メイン > 週刊エコノミスト書評 『ブックレビュー』 > 2006年12月26日~2007年1月9日

役員ネットワークからみる企業相関図
役員ネットワークからみる企業相関図菊地 浩之

日本経済評論社 2006-12
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戦後日本の大企業を結んだ「役員ネットワーク」という環

本書は、役員兼任分析という日本では目新しい手法を適用して、戦後の大企業における役員ネットワークの全体像に迫ろうとした意欲作である。役員兼任とは、ある1人の人物が複数企業の役員を兼務する現象を言う。

内容の紹介に入る前に、あえて著者の紹介をしておこう。というのは、著者の菊地浩之氏はいわゆる「学者」ではなく、多忙をきわめるシステムエンジニアであり、本書は「フツーのサラリーマンが土日や帰宅後に書いたもの」(あとがき)だからである。「フツーのサラリーマン」である菊地氏は、長年の研究成果をまとめ、昨年、449ページに及ぶ専門書『企業集団の形成と解体――社長会の研究』(日本経済評論社)を発表し、話題となった。そして、大学院に通わないまま、母校の国学院大学より経済学博士号を授与された。本書は「サラリーマン研究者の星」と言える著者が世に送り出した注目の第2作なのである。

本書には2つの特徴がある。1つは、役員兼任には企業間関係重視型と個人的資質重視型との2タイプがあり、両者は株式所有の有無で識別できるという、明確な分析の枠組みを打ち出した点である。前者の企業間関係重視型のモデルとしては企業集団(典型的には三菱グループ)の役員兼任、後者の個人的資質重視型のモデルとしては地域財界(典型的には中部財界)の役員兼任を、それぞれ挙げることができる。戦後の日本における役員兼任は、(1)終戦直後の個人的資質重視型中心の時代、(2)高度成長期以降の企業間関係重視型中心の時代、(3)21世紀に入ってからの個人的資質重視型再浮上の時代の3つの局面を経てきた。これが明確な分析の枠組みから導かれる本書の明確な結論である。

もう一つは、三菱グループの役員兼任の詳細な検討を通じて、「血縁的兼任ネットワーク」の重要性を析出した点である。この血縁的兼任ネットワークとは、「創業者一族・専門経営者・旧華族などから成る上流階層が、学歴・就職・婚姻を通じて互いに融合した血縁的な結合」(180ページ)のことである。

興味深いことに、本書によれば、血縁的兼任ネットワークは企業間関係重視型の三菱グループの役員兼任においてだけでなく、個人的資質重視型の中部財界の役員兼任においても、深く根づいてきたという。

本書の最後で菊地氏は、役員兼任分析の今後の展望について、日本の企業間関係に関するスケールの大きい研究を可能にするとしている。氏のいっそうの活躍を期待したい。【評者 橘川武郎(東京大学社会科学研究所教授)】

■2007/1/9, 毎日エコノミスト

粉飾の論理
粉飾の論理高橋 篤史

東洋経済新報社 2006-09
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おすすめ平均 star
starカネボウとライブドア

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虚構のスパイラルに呑み込まれた企業の罪を抉り出す

「癒着」と「馴れ合い」はどう違うのだろう。前者は積極的に加担しあう関係、後者は消極的な黙契とでも言ったらよいのだろうか。本書に登場するライブドア、カネボウ、メディア・リンクス、そして監査法人(中央青山)のそれぞれが行った故意と過失による犯罪は、癒着と馴れ合い、そして違法行為が重なっている。

本書が丹念に解きほぐす「粉飾」の物語は、「株」というものに庶民が感ずるある種の“いかがわしさ”を裏付けるものとなっている。特にIT関連はひどい。本書に登場する企業を見ると虚業としかいえないのだ。

例えば「架空循環取引」なる商行為が登場する。架空の商品を異なる会社で少しずつ価格を上乗せし(手数料)、書類上で売買を繰り返す方法である。これが売り上げとして計上され、上場の根拠となってしまうのだ。

あるいは香港に行くと、1社当たり日本円で11万円も払えば、住所の証明やパスポートを示すだけで会社を買うことができる。そのような会社を販売する会社は世界中にある。株の売買や資本取引にとても便利で、ライブドアの幹部はそれを利用した。「粉飾」するためにである。

もちろん「粉飾」するにも原資は必要だ。100%が架空ということではない。しかし「手形」にしても「在庫」にしても「架空売り上げ」にしても、いずれは決済期がやってくる。すると今度は、もっと大きな「架空」を作り出すのである。虚構が拡大するのだ。

ライブドアの「粉飾の原資」は一般株主から集めた小口資金であり、虚構を積み重ねてニッポン放送の買収や球団の買い上げにまで乗り出したのだ。もちろんホリエモンを英雄にしたマスコミの罪は大きい。被害は結局、大衆株主だ。村上のような輩は売り抜ける。もちろん大衆が正しいとは評者はいわない。

名門カネボウの場合はどうだったのか。「粉飾」の「原資」は銀行からの借入金が主である。銀行はカネボウに役員を送っていた。被害者とはいえない。

こんなデタラメを前に、監査法人は何をやっていたのか。監査先とだけではなく内部でも「なあなあ」で馴れ合っていたのである。

本書が第一級のノンフィクションとして仕上がっているのは、日本国内だけではなくスイスや香港にまで足を運び、揺るがない事実を抉っているからである。企業は有限責任によって成り立っている。それゆえ高い透明度が要求される。日本の市場は本書が抉った「粉飾」の経過から学ぶことができるのだろうか。【評者 中沢孝夫(兵庫県立大学教授)】

■2007/1/9, 毎日エコノミスト

小泉官邸秘録
小泉官邸秘録飯島 勲

日本経済新聞社 2006-12
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おすすめ平均 star
star不覚にも少し感動した
star「正史」を「秘録」と言い、辞してなお国民を踊らせる
star小泉劇場の舞台裏(主演・小泉 演出・飯島勲 出演・チーム小泉のみなさん)

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著者インタビュー 飯島勲(小泉純一郎前首相秘書官)

特命チームが24時間官邸をサポート

――小泉前首相は退任後、マスコミにほとんど登場しませんが、懐刀としてなぜこの時期に出版したのですか?

■首相在任1980日の備忘録を書き残そうと思っていました。日記はつけていなかったけれど資料とメモ類は全部残し、官邸での描写も分かっていたから、いつでも出せる態勢を取っていたところ、緊急出版の依頼が来た。暴露本じゃなく、事実の確認ができればいいという気持ちです。小泉内閣のキーワードは「明確なリーダーシップと明快な目標設定」で、小泉の施策は、国民に常に説明するというのが基本理念。小泉は出版には賛成してくれ、見せてもクレームはありませんでした。

――34年の秘書哲学を書いています。

■秘書とは政治家に仕え、支え、誠心誠意尽くすというのが私の哲学で、この考えを終始実践してきたつもりです。秘書は二君に仕えず、私にとって代議士は小泉しかいない。

――9・11の米同時テロ直後、外務省が官邸に無断で共同声明を発表しようとしたところ待ったをかけるなど、同省にはとりわけ批判的ですね。

■首相外交と職業外交官のやる外交とは次元が違います。なかには日本の外交官か相手国の在外事務所か、分からない輩がいる。こっちは国民の生命と財産を背負っている。初の訪朝でも独裁国家を相手にした場合、首脳同士の直接対話以外に手はなかったんです。

――昨年9月の「郵政解散」では3カ月前に解散を予告していましたね。 ■「総理は郵政民営化で退路を断っている。法案が否決されたら100%解散する」と言いました。小泉は早くから「民営化反対者は謀反、否決は内閣不信任と同じ」と考えていたから。

――安倍晋三首相は郵政造反組を復党させ、内閣支持率も下落しています。

■残念だよな。でも小泉は在任中、「抵抗勢力を協力勢力にする。それがダメなら自民党をぶっ壊す」と宣言していました。造反組が「民営化に賛成しますから復党させて」と白旗を揚げたら、小泉はダメと言えないわけ。

――小泉政権と言えばサプライズ人事ですが人事の秘録を書いていません。

■私も「身体検査」(身辺調査)はしましたが、小泉は人事について私にも一切解説したり後口上を言いません。なぜその人物を起用したか、最有力候補を外した理由など、永田町の最大の関心事ですが、これは書けない。小泉自身が語らない以上、表に出ません。

――安倍内閣への注文は。

■小泉内閣では、首相直属のスタッフとして秘書官と参事官が特命チームを作り、24時間体制で危機管理、政策決定のサポートをしました。これが「チーム小泉」で、首相補佐官は首相のアドバイザーであっても直属のスタッフとは違います。安倍内閣は官房長官、補佐官、秘書官がそれぞれ対応しており、「チーム安倍」というより人脈的には「官邸軍団」のようです。ただ、小泉によって若い安倍首相が誕生したはずだから、批判・批評はできない。「頑張ってほしい」としか言えません。

■2007/1/9, 毎日エコノミスト

ポケット解説 人口減少と格差社会―経済と社会の未来図を描く
ポケット解説 人口減少と格差社会―経済と社会の未来図を描く橋本 択摩

秀和システム 2006-11
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おすすめ平均 star
star人口減少・格差社会を理解する一助になる!

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2005年に人口減少社会に突入した日本だが、人口減少は経済活力の低下をもたらすのか。また、「いざなぎ超え」の景気回復の一方で、若年層を中心とした所得格差、地域格差など格差社会が問題となっている。本書は安倍政権下の日本に立ちはだかる2つのテーマに的を絞り、統計データ等を駆使しながらコンパクトに解説する。

■2007/1/9, 毎日エコノミスト

広報の仕掛人たち―21のPRサクセスストーリー
広報の仕掛人たち―21のPRサクセスストーリー日本パブリックリレーションズ協会 PRSJ=

宣伝会議 2006-12
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いま、多彩なPR(パブリックリレーションズ)活動が社会の様々な面で注目されている。ヒット商品誕生の裏側で戦略を練る人々をはじめ、ブランドの創造と復活に挑戦する広報マン、CSR(企業の社会的責任)活動、住民を主役にした地域活性化運動など、知られざるPRの仕掛け人たちの活動を追い、PRの本質に迫る。

■2007/1/9, 毎日エコノミスト

日本経済を問う―誤った理論は誤った政策を導く
日本経済を問う―誤った理論は誤った政策を導く伊東 光晴

岩波書店 2006-12
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おすすめ平均 star
star真っ当に日本経済を論じるとこの本に行き着く

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ようやく長期停滞から抜け出した日本経済だが、その置かれている状況を改めて問う。平成不況をどう捉えるのか。10年以上にわたる長期不況の原因を1980年代末のバブル期に遡って検証し、そのさなかで深刻化していった経済格差の拡大、財政破綻、日本型経営の崩壊など、現在に尾を引く様々な問題を洗い出す。日本はいま何をなすべきなのか、公正な社会のために必要な政策は何かを経済理論に即しながら探っていく。

■2007/1/9, 毎日エコノミスト

転換期の雇用・能力開発支援の経済政策―非正規雇用からプロフェッショナルまで
転換期の雇用・能力開発支援の経済政策―非正規雇用からプロフェッショナルまで樋口 美雄 財務省財務総合政策研究所 財務総合政策研究所=

日本評論社 2006-12
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ニートやフリーター、若年失業など労働・所得格差の問題が言われるが、今後の日本社会を考えると、どのような政府支援、社会支援の仕組みを整えていけばよいのか。本書は労働・社会問題の研究者たちが、多様化する就業形態と、経済・財政政策のあり方を論ずる。増加する非正規雇用と若年労働市場、個人と企業の関係の変化など、国内の現状を分析し、EUの若者政策、デンマークの人的資源開発に力を入れる労働市場政策等にヒントを探る。

■2007/1/9, 毎日エコノミスト

宰相の指導者 哲人安岡正篤の世界
宰相の指導者 哲人安岡正篤の世界神渡 良平

講談社 2002-01
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おすすめ平均 star
star本当に考えなきゃ。 人生は一度きり

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海老はなぜ祝事に使われるのか。大方は腰の曲がるまで長生きをする、長寿のめでたい象徴としてだと思っている。が、さにあらず。海老は生きているかぎり、あの硬い殻を脱ぎ続けて成長する。いつまでも固まらず、軟らかさを保ち続ける。永遠の若さ、生命の象徴だからである。

かつてこんな内容の話を聞いて目から鱗が落ちるうちに、続く人生哲学に引き込まれていった。これは安岡正篤氏の新春の講話である。その話術の魅力を実感した一時であった(この話は『運命を創る』等に所収)。

氏は言わずと知れた東洋思想の碩学。終戦の詔勅に朱を入れ、元号「平成」を考案したことで知られ、歴代総理の指南役としても名高い。逸話は枚挙の暇もないが、一例に佐藤・ニクソン会談(一説に佐藤・ケネディ会談)にまつわるものがある。氏は両者による沖縄返還の最終会談に当たって、佐藤総理に『老子』の一節を授けたという。

「戦勝ちては喪礼を以て之に処る」(戦に勝ったなら葬儀に臨むように敗者に対処するがよい)。この一節は、米国の対日本の戦後政策のあり方を諭したものであったが、ニクソン大統領は、西洋と全く発想を異にする東洋の深淵な思想に触れて感激し、会談は大成功を収めたという。

しかし、氏の意図を忖度するに、これは一知半解であるまいか。確かに、敗戦国ながら卑屈にならない主張を込めたものではあろうが、まずは老子の根本思想、戦争を不幸な出来事とする認識に立つことを理解すべきであろう。否、それ以上に、勝ち取った領土を返還するという寛大な措置への賛辞を込めたものであったはずである。

氏の教えに胆識の涵養がある。知識を見識、見識を胆識に高めてこそ、いざという時に対処できるというもので、それがまた氏の言う活学であった。東洋の古典から、時宜に適し、機微に通じた言葉を選り抜く慧眼は比類がない。ひとえに氏が活学を意図して研鑽した賜物にほかならない。

神渡良平著『宰相の指導者 哲人安岡正篤の世界』(講談社+α文庫、924円)は、氏に私淑する著者による懇切な評伝。安岡学の入門書である。【水野実 防衛大学校人間文化学科教授】

■2007/1/9, 毎日エコノミスト

だれも知らなかったインド人の秘密
だれも知らなかったインド人の秘密パヴァン・K. ヴァルマ Pavan K. Varma 村田 美子

東洋経済新報社 2006-09
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異質なものが並立するインド世界の精神性

2006年9月に邦訳出版された『だれも知らなかったインド人の秘密』(東洋経済新報社、2100円)は、05年にペンギンブックスから出版され、インド内外で話題になった本である。原題は、「Being Indian」。著者のパヴァン・K・ヴァルマ氏は、国連大使なども務めたインドの元キャリア外交官である。

友人のインド人たちに言わせると、正鵠を射ている部分もあるが、いかにも元外交官らしいメンタリティーが鼻につくという。しかし、多様で深遠なインドを知ろうとする外国人にとっては、興味深い著作ではある。特に、インド人が超世俗的だとする外国人のパーセプション(ものの見方)は、全くの誤解であると断言する点は面白い。

ヒンズー教の思弁のなかに、『すべては実在する。ただ違うのは、とらえ難いものもあれば、そうでないものもある』と、あります。インド人が精神性が高いというのは誤りで、実際には物への関心が非常に高いのが事実です。置かれた状況や、自分のことか否かによっても変わってきますが、インド人は食・生き方・セックス・感覚・見解・思考・芸術・宗教体験など、諸々に関して、物質主義的です」

たしかにヒンズー教はダルマ(教義・法律・ルール)、アルタ(富の獲得)とカーマ(欲望の追求)のバランスを強調し、欲望や富の追求を否定していない。肉感的な神々の彫像に驚くことはない。キリスト教やイスラム教と違って、むしろギリシャ神話や古事記の世界なのだ。

インド商人は極めてしたたかだし、自らの利益等についてのインド人の自己主張は強い。しかし、「現世的」であるだけに、妥協するのがうまく、結果として多様なものが共存することになるのだという。要するに、人のことをかまわず、あまり関心を持たないから、大きな争いなく異質なものが並立するわけだ。インドはいく度となく侵略されているが、インドが外国を侵略したことは、まったくないという。

どこか白洲次郎の日本人論と似ているなと思いながら、読み進めていた。外国人の目線を持ちながら、自らの国と国民を批判的に分析することは、それなりに意味があるのだろう。【榊原英資 早稲田大学教授】

■2007/1/9, 毎日エコノミスト

「反日」を超えるアジア―北京の目、ソウルの目
「反日」を超えるアジア―北京の目、ソウルの目田中 直毅

東洋経済新報社 2006-11
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歴史認識の根底を見据え東アジアの行方を問う

韓国や中国が自国の近現代史をいかに描き、そのなかで彼らが日本をどう位置づけているのかを理解し、そうして我々は両国に向かうべし、とする本書の姿勢は実にまっとうである。

両国の対日史観の中心が「反日」であるが、彼ら自身もこれを克服しなければ東アジアの秩序を糺すことができない、という議論も著者は忘れていない。

朝鮮半島の分断は「日帝36年」(1910年の日韓併合に始まる日本支配)の崩壊過程で起こった。しかし、敗戦した日本が分断を免れ、平和と繁栄を享受してきたのはいかにも不条理だという「恨」の感覚が韓国人に共通する。盧武鉉政権の歴史認識には、この不条理を固定化させた大韓民国の成立自体が「誤った歴史認識」であり、それゆえ半島統一への志向性が意識の底に常に蠢いている。

しかし現在の極東地政学のなかでの「祖国再統一」は、それが万一可能であったとしても、そこに将来があるとは思えない。著者がこの問題に答えを用意しているわけではないが、探り出すべき事柄の本質を見事に言い当てている。

中国はどうなのか。日本の侵略時に中国は少なくとも5つの権力コア――満州、東北軍閥、南京政権、蒋介石政府、共産党――があり、国民党と共産党以外の3つの権力に日本は甚大な影響力を及ぼしていたこと。国共合作によって日本が敗北させられたという事実。それゆえ、最終的に国共内戦に勝利した共産党政権にとって反日が正統性の根拠となったこと。これらの事実に日本人は無知にすぎると著者は諭す。

しからば反日が中国を利するかといえば、日本との地域覇権闘争の激化ならびに国内不満層の暴動誘発という大きなリスクを政権は背負い込まざるをえないと著者は言う。かかる「矛盾」は何によって克服できるか。答えがないからこそ、日韓関係も日中関係も「ゼロサムゲーム」に陥っているのである。

著者は、バブル経済とその崩壊過程にあっても臆せず研究開発を持続してきた日本企業の「秩序形成能力が東アジアに広がるプレートと日本の多分野の対応関係を可視化」するのに大きく貢献するはずだと考え、これが日本の特徴だという「自己認識」こそが重要であると説く。

東アジア共同体についての認識も正鵠を射ている。地域主義が東アジアになかったのは、東アジアが「自立的に持ち得た経済動機づけやその歯車の運行の確かさのゆえに地域限定は不要であったことの論理的帰結」だという。卓抜な指摘である。【評者 渡辺利夫(拓殖大学学長)】

■2006/12/26, 毎日エコノミスト

日本経済の新局面
日本経済の新局面小峰 隆夫

中央公論新社 2006-11
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「長期停滞」の教訓を整理し日本経済の進む道を探る

バブル経済とその崩壊、そして失われた1990年代を経て、日本経済はどのような道をたどろうとしているのだろう。

本書は旧経済企画庁の内国調査一課長として93年、94年の経済白書を担当した著者が、90年代の長期経済停滞からの教訓を整理し、日本経済が歩み出した道を分析している。

構成は、第1章で2002年の谷から現在に至る日本経済をマクロ描写し、第2章では「いざなぎ超え」の意味と3つのリスク要因を指摘する。米国経済、中国経済、原油価格である。

第3章で、長期停滞から得た教訓を「マクロ経済運営の新常識」として記述する。

使用場所を地元に限った地域振興券は、地元経済を活性化させると期待された。しかし、家計は振興券で浮いたお金を貯蓄し、消費は増えなかった。著者はこれを「部分均衡的発想」の失敗という。また、全地域に振興券を配布したため、地域経済は活性化しなかった。著者はこれを「合成の誤謬」という。この2つは、本書で繰り返し指摘される失敗の原因である。最初の教訓は「奇策は通じない」。

次に「景気変動には財政政策よりも金融政策で対応すべきだ」。景気対策としての財政政策は90年代に16回、135兆円に達した。しかし小泉政権は財政政策を使わず、日本経済は回復に向かった。

第3に「デフレ(物価下落)の弊害は大きく、是非避けなければならない」。第4は「デフレに対しては、金融緩和をためらうべきではない」。

そして最後に「内需中心の成長には意味がない」。経済摩擦がなくなり、日本経済は輸出主導で回復し、内需拡大の原資となる財政は悪化した。確かに内需中心の成長はできないし、意味もない。輸出が肯定される時代が戻ってきた。

そこで著者は、国内総生産(GDP)統計が成長の寄与度を内需と外需に分解するのは「間違いだ」と指摘する。それより、総需要に対する内需と輸出の寄与度の方が景気の実態を表現するという。意外な見解だが、説得力がある。

第4~6章は、現在から将来にかけての日本経済論だ。日本がキャッチアップ型経済を卒業し、グローバル化が進み、少子化し、IT(情報技術)が発展するなかで、「長期的観点から供給面の生産性を高める」ための構造改革が不可避だとする。そして今後の日本経済に関する著者の見解は「大労働力不足時代」への突入である。ただし、悲観論でも楽観論でもない。【評者 北村龍行(毎日新聞論説委員)】

■2006/12/26, 毎日エコノミスト

マルドゥック・ヴェロシティ〈1〉
マルドゥック・ヴェロシティ〈1〉冲方 丁

早川書房 2006-11
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starあのマルドゥック・スクランブルの続編としての評価ならば辛めです。
star読む人を選ぶかも
star文体=珍しい/とっつきにくい。ストーリー=ハード/軽妙/心躍る。

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マルドゥック・ヴェロシティ 2
マルドゥック・ヴェロシティ 2冲方 丁

早川書房 2006-11-15
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おすすめ平均 star
starフリークスの宴。

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マルドゥック・ヴェロシティ 3
マルドゥック・ヴェロシティ 3冲方 丁

早川書房 2006-11-22
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おすすめ平均 star
star2番出汁
star加速、収束。
star上手い着陸

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増殖と炸裂、殺戮…… 虚無の闇と戦うサイボーグ戦士

冲方丁『マルドゥック・ヴェロシティ』(全3冊、ハヤカワ文庫、各714円)は、架空の暴力都市を舞台にした怒涛のSFアクション『マルドゥック・スクランブル』の続編。あれから3年、待望のリリースだ。不当に歪んだ哲学小説といった側面すらあった前作に比べ、今回は戦闘シーンに徹したつくり。RPG時代の『風太郎忍法帖』ともいうべき快作である。

人間と機械の混合から成る戦闘サイボーグたちが繰り広げる夢幻的な熱戦シーンの数かず。それらが理屈抜きに楽しめる。かなり手荒なもてなしで、こちらが疲れ果ててしまうのも確かだが。

前作の親しい読者なら、理屈抜きという点に首をかしげるかもしれない。『マルドゥック・スクランブル』は、ひとりの作家が一生に1度しか書けない輝きを噴出させた作品だった。全編を覆うのは、ひとりの少女が野獣どもの街で命拾いし、いかに生き延びていくかという、愚直なほどにストレートなテーマだ。彼女を護衛する「万能道具存在」サイボーグ金色ネズミのウフコック=ペンティーノと、自らの虚無を埋めるためにひたすら彼らを追い続ける半サイボーグ兵士ディムズデイル=ボイルドの物語。増殖と炸裂、そしてそれらとは裏腹な長い内省。他にも構成的にみればのけぞるような難点を含みながら、怒涛の熱気で読者をねじ伏せてしまう。

この続編は2人の戦闘マシーンが因縁の訣別に至るまでの「前日譚」となっている。軍事科学の粋を集めて改造・創造されたマトリックス忍者たち。彼らは戦闘し、敵を殲滅することでしか己の存在を認知できない。だから、前作でいったん虚無のしとねに還った男たちの物語が語り直されることにも違和感は起こらないわけだ。この物語には終わりがない。

今回も書き下ろし文庫本3冊という変わった形態で刊行されたこのシリーズ。次の第3部も期待できよう。【野崎六助 作家・評論家】

■2006/12/26, 毎日エコノミスト

小泉の勝利 メディアの敗北
小泉の勝利 メディアの敗北上杉 隆

草思社 2006-11-25
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star掛け値なしに面白い
star小泉政権の検証とは
star永田町の住人

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著者インタビュー 上杉隆(ジャーナリスト)

失敗を含めて自らの記事を検証し小泉政治の実像をあぶり出す

――題名がなかなか刺激的です。

■小泉政権は5年半も続いたのに最後まで支持率は高かった。こんな政権は珍しい。結局、小泉さんと秘書官の飯島さんが仕掛けたメディア戦略にまんまと乗せられ、メディアは官邸と緊張関係を築くことに失敗した。その意味で小泉さんの勝利、メディアは敗北だったと思います。私も官邸の狙いが分からず、後で気づいたり、見通しを随分間違えました。

――最大の敗北は何だったと?

■昨年9月の郵政選挙でしょう。造反議員のなかには、民営化すべきだがあの法案には賛成できないという人もいたのに、小泉さんは抵抗勢力とレッテルを張り、一緒に切り捨てた。それでいて民放の討論番組では小泉さん自身が法案をまともに読んでいないことを露呈させた。結局、衆議院を解散したかったから郵政民営化を使っただけなのではないのか。こういう流れをメディアはきちんとチェックしなければいけなかったのに、「刺客」だ、「ひからびたチーズ」だ、と小泉劇場に踊らされた。その結果が、自民党の大勝利です。

――「小泉政治」について色々な雑誌に書いた自分の記事を俎上に載せ、見通しや分析が正しかったかどうかを検証しているわけですが。

■私が前に仕事していた『ニューヨーク・タイムズ』では、記事を間違えた際、訂正を出すだけでは終わらない。なぜ間違えたのか、その理由はどこにあったのかの検証を詳細に行い、紙面に載せる。その姿勢が読者の信頼をつなぎ留めることになる。日本でそこまでやるメディアはありません。人間は間違えるものだし、間違えたら素直に認め、どうしてそうなったかを伝えないと読者に失礼です。結果に対しては率直でありたい。そうしないといくら記事を書いても説得力を持ちません。

――自分の記事を検証し、間違いを自己批判することで「小泉政治」の実像をあぶり出そうとする。これまでにない手法で、ユニークですね。

■自分で自分の足を食うタコのような……(笑)。でも、自らの仕事を否定する証拠を記録していく作業は、本当は愉快なものではありません。テレビによく出るキャスターも、本にまとめるときは加筆訂正している。それが普通ですが、私はあえて前の記事には一切手を加えませんでした。

――評論家の大御所に対しても、靖国参拝や郵政選挙の見通しなどで何度も読み間違えたのに、読者に説明していないと、実名で批判していますね。

■それもあってか、いくつかの出版社は出版に二の足を踏みました。ほとんど自爆行為になりかねない批判かもしれませんが、おかしな無謬主義がはびこるほうが問題なのです。間違えたら検証して読者にまず伝える。私はミスを器用に取り繕う利口な「卑怯者」より、正直な「愚か者」でありたいと思っています。小泉首相が最後まで高い支持率を誇ったのも、メディア戦略とともに、飾らない率直さにあったのではないでしょうか。

■2006/12/26, 毎日エコノミスト

ワーキングプア いくら働いても報われない時代が来る
ワーキングプア いくら働いても報われない時代が来る門倉 貴史

宝島社 2006-11-09
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starワーキングプアは対岸の火事ではない
star他の格差ベストセラーよりも見ごたえあり。
star誰でもワーキングプアになる可能性がある・・・・

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ワーキングプア(働く貧困層)の問題がクローズアップされている。年収200万円未満の日本のワーキングプア層は約550万人。フリーターやニートなど若年雇用問題が深刻化しているが、実はワーキングプアで一番苦しいのは、リストラなどで憂き目にあった中高年層だと著者は言う。崩壊する日本型雇用システムの背景を探り、ワーキングプアの実態を分析する。

■2006/12/26, 毎日エコノミスト

99.9%成功するしかけ キシリトールブームを生み出したすごいビジネスモデル
99.9%成功するしかけ キシリトールブームを生み出したすごいビジネスモデル藤田 康人

かんき出版 2006-11-21
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starマルチWINという考え方に感動!!
star勇気が出ました
starWIN-WINの究極系

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キシリトールといえば、「ああガムのなかに入っているあれね」と思いあたる人も多いだろう。今や日本のガム市場では80%以上がキシリトール配合製品で、2000億円市場が形成されている。10年前、日本にキシリトール・ブームを仕掛けた著者が、日本のマーケティングの常識を覆す「マルチWin」マーケティング戦略を語る。

■2006/12/26, 毎日エコノミスト

老いるということ
老いるということ黒井 千次

講談社 2006-11-17
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高齢化社会が言われ、これまでにない長い老後時代が到来しているいま、人は老後とどのように向き合えばよいのか。古代ローマの老いの思想、20世紀イギリスの老年の発想、深沢七郎の『楢山節考』、映画「ドライビング・ミス・デイジー」、幸田文の描く現代日本人の老いなど、文学や映画、演劇が捉えた老いの意味と可能性を探る。

■2006/12/26, 毎日エコノミスト

ネットvs.リアルの衝突―誰がウェブ2.0を制するか
佐々木 俊尚 (著)

きっかけは著作権の侵害をめぐって争われた「Winny」事件だったと著者は語る。ネット社会の理想と国家権力の激突。誰もが便利に使える情報革命として登場したインターネットの世界は、国家や企業活動のなかにのみ込まれ、徐々に変質してきている。ウェブ2・0の登場で新たな情報のフラット化時代を迎えたいま、ネット社会の覇権を制するのは誰か。サイバー総力戦が展開されるなか、岐路に立たされたネット文明の未来を探る。

■2006/12/26, 毎日エコノミスト

大転換―日本経済・2007年~2015年
大転換―日本経済・2007年~2015年斎藤 精一郎

PHP研究所 2006-11
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15年に及ぶ平成デフレからようやく脱却の日本経済だが、その前途は多難だ。国内面では「人口減少&高齢化」、対外面では「グローバリゼーション&イノベーション」の大波が待ち受けている。小泉格差と言われ、非正社員の増加による雇用・経済格差、地域格差を含む構造格差、ボーダーレス化し、フラット化する世界経済の潮流に、日本はどう対処していけばよいのか。大航海に向かう日本経済の海図を描く。

■2006/12/26, 毎日エコノミスト

嫌老社会 老いを拒絶する時代
嫌老社会 老いを拒絶する時代長沼 行太郎

ソフトバンククリエイティブ 2006-09-16
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star嫌老社会の背景
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頭を良くする本老いをどう受け止めるか

私の本業は高齢者を専門とする精神科医であるが、老いについての医学の姿勢があまりに一方的なのに、多少閉口している。

今年から介護保険でも介護予防が主眼目になったように、なるべく老いを遅らせる、老いと戦う、というのが医学の基本姿勢である。しかしながら、どんなに戦ったところで、長生きしていると認知症になったり体が不自由になったりして、最終的には老いの状態に突入する。

私の見るところ、それを受け入れられない人(特に認知症になっていない人)のほうが精神的に不安定になる。つまり、長生きする以上、最終的には老いを受け入れることが必要になってくるのだ。

昔、ビートたけしさんがお母様の話をされた時に、「寝たきりになってまで生きていたくない」というのは実は嘘で、そう言っていた当の本人が寝たきりになると、すごい生への執着があったと語っていた。こういうことは、歳をとった人でないと分からないだろうと思っていたら、まさにそれをテーマにした本をみつけた。長沼行太郎著『嫌老社会』(ソフトバンク新書、735円)である。

定年後のまだ元気でアクティブな高齢者を人生のセカンドステージと呼び、その後の自立できなくなった高齢者をサードステージと呼ぶ発想は、高齢者を一括りにしがちな視点と比べて現実的だ。高齢者が増えるとともに多様化しているのだから、年齢で区切るより、各々がセカンドステージからサードステージに入るという観点で書かれている点でも正鵠を得ている。その観点からすると、アンチエイジングやピンピンコロリの思想は、サードステージを否定的に捉えるという点で嫌老の思想だという指摘は、私の実感通りだ。

本書では、様々な老いにまつわる思想を分析しているが、プラトンの賛老思想にしても、老賢者に限ったものだし、孔子の敬老思想も、だめな高齢者には厳しかったなど、無条件に老い(著者のいうサードステージ)を受け入れる姿勢は、古今東西ほとんどなかったようだ。

しかし、医学は進歩しているし、一回始めた福祉はやめられない。

いずれにせよ、安心して老いることができる社会を模索したほうが人間が幸せになれると私は信じるが。【和田秀樹 精神科医】

■2006/12/26, 毎日エコノミスト

ヒトラーの女スパイ
ヒトラーの女スパイマルタ・シャート 上田 浩二 菅谷 亜紀

小学館 2006-09-28
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言語都市・ベルリン 1861‐1945
言語都市・ベルリン 1861‐1945和田 博文 西村 将洋 和田 桂子

藤原書店 2006-10
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ナチス・ドイツにもあった欧州貴族社会と日本的世間

久しぶりのドイツ旅行にバッグに入れて役立った2冊。かつてのベルリンの壁の跡地に「虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための慰霊碑」が作られ、その脇の小道は「ハンナ・アレント通り」と名付けられていた。

ユダヤ人をホロコーストに追い込んだヒトラーは、第2次世界大戦の同盟国日本をも、東洋の成金として軽蔑していた。だが西洋貴族社会にはコンプレックスを持っていた節があり、自分に近づく貴族やプリンセスがいれば、秘密外交にも情報戦にも使った。

マルタ・シャート著『ヒトラーの女スパイ』(小学館、2205円)の主人公シュテファニー・フォン・ホーエンローエは、当時欧米の新聞を賑わしたユダヤ系でハンガリー国籍のオーストリア貴婦人。ナチスに使われたというより、自ら進んでヒトラーに近づき、スキャンダラスな「広告塔」となった。その生涯を米国スタンフォード大学所蔵文書から復元したノンフィクションである。

イギリス上流階級との繋がりで英独和平の仲介を試みたが、ヒトラーの副官ヴィーデマンとの不倫で結局ヒトラーに疎まれ、米国に移住し、逮捕され忘れ去られる。マタ・ハリ風スパイものというより、ナチス権力の多頭制、上流階級の男も女もヒトラーに靡いた退廃的時間の哀れな記録と読める。

和田博文ほか著『言語都市・ベルリン 1861―1945』(藤原書店、4410円)は、都市空間のマッピングで在独日本人の生態を描く。すでにパリ、上海を言語空間として踏破してきた著者たちが、得意のフィールドワークで森鴎外から山口青頓まで、この街に魅了され惑わされた日本人の体験を旅行記・小説、現地新聞・雑誌、建築・美術・演劇・音楽・写真・舞踊等を縦横に駆使して巧みに編んだ好著。

そこに再現された戦前・戦時の在外日本人コミュニティーは、貴族社会とは異なる成金中流文化人の閉鎖社会で、今日世界の大都市に散在する日本人社会と、意外に似ている。日本食レストラン、日本語情報紙誌、日本人会の内紛と滞在国かぶれの孤高等、日本的「世間」の島宇宙が読みとれるのが哀しい。【加藤哲郎 一橋大学大学院社会学研究科教授】

■2006/12/26, 毎日エコノミスト

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