メイン > 週刊エコノミスト書評 『ブックレビュー』 > 2007年2月13日~2月20日
| ダイナスティ 企業の繁栄と衰亡の命運を分けるものとは | |
![]() | デビッド・S・ランデス 中谷 和男 PHP研究所 2006-12-21 売り上げランキング : 15040 おすすめ平均 ![]() 経営の落とし穴を指摘 ファミリー企業の繁栄と衰退がよくわかる一冊 「ダイナスティとは、革新である」 (面白く読めます)Amazonで詳しく見る by G-Tools |
3代以上続くファミリー企業の「王朝」絵巻を描き出す
本書は、経済史家のデビッド・S・ランデスが、「ダイナスティ」(王朝)を形成した世界の代表的なファミリービジネスの繁栄と衰亡を、迫真の筆致で描き出したものである。ダイナスティとは、家族の管理が「少なくとも三代は続き、アイデンティティと利害が継続」(345ページ)したファミリー企業のことであり、具体的には、銀行業のベアリング家・ロスチャイルド家・モルガン家、自動車産業のフォード家・アニェッリ家(フィアット)・プジョー家・トヨタ家、地下資源産業のロックフェラー家(石油)・グッゲンハイム家(非鉄金属)・シュルンベルジェ家(油田サービス)・ウェンデル家(鉄)を取り上げている。
本書でランデスは、ファミリー企業はその非効率さのゆえにやがて経営者企業によって制覇されるとしたアルフレッド・D・チャンドラーJrの説に異を唱え、ファミリー企業が現在でも世界的に主流であることを強調する。とくにランデスが注目するのは、先進工業国でもファミリー企業がしばしば長期にわたって存続し、時にはダイナスティを築く事実である。
もちろんランデスも、ダイナスティを築くのには困難がともなうことを、よく承知している。企業成長による同族内での人材不足、経営多様化や技術進歩による外部専門家の必要性の高まり、さらにはサクセスがもたらす「グッドライフ」による経営意欲の後退などが、ダイナスティの構築を妨害する。
これらの困難に対して、本書に登場するファミリービジネスは、結束力を発揮して不撓不屈の努力を重ねたり(ロスチャイルド家・フォード家)、外部専門家との協力共同を実現したり(モルガン家・アニェッリ家・プジョー家・トヨタ家)することによって、ダイナスティを築きあげた。
それでも、250年間続いたダイナスティが一夜にして崩壊することもあったし(ベアリング家)、長期にわたって携わってきた本業から撤退した家族もあった(ウェンデル家)。また、ロックフェラー家・グッゲンハイム家・シュルンベルジェ家の場合には、グッドライフにより後継者の経営意欲が後退した。
ランデスの意図には反するかもしれないが、本書を通読して感じたのは、ダイナスティを構築し、維持することがいかに難しいかという点である。その意味では、先進工業国の大企業に関する限り、ファミリー企業の長期的な限界性を指摘するチャンドラーの所説は、今なお説得力を保持していると言える。【評者 橘川武郎 東京大学社会科学研究所教授】
| 軍産複合体のアメリカ―戦争をやめられない理由 | |
![]() | 宮田 律 青灯社 2006-12 売り上げランキング : 2964 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
「軍産複合体」に依存するアメリカの構図と中東戦争
2003年、米英の先制攻撃により始まったイラク戦争では誰が得をしたのか?
少なくとも短期的には(現時点では)、軍産複合体(軍部と軍需産業)と石油産業であることは本書により極めて明快だ。イラク国民の死者数が数万人から10万人、20万人とも言われ、いまだに増え続けているなか、イラク国民がこの戦争の一番の被害者なのは明らかだろう。
イラクの混乱に乗じ、イラク南部のシーア派地域に影響力を増大させていることをもって、イランが受益者と見る向きがなくもないが、隣国に米軍の巨大拠点が築かれ、イランが次なる標的として名前が挙げられる状況は、決して居心地のいいものではない。湾岸産油国は、イラク戦争後も高騰し続けた油価で、石油業界とともに財政的には潤ったが、イラクの混乱、パレスチナ、レバノン、シリアやイラン情勢の行方の不透明さのなか、地域の安全保障の環境は極めて悪い。
そして、著者が繰り返し指摘するように、アル・カイダやイスラム過激派はイスラエルに偏った米国の対中東政策を口実にテロを展開しており、米国は最新鋭の軍事力をもってしてもテロを根絶できないでいる。
第一線で活躍するイスラム地域研究者による本書は、米国の軍産複合体の実態に迫るとともに、近代化する米軍事力の主要な実践の場として、なぜ中東地域に焦点が合っているのかを解説してくれる。また、軍産複合体と石油ロビー、ユダヤロビーや、キリスト教右派との関係の具体的な紹介を通じて、それらの関係が織り成す影響力を無視できない米外交の複雑さを知るのである。
米外交は一見単純な印象をも与えるが、一筋縄では捉えきれないことを改めて認識する。例えば1980年代のイラン・イラク戦争で、米国が背後で敵対する双方に武器・兵器を売り続けた背景が、本書で一層深みをまして浮き彫りになってくる。
最後に、イラク戦争で得した先を追加するならば、それは北朝鮮である。米国が、結果的には大量破壊兵器の存在しなかったイラクに対する戦争及びその後の復興に精力を傾けるなか、北朝鮮は虎視眈々と核開発を進めた。それでも米国の主要関心は、北東アジア以上に中東にあると著者は言う。ブッシュ政権や米メディアの論調、あるいは取り上げ方などからもそれは見てとれる。
本書は「戦争をやめられない理由」との副題がついているが、中東の現実の裏側が、軍産複合体の関与という重要な切り口から見えてくる。【評者 内田優香 中東問題アナリスト】
| 白疾風 | |
![]() | 北 重人 文藝春秋 2007-01 売り上げランキング : 73279 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
平和な武蔵野の村を守れ! 老忍びは命を賭した
江戸の都市機能に着目した捕物帳『夏の椿』と、その続編『蒼火』で話題を集めた北重人の最新作『白疾風』は、前2作とは作風を一変。戦国末期の武蔵野を舞台に、異色の忍者小説を作り上げている。
織田信長の伊賀攻めで故郷を失った疾風の三郎は、豊臣秀吉の小田原攻めで戦に嫌気がさし、武蔵野に隠棲していた。それから20年。三郎は滅亡した武田家の家臣・土屋平蔵の一統と小さな村を作り、平和な毎日を送っていた。
だが平穏な生活は、三郎たちの村に金鉱があるとの噂で破られる。噂が広まるにつれ、村では奇妙な出来事が続発。怪しい事件が、金鉱を狙う忍びの陰謀と確信した三郎は、再び忍びとなって村を守る決意を固める。
忍者が主人公だけに、迫力のアクションが連続する。ただ活劇だけの物語ではなく、虚構と現実を織り交ぜることで、先の読めない展開を作っていく。特に三郎の村を狙う黒幕の正体と謀略の目的には意外な結末が用意してあるので、ミステリーとしても楽しめる。
戦乱を否定し、田畑を耕す地に足のついた生活に幸福を見いだした三郎たちと、大金を得るためには手段を選ばない敵の対比は、相変わらず拝金主義が改まらない現代の世相を踏まえたものだろう。それだけに、理想を守るために戦う老忍び三郎の姿は、深い感動を与えてくれる。
都市計画の専門家の著者らしく、谷に水を引いて里山を作るプロセスや完璧に計算されていた江戸の町作りの詳細、さらに郊外と都市を繋ぐ物流ルートの重要性に着目するなど、今までにない角度から江戸初期の庶民生活を描いているので、新たな発見が多いのも嬉しい。【末國善己 文芸評論家】
| 山本勘助 | |
![]() | 平山 優 講談社 2006-12-19 売り上げランキング : 8611 おすすめ平均 ![]() 決定版! 信玄と勘助の対話に思いをはせた 読めん!Amazonで詳しく見る by G-Tools |
著者インタビュー 平山 優(山梨大学講師・日本中世史) 『山本勘助』講談社現代新書
脚色をはぎ取った勘助像を武田信玄の一代記に探る
――放送中のNHK大河ドラマ「風林火山」の主人公、山本勘助の実像に迫った本ですね。
■誤解している方が大半ですが、「風林火山」は、作家である井上靖さんの造語です。武田信玄の事跡を記したとされる一代記「甲陽軍鑑」には「孫子の旗」としか書かれていないんです。
――だからこの本では「風林火山」には触れていないんですね。
■そうです。孫子の旗を使ったのも、信玄自身が中国思想に精通していたからで、勘助とは関係がありません。
――この本の序章には「あえて『甲陽軍鑑』にのみ依拠する」と書かれています。今、多くの勘助本が書店に並んでいますが、それらのなかで、この本のセールスポイントは何ですか。
■現代人にとって勘助は、刀のつばで右目を覆い、片足を引きずって歩く信玄の軍師で、戦場では大きな角の付いた兜をかぶり、真っ黒な鎧を付けた武者というイメージが定着しています。でもこれは、映画「風林火山」で、三船敏郎扮する山本勘助そのままなのです。そもそもの「軍鑑」も、幕末までロングセラーだったので、講談や芝居、浮世絵などで広まるにつれ脚色された部分が多い。そこで、後世に書き加えられた部分をはぎ取って、元々の「軍鑑」にはどう描かれていたかを書こうと思ったわけです。
――しかし、その「甲陽軍鑑」の信頼性が低いため、勘助の実在自体が疑われていますが、今回読み込んでどうだったんですか?
■この本を書かないかという話が来た時、受けるかどうか正直迷いました。山本勘助は歴史学者の間では際物ですから。でも古文書学を専門とする歴史学者の眼で「軍鑑」のみを徹底的に読み解き、勘助を描いたらどうなるか。これまで誰もやってこなかったから、あえてそれをしてみようと考えたのです。体系的にもう1度読み直し、どういう書物か、どういう役割の登場人物がいて、どういう思想の元で書かれているかを検討しました。「軍鑑」には、家臣との会話や裁判記録、大将の条件、陣立て、城作りなどが書かれています。確かに年代に誤記が多いので、資料として低く見られますが、それは後世に書き加えられていく過程で間違ったと考えられます。
――それで勘助は実在した?
■軍師と言われていますが、それはなかったと思います。あれは江戸時代に流行した三国志の影響でしょう。ただ「軍鑑」に出てくる、軍略や城作りに秀でて信玄に助言した足軽大将は、実在した可能性は高いと思います。「軍鑑」では、信玄との対話に登場することが一番多いのですが、他の登場人物は実在が確認されているのに、あえて勘助だけ架空にしたとは考えにくい。「市川文書」に出てくる「山本菅助」が勘助と同一人物かどうかは分かりませんが、少なくともモデルになったとは思います。ただ不自由ではあっても、片足ではなかったと思いますよ。
| 中国の赤い富豪 | |
![]() | ルパート・フーゲワーフ 漆嶋 稔 日経BP社 2006-12-14 売り上げランキング : 2224 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
中国に初めて長者番付が登場したのは1999年。しかもそれを作ったのは、アーサー・アンダーセン会計事務所に勤める1人の英国人青年だった。ご法度に近い中国人の個人資産調査を、彼はどう実現させたのか。「富豪番付」誕生の顛末と、不動産王や美人のメディア王など、知られざるチャイナリッチの素顔に迫る。
| スティーブ・ジョブズ神の交渉術―独裁者、裏切り者、傍若無人…と言われ、なぜ全米最強CEOになれたのか | |
![]() | 竹内 一正 経済界 2007-01 売り上げランキング : 3618 おすすめ平均 ![]() 一般ピープルが読むと?? できるビジネスマンに学ぶ!的なマニュアル本のスティーブ・ジョブズ版 小気味良い内容で読みやすい!Amazonで詳しく見る by G-Tools |
iPodをヒットさせ、危機に瀕していたアップルを立て直した男、スティーブ・ジョブズ。若くしてアップルを創業し、カリスマと言われたジョブズは、一方で、おそろしく自己中心的で容赦ないワンマンであり、その交渉術は、まわりに勇気を与え、相手には恐怖の嵐を起こすといわれる。アップルに勤めた経験を持つ著者が、ジョブズの実像に迫る。
| 闇市の帝王―王長徳と封印された「戦後」 | |
![]() | 七尾 和晃 草思社 2007-01-24 売り上げランキング : 2396 おすすめ平均 ![]() 戦後「秘史」。 「東京アンダーワールド」 中国人編という感じ 破天荒Amazonで詳しく見る by G-Tools |
終戦直後の東京で「ヤミ市」と呼ばれた新橋の「国際マーケット」をつくり上げた1人の男がいた。中国の軍人、王長徳である。焼け野原の新橋駅一帯を皮切りに、1等地を次々と手中にしていった王は、上海の商業文化をベースに次々とキャバレーやカジノなどのビジネスを手がけていく。王の奔放な生涯から、戦後の裏面史を読む。
| 「エンタメ」の夜明け ディズニーランドが日本に来た! | |
![]() | 馬場 康夫 ホイチョイ・プロダクションズ 講談社 2007-01-20 売り上げランキング : 146 おすすめ平均 ![]() すばらしい名著 映画の宣伝なんてとんでもない、歴史本として秀逸Amazonで詳しく見る by G-Tools |
不思議な因縁で結ばれた3人のプロデューサー物語。プロ野球パ・リーグの創設にかかわり、日本初の民間ラジオ放送を興し、大阪万博のパビリオンなどを手がけた伝説のプロデューサー小谷正一、1960年代のテレビ番組「シャボン玉ホリデー」「11PM」の立ち上げにかかわり、東京ディズニーランド招致の影の立役者となった堀貞一郎、そしてウォルト・ディズニー。3人の並外れたパワーと人物が描かれるなかで、エンターテインメント・ビジネスとは何か、ビジネスで人の心をつかむ源泉は何かが見えてくる。
| 成功はゴミ箱の中に―レイ・クロック自伝 世界一、億万長者を生んだ男-マクドナルド創業者 | |
![]() | レイ A.クロック ロバート・アンダーソン 野崎 稚恵 プレジデント社 2007-01 売り上げランキング : 32 おすすめ平均 ![]() 確かインドにもあったかも マクドナルド創業者の熱い生き方が勇気をくれます 良書のはずですが・・・Amazonで詳しく見る by G-Tools |
マクドナルドを世界的チェーンにした男、レイ・クロック。ミルクセーキ用のミキサーを売って全米を飛び歩いていたクロックはある日、ロサンゼルス東部の町で評判のハンバーガー・レストランの店主に出会う。マクドナルド兄弟だ。フランチャイズ・システムを作り上げた男の、成功の方程式とは何か。その人生をたどり、ビジネスの神髄を探る。
| 「帝国以後」と日本の選択 | |
![]() | エマニュエル トッド Emmanuel Todd 藤原書店 2006-12 売り上げランキング : 78437 おすすめ平均 ![]() 一読ではこなしきれない中身の濃さに苦闘するAmazonで詳しく見る by G-Tools |
アメリカ支持は日本の国益になるのか
2002年、イラク戦争前に出版されたエマニュエル・トッドの『帝国以後』は、その後のイラク戦争の推移、世界の政治状況の展開をほぼ正確に予測している。そのトッドによる『「帝国以後」と日本の選択』(藤原書店、2940円)は、こうした情勢の変化を踏まえ、04年以降のトッドへのインタビュー、あるいは対談や論評等をまとめたものである。今後の世界が直面する最大の政治問題は実は「アメリカ問題」であると、正鵠を射た指摘をしているだけでなく、日本を除く多くの国の世論をも反映している。
ヨーロッパや日本を除くアジアでの世論調査で、「世界で最も危険なリーダーは?」という問いに対して、トップに掲げられるのは決して北朝鮮の金正日やイランのアフマディネジャドではなく、ジョージ・W・ブッシュである。つまり世界の大部分の人たちは、アメリカが次第に世界で最も危険な国になりつつあると感じてきているのだ。
実は日本の政治家や多くのオピニオンリーダーたちは、意識的にこの問題を避けてきている。いったん「反米主義者」というレッテルを張られると、日本の論壇や政界では異端として排除され、なかなかまともな政策論議に参加できなくなるからだ。しかし、そろそろ、トッドが言うように、「反米主義」の立場からではなく、現実主義の立場からこの問題にアプローチしてみる必要が出てきているように評者には思える。
イラク戦争に諸手を挙げて賛成した政治家や評論家に「どうして」と聞いてみれば、ほぼ間違いなく「アメリカを支持するのが国益だから」と答えるだろう。しかし、本当にそうなのか。
トッドはそうした日本に対して、「米の保護領か」「核武装か」というラディカルな問いを突き付ける。「核武装」と言われると、さすがに評者もひるまざるを得ないが、アメリカ離れを本気でするとすれば、それが論理的選択の一つであることは間違いないだろう。中国もインドも核保有国なのだから。
いずれにせよ、アメリカ問題を回避しないで、真の独立国としての外交・政治戦略を考えるべき時期にきているというトッドの主張には耳を傾けなくてはならないのだろう。【榊原英資 早稲田大学教授】
| 中世日本の予言書―〈未来記〉を読む | |
![]() | 小峯 和明 岩波書店 2007-01 売り上げランキング : 22141 おすすめ平均 ![]() 世の中を憂いて逃亡する神様など 未来の話しです。そう言って今を自在に語った人々Amazonで詳しく見る by G-Tools |
| ノストラダムスとルネサンス | |
![]() | 樺山 紘一 村上 陽一郎 高田 勇 岩波書店 2000-02 売り上げランキング : 530908 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
中世日本を騒がせた奇怪な予言書
ノストラダムスの大予言なるふれこみで一部の人々が騒いでいたのを、記憶している方も多いだろう。ルネサンス期、南フランスの医師にして博物学者ノストラダムスが、『予言集』と題する353の4行詩を著し、その章句の一節に「1999年の7の月、恐怖の大王、空より来らん……」と書かれていることが騒動の発端であるという。しかし、その時日が事もなく過ぎ去ると、騒ぎは全く沈静化し、忘れ去られてしまった。
日本の中世にも、そのような騒動が繰り広げられたことを、日本文学の専門家が多数の文献を動員して著した本が、小峯和明著『中世日本の予言書――〈未来記〉を読む』(岩波新書、777円)である。ノストラダムスは1500年代の話だが、日本の未来記騒動は、平安時代から中世全般に及ぶ期間の長いものだった。梁(中国南朝、6世紀)の宝誌和尚の作と伝える、日本の未来記を表した予言詩である『野馬台詩』、あるいは例の聖徳太子が日本の行く末を予言したという『聖徳太子未来記』や、太子予言の瑪瑙碑文など、様々な予言が中世を賑わした。
いずれも、末法思想を背景に、終末論的予言の色彩を帯びている点、千年王国やキリスト教的終末論として語られたノストラダムスの大予言と軌を一にする点がある。ノストラダムスのほうは、20世紀の日本でトンデモ本の類が書店を賑わしたが、樺山紘一、高田勇、村上陽一郎編『ノストラダムスとルネサンス』(岩波書店、3045円)は、信頼できる学者の手になるアカデミックな本で、小峯著と読み比べると益するところが多いだろう。
空から恐怖の大王が降るというのもおどろおどろしいが、『野馬台詩』による日本の終末は、「星流野外に飛び、鐘鼓国中に喧し。青丘と赤土と、茫々として、遂に空と為らん」というから、荒唐無稽といえばそれまでながら、少々不気味である。ただ、その終末が何時のことかは、幸か不幸か記されていない。鎌倉初期の僧侶による捏造といわれたこともあったが、宝誌の作か否かは不明ながら、平安初期にはすでに日本の貴族や僧侶の間には流布していたことは確実となっている。【今谷 明 国際日本文化研究センター教授】
| 景気変動と時間―循環・成長・長期波動 | |
![]() | 加藤 雅 岩波書店 2006-12 売り上げランキング : 65067 おすすめ平均 ![]() 好著ですAmazonで詳しく見る by G-Tools |
景気循環の歴史を綿密に検証し壮大な視野から経済を読む
本書は、経済企画庁(現内閣府)で長年経済政策の現場にいた著者が活動の場を大学に移した後に、書きためた論文を体系立てて書き直して1冊の本にしたものである。本書には最近の経済学の書にしばしば見られる複雑な数式の姿はないが、経済学入門の類の本ではなく、推薦者の篠原三代平先生の言葉にもあるように、「歴史と理論、社会・国際関係・政治の変化までをも統合して景気変動を分析した」ものである。著者の議論は、狭い意味での経済にとどまらず、政治はもとより哲学や科学にも及び、博学と深みのある歴史観、構想の壮大さには改めて驚かされる。
景気変動の分析は歴史の現実に生じた出来事から出発すべきであるという著者の信念から、本書では日本のみならず欧米各国も含めた過去の景気循環が丹念に検討される。こうした緻密な検証と豊富な先行研究の再検討によってコンドラチェフの波の存在を示し、一見不規則に見える景気変動の動きや短期波動が観察できないという問題は、実は景気循環が複数の周期を持った波の合成であることから生まれており、最も周期の長いコンドラチェフの波が基本となって、短い周期の波が派生しているというのが、著者の指摘である。
経済学の教科書や経済書は経済のメカニズムを明快に説明してくれるが、ともすれば読者を経済変動のメカニズムはすべて解明されているかのような錯覚に陥れることもある。しかし、我々はもっと謙虚になる必要があるだろう。現実には最も短期で振幅の小さいキチンの波ですらコントロールできておらず、いわんやコンドラチェフの波のような大きな波は、そもそも発生のメカニズムすら明らかではない。直線的な時間のとらえ方や、社会が進歩を続けているという楽観的な見方に疑問を投げかけ、過去に学ぶことができなければバブルは再び繰り返されるだろうという指摘は、経済政策の現場で景気変動の波と格闘を続けた著者の経験から生まれた重みのある警鐘である。
著者の加藤雅教授は本書の刊行を待たずに急逝されており、一部の補論的な未完成原稿は本書には収録されていないそうで、もう少し詳しく説明してほしいと感じる部分があるのもそのためだろう。
著者の視野は、経済活動を支える安全保障などにも及んでいた。著者にもう少し時間が与えられていれば、より多くの疑問に答えることもでき、さらに広い分野を統合した視点からの本が続けて刊行されたであろうと思うと残念でならない。【評者 櫨浩一(ニッセイ基礎研究所チーフエコノミスト)】
| デフレ下の賃金変動―名目賃金の下方硬直性と金融政策 | |
![]() | 黒田 祥子 山本 勲 東京大学出版会 2006-09 売り上げランキング : 106782 おすすめ平均 ![]() わが国初の実証研究。丁寧な仕事ぶりAmazonで詳しく見る by G-Tools |
「賃金引き下げ」はタブーではなくなったのか
ゼロインフレやデフレがなぜ問題なのか。理由の一つは、名目賃金の下方硬直性の存在によって、実質賃金のスムーズな調整が難しいためである。ゼロインフレやデフレの下で経済に負のショックが加わると、実質賃金の引き下げが困難になり、企業は雇用を抑制する。広範な数量調整が行われ、経済は不況に陥りやすくなる。
1990年代の失業率の大幅上昇に名目賃金の下方硬直性が影響していたことは、多くの専門家の認めるところである。しかし、実際にはどの程度影響したのか。さらに、不況の深刻化した90年代末以降、平均賃金の下落が観察されるようになり、下方硬直性が解消したように見える。実質賃金のスムーズな調整のためにプラスのインフレ率が必要という主張は、名目賃金の引き下げが滅多に起こらないことが前提にあるが、これをどう考えるべきか。本書は、低インフレ・デフレ下の日本の賃金変動を検証し、こうした疑問に答える。先行研究はほとんどなく、興味深い分析結果が多い。
本書によると、個々人の名目賃金に下方硬直性が見られ、この影響で雇用失業率が最大1・8%程度押し上げられた可能性がある。しかし未曽有の不況となった98年以降、マクロの平均賃金だけでなく、フルタイム労働者の名目賃金でも下方硬直性が観察されなくなったという。正規と非正規雇用の比率が変われば、個人ベースでの賃下げが生じなくてもマクロの平均賃金は低下しうるが、98年以降は個人ベースでの賃下げが頻発するようになったのである。名目賃金の下方硬直性が続いていれば失業の悪化はもっと深刻になったはずだが、当初の懸念ほど悪化しなかったのは下方硬直性の解消が影響しているのだろう。
著者によれば、賃金の下方硬直性の度合いが国や時代ごとに異なり、労働市場の特性やマクロ経済環境に大きく依存する。そして、98年以降の日本では、「賃下げは滅多に起こらないという社会規範」が消滅した可能性があると指摘する。
金融政策へのインプリケーションは何か。「賃下げは滅多に起こらないという社会規範」が消滅したのなら、金融当局が若干プラスのインフレ率を目指す必要性はなくなる。しかし、現段階ではそうした社会規範の消滅が一時的なものかどうかまだわからないとし、下方硬直性の存在を念頭に置いた政策運営を心掛けるべきだという。最近、日銀が低いインフレ率を問題視しないのは、下方硬直性の消滅を前提にしているからだろうか。【評者 河野龍太郎(BNPパリバ証券チーフエコノミスト)】
| 赤朽葉家の伝説 | |
![]() | 桜庭 一樹 東京創元社 2006-12-28 売り上げランキング : 3206 おすすめ平均 ![]() 流れ着いた先で 現在の神話と世界 連なるものAmazonで詳しく見る by G-Tools |
現代の語り部が語る旧家3代・女たちの年代記
【野崎六助 作家・評論家】
現代小説の語り部たちは様々な岐路を目の前にしている。この落日社会に精いっぱいの同化を試み、束の間の慰安をもたらせる口当たりのよい読み物を提供するのか。あるいは―― その外に敢然と身を引き剥がし己れ一人の信憑する物語世界の構築に向かうのか。……だがいったい瀕死にあえぐこの日本社会には真に語るにふさわしい物語など残っているのだろうか。
桜庭一樹の新作『赤朽葉家の伝説』(東京創元社、1785円)は、そうした陰陰滅滅たる問いへの堂々たる回答であるかもしれない。小説をただ読むという悦びが素朴に満たされる。ここでは、物語の力が、小説の原初たる野蛮な力が、留保なしに1冊を覆いつくしている。桜庭は、『GOSICK』『B―EDGEAGE』シリーズなどのライト・ノベルの領域からミステリに転戦し、わずかな期間のうちに変容を遂げ、ここに新たな物語作者として降臨してきた。地方の旧家を舞台にした、祖母・母・娘3代の年代記という守旧的世界。そこに蘇生されたのは、物語が本来的に持つ理屈ぬきの霊力、物語るという行為それ自体に隠れる非合理な喚起力だ。
大げさにいえば、ガルシア=マルケスや中上健次を想起させる豊かさがある。あくまでライトに弾んでいるが。
他の小説がどうしても依拠せざるをえないような行動の連鎖はない。とくに要約すべきストーリー、内容といったものはない。流れゆく季節に赤く色づきそして朽ち果てる人物たちの生の断面が数珠つなぎになっているのみだ。戦後から現代を経て、近未来にいたる3代60余年の物語がある、それだけだ。
この豊饒な年代記に、しかし、一つ注文をつけておきたい。年代の推移する背景に付された解説的記述がしっくりこない。目ざわりであるうえに多すぎる。作者の歴史観を明確にするよりも、逆に、物語の帯びるマジック・リアリズム効果を殺いでしまった。
| 女はなぜ土俵にあがれないのか | |
![]() | 内館 牧子 幻冬舎 2006-11 売り上げランキング : 28040 おすすめ平均 ![]() 男でも女でも、本場所の土俵には上がってみたいのでは。 知らないことを知るのは楽しいですAmazonで詳しく見る by G-Tools |
著者インタビュー 内館牧子(横綱審議委員、脚本家) 『女はなぜ土俵にあがれないのか』
「何でも男女平等では伝統文化がやせてしまう」
――この本で「土俵の女人禁制」論争に終止符を打つつもりですか。
■「土俵は俵で結界された聖域」であり、その区切られた一画は、異界ということになります。過去、女性は障害物として見られ、結界内に入ることができなかった。その考えが土俵の女人禁制の始まりだろうと考えています。何でもかんでも男女平等、男女共同参画にすれば、文化がやせてしまうと思っています。相撲だけでなく伝統のお祭りもそうですよ。土俵の女人禁制を、男女差別とは思っていません。あってはいけない負の男女不平等とは違って、もう一つ上の「男女不平等という知性」と考えてもいいと分かっていただければ、終止符が打たれるでしょう。
――現実的な解決策も提案しました。
■江戸中期に作り出された大相撲の土俵は宗教的な座であり、神迎えの儀式によって神を降ろし、15日間とどまってもらう聖域です。ですから、「セクハラ知事やクールビズなど平服の男性国会議員があがるのはおかしい」という批判も当然です。どうしても女人禁制をやめるなら、力士、親方、行司、呼び出し以外の人間は、男女とも神送りの儀式をすませた後の土俵にあげることです。千秋楽の式次第を変え、神送りの後に表彰式セレモニーとする案です。でも、私はそこまでする必要はないと思っています。
――日本相撲協会に伝統を守るという確かな認識や覚悟はありますか。
■北の湖さん(理事長)は「女はあげません。伝統ですから」と非常に明確におっしゃる。前(理事長)の時津風さんも同じ考えでしたが、「多くの方の意見を」とアンケートを取ったりなさっていた。私は伝統を壊すか壊さないかというとき、多くの人の意見は一切必要なく、要は当事者の判断だと思います。相撲協会がさまざな理由から、女性をあげていいと決定するなら問題はない。プロレスと相撲の区別すらはっきりつかないような外部の人たちから、あれこれ言われて改革する必要はありません。
――外国人力士全盛の時代。大相撲は伝統技芸より競技スポーツという側面が強まりませんか。
■外国人力士や現代っ子の日本人力士の教育を徹底して、単なる競技スポーツではないと教え込むことです。相撲協会という会社で禄を食む以上、伝統はきちっと守ってもらわないと困ります。本来、懸賞金を受け取るときの手刀は右で切るものなのに、朝青龍は左から右に変えるのに1年間も我を張った。どうして手刀を切るのか、土俵入りをするのか、謙虚に学ばないといけない。大体千数百年もある伝統の一部を自分流にちょびっと変えるなんて姑息ですよ。
――横綱審議委員の目から今の大相撲に何を注文しますか。
■私のもとには相撲に関する手紙が全国から来ますが、その圧倒的多くは所作や礼儀の乱れを嘆いています。伝統文化財としての意味合いが強い大相撲だから、力士は正しい所作と礼節を明確に身につけなければいけません。
| インド人はなぜゼロを見つけられたか | |
![]() | 門倉 貴史 小学館 2007-01-06 売り上げランキング : 34263 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
屈指のIT大国として注目されるインドだが、その躍進の背景には何があるのか。この国で4~6世紀頃にゼロの概念が発見されたことが知られており、最近では最大99×99までのインド式九九が有名だが、そうしたインドの文化とのかかわりはあるのか。中国人よりも商売上手と言われるインド式ビジネスとは何かなど、知られざるインド人の本質に迫る。
| 「食」の地域ブランド戦略 | |
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日本料理に添えられる「つまもの」としての木の葉や枝、花を商品化して町の活性化と高齢化対策の道につなげた徳島県上勝町、海軍カレーを中核に町おこしを図った横須賀市、産学官民連携による食品開発に取り組んだ岡山県津山市など、「食」にこだわる10の地域の取り組みを紹介し、地域ブランドの新たな可能性を探る。
| 楊貴妃になりたかった男たち <衣服の妖怪>の文化誌 | |
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古来、中国には「服妖」という言葉があるという。服装の妖怪、つまりヘンテコな服装や男性の女装など常識はずれのファッションのことで、社会の節度が乱れ崩壊していく予兆として捉えられていた。前漢時代から現代まで、この「服妖」をキーワードに、知られざる中国社会の一面を描き出す。なかには周恩来の女装エピソードも。
| コンテナ物語ーー世界を変えたのは「箱」の発明だった | |
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今ではごく普通に目にするコンテナだが、実はこの「箱」が20世紀の物流、海運に大きな変革をもたらしたのだ。トラック運転手から身を起こした全米最大級の運送業者、マルコム・マクリーンがトラックからトレーラーを切り離すことを思いつき、コンテナの海上輸送が始まったのは1956年。本書はこのマクリーンを主人公に、コンテナ輸送が飛躍的に伸びたベトナム戦争など、グローバル経済の一翼を担ったコンテナの世界史が語られる。
| 不動産保有の意味を問う―オフバランスによる企業価値の創出 | |
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インフレヘッジに有効とされてきた不動産だが、バブル崩壊以降、含み益どころか事業本体の足を引っ張るリスクが表出するようになってきた。本書では不動産の資産としての特性やリスク、保有のコストと事業採算性などを検証したうえで、保有不動産のオフバランス化と企業価値の創出を考える。オフバランス化の効果、オフバランスで得たキャッシュの使い道などをケーススタディーで示し、会計上の要件などについても詳述する。
| 少年犯罪被害者遺族 | |
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少年犯罪の被害者遺族の真相
私が最も信頼するルポライターの一人に藤井誠二氏がいる。学校の圧力や強制に対する子供の味方としてペンを振るっていた方だが、少年犯罪の被害者家族を取材するうちに、彼らが受ける理不尽な仕打ちを訴える立場となった。
私が敬意を払うのは、その人間としての正直さである。自らの立場や主義主張に固執して人間としての当たり前の感情を抑圧するケースが多いなかで、筋論と感情論を両立させる手腕は秀逸である。実は一人、死刑反対運動をしていた弁護士を知っているが、オウム事件で仲間の弁護士が殺されると、オウムに厳罰をと訴え始めた。正直な人だと思っていたら、少年犯罪にだけは寛刑をと訴えるようになってがっかりしている。
その藤井氏の近著『少年犯罪被害者遺族』(中公新書ラクレ、777円)は、子供を少年に殺された被害者遺族の無念と、それに追い討ちをかける現実を見事に描き出している。子供を殺された親が加害者の家族を訪ねると「警察を呼ぶぞ」とすごまれたり、加害者を許すほうが大人の対応で、そうでないと未熟な人間のように扱われる。遺族が「一生許さない」というほうが、はるかに自然な心理だというのがなぜ分からないのか?
子供は嘘をつかないという伝説のもとで司法が動いている現実も明らかにされる。家庭審判の圧倒的多数は加害少年に反論する人のいない密室で行われ、短い期間で社会復帰すると、加害少年の地元では「相手が悪くて喧嘩になったから」と吹聴し、社会もそれを信じる現実。
精神科医である私にとって許しがたかったのは、人が死ぬような重大事件で、家庭裁判所から検察官に逆送致される比率は単独犯のほうが集団型より高く、集団暴行にかかわったうちの一人でも逆送致されれば、その数にカウントされるという。集団暴行のほうが被害者が生き延びた際のトラウマが大きく、集団型のほうが歯止めが利きにくいために死に至りやすいことを考え、私はその厳罰化を求めているが、その真逆をやっているのだ。
北朝鮮拉致問題は被害者の立場を常に尊重する前例となった。外交問題である拉致問題と比べて、少年犯罪の被害は国内法で対処できるし、現在進行形で被害者が出ている。安倍首相に一読を願いたい1冊といえる。【和田英樹 精神科医】
| ハリネズミと狐―『戦争と平和』の歴史哲学 | |
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| 史料学入門 | |
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「ハリネズミ」になりたかったトルストイ
もし一生の仕事として学問するというなら、歴史哲学をやってみたかった。とはいえ、そんな科目はないと諭され、やむなく実証史学の道を歩んで35年がたつ。でも、還暦も近づくころになると、むくむく少壮の身の志が首をもたげてくる。かくして大学で歴史哲学を講じることにした。
「狐はたくさんのことを知っているが、ハリネズミはでかいことを一つだけ知っている」という故事がある。I・バーリン『ハリネズミと狐』(岩波文庫、420円)は副題に「『戦争と平和』の歴史哲学」とある。ロシアの文豪トルストイこそは歴史家に辛辣だった。「歴史家とは耳の不自由な人なのだ。誰もたずねていないのに、しきりに答弁しているからだ」と皮肉っている。巨大な精神を持つトルストイにとって、事実などは大事な問題ではなく瑣末なひまつぶしにすぎなかったという。
しかし、彼は現実そのものに目を閉ざすことができず、その底にひそむ深い闇を調べずにはいられなかった。かくしてナポレオンのロシア侵入をめぐる前後十数年を舞台とする世界文学上の傑作が書かれたのである。トルストイはすべてを知りつくしていながら、すべてに懐疑的であった。狂わしいほど誇り高くありながら、自分に対する憎しみにあふれていた。彼こそは誰よりも狐でありながら、ハリネズミでありたいと熱望していたという。
歴史という看板を掲げていても、歴史哲学の対極にあるのが実証史学である。なかでも史料そのものを批判的に分析するのが史料学とよばれる。東京大学教養学部歴史学部会編『史料学入門』(岩波書店、2520円)は、13人の歴史家による競作である。歴史という学問の核にある「史料を読む」という作業を通じて、どのようにして過去の事実に近づけるか。古今東西を縦横に走りまわりながら、史料読解の面白さを語ってくれる。
たとえば、無文字社会のインカ社会の方が文字をもちこんだスペイン人に征服された時代より分かりやすいというのだから興味深い。大学教養課程のテキストとして作られているので、世界史上の諸史料について手軽に理解できるのが嬉しいかぎりだ。【本村凌二 東京大学大学院教授】


経営の落とし穴を指摘
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