メイン > 週刊エコノミスト書評 『ブックレビュー』 > 2007年6月19日~6月26日

現代の貧困―ワーキングプア/ホームレス/生活保護
現代の貧困―ワーキングプア/ホームレス/生活保護岩田 正美

筑摩書房 2007-05
売り上げランキング : 1765

おすすめ平均 star
star流行の「格差論」とは一線を画して。
star貧困についての定義は理解できたが…

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さまざまな姿を考察し格差論から貧困論へ踏み込む

格差は「ある」ということが示されても、しばしば程度の問題ですまされる。それに対して、貧困は「あってはならない」存在として人びとが考えることによって「発見」され、その解決を社会と政治に迫らずにはおかない。本書を読んで第一に教えられたのはこのことである。

金融・流通・情報・サービス関連産業だけでなく、製造業においても非正規雇用が増えた結果、働いても働いても貧しいワーキングプアと呼ばれる人びとに注目が集まっている。こうした人びとに限らず、ホームレスや生活保護の受給者についても、どのような状態をもって貧困というかによって、貧困の増減や対策についての認識は異なってくる。だからこそ著者は「貧困の境界」問題とそれをめぐる貧困の理論史にこだわっているのである。

読者は本書を読み進むうちに、イギリスをはじめとする欧米における貧困に関する代表的な調査と研究を簡単に学ぶことができる。そこでは「社会的剥奪」や「社会的排除」といった重要な概念も要領よく解説されている。

議論の焦点は現在の日本における貧困の再発見にある。著者は、生活保護基準をもとにした駒村康平氏の推計を援用して、2005年現在、日本では約390万世帯が貧困だと言う。これは同年の国勢調査の世帯人員に直せば約1000万人(総人口の約8%)に上る。経済協力開発機構(OECD)が昨年発表した00年の勤労者層の相対的貧困率の国際比較では、日本は先進17カ国中第2位(13・5%)で、トップのアメリカ(13・7%)とほとんど並んでいる。

しかし、貧困は単一の基準では捉えられない。貧困を統計で捉えることにも困難がともなう。ホームレスは普通の調査からは落ちてしまう。転変する生活においては住居がある状態とない状態の区別も簡単ではない。派遣や請負などのなかには飯場のような労働宿舎を転々としている若者が少なくない。

貧困は低学歴、低賃金、失業、離婚、債務、無貯蓄、高家賃、病気、家族の崩壊など多様な要因から生まれる。低学歴の未婚男性、高齢単身女性、シングルマザーなどは、ささいなことで貧困に陥りやすい「不利な人々」である確率が高い。

最後は「どうしたらよいか」対策を考える章で結ばれている。文庫の解説では最後の筋書きは読者には明かさない慣わしがある。ここでもそれを尊重して、貧困対策を考えるためにも格差論から貧困論に踏み込んだ本書を薦めたい。【評者 森岡孝二 関西大学経済学部教授】

■2007/06/26, 毎日エコノミスト

新左翼の遺産―ニューレフトからポストモダンへ
新左翼の遺産―ニューレフトからポストモダンへ大嶽 秀夫

東京大学出版会 2007-03
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おすすめ平均 star
star出色の新左翼分析

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60年安保、全学連「ブント」をポストモダンの系譜で読み解く

自爆テロが横行して世界情勢が袋小路に陥っているなかで、今さら新左翼でもあるまいと思われるかもしれない。新左翼といっても本書で取り上げられているのは、内ゲバで暴力化していった1960年代後半以降の新左翼ではなく、60年安保闘争の主役になった全学連の中核たるブント(共産主義者同盟)である。共産党はじめ旧左翼の信奉したスターリン主義を批判したことから、前期新左翼と命名されている。

民主主義の破壊とも非難されたが、全学連は過激な行動で時代の寵児になった。本書で描かれているブントの活動家の群像からは、現場で自然発生的に国会に突入していく直接行動の屈託のなさが浮かび上がってくる。10人足らずの学生が結成したブントが、わずか半年で日本中の耳目を集める大衆動員を実現したのは、日本の民主主義が青春期であったからにほかならない。市民が直接参加する社会運動の起爆剤になったのであった。

本書のユニークなところは、そのブントをポストモダン思想の系譜のなかに位置づけている点にある。英仏両国の新左翼とも比較しながら行っているので、その再評価は説得力を増している。マルクス主義や近代主義が国家権力への対抗を主眼にしたのに対し、ポストモダンは女性や民族的マイノリティーなどの自己尊重を重視して、社会権力に異議を唱えたところに特徴がある。ブントがこの思想に通じるのは、高度成長期の現実を受け止めつつ、「革命の祝祭」に興じるライフスタイルのゆえであった。

思想については、ブントに影響を与えたサルトルやカミュなどのフランス知識人の活動をたどる一方、日本人では清水幾太郎と谷川雁を取り上げている。安保闘争後政治活動を離れた清水は、体制派知識人への転身を橋渡しし、自らもやがて右翼ナショナリストに変身していった。谷川は対照的に、経営不振に陥った九州の炭鉱に踏みとどまってサークル活動を続け、伝統的な共同体の復活に執着したが、その活動からは石牟礼道子などのフェミニストを輩出させていったのである。

本書はいろいろな読み方ができる。憲法改正が提起されて「反動思想」が勢いづいている日本の現状に照らしてみても、重要な意義を見出せよう。清水と谷川の違いなど、体制変革を志した思想が変容していくさまざまな軌跡を検証しているので、現在の内外の情勢を打破するための改革を考えるうえでも、示唆に富んでいるといえる。【評者 五十嵐武士 東京大学法学部教授】

■2007/06/26, 毎日エコノミスト

トリプル・クロス 上巻 (1)
トリプル・クロス 上巻 (1)ブライアン・フリーマントル 松本 剛史

新潮社 2007-05
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トリプル・クロス 下巻 (3)
トリプル・クロス 下巻 (3)ブライアン・フリーマントル 松本 剛史

新潮社 2007-05
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カルーソーという悲劇
カルーソーという悲劇アンネ・シャプレ 平井 吉夫

東京創元社 2007-05
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東西統一後のドイツの悲劇

本年度前半期には、ボリス・アクーニン2冊同時刊行という一大事件があった。――いえ、話は翻訳ミステリというごく狭い世界のトピックです。この2作によって、ロシアが単に現代犯罪小説のおぞましい新鮮ネタ供給元にとどまるのではなく、れっきとした作品発信地(ロシアのことはロシアにまかせろ)であることが証明されたわけ。アクーニンは正確には、グルジア人だが。

たとえば、ブライアン・フリーマントルのロシア警察もの人気シリーズは、ソ連解体直後に始まり、最新作『トリプル・クロス』で4作目となる。冷戦終結に際して、嗅覚鋭い英国スパイ小説の手だれは、しっかりと「ロシア市場」に標的を定めていたわけだ。

ということはさておき、「ミステリ後進国」からの大躍進がもう一点くる予感。ロシアの次はドイツ、である。

アンネ・シャプレ『カルーソーという悲劇』(創元推理文庫、1008円)は紹介第一作。内容は――。のどかな片田舎に次々と起こる怪事件、一見善良だが何を考えているのかわからない奇人変人ばかりの登場人物、辛辣なユーモア、やがて真打ちの殺人事件、と。なんだこれは、イギリス風のカントリー・ミステリではないか。

達者に読ませる前半のノリは、半世紀前の(日本ではいまだに旧作発掘が盛んだから現在形ともいえるか)英国ものを思わせる。これが中盤に到って、俄然、シリアスな色合いを帯びてくる。ふむ、パロディーは意図的な仕掛けであったか。

その点は作者が「創作でないのはドイツの現代史のみ」と断っているとおり。歴史だけは書き換えるわけにはいかなかった。ここで主要に顕われるのは、東西統一後のドイツに持ち越された悲劇。ドイツ人にしか書けないテーマだ。軽妙な筆致に和らげられているものの、「ドイツ悲劇の根源」に向けた作者の目は容赦ない。【野崎六助 作家・評論家】

■2007/06/26, 毎日エコノミスト

心に木を育てよう 「緑の環境立国」宣言
心に木を育てよう 「緑の環境立国」宣言稲本 正

PHP研究所 2007-04-17
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著者インタビュー 稲本正(オークヴィレッジ代表)

環境問題は「食育」と「木育」で解決しよう

――この本の狙いは何ですか。

■書き終えたころに、地球温暖化を警告するゴアの『不都合な真実』の本と映画が出ました。重複しているところがかなり多かったので、二番煎じになる部分は随分削りました。ゴアの本や映画では、だったらどう解決するんだ、という具体策があまり描かれていない。30年以上も続けてきたオークヴィレッジの活動で分かったのは、地球環境問題の解決には持続可能性、つまり経済との両立が必要ということです。オークヴィレッジはめちゃくちゃもうけてはいませんが(笑)、今ではグループ全体で70~80人の規模となり、年10億円ちょっとの売り上げがある。そうなったのは、環境と経済を両立させる方法を探ってきたからで、その考え方をコンパクトにまとめたつもりです。

――具体的な解決策は?

■「食育」と「木育」の二つです。日本は食料自給率が40%しかありません。輸入に頼っているため、「フードマイレージ」は他の先進国と比べると極端に悪い。休耕田などを活用し、外国産の食べ物を皆で減らす努力をするだけで自給率は約7割にアップします。同時に8割輸入している木材を7割まで国産にすれば、京都議定書で義務づけられたCO2マイナス6%の達成も可能と言われています。アスパラ1本を国産のものにすれば、クールビズ7日分の削減と同じ効果があるほどです。食料や木材を国産に変えることが環境改善につながり、内需拡大という経済振興策にもなるわけです。

――安倍晋三首相も突然「美しい星」を打ち出し、2050年にCO2半減と言い出しました。

■京都議定書のクリアも難しくなっているのに、花火を打ち上げすぎては、説得力がありません。政治家の思惑より、国民の意識のほうがはるかに重要です。夏至と冬至の夜8時から10時まで電気を消してキャンドルの灯りで過ごそうというキャンドルナイト運動は、今では700万人もが参加するようになりました。こうした人々の意識の変化に基づく国民運動が決め手になります。人々の動きに敏感で森林税を創設する県が出てきたり、すでに変わり始めた企業も増えている。日本の環境問題がいい方向に向かうかどうかはここ3、4年が分かれ目です。それには「環境」に気づいた人たちが、強い意志を持ってもう一押しできるかどうかにかかっている。音楽アーティストやプロ野球選手らが環境の大切さを訴え始めましたが、これまでとは違う、とんでもないような切り口で火をつければ一気に広がる気もします。

――副題は「緑の環境立国」宣言です。

■日本こそ環境立国のモデルにならないと。先進国やアジアのなかでどうやってイニシアチブをとれるのかというと環境しかないからです。高い経済成長を続ける中国やインドはかなり危ないところに来ている。日本がCO2削減の成功モデルをつくり、それらの国に提示してこそ、本当の国際貢献になるのです。

■2007/06/26, 毎日エコノミスト

成果主義とメンタルヘルス
成果主義とメンタルヘルス天笠 崇

新日本出版社 2007-05
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成果主義の人事管理が職場の精神疾患を増やす「因果関係の鎖」に迫る。精神科医としての診療事例に加え、内外の社会調査データや医学研究成果を幅広く引用しつつ、成果主義が「ストレス因子」を高める構造を解明。メンタルヘルス悪化を食い止める労働組合の役割を強調し、長時間労働、努力―報酬不均衡、ハラスメント対策など6項目の取り組みを提言している。

■2007/06/26, 毎日エコノミスト

グーグル革命の衝撃
グーグル革命の衝撃NHK取材班

日本放送出版協会 2007-05
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おすすめ平均 star
star今後のネット社会の行方、課題も記載あり
star濃い内容でお値段も安く
starグーグル幹部の声、現場、業界の実態を正確に記した本

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グーグルのライバルはヤフーだとばかり思っていたら、すでに勝敗はついたという(日本ではまだのようだが)。ネットの世界を制覇し、いまや巨人・マイクロソフトとぶつかることも増えている。単なる検索サービスから抜けだして膨張を続ける注目の企業・グーグルが何をめざしているのか――その全貌に迫ったのが本書だ。

■2007/06/26, 毎日エコノミスト

なぜ、人は7年で飽きるのか
なぜ、人は7年で飽きるのか黒川 伊保子 / 岡田 耕一

中経出版 2007-05-23
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おすすめ平均 star
star世の中の見方が変わる
starまたしてもトンでも本

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乗用車のデザインは28年周期で、直線を主体としたウェッジ型と曲線によるグラマラス型を繰り返す。菅原健二氏が発見した周期だ。現在は曲線の時代で 2012年にピークを迎える。著者はこの周期を発展させ、大衆の感性のトレンドも28年の2倍、56年周期で「女性的アナログ期」と「男性的デジタル期」を繰り返すと説く。現在は「アナログ期」で1999年に始まった。

■2007/06/26, 毎日エコノミスト

国際経営講義―多国籍企業とグローバル資本主義
国際経営講義―多国籍企業とグローバル資本主義ジェフリー・ジョーンズ 安室 憲一 梅野 巨利

有斐閣 2007-04
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19~21世紀初頭までの世界各国の多国籍企業の発展と影響力を歴史的視点から俯瞰する。天然資源、製造業、サービス産業といった分野別の記述に加え、経営組織の実像、外部環境要因としての公共政策を分析し、本国、受け入れ先国への経済・社会・文化的影響などを立体的に論じている。広範な研究成果を踏まえつつ、分かりやすさを心がけた著者の配慮がうかがえる。

■2007/06/26, 毎日エコノミスト

南進する中国とASEANへの影響
南進する中国とASEANへの影響
日本貿易振興会出版事業部 2007-04
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日本にとって輸出や投資で重要度が高まっている東南アジア諸国連合(ASEAN)だが、隣り合う中国にとっても同じ。従来、ASEANには中国製品の流入によって、中国への警戒心が強かったが、最近では、投資や経済協力が活発化し、胸襟を開いている。タイ、マレーシア、フィリピンなど国別に、中国企業の進出状況などを詳細に分析し、対中国関係の温度差、警戒感をまとめた。

■2007/06/26, 毎日エコノミスト

現代人のための脳鍛錬
現代人のための脳鍛錬川島 隆太

文藝春秋 2007-02
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おすすめ平均 star
star「勝ち組」になるためではない、人間らしく生きるために
star認知症の方の脳が蘇えった豊富なエピソードに感動

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の 頭を良くする本 脳を鍛える

頭を良くするという点で、脳の性能を良くしたいというのは、多くの人の願いだろう。私だって最近、落ちてきた記憶力などを顧みると、脳が若返ってほしいという気持ちは強まる一方だ。

だが一方で、最近の脳ブームには多少の批判もあった。こちらが脳のソフトを扱う心理学のほうが専門だということもあって、脳のハードばかり鍛えてどうなるのだ、肝心なのはソフトじゃないかという気持ちも強い。

この「脳トレ」ブームの火付け役とされるのが、東北大学の川島隆太教授である。彼は、さまざまな課題を与えられた際に、脳のどこが活性化しているかを画像化することで、これまでいかがわしいものが多かった脳のトレーニングを科学化した点で、私も高く評価している。ただ、このような目に見えた活性化ということがあると、それで自己満足してしまう人が多いことが問題だと思うだけだ。

その川島教授の近著『現代人のための脳鍛錬』(文春新書、746円)は、川島氏の理論とそのベースになる研究成果をコンパクトにまとめた名著といえる。

川島教授の言うことは、基本的に妥当だ。たとえば、単純計算で脳が活性化するといっても、それはあくまでもウオーミングアップのためであって、ウオーミングアップの後で、難しい問題にチャレンジしなければ、賢くはならないと付記されている。川島氏だって、脳万能主義者でなく、ソフトの大切さを訴えている。

私も精神科医として、カウンセリングだけでなく、薬の大切さも伝える努力をしているつもりだが、脳のハードもソフトも大事なのは当たり前のことだ。

もう一つ敬意を払いたいのは、脳の活性化を目的にする際には、やはり科学的な知見に基づくべきだという科学者的な態度も一貫していることだ。各種サプリが脳にいいという証拠がないことを喝破したり、脳を活性化するためには、足し算ができるようになったら引き算という考え方を捨て、できることをやってもらうことが大切などというのは、データを持っている人にしか言える話でない。

最後に、教育に高齢者を活用することで、高齢者の脳も活性化するし、子供のしつけにもいいというアイデアは傾聴に値する。  科学を世の中に役立てたいという真摯な態度は多くの学者の鑑と感じた。【和田英樹 精神科医】

■2007/06/26, 毎日エコノミスト

草原のラーゲリ
草原のラーゲリ細川 呉港

文藝春秋 2007-03
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star歴史の生きた証人

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英国機密ファイルの昭和天皇
英国機密ファイルの昭和天皇徳本 栄一郎

新潮社 2007-05
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おすすめ平均 star
starタイトルに偽りあり

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大国間の暗闘に翻弄されたモンゴル人

モンゴルというと今や日本の国技大相撲を支える親しみやすい国だが、20世紀のモンゴル族は、ロシア革命と日本の大陸侵略、中国革命の狭間で、大国間の思惑に翻弄された。

細川呉港『草原のラーゲリ』(文藝春秋、2600円)は、旧満州国ハルピン学院で学んだモンゴル人ソヨルジャブの数奇な人生を通して、遊牧民族モンゴルの自立の希望と挫折を描く。日本軍の傀儡国家満州国に生まれた知識人ソヨルジャブは、日本の敗戦直後にモンゴル統一の希望を担って、ソ連に従属する外モンゴルに留学した。ウランバートルの党幹部養成学校ではハルピン学院で学んだロシア語が役立ったが、卒業時に外モンゴルの内モンゴル人差別・虐待を率直に訴えると「反革命分子」「日本のスパイ」の烙印を押され25年のラーゲリ(強制収容所)懲役刑。7年後に内モンゴルに移送されるが、そこにはさらに厳しい新中国の管理監獄、辺境での労働改造が待っていた。内モンゴル自治区とは名ばかりで、文化大革命期の漢人大量移住で「民族主義者」ソヨルジャブの居場所はなかった。「名誉回復」は1981年、22歳から56歳の青春が過ぎていた。

暗くて重いテーマの聞き書き記録だが、なぜか読後感はさわやか。故郷に帰還後のソヨルジャブの日本語学校開設、ハルピン学院同窓生である日本人との再会・交遊、外モンゴル民主化とウランバートルでの日本語教育・日蒙交流への献身で結ばれているからか。

ソヨルジャブは戦争・戦後処理をめぐる大国間の暗闘に翻弄されたが、その期の日本を英国公文書館記録で追ったのが徳本栄一郎『英国機密ファイルの昭和天皇』(新潮社、1470円)。昭和天皇、弟秩父宮、吉田茂、白洲次郎らを日本の「親英派」と見立て、軍部の暴走へのチェックを期待したイギリス「親日派」外交官がいた。機密報告が日付だけでやや学術的価値を減じるが、米国グルー駐日大使に比すべき英国クレーギー大使の記録が現れ、ルーズベルトとチャーチルの対日観の違いと英米の確執が分かるのは貴重。

朝青龍や白鵬の活躍の陰に、国際関係頂点でも民衆レベルでも、知られざるもう一つの東アジア史があった。【加藤哲郎 一橋大学大学院社会学研究科教授】

■2007/06/26, 毎日エコノミスト

日本国の原則―自由と民主主義を問い直す
日本国の原則―自由と民主主義を問い直す原田 泰

日本経済新聞出版社 2007-04
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おすすめ平均 star
star「自由と民主主義」の伝統を尊重するという原則
star「失われた十数年」においても「失われていないもの」

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日本の成功は「自由」にあり 常識を覆す新しい日本論

原田氏はエコノミストの文豪である。驚くほど多くの著作を世に問い続けており、しかもいずれも質が高い。稀有の才能と言うべきであろう。

本書はその原田氏が、「日本は自由と民主主義の国であり、それがゆえに成功した」という一貫したストーリーで日本の歴史を問い直したものである。その筆は、現代は言うに及ばず遠く飛鳥時代にまでさかのぼり、引用される文献はヒューム、カント、福沢諭吉、吉野作造など広範にわたる。歴史的知見に乏しく、難解な古典的著作を遠ざけてきた評者などは、本書のなかに縦横に織り交ぜられる断片的な知識を眺めているだけでも結構本書を楽しむことができた。

本書の魅力として次の2点を挙げておこう。第1は、著者のシンプルなストーリーに照らして、既存の常識が覆されていくことだ。例えば、著者は、日本は官僚主導の国ではなかったし、そういう面があったとしてもそれゆえに成功したことはなかったと言う。ちなみに評者は官僚出身だが、現役時代から「世間は本来は限界的なものに過ぎない官僚や政府の力を過大評価し、過信している」という印象を持っていたから、本書の基本的主張にはうなずけるものがある。戦後の復興政策の代表として取り上げられる傾斜生産方式も成功したとはいえないのだという。この点も評者は、なんとなくそうではないかと思っていたので「やっぱりそうだったのか」という感じを覚える。明治の成功も戦後の高度成長も自由がもたらしたというのが著者の主張である。

第2は、平和、戦争、文化といった非経済的な分野についても、経済をとらえる場合の基本的な視点を適用し、独自の説明を加えていることだ。例えば、明治維新以降の日本は、市場のルールに則った経済的自由の原則の下に発展してきたが、満州事変の成功が「戦争による利得」への道を示すことになり、これが日本の進む道を誤らせたという歴史解釈を示している。経済的インセンティブの作用という面から平和と戦争を説明しているわけであり、私のような経済専門家から見ると自然で説得力のある議論である。

最後にやや個人的なことを言わせていただくと、評者は原田氏の著作に接するたびに、「経済学という道具を使いこなすことによって、やろうと思えばこれだけの著作が書けるのだ」という感を新たにし、及ばずながら自分もという気持ちになる。つまり原田氏の著作は評者に新しい勇気を与えてくれるのである。【評者 小峰隆夫(法政大学社会学部・大学院政策科学研究科教授)】

■2007/06/19, 毎日エコノミスト

偽装請負―格差社会の労働現場
偽装請負―格差社会の労働現場朝日新聞特別報道チーム

朝日新聞社出版局 2007-05
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おすすめ平均 star
star格差社会を感じるルポ
starNHKのラジオで…
star弱い立場が思い知らされる

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驚くべき労働現場の実態 ジャーナリズムの大切さも実感

「富士アウトソーシングの出向社員として」1997年からキヤノンの宇都宮光学機器事務所で働いた男性は、キヤノンの正社員から技術を学びながら5年、6年と働き仕事を覚え、新人に仕事を教えるベテランになった。もちろん日常的に職場ではキヤノンの正社員と協力しあって仕事をしていた。そうした彼が「自分は派遣されている」と思っていたのは当然だった。しかし製造業への派遣が解禁されたのは2004年3月である。彼はもちろん正社員になれなかった。キヤノンの人事担当者は不法行為を知っていたはずである。

松下電器産業はもっとひどい。パネル製造のラインで、請負契約の勤労者を指揮命令するために、請負会社に社員を出向させるという方法をあみだした。自分のやっていることが違法であることを知っての確信犯である。

いやシャープも負けてはいない。シャープの工場内で肋骨を骨折したのに、救急車も呼ばず、自分のクルマで病院に行かせ、労災が起きた場所がシャープの工場ではないかのように装った。しかもその「労災とばし」を、請負会社と社会保険労務士が勝手にやったこと、としらを切るのである。

以上のような本書に書かれていることは氷山の一角で、違法行為はもっと広く深いだろう。だから書かれた会社は不運だったと思う可能性すらある。

コンプライアンス、アカウンタビリティー、コーポレートガバナンス、CSR……と、唱える念仏には事欠かないが、当事者にそれを守る気持ちがなければ意味はない。

日本経団連の会長であり、キヤノンの会長でもある御手洗冨士夫は、請負と派遣の区別も分からず、自分の会社が違法行為を働いている自覚すらなかった。それだけではない、違法行為が発覚しても、今度は法律を変えるべきだと言い始めた。驚くべき精神である。

ジャーナリズムは自らが正義を代表してはならない、と評者は思ってきた。しかしそれと同時に、隠されている事実を広く伝えることによって、自らを主張する術をもたない人々の声を代弁する意思をもつべきだ、とも考えてきた。本書を読み終えた時、ジャーナリズムの果たす役割の大切さを改めて感じた。

本書に結実した偽装請負にかかわる『朝日新聞』の報道は、労働現場を確実に変えつつある。

評者は製造業が好きである。よい会社、素晴らしい会社がたくさんある。だからなおさら本書を読んで心が痛むのである。【評者 中沢孝夫(兵庫県立大学教授)】

■2007/06/19, 毎日エコノミスト

まんまこと
まんまこと畠中 恵

文藝春秋 2007-04-05
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star江戸時代へタイムスリップしてみたいですか?
starもう少しインパクトが・・・
starまだまだこれからが楽しみな・・・

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名主息子の人情話と円朝「幻の作品」追跡

江戸時代、町内を束ねる町名主は、奉行所に行くまでもない小さなトラブルを裁定する権限を持っていたという。

畠中恵『まんまこと』の主人公は、町名主の嫡男ながらお気楽者の高橋麻之助。この麻之助が身近な事件を解決していくので、ミステリーながら、同心や岡っ引きの活躍する捕物帳とは一線を画す独自の世界を作り上げている。

色恋や家族の問題、ご近所トラブルなど、麻之助が挑む事件は複雑ではないので、犯人や真相が早い段階で明かされることも多い。だが麻之助が担当するのは民事。紛争の当事者が今後も付き合うので、一方だけを断罪すれば角が立つ。それだけに入手した情報を基に、麻之助が八方丸く収まる方法を組み立てる後半は、ミステリーの謎解きとしてはもちろん、人情話としても楽しめるだろう。

明治の落語家・三遊亭円朝の“幻の作品”が発見されたという。この作品の謎に迫るのが、辻原登『円朝芝居噺 夫婦幽霊』(講談社、1785円)である。

円朝の口演を速記したとされる『夫婦幽霊』は、江戸城から四千両を盗み出したグループの内紛と、犯人を知った大工の棟梁が織り成す複雑な人間ドラマで、因縁話としても、探偵小説としても秀逸。

だが作中に明治中期には使われていなかった速記記号があったことで、偽書の可能性も出てくる。主人公は、速記の歴史や速記本が近代文学に与えた影響などを手掛かりに、誰が『夫婦幽霊』の作者かを追及していくので、知的興奮が満喫できる。“幻の作品”が本当に円朝の作品かは実際に読んで確認していただきたいが、ラストには驚愕の真相が待ち受けていることだけは指摘しておきたい。【末國善己 文芸評論家】

■2007/06/19, 毎日エコノミスト

「今のアメリカ」がわかる本―この国を知れば「世界」が見える!
「今のアメリカ」がわかる本―この国を知れば「世界」が見える!渡部 恒雄

三笠書房 2007-03
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starブッシュを支える人脈とイラク問題の経緯が見えてきた。
star頭の中が整理できた

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著者インタビュー 渡部恒雄(三井物産戦略研究所主任研究員)

今後の日本と米国は「責任ある利害関係者」に

――ワシントンの戦略国際問題研究所(CSIS)に約10年勤め、アメリカの良さと悪さをどう評価しますか?

■政権が4年に1回交代すれば、体制が一新されるから、日本のように前例や省益に引きずられずに新しい政策が遂行できます。スピード感もあります。そこが悪い点にもなって、ブッシュ政権はとにかく反クリントンで、前政権と違う政策を採る。イラク戦争前には父親のブッシュの側近たちが諫言しても、「フセイン打倒は未完の仕事」と耳を貸さなかった。麻生太郎外相が「戦後処理は幼稚だった」と言った通り、戦後処理を大して考えずに開戦したツケはあまりにも大きい。北朝鮮政策でも、クリントン時代の関与路線から強硬路線に転じ、また関与に戻るなど著しくぶれ、北朝鮮に足元を見られています。

――米国との付き合い方は?

■米国のパワーが弱まったお陰で、中国やロシアが勢いづき過ぎ困ったという声が世界中に多い。従来の日本外交は米国との距離間を中心に考えてきました。日本も「責任あるステークホルダー(利害関係者)」という自覚を持ち、まずアジア、世界をどうしたいか、そのためには米国にどう働きかければいいかに苦心すべきです。だんなにパワーがあるうちは従順な奥さんでも済むが、だんなの会社が傾きかけ家計も苦しくなれば、奥さんも外で働かなくてはならなくなるという感じかな。

――ネオコン(新保守主義者)の分析に力を入れてますね。

■代表的人物は第1次ブッシュ政権当時のウルフォウィッツ国防副長官やボルトン国務次官で、世界の民主化というリベラルな理念を重視し、それを達成するために力の行使をいとわないというパワー信奉者です。イラク戦争の失敗は理念に重きを置き過ぎ、そんなものに関係なく動く国際社会の現実にピンと来なかったことです。彼らがイスラエルの安全保障を最優先させていることも批判されています。

――今後のブッシュ政権は?

■今やろうとしているのは、「イラクで傷ついても振り返るとそんなに悪くなかった」と言われるためのレガシー(遺産)づくり。北朝鮮と枠組み合意的な成果が欲しいのでしょう。

――日本はイラク戦争を総括せず、外交戦略も脆弱だと指摘されます。

■ここで総括しろという人にも、正当化している人にも違和感がある。元々イラク攻撃にはばくち的要素があったが、フセインが大量破壊兵器を持とうとする可能性もあった。日本の米国支持も賭けだったが、小泉(純一郎前首相)という人のカンの良さで、日本は損をしていない。中東が反日になったわけでなく、自衛隊派遣では国際社会で一定の評価を受けた。課題は開戦時に日本独自の情報を全く持っていなかったことです。

――本について父・渡部恒三民主党最高顧問の感想は?

■ノーコメント。1冊あげたんだけど、忙しくてまだ読んでないんじゃない。外交問題よりは日本の政局の話ばっかりしていますから。

■2007/06/19, 毎日エコノミスト

世界を変える人たち―社会起業家たちの勇気とアイデアの力
世界を変える人たち―社会起業家たちの勇気とアイデアの力デービッド・ボーンスタイン 井上英之 有賀 裕子

ダイヤモンド社 2007-02-17
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star「世界を変える勢力」:社会起業家の情熱と実力
star世界を変えることは可能だ!

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社会的な課題に事業として取り組む社会起業は、国境を越えた潮流になっている。独自のアイデアと不屈の精神で、その先頭に立つ社会起業家たちを世界各地に追い、インドやブラジル、ハンガリーなどでのケーススタディーに加え、社会起業家の国際的支援組織である「アショカ」の活動や理念、社会起業組織の特徴とリーダーに求められる資質などを探っている。

■2007/06/19, 毎日エコノミスト

ベルリンの壁の物語 上 (1)
ベルリンの壁の物語 上 (1)クリストファー・ヒルトン 鈴木 主税

原書房 2007-03
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starベルリンの壁の悲劇

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ベルリンの壁の物語 下 (3)
ベルリンの壁の物語 下 (3)クリストファー・ヒルトン 鈴木 主税

原書房 2007-03
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ベルリンの壁はいまや一部を除いて跡形もない。著者は、1990年以降、旧東独の国境警備兵、一般市民にいたるまで数百人のインタビューを重ねてきた。彼らの個人的な経験や思いを積み上げることで、東西分裂の時代を人々が何を思い、どう生きてきたか――ともすれば忘れられがちな「壁とともにあった市民生活」を描いた貴重なノンフィクションとなっている。

■2007/06/19, 毎日エコノミスト

タックスヘイブン―グローバル経済を動かす闇のシステム
タックスヘイブン―グローバル経済を動かす闇のシステムクリスチアン・シャヴァニュー ロナン・パラン 杉村 昌昭

作品社 2007-05
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タックスヘイブンは、金融・税制規制を例外的に免除するオフショア市場である。さらに、政府が意図的にオフショア化した地域である。オフショア市場は、1898年の米デラウェア州の課税上限の設定、国外に本部のある企業に課税できないという英国の1929年判決、仏の脱税摘発に危機を感じ、銀行の守秘義務を定めたスイスの1933年銀行法47条で完成する。興味深く、本格的な研究書。

■2007/06/19, 毎日エコノミスト

中国は敵か、味方か―21世紀最大の市場と日系企業
中国は敵か、味方か―21世紀最大の市場と日系企業莫 邦富

角川書店 2007-05
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中国に進出した日系企業にとって、中国は「安い人件費」「世界の工場」から、「人件費の高騰」「巨大消費市場」へ大きく変わりつつある。著者は日系企業のパフォーマンスを長年にわたってウオッチしてきたが、当初から主張している「現地に溶け込め」「良き企業市民であれ」との信念は今も不変。日中における豊富な取材を通じた苦言提言には説得力がある。

■2007/06/19, 毎日エコノミスト

論壇の戦後史―1945-1970
論壇の戦後史―1945-1970奥 武則

平凡社 2007-05
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戦後の論壇は岩波書店の『世界』が王座に君臨していた。なぜ『世界』だったのか? 天皇制へのスタンスをどう決めたのか? 60年安保後の高度成長時代に『世界』の論理は空回りし、人気を失う。『朝日ジャーナル』の時代を経て、保守言論が支配するポスト・戦後に流れ込んだ、と説く。雑誌論文の緻密な分析が中心。進歩的文化人の凋落の理由など、説得力がある。

■2007/06/19, 毎日エコノミスト

17歳のための世界と日本の見方―セイゴオ先生の人間文化講義
17歳のための世界と日本の見方―セイゴオ先生の人間文化講義松岡 正剛

春秋社 2006-12
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star情報は繋がることによって・・・理解が構築される
star17歳という、メモリアルな境界線をはさんで、情報を紡ぐ。
star日本文化再発見の手がかりとして・・・

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世界のなかで見る日本の伝統と文化

専門化が進んだせいだろうか、あるいはマスメディアが俗化したせいだろうか、このところ本物の知識人がめっきり少なくなった。

そうしたなかで松岡正剛の存在は貴重である。日本文化についての該博な知識をベースに、コンピュータ・サイエンスや世界の宗教にまで広がるその知見は、当代有数のものである。

その松岡が大学1年生を対象に「世界と日本の見方」を講義したものをまとめたのが『17歳のための世界と日本の見方』(春秋社、1785円)である。表題に「17歳のための」とあるが、広くサラリーマンにも読んでほしい本物の教養書である。大学の教養課程というのは、本来こうしたことを教えるプロセスではなかったのだろうか。

松岡も嘆いているように、日本のことを知らない日本人が今や日本の多数派になりつつある。「なぜか日本人は仏教のことも、着物のことも、三味線のことも知らなくなってしまったのです。伊勢神宮や床の間や、連歌や国学や日本の数学者のこともあまりよくわかっていません」。

「美しい国」も憲法改正も別に反対ではないが、問題の根はもっと深いところにあるのではないか。安倍総理周辺もぜひこの本を読んで勉強してほしいものである。日本の伝統・文化はわれわれにとってかけがえのないものである。しかし、それを松岡のように世界の歴史と文化のコンテクストのなかに置いてはじめて、その重要性が理解できるのである。近ごろ、総理周辺に散見される偏狭なナショナリストたちは本当に日本文化に通暁しているのだろうか。ナショナリスティックな言説を弄しながら、他方でアメリカ追随を説いているのだから、どうもよく分からない。

南京事件など近代史の一部だけに眼が向いてしまっているが、松岡のいうように本当に大切なのは古事記や日本書紀などの日本の神話を教えることではないのか。どの国でも神話はその国の文化の原点なのだから……。評者は21世紀は日本の時代になりうると思っているが、世界のなかの日本を松岡のような視点でもう一度見つめ直してみることがその出発点なのではないだろうか。【榊原英資 早稲田大学教授】

■2007/06/19, 毎日エコノミスト

サムライ異文化交渉史
サムライ異文化交渉史御手洗 昭治

ゆまに書房 2007-04
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サムライの異文化理解と交渉術

異文化理解というのは、つくづく難しいと痛感するこのごろである。例えばイラク戦争。あの狂信的排外国家の日本でさえうまく占領統治できたのだから、イラクなどは簡単に治まる、と早合点したわけではあるまいが、ここまで手こずるとはアメリカも思わなかったらしい。21世紀の現代ですらこうなのだから、鎖国下の日本との交渉に欧米諸列強が手を焼いたであろうことは、察するに余りがある。

しかし、いかな江戸の封建日本とて、そう何もかも頑迷固陋ばかりであったのでは必ずしもない。蘭館医シーボルトは、鳴滝塾に集った日本人の若き蘭学者たちの向学心と理解力に感服しているし、江戸で診療した大名夫人らの淑やかさ、礼儀正しさに驚歎している。また、ゴロウニン著『日本幽囚記』などをひもとくと、文化年間(19世紀初頭)の日露交渉において、双方とも優れた相手認識と理解力をもっていたことが知られる。リコルドや高橋三平らの交渉をみると、現在の日露・日朝交渉などはるかに拙劣であるかに映る。それは司馬遼太郎がつとに指摘していたことである。

さて、御手洗昭治著『サムライ異文化交渉史』(ゆまに書房、2100円)は、江戸時代の日欧交渉の諸局面を、「異文化交渉の視点から歴史を見直す」という立場から論じた書物で、著者はライシャワーらに師事し、アメリカの大学で研究を積んだ比較文化史家。元禄時代に訪日した蘭館医ケンペル(実はドイツ人、シーボルトと同じ)を最初の対日交渉家と位置付け、以下間宮林蔵の目撃した山丹(沿海州とアイヌの)交易、英仏両国の日本接近、レザノフ以前の日露交渉、浦賀到着前のペリーによる琉球国とアメリカとの交渉、という具合に、ヨーロッパ人とサムライとの対応、交流を論じている。

日本人一般が、いまだに外国人との付き合いが苦手であるという事情は、何となく理解できる。それには種々の原因や歴史的経緯が影を落としているに違いない。しかし、われわれは必ずしも劣等感に悩まされることもなかろう。経験豊富、練達のアメリカでさえ、性懲りもなくイラクで失敗し、ベトナムの轍を踏んでいる始末なのだから。【今谷 明 国際日本文化研究センター教授】

■2007/06/19, 毎日エコノミスト

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