メイン > 週刊エコノミスト書評 『ブックレビュー』 > 2007年3月20日~3月27日

日本の企業統治―神話と実態
日本の企業統治―神話と実態吉村 典久

NTT出版 2007-02
売り上げランキング : 17891


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

>

多数の事例研究で実証する日本独自の企業統治の姿

企業統治に関する類書とは一線を画す好著である。第1の特質は国内外の先行研究や参考文献の徹底的な渉猟である。巻末の引用・参考文献は企業統治を実践・研究する者にとって質量共に高い価値がある。第2は多数の上場企業、法人支配企業、同族企業、医薬品や工作機械など所有構造別、産業別の代表的企業の事例研究である。特に証券市場から退出したワールドや松下電器産業の事例は詳細で優れている。

第3は著者自身による企業への質問票調査に基づく実証研究である。企業統治に関するこれまでの書籍の弱点は通説や規範的な主張であり、多くが株主利益尊重型の論理を型通りに強調するなかで、本書は稀な実証研究である。第4は日本の上場企業の所有構造の調査である。この種の研究成果としては最新の資料と考えられる。調査には多大な時間と地味な精査が必要とされ、この功績は非常に大きい。

著者はこれらの調査結果に基づき以下を主張する。(1)アメリカ流の株主利益を中心とする企業統治は日本の経営者の論理と一致せず、株主を軸足とした企業統治の拡大は観察されない。(2)日本企業の従業員を株主以上に重視する伝統的思想は不変である。(3)メーンバンクを重視する傾向も不変である。(4)社外取締役、委員会設置会社などを中心とするアメリカ流の企業統治制度「改革」は日本では進んでいない。

次に著者は既述の所有構造を分析し、以下を主張する。(1)日本の上場企業の45%において支配的株主が不在で、所有の分散が進んでいないとし、同族支配と親会社を含む法人支配が合計55%に上る点を強調する。(2)これら支配主体による企業統治の有効性は高く、これらの多くが高い経営成果を誇る。結論として著者は同族および親会社による企業統治の有効性を高く評価し、中間管理職と従業員の企業統治への関与を勧める。

本書に少し注文をつけるとすれば、45%を占める支配的株主の存在しない企業の統治のあり方に、ほとんど触れていない点だろう。企業統治はこのように所有と支配・経営が分離している企業において、より大きな問題ではないのか。また親会社による子会社に対する企業統治の有効性は高いとされるが、親会社自体の企業統治は考察の外に置かれている。同族企業の企業統治についてもほとんど触れられていない。

エージェンシー理論や株式持ち合いに関する垂直統合の戦略的利点や限界などの理論にも言及することにより、本書の価値はより高くなるであろう。【評者 吉森賢(放送大学大学院教授・横浜国立大学名誉教授)】

■2007/03/27, 毎日エコノミスト

ユニオン力で勝つ
ユニオン力で勝つ設楽 清嗣 高井 晃

旬報社 2007-02
売り上げランキング : 199786


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

景気回復下の労働者の受難と反撃

ここ2、3年、景気回復が言われてきた。にもかかわらず、多年にわたる規制緩和とリストラによって、働きすぎと細切れ雇用が広がり、国民の多くが自分と家族の「働き方」に無関心ではいられなくなっている。

労働環境の悪化はいかにして生じたのか。雇用と労働の現場では何が起きているのか。労働者はどのように反撃してきたのか。本書はこれらについて、東京管理職ユニオンの設楽氏と派遣労働ネットワーク・東京ユニオンの高井氏が縦横に語っていて、現状を憂え、変えたいと願う者の胸に突き刺さる。

正社員は長時間労働の増大と成果主義の拡大に直面している。労働基準法36条に基づく三六協定で時間外労働の上限を月20時間と決めていても、その後はサービス残業で働かせる。まるでホワイトカラー・エグゼンプションを先取りしたかのように、大半の職場にはタイムカードすらない。

成果主義賃金は相対評価であるため、何割かの人は賃金がダウンする。しかも誰がダウンしたか分からず、社員同士が疑心暗鬼に陥る。個人別の管理で仕事が個別化され、成果を競わされる。そのプレッシャーから精神を病む人が増えている。

今や労働者の3人に1人、女性では2人に1人は非正規雇用である。使い捨ての直接雇用であるパートに加えて、使い捨ての間接雇用である派遣や請負が増えてきた。果ては相次ぐM&Aのなかで、会社自身も使い捨てられていく。

最近では、使用者責任を逃れるために労働者を個人事業主として働かせる偽装雇用や、実態は派遣として指揮命令をしていながら、受け入れ可能期間終了後の直接雇用への移行義務を免れる偽装請負も少なくない。その結果、「労働者」や「使用者」の概念も曖昧になっている。

圧巻は「ユニオン力で突破する」と題された最終章だ。そこでは解雇、賃下げ、就業規則改悪、雇い止めなどに関する12の具体的ケースが紹介されている。1000件以上の争議を解決してきた東京管理職ユニオンと、派遣・パートなどの非正規労働者の闘いを組織してきた東京ユニオンの経験に基づいているだけに説得力がある。

労働環境は組合がある企業でも悪化してきた。組合に相談を持ち込んでも「個別の問題はやらない」との理由で対応してくれないことが多い。

そういうなかで、本書が語る小さなユニオンの多様な闘いは示唆に富んでいる。「なめるんじゃない。……小さな流れも、いずれは大河となる」ことを教えられる書である。【評者 森岡孝二(関西大学経済学部教授)】

■2007/03/27, 毎日エコノミスト

殺人作家同盟
殺人作家同盟ピーター・ラヴゼイ 山本 やよい

早川書房 2007-02
売り上げランキング : 16100


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

大統領特赦 上巻 (1)
大統領特赦 上巻 (1)ジョン・グリシャム 白石 朗

新潮社 2007-02
売り上げランキング : 2997

おすすめ平均 star
star一気。

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

大統領特赦 下巻 (3)
大統領特赦 下巻 (3)ジョン・グリシャム 白石 朗

新潮社 2007-02
売り上げランキング : 2966


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

疑われるのもネタのうち? “準作家”たちの謎解きゲーム

ビッグネームの新作を2点。ピーター・ラヴゼイ『殺人作家同盟』(早川書房、2310円)は大人向け童話。登場人物はすべて怪しい容疑者と、絵に描いたようなクローズド・サークル・ミステリ。

プロの作家が秘蔵のアイデアを実行に移す、という話ならあった。これはアマチュアの作家ばかり出てくる話。世の中にはフルタイムの作家もいれば、パートタイムのライターもいる。生活のためじゃなく自分のために書くというのは密かな誇りではあっても、所詮はプロ予備軍の自己満足だ。そういう連中が集まるグループに「本物」の出版業者が顔を出し、一同の習作を片っ端から褒めまくった。だが甘言のカゲにはもちろんウラがある。何が何でも世に出たい準作家たちを騙した出版業者はあっさり死体となって、話の幕があく。

登場する殺人作家たちは恐ろしいというより、無害で愛すべき変人たちだ。容疑者あつかいされた体験を同時報告でインターネットに流したり、それを小説の材料に使うべく奮闘したりとかいった「現代性」もとりこまれているが、総じてラヴゼイ的。基本は謎解きゲームだ。けれど大人も読める小説である。

ジョン・グリシャム『大統領特赦(上・下)』(新潮文庫、各700円)も愉しい1作だ。CIAの陰謀によって独房に幽閉されていたフィクサーが特赦で釈放された。目的はしかし、彼を某国暗殺機関の手で抹殺させることにあった。彼の握るウルトラ・シークレットとは何か。

滑り出しはなかなか快調。久方ぶりのグリシャム・タッチは健在、と思わせたが。主人公が風光明媚なイタリアに逃れるパーツが始まると……。おっとっと、これがたっぷりすぎるほど描きこまれていて。観光小説の隠し味サービスに難癖をつけるのは野暮のきわみといってもね。この部分がいつ終わって活劇に移行するかと手に汗を握って読むのも――また一興か。【野崎六助 作家・評論家】

■2007/03/27, 毎日エコノミスト

特捜検察vs.金融権力
特捜検察vs.金融権力村山 治

朝日新聞社出版局 2007-01
売り上げランキング : 3906

おすすめ平均 star
star10年前の問題意識

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

著者インタビュー 村山治(朝日新聞記者) 『特捜検察vs.金融権力』

バブル以降の経済事件摘発の舞台裏を描き出す

──法務省が自民党の空気を読んで捜査に口を出すくだりなど、東京地検特捜部と検察首脳、法務省の3者のあつれきが興味深かった。

■1990年代は護送船団型の日本システムが崩壊した歴史的転換点でした。検察も激動を経て大きく変わりました。そこで起きたことをできるだけありのままに伝え、読者に、国民の共有財産である検察のあるべき姿を考える素材にしてもらいたいと考えました。

──大蔵汚職事件では、法務省はブレーキをかけたのか。

■法務省と検察首脳の一部は、接待での汚職摘発は筋が悪いと考えていました。バブルの時代、程度の差はあれ、検察を含め官僚の多くは接待を受けていました。「こんなもので起訴するのか」と検察自体が大蔵省や世間から批判を受け、さらに、告発が殺到すると、検察や警察がパンクすると危惧した面がありました。

──野村・一勧総会屋事件、大蔵汚職、長銀・日債銀事件、橋梁談合そしてライブドア事件と、まさに「経済検察」への変身を緻密に追っている。

■金融システム維持のため血税をつぎ込んだ破綻銀行の経営者の刑事責任を追及しろという国家レベルの大キャンペーンがありました。同時に、事後チェック型・ルール強化型システムへの転換で行政のプレゼンスが下がり、刑事司法が経済統治のラストリゾート化していきました。

──本にも書かれているが日債銀の窪田弘会長のように乱脈融資と手を切ろうとした経営者が罪に問われた。

■窪田さん、頭取の東郷(重興)さんは気の毒でした。日債銀の破綻の原因を作ったのはバブル期の経営者です。時効の壁で捜査の手が及ばず、軟着陸させるため精一杯努力した人が罪に問われた。本当は、時効になる前に検察は乱脈融資を摘発すべきでした。実際、80年代に政界融資の解明などに向け内偵も行われた。なぜ着手しなかったのか。その辺は謎のままです。

──検察は経済事件をやるべきか。

■事後チェック型のシステム運営に合わせて証券取引法や独占禁止法が強化されました。規制緩和が進んだ割に企業など市場のプレーヤーの意識は遅れています。企業活動などをめぐる経済犯罪は今後も出てくると思います。いまの統治システムでは、検察は否応なくそれに対応せざるを得ません。

――「過剰、過小な検察にならないように」と書いているが、ライブドア事件の摘発は過剰だったのではないか。

■本来は「脱法的」といわれたライブドアの行為が深刻になる前に会社の内外の監査、証券取引所、監視委、金融庁が止めるべきだった。そうすれば検察が乗り出す必要はなかった。市場は生き物です。検察のようにダンビラを振り回す権力装置とは相性が悪い。監視委が市場の違反行為の大方を行政命令で捌き、検察は監視委が告発した悪質事犯だけ捜査する。そうすれば専門性の高い経済事件捜査での苦労も減り、潜在化した暴力団、政治家絡みの不正事件の摘発に今以上のエネルギーをかけられます。

■2007/03/27, 毎日エコノミスト

「今の中国」がわかる本―この100年で中国に起こったこと、そして、これから起こること
「今の中国」がわかる本―この100年で中国に起こったこと、そして、これから起こること沈 才彬

三笠書房 2007-02
売り上げランキング : 56562

おすすめ平均 star
star中国人的 小日本

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

なぜ、アメリカは中国に一目置くのか、驚異的な経済成長はいつまで続くのか、反日感情の根源はどこにあるのか、共産党の一党独裁と民主化の行方は、北京五輪を控えたいま、中国で何が起きているのか――中国の現代史と今、そして将来について67の疑問にわかりやすく答える。あふれ返る中国情報を改めて整理してくれる1冊。

■2007/03/27, 毎日エコノミスト

リクルートのDNA―起業家精神とは何か
リクルートのDNA―起業家精神とは何か江副 浩正

角川書店 2007-03
売り上げランキング : 24640

おすすめ平均 star
starリクルートのDNAを感じることのできる若手起業家への応援の書

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

リクルートで仕事やビジネスの起こし方を学んだ「リクルート卒業生」たちが各界で活躍している。リクルート出身者はなぜ強いのか。リクルート流の起業家精神とは何か。その原点をリクルートの創業者である著者が語る。23歳での創業当時のこと、社員たちとの関係、情報誌という戦略、新規事業の立ち上げなど、築き上げてきた企業風土を振り返る。

■2007/03/27, 毎日エコノミスト

森永卓郎の経済なんでも相談室
森永 卓郎 (著)

年収300万円どころか、国民の9割が年収100万円の時代が来ると警告する森永氏が、「お金ってなんだろう」の基本から、景気や株式、世界経済と日本経済の置かれている現状、ゼロ金利政策、年金、少子化、フリーター問題、なぜ日本は貧乏人に厳しく金持ちに甘い国になったのかなど、日本が抱える大問題をやさしく解説する。

■2007/03/27, 毎日エコノミスト

日本経済の実証分析―失われた10年を乗り越えて
日本経済の実証分析―失われた10年を乗り越えて橘木 俊詔

東洋経済新報社 2007-03
売り上げランキング : 30128


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

「いざなぎ超え」の景気回復にあるとされる日本経済の現状を、最新の計量分析手法を用いて分析する。「失われた10年」と技術進歩、公的債務と政府の役割、少子高齢化と租税政策、企業の株式所有構造、地域金融とリレーションシップバンキング、メーンバンクと雇用削減、求人と求職、労使関係、若年労働市場、出産・子育て、女性の働き方、教育格差など多方面の分析から、日本経済と社会が抱える問題を浮き彫りにし、今後を占う。

■2007/03/27, 毎日エコノミスト

全予測2030年のニッポン―世界、経済、技術はこう変わる
全予測2030年のニッポン―世界、経済、技術はこう変わる三菱総合研究所産業・市場戦略研究本部

日本経済新聞出版社 2007-02
売り上げランキング : 3701

おすすめ平均 star
starタイムリーな本である

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

2030年の日本は単独ではメガ国家の間で埋没するおそれがあると予測する。アメリカの地位は相対的に低下し、拡大を続ける中国やインド、EUなど巨大な軍事力や豊富な資源を持つメガ国家が世界の主要プレーヤーとなる。世界の人口や資源、経済力の動きとメガ国家の関係、兵器・軍事力など約20年後の近未来を描き出し、日本の取るべき戦略を探る。「昆虫が兵器になる日」などのコラムも面白い。

■2007/03/27, 毎日エコノミスト

文系のための使える理系思考術
文系のための使える理系思考術和田 秀樹

PHP研究所 2006-12-21
売り上げランキング : 27837


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

ラクして成果が上がる理系的仕事術
ラクして成果が上がる理系的仕事術鎌田 浩毅

PHP研究所 2006-05
売り上げランキング : 22117

おすすめ平均 star
star理系の人にもオススメ!!
star文系の人にこそオススメ!!
star【思考停止から抜け出すには】

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

の 頭を良くする本理系の思考と仕事術

さて、本コラムのテーマは「頭を良くする本」ということで、最近、広い意味では、知っておいて損のない情報を記した本を紹介しているつもりだが、勉強法や仕事術のような、ダイレクトに頭を良くする本を紹介しないできた。

私が最近着目している仕事術や発想法に、理系という考え方がある。最近出した『文系のための使える理系思考術』(PHP研究所)は自信作の一つだ。

理系の定義は人によって違うようで、私は「試してみないとわからない」という実験的な発想が持てるかどうかを重視しているが、火山学の大家、鎌田浩毅・京都大学大学院教授は、アウトプット優先主義にあるという。要するにプロセスの理屈より、アウトプットが大切ということなのだ。

この考え方に基づいた鎌田教授の『ラクして成果が上がる理系的仕事術』(PHP新書、777円)は、確かにアウトプットの効果を上げそうなやり方を提示してくれる。

私が気に入ったのは、まずやるべきことと、それまでの時間をはっきりさせるという発想である。およそのゴールを決めておき、そこまでにどれだけの時間をかけられるかで、毎日の仕事を決めていくという考え方は、私も完全に賛同できる。時間をかけたからといって、いいものができるわけではない。期限までに確実にやることが大切で、言い訳をいれない発想は、理系的であり、とくにアメリカ型の成果主義にフィットしている。

私が評価するのは、受験勉強のやり方が、まさにそうだからだ。期限までにやるべきことができれば受かるし、そうでない人は運頼みになる。私が推薦入学より受験型を評価する理由はここにある。

最近、東大生のノートがきれいだったことを引き合いに出して、私の説くノート術を揶揄する週刊誌記事があったが、ノート術の点でも、ノートをとる作業と要点をまとめる作業は別だという鎌田氏の発想を理解すべきだ。こんなことも分からないで記者がつとまるから、週刊誌の記事は以前に紹介した『でっち上げ』のようなことが起こるのだと納得した。

とにかく、仕事量を増やすという観点では実用度の高い本である。しかし、仕事は量だと割り切れないところが、文系人間の弱点かもしれない。【和田秀樹 精神科医】

■2007/03/27, 毎日エコノミスト

美しい国へ
美しい国へ安倍 晋三

文藝春秋 2006-07
売り上げランキング : 2577

おすすめ平均 star
starダメ総理には辞めていただく
star慰安婦問題について
starマスコミの狡猾な内閣批判に乗らないで!

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

「国語」の近代史―帝国日本と国語学者たち
「国語」の近代史―帝国日本と国語学者たち安田 敏朗

中央公論新社 2006-12
売り上げランキング : 36174

おすすめ平均 star
star日本語=国語?
star「国語」とはなにか
starそれはそうなんだけど

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

『武士道』を読む 新渡戸稲造と「敗者」の精神史
『武士道』を読む 新渡戸稲造と「敗者」の精神史太田 愛人

平凡社 2006-12-12
売り上げランキング : 93716


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

近代国家と「国語」と南部弁と「武士道」

安倍晋三首相の『美しい国へ』が『Towards a Beautiful Country』という英語の本に翻訳される。伊吹文明文部科学大臣は「美しい日本語」教育が必要だという。

そんな議論の前に、安田敏朗『「国語」の近代史――帝国日本と国語学者たち』(中公新書、924円)をぜひ。国語と日本語は同じでない。近代国家語としての国語は、国民統合のために各地の方言を抑圧して作られた。「美しい」歴史と伝統は考案された後知恵だ。上田万年らが「大和民族の精神的血液」にまつり上げ、ついには植民地台湾・朝鮮、中国へと「東洋全体の共通語」に拡延され、「帝国語」になった。

だが国語を押しつけられた側にとっては「日本語」で、土着の言葉との軋轢は避けられない。本書は、日本語が朝鮮や「満州国」に国語として侵入したさいの問題群を、自分の言葉を奪われた詩人の内面的葛藤から、国語を制度的に支えた学問、大学、研究団体まで、鮮やかに描きだす。伊波普猷の琉球語研究、金田一京助のアイヌ語収集さえ、上田の「日本帝国大学言語学」構想の「醜い」末端だった。

だから伝統や文化が「国語」「標準語」に吸収されると、植民地ばかりでなく、方言で交信し生活してきた人々にもストレスがたまる。沖縄の「方言札」はよく知られているが、岩手の南部弁も抑圧され蔑視された側だった。

太田愛人『「武士道」を読む――新渡戸稲造と「敗者」の精神史』(平凡社新書、819円)に『武士道』の愛国的解説を期待すると面食らう。すぐれてローカルなのだ。冒頭に盛岡城趾に新渡戸の石碑「願はくはわれ太平洋の橋とならん」が石川啄木歌碑と並んだ情景。維新の賊軍南部藩士の「敗者の精神」が、もともと米国人妻への日本文化の紹介として英語で口述筆記された新渡戸『武士道』に流れたと説かれる。原敬、後藤新平らも同郷で、ローカルな南部弁でも十分世界に交信可能なのだと、郷土愛から暗示される。

そういえば、アイヌ語研究の金田一京助も岩手出身、かくいう評者も石川啄木や宮沢賢治の後輩。本当に「美しい国」ならば、押しつけ「国語」などいらないという謎解きだろうか。【加藤哲郎 一橋大学大学院社会学研究科教授】

■2007/03/27, 毎日エコノミスト

中国の赤い富豪
中国の赤い富豪ルパート・フーゲワーフ 漆嶋 稔

日経BP社 2006-12-14
売り上げランキング : 29248


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

イギリス青年が作った富豪番付知られざる中国富豪の素顔

中国トップの個人資産家は?

答えは、米国の古紙を中国で再加工するビジネスで財をなした張茵という女性で、その資産総額は270億元、女性富豪としては世界でトップだという。 『中国の赤い富豪』の著者ルパート・フーゲワーフは、アーサーアンダーセン会計事務所の上海事務所に勤務していた折に個人資産調査を思いつき、1999年、中国初の富豪番付を発表した。

その記念すべき初回番付の首位は、当時、国際信託投資公司の董事長(取締役会に当たる董事会の最高責任者・会長)であった栄毅仁で、彼の父親の代からの一族の総資産を米ドルで10億ドル超と算定した。しかし、その7年後の番付では、毅仁の息子、栄智健の資産は145億元と5位、その上位はすべて、新興の資産家の名が並んだ。

さらに驚くべきことは、30代の富豪が少なくないことだ。2006年の2位は北京の零細小売商から家電小売りチェーンの国美電気をつくりあげた黄光裕(37歳、資産200億元)、11位にポータルサイト網易の丁磊(35歳、90億元)と、復旦大学の学生5人で創業し、バイオ、医薬、不動産、流通業、鉄鋼業などを手がける復星集団の郭広昌(39歳、90億元)が同列で並び、25位にはオンラインゲームで大成功をおさめた陳天橋(33歳、60億元)がいる。

彼らは徒手空拳で財をなした起業家であり、この富豪番付から、市場化以降の中国経済が、世界に類を見ない「冒険者の楽園」であったことが、あらためて確認できるのだ。

本書を著したフーゲワーフもまた「冒険者」の一人だ。達者な中国語でテレビ出演もし、その番付ともども、胡潤という中国名は中国では知られた存在だ。それだけに、この番付に疑義を呈する意見も少なくない。国有企業の資産を私物化した経営者や、役得により蓄財をはかった党幹部が他にいるではないかという批判もその一つだ。

それらの疑問に彼は、「ここでいうところの資産とは、現実のデータを再現したものではなく、中国の発展を描写したもの」とかわす。

フーゲワーフは、富豪番付の発表の場であった『フォーブス』誌と、02年に袂を分かってからは、「影響力」「慈善家」など番付の幅を広げ、ビジネスを多角化していった。

本書は、これまであまり世に知られることのなかった中国富豪の素顔の紹介であると同時に、イギリス青年の中国における成功物語としても興味深く読める。【評者 渡辺浩平(北海道大学情報基盤センター助教授)】

■2007/03/20, 毎日エコノミスト

ミサイル防衛 日本は脅威にどう立ち向かうのか
ミサイル防衛 日本は脅威にどう立ち向かうのか能勢 伸之

新潮社 2007-02-16
売り上げランキング : 51621

おすすめ平均 star
star新聞などでは得られない迫真の記述

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

ミサイルとは何か核の脅威とは何かを描き出す

2月13日の6カ国協議(中国・米国・ロシア・北朝鮮・韓国・日本)で合意された新たな合意文書「共同声明の実施のための初期段階の措置」では、「拉致問題」以外にも、全く無視されている分野がある。

2002年9月17日、日本と北朝鮮が、当時の小泉純一郎首相と金正日委員長の間で合意署名した「日朝平壌宣言」は、日朝両国にとって今後の交渉を進めるうえでの基本合意と言えるものだったが、そこには「朝鮮半島の核問題及びミサイル問題を含む安全保障上の諸問題に関し、関係諸国間の対話を促進し、問題解決を図ることの必要性を確認した」という文言が明確に示されていた。

朝鮮半島の核問題はミサイル問題と分離できない一体の問題であるという平壌宣言の重要な部分だが、今回の6カ国協議合意では、ミサイル問題には全く言及していないのである。

本書は、書かれた時期から言って2月13日の「6カ国協議合意文書」に触れてはいないが、中国が議長国となり、米朝が実質的に2国間の直接交渉を重ねて進展のスピードを速めている「朝鮮半島の核問題の解決」、すなわち朝鮮半島の非核化協議において、日本が直接的に脅威を受ける「ミサイル防衛」について、基本的にミサイルを迎撃することが、いかに困難なことであり、それだけ日米間の防衛協力の今後の中心課題となっていることを示してくれる。

一方で、この本の隠れた主題、主張は2つあると、評者自身は考える。

その1つは中国が最近、自国の古くなった衛星迎撃破壊実験を成功させたごとく、格段に自国ミサイルの技術能力を高めているなかで、日米安全保障条約を有する日米両国が、いかに中国の軍事力に対応すべきなのかということである。

2つ目が、日米間においてミサイル防衛(対中国、対北朝鮮)を効果あるものとして進めるためには、「集団的自衛権の行使」について、最近の「新アーミテージ・リポート」が指摘したように、「憲法改正を含んで、早急に集団的自衛権の行使が可能」となることが必要であるということである。

ミサイル防衛システムが有する多くの技術的専門用語の氾濫に惑わされて、我々は時にミサイル防衛について、自分自身の価値判断を持つことに無関心である。しかし、ミサイル防衛こそが、今後の日米の防衛協力のあり方について我々の考えを形成するうえで、中心課題となっていることを、この本は示している。【評者 小池政行(日本赤十字看護大学教授・国際人道法)】

■2007/03/20, 毎日エコノミスト

闇の釣人 本所深川七不思議異聞
闇の釣人 本所深川七不思議異聞長辻 象平

講談社 2007-02-01
売り上げランキング : 21049


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

ぐらり!大江戸烈震録
ぐらり!大江戸烈震録出久根 達郎

実業之日本社 2007-02-16
売り上げランキング : 116388


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

釣りが犯罪だった江戸の城下で闇夜を駆ける釣人の怪

釣りを題材にした異色の時代小説を発表している長辻象平『闇の釣人』は、生類憐みの令に人々が苦しめられていた徳川綱吉の治政下を舞台に、御禁制の釣りを通してお上の御政道を批判した“闇の釣人”の活躍を描いている。

物語は、親が釣りをしたことで不幸に見舞われた無明長四郎、お与満、銀七たち“闇の釣人”が、悪法を盾に庶民をいじめる小人目付の出雲豊次郎へ戦いを挑むことで進んでいく。一芸に秀でたヒーローと巨悪の戦いは時代小説の定番だが、その特技を釣りにしているだけに先の読めない展開になっていて、最後まで飽きさせない。

各章の冒頭には、釣った魚を置いていけという奇怪な声が聞こえる「置行堀」など〈本所七不思議〉が紹介され、それが次第に“闇の釣人”のエピソードと結び付いていく。怪談を巧みに用いることで、怪談を生み出す社会の閉塞状況を浮かび上がらせる手法も秀逸だった。

釣りは道楽ではあるが、竿、糸、仕掛などには最新の技術が導入されている。その貴重な職人技が、生類憐みの令によって途絶える危機にあったとの指摘は、技術継承の難しさを現代に問いかけているように思える。

出久根達郎『ぐらり! 大江戸烈震録』(実業之日本社、1680円)は、安政の大地震を生き延びた被災者が、たくましく町の復興に尽力する姿を描いている。

世間を知らない仏具屋のお嬢様が、竹問屋の手代や作家志望の叔父と共に店を再建するなど、本書の登場人物は常に自分の手で人生を切り開こうとしている。智慧と人情で逆境を乗り切る江戸庶民のパワーは、現代人にも生きる勇気を与えてくれるはずだ。【末國善己 文芸評論家】

■2007/03/20, 毎日エコノミスト

17歳のための世界と日本の見方―セイゴオ先生の人間文化講義
17歳のための世界と日本の見方―セイゴオ先生の人間文化講義松岡 正剛

春秋社 2006-12
売り上げランキング : 701

おすすめ平均 star
star17歳という、メモリアルな境界線をはさんで、情報を紡ぐ。
star日本文化再発見の手がかりとして・・・
star歴史の面白さを凝縮したセレクション

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

著者インタビュー 松岡正剛(編集工学研究所所長) 『17歳のための 世界と日本の見方』

「関係」の時代を読むための「編集」という視点

──世界の境界が薄れ、膨大な情報が瞬時に地球上を駆けめぐる時代のなかで、世界と日本の関係をどのように見ていったらよいのか。その基本の部分を考えてみようよ、と若い人たちに語りかけている本です。現代は「関係」の時代だと書いていますが。

■これまでは「サブジェクト」(主題主義)の時代だったと思うんですよ。いろんなものがテーマや領域ごとに細分化され、例えば進化論を研究する人は進化論だけというように。学問だけでなく様々な社会の領域でもサブジェクトに陥りすぎてしまった。ところがネットワーク時代の現代では、相互の関係から見ないと見えてこないものがある。その「関係」を察知する軟らかいセンサーを持とうよ、というのが狙いです。

──世界と日本を見るキーワードに「物語」と「宗教」を挙げています。

■紀元前800年くらいに、語り部によって民族の歴史や情報が物語として伝えられるようになっていきます。その語り方や伝え方が工夫されていくなかから、文化の根底にある言語のしくみが確立されていったわけです。人間の歴史の当初にどのような物語があったのかを、まず知ってほしかった。

また宗教は、今日の世界の戦争や経済的価値観と無縁のものではないし、宗教の始まりや、東洋と西洋の思考の違いを知ることは重要なことです。今の日本の若い人たちは、イエス・キリストの物語は知っていても、お釈迦様のことは知らない人が多い。これはちょっとまずいのではないかと。

──そうした世界を形作っているものの基本を知ったうえで、世界と日本を見ることが重要なわけですね。

■僕は「編集」ということを常々言っているわけですが、編集とは一見、異質なものの間に関係を発見すること。これだけ情報があふれている世の中で、放っておけば何が何だか分からなくなってしまう。早めに自分なりのエディティングをしたほうがいい。編集的自己の確立ですね。

──日本の文化は「引き算の文化」だと書いていますが。

■例えば枯山水は、水というものを感じたいから水をなくしてしまう。これはすごいことだと思いますよ。引き算といっても捨てるのではなく、ほしいから引くのであって、ここにコツがあるわけです。「あること」と「ないこと」の間の領域を読む、そういう文化を日本は失ってきている。これをどうやって現代の世になお、受け継いでいくかが問われているように思います。

──イラストも描いていますね。

■「関係」というものをちょっと絵にしてみようかなと。中心がある絵ではないようにしてみたんです。いくつかの視点が混在して視線が動くというか。そこを僕の分身のようなチビ助がうろちょろしている。

──どこかで見たような構図があったり、どういう意味なのか、あれこれ考えさせられます。

■見方によっていろんな答えがあると思いますよ。それこそ編集という視点でたくさんの答えを作ってください。

■2007/03/20, 毎日エコノミスト

技術職だからできる定年後の仕事選び―ムリなく・楽しく・好きなことでもきっちり収入確保
技術職だからできる定年後の仕事選び―ムリなく・楽しく・好きなことでもきっちり収入確保田川 克巳

ぱる出版 2007-02
売り上げランキング : 35007


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

技術職のシニアを対象に、団塊世代の感性に合わせた定年後の実用ガイド。キャリアを生かしたSOHO型の一人起業やコンサルタント開業、異分野に挑戦する農業起業や職人起業など、会社の枠にとらわれない「新・仕事生活」を提案。先輩技術者の成功例と失敗例を盛り込み、シニア起業支援組織へのアクセス法も指南している。

■2007/03/20, 毎日エコノミスト

空と海
アラン・コルバン (著), 小倉 孝誠 (翻訳)

晴れれば気分がよいし、雨が降れば鬱々とするのは、古来変わらぬ人間の感性だろうが、この本は風景や水、海など、天候に対する人々の感じ方・評価の歴史を多角的に描き出す。天候の記録方法や天候の予言者たち、宗教・科学・美術や文学などとのかかわり、海水浴の誕生など、天候に対する人間の感性と表象の歴史が語られる。

■2007/03/20, 毎日エコノミスト

ブッシュのホワイトハウス(上)
ブッシュのホワイトハウス(上)ボブ・ウッドワード 伏見 威蕃

日本経済新聞出版社 2007-03-07
売り上げランキング : 473


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

ブッシュのホワイトハウス(下)
ブッシュのホワイトハウス(下)ボブ・ウッドワード 伏見 威蕃

日本経済新聞出版社 2007-03-07
売り上げランキング : 620


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

1997年のテキサス州知事時代から、イラク戦争を経て今日に至るまでの、ブッシュ政権をめぐる人間模様を描き出す。2000年の大統領選挙を前にした父ブッシュのサウジアラビアへの選挙支援要請、当選後の新政権の主要スタッフにはブッシュ・シニア政権でサダム・フセインと戦ったパウエル国務長官らを据えるなど、イラク戦争に対する布石は着々と打たれていたという。泥沼のイラク戦争をめぐる疑惑に迫る。

■2007/03/20, 毎日エコノミスト

後藤新平 日本の羅針盤となった男
後藤新平 日本の羅針盤となった男山岡 淳一郎

草思社 2007-02-24
売り上げランキング : 96752


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

関東大震災で壊滅した帝都・東京を大胆に作り直す。幻となった後藤新平の帝都復興計画が実現していたら、近代日本の姿はもう少し違ったものになっていたのではないか。彼の脳裡にあったのは、社会基盤を支える壮大な「公共」の思想だった。明治から大正にかけての激動の時代にあって、台湾総督府民政長官、満鉄初代総裁、東京市長などを歴任し、近代日本の骨格を築き上げていった男、後藤新平の足跡をたどる。

■2007/03/20, 毎日エコノミスト

政党と官僚の近代―日本における立憲統治構造の相克
清水 唯一朗 (著)

日本政治の未来と政・官のマネジメント

政党と官僚の関係は「政高官低」とか「官高政低」とか、常に対立関係として論じられてきた。これは、明治以来の日本の政党政治の展開のなかで、藩閥政治を支える官僚と政党の抗争という点が、あまりにも強調されすぎてきたことが一つの大きな原因であった。

清水唯一朗著『政党と官僚の近代』(藤原書店、5040円)は、明治維新以来の近代日本政治を俯瞰し、「そうした理解は歴史のある一面に過ぎず、政党と官僚の関係は単純な対立構造では捉えきれない」と結論づけている。

34年を官界のなかで過ごした評者も、「政か官か」というジャーナリスティックな二分割思考には常に違和感を感じていた。両者の関係がそんな簡単なものではなく、対立と協調、分裂と融合という二つの軸の間を揺れ動きながら展開してきたとする清水の分析は、評者にも納得がいくものである。

実は、両者の関係がどのようなものであるかが、それぞれの政権の性格と、その政治能力に大きく関係しているように思える。現在の安倍政権が決定的に実務的能力に欠けているのも、政党と官僚を内閣がうまくマネージメントできないことに起因しているのだろう。

本書は清水の博士論文を加筆・修正したものなので、一般読者には若干、読みにくい形になっている。しかし、序論と結語、そしてまた、それぞれの章の序論と結語で、複雑な分析をよくまとめており、学術的内容を、かなり読みやすくしている。

軽薄なテレビ・ジャーナリズムの執拗かつ単純な二分割思考の官僚攻撃で、霞が関はモラールが低下し、むしろ硬直化の傾向が目立つ。清水が本書で指摘するように、テクノクラートとしての「学士官僚」は明治以来の近代日本政治を支えてきた一方の核であり、これが崩れてしまっては、これからの日本の政治も立ちゆかない。

民主的な政党政治と専門知識、民衆政治家とテクノクラートを、どう両立させ、有効な統治システムをつくっていくのかが、どこの国でも政治の重要なポイントであろう。つまり、それは効率的な統治機構をつくっていくための鍵だろう。清水の労作は、この意味で大変興味深い。【榊原英資 早稲田大学教授】

■2007/03/20, 毎日エコノミスト

戦争の日本史 2 (2)
戦争の日本史 2 (2)倉本 一宏

吉川弘文館 2007-01
売り上げランキング : 75238


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

国際情勢から読み解く壬申の乱と大海人軍団の謎

古代政治史上の最大の事件である壬申の乱については、研究書・一般書を含めて、それこそ汗牛充棟もただならぬものがあるが、最近上梓された倉本一宏著『戦争の日本史2 壬申の乱』(吉川弘文館、2625円)は、力作というもおろか、近年の“雄篇”として注目すべきである。

672年(壬申)、すなわち天智天皇11年に、大和吉野に逼塞していた大海人皇子が、同年5月、吉野を脱出して東国に行こうとした逃避行が乱の幕開けであった。大和宇陀から伊賀、伊勢と北上するに従って、大海人一行の人数は膨張し、美濃に入る頃には巨大な軍団となり、彼我の勢力は逆転していた。大友皇子側の敗因は、主従数十人で出発した大海人一行を早期に捕捉せず、みすみす拱手傍観していた遅疑逡巡にあるが、問題は、何故、大海人の軍団が雪だるま式にふくれ上がっていったかにある。

従来の通説では、美濃以下の東国の土豪を懐柔した大海人側の軍略にあるとされるが、『壬申紀』を読む限りでは、そんな理由で説明できるとは到底思えない。本書はこの戦争を当時の国際関係のなかに位置づけ、大海人軍団膨張の原因を国際情勢から説明した斬新さに特色がある。前年11月に唐使の郭務 が来日し、白村江敗残の捕虜を送還すると共に、半島への援助を強く要請していた。従って近江朝廷としては、畿内東国に対し、唐の要求に対応する軍夫を徴発しており、それがすでに各地に集結していて、大海人は通過ごとにそれらの軍を合流させていったとする。まことに目から鱗の落ちる画期的な解釈であり、明快である。

壬申の乱は、一面で皇位継承権をめぐる兄弟の争いであり、以後、奈良朝期を通じて続発する血腥い皇族殺し合いの始まりでもあった。この結果、天武系の皇統は根絶やしとなり、殺害を恐れてアルコール中毒患者を装っていた天智系の白壁王(光仁天皇)の践祚によって、皇統が100年後に天智系に戻るのは周知のことである。

明治以降、壬申の乱はタブー化し、戦後も入試に取り上げると学内で紛議が生じたという。そんな乱の学説史を叙述した最終章は大変面白い。【今谷明 国際日本文化研究センター教授】

■2007/03/20, 毎日エコノミスト

なぜ巨大開発は破綻したか―苫小牧東部開発の検証
なぜ巨大開発は破綻したか―苫小牧東部開発の検証増田 壽男 小田 清 今松 英悦

日本経済評論社 2006-12
売り上げランキング : 21573


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

「夕張」につながる転落を解く戦後の大規模地域開発の決算書

本書は、苫小牧東部大規模工業基地開発計画(苫東開発)について多角的に分析し、21世紀の地域開発政策に展望を開くことを目的に出版された。

苫東開発は、高度経済成長の継続を前提に、新全総(1969年)によって打ち出された巨大開発構想である。この構想直後の73年に第1次石油危機が起こり、高度成長の終焉とともに苫東開発計画も事実上破綻する。しかし、当初計画は見直されることなく95年まで継続した。その後も、経営破綻した開発主体の第3セクターから新会社に営業権が譲渡され、計画改定で苫東開発は存続している。

なぜ、計画は破綻したのか。なぜ、破綻した計画が生き延びたのか。本書は、日本資本主義にとっての北海道開発の特別な位置づけから分析を始め、苫東開発の歴史と現状を整理し、地域経済、地方財政、地域共同体への影響等を実証分析している。特に、国と北海道が加わる第3セクター・苫小牧東部開発会社の破綻の分析や、苫東開発を資金面で支えた政策金融機関・旧北海道東北開発公庫の実証分析は、本書の優れた特徴をなしている。本書を構成する10章と補論は、いずれも力作揃いといってよい。

豊富な未開発資源と広大な土地を持つ北海道は、敗戦で失った国土の回復、国民経済の自立、過剰都市人口問題の解決、さらに国民の士気高揚のためのフロンティアとして位置づけられる。しかし、この脈絡のなかで構想された苫東開発は、北海道の石炭や食料生産と同様に、「国際化」に翻弄されて破綻していく。その意味では、苫東がたどった運命は、資源開発政策の転換を契機に転落を始め、財政破綻に至った夕張問題にも通じるものがある。

本書は、苫東開発の検証は「戦後における大規模地域開発を解明することである」と位置づけ、水島や堺・泉北臨海コンビナートと比較しながら苫東開発計画を分析している。本書を読むと、戦後の大規模地域開発の決算書を理解することができる。

また、本書では、国の政策金融に支えられた第3セクターという開発システムが丹念に解明されている。これによって、苫東開発以降、各地で推進されてきた第3セクター方式の多くが経営破綻した問題点について、いっそう深い理解が得られるであろう。

本書が広く読まれることによって、戦後の大規模地域開発の教訓が共有され、それを踏まえた地域開発(発展)の新たな構想が期待される。ぜひ、一読されることをお勧めしたい。【評者 保母武彦(島根大学名誉教授)】

■2007/03/13, 毎日エコノミスト

金融市場の勝者―銀行・ファンド・企業、複線化する金融
金融市場の勝者―銀行・ファンド・企業、複線化する金融高田 創 柴崎 健

東洋経済新報社 2007-02
売り上げランキング : 59768


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

「市場型間接金融」は日本を救えるか?

敗戦によってわが国の企業は資本をほとんど喪失したが、それを補ったのが銀行貸し出しであった。銀行貸し出しは、借り手企業にとって契約上は「負債」であるが、わが国の場合、多分に資本性を有するものであり、いわば「擬似エクイティ」ともいうべきものであった。こうした「擬似エクイティ」供給によって、産業活動は活発化する一方、銀行にリスクが集中する形となった。

しかし、本来、銀行貸し出しは、元本保証の預金を原資とするものであり、リスク吸収能力には限界がある。この問題が露呈したのが、今回のバブル崩壊であった。従って今後、「リスクマネー」を誰が、どうやって供給していくのか、ということが、極めて重要な課題となっている。

こうした問題意識に沿って、著者は、まず、最近米国や日本で起こっている様々な変化に注目する。

例えば、企業がほぼ恒常的に資金余剰となった結果、企業に貸し出しを行おうとするのは、いわば「南極で氷を売る」ようなものであり、規制緩和やグローバル化の進展等によって事業リスクが高まるなかでは、企業にとっては借り入れよりも、エクイティ調達などによって財務の安定性を確保する方が重要となっている、と指摘する。

また、金融技術の革新や機能の分解(アンバンドリング)によって、企業の金融機能が拡大・多様化し、金融と企業の間の垣根が低くなるというクロスオーバー現象も急速に進行している、と指摘する。

それでは、今後求められる「新しい金融モデル」とは、いかなるものなのか──。著者の答えは、ローン売買、証券化商品、ファンド、さらにはクレジット・デリバティブなどいわゆる「市場型間接金融」である。これらは小口であるため大きな調整には耐えられないが、その代わり早期のロスカットを行うことができる。こうした小型かつ柔軟な「貯水池」を状況に応じて設定しながら、リスクを最終的投資家に移転することができる、と説く。

こうした結論は、最近の学界では主流となりつつある。しかし、市場型間接金融も万能ではない。特に、今般の村上ファンド事件などを考えれば、資本を活用する際の「ガバナンス」をどう確保していくのかという問題は極めて重要である。この点を十分議論しないまま、「市場型間接金融」を至高のものとしてその拡大を図ることは極めて危険だ。著者には、ぜひ、こうした点を論じてほしい。【評者 渡辺孝(文教大学国際学部教授)】

■2007/03/13, 毎日エコノミスト

エリア7 上 合衆国空軍秘密基地を脱出せよ
エリア7 上 合衆国空軍秘密基地を脱出せよマシュー・ライリー 松田 貴美子

ランダムハウス講談社 2007-02-02
売り上げランキング : 16618

おすすめ平均 star
star畳み掛ける展開

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

エリア7 下 合衆国空軍秘密基地を脱出せよ
エリア7 下 合衆国空軍秘密基地を脱出せよマシュー・ライリー 松田 貴美子

ランダムハウス講談社 2007-02-02
売り上げランキング : 16544

おすすめ平均 star
star海兵隊のダークピットみたいorジェームスボンド

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

物しか書けなかった物書き
物しか書けなかった物書きロバート・トゥーイ 法月 綸太郎 小鷹 信光

河出書房新社 2007-02-10
売り上げランキング : 47338


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

「人種差別ウイルス」も登場 危機一髪、軍事アクション

マシュー・ライリー『エリア7(上・下)』(ランダムハウス講談社文庫、上861円、下893円)は、壮快無比の連続アクション。最新のゲームセンターで体感シューティングゲームをやりまくった感じだ。血と汗と硝煙の臭いより、どこかCGっぽいのも今風か。

砂漠の軍事基地で切って落とされる死闘。大統領を狙う戦闘部隊と海兵隊、内部の裏切り者に加え、生体実験に使われていた凶悪犯罪者や猛獣、しかも心臓に埋めこまれた通信装置が爆弾テロの時限スイッチとなる。危機一髪に次ぐ危機一髪。某国と通じたクーデター計画から生物兵器の開発(人種差別するウイルスの話なんて初めて聞いた)まで、盛り沢山な仕掛けに事欠かない。巨大格納庫内でジャンボジェット機を乗り回すなどは序の口で、ついには宇宙に打ち上げられたスペースシャトルが決戦の場に……。

7作分くらいのアイデアとアクションを惜しげもなくサービスパック。この内容の濃さは格別だ。しかも、読み終わって疲れが残らないのも不思議な効能である。

ロバート・トゥーイ著、法月綸太郎編『物しか書けなかった物書き』(河出書房新社、2520円)は、日本版オリジナル短編集。異色短編系からの隠し球。ジャンク中古品の山から「まだまだあるぞダイヤモンド」を見つけるようなスリルだ。空前絶後の一発……とは、なかなかいかなくても許せる。アメリカ版一人漫才といった芸だが、途中でボケ役の出番ばかりになるパターンが持ち味だ。名人や鬼才といった書き手ではない。

虹をつかむ男の哀愁に打たれるにはもう一歩。妄想と現実の境目を踏み外すやり方もどこかしょぼくれている。このほどほどな半端さが逆に取り得なんだろう。

数学的本格ミステリの旗頭が編者で、ていねいに読みどころを解説してくれているが、この取り合わせの奇妙さのほうが、まず面白いのだった。【野崎六助(作家・評論家)】

■2007/03/13, 毎日エコノミスト

選挙協力と無党派
選挙協力と無党派河崎 曽一郎

日本放送出版協会 2007-01
売り上げランキング : 213060


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

著者インタビュー 河崎曽一郎(政治ジャーナリスト、前NHK解説委員)  『選挙協力と無党派』

40年の選挙取材から見た07年政治決戦の行方

──今年の参院選で自民、公明両党の選挙協力はどうなりますか?

■参院選は安倍晋三首相と小沢一郎民主党代表が党首のクビをかけた政治決戦です。自民は公明の選挙協力がなければ勝てないが、公明にとって参院選挙区は衆院小選挙区と違い一方的で持ち出し型の協力になります。自民からの見返りはせいぜい比例1議席。700万票前後の組織票を持つ公明・創価学会がそのバーターをどう判断するかだが、自民は公明に対し、政治や暮らしを良くするための政策の約束が必要となり、それは絵にかいた餅でなく、すぐ食べられないとダメ。ただ、学会の人は「餅に『増税』という毒を入れさせないように」と早くも警戒していますが。

──平成の大合併で集票構造は液状化現象が始まると指摘しました。

■地方を中心にした大合併で地方議員の数は減り、選挙区が広くなった分、選ばれる側と選ぶ側との接触度や親近感がめっきり減ります。それをどう克服するかという答えを自民党はまだ持っていない。集票組織が液状化すれば、支持基盤の固い公明、共産は伸び、民主も大合併の地べたに密着し、住民の不満を吸収し始めたら、マイナスは自民党だけになりかねませんよ。

──1月の宮崎知事選で東国原英夫知事誕生の原動力となった無党派旋風は参院選でも大きなカギを握ります。

■2001年の参院選前は00年10月に長野で田中康夫知事の当選を皮切りに11月栃木、翌01年3月千葉の知事選で無党派旋風が吹き荒れ、政治不信で森内閣は退陣に追い込まれました。東国原勝利も当時と似ており、自民も地方選に勝てないようでは国政選挙には勝てません。安倍内閣の支持率が続落しているのは無党派が離れたからで、政府・自民党は自己批判、外科手術を迫られています。小泉自民党が大勝した05年の総選挙でも出口調査を分析すると、自民党の無党派獲得率は民主党より7ポイント低い32%。自民党が無党派を獲得できる限界は33%前後だが、言いかえれば自民は無党派の3分の1獲得すれば国政選挙に圧勝できます。野党は7、8割取らないと勝てないでしょう。

──NHKでの40年にわたる選挙取材で何が一番印象に残っていますか。

■1980年の初の衆参同日選で投票日の10日前に当時の大平正芳首相が病死した直後。担当デスクだった私に民社党の佐々木良作委員長から「河崎君、票読みをやり直さなあかん。自民党候補は喪章をして回っている」と電話があり、自民大勝後には「総理の命には勝てんかった」と言ってきました。民社党参院候補は私が当確を打つ直前に亡くなるし、ものすごいドラマの連続でした。

──今後の選挙報道に対する見解は。

■総選挙の期日前投票が13%相当に達する昨今、候補者から仕掛ける期日前投票も増えるでしょう。報道各社は投票日当日の出口調査と同様に、期日前投票の出口調査の精度が試されます。個人情報保護法で調査の回収も次第に困難になっており、参院選報道に大きな変化が出るかもしれません。

■2007/03/13, 毎日エコノミスト

ビル・ゲイツ、北京に立つ―天才科学者たちの最先端テクノロジー競争
ビル・ゲイツ、北京に立つ―天才科学者たちの最先端テクノロジー競争ロバート・ブーデリ グレゴリー T.フアン 依田 卓巳

日本経済新聞出版社 2007-02
売り上げランキング : 8546


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

最近発売されたウィンドウズ・ビスタの機能の多くは、1998年に創設された中国・北京のマイクロソフトアジア研究所で研究・開発されたものだという。中国の天才頭脳を集め、今やマイクロソフトの最重要研究拠点に成長した研究所の歩み、中国進出企業が直面する困難を追い、仕事に没頭する中国人研究者を通して、研究開発大国となった中国の姿を描く。

■2007/03/13, 毎日エコノミスト

借りまくる人々―クレジット依存症社会の真実
借りまくる人々―クレジット依存症社会の真実ジェイムズ D.スカーロック 中谷 和男

朝日新聞社出版局 2007-02
売り上げランキング : 12364


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

ある統計によると、アメリカの平均的な家庭はカードで9300ドルの負債を抱えているという。借金に抵抗感のないお国柄に加え、ここ30年で深刻化した富の格差がカード地獄を拡大させている現実がある。貧困層に限らず、自己破産は中流階級に多いというが、本書では事実上無審査の融資や容赦ない取り立て屋の生態など、クレジット依存症社会の真実をリポートする。

■2007/03/13, 毎日エコノミスト

企業不祥事―会社の信用を守るための対応策
企業不祥事―会社の信用を守るための対応策川野 憲一

竹内書店新社 2007-02
売り上げランキング : 61354


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

企業不祥事が発生した時に、経営陣、広報はどう対応すればいいのか〓〓経営リスクとネガティブ情報、企業不祥事と社会部記者、緊急会見の進め方、などを豊富な具体例で解説する。「不愉快な情報が上がってきても、トップは嫌な顔を見せないこと」と、アドバイスも実践的だ。

■2007/03/13, 毎日エコノミスト

半導体ベンチャー列伝―ニッポン製造業の変革に挑む起業家たち
半導体ベンチャー列伝―ニッポン製造業の変革に挑む起業家たち泉谷 渉 津村 明宏

東洋経済新報社 2007-02
売り上げランキング : 68281


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

今や30兆円市場という世界の半導体産業にあって、日本のベンチャーが快進撃を続けている。東芝の開発部長の職を捨て、ファブレスと呼ばれる生産工場を持たないベンチャーの代表格となったザインエレクトロニクス、『少年マガジン』のデザイナーが興した液晶ガラス研磨のエム・アンド・エスファインテック、社員の8割が女性の空間アートシールなど31社の起業家が登場。最新の半導体ベンチャー事情と、ベンチャーに賭ける意気込みを語る。

■2007/03/13, 毎日エコノミスト

「負け組」のアメリカ史―アメリカン・ドリームを支えた失敗者たち
「負け組」のアメリカ史―アメリカン・ドリームを支えた失敗者たちスコット A.サンデージ 鈴木 淑美

青土社 2007-02
売り上げランキング : 23141


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

19世紀のアメリカ、資本主義が成熟していくなか、夢の体現に向かって邁進する人々が脚光を浴びる一方で、事業に失敗し、破産する人々の数もまた膨大なものとなっていく。産業革命、南北戦争、そして恐慌。本書では、日記や取引記録、信用調査書、借金申し込みの手紙、破産判決、自殺の遺書、当時スタートしたばかりの民間信用調査会社の記録など、ありとあらゆる資料から、失敗者たちの人生と、それが社会に及ぼした影響をたどる。

■2007/03/13, 毎日エコノミスト

大学病院革命
大学病院革命黒川 清

日経BP社 2007-01-25
売り上げランキング : 1325

おすすめ平均 star
star「出羽の海」の医療放談
starすべての組織、メンバーが読むべき
star前向きに振り返る

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

今必要なのはメディカル・スクールだ

私の本職は、実は高齢者を対象とした精神科医なのだが、そのなかでの問題意識に、今の大学病院が医師のトレーニング機関になっているシステムでは高齢社会に耐えられないというのがある。高齢者は体全体が老化していくため、あちこちが同時に病気になることがある。高血圧と骨粗しょう症と糖尿病が併発するなどはざらにあることだ。ところが、現在の大学医療は専門分化がどんどん進んでいる。内科という科はなくなり、循環器科、消化器科、内分泌科などに細分化されているため、高齢者は一人でいくつもの科にかかることになる。

これは大学病院だけの問題でなく、大学を出て開業したとしても、循環器内科クリニックなどという形になったり、内科と名乗っていても、胃の具合が悪いと言われてもさっぱり診ることができないなどということが起こる。

その解決法の一つに、アメリカ型のメディカル・スクールがあることを、私もかねがね思っていたが、それをさらに具体的に教えてくれるのが、黒川清著『大学病院革命』(日経BP社、1365円)である。大学の医学部は研究重視から専門分化が進んだのだが、ロー・スクールなどのように、職業専門大学院としてメディカル・スクールを作れば、時代のニーズに合わせた臨床家の養成ができる。また社会のことを知っている人や、文系の知識や教養を持つ人が医師になりやすくなるのも、高齢社会には好適だ。本場のアメリカUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の教授も歴任した黒川氏が語る構想には説得力がある。

日本の大学がなぜ研究重視になったかという歴史的考察や、大分県中津市の病院を例に挙げた地域完結医療など、医師である私にも興味深いものだった。病院にボランティアに行くことで医療の実態を知ろうというのは、多くの人に試してもらいたい実用的なアイデアだ。

もう一つは、医療ミスについてのメディア・リテラシーの問題である。通常避けられる単純ミスと、高度な医療につきものの単純ミスを一括りにする報道のあり方も問題だが、それを読み取れないと、よい医療に出会えないだろう。大学病院信仰が薄れ、医師と患者が対等に向き合う時代の、患者のあり方も考えさせられた。【和田秀樹 精神科医】

■2007/03/13, 毎日エコノミスト

フィレンツェの傭兵隊長ジョン・ホークウッド
フィレンツェの傭兵隊長ジョン・ホークウッドドゥッチョ バレストラッチ Duccio Balestracci 和栗 珠里

白水社 2006-10
売り上げランキング : 57986


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

リチャード獅子心王
リチャード獅子心王レジーヌ ペルヌー R´egine Pernoud 福本 秀子

白水社 2005-03
売り上げランキング : 414916

おすすめ平均 star
star類書はないが……
star類書はないが……
star類書はないが……

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

アウグスティヌスと内縁の妻の話

「あなたも私も買われた命、恋してみたとて一夜の火花……外人部隊の白い服」とは、中高年なら知っている名歌「カスバの女」の一節。 「戦争のプロ」である傭兵は、無防備な住民からは力ずくで略奪し、凶暴で無慈悲であった。だが、敵兵には必ずしも無慈悲ではなかった。今戦っている相手もまたプロであれば、明日には手を結ばないともかぎらないのだ。だから、敵は負かさねばならないが、滅ぼしてはならなかった。というのも、兵士は資源であったからだ。

ドゥッチョ・バレストラッチ『フィレンツェの傭兵隊長 ジョン・ホークウッド』(白水社、3570円)は、傭兵戦力の実態と伝説化された傭兵隊長の生涯をあぶりだす。百年戦争といっても、時には英仏間に和平が成りたつこともあった。イギリス人のジョンはイタリアに活路を見いだし、やがてフィレンツェの傭兵隊長として頭角をあらわす。フィレンツェ大聖堂の壁に描かれた「騎馬肖像画」で名高いが、実像ははっきりしない。両手をあげて「勇敢な騎士」とほめそやす証言も多いが、「抜け目がない」「ずる賢い狐」とけなす表現も少なくない。しかし、捏造された逸話から事実を引き出そうとする史家の力量は高く評価される。

ところで、同じ中世の英雄であっても、傭兵を使う側の国王であれば、「真実の歴史は常にいかなる冒険小説よりもずっと華々しい」のだろうか。レジーヌ・ペルヌー『リチャード獅子心王』(白水社、3360円)は、英国滞在日数が半年しかなかったイングランド王の生涯を浮かびあがらせる。 「獅子心王」は戦いに明け暮れ勇猛でありながら、弱者をいたわり、傲慢な輩には情け容赦もないという。だが、説教家からは「傲慢、貪欲、邪淫」から離れるように勧告されたともいう。

またしても実像はどこにあるのか、と問いかけたくなる。ほとんど英語を話せなかったのに、英国で最も人気が高い王である。そのわりには本格的な評伝は少ない。

ジャンヌ・ダルクの世界的権威の手になる本書は、噂が広まり伝説が形をなす過程を、分かりやすく解き明かしてくれる。【本村凌二 東京大学教授】

■2007/03/13, 毎日エコノミスト, 70ページ

Edit

 
Copyright (C) 2004-2006 Ambitious Kanda, All Rights Reserved.