メイン > 週刊エコノミスト書評 『ブックレビュー』 > 2007年5月8日~5月15日

新帝国主義論―この繁栄はいつまで続くか
新帝国主義論―この繁栄はいつまで続くか武者 陵司

東洋経済新報社 2007-04
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臨場感と職人気質溢れる分析通貨の議論が特に興味深い

「前例のない世界経済の繁栄」が続き、「これまでの経済常識が通用しない現象が多発している」との認識のもと、20件の謎を指摘するところから本書は始まる。この謎解きに挑戦し、著者独自の分析体系を用いて構築したのは、「地球帝国」という概念である。それは生活の共通化、普遍化する経済システム、産業集積と企業集中、国際インフラの統一などの様相から、2000年代初頭に誕生した。すなわち「地球は一つの国、一つの経済圏として完全に統一された」という見方で議論を進めている。

著者はグローバルに展開するドイツ証券にあって、市場分析の最前線で活躍しているアナリストである。「アナリスト稼業」「本書は徹頭徹尾アナリストの書、分析の書」などの言葉からもうかがえるように、職人気質の面が随所に感じられ共感を呼ぶ。データを収集し、分析を行い、判断するだけにとどまらず、日常業務の中で巨額の資金が世界中を駆け巡っている現場に身をおいて、絶えず分析の精度を高められる立場にある。だからこそ、本書で示されている様々な経済現実は臨場感にあふれている。

議論の核心のひとつは、国際通貨体制をめぐって展開される。アメリカは1995年から「強いドル政策」をとり、積極的に赤字拡大による成長を求めてきた。経常収支赤字はGDP(国内総生産)の6%台半ばという高水準に達し、いつドル危機が起きてもおかしくない状況にある。しかし著者はドル下落論にはくみせず、中国などからの輸入によって移転されるチープレーバー・ギフトとでもいうべき超過利潤を指摘している。中国やインドは同一労働において、生産性の点ではアメリカとかなり接近している。それに比べて労働者の賃金が著しく低い。その結果、アメリカは貿易によって多大の恩恵を受け、経済成長率を高め、海外からの資本流入を招いているとの観察は興味深い。

著者が論じているように、通貨問題を含め、グローバリゼーションのもたらす影響を広く議論することが急務である。いつまでたっても成長を加速できず、デフレもすっきりとは解消しない日本経済にとって合理的な解決方法を見出すためにも必要となっている。

著者の議論の中には見方が分かれる点もある。しかしながら、これまであまり議論されずにきた通貨に関する問題を中心に、様々な視点から論ずることによってこそ、日本の方向性が見出されると期待される。その点でもお勧めしたい著書である。【評者 三國陽夫(三國事務所代表取締役)】

■2007/05/15, 毎日エコノミスト, 58ページ

ヤモリの指―生きもののスゴい能力から生まれたテクノロジー
ヤモリの指―生きもののスゴい能力から生まれたテクノロジーピーター・フォーブズ 吉田 三知世

早川書房 2007-03
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おすすめ平均 star
starj自然界のテクノロジー
star自然のすごさ

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わずか10年前に始まった新たな自然の模倣の時代

科学技術の最先端で何が起きているのか、理解できるように教えてくれる書物に出会うと、著者に感謝したくなる。本書は、90年代半ばから急速に拡大した「バイオ・インスピレーション」(日本ではバイオ・ミメティックスと呼ばれる)の世界を開いてくれる。

訳者によれば、バイオ・インスピレーションとは「生物の運動や機構、生体内の反応などにヒントを得た技術を開発する分野を指す」という。

多くの人は自覚していないが、1965年の走査電子顕微鏡の市販開始で、私たちの自然観は一変しつつある。

ハスの葉はなぜ、水をはじくのか。ドイツのバルトロット教授は、ハスの葉の表面に電子顕微鏡でしか見えない無数のナノ単位の突起を見出した。人工的に同じ構造を作り出すと、やはり水をはじく。「ロータス・エフェクト」の発明だ。塗った後も決して汚れない塗料が開発された。

ヤモリはなぜ天井を歩けるのか。米国のフル教授とオータム教授は、片足だけで50万本も密生している毛を見出した。しかもその1本1本は先端が100本から1000本に枝分かれしている。その各々の先端で、2ナノメートル以下の領域で普遍的に発生するファンデルワールス力が働き、ヤモリを天井に張り付ける。ヤモリが天井を歩くのは、物理現象なのだ。接着剤を使わない接着構造への道が開かれた。

美しい青い蝶として知られるモルフォの鱗粉には、青い色素などない。ナノレベルで、まるで人工物のような幾何学構造が、鱗粉の一つ一つに刻み込まれている。その構造が青い光だけを増幅する。太陽光の下で輝く衣装も夢ではない。

昆虫とは似ても似つかぬ昆虫を作る人々もいる。超高速ビデオで昆虫の飛翔を分析し、視覚の能力を測定し、形は違うが似た機能を果たす部品を作って組み立てる。遠隔操作不要の超小型自動飛行物体が誕生する。発注者は米防衛高等研究計画局、用途は明白だ。

人類は自然に学び、自然をまねてきた。しかし、鳥や昆虫と飛行機のように、結果としてはまったくの別物を作ってきた。自然の秘密がまだ見えていなかったのだ。走査電子顕微鏡の普及とナノテクノロジーの発達で、私たちは新たな段階に入ったらしい。探究すべき自然の秘密は無限に近い。そして自然と同様に極端に省エネルギーだ。そんな時代が、わずか10年くらい前から始まっている。【評者 北村龍行(毎日新聞論説委員)】

■2007/05/15, 毎日エコノミスト, 58ページ

女性の品格
女性の品格坂東 眞理子

PHP研究所 2006-09-16
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おすすめ平均 star
star自分を振り返るいいきっかけになりました
star当たり前のこと
star意外につっこめない

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著者インタビュー 坂東眞理子(昭和女子大学学長) 『女性の品格――装いから生き方まで』

品格がなければリーダーにはなれない

──今年になって急に売れ始めたそうですね。タイトルもよかった?

■藤原(正彦)さんの本のまねのようで、やや気恥ずかしい。友人には「あなたが装いについて書いたの」と笑われています。予想より若い女性が買ってくれたようです。公務員として34年働いてきて、いまにして思うと未熟で恥ずかしいことが多々あった。若い人にその経験を繰り返さないでほしい、という気持ちです。例えば、ブリスベーン総領事をやるまでは、招かれても礼状なんてほとんど書かなかった。でも、もらうと嬉しい。この本は反省のカタマリですよ。

──とはいえ、品格に男女差はない?

■男性たちは、出世のためには「いい人」ではいけない、業績を上げ、ポストに就いて初めてモノがいえる――などという。でも、それはちょっと違うんじゃないのといいたいです。雪印や不二家の不祥事に表れたように、日本の企業の品格が落ちているのじゃないですか。やるべきことはきちんとやる、という倫理観が日本を支えてきたのに、それが崩れている。まず個人が品格を身に着けてほしい。よき個人がよき企業をつくる。当たり前の積み重ねが企業の品格につながるんです。

──この本は男性にも通じますね。

■ええ重なる部分は大きいです。男性でも品格がある人は、差別したり弱いものいじめしたりはしない。女性でも品格がある人は決断力がある。

──できない約束はしない、礼状は別に名文でなくてもよい、など、当たり前のアドバイスが並んでいます。

■100%を求めて何もやらないより、40点でも50点でもやったほうが、0点よりはいいんだから。私は何をやってもだめ、とあきらめてしまうのが、いちばんよくないと思います。

──今年の入学式では学長としてどんなあいさつをされたんですか。

■いい出会いがあったとか、自分が成長したと思えるような4年間をすごしてほしい。卒業式におめでとう、といいたいというのが第一でした。つぎに知力、体力、品格を身に着けなさい。本を読み、表現力をつけ、体力をつける。働く人なら知っていますが、健康と体力はとても大事。そして善悪を判断できる品格ですね。

──めんどうな幹事役を引きうけることが人脈につながる?

■ええ、目立つ役に就くことより、礼状を書くとか、頼まれたことはやる、といったことを地道にやることが本当の人脈になる。また、自分に余力がないと他人を助けることができません。「情けは人のためならず」といいますが、人のために力を貸していれば、多くの場合、自分に返ってくる。10年先かもしれないし、まったく違う人からかもしれない。でも、お返しは回るものなんです。

──女性へのアドバイスは?

■うまくたちまわればマネジャー(中間管理職)になれるけれど、品格がなければ指導者にはなれない。女性の中にも、品格あるリーダーがたくさん育って欲しいのです。

■2007/05/15, 毎日エコノミスト, 58ページ

円の足枷―日本経済「完全復活」への道筋
円の足枷―日本経済「完全復活」への道筋安達 誠司

東洋経済新報社 2007-02
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おすすめ平均 star
star処方箋書いてあるじゃん
star日本経済をすっきりとさせない「強い円」へのこだわり

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日本のデフレとその克服の条件を考えたのが本書である。かつての米国の戦略的な為替政策による中長期的な円高トレンドが日本の低迷とデフレをもたらし、これに国内の「強い円」思想が結びついて、日本経済の完全復活の障害となってきた、と著者は言う。議論を巻き起こす価値のあるテーマだ。

■2007/05/15, 毎日エコノミスト, 58ページ

占領下パリの思想家たち―収容所と亡命の時代
占領下パリの思想家たち―収容所と亡命の時代桜井 哲夫

平凡社 2007-01
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おすすめ平均 star
star誰も無実ではありえない
star占領下をサルトルらはどう生きたか

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パリ陥落。レヴィ・ストロースらひと握りのユダヤ文化人は救出作戦で米国に亡命、死を免れた。一方、『星の王子さま』のサン・テグジュペリは米国に居場所をなくしフランス軍に復帰、偵察機の事故で死亡した。ベンヤミン、メルロ・ポンティ、シモーヌ・ヴェイユらの思想家が歴史の転換点で生死を分けたドラマが再現される。肩の凝らない現代思想入門書として読める本だ。

■2007/05/15, 毎日エコノミスト, 58ページ

昭和の戦争―保阪正康対論集
昭和の戦争―保阪正康対論集保阪 正康

朝日新聞社出版局 2007-04
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対米開戦はいつの時点で「引き返し不能」地点に行ってしまったのか? 統帥権が国を滅ぼしたのか? 「特攻」とは? 南京事件、原爆、戦争犯罪、東京裁判とは? 昭和天皇の戦争責任は? いまだに日本人に突きつけられている重いテーマを半藤一利、秦郁彦、松本健一、原武史、角田房子氏らと一緒に考え、近代日本が入り込んでしまった「迷路」を見つめ直した対論集。

■2007/05/15, 毎日エコノミスト, 58ページ

戦国三好一族―天下に号令した戦国大名
戦国三好一族―天下に号令した戦国大名今谷 明

洋泉社 2007-04
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著者が、修士論文を元に1985年に出版した処女作の再版。信長、秀吉、家康を軸とした戦国時代観のなかでは、三好一族はまことに影が薄い。信長に何度も打ち破られたという印象も強い。しかし、信長上洛以前に畿内を支配していたのは、三好一族だった。農業ではなく、貨幣経済の流通や運送業に経済的基盤を置く。先進地、畿内にのみ可能な戦国大名だった。三好長慶の死去で分裂するが、一時は堺に幕府を成立させていたという驚きがある。

■2007/05/15, 毎日エコノミスト, 58ページ

コンサルタントの危ない流儀 集金マシーンの赤裸々な内幕を語る
コンサルタントの危ない流儀 集金マシーンの赤裸々な内幕を語るデイヴィド・クレイグ 松田和也

日経BP社 2007-03-09
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おすすめ平均 star
star筆者のひどい経験の雰囲気を楽しむ本。
star最終章は一読の価値あり
star少なくとも経営者は読まないですね・・。

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経営コンサルタント市場は年商3000億ドルともいわれる。だが、その内情が詳しく語られることはあまりなかった。大手コンサルタント会社に長年勤め、多くの多国籍企業を相手にした筆者の体験をベースに、「知識創造」に携わるコンサルタントの役割の意外な一面を浮き彫りにする。サービスを買う企業トップの思惑や、コンサルタント会社内部の複雑な利害関係は、人間ドラマとしても興味深い。

■2007/05/15, 毎日エコノミスト, 58ページ

心を開かせる技術―AV女優から元赤軍派議長まで
心を開かせる技術―AV女優から元赤軍派議長まで本橋 信宏

幻冬舎 2007-03
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おすすめ平均 star
star面白い

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人の話を聞く技術

精神科医をやっていて、自分で何が変わったかと聞かれると、おそらく人の話が聞けるようになった点だと思う(最近は患者さんが多すぎて、カウンセリングの時しかそれが十分できないのだが)。

これは、自分が人間的に成長したり、精神科医として熟練したからではなく、アメリカ留学中に、自分自身が精神分析を受けてきた体験が大きい。精神分析というと、患者さんが語った内容に、あれこれと分析的なコメントを与えることのように思われるが、ときに共感されたり、傾聴してもらったりという心地よい体験をすることで心理的成長を促すというのが基本である。私自身、会話がうまくならず、日本にいた頃のような尊敬を受けない一介の東洋人に成り下がっていたので、この体験が嬉しかった。

日本に帰ってくると尊敬する先輩の精神科医から、昔と違って患者さんの話が聞けるようになったと言われてはっとした。自分が患者体験をすることで、患者さんのニーズが体感できたのだろう。

別にこんなことは精神科の世界に限ったことではない。私の知る本橋信宏氏という新左翼のトップからAV女優、そして臓器切り取りの金融取り立て人まで、ちょっと聞けない人の話を聞く名インタビュアーは、人の話を聞く技術を自ら確立した人と言っていい。その彼が、インタビュー術の本『心を開かせる技術』(幻冬舎新書、756円)を出した。

笑いをからめると過去を知られたくないAV嬢からでも話が聞ける、4度や5度で諦めずにずっと話が聞きたいとぶら下がり続ける、相手の話を聞くときに邪魔をしないで空気のような存在になるなど、もちろん心理臨床の世界でも、似たようなことを言う人がたくさんいるのだが、実は本の構成そのものが、「心を開かせる技術」のようになっているところに本橋氏の非凡さを見た。

技術を並べ立てて、その例をあげて、こんな技術を使うと、話を聞くのがうまくなるというノウハウ本にするのでなく、せっかく面白い人たちからインタビューが取れたのだから、その内容を前面に出して、その秘訣をさりげなく公開する。これなら嫌味を感じずに、すっとそのテクニックが入ってくる。

少なくともインタビュー内容に、受け手の人生を感じるエピソードが並んでいて、それだけでも一読の価値がある。【和田英樹 精神科医】

■2007/05/15, 毎日エコノミスト, 58ページ

嘘だらけのヨーロッパ製世界史
嘘だらけのヨーロッパ製世界史岸田 秀

新書館 2007-02
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おすすめ平均 star
starおもしろいです。「仮説」には絶対必要な「説得力」もあります
star前提のトンデモ学説が致命傷

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キリスト教徒が生きたローマ帝国
キリスト教徒が生きたローマ帝国松本 宣郎

日本キリスト教団出版局 2006-06-05
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いまだ論議の的「ローマのキリスト教化」

歴史家の日々は地味でくさくさしたもの。難解な史料に頭をなやませても、その文言の裏にある実態にはなかなか迫れない。じれったく思っているうちに、時はどんどん過ぎ去っていく。そんな専門家がど素人の話に耳をかたむけるなどもってのほかだと、同業者にはどやされそうだが。でも、やはり面白いものは面白いのだ。

社会心理学者である岸田秀の『嘘だらけのヨーロッパ製世界史』(新書館、 1680円)は一見すれば誇大妄想のようだが、かなり核心をついている。「わたしとしては、現代においてキリスト教国が世界を牛耳っているのはなぜかという問題は、キリスト教が古代ローマ帝国を乗っ取ることができたのはなぜかという問題と同じ問題であり、後者を解明できれば、前者も解明できるのではないかと考えている」には、思わずうならせられる。

岸田はバナールの「黒いアテナ」説によりそいながら、ヨーロッパ文明を最上のものとする世界史叙述に疑問をなげかける。世界の情勢を知るにつれて他の文明に嫉妬し侵略し悪事をなしたのに、その事実が隠されているという。欧米人の世界史はコマーシャルであり、わが商品の食中毒事件を宣伝する会社など聞いたことがないという台詞には抱腹絶倒である。

ところで、専門家は「ローマ帝国のキリスト教化」についてどう考えているのだろうか。松本宣郎『キリスト教徒が生きたローマ帝国』(日本基督教団出版局、2520円)はその最新研究動向を教えてくれる。それによれば、原始キリスト教は都市部でひそかに広がったとはいえ、実数はごくかぎられていた。田園部でも信徒が目立ってくるのは、313年のミラノ勅令前の100年たらずにすぎないのだ。それも、小アジア、北アフリカ、エジプトなど地域ごとに差異が見られる。というのも、原住民はフリュギア語、ルカオニア語、ベルベル語、コプト語など無数の土着語をもっていたのである。

伝道はギリシャ語とラテン語がどれほど理解されたかにかかっていたのだ。昨今では、教会などの考古遺跡をも詳細に検討しながら、普及の様相が明らかにされつつあるようだ。【本村凌二 東京大学大学院教授】

■2007/05/15, 毎日エコノミスト, 58ページ

中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズムについて
中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズムについて島田 裕巳

亜紀書房 2007-04
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おすすめ平均 star
star色々と考えさせられる
star嫉妬か正義か、冗談か真実か。

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オウムの「第二の教祖」告発の書 だが、説得力には乏しい

著者による渾身の中沢批判である。だが評者のみるかぎり、中沢の存在と思想を社会的に葬るためには焚書も辞さないという著者の意気込みは、空振りに終わっている。

著者は、中沢をオウムの第二の教祖、隠れグルと断罪する。まず、麻原をはじめオウムの信徒は、グルへの絶対的帰依を説いた中沢の著書『虹の階梯』の影響を受けていることを指摘する。麻原は『虹の階梯』をもとに修行法を開発したのであり、両者は車の両輪となって、1980年代のオウムの急伸長をもたらした。つまり中沢と麻原は不可分である、というのだ。

さらに著者は、この本を放置しておくかぎり、それに感化された人間が再び、サリン事件のような出来事を引き起こす危険性があると警告する。にもかかわらず中沢はグルへの絶対的帰依を記述から削るという責任ある態度をとろうとしない。それは中沢が確信犯であることを意味しているというのである。

ところで、グルへの絶対的帰依の教えが中沢の考えなのか、それとも仏教にある師資相承という考えに負っているのか、著者は明らかにしていない。後者であれば、たとえ中沢が否定しても教えは存続するだろう。しかもオウムの集団体制と師資相承は矛盾する。

もう一点、著者は、中沢がオウムを彼の考える霊的革命を実践する運動体としてとらえ、その運動に期待をかけていた、その証拠に彼は地下鉄サリン事件を正当化するような発言をしている、と批判する。 「サリン事件の死者は12人だったが、これが1万人とか2万人の規模だったら、東京の霊的磁場が劇的に変化したかもしれない」。これが中沢の物議をかもした発言のおよその内容だ。

気になるのは右の発言が雑談時のもので、かつ中沢の了解なしにある本の中で暴露されたものであることだ。評者も当時目にして興味深いものを感じた。だからといって本人の認めてないこうした不確かな発言を、批判の根拠にする著者の姿勢に同調する気にはなれない。

右の発言にサリン事件の正当化をみる解釈も納得いかない。著者は事件に接して、死者が1月の震災並みの規模に達していたらという想定に捉えられなかったのだろうか。日本人を支えている精神の骨格が一挙に崩落する体験になったに違いない、というのが評者の見解であった。「東京の霊的磁場が劇的に変化したかもしれない」という言説には中沢らしい興奮が感じられた。だが、それ以上の意味は伝わってこなかったのである。【評者 芹沢俊介(評論家)】

■2007/05/08, 毎日エコノミスト, 68ページ

投資銀行家が見たサウジ石油の真実
投資銀行家が見たサウジ石油の真実マシュー・R・シモンズ 月沢 李歌子

日経BP社 2007-03-21
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おすすめ平均 star
star初めて知る石油掘削の現状

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石油資源の脆弱性を指摘し市場に大きな影響を与えた書

原油価格は2003年3月のイラク戦争以降2・5倍に高騰した。その原因については、中国需要説等様々な説明がなされているが、特に04年から05年にかけて米国のマスコミを席捲したオイルピーク論、すなわち世界の石油生産量はごく近い将来ピークに達し、その後急速に減退して、原油価格は天文学的に高騰するという論文や著作が、ニューヨークの原油先物市場の投機筋に大きな影響を与えたことが重要である。

本書も、そうしたオイルピーク論の系譜に属するものであるが、通俗的なオイルピーク論は、環境保護論者を中心に世界全体の埋蔵量を、薄弱な科学的根拠のもとで抽象的に論じたものが多い。

それに対して、本書の著者のシモンズは米国の石油産業の中心地ヒューストンにおいて投資銀行を経営し、石油産業に精通した専門家として、サウジアラビアに焦点を絞り、石油開発関連の論文を綿密に精査したうえで、サウジにおける近未来の石油資源枯渇の可能性を警告している。

多くの日本人は、漠然とサウジアラビアといえば世界最大の原油生産量を誇り、全世界の22%に相当する2642億バレル(BP統計、05年末時点)もの原油埋蔵量を誇る大産油国であるというイメージを持っている。

しかし、著者はそうした漠然とした先入観を科学的根拠の弱い砂上の楼閣であると断言する。実は、サウジの原油生産量、原油埋蔵量は最高の国家機密であり、サウジ政府が公式に発表したデータはなく、石油専門家や石油専門誌の推定に過ぎないという事実は、一般の読者にはまったく知られていないのである。

本書は、米国石油技術者協会(SPE)による科学的な資料の分析を基礎に、サウジの原油生産の大部分がガワール油田をはじめとした少数の油田に依存し、その油田が老朽化し、原油生産が減退しつつあることを指摘する。1970年代の2度にわたる石油ショック以降、サウジの国営石油企業サウジアラムコが国内油田の埋蔵量評価、地質学的分析、個々の油田の生産履歴に関する正確な情報を公表しておらず、現在世間で定着している2600億バレルという埋蔵量そのものに疑問を投げかけ、サウジの石油資源に関する脆弱性の真実に肉薄している。

サウジの石油はあと50年から100年は心配いらないと根拠なく安心し、毎年300億バレルにおよぶ大量の石油を消費する先進国の人々への警世の書といえる。【評者 岩間剛一(和光大学経済経営学部教授)】

■2007/05/08, 毎日エコノミスト, 68ページ

青に候
青に候志水 辰夫

新潮社 2007-02-22
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青嵐
青嵐諸田 玲子

祥伝社 2007-03-13
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「青」つながりの注目作2点!

ハードボイルドの名手・志水辰夫が、初の時代小説に挑んだのが『青に候』である。

物語は、播磨国栗山の山代家に仕える神山佐平が、脱藩して江戸に帰ってくるところから始まる。佐平は、自分と同じく中途採用された永井縫之助を探し始めるが、その直後から、佐平の周囲には刺客の影がちらつくようになる。

江戸で縫之助を探す現在のパートと、栗山での事件を描く過去のパートを交互に描くカットバックを巧みに利用し、佐平が巻き込まれる陰謀の輪郭を徐々に明らかにしていくので、最後まで先の読めない展開が続く。佐平や縫之助の人生も、様々なエピソードを使って重層的に浮かび上がらせているので、リアルで深みがある。

豪農の三男として生まれた佐平は、絵師で身を立てようとしていたが、偶然が重なり武士となる。時は価値観が揺らぐ幕末。佐平は事件を通して、武士を取るか、絵師になるかの選択を迫られる。若者が苦悩しながら将来を模索していくので、青春小説としても秀逸だ。

重厚なテーマと世界観を、あくまで軽快かつ明るく表現した熟練の筆は、著者にしか出せない味わいがある。

諸田玲子『青嵐』(祥伝社、1890円)は、対照的な性格ながら、なぜか仲の良かった森の石松と豚松が、清水の次郎長のもとで出世する過程を描いている。切った張っただけでなく、家族との確執や恋物語も活写しているので、浪曲で広まった類型を排した迫真の物語となっている。

自由人のイメージが強い渡世人も、幕末から維新の動乱に巻き込まれ、過酷な運命をたどったとの指摘は、今までの股旅もののイメージを覆してくれるだろう。【末國善己(文芸評論家)】

■2007/05/08, 毎日エコノミスト, 68ページ

人はなぜ太るのか―肥満を科学する
人はなぜ太るのか―肥満を科学する岡田 正彦

岩波書店 2006-12
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おすすめ平均 star
star百里の道も一里から
starダイエット法のウソを暴くさまが爽快
star読み物としてはおもしろいかも...

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著者インタビュー 岡田正彦(新潟大学医学部教授) 『人はなぜ太るのか――肥満を科学する』

俗流ダイエットは危険 肥満解消の「王道」を説く

――なぜ太るのか、どうして太ると健康に悪いのか、どうしたら健康的にやせられるか、を書いた本ですね。多くのダイエット本とは明らかに異質です。前半の肥満の仕組みはちょっと難解ですが、後半は分かりやすい。

■中年の人を対象に分かりやすく、を心がけたので、そう言われるとうれしいですね。新書は中年男性しか読まないと言われましたが、女性にも読んでほしいと、意識して書きました。

――岡田さんは「治療は大成功、でも患者さんは早死にした」「長寿のための医療非常識」など予防医学、長寿科学の著書が多数あります。今回はなぜ肥満の本なんですか?

■慢性疾患は現代人にとって大きな問題です。生活習慣の改善が最も効果的ですが、それには肥満の解消が一番なんです。私は新潟市内の病院で外来を持っていますが、薬を飲まずに、減量だけでかなりの人が良くなります。

――肥満解消には、やはり運動とダイエット(食事療法)の併用を勧めています。肥満解消に王道なしですか。

■運動だけでは痩せないし、ダイエットだけだと気力が落ち込んでしまうんですよ。太ってる人は「そんなに食べてない」とよく言い訳をしますが、食べずに太るわけがない。水だけで太るという人がいますが、それなら世界中の飢餓は解決ですよ。運動といっても歩くだけでもいい。運動はカロリーを消費するだけでなく、他にも健康にいい効果があります。痩せる食品やサプリメントが宣伝されていますが、ほとんどが効果が証明されていない。それに危険なものも中にはあります。

――一定時間内に血糖値がどれぐらい上昇するかという「グリセミック指数」の表が載っています。指数の低い食べ物や調理法は太りにくいですか?

■そうですね、同じカロリーなら指数の低いものを食べれば太りにくいと思います。パンよりご飯の方が低い。日本の食材や調理法は指数が分からないものが多いんですが、日本食はもっと注目されてもいいと思います。

――メタボリックシンドロームが盛んに言われていますが。

■あの基準が正しいのか異論もあるようですが、肥満に関心を持たれているのはいいことです。しかし、お腹周りだけに関心が行くことは果たしていいのか、私は疑問に思います。腹部だけ痩せる方法、というより身体の一部分だけ痩せる方法はありません。遺伝子が全身を監視していて、元に戻そうとするからです。だから、一部分だけ痩せるという器具やダイエット法は、全部疑問に思います。

――親の立場からは、子どもの肥満への警告はとても気になります。

■幼児期から思春期にかけて肥満になると、成人になってから動脈硬化症を引き起こす重大な誘因になります。教育論議が高まってきていますが、肥満をはじめ、血糖値を急に上げる危険など、きちんとした健康教育を小学校や中学校で教えるべきだと思います。

■2007/05/08, 毎日エコノミスト, 68ページ

世界を壊す金融資本主義
世界を壊す金融資本主義ジャン・ペイルルヴァッド 林 昌宏

NTT出版 2007-03
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グローバル化した金融資本主義がもたらすものとして、化石燃料の消費による生態系の不均衡、富の分配の不均衡、かつての南北問題とは違った地政学的不均衡、そして資本と労働との間の力の不均衡――を著者は挙げる。グローバル資本主義に対して、欧州ではこうした先鋭な批判が起きていることを本書は示している。日本にとってもけっして他人事ではない。

■2007/05/08, 毎日エコノミスト, 68ページ

シャープ 独創の秘密  なぜ、“オンリーワン商品”を出し続けられるのか
シャープ 独創の秘密  なぜ、“オンリーワン商品”を出し続けられるのか宮本 惇夫

実業之日本社 2007-03-28
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日本の電機・電子産業の勝ち組とされるシャープ。全7章のうち5章が液晶事業化の歴史に充てられる。液晶の事業化を通して、シャープがオンリーワン製品を生み続ける秘密に迫る。キーワードは「秘伝のタレ」。シャープのお家芸の液晶も太陽電池も、長い取り組みのなかで技術やノウハウを蓄積してきた。重要な技術は特許をとらず、ブラックボックス化している「秘伝」。

■2007/05/08, 毎日エコノミスト, 68ページ

リーダーシップの旅 見えないものを見る
リーダーシップの旅  見えないものを見る野田 智義 金井 壽宏

光文社 2007-02-16
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starリーダーシップに興味があるのなら、必読
star理論的な論点が豊富
star理念型おとぎ話

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実践家(野田氏)と理論家(金井氏)が対談形式でリーダーシップの本質に迫る。リーダーに必要な資質は構想力、実現力、意志力、機軸力の4つの力であるとする野田氏の持論を縦糸、金井氏の理論的なフォローを横糸に論議がはずむ。「リーダーシップとは、私たち一人一人が自分の生き方を問うことだ」というメッセージで始まる二人旅は、肩書の世界を超えた真のリーダーシップを考えさせてくれる。

■2007/05/08, 毎日エコノミスト, 68ページ

歴史と外交
歴史と外交山内 昌之

中央公論新社 2007-01
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star期待外れ

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日本外交は北朝鮮とイランという2つの危機を同時に捕捉できる構図を持つべきだ、と説く。小泉政権の外交タスクフォースに関わった著者だけに、その新ユーラシア外交戦略は実践的。今流行の「帝国」の歴史が語られ、「帝国」崩壊が中東、中央アジアなどを溶解させている、と警告する。

■2007/05/08, 毎日エコノミスト, 68ページ

癒しの島、沖縄の真実
癒しの島、沖縄の真実野里 洋

ソフトバンク クリエイティブ 2007-02-16
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star沖縄最前線にいた人の自叙

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金沢出身で琉球新報記者として40年間、米軍統治下と復帰後の沖縄を見続けた。ベトナムに向かうB52爆撃機の墜落爆発、コザ騒動などの動乱、沖縄サミットも体験。統計では「日本一貧しい」県のはずのウチナーンチュ(沖縄県人)はイチャリバチョーデー(出会えば皆兄弟)、ナンクルナイサ(何とかなるさ)精神で長寿を誇る。観光の島、基地の島という言葉だけでは言い表せない沖縄のソフトパワー活用を提言する65歳の筆は力強い。

■2007/05/08, 毎日エコノミスト, 68ページ

ITとカーストインド・成長の秘密と苦悩
ITとカーストインド・成長の秘密と苦悩伊藤 洋一

日本経済新聞社出版局 2007-01
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starインドのいろいろな側面の少し表面的な紹介

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インドの大局を「複眼」でとらえる

『ITとカースト インド・成長の秘密と苦悩』(日本経済新聞出版社 1785円)の著者、伊藤洋一とはテレビ等で度々一緒になることがある。ともかく何でもよく喋る人だという印象が強かった(評者にそういうコメントをする資格はあまりないかもしれないが……)。よく喋る人はしばしば内容がない。この本もしばらくは積ん読状態だった。

しかし読んでみると内容は濃いし、切り込みが鋭い。ああ、伊藤洋一は一流のジャーナリストなのだなと確信した。たった3回のインド訪問でこれだけのものを書けるのは素晴らしい。いくつかの仮説を立てて分析するのだが、そして必ずしもその仮説がすべて適切なわけではないのだが、それゆえに、その視覚からはっきりものが見えてくる。彼の問いかける疑問もなかなか面白い。「リライアンスが登場する前のインド最大の財閥がなぜイラン(ペルシア)系なのか」「インドはなぜオリンピックでメダルをほとんどとれないのか」等はまことに秀逸である。

これからインドを学ぼう、インドに進出しようとする人たちには格好の書であろう。複雑でしかも急速に変わりつつあるインドを理解することは専門家でもなかなか難しい。特定の視点や問題点にこだわりすぎるとしばしば大局的な判断を誤る可能性が高い。筆者も強調しているように「複眼」で素直に現実を見ることが大切なのであろう。本書が興味深いのは、筆者が外国人としての率直な疑問を通常のインド人にぶつけて生の情報をとっている点であろう。まさにジャーナリスティック・アカウント・オブ・インディアといったところであろうか。しかもかなり質の高いリポートである。素朴な疑問をするということは普通の人にはあまり簡単なことではない。まさに伊藤ならではであろう。

多くの問題をかかえながらも高い成長の可能性(というよりは蓋然性)をもったインドにこれからどう日本と日本人が対応するのか。これは筆者があまり触れていない点だが、日本とインドのビジネス・カルチャーはある意味では対極にある。つまり、日本企業にとってインドは「外国」である。グローバル化しなくてはならない日本企業と日本人にとってインドは重要な試金石であろう。【榊原英資 早稲田大学教授】

■2007/05/08, 毎日エコノミスト, 68ページ

女帝 わが名は則天武后
女帝 わが名は則天武后山颯 吉田 良子

草思社 2006-06-21
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star歴史書ではない。確かな物語
star目からうろこです。
star違う視点の歴史

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中国史上の大輪の牡丹 則天武后の権勢と孤独

暮春、徐ろに春爛漫の舞台に上り、最後のトリを務める。その大輪の艶かさは並ぶものなく、花王の名を恣にしてきた。牡丹その花である。

原産地は中国、かつてこの地で花とのみ呼ばれた花の中の花、絢爛たる中国文化の象徴としても相応しい。清代には国花として認定された花、現在未定と聞くがその最右翼にちがいない。

が、観賞的価値が高まるのは意外に遅く、則天武后の時代、都長安に移植され、賞美、珍重の的となる。爾来、開花期になると名所には見物人の波が押し寄せたという。白楽天はこの様子を「花開き花落ちる二十日、一城の人は皆な狂えるが若し」と詠じている。

後世こんな逸話も伝わる。冬、武后が後苑に出向くとその威光を恐れ、百花は一斉に咲いて歓迎の意を示す。が、牡丹は間に合わず、武后の怒りを買い、洛陽へ流された、という。

牡丹の百花に遅れて咲く性質と名所が後に洛陽に移る史実を踏まえつつ、武后の自然界にまで及ぶ権勢と靡かぬものには容赦しない性格を伝えた内容は興味深い。さて、牡丹の流刑、無論、事実ではない。開花を待ち望む心情の表れではないか。王者の風格を湛える花(花言葉)、武后が愛好し、その流布に与ったことは想像に難くない。

則天武后、姓名は武照、側天は諡の一部。中国史上、唯一の女帝。唐の第二代皇帝太宗の側室、次いで再び高宗の側室になるや暗躍し、皇后の地位を射止める。前皇后王氏、前淑妃肅氏を獄に繋ぎ、手足を切断させて酒樽に投げ込ませ、「骨の髄まで酔わせておやり」と言い放ったという残忍の権化。病弱な高宗に代わって政治を壟断、その没後は実子の中宗、睿宗を即位させては廃し、ついに自らが玉座に上る。この前後50年専横の限りを尽くした権力の亡者。これが史書の描く中国最大の悪女武后の姿だが、人材の登用、諸外国との交流、文化の振興に寄与した点は十分評価に値しよう。中国史上に咲いた一牡丹の花に譬えてよい。

山颯著『女帝 わが名は則天武后』(草思社、1890円)、女性の目線で史書の記述を取捨し、権力闘争の中でもがきつつ逞しく生き抜いた孤独な一人の女性を描き出した歴史小説。【水野実 防衛大学校人間文化学科教授】

■2007/05/08, 毎日エコノミスト, 68ページ

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