メイン > 週刊エコノミスト書評 『ブックレビュー』 > 2007年8月21日~8月28日

経済財政戦記―官邸主導小泉から安倍へ
経済財政戦記―官邸主導小泉から安倍へ清水 真人

日本経済新聞出版社 2007-06
売り上げランキング : 12211

おすすめ平均 star
starなるほど、そうだったのかい!
starまあまあ

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小泉政権の経済財政運営の内幕 「政策闘争」の実像を活写

本書は、小泉純一郎前首相の最後の経済財政政策・構造改革の基本方針となった昨年夏の「骨太2006」を中心に、安倍晋三首相への政権移行後の動きと今年夏の「骨太2007」までを視野に入れて、経済財政政策の決定プロセスを、政策決定に関わる主要な政治家、官僚、民間人の動きに焦点を当てて検証したドキュメントである。克明な取材ノートに沿って、政策決定の流れを「虫の目」で追うことで、政権中枢の動向をできるだけ詳述することを主眼としている。

小泉前首相は「改革なくして成長なし」というスローガンで、諮問会議を駆使して公共投資の削減など財政改革路線への転換を断行した。その総仕上げとして昨年、向こう5年間の歳出削減計画を柱とする「骨太2006」をまとめた。歳出歳入一体改革の枠組みをどう進めるかについて政権中枢でも意見が対立したが、これは成長戦略や税制改革とも複雑に絡み合い、小泉後の政権をにらんだ権力闘争の一面でもあった。

本書で取り上げている主要な登場人物は、小泉純一郎を中心に、竹中平蔵、与謝野馨、谷垣禎一、吉川洋、本間正明、福井俊彦、伊藤達也、中川秀直、柳澤伯夫、安倍晋三、大田弘子氏など政策決定に大きく関わった重要人物である。彼らを小説の主人公のように取り扱うことで、行動や考え方が本人へのインタビュー以上に明快に表現されている。本書は、こうした複雑な「政策闘争」の実像を生々しい証言や豊富な文書を基に冷静に描写しており、小泉政権下での官邸主導の政策決定メカニズムの内情を知るうえでも、興味深い。

小泉政権下では、「意図的に財政赤字を拡大させた」と解釈できないこともない。ここまで財政状況が悪化すると、小泉後の政権ではこれ以上財政赤字を拡大できないし、何らかの財政健全化をせざるを得ない。いくら大きな政府を志向する政治家(あるいは政党)が政権を担当しても、簡単には歳出を増やすことができなくなる。

言い換えると、たとえ安倍政権が優柔不断で歳出削減の政治的リーダーシップが乏しいとしても(安倍政権が誕生する以前には安倍政権がどのような財政運営をするのか予想できないため、悪い結果もある程度は織り込まざるを得ない)、財政状況が悪化しているという制約下で予算編成をすれば、歳出の拡大はしにくくなる。抵抗勢力も簡単には歳出拡大を実現できない。あえて、財政赤字を拡大させた小泉政権は、したたかな財政運営をしたと評価できる。

本書を読むことで、小泉政権のこうした財政運営の内幕を読者は理解できるだろう。【評者 井堀利宏 東京大学大学院経済学研究科教授】

■2007/08/28, 毎日エコノミスト

医療政策は選挙で変える―再分配政策の政治経済学4
医療政策は選挙で変える―再分配政策の政治経済学4権丈 善一

慶應義塾大学出版会 2007-06-28
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おすすめ平均 star
starリアルタイムの政策科学からの発言

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安倍内閣の医療政策を痛烈批判 明快な理論で解決策も提示[

本書は、安倍内閣の医療費・社会保障費削減策を批判する警世の政治評論集である。

もともと、7月の参議院選挙前に有権者に読んでもらうために、急遽出版された。ただし、いわゆる政治評論家の書き物と違って、随所に経済学と社会保障に関する専門家としての鋭い指摘がちりばめられている。

例えば、著者は、近年の医療分野における支出削減を厳しく批判し、それが「医療崩壊」を招いていることを指摘すると同時に、それを救うためには、そのための財源として、社会保険料・消費税の引き上げの必要を説く。消費税には「逆進性が高い」という批判があるが、著者は社会保障支出が再分配政策を通じて消費者の所得に還元されることに読者の注意を喚起し、簡単なマクロ方程式を使って、消費税は比例税にも累進税にもなりうることを、明快に説明している。

高齢化が医療費を高騰させる原因だという俗説を批判した部分も、注目に値する。著者は、医療費は所得の遅延関数(6年遅れの所得との相関関係が高い)であり、「高齢化と医療費とのプラスの相関は、……みせかけの相関にすぎない」ことを強調している。また、パートタイム労働者に対する厚生年金権の拡大が、チェーンストア協会などの猛反対もあって、当初の310万人から16万人に減ってしまった顛末を詳しく説明し、安倍内閣のこの問題に対する施策を「うどん屋の釜」(言うばっかり〈湯うばっかり〉でなんの実行も伴わない嘘つき)と、痛烈に批判する。

本書のなかには、普通の学術書には見られない軽妙な風刺と、該博な雑学の知識が随所にちりばめられており、読者を楽しませる。著者は、わが国の政界が、ますます世襲議員・閨閥議員によって支配されるようになっている現状に厳しい批判の目を注いでいる。この国では、かつては一介の庶民でも努力して官僚や医師になろうとしたが、いま世襲・閨閥政治家が新自由主義的行政改革や財政再建の名のもとに、その官僚や医師の地位をおとしめていることを著者は厳しく批判している。

わが国の入管法では日系ブラジル人には3世まで定住・就労を認めているが、4世には認めていない。政治の世界でも、せめて4世の世襲は禁止する法律を作ってもいいのでは。【評者 神代和欣 横浜国立大学名誉教授】

■2007/08/28, 毎日エコノミスト

占拠ダンス
占拠ダンス木宮 条太郎

幻冬舎 2007-07
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おすすめ平均 star
star一気に読んでしまいました
star久しぶりに面白いビジネス小説

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災いの古書 (ハヤカワ・ミステリ文庫 タ 2-9)
災いの古書 (ハヤカワ・ミステリ文庫 タ 2-9)ジョン・ダニング 横山 啓明

早川書房 2007-07
売り上げランキング : 3613

おすすめ平均 star
starやっぱりこのシリーズは最高だ。
star古本屋探偵クリフ 待望の第4弾
star待たせすぎ!

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ポストバブルの現実を突き付ける銀行小説

銀行小説はついにここまできた。木宮条太郎『占拠ダンス』(幻冬舎、1680円)を読んでの、正直な感想だ。

もはやエリート行員の誇りや理想はテーマとなりえない。ここにあるのは社会の周縁に弾き飛ばされてしまった者の「自爆」だ。「沈没船団方式」とか「銀行氷河期」といわれる時代。作品のモデルとなった信託銀行の名は大方の読者が特定できるだろう。

物語は、1人の男による銀行支店占拠の数十時間を描く。彼の正体は? 要求は?作者や登場人物のうちに埋み火となった情念はともかく、これは、タイムリミットサスペンスの形を駆使した出来のいいエンターテインメントだ。占拠犯との攻防が進む一方、叙述時間は循環し、同期入行した中堅行員4人の過去へとしばしば飛ぶ。現在と過去の交錯が煩雑すぎるパーツもないではないが……。

私利と保身に汲々とする経営陣、過重な労働でそれを支える下部行員。こんな銀行、ほんとに必要なのか。これは、ポストバブルの「われらの醜悪な日本」に特有の風景だ。作者がさらにつけ加えたのは、造反有理にほかならない。消費債務者がローン会社支店に絶望的な「自爆」を試みるという事件は現実に起こっている。次に来るのは――銀行員自身の決起か。それが絵空事とはいえない社会にわれわれは立たされている?

ジョン・ダニング『災いの古書』(ハヤカワ文庫 945円)は、タフガイ古書店主シリーズの新作。あの手この手と、多彩な手法をちりばめ、器用に読ませる達者さは相変わらず。サイン本市場をめぐる裏話が一応の読みどころ。所有者だったセレブのサインによっても、価値が高騰するという。

隠されたメーンプロットはリーガル・サスペンスの「あの型」にのっとったもの。それを察知させないところがうまい。最後に、あぶり出しインクのように浮かび上がってくるダニング流だ。【野崎六助 作家・評論家】

■2007/08/28, 毎日エコノミスト

近代ヤクザ肯定論―山口組の90年
近代ヤクザ肯定論―山口組の90年宮崎 学

筑摩書房 2007-06
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おすすめ平均 star
star正に「突破者」宮崎学でしか書けない社会科学的労作。
star社会権力としてのヤクザ
star闇を伴わない光はない

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著者インタビュー 宮崎 学(作家)

下層社会がある限りヤクザはなくならない

――力作ですね。山口組を通して見た日本社会史で、とても面白く読めました。ベストセラーの『突破者』と並ぶ代表作だと思います。

■取材に5年ぐらい掛かっているからね。話を聞いた人も100人は超えている。ヤクザというものに、僕なりの結論をつけようと思って書いたから。学生時代は左派的なものにとらわれて見えなかったものもあったが、今の視点は全然違う。そこで山口組というプリズムを通して日本の近代史を見たらどうなるか、と考えたわけだ。

――発生論では、近代ヤクザは、沖仲仕のような港湾荷役を担当する労働組織から生まれたということですね。

■そう。ヤクザはイデオロギー集団じゃなく生活共同体だった。社会の最下層の人たちが、生きるために親分の下に集まって生まれた。港湾荷役は、不熟練労働者を集めた人材派遣業みたいなもので、ヤクザのような強い統率力が必要だった。山口組もそうした一つで、地域という「ムラ」に根ざした共同社会型ヤクザだった。

――そんな共同社会型から、高度成長とともに利益社会型ヤクザに変化していく時、山口組には先見性と経営者としての才覚がある田岡一雄というカリスマがいたわけですね。

■田岡3代目は、貧困と差別でドロップアウトして自分の下に集まってきた男たちを、どう食わせるかを考えた。組員に正業を持てと勧め、それが港湾荷役と芸能興行の企業だった。日本経済が高度成長を迎え、それらの業種からヤクザが追い立てられると、今度は企業社会の「負のサービス」に進出する。企業という「ムラ」社会のすき間に活路を見いだした。

――ヤクザは経済社会の「負のサービス」を担当している、と書かれていますが、面白い考え方です。

■近代ヤクザは創設時から経済と密接している。企業社会になっても裏の世界にはニーズがあった。総会屋、整理屋、取り立て屋、サルベージ屋などだ。民事介入暴力、同和利権などの利権にも食らいついた。山口組はこれらの新しい生業をいち早く取り入れた。今だってヒルズ族がもてはやされているが、かつての人材供給に代わって、今はカネそのものを供給するようになっただけ。誰のカネか分からんカネが投資に動いているじゃないですか。

――でも国も取り締まりを強化し、新法でたたいた。それでも山口組は生き延び巨大になった。なぜでしょうか。

■ヤクザは、生きるために自らを権力とするしかない集団だ。国家権力がつぶそうとすれば、生き残るためにすき間に逃げ込む。小さな組はつぶされても、山口組はその組員を吸収して大きくなる。格差社会の今、ニートやネットカフェ難民などの下層社会はすでにできていて、仕事を持ってきてくれるヤクザがいれば、多少やばいことでもやるやつは必ずいる。実働部隊のフリーター化・派遣化だ。近代ヤクザはいなくなったが、こういうヤクザはなくならないと思う。

■2007/08/28, 毎日エコノミスト

中国金融システムの不良債権分析―国際金融市場におけるチャイナマネーの影響力
中国金融システムの不良債権分析―国際金融市場におけるチャイナマネーの影響力中尾 茂夫

中央経済社 2007-07
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かつて世界を席巻したジャパンマネーは、その後の不良債権問題によって、国際金融の主役ではなくなった。代わって台頭したのが、チャイナマネーだ。しかし、同じように中国の金融システムも深刻な不良債権問題を抱えている。今後のチャイナマネーの帰趨を占ううえで、不良債権問題は避けて通れない。日中の専門家7人による不良債権分析と日中比較は、アカデミズムを超えて、重要な意味をもっている。

■2007/08/28, 毎日エコノミスト

豚肉が消える―差額関税が日本の食卓を破壊する
豚肉が消える―差額関税が日本の食卓を破壊する食肉の輸入制度・流通を考える会

ビジネス社 2007-06
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矛盾に満ちた、豚肉の差額関税制度を告発する本。差額関税は、輸入豚肉の価格が基準輸入価格より低い場合には、その差額分が関税として収納される。養豚農家保護のためだ。安い豚肉を輸入しても、消費者に売る価格は同じになる。にもかかわらず、日本の食品産業は安いハムやソーセージを作ってきた。国税庁も農水省も食肉業者も、同制度の矛盾を熟知し、無視してきたからだ。それが突然、脱税で捕まるようになった。

■2007/08/28, 毎日エコノミスト

日米流通業のマーケティング革新
日米流通業のマーケティング革新渦原 実男

同文館出版 2007-04
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日米のマーケティングと流通業態に関する国際比較研究である。戦後、日本は米国からマーケティングや流通システムの新技術を導入してきたが、市場環境の相違から、米国型をアレンジさせて発展してきた。近年、グローバル化やライフスタイルの変化などを受け、マーケティングの革新が起きており、日米の課題も考察している。

■2007/08/28, 毎日エコノミスト

占領期 首相たちの新日本 (講談社学術文庫)
占領期 首相たちの新日本 (講談社学術文庫)五百旗頭 真

講談社 2007-07-11
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占領下、5人の首相が日本をどのように「死」から再生させたかを、内政・外交課題、人間性、政治環境などを詳述しながら解明した。1997年刊行の単行本は吉野作造賞受賞。東久邇、幣原、片山、芦田という政治史で軽視されがちな首相の努力が「一内閣一成果」を生み、吉田路線で豊穣の実りとなった、と説く。今こそ振り返るべき亡国の淵からの再生ドラマだ。

■2007/08/28, 毎日エコノミスト

戦争 (岩波現代文庫 社会 155)
戦争 (岩波現代文庫 社会 155)大岡 昇平

岩波書店 2007-07
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おすすめ平均 star
star「大岡昇平」という人と考え方

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『レイテ戦記』で有名な大岡の1970年の聞き書き記録。「一度大きな軍事予算を組むと、拡大した設備は使わないと損になるので、どんどんふくれあがる」「38度線と台湾海峡の事態に日本は無関心でいられないという日米共同声明は戦前の『満州は日本の生命線』と同じで非常に危険」など、戦前の軍部、戦後のGHQの言説の裏表を冷静に見続けた大岡の発言は重い。

■2007/08/28, 毎日エコノミスト

新・学問のすすめ
新・学問のすすめ和田 秀樹

中経出版 2007-07-19
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おすすめ平均 star
star目を覆いたくなる「不勉強国民」日本人の行く末

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『学問のすすめ』を読む

私が、いろいろと日本の教育問題を憂えて書き物をしていたら、ある出版社から『新・学問のすすめ』を書かないかと誘われた。

確かに、今の日本は、福沢諭吉が『学問のすすめ』を書いた時期と背景が似ている。国民の教育レベルが低く、放っておくと外国から独立が保てないという危機意識は私も共有しているつもりだった。

しかし、私自身、慶応の出身でない(こんなことを言い訳にすることも、福沢からの批判の対象になるだろうが)ので、まともにオリジナル版を読んだことがなかった。一部を切り取って読んでいただけだ。そこで、読みやすいとされる現代語訳『学問のすゝめ』(檜谷昭彦訳・解説/三笠書房、1365円)を読んでみた。

実際、読んでみると当たり前の誤解に気づくし、今の時代の日本人が読むべきことが多く書かれている。「頭を良くする」という本コラムの趣旨にも合うはずなので、あえて取り上げたい。 「天は人の上に人を造らず」のくだりにしても、それが福沢の考え方でなく、「と言われている」との断りがあり、実際には身分や人々の暮らしに大きな差があることが明記されている。そして、彼に言わせるとその原因は一つしかない。「それは学問の力があるかないか」によって決まったのだと。

本書を読むと、このように福沢が、「機会の平等」論者であることがよく分かるし、勉強をしないと日本の独立が保てないという危機感もよく伝わる。学力調査でアジアの国に勝てなくなった今こそ、これを読んでほしいが、勉強するだけでなく、応用できなければならないというプラグマティズムは学者にも読ませたい。

福沢の先見の明は、第15編「取捨選択」の項目によく表れている。ここで冒頭に、今みんなが信じていることを疑うことの大切さを述べる。ここまでは言う人は今も多い。しかし、疑うべきものと信じるべきものの選択こそが大事だと述べるところが秀逸なのだ。

日本旧来のものは何でも疑い、西欧のものなら何でも信じることの愚かさを、親鸞が西欧の人間で、ルターが日本人だったらというたとえで論じる。自国がだめだと思っている時には、外国が何でもよく見えるという福沢の観察は、今の日本人も知るべき心理学的な真実なのだろう。【和田英樹 精神科医】

■2007/08/28, 毎日エコノミスト

北朝鮮へのエクソダス―「帰国事業」の影をたどる
北朝鮮へのエクソダス―「帰国事業」の影をたどるテッサ・モーリス・スズキ 田代 泰子

朝日新聞社 2007-05
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おすすめ平均 star
star読み込まれた資料の重み
star北朝鮮へ帰った人たちを思う
star「スイスのCIA」の蹉跌、歴史の皮肉

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靖国知られざる占領下の攻防
中村 直文 (著), NHK取材班 (著)

新資料があぶり出す帰還事業と靖国の真実

国際赤十字といえば老舗のNGOで、政治的中立・人道支援のイメージが強い。そのジュネーブ国際委員会文書庫に、イギリス生まれでオーストラリアに住む日本研究者が見いだしたものは、1959年以後新潟から海を越えて北朝鮮に渡った9万人余の在日朝鮮人家族の悲劇のルーツ、帰還事業の背後にうごめく冷戦の論理と大国の思惑、赤十字の隠れ蓑を使った日本政府の積極的関与だった。

テッサ・モーリス-スズキ(田代泰子訳)『北朝鮮へのエクソダス』(朝日新聞社、2310円)は、著者自身が語り部になって現代史の深層を探る旅である。

旅は新潟から始まる。在日の人々の記憶と声を聞き、釜山・済州島に、平壌・板門店にも出向く。そこに理不尽に引かれた38度線は、アジア太平洋戦争と朝鮮戦争の延長線上に北朝鮮帰還事業があると語りかける。間をつなぐ記録はジュネーブにあった。日本政府が55年から赤十字国際委員会に厄介払いを働きかけ、それを人道の衣で実現しようとした仕掛けが見える。米国は日米安保の戦略的課題に従属させ、ソ連は社会主義の利害から妨害せず「沈黙のパートナー」となる。朝鮮総連も南北朝鮮も、実は主役ではなかった。

靖国神社の問題も、もっぱら国内「英霊」と中国・韓国との関係で語られるが、中村直文・NHK取材班『靖国』(NHK出版、1785円)を読むと、1945年に靖国神社が存続できたこと自体、「発言するパートナー」占領軍とのせめぎあいの所産だった。それも日本側というよりむしろ米国側内部の、ルーズベルト大統領の「四つの自由」の一つ「信教の自由」と、神道をどの程度に宗教と認めるかの攻防が決定的だった。天皇制を象徴として残すことと、国家神道解体・靖国宗教法人化はワンセットだった。

NHK放映番組の取材成果を書物にするシリーズの目玉は、映像的読みやすさと新資料発見・公開である。今回の目玉は、オレゴン大学に眠っていたGHQ宗教課ウッダード資料だった。

戦後レジームの終焉をいう前に、まずはレジームそのものの起源を20世紀世界史のなかで再検証すべきだろう。【加藤哲郎 一橋大学大学院社会学研究科教授】

■2007/08/28, 毎日エコノミスト

現代中国の産業―勃興する中国企業の強さと脆さ
現代中国の産業―勃興する中国企業の強さと脆さ丸川 知雄

中央公論新社 2007-05
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おすすめ平均 star
star事例として素晴らしい
star世界市場は欧米・日本より中国に似ているかも
star「組み立て工場」に徹する中国産業

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【評者 橘川武郎(一橋大学大学院商学研究科教授)】

「垂直分裂」をキーワードに中国製造業の実態を分析

世界のノートパソコンの6割以上、携帯電話機やテレビの4割を生産する中国は、1996年以来、鉄鋼生産世界一を独走し、2006年にはドイツを抜いて世界第3位の自動車生産国に躍り出た。本書は、このように「世界の工場」へ向かって驀進中の中国製造業の全体像を、最新の情報に基づき、「垂直分裂」というユニークな切り口で「輪切り」にした意欲作である。

垂直分裂とは「従来一つの企業のなかで垂直統合されていたいろいろな工程ないし機能が、複数の企業によって別々に担われるようになること」である。本書は、中国の産業体制の特徴を表現するこのキーワードを駆使して、中国の家電産業、携帯電話機製造業、パソコン産業、自動車産業の最新の実態をビビッドに描き出す。そこで浮き彫りになるのは、テレビメーカーやエアコンメーカーによる「事実上の互換性」の実現、携帯電話事業におけるバンドル(まとめ)販売の不振、ブランドなしパソコン「兼容機」の普及、小規模自動車メーカーの乱立や大手国有自動車メーカーの垂直統合型からの離脱など、驚くべき事実の数々である。

中国企業にとって垂直分裂戦略は、(1)積極的に他社の力を利用し、産業のなかで取りかかりやすい分野から参入する、(2)基幹部品を他社から購入する場合でも、複数社調達を行うことで特定メーカーへの依存を避け、自立性を確保する――という2つのメリットを持っており、それが、中国製造業の躍進を可能にした。反面、垂直分裂戦略を採用すると製品差別化を実現することは困難になり、中国企業は、薄利多売に行き着く同質化の罠に陥ることになる。本書は、このように、中国企業の強さと脆さを冷静に指摘している。

垂直分裂という中国特有の産業体制に直面して、垂直統合戦略を得意とする日本企業は、技術的優位を堅持しているにもかかわらず、苦戦を強いられている。そのような日本企業に対して、著者は、中国市場で柔軟な適応戦略をとることを提言する。例えば、基幹部品の供給に特化するなどの方策である。傾聴に値する提言であるが、垂直分裂戦略の上記の(2)のメリットを考慮に入れると、この方策だけで利益をあげることは困難であろう。

日本企業は、基幹部品製造をブラックボックス化し、部品に関してブランドを確立する必要がある。評者は、中国市場におけるYKKのファスナー事業の成功は、それを実行した好例だと考えている。

■2007/08/21, 毎日エコノミスト

株式会社という病
株式会社という病平川 克美

エヌティティ出版 2007-06
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不祥事はなぜ起こるのか会社の存在、根本を問う

いわゆる企業不祥事を起こした不二家の場合も、そして雪印乳業、三菱自動車、日興コーディアル証券の場合も、いずれも「質の悪い」経営者によって引き起こされた不祥事だ、という解釈は根本的に間違っている。それは株式会社というシステムが病を発症したものであり、事は株式会社全体に関わる問題だ、と著者はいう。

ただ、これらの不祥事を引き起こした会社では、経営者たちが会社を育てていくという情熱を失って、短期の利益確保といった等価交換のスキームに陥り、それを肌で感じた現場がモチベーションを失い、現場で働く人間がその会社で働くという誇りを失った結果ではないか、ともいう。

著者自身がアメリカで会社を起こし、そして日本の会社についてもたくさんの情報を持っているだけに、その経験と知識を生かして、そもそも株式会社とは何か、という根本問題を解明しようとしたのがこの本である。著者自身もいうとおり、この本は会社そのもののシステムについて論じた「会社の存在論」で、哲学的な考察といった感じである。

株主の利益を最大にするという目的を持った株式会社は、はじめから病的な性格を持っており、それがさまざまな形で表面に現れただけである。しかし、人間にとって病は必然的に生じるものであると同様に、株式会社でもそれは当然のことであり、これで株式会社がなくなるというものではない、という。

ところで、最近は教育や医療、福祉などの分野にまで株式会社が参入しているが、これはいったい何を意味するのか。

教育は投資であり、投下した資本を無駄なく使って労働市場で使い物になる人材をできるだけ合理的に生産するといったような投資―回収モデルが教育に何をもたらすか。

それは教育ではなく、訓練であり、トレーニングでしかない。いかにして会社が儲けるかということを教えるのが訓練だが、利潤とはそもそも何かということを考えるのが教育ではないか、と著者はいう。

それにしても、なぜ株式会社はこんなことになったのだろうか。株式会社とはしょせんそんなものだということかもしれないが、しかし19世紀の株式会社は現在のそれとは大きく異なっていた。

株式会社を解明するには存在論的な視野と同時に、それを歴史的にとらえ、なぜそれが病気になったのか、それを治すにはどうしたらよいのか、ということを論じることも必要ではないか。【評者 奥村 宏(株式会社研究家)】

■2007/08/21, 毎日エコノミスト

かってまま
かってまま諸田 玲子

文藝春秋 2007-06
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starファン必読!

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実在の無名藩士を通して宮仕えの悲哀を描く

越後の新発田藩は石高5万石の小藩。しかも水害が度重なり、藩の財政は常に逼迫していた。乙川優三郎『露の玉垣』は、この新発田藩を200年にわたって支えてきた無名の藩士たちを描いた全8編からなる連作集である。

本書は、新発田藩家老役の溝口半兵衛が藩士の記録をまとめた「世臣譜」がベースになっている。実在の人物をクローズアップしているだけに、派閥抗争やお家騒動といった派手な展開があるわけではない。だが厳しい命令を与えられて苦悩したり、プレッシャーに押し潰されたりする等身大の主人公の姿は、いつの時代も変わらない宮仕えの悲哀と重なるので、共感も大きいだろう。

わずかな加増で財政の立て直しを厳命された溝口半兵衛の苦闘を描く「乙路」。吝嗇と陰口を叩かれるまで経費節減をしていた四郎右衛門が、たった一度の失敗で失脚する「新しい命」。1人の藩士を乱心にまで追い込んだ過酷な運命が凄まじい「宿敵」などの珠玉の作品は、多様な生き方が容認されている現代にあって、人はどのように生きることが正しいのかを教えてくれるはずだ。

諸田玲子『かってまま』(文藝春秋、1700円)は、実の母親を探すおさいの数奇な運命を描く連作集である。

旗本の娘・奈美江の不義の子として生まれ、育ての両親とも死別したおさいは、酒好きの飯盛女、ケチな質屋の女主人、佐渡に送られた息子を心配する女スリなどの間を転転としながら、彼女たちの頑なな心を解きほぐしていく。

人生の機微を丹念に掘り下げることで感動を盛り上げる展開も秀逸で、おさいが鶴屋南北に影響を与えたとする洒脱なラストも印象深い。【末國 善己 文芸評論家】

■2007/08/21, 毎日エコノミスト

医療の限界
医療の限界小松 秀樹

新潮社 2007-06
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おすすめ平均 star
star医療は完全ではない
star苛立ち故でしょうか
star迫りくる医療危機

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著者インタビュー 小松秀樹(虎の門病院泌尿器科部長)

医療事故は責任追及より真相解明と公平な補償を

――「医療崩壊」のスピードは想定外の早さという認識ですが、「医療混乱期」は当分続きますか。

■続きますね。日本の医療は歴史的な転換期を迎え、医療費抑制と安全要求という相矛盾する2つの圧力にさらされています。医療とは本来、不確実なものであるにもかかわらず、安心・安全神話が社会を覆っています。メディアに煽られ、司法に裏打ちされて、医療への理不尽な攻撃が頻発しています。このままではリスクの高い医療を引き受ける医師がいなくなってしまう。

――「医療崩壊」は「患者と社会の側にも責任がある」と指摘しました。この主張はタブーへの挑戦ですか。

■「全体主義」は大衆操作によるといわれますが、大衆自体も全体主義に流されやすい。大衆は「善」じゃない。医療裁判でも、すぐ暴力的な言葉のやりとりでけんかになる。みんなおかしいと思っているのに何も言わない。

――医療事故と航空機事故を比較し、事故の場合では、個人の責任追及より科学的な真相解明、公平な補償が重要だと力説します。その考えで国民の納得は得られますか?

■納得を得ることがそんなに重要で正しいのですか? 事故が起きれば「犯人を捜せ」とばかりに、関係者を血祭りに上げたがる。事故の多くはシステムに起因するもので、個人の罪として処理することは将来の安全を損ねます。医療では、個別のケースを現場に当てはめ再発防止策を講じると大混乱します。全体のバランスのなかで安全対策を実施してこそ効果があります。

―医療事故の紛争で医師への責任報道を「世論の暴走」ととらえ、メディアにも厳しいですね。

■「世論」の実態はしばしば感情的な報道で、理性の制御も受けない大量反復です。この風潮は戦前からで、特に大手メディアの人は自分と周囲の考えの区別がつかなくなっている。

――大学の教室の構成員で出身者による医局制度に批判的です。ご自身は大学病院の教授より、一流の臨床医を志向したのですか。

■教授にはなれませんし、魅力も感じませんでした。ある時から「私は手術をメーンにする医者」とアピールするため、論文発表もリサーチ主体でなく、臨床、特に手術を中心にしました。

――優秀な臨床医師育成に向け、基幹病院で結成した「東京泌尿器科研修協議会」という試みの成果と課題は。

■勉強会を5年間休まずに続けたことが一番の成果。従来の学会とは異なり、結論の出ていない困った症例の検討を重ねました。課題は人事交流。研修医は違う見方をもっと体感し、自分を客観視することが大事です。

――医療改革で政治に何を望みますか。

■もう少し医療費をかけないと、国民皆保険制はもたなくなり、私的保険で賄う医療に移行する。その流れができると、患者=消費者という関係で、お金がなければ患者になれず不公平な医療になってしまう。「小さな政府論」は日本の医療になじみません。

■2007/08/21, 毎日エコノミスト

日本の値打ち―外資が殺到する本当の理由
アンドリュー H.シップリー (著), 坂元 美智子 (翻訳)

欧米の投資家向けに、現在の日本経済と日本の文化・歴史を伝える目的で書かれた。「失われた10年」を経て、知的財産を持つ日本企業は自らの価値を自覚した。海外の投資家は、規制緩和が進み、経営者主体の資本主義から、株主が尊重される資本主義に変わりつつある日本に投資機会を見いだした。「日本は、帰ってきた」。

■2007/08/21, 毎日エコノミスト

ニュー・エコノミーの研究―21世紀型経済成長とは何か
ニュー・エコノミーの研究―21世紀型経済成長とは何かロベール・ボワイエ 中原 隆幸 新井 美佐子

藤原書店 2007-06
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ITの技術革新によって牽引された「ニューエコノミー」。そのバブル生成と崩壊を、レギュラシオン学派の理論家がどう見たか。著者は、米国のITバブルについて、シリコンバレーよりもウォール街のほうが不安定性をつくり出したと見る。さらに、これは過去の出来事ではなく、「金融経済化」の進行によって、いつでも再現されうる危険性があると警告する。

■2007/08/21, 毎日エコノミスト

会社事件史
会社事件史奥村 宏/佐高 信

七ツ森書館 2007-06-20
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公害のバラまきや疑獄、企業の乗っ取りなど、戦後経済社会で起きた“会社事件”について、2人が語り合い「会社とは何か」を掘り下げる。第1部「バブル崩壊後」と第2部「バブル崩壊前」で構成され、戦後62年間に起きた企業がらみ事件をほぼ網羅している。対談だけに個々の事件の詳細を知るには物足りなさも残るが、法人資本主義の生態を時代的背景も含めて理解するには、手ごろな入門書。

■2007/08/21, 毎日エコノミスト

新聞資本と経営の昭和史―朝日新聞筆政・緒方竹虎の苦悩 (朝日選書 824)
新聞資本と経営の昭和史―朝日新聞筆政・緒方竹虎の苦悩 (朝日選書 824)今西 光男

朝日新聞社出版局 2007-06
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『太平洋戦争と新聞』(前坂俊之著、講談社学術文庫)など満州事変から敗戦までの新聞について書いた本は多いが、本書は言論には新聞経営の安定が必要という視点から、朝日新聞筆政(経営者兼主筆)・緒方竹虎の活躍を軸に、新聞が軍に敗北する過程を描く。政治家・緒方も描き、戦中政治史としても読める。ゾルゲ事件と朝日新聞、宮中の関係はいまだ闇の中か、興味深い。

1945年8月、日本は太平洋戦争に敗戦したと同時に朝鮮半島、台湾などの植民地を失った。しかし、被害者意識に覆われた日本人は植民地国家としての戦争責任を感じることなく80年代を迎え、中国、韓国から教科書問題や歴史認識問題を突き付けられ、国論は分裂する。戦争責任をきちんと認め、行動で示すことが日本の未来にとって大切だと説く。

■2007/08/21, 毎日エコノミスト

小泉純一郎 ポピュリズムの研究―その戦略と手法
小泉純一郎 ポピュリズムの研究―その戦略と手法大嶽 秀夫

東洋経済新報社 2006-11
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改めて考える小泉政治の手法

竹中平蔵、飯島勲……と、小泉政治を内側から礼賛する著作が相次いでいる。彼らはまさに小泉側近だから当然だが、プレスや評論家などの分析もどちらかというと、小泉純一郎を積極的に評価する傾向が強い。

安倍内閣が期待に反して支持率を維持できず、あまりにも無能なことによる部分も少なくないのだろうが、褒めすぎだろう。いいタイミングで辞めたこともあるだろうが、もう少し客観的に小泉政治を分析しておかないと、将来に禍根を残すことになる。

大嶽秀夫著『小泉純一郎 ポピュリズムの研究』(東洋経済新報社、1785円)は、本格的政治学者による小泉ポピュリズムの客観的分析である。道路公団改革、郵政民営化、拉致問題などの重要な政治決定過程を詳細にフォローしながらの解析なので、なかなか説得的である。

大嶽が小泉ポピュリズムを、善悪二元論的、劇場政治的であるとし、田中角栄型の利益誘導型ポピュリズムと区別しているのは、まさに本質を突いた指摘である。

物事を深く分析することもなく、白か黒かに区別し、二分割論的に結論を下すこの手法は、テレビのそれと酷似している。小泉純一郎と司会者のみのもんたが二重写しになるのである。この大衆的反知性主義ともいえる軽さは現代日本社会の主要な病弊でもあるといえる。みのもんたにとって視聴率が最終的判断基準であるように、小泉純一郎もまた支持率が命である。

もう1つの小泉政治の特色はマキャベリズムであろう。知的なもの、あるいは政策の複雑な中身に興味がないだけに、勝負に集中できるわけだ。そして、その勝負は将来評価されるかどうかよりも、当面、権力を維持できるかどうかである。小泉が「政治家はあまりものを深く考えたり勉強したりすると、メッセージが弱くなる」と言っていたというが、まさに二分割論的マキャベリストの言である。

本当に日本はこんな薄っぺらなポピュリスト・マキャベリストを必要としているのか。21世紀の大きな転換期を日本が乗り切っていくためには深い知性を背景にした本物の政治決断が必要なのではないだろうか。【榊原英資 早稲田大学教授】

■2007/08/21, 毎日エコノミスト

お殿様たちの出世―江戸幕府老中への道
山本 博文 (著)

柔軟性を持っていた江戸幕府の人材登用

江戸幕府の全国統治の中枢であった「老中」の制度について、作家の永井路子さんは、諸外国にも例を見ない巧妙なシステムであると言われたことがあった。江戸幕府の前身である室町幕府の幕閣は、管領家や侍所家など大大名か国持大名の寄合であったが、江戸の老中は、3万石以上、せいぜい数万石の小藩出身者で占められていた。100万石の前田家や、数十万石の大大名は幕閣に入れない仕組みになっていた。

老中より下だが、その補佐職としての若年寄も幕閣を構成するメンバーである。伊能忠敬の全国測量を幕閣内で仕切ったのは若年寄の堀田正敦で、彼は忠敬の人物と実績を見込んで全面的にバックアップした。忠敬の大事業が種々の困難に直面しながらも、ともかくも遂行された背景には、堀田正敦の支援と庇護があずかって力があった。この正敦は、実は大大名の仙台伊達家の8男の生まれで、いわゆる部屋住みの身であり、本来なら幕閣に入れる家格ではない。しかし正敦は中央で力を振るいたいという大望を抱き、堀田家に養子に迎えられ、近江堅田藩を継ぎ、松平定信に認められ、それを手がかりに若年寄に抜擢されたのである。この正敦の入幕過程を見ると、江戸幕府の人材登用が、必ずしも門閥一辺倒ではない柔軟性を持っていたことを知る。

山本博文著『お殿様たちの出世』(新潮選書、1260円)は、右のような幕閣の人材登用、ことに執政機関としての老中制度の成立、沿革、変遷を、専門家の研究を踏まえて分かりやすい形で著された本である。

老中という呼称は、初期の幕府記録には現れないようで、「年寄」とか「加判衆」などと呼ばれていた。円光寺元佶や金地院崇伝など、禅僧もこの加判衆に入っていた。秀忠、家光期頃から次第に譜代大名の出身に限られてくるようになり、奏者番→寺社奉行→大坂城代→京都所司代→西丸老中→本丸老中という出世コースも想定されるようになった。これを著者は官僚制的変化と見ているようである。

ともかく、小藩の藩主に国政を委ねるという仕組みが室町時代のごとき戦乱を抑え、泰平を保証する秘鍵だった。【今谷 明 国際日本文化研究センター教授】

■2007/08/21, 毎日エコノミスト

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