メイン > 週刊エコノミスト書評 『ブックレビュー』 > 2006年10月3日~10月10日

「私を忘れないで」とムスリムの友は言った―シルクロードをめぐる戦争と友情の10年
「私を忘れないで」とムスリムの友は言った―シルクロードをめぐる戦争と友情の10年クリストファー クレマー Christopher Kremmer 日暮 雅通

東洋書林 2006-08
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生活に密着する「絨毯」の文化からイスラムの戦争と革命を描く

本書で扱うアフガニスタン、パキスタン、イラク、タジキスタン、カシミール、イランなどの国や地域は、いずれも戦争や革命など大きな変動を経ている。これらの国や地域に関する報道は政治事件に重点が置かれがちで、市民の目線で政治や社会が語られる機会は少ない。著者はジャーナリストだが、およそ10年にわたる現地での取材から、「絨毯」の文化を通してこれらの国の歴史や文化、人々の生活を伝える物語を書き上げた。9・11の対テロ戦争後に一挙に注目を浴びた地域の、近年の動向を鮮やかに描き出す。

本書で紹介される「オールドシルクロード」などイスラム地域で、絨毯は欠かせない生活必需品だ。ムスリムの家を訪ねると、どこの家でも靴を脱いで絨毯に上がる。日本の畳文化と共通したものがあるが、「ムスリムは絨毯の上で生まれ、その上で祈り、死ねば墓石を絨毯でくるまれた」と著者が語るように、絨毯はムスリムの生活と密着している。絨毯はシルクロード地域の文化的・社会的特徴を知るうえで重要なカギとなることは間違いないが、その絨毯を中心に叙述を進める著者の手法は画期的な内容となっている。

本書は絨毯を介してシルクロード地域の歴史や文化を紹介しているものの、この地域の政治や社会の現状も的確に分析している。たとえば、アフガニスタンやパキスタンでイスラム急進派が台頭する背景についてイスラム神学校の存在や活動をとり上げているが、著者はこの地域の将来を見渡しており、神学校の学生が「パキスタンでイスラム革命が起こる」と断言しているのも、パキスタンの将来を言い当てているかもしれない。本書で明らかにされている通り、パキスタンでは過激な主張を行う神学校が貧困層やアフガン難民などを経済的に救済し、求心力を高めるようになっている。

核問題で国際社会の注目を集めるイランだが、絨毯は石油に次ぐ第二の輸出品であり、絨毯が国の文化や経済の中心であり続けてきた。ペルシャ絨毯の壮麗さはいまさら強調すべくもないが、革命によって反米国家となったイランが、アメリカという絨毯の重要な「顧客」を失ったことを本書は紹介している。

イランは、経済的には本来、アメリカを必要としているが、絨毯の輸出という重大な経済的利益を放棄してまでも反米姿勢を貫くイラン政府の姿勢は、イラン人の民族的なプライドに基づくものだろうと、本書を読んであらためて思わざるをえなかった。【宮田律(静岡県立大学助教授)】

■2006/10/10, 毎日エコノミスト

所有と国家のゆくえ
所有と国家のゆくえ稲葉 振一郎 立岩 真也

日本放送出版協会 2006-08
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おすすめ平均 star
star壮大な無駄話に終わっている
star道徳と人間の本性

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格差の時代の不平等を私的所有と国家の観点から論じる

本書は、注目を浴びている気鋭の社会学者ふたりが再分配問題をめぐって交わした意欲的な討論の記録である。所得格差の是正、社会保障のあり方、国際的な経済格差までを射程にして、両者は再分配政策について、主に二つの観点から論議を行っている。二つの観点とは、題名にも使われている私的所有と国家介入のあり方である。

従来の経済学の想定する再分配政策は、経済主体それぞれが自ら意思決定を行い、かつ私的所有が保障されていることを初期条件として設定している。しかし、私的所有の成立する条件は必ずしも主体的なものではなく、むしろ他者の行為によって制約されているかもしれない。例えば奴隷制や、ひとりでは生存することが困難な人間(障害者や幼児ら)を想定すればいいだろう。従来の経済学は私的所有を初期条件に設定することで自己決定や生存権の問題を見逃している、というのが著者たちの共通する見解であろう。

問題は経済学の限界だけでない。市場経済そのものが私的所有を前提にすることで、私的所有の条件を満たしていない人々の生き方を困難にしてしまう。

立岩氏はここで「分配する最小国家」という考えに依拠して、国家が再分配に活動を限定することで、困難な状況に直面する人たちを救済することを提言する。立岩氏によれば、再分配以外の国家の介入は、私的所有を安易に想定する市場の活動によってますます生きる困難を増加させてしまうからである。

それに対して稲葉氏は、国家は再分配政策のみに経済活動を限定するのではなく、金融政策を中心とする景気の安定化や競争政策を採用することで民間の生産活動を活発化させ、再分配政策をもスムーズに行うことができると、「ケインズ主義的最小国家」を主張している。

本書の範囲では、国家の役割に関して両者の対立は乖離してしまって調停が難しく思える。評者の立場からすれば、失業や規制などで経済活動が停滞してしまえば、立岩氏のいう「分配する最小国家」も存立が難しくなるのではないか。例えば失業や様々な市場の失敗は市場自体の活動の所産である。市場が人々の生き方を困難にすることを問題視する私的所有論の立場に立てば、国家の役割が再分配のみに極限されるのは、むしろ市場の放任につながり矛盾である。その意味で稲葉氏の主張する「ケインズ主義的最小国家」を社会連帯や、より望ましい福祉国家の基礎にしていく方向に、評者は魅力と可能性があるように思えた。【田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部助教授)】

■2006/10/10, 毎日エコノミスト

恋戦恋勝
恋戦恋勝梓澤 要

光文社 2006-08-22
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希以子
希以子諸田 玲子

小学館 2006-07
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おすすめ平均 star
star買って損なし

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失明した滝沢馬琴を助けるため、長男の嫁・路が口述筆記を行ったのは有名である。梓澤要『恋戦恋勝』は、滝沢家の周囲で起こる恋愛模様を全6話で描く連作集である。

気苦労の絶えない路が、結婚前に好きだった男と再会したことで苦悩する表題作は、タイトルの「恋戦恋勝」の意味が明かされる洒落たラストが秀逸。そのほかにも、ダメな男を追いかける女を主人公にした「恋は隠しほぞ」と、馬琴の孫お次が経験する少女時代の淡い恋を活写する「色なき風」が印象に残っている。

渡辺崋山の投獄や天保の改革などによって閉塞感に覆われていた幕末にあっても、人は恋することをやめなかった。作中には切ない恋もあるが、恋愛と人間の生命力を重ねているので、読むと前向きな気分にさせてくれる。

続く諸田玲子『希以子』(小学館、1890円)は、激動の大正、昭和を駆け抜けた女性の一代記である。

東京の下町に生まれた希以子は、複雑な環境で育つものの、人を疑うことを知らない純真な女性に成長する。結婚生活は夫の暴力で破綻、初恋の人を追って満州へ渡ると相手が投獄されるなど、希以子は次々と不幸に見舞われるが、それに太平洋戦争が追い討ちをかける。

何度も男に裏切られ、戦争にも翻弄された希以子は一見すると不幸に思える。だが襲いかかる荒波をサラリと受け流してしまうので、決して悲劇のヒロインではない。

男たちが災厄に負けるのに対し、希以子は逆境を乗り越えるたびに女を磨いていく。無意識のうちに、不幸を生きる糧に変えてしまう希以子の生き様は、考え方を転換するだけで、逆境も簡単に克服できることを教えてくれる。【末國善己(文芸評論家)】

■2006/10/10, 毎日エコノミスト

売れない在庫はネットで売り切る!
売れない在庫はネットで売り切る!西村 泰一

明日香出版社 2006-09
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著者インタビュー 西村泰一(ネットオークション・コンサルタント)

「リアル」の不良在庫をネットで現金化するノウハウ

――ネット販売で稼ぐのはサラリーマンの副業として最近よく聞く話ですが、本書はそのノウハウを企業に応用し、不良在庫一掃法を説いています。

■私も副業でネット販売を始め、それが儲かったので本業にしたクチです。21年勤めた大手電機メーカーを2年前にやめ、いまは、個人を対象に、ネットオークションのノウハウを教える起業塾をやっています。これからは企業も顧客にしたくてこの本を書きました。

――ネットで活発に売り買いしている若い人には今さらの内容かもしれません。しかし、まだ「最初の一歩」が分からない年配者も多いでしょうからね。そもそも、リアル店舗で売れなくて不良在庫になったものが、なぜネット上だと売れるのでしょうか。

■経験しないと分からないでしょうが、売っている私が「こんなもの誰が買うんだ?」と思うような商品がネットでは売れる、しかも驚くほど高く。リアルな店では売れない「個性的すぎる」商品にも需要があるのがネットの世界なのです。

不良在庫一掃には、ネットオークションがいいでしょう。オークションサイトには特に購買意欲の高い人が集まってくる。最低価格1円から始めれば、ほぼ100パーセント売れていきます。ほとんどは赤字でしょうが、古物市場で二束三文で売ったり、廃品回収業者に有料で引き取ってもらうよりはるかにいい。会社のキャッシュフローが改善します。出品ページから自社サイトにリンクを張れば広告効果があり、マーケティングツールにもなる。

――とはいえ、いいことばかりではないでしょう。顔が見えないネットならではのトラブルがあるのでは。

■届いた商品がネットで見た説明と違う、と言われるトラブルがいちばん多いですね。そうなると、返品や返金にリアルの店舗より手間やコストがかかります。だから、この本のなかでも商品説明を丁寧に行うよう強調しましたが、買い手の思い込みが原因であることもあるので、この手のトラブルをゼロにするのは難しい。

そうしたことも含め、ネット販売では、コストやリスクが低い代わりに、いろいろ手間がかかります。他の仕事の片手間ではない、ネット専任のスタッフが必要です。本格的にやるにはこの本に書いたノウハウでは正直言って不十分。というわけで私のようなコンサルに声をかけてほしい、というのがいちばん言いたいことです(笑)。

――偽ブランド品事件など、ネット詐欺もよく話題になります。ネットオークションについては不正出品に経済産業省が監視を強めていますね。ネット売買は「リアル」より、まだ信頼性に欠けるというのが一般の認識ではないでしょうか。

■詐欺のニュースで不安になるのは分かりますが、それで「ネットは危険」と思い込まれるのは残念です。交通事故の記事を読んだからといって、車に乗るのをやめますか? ネット詐欺に遭う確率は、交通事故に遭う確率と同じほど低いと思いますけどね。

■2006/10/10, 毎日エコノミスト

天才大悪党〈上〉―昭和の大宰相田中角栄の革命
天才大悪党〈上〉―昭和の大宰相田中角栄の革命杉田 望

大和書房 2006-09
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天才大悪党〈下〉―昭和の大宰相田中角栄の革命
天才大悪党〈下〉―昭和の大宰相田中角栄の革命杉田 望

大和書房 2006-09
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ロッキード事件で逮捕・起訴された田中角栄元首相の一生を克明に追った書き下ろし。雪深い越後から上京した時に幕を開けるドラマ。政界進出、霞が関支配、土地転がし、熾烈な角福戦争、日中国交正常化、資源外交、そして金脈追及。ドラマの表と裏を明かしている。筆者はタイトルの大悪党に革命家の意味を込めている。

■2006/10/10, 毎日エコノミスト

企業の作法 CSRが会社の未来を拓く
企業の作法 CSRが会社の未来を拓く立石 信雄

実業之日本社 2006-07-27
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おすすめ平均 star
starCSRの現在がわかる

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オムロン相談役である著者が、注目を浴びているCSR(企業の社会的責任)について語る。「企業は公器である、すなわち私物ではなく、社会に奉仕する存在である」という、創業者で著者の父・立石一真の経営訓を核に、コーポレートガバナンス、人材育成、隣人・中国との共生、グローバルなCSR展開などが取り上げられる。

■2006/10/10, 毎日エコノミスト

「月給百円」のサラリーマン―戦前日本の「平和」な生活
「月給百円」のサラリーマン―戦前日本の「平和」な生活岩瀬 彰

講談社 2006-09
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「月給百円」とは昭和初期の平均的サラリーマンの月収である。単純に物価上昇を計算すると現在の約20万円。この額で一応の生活ができたという。戦後復興のスローガンは、戦前で最も経済が安定していた「昭和8年に帰ろう」だったというが、昭和初期の日本はどのような時代だったのか。サラリーマン大衆の誕生から、衣食住の日常生活、「お受験」熱、就職難、サラリーと昇進の「大格差」など、昭和ヒトケタ世界を描き出す。

■2006/10/10, 毎日エコノミスト

成功者の絶対法則 セレンディピティ
成功者の絶対法則 セレンディピティ宮永 博史

祥伝社 2006-09
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おすすめ平均 star
star疲れた技術者、研究者が読むべき本
star「セレンディピティーでビジネスを斬る!!」
star理科大MOTに通いたくなる1冊

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偶然の発見やふとした思いつきが、大発明や大ヒット商品につながった話はよく聞くが、成功する人に共通するのは、そうした「偶然をとらえて幸運に変える力」、すなわちセレンディピティの能力だという。失敗作をヒット商品に変えた米3Mのポスト・イットなど多くの事例を挙げながら、「成功者の絶対法則」を解説する。偶然の幸運を呼び込むには地道な努力が必要であり、「偶然のひらめき」は失敗のあとにやってくるという。

■2006/10/10, 毎日エコノミスト

コメを選んだ日本の歴史
コメを選んだ日本の歴史原田 信男

文藝春秋 2006-05
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おすすめ平均 star
star米によって形作られた日本

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コメを軸にした日本の政治・経済システム

日本の歴史、伝統、特に天皇制の成立と展開を見ると、コメが実に大きな役割を担ってきたことが分かる。『コメを選んだ日本の歴史』(原田信男著、文春新書、830円)は、コメを中心に日本の歴史をたどった好著。

明治以降の肉食、戦後のパン食の普及で、日本の食に占めるコメの比重は低下したが、これが近代化、産業化、あるいはヨーロッパ化、アメリカ化の波と重なっていることに注目したい。つまり、日本の伝統文化は、明治維新以来、コメとともに、次第にその役割を減じていったのである。日本文化・伝統の再評価が求められている21世紀に、コメもまた、改めて見直されるべき時期が来ているのであろう。

コメは縄文時代に中国から東南アジアを経て日本に伝わるが、水田耕作が本格的に行われるようになるのは弥生時代である。日本が大和朝廷に統一されるプロセスで、コメは租税として重要な役割を担い、統一政権成立後は天皇家の祭祀の中心となっていった。現在でも残る新嘗祭、大嘗祭などである。

天武天皇4(675)年に肉食禁止令が出されて以降、コメは次第に「聖なる」食べ物としての地位を高め、肉は「穢れた」ものとして排除されていく。インドのヒンズー教、仏教などの影響も少なくなく、インドの菜食主義と日本のコメ中心の食文化が重なる部分もあるのだろう。

中世を経て江戸時代に入ると、「コメを貨幣のごとくみなした石高制社会が出現」した。いわば、コメ本位制とでもいった経済・貨幣システムである。大阪・堂島の米会所(米穀取引所)で世界初の先物取引が行われていたことはよく知られているが、まさにコメを中心に日本の貨幣経済が動いていたのである。

コメがこれだけ政治や経済の中心であり続けた国は、世界でも日本しかない。「コメを選んだ」国、日本は、それを軸に独自の統治システムを作り、また、近世まではコメを中心に経済を運営していった。

コメ本位制の時代はとうの昔に終わったとはいえ、日本文化・伝統を考えるうえで、コメが中心であることは否定できない。21世紀の日本は、これからコメとどうつき合っていくべきなのだろうか。【榊原英資 早稲田大学教授】

■2006/10/10, 毎日エコノミスト

世界でもっとも美しい10の科学実験
世界でもっとも美しい10の科学実験ロバート・P・クリース 青木 薫

日経BP社 2006-09-14
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世界の見方を根本的に変えたシンプルで美しい実験と哲学

人類が発見してきた方程式 ――ニュートンの運動方程式、マクスウェルの電磁場の方程式、アインシュタインの一般相対性理論の方程式など――を見て、私たちは「美しい」と思う。それらが簡潔であり、にもかかわらず実に多様な現象に適用でき、未知の現象を予言する力を持っている、そんなことを暗々裏に知っているからである。つまり、抽象的な科学の数式に対して感じる「美」は、芸術や大自然を前にして持つ感覚的で直観的な美意識にとどまらず、その背景や意味までを包含した概念なのである。

では、具象的な科学の実験に対して、私たちは「美しさ」を感じるのだろうか。本書は、物理雑誌の読者に一番美しいと思う実験を挙げてもらい、そこから10の実験を選び、それらがいかなる意味で美しいと感じたかを分析したものである。哲学者であり科学史にも詳しい著者だけあって、「美」の概念についての幅広い考察がちりばめられ、科学の様々な側面も描き出されていて楽しい。

ここには、紀元前3世紀にエラトステネスが地球の大きさを測った素朴だけれど天と地を結びつけた偉大な実験から、1個の電子の波動性を具体的に目に見える形で示した二重スリット実験まで、比較的簡素な装置を用いて世界の見方を根本的に変えることになった実験が登場する。それらに共通する要素は、シンプルだが深い意味を持ち、実験を構成する個々の要素が効率的に組み合わされ、結果がはっきり示されて決定的である、という3点に集約される。

例えば、ガリレオが物体の自由落下の法則を明らかにした斜面の実験は、アリストテレス流の運動論を打ち砕く端緒となったが、これには、簡潔で特別な装置のデザイン、溝の長さや角度を変えることにより落下時間を調節できる工夫、斜面の傾きによらずに成り立つ加速の法則の発見、という三つの要素が見事にそろっている。

他に、ニュートンによるプリズムを使った太陽光の分解、フーコーの地球の自転を直接目にすることができる振り子、ラザフォードのアルファ粒子を使った原子の内部構造の発見など、ギャラリーを巡るように、美しい実験が展示され、分解され再合成されて、その意味が明らかにされている。

さらに、科学と芸術の「美」の類似性、科学におけるアナロジーやメタファーの役割、人間が自然に対し崇高美を感じるときの主観性など、要所要所に哲学的な議論が挟まれていて考えさせる。科学と哲学を結びつける得難い一書である。【評者 池内了(総合研究大学院大学教授)】

■2006/10/03, 毎日エコノミスト

在日の耐えられない軽さ
在日の耐えられない軽さ鄭 大均

中央公論新社 2006-08
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在日の自由なライフチャンスを願うメッセージに共感する

戦後まもない1948年に日本に生まれ、在日コリアンとして成長した著者による個人史だが、記されている体験や感想は日本と韓国のことを考えるうえで、またそのことを通して日本のありようを考えるうえでも、深く耳を傾けるべき内容であふれている。

本書に深く共感するのは、著者が在日としての自分の体験を、加害・被害者史観に「平仄を合わせて」語るのではなく、事実と自分の思いを率直に語っているからである。著者はいつも、「外国人意識もないのに外国人として扱われるストレス」を感じていたという。

著者の父親は、日本語で小説を書いた最初の朝鮮人とのことだが、「型にはまりにくい性格であり、不幸な体験も少なくなかったが、類い稀な機会に恵まれた人間」であったという。

この父親と日本人の母親との間に生まれ、育てられた著者の子供時代や青春は、どうひいき目に見ても豊かさに欠ける。しかし昭和20年代、30年代当時では極端な貧しさだったとはいえない。ただ、家の前を通る親子が「この家はな、朝鮮人の家だぞ」などと話しているのが聞こえたりするのである。たぶん在日の人たちの普遍的な経験であろう。

しかし、ではあるけれども著者は、「私は被害者意識に人生の根拠や動機を見いだすような生き方を強く批判してきた」という。アイデンティティーの充足やマージナリティーの解消に自らの出自や体験を利用しない。それゆえ、「適度に抑制を利かせて、自らの受難を語る在日文化人が」「かつて烙印を押される側」にいて、今は「烙印を押す側にいる」ことに違和感を覚えるのである。

また、「在日の来歴については、今日でもその固有性が強調される傾向があるが、そうすることによって、在日は自分の体験を世界のより普遍的な体験から切り離してしまっているのである」と指摘する。

著者はアメリカ体験などを通して、在日が日本人との関係ではコリアンであっても、日本の外に出たときは、日本で生まれ日本語を母語にし、東京を中心に世界を眺めるような在日が、自分をコリアンであると語ることは、さほど自明ではないという。在日の固有性は「民族差別」として「運動」に利用され、出来上がった側面が強いのだ。それゆえ、雑誌『世界』や進歩派知識人への著者の批判は厳しい。

とまれ、在日の自由なライフチャンスを願うメッセージは、そのまま読者への自由な思考への呼びかけになっている。【評者 中沢孝夫(兵庫県立大学教授)】

■2006/10/03, 毎日エコノミスト

名もなき毒
名もなき毒宮部 みゆき

幻冬舎 2006-08
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おすすめ平均 star
star489ページを一気に読んでしまいました
star移ろいゆく宮部作品の過程を実感できたかな
star普通って何?

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毒 poison
毒 poison深谷 忠記

徳間書店 2006-08
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おすすめ平均 star
star鮮やかな構成
star 鮮やかな構成! 

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毒薬ミステリの対照的な2作を。

宮部みゆき著『名もなき毒』(幻冬舎、1890円)と、深谷忠記著『毒』(徳間書店、1785円)。毒はミステリには欠かせない小道具。はたしてその「毒素」がミステリの枠をどのように突破するのか。

「宮部毒」は、目に見える毒殺事件の連鎖をメインにすえ、現代日本社会の底に沈む不可視の毒を浮かび上がらせる。作者の手ぎわは細心にしてダイナミックである。探偵も犯人もごく普通の「まきこまれ型」市民。彼らをとりまく脇役たちは下町情緒をたたえる善人ばかりだ。一人ひとりを切り取るアングルは、クローズアップとロングショットを織り交ぜて危なげない。

犯人と併行して描かれる「悪役」が圧巻。白布を汚すシミのように現われ、ストーリーの展開にしたがってウイルスさながらに悪意を増殖していく。最初は「境界性人格障害」の見本のように傍迷惑なだけのキャラクターが、やがて小説のテーマである毒を強烈に発信してくるスリリングさは格別だ。彼女は、常識的なドラマの悪役の域を超え、『模倣犯』の犯人と『火車』のヒロインの延長線上にある人物だといえる。その異様な「普通さ」がいじらしい。

毒をたえず中和することで成り立ってきた社会は、逆に毒を正視する自浄力を喪って久しいのかもしれない。ただ哀しく病んだ者のみが「健全」な看視者だ。宮部ミステリは新たな1ページをここに刻んだ。

「宮部毒」が社会のシンボル化にせまる奥行きを備えたのに比較して、一方の「深谷毒」は、愚直なばかりに「結末の意外性」に賭けた本格謎解き仕様だ。毒はタイトルではあっても、主役ではなく、たんに殺人の道具。「だれが毒を盛ったか」というクリスティー以来の古典的興味が主眼である。

どちらを呑むか、じゃない、読むかは、お好み次第で。【野崎六助 (作家・評論家)】

■2006/10/03, 毎日エコノミスト

身体にいい家、悪い家
身体にいい家、悪い家前田 智幸 川井 龍介

新潮社 2006-07-26
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著者インタビュー 前田智幸(富士環境システム社長)

自然素材の家に住みたい消費者が急増している

――現代の住宅問題に焦点を当て、住む人の健康がないがしろにされている現状を警告したのが本書ですね。

■自動車やニンジンならよい悪いの判断の基準がありますが、住宅は一生に何度も買うものじゃないですから、ほとんどの人が判断材料を持っていません。だからだまされやすい。私は床暖房の会社を経営していますが、めまいや神経過敏など、家が原因と思われる健康被害を訴える人があまりにも多いのに驚きました。

――他方、国内の木材資源の利用が減って森が疲弊しているといった環境問題も指摘しています。

■昭和20年代から40年代に植林されたスギは、いま伐採の時期を迎えていますが、売ってもあまりにも安く、切るに切れない。このままでは植林も進まないでしょう。森を育て手入れをし、資源として木材を利用することが、住宅のためだけでなく環境のためにもなるのです。ところが現実には外国産の安価な木材を化学ノリで固めて板や柱を作り、建築現場で組み立てるだけ。住宅はいまや大量生産される工業製品になってしまった。大量の接着剤が使われ、有毒物質も含まれています。

――危険だとわかっていながら、広く出回っているのはなぜでしょうか。

■生活者の健康な暮らしを守るという発想に乏しいからでしょうね。残念ながら業界の都合優先で、法を犯さなければいい、もうかればいいという考え方が大半なんですよ。例えばホルムアルデヒドといった使用禁止の有害物質でも、多少化学式を変えて使うなど、いくつもの抜け道を使って似たような物質が出回っています。

――身体によい家を選ぶには?

■自然素材を使った家が一番だということを理解し、そうした要求をすることでしょうね。実は木や石、紙、しっくい、うるし、といった自然素材だけで作った家を作ろうと考える人々が、ここ半年くらいで急速に増えています。この本を出した後も「原因がわかった」とか「どこに問い合わせればいいか」といった反響が届きました。ただし手間はかかります。そうした技術を持った工務店や大工を探して、話し合いをしながら進めていくことが重要になります。でも、一家で大黒柱となる木を山に探しに行くといった経験は、家族のきずなを強めるはずです。

――高気密性住宅は結露やカビに悩まされますが、しっくいの壁は夏でもひんやりしているそうですね。

■しっくいは湿気を吸い、昼間はそれが気化するんです。夏場にネコが壁にぴったり身体をくっつけている。逆に、熱のこもるビニールクロスには寄り付かない。快適な場所はネコに聞いたほうがいいんですよ。

――自然素材の住宅だと費用がかさむ心配はないですか?

■一般の住宅とほとんど差はありません。工業製品の家は10年、20年で取り替えるという思想なのに比べ、木造の自然素材の家は工芸品なんです。つまり維持して保存するもの。しっくい壁は壁紙の必要もないし、床に傷がついてもそのまま100年でも使えます。

■2006/10/03, 毎日エコノミスト

若者はなぜ3年で辞めるのか? 年功序列が奪う日本の未来
若者はなぜ3年で辞めるのか? 年功序列が奪う日本の未来城 繁幸

光文社 2006-09-15
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おすすめ平均 star
starずばり言い当てている
star甘さを実感
star自分が納得する道を、生きたい。

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年功序列の時代は終わったと言われ、成果主義が普及するなか、若者の間で閉塞感が広がっている。やる気と才能、明確なビジョンがあれば若くても活躍できる時代のはずが、状況はむしろ逆で汗水たらして働いても報われない現実が見えてきたのだ。派遣や請負への移行で次世代をリストラする企業は未来をも危うくすると警告する。

■2006/10/03, 毎日エコノミスト

進化する欧州中央銀行―ユーロ番人の素顔
進化する欧州中央銀行―ユーロ番人の素顔齋藤 淳

日本経済評論社 2006-09
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欧州通貨統合に伴って1998年に発足した欧州中央銀行(ECB)。EU25カ国という多数国家であるユーロ圏の金融政策運営は、当初、「玉虫色の決着」「妥協の産物」など寄り合い所帯ゆえのマイナスが伝えられたが、ここ数年で確実に軌道に乗せてきている。ジャーナリストである著者がECBの動きを追った。

■2006/10/03, 毎日エコノミスト

2010年の金融―変貌するリテールと次なるビジネス戦略
2010年の金融―変貌するリテールと次なるビジネス戦略野村総合研究所コンサルティング事業本部 NRIアメリカ

東洋経済新報社 2006-09
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個人や中小企業などのリテール顧客をターゲットにした、金融機関の新しいサービスが次々と展開されている。ビジネスや雇用形態、インターネット環境など大きな構造変化が起きようとしているなか、金融のあり方はどう変わっていくのか。「消える金融」「創る金融」をキーワードに、「競争優位に立つための条件」を徹底分析する。

■2006/10/03, 毎日エコノミスト

「小さな政府」を問いなおす
「小さな政府」を問いなおす岩田 規久男

筑摩書房 2006-09
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おすすめ平均 star
star安部さんはこの本を読むように!!
star非常に感じが良いです

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小泉内閣が進めてきた「小さな政府」を目指す改革が、個人間や地域間の格差を拡大し、弱肉強食の競争社会を助長したという批判がある。本書では、戦後いち早く「大きな政府」を作り上げて福祉国家のお手本となり、1980年代には「小さな政府」への転換を図ったイギリスの例と、「高福祉・高負担」の「大きな政府」の国であるスウェーデンの例を取り上げ、「小さな政府」の光と影を考える。

■2006/10/03, 毎日エコノミスト

畏怖する近代―社会学入門
畏怖する近代―社会学入門左古 輝人

法政大学出版局 2006-09
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19世紀前半のフランスとイギリスに生まれた社会学は、近代化の進展と共に世界に広まった。産業革命、巨大化する資本、労働市場の変化といった社会の構造的大転換を、人々は魅了され歓迎しつつ、一方で気後れし恐怖する感情で捉えた。その矛盾する「畏怖」の感覚こそが社会学を育てた根本にあるという。本書ではそうした社会学の生成から説き起こし、主権国家、産業社会の変遷、消費化する20世紀、さらには情報化、グローバル化する現代社会の諸相までを描く。

■2006/10/03, 毎日エコノミスト

チャイナハンズ―元駐中米国大使の回想 1916‐1991
チャイナハンズ―元駐中米国大使の回想 1916‐1991ジェームズ・R. リリー James R. Lilley Jeffrey Lilley

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李載裕とその時代―一九三〇年代ソウルの革命的労働運動
李載裕とその時代―一九三〇年代ソウルの革命的労働運動金 〓@57D1@一 元吉 宏 井上 學

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歴史書の棚 「善意のおしつけ」は歴史観を曇らせる

ある国の歴史を他の国から見ると逆様に見えたり歪んで見えたりする。コロンブスが「発見」したアメリカ大陸は原住民からすれば「侵略・征服」だった。日本の「敗戦」は中国・朝鮮民衆にとって「解放」だった。20世紀の証人にも、こうした問題に無頓着な人々がいる。「善意」こそが「正義」で自分たちの他国での行動は現地の人々に役立ったと信じて疑わない。

『チャイナハンズ――元駐中米国大使の回想 1916ツ1991』(草思社、2625円)の原著者ジェームズ・R・リリーが「善意」の人であることは疑いない。スタンダード石油に勤める父の赴任地青島で生まれ、纏足の乳母に育てられた。「父の収入は米国の一般水準と比べればつつましいものだったが、私たちは王侯貴族のような生活を送ることができた」と正直だ。

名門イェール大学を出た著者は、朝鮮戦争時に進んでCIAに入り、ベトナム戦争の秘密作戦にも加わる。その諜報・謀略作戦の証言は貴重で、アメリカの国益のみならずアジア民衆のためにもなると信じているから、悪びれたところはない。チャイナハンズ=中国専門家として米中接近、改革開放の波に乗ったリリーは、CIAの情報殊勲賞を授与され、ソウル・オリンピック時に駐韓大使、1989年には駐中大使として天安門事件を目撃した。

確かに著者は率直で、証言の歴史的価値は高い。「民主化」支援の活動には感動的な場面もある。だが彼は、本当にアジアを理解できたのだろうか?

『李載裕とその時代――1930年代ソウルの革命的労働運動』(同時代社、4410円)には、植民地朝鮮で抗日運動を秘かに助け、34年に検挙され職を追われた京城帝大教授三宅鹿之助が出てくる。三宅は最も優秀な朝鮮人学生たちに教えられ、植民地統治に疑問を持った。無論こうした「善意」は徹底的に弾圧された。三宅は戦後も静かに学究生活を送り、ほとんど過去を語らなかった。「民主化」を経た朝鮮人歴史家の手で、没後にその足跡が発掘され、甦った。

「善意」にもリリー型と三宅型がある。「東アジア共同体」の流行も、「善意のおしつけ」では意味がない。【加藤哲郎 一橋大学大学院社会学研究科教授】

■2006/10/03, 毎日エコノミスト

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