってきている。

『日本はなぜここまで壊れたのか』(草思社、1470円)の著者、マークス寿子は、『大人の国イギリスと子どもの国日本』以来、イギリスと比較しつつ、日本の社会が急速に幼児化していることを指摘し続けてきたが、その危惧がさまざまな局面で表面化してきている。

著者も「あとがき」で次のように書いている。「この五年間、以前私の本を読んでくれた人々から『マークスさんが懸念していた通りに日本はなりましたね』と言われてきた。そう言われるのが辛かった。『こうなることを見通していたのですね』と言われても、先見の明があると喜ぶわけにはいかなかった」

著者が繰り返し強調するのは、日本におけるコミュニティー、地域共同体の崩壊である。イギリスは日本に比べて不便な面も多いが、コミュニティーが存在し続けていることによって、本来の意味での生活の質が守られているという。

「地域社会とよくいうが、地域社会の主役は誰だろう。私は地域社会の主役は老人と子どもだと思う。働いている人間は、昼間はその社会から出て別の社会に移っていることが多い。だから、そこの社会に住んでいると本当の意味で言えるのは老人と子どもだと思う。もちろん、その地域に住み、そこで働いている商店の人々もいる」

「その老人と子どもを大事にしない社会というのは、当然、地域社会が存在しない社会である」

「老人を尊敬しない社会、子どもを大事にしない社会は貧しい社会だということを人々が認識して、過去を代表する老人の知恵を借り、未来を代表する子どもたちを健全に育てるというところに、現在を代表する二〇代から三〇代の人たちが力を尽さねば日本の未来はないことになってしまう」

50代の安倍総理やその側近たちにも、じっくり味わってもらいたい言葉である。日本社会崩壊の責任は政治家、経営者、知識人など、日本のエリートたちにあることは明確なのだから。成熟しない日本をどうにかしてほしいものだ。【榊原英資 早稲田大学教授】

■2007/09/04, 毎日エコノミスト

毛沢東と周恩来―中国共産党をめぐる権力闘争 1930年~1945年
毛沢東と周恩来―中国共産党をめぐる権力闘争 1930年~1945年トーマス キャンペン Thomas Kampen 杉田 米行

三和書籍 2004-01
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周恩来秘録 上
周恩来秘録 上高文 謙 上村 幸治

文藝春秋 2007-02-27
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star毛の猜疑心と周の執念のすさまじい暗闘
star現在の中国を理解するのに役立つ
star周恩来の小心翼々とした保身ぶりが衝撃的だった。

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周恩来秘録 下
周恩来秘録 下高 文謙 上村 幸治

文藝春秋 2007-02-27
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star毛沢東 周恩来 林彪のもうひとつの真実
star毛・周と舞台回しの役者達。本書は現代版「三国志」

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毛沢東のうそを暴いた2人の「歴史探偵家」

昨年夏から今年の初めにかけて高文謙著『周恩来秘録』(文藝春秋)という書の翻訳に没頭した。手に入る限りの「周恩来」や「毛沢東」関係の本を積み上げ、穴ごもりのような生活を続けた。

そうやって読みあさった資料のなかで、最も衝撃を受けたのはトーマス・キャンペン著『毛沢東と周恩来』(杉田米行訳/三和書籍、2940円)である。

中国共産党は結党初期の1920年代から30年代前半にかけ、ソ連(当時)留学から帰国した若きエリート集団によって指導されていた。彼らはモスクワの指示に忠実に従い、都市での労働者蜂起を目指した。

これに対し、農村でのゲリラ戦を得意とする土着派の毛沢東は、農村から都市を包囲する作戦を主張、彼らと対立した。

中国共産党の歴史によると、その毛沢東が主導権を確立したのは、長征途中の遵義会議(1935年)だったとされている。しかし、これは後に共産党が宣伝で作り上げたうそだった。 『毛沢東と周恩来』はその理由を、手に入る限りの資料によって検証し、証明してみせる。そして毛沢東の権力掌握を見るためには、1941年からの延安整風運動に注意すべきだと指摘する。

毛沢東は作戦の正しさによって指導者に選ばれたというより、凄惨なリンチを含む整風運動で権力を掌握したというのである。そして、これはまさに『周恩来秘録』がたどりついた結論と同じだ。『周恩来秘録』の作者は、党中央文献研究室に勤めた周恩来研究の第一人者で、この時代の党の極秘資料を読むことができた。

同じころ、ドイツの大学に勤める研究者キャンペン氏は、他で集めた資料によって、同じ結論を探し当てた。見事な「歴史探偵家」だというほかない。

中国共産党が毛沢東を神格化するために作り上げたドラマは、70年近くたってぼろぼろと崩れている。そして、崩れた後に見えてきた、より真実に近いと思われるドラマは、党制作のそれよりはるかに劇的である。【上村幸治 獨協大学国際教養学部教授】

■2007/09/04, 毎日エコノミスト

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