メイン > 週刊エコノミスト書評 『ブックレビュー』 > 2007年5月22日~5月29日

円の足枷―日本経済「完全復活」への道筋
円の足枷―日本経済「完全復活」への道筋安達 誠司

東洋経済新報社 2007-02
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おすすめ平均 star
star処方箋書いてあるじゃん
star日本経済をすっきりとさせない「強い円」へのこだわり

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デフレ完全脱却の処方箋示す国際経済の現況評価には疑問も

わが国経済は、消費者物価が再び前年比マイナスに転落するなど、そのデフレ脱却のテンポは極めて緩慢だ。一方、日銀は次なる利上げの機会を窺っており、今後の金融政策のあり方が大きな焦点となっている。本書はそうした議論に一石を投じるものである。

「円の足枷」とは筆者によれば、貿易摩擦を背景とした米国政府からの対日円高圧力が今も続いているとする、為替市場参加者の「トラウマ」と、日本政府当局者による「強い円」志向とを背景に中長期的に円高傾向が形成され、これが日本経済の長期低迷やデフレを招来している、とする主張である。

そして筆者は、「円の足枷」から脱却するには、政策当局が政策レジームの大胆な転換を図るべきであるとし、政府による平均名目成長率目標設定と、日銀によるインフレターゲット設定とが必要であると説く。

筆者は、こうした論理を構築するために、「ソロスチャート」等数理的側面からの分析はもとより、1937年恐慌当時の米国経済の状況や、わが国の1930年代前後における「金解禁論争」、さらには石橋湛山らによる「小日本主義」の主張にまで踏み込んで、鋭い考察を行っている。

特に、デフレ脱却途中での「早すぎる緩和解除」が1937年の世界恐慌の大きな誘因となったという分析は、今後のわが国の金融政策を考えるうえで、極めて示唆に富む。

ところで、本書の主張の大きな柱となっているのが、「新ブレトンウッズ体制」論である。これは、米国の過剰消費が世界の総需要を支え、その結果生じる米国の巨額の経常赤字を周辺国(中国・日本・BRICs・産油国)の公的外貨準備が支え、これが米国長期金利の低位安定と米国の成長を支えている、とするものである。筆者はこの「体制」は、米国・周辺国双方ともそれを崩壊させるインセンティブに欠けるため長期安定的であると説く。

しかし、こうした説明は現在、われわれが目にしている世界経済の状況を、単に上手くつなぎ合わせただけのもの、という感が否めない。また、それが「長期安定的」であるとは必ずしもいえないのではないのか。

例えば、住宅産業問題深刻化等を契機とした米国経済の悪化や中国の内需主導型経済への転換等が起きた場合、この「体制」はどうなるのか。その場合、世界経済は現状のような比較的良好な状態を維持できるのか。これらの点についての分析がやや手薄な点、若干物足りなさが残った。【評者 渡辺 孝(文教大学国際学部教授)】

■2007/05/29, 毎日エコノミスト

ひとりぼっちのジョージ―最後のガラパゴスゾウガメからの伝言
ひとりぼっちのジョージ―最後のガラパゴスゾウガメからの伝言ヘンリー・ニコルズ 佐藤 桂

早川書房 2007-04
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絶滅危惧種をめぐる博物誌と研究者たちの奮闘を描く

ダーウィンが進化論を着想したというガラパゴス諸島の北端に位置するピンタ島は、岩と少数の林木が生える何の変哲もない小島である。そこに1頭のゾウガメが発見された。かつて栄えた捕鯨船に食料として乱獲され、もはや絶滅してしまったと思われていたピンタ・ゾウガメがかろうじて1頭だけ生き残っていたのだ。推定年齢80歳で、まだ壮年にあたる年頃である。誰が名付けたのかわからないが、いつか「ロンサム・ジョージ」と呼ばれるようになった。

本書は、偶然の発見から、サンタ・クルス島のチャールズ・ダーウィン研究所に移されて進化論・環境破壊・絶滅危惧種の保護・地元漁民との葛藤などさまざまな問題を投げかけつつ、今なお生き続けて人間の生き様を問いかけているロンサム・ジョージの物語である。

体重88キロ、前の方がめくれあがった鞍型で長さ102センチの甲羅を持つ巨大なゾウガメは、食べるものがほとんどないピンタ島でどのように生きてきたのだろうか。研究所に移されてもう30年以上経つが、近縁種のメスにまったく興味を示さず、観光客の熱い視線を浴びつつもひたすら孤高の日々を送るロンサム・ジョージである。何らかの手段で子孫を残したいと焦る研究員たちがあの手この手で彼の気を惹こうと努めるが一向に反応してくれない。研究員たちの涙ぐましい奮闘ぶりがユーモアを持って語られている。

本書の特徴は、ジョージがひとりぼっちになるまで追い込まれたガラパゴス諸島の近代の歴史や現代の島を取り巻く状況が詳しく書き込まれていることにある。島ごとに甲羅の形や首の長さが異なる各種のゾウガメを見たはずだが特別の関心を抱かずフィンチの嘴に進化論のヒントを得たダーウィンの話、ヨーロッパ人が南洋諸島に進出し捕鯨に熱をあげて膨大なゾウガメを殺戮した生々しい爪痕、観光地として売り出したいエクアドル当局やナマコなどの漁場を確保したい漁民たちとガラパゴスの環境保全を願う研究者たちとの対立、クローンでピンタ・ゾウガメを増殖させる方法の検討など、著者の蘊蓄を傾けた博物誌ともなっている。

これら全体を読み進むうちに、たった1頭残されたロンサム・ジョージによって象徴される現代の光景がくっきりと蘇ってくる。ガラパゴスの光と影を十分に満喫させてくれる本である。【評者 池内 了(総合研究大学院大学教授)】

■2007/05/29, 毎日エコノミスト

生贄たちの狂宴 上
生贄たちの狂宴 上デヴィッド・ヒューソン 山本 やよい

ランダムハウス講談社 2007-03-31
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生贄たちの狂宴 下
生贄たちの狂宴 下デヴィッド・ヒューソン 山本 やよい

ランダムハウス講談社 2007-03-31
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KAPPA
柴田 哲孝 (著)

おすすめミステリ 「奇妙な死体」で引き込む2作

死体のある風景こそミステリの幕開けにふさわしい。世の中が殺伐になるほど、読み手は逆に、もっともっと殺伐な風景を、気晴らしのために求めるのかもしれない。本の中の死体は相変わらずメルヘンなのだ。

そうした不易のミステリ原理の効果を新作2作に。

デヴィッド・ヒューソン『生贄たちの狂宴』(上・下、ランダムハウス講談社文庫、840円・861円)は、泥炭層に埋まり、死亡当時のままの保存状態にある死体によって幕を開ける。いつの時代に死体化したのかわからないので、古代カルト儀式の犠牲者という疑いも出てくる。ミイラもあれば屍蝋もあり、という昨今の本格ミステリ世界に加わった珍種か(?)、発掘遺跡物にはおなじみの、放射性炭素による年代測定検査も考慮されるが……。

これは英国人作家によるローマ警察小説シリーズの2作目。オカルト趣味は隠し味といったところで、とりあえずは水面下にもぐる。表面に浮上するのは犯罪社会を支える雑多な人物たちの絡まりだ。いちおう市警の刑事コンビが主人公だが、検死官、交通警官、マフィア対策庁のエリート(いずれも女性)などに加えて、マフィアの老ボスや内通者といった人物たちが、ぞろぞろと重要な役割で登場する。彼らの数珠つなぎになった相姦的犯罪の絢爛たる謎が、次第にほぐされていくところは、なかなかの圧巻。

柴田哲孝『KAPPA』(徳間書店、1785円)は、上半身を何者かに喰いちぎられてしまった死体から始まる。伝承の怪物河童がほんとうに存在するのか。

さわやかなアウトドア冒険小説に、民俗学的アプローチを加味する作者の持ち味は、よく出ている。破壊され変容しつつある生態系への反省というモチーフも了解できる。後半の『JAWS』ふうの活劇に、「変異怪物」の哀しみが重なったなら、さらに重厚な読み物になったろう。【野崎六助 作家・評論家】

■2007/05/29, 毎日エコノミスト

彼岸まで。
彼岸まで。勝谷 誠彦

光文社 2007-04-20
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おすすめ平均 star
star迷わず読めよ、読めばわかるさ!

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著者インタビュー 勝谷誠彦(コラムニスト)

世界を巡った実体験もとに「虚」を紡いだ初の小説集

──写真家、コラムニスト、最近はテレビやラジオの辛口コメンテーターとして知られる勝谷さんですが、小説も書く。本書は初の小説集ですね。

■もともと私は小説書きなんですよ。もっと遡れば詩人でして、15歳の頃から「新詩人」という詩誌に拠って詩作していました。早稲田大学文学部の文芸専攻に入ってからは故平岡篤頼先生の弟子として小説作法を教わり、在学中に「早稲田文学」に載ったものが私の小説デビュー作です。その頃に「早稲田文学」の編集者として私の原稿に赤を入れてくださっていたのが重松清さんだったと聞きましたが、彼のほうがずっと偉い小説家になってしまいました(笑)。

──今度の本に収録されたのは『小説宝石』に載った7つの短編。私小説風あり、社会派ミステリー風ありで一編一編楽しませてもらいました。ただ、広告文には「連作短編集」とありましたが、連作としての一貫したテーマが私には分からなかった。

■それは、実はない(笑)。雑誌のその都度の特集に寄り添って書いたものですから。それぞれをエンターテインメントとして楽しんでもらえれば結構です。最後の短編に仕掛けをつくり、全体をまとめてみましたけれども。

──あの結末には驚きました。それはこれから読む方のお楽しみとしますが、日航機墜落事故やイラクでの橋田信介さんの死など、実際の事件を題材にしたものが多いのが特徴ですね。

■小説、とくに短編では、いかに読者を小説世界に引き込むかに苦労します。事件の話を導入に使えば、素早く読者の心をつかむことができるんですね。「ああ、そんなことがあった」と。そこから「虚」の世界へと読者を導きます。

──冒頭の「ママ。」という作品では母親の死を題材にしていますね。しんみりと読んでしまいましたが、あれも「虚」が混じっているわけですか。

■母が死んだことや葬式前後の時系列は事実だけれど、基本的には虚構ですよ。私小説のように読んでくれればこちらとしては成功です。読者をいい意味で騙したい。そこに作家の快感があるわけですから。

──しかし「実」の部分もあり、そこに盛り込まれた情報に読み応えがあったのも事実です。

■短編の舞台に使った北朝鮮・平壌の描写も西川口の風俗街の描写も自分の体験にもとづいている。表題作「彼岸まで。」での蛙の鳴き声も、カンボジアのタケオ州で実際に聞いた音です。現地の風の音とか空気の匂いのようなものは、いくら調べものをしても書けないでしょう。私はおそらく普通の作家の何百倍も世界のいろんな所を歩いていますからね。それは私にしか書けないものであることは確かです。

──最も影響を受けた作家は?

■北杜夫さんです。普段の雑文でも北さんの文体やユーモアをかなり盗んでいますね。いつか『楡家の人びと』のような小説を書いてみたいですよ。

■2007/05/29, 毎日エコノミスト

「新しい安全保障」論の視座 増補改訂版―人間環境経済情報
「新しい安全保障」論の視座 増補改訂版―人間環境経済情報中西 寛 赤根谷 達雄 落合 浩太郎

亜紀書房 2007-02
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おすすめ平均 star
star待望の改訂版

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2001年5月刊行の旧版の改訂。9・11テロ後の国際政治の最大関心事「現代テロリズムと大量破壊兵器」を新たに加えた。サイバーテロ、サイバー戦争の脅威についても詳述。日本の脆弱性を分かりやすく解説する。ファイル交換ソフトによる自衛隊秘密情報漏洩など、ネット犯罪、事故が多発するなか、新時代の安全保障を考える人にとって必読の基本書だ。

■2007/05/29, 毎日エコノミスト

電子マネー最終戦争
電子マネー最終戦争岩田 昭男

洋泉社 2007-04
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「iD」やら「Edy」やら、そのうえに乗車券代わりだと思っていた「スイカ」や「パスモ」が加わり、「おさいふケータイ」というのもある。こんがらがった電子マネーの構造や仕組みを比較的わかりやすく解説している。もうからないはずの少額決済に、流通、運輸、通信各社がなぜこれほど熱心に取り組むのか、その戦略も見えてくる。

■2007/05/29, 毎日エコノミスト

霊魂の民俗学―日本人の霊的世界
霊魂の民俗学―日本人の霊的世界宮田 登

洋泉社 2007-04
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2000年に亡くなった著者が1988年に出した単行本の新書化。出産、成人式、結婚、葬式などの人生儀礼に着目し、無意識のなかで生き続ける神、霊魂の世界が日本人の人生観にどう影響しているか、を説く。「まれびと」重視の柳田国男らと違い「常民」にこだわる。天皇と被差別部落、弥勒信仰と世直しなど、上滑りしがちな共同体論、国家論への批判として読んでも面白い。

■2007/05/29, 毎日エコノミスト

敗者から見た関ヶ原合戦
敗者から見た関ヶ原合戦三池 純正

洋泉社 2007-05
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おすすめ平均 star
star石田光成は名将だった

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著者は、戦国時代の歴史の現場を歩き回って定説を覆す。関ヶ原を歩いて著者は、中山道と北国街道を遮断する土塁の存在、西軍を裏切った小早川秀秋が布陣した松尾城の立派さに着目する。松尾城は西軍の総帥、毛利輝元が布陣すべき本陣として用意された。石田光成は合戦の数カ月も前から、関ヶ原で勝利するための準備をし、家康を関ヶ原に呼び込んだという視点を提出する。

■2007/05/29, 毎日エコノミスト

定年後―豊かに生きるための知恵
定年後―豊かに生きるための知恵加藤 仁

岩波書店 2007-02
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star定年後の生き方サンプル満載。

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著者は1947年生まれのノンフィクション作家。定年後の余暇時間は会社で働いた時間とほぼ同じ8万時間と喝破し、悔いなく生きるヒントを綿密な取材でまとめた。ギブ&ギブの精神、妻の情報力活用、核家族の不安解消、終の住み家の問題などが具体例で語られ、説得力十分。60の手習いで始めた中国語で70歳前に通訳の資格を取得した男性の話には脱帽した。

■2007/05/29, 毎日エコノミスト

数に強くなる
数に強くなる畑村 洋太郎

岩波書店 2007-02
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おすすめ平均 star
starちょっとしたヒント集
star重要なところと蛇足が混在
starほんとにこれでいいのか?

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直観でわかる数学
直観でわかる数学畑村 洋太郎

岩波書店 2004-09
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おすすめ平均 star
star文系人間には面白く読めます
starそんなに複素数が嫌いか?
star合わないとだめみたい

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数に強いとは

多くのビジネスパーソンの願いとして数に強くなりたいというのがあるだろう。受験勉強の数学は役に立たないかもしれないが、瞬時にして見積もりができるとか、おおむねの数が把握できるというのは仕事ができる人、仕事が早い人の条件といってもよい。

この数に強くなるコツを、『直観でわかる数学』の著書である東大名誉教授の畑村洋太郎氏が解説してくれる。その名もずばり『数に強くなる』(岩波新書、777円)である。

まずのっけから数と数字は違うという話になる。数というのは、種類と数字と単位のセットだという。何があるのか、どれだけあるのかというセットでどれだけというのが数字と単位がセットでないとわからないというのは、まっとうな話であるが、意外に忘れられてしまう。

数字だけに強くても、数でないものは無味乾燥だし、実用性に乏しい。数として把握しているほうが人にきちんと意味が伝わる。逆にいえば、数字に強くてもそれを「数」にできないと、物事を数量的に取り扱えないのである。

それ以上に慧眼だと思うのは、全体をつかんでいないと数だけを単体で見ていても使えないということである。

畑村氏は料理をたとえに出すが、データを読むうえでもそれは大切なことだ。交通事故で1万人死んでいるという数をとってみても、昔と比べて増えているのか、犯罪で死亡する数や自殺者の数と比べてどうなのかを把握しないと、数が独り歩きしてしまう。ちなみに交通事故では現在1万人も死んでいない。7000人に満たないから自殺者数の約5分の1である。飲酒運転に目くじらを立てる前にメンタルヘルスを大事にしろ(飲酒をしながらの愚痴話はその一例である)という私の主張はそこからきている。

ひじょうに大切だと思ったのは、畑村氏は一貫して概算の大切さを論じている点だ。倍違うのと1ケタ違うのでは、現実生活では影響が大きく違う。細かい計算ミスで医療ミスは生じないが、1ケタ間違うと命にかかわるというのは、医者の世界では実感できることだ。そして瑣末な計算ミスを減らすことにとらわれるから、数字が嫌いになるのもよくわかる。

この手の実用的な数学書は、発想を大切にする実践の学者だからできるのだと感心するし、ひじょうに参考になった。【和田英樹 精神科医】

■2007/05/29, 毎日エコノミスト

親米と反米―戦後日本の政治的無意識
親米と反米―戦後日本の政治的無意識吉見 俊哉

岩波書店 2007-04
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おすすめ平均 star
star日本の「親米」を見直す

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写真という複製芸術が形作った「親米」

ヴァルター・ベンヤミンは『複製技術時代の芸術作品』で、「礼拝的価値から展示的価値へ」「アウラの凋落」を導く際、現実を切り取り再現する写真と大衆の登場を関連づけた。

柴岡信一郎『報道写真と対外宣伝――十五年戦争期の写真界』(日本経済評論社、2940円)は、戦時グラフ誌『FRONT』や『NIPPON』との関わりで論じられてきた写真家たちの戦争協力・対外宣伝を、日本における報道写真の形成と展開、職業としての写真家成立の通過点として淡々と描く。

鉄道省国際観光局の外国人観光客誘致の写真利用と、外務省管轄国際文化振興会のKBSフォトライブラリーによる日本文化宣伝に注目し、戦意発揚の軍事的協力の前に国情・国力紹介という生活誌の宣伝があったという。そこにモダニズムをくぐった名取洋之助、木村伊兵衛、渡辺義雄、土門拳らが登用され、報道写真がジャンルとして確立して軍への協力に帰結する顛末を、芸術至上主義にも戦犯告発調にも陥らず、資料と写真に語らせる。

「帝国」日本の国策に採用された写真モダニズムはドイツの影響が濃かったが、「写される側」「見る側」には、「アメリカへの欲望」がすでに孕まれていた。日米開戦までの日本の観光宣伝の主たるターゲットはアメリカで、シカゴ、ニューヨーク、サンフランシスコ万博に写真家が動員された。

吉見俊哉『親米と反米――戦後日本の政治的無意識』(岩波新書、819円)は、幕末維新期と大正・昭和初期の「アメリカへの欲望」を下敷きに、敗戦・占領期にアメリカ文化・生活様式が受容され、今日まで続く「アメリカへのまなざし」が内面化し定着した流れを鮮やかに描く。厚木に写真班を引き連れ降り立ったマッカーサーは、象徴天皇の地方巡幸が始まり安定すると後景に退く。検閲を伴う構図の全体が「日米抱擁」だった。六本木・湘南イメージもプロレスも家庭電化の夢も、米軍のカーキ色から発して内面化され脱色する。ロシア革命への熱狂とも基地への反発とさえも共存した「特異なまでに深く親米的な」消費文化に、アジアへの加害を忘れたナショナリズムでは対抗できないという論が説得的。【加藤哲郎 一橋大学大学院社会学研究科教授】

■2007/05/29, 毎日エコノミスト

周恩来秘録 上
周恩来秘録 上高文 謙 上村 幸治

文藝春秋 2007-02-27
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star周恩来の小心翼々とした保身ぶりが衝撃的だった。
starおもしろくって一気読みです。
star全く知らなかった数々の事実

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周恩来秘録 下
周恩来秘録 下高文 謙 上村 幸治

文藝春秋 2007-02-27
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おすすめ平均 star
star毛・周と舞台回しの役者達。本書は現代版「三国志」

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毛沢東の「周いじめ」を検証し、中国の「皇帝型権力」を摘出

29年前に中国共産党中央の直属機関であった中央文献研究室を訪問し、座談会をもつ機会にめぐまれた。後に主任に昇格した先知常務副主任は座談会の冒頭に、「拘束なしで自由に各自の意見を交換しましょう」と語った。

当時、本書の著者、高文謙さんも同研究室の周恩来研究組のメンバーであり、後に組長そして同研究室の指導部の一員である室務委員にも昇格した。しかしながら、89年春の中国政治の民主化を求める「愛国民主運動」(天安門事件)を支持し、事件後には厳しい審査を受け、93年に中国を離れて米国で事実上の亡命生活を送っている。

「拘束なしで自由」な研究は、中国では難しいというべきなのであろう。高さんは亡命以来、「晩年の周恩来」をテーマに研究を続け、2003年に本書の原著となった『晩年周恩来』(美国明出版社)を出版した。しかし、中国の国内では販売禁止の処分を受けてしまった。

本書のテーマは周恩来の再評価であり、その評価を通して現代中国の「政治文化の根底に根ざす皇帝型権力専制主義」を摘出することにある。もっとあからさまにいえば、中国共産党草創期の1920年代から「周恩来の地位は当初、毛沢東よりも高かった」にもかかわらず、49年の建国後に「毛沢東にいたぶられ」たにもかかわらず、「なぜ周恩来は毛沢東を讃えながら死んでいったのか」が真の主題である。

主題解明のために本書は第1に、毛による執拗な周いじめの原因を29年の前敵(前線)委員会書記からの解任と32年の毛沢東の軍権剥奪に周恩来が関わったことにあったことを論証し、これらが周恩来にとって「生涯最大の誤り、罪科」となったと主張するのである。第2に、毛沢東による周恩来いじめは66年から76年の周の死に至る文革期間に繰り返された陰湿な周批判の大量の描写で確認する。陰湿ないじめに遭遇しながらも、周恩来は「晩節をまっとうしたい」として、毛沢東への忠誠を誓い続け、本書はここに「皇帝型専制主義の古い根が見えてくる」といい、中国政治伝統の変容の至難さを示唆するのである。

今後の周恩来研究への重要な参考文献であり、現代中国史を学ぶ初学者にとっても最良の参考書の一つである。しかし本書も認めているように、毛沢東による周恩来批判は文革期間だけではない。建国以後の1950年代、60年代にも毛による執拗な周いじめは繰り返されている。毛の周いじめは、建国史60年間の全体の中で綿密に検証されることが期待される。【評者 小島朋之 慶応義塾大学総合政策学部長】

■2007/05/22, 毎日エコノミスト

新自由主義―その歴史的展開と現在
新自由主義―その歴史的展開と現在デヴィッド・ハーヴェイ 森田 成也

作品社 2007-02
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おすすめ平均 star
star「新自由主義とは何か」を改めて考えるうえで

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「大企業とエリートの復権」がネオリベラリズムの本質と喝破

1970年代末に米レーガン、英サッチャーによって導入され、やがて世界を席巻することになった「新自由主義(ネオリベラリズム)」については、さまざまな議論や評価が行われてきた。本書は、その新自由主義の本質を考えるうえで、興味深い2つの視点を提供してくれている。

1つは、73年に左派政権をクーデターで倒した、チリのピノチェト政権を、新自由主義の最初の「実験」として位置づけていることである。当時米国は、「シカゴ・ボーイズ」と呼ばれた、新自由主義に傾倒するエコノミストたちを送り込んだ。彼らはIMF(国際通貨基金)とともに、公的資産の民営化や先住民の抵抗を押し切って天然資源の民間への開放を断行し、外国からの直接投資や自由貿易を促進し、輸出主導の経済を作り上げた。この経験がその後の米国と英国での実践につながったという。ついでに言えば、イラクはその最近の実験である。

もう1つのユニークな視点は、新自由主義の流れのなかに、鄧小平によって始められた中国の改革・開放を位置づけたことである。中国の経済成長がもたらしたものは、新たな形の資本蓄積(階級権力の再構築)と貧富の格差拡大だった。

戦後の資本主義経済の発展のなかで、「埋め込まれた自由主義」やケインズ主義によって、徐々に弱められてきた、大企業・資本家階級と政治エリートによる権力の回復――というのが、著者が喝破した新自由主義の本質である。先進諸国が高度成長を遂げて富が拡大している間は問題にはならなかったものが、低成長になると、大企業とエリートが富の再配分を求めるようになる。その手段が新自由主義的経済政策であったと。

民主主義国であるはずの米国や英国で、どのようにして新自由主義が受容されたか、さらに新自由主義の理論と実践との矛盾を埋め合わせるための新保守主義(ネオコン)やナショナリズムがいかに使われたかについての考察も説得力がある。日本についての言及はほとんどないが、文脈は符合する(巻末に渡辺治・一橋大学教授による「日本の新自由主義」の論考が付けられている)。

それにしても、久しぶりに「階級」という言葉に出会った。著者はマルクス主義の洗礼を受けた英国の著名な地理学者だが、ヨーロッパにはまだこうした大きな枠組みを提示できるマルクス主義者がいることに感嘆させられた。【評者 西 和久 毎日新聞編集委員】

■2007/05/22, 毎日エコノミスト

モンゴルの剣―元朝最後の密命
モンゴルの剣―元朝最後の密命天堂 晋助

スタジオK 2007-03
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おすすめ平均 star
star動乱と成長

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朱唇
朱唇井上 祐美子

中央公論新社 2007-02
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男の虚無と、女の意地 中国を舞台にした2作

危険な任務を遂行する少年の成長を描く天堂晋助『モンゴルの剣』は、冒険小説としても、青春小説としても楽しめる一級の娯楽作品である。

元朝末期。反乱軍に囲まれた杭州で暮らすムカリは、上官から順帝の娘カダアン姫を、大都へ送り届ける密命を受ける。姫に恋心を抱いていたムカリは欣喜雀躍するが、最初の戦闘で上官は戦死。ムカリは、朱元璋ら反乱軍が支配する地域を、自分の力だけで突破することを迫られる。

モンゴル人のムカリは他民族を見下していたが、旅先で偉大な敵と戦うことで、自分の偏見に気付いていく。一方ムカリを狙う虚無的な殺し屋・胡車児は、人々が抱く「憎しみの連鎖」を糧にして闇の世界に生きていた。

他人への憎しみを暴力に代える胡車児がテロリズムの原理とするなら、傲慢な態度を改めるムカリは相互理解の道を象徴している。対照的な二人の存在は、テロ封じ込めの方策を現代に問い掛けているのである。

井上祐美子の約6年ぶりの新刊となる『朱唇』(中央公論新社、1680円)は、中国の唐、宋、明などを舞台に、妓楼で働く女性たちを描く連作集で、長い空白を埋めて余りある傑作が揃っている。

妓女のコンテストで優勝し、惚れた男も手に入れた名妓を待ち受ける過酷な運命を描く表題作、命の恩人を不幸にしてまで意地を貫いた芸妓の生き様が恐ろしくも感動的な「背心」など、本書の主人公たちは籠の中で暮らす悲哀を秘めている。だが、どのような境遇になっても自分を見失うことがないので清々しい。

“凛”と生きる女性に焦点を当てることで、逆説的に男の弱さと狡さを浮かび上がらせる手法も秀逸だった。【末國善己 文芸評論家】

■2007/05/22, 毎日エコノミスト

金融商品取引法
金融商品取引法渡辺 喜美

文藝春秋 2007-03
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star政界秘話を期待して読んだのですが。

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著者インタビュー 渡辺喜美(行政改革担当相) 『金融商品取引法』

「金融サービス士」創設で市場の活性化を

――証券取引法に代わる金融商品取引法の9月施行が決まりました。なぜこの法律を「ステップ」段階と位置付けましたか。

■金融商品の横断化と規制の柔軟化に近づいてきたが、まだ預金や保険は従来の規制に置かれたままなので、「ジャンプ」段階では銀行や保険業をも巻き込んだ包括的な投資家保護法制、すなわち「金融サービス法」を完成させなければなりません。

――「資産デフレが平成大不況の真犯人。この問題の解決なくして日本再生はありえない」と主張し続けました。

■90年代にバブルがはじけて日本型資本主義の歯車が逆回転を始め、右肩上がりの経済に戻れなくなりました。デフレは長期間続き、今なお脱却宣言ができていない。地価や株価の下落は底を打って反転しても、物価や賃金は反転に至っていない。昭和の戦時金融体制から大転換しなければなりません。

――ライブドア事件の教訓は?

■堀江貴文被告がいくら冤罪を訴え続けても、堀江被告を信じて株を買った人たちは大損を被りました。市場の法制度の不備がもたらした教訓には学ばなければならない。

――郵貯バンクが民営化され、金融界は新たな大競争時代を迎えますが、私案で「金融サービス士」の創設を提言しています。

■金融自由化により事後チェックシステムに移行するから、大量の摘発監視部隊が必要になる一方、行政改革の観点からは、事後チェック部隊がどでかくなるのは好ましくない。だから証券業協会、証券取引所の自主規制が機能しておれば証券取引等監視委員会を米国の証券取引委員会(SEC)並みに大きくしなくともやっていける。コンプライアンス(法令順守)感覚を持ったロースクールレベルの金融サービス士という資格を創設し、その人材を官民に配置すれば有効に機能し、市場も活性化するでしょう。

――金融の監視・管理体制は「日本版SEC」か英国金融サービス機構(FSA)型の「日本版FSA」か、どちらが望ましいですか?

■金融サービス法の時代になれば、包括的に金融サービス全般を対象とするFSA並みの監視体制が必要になりますが、FSAやSECを完璧に真似ようとしても不可能。日本の水に合った投資家保護法制が望ましい。意外と早くジャンプ段階が来るかもしれません。天下り規制を強化すると「天下りポスト」がなくなるから、バラバラにやってもしようがないというメカニズムが働くんじゃないでしょうか。

――父・故渡辺美智雄元副総理なら公務員制度改革など現在の難局にどう対応しますか?

■「道は近きにあり」とよく言ってました。堅い岩盤でも遠くて高い山でも、それを打ち破り、踏破する道は「あなたのすぐそばにある」という意味で、「一点突破全面展開」とも言えます。公務員制度のエンジン部分を変えることで行革が全面的に進んでいく可能性は十分あります。

■2007/05/22, 毎日エコノミスト

日本の戦争力 VS 北朝鮮、中国
日本の戦争力 VS 北朝鮮、中国小川 和久

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starまさに分析
starこの国に警告の本です

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冷静で論理的な分析で、日本の軍事力が非常に偏ったものであることを教えてくれた前著『日本の「戦争力」』の続編。その後の北朝鮮の動きや、前著にはなかった中国の軍事力分析を踏まえて、日本は自立した軍事力をもつべきか、そして日本の危機管理はどうあるべきかを語っている。「己を知る」ために、示唆に富んだ本だ。

■2007/05/22, 毎日エコノミスト

官僚とメディア
官僚とメディア魚住 昭

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star「時代の空気」を支配するもの―メディアはだれのものか
star誰が正義を背負えるのか
star昔から変わらない

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共同通信による安倍首相周辺スキャンダル記事の握りつぶし、NHK「女性国際戦犯法廷」番組の改編圧力と朝日新聞誤報疑惑、裁判員制度全国フォーラムをめぐる最高裁、電通、共同通信の利権構図……官僚権力とメディアが「共犯関係」になり、良心的記者受難の時代がきた、と警鐘を鳴らす。耐震偽装事件やホリエモン粛清はメディアと組んだ「国策捜査」だったと断じる。新聞紙面では分からない事実だらけ。読んで納得、だった。

■2007/05/22, 毎日エコノミスト

方向音痴の研究
方向音痴の研究日垣 隆

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方向音痴の日垣隆氏(本誌「敢闘言」筆者)の専門家5人へのインタビュー。5人は、全盲の社会学者・石川准氏、ミツバチや魚の方向感覚を研究する動物行動学者・青木清氏、三菱電機で世界初のカーナビを開発した西脇正治氏、デジタル地図の世界を開いたゼンリンの林秀美氏、空間認知を研究する心理学者・山本利和氏。

■2007/05/22, 毎日エコノミスト

お母さん社長が行く!
お母さん社長が行く!橋本 真由美

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者は古書店チェーン最大手ブックオフでパートとして働き始め、昨年、社長に上り詰めて話題を集めた。生い立ち、夫やスタッフとの衝突、不採算店の立て直しなどの苦労、上場達成の喜びなど、現場体験をつづった。元ニートなど多くの若者と接し、「今も昔もダメな子なんていない」という思いを強く持つ。若者がどうすれば元気を出して働くことができるのか、お母さんの目で教えてくれる。

■2007/05/22, 毎日エコノミスト

環境経営・会計
環境経営・会計國部 克彦

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環境報告書を作成する企業は2005年時点で900社以上にのぼり、最近では環境経営に社会的問題への対応をも加えたCSR(社会的責任)経営のあり方が問われている。環境経営の基本的な考え方から説き起こし、豊富な事例を交えて具体的な手法を体系的に解説。CSR経営を環境経営の進化形態と位置づけ、環境経営の現実と課題を分かりやすく整理している。

■2007/05/22, 毎日エコノミスト

人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか
人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか水野 和夫

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「新中世主義」という経済モデル

水野和夫の『人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか』(日本経済新聞出版社、2310円)は、前著『虚構の景気回復』で提示した「二極化仮説」をさらに展開して、21世紀のグローバル経済を総合的に分析しようとする意欲的な大著。筆者の著作が魅力的なのは多くのエコノミストたちのように視野狭窄にならず、F・ブローデルやE・ウォーラーステインのみならず、広く歴史・政治・社会等をカバーし学際的アプローチで分析を進めているところであろう。

筆者のポスト産業資本主議論のキーワードはいくつかあるが、その基本は、帝国化・金融化・二極化であろう。帝国化については、ジャン=マリ・ゲーノ、野田宣雄や田中明彦等が指摘している通り、主権国家がグローバリゼーションによってその中心的役割を果たしえなくなり、「中世的」帝国が出現するといった命題である。そして水野は先進国、特にアメリカによる金融帝国と、遅れて近代化している中国・インド・ロシア等の旧帝国とが二極化した形で帝国化が進むとしている。

先進国における金融化は金融経済の優位性をもたらし、「金融経済が頭になり、実物経済、すなわち雇用や生産活動が尻尾」になる状況をもたらし、産業資本主義時代の中産階級を分裂させる。つまり、「中産階級の没落」が始まり格差が拡大するというわけだ。

こうしたなかで主権国家の「均質的」国民は二極化し、格差が大きな社会問題になっていく。水野は現在の安倍政権のような成長政策では格差は拡大するばかりで、問題の解決にはならないと論じる。今、起こっているのは「資本の反革命」であり、利潤動機が世界を覆いつくすというプロセスである。

それでは、どうやってこの格差問題に対応するのか。水野は、グローバル化されないドメスティックな経済圏の生産性を上げ、これらの産業の「新中世主義」化をはかるべきだとする。つまり、ここでは「豊かな福祉社会」をつくれという。二極化する経済社会を政治面からカバーして社会の安定化をはかれというのである。複眼的思考でなかなか分かりにくいが、ポスト近代の経済の一つのモデルであることは確かだろう。【榊原英資 早稲田大学教授】

■2007/05/22, 毎日エコノミスト

かたき討ち―復讐の作法
かたき討ち―復讐の作法氏家 幹人

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star次から次に

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異色の習俗盛り込んだ「敵討ち」の通史

仇討ちといえば、私達の世代は、長谷川伸の一連の仇討ちものがなつかしい。長谷川は、敗戦前夜の混乱の日々、空襲があると柳ごうり一杯に詰めた仇討ちの資料を庭の穴に埋め、警報が去ると掘り出していたという。数百話に上る仇討ちのネタを蒐集していたらしい。長谷川が戦前に短編小説に仕立てていたうちのあるものは、『夜もすがら検校』(旺文社文庫、絶版)などに収められているが、晩年(昭和30年代)、中央公論社の綱淵謙錠に勧められて、1年余りにわたって『中央公論』に連載されたシリーズがある。それが、長谷川伸畢生の労作「日本仇討ち異相」で、作者の寿命を縮めることになったともいう。

同書は、長谷川蒐集の資料のうち、ほんの一部を小説化したにすぎないが、それでも興味深い仇討ちの代表例は網羅されている。その第十三話「江戸と九州の首」などは、これも晩年の吉村昭が小説(『敵討』)にしている。中には、81歳という老人を討ち果たした話まであるから驚かされる。

さて氏家幹人著『かたき討ち――復讐の作法』(中公新書、861円)は、敵討ちの体系的通史といってよい興味深い本だが、長谷川伸も取り上げていない異色の敵討ち、すなわち「うわなり打ち」と衆道敵討ちを扱っているのが目を引く。後妻打ちとは、上田秋成の「吉備津の釜」で取り上げられている、先妻が後妻の家へ討ち入る習俗であるが、桃裕行の研究によれば、11世紀には記録に登場し、「宇波成打」の語も発生している。いずれにせよ、これは仇討ちの一種といっても、流血の惨を見ることはなく、女性だけで行われた“戦争ごっこ”のようなもので、厳密には復讐になるのか疑問もある。しかし屈辱と嫉妬を鎮める効果は疑いなく、その点で女敵討ちや一般の敵討ちの系譜上につらなるものといえよう。

もう一つ、享保の改革で知られる将軍吉宗が、福建省出身の中国人学者である朱佩章に対し、人を介して質問書を発し、中国の制度や法、刑罰の実情を問うているのが見落とせない。吉宗は敵討ちを禁じる中国法制に納得せず、古典を引いて、刑法優先の中国式にかみついているのは、興味深い。【今谷 明 国際日本文化研究センター教授】

■2007/05/22, 毎日エコノミスト

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