メイン > 朝日新聞日曜版『書評』 > 2008年3月2日~3月9日
| 税制改革の渦中にあって | |
![]() | 石 弘光 岩波書店 2008-01 売り上げランキング : 1352 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
増税隠しを見破る眼力を訴える
著者は82年から06年まで24年間にわたり政府税制調査会(以下、税調と略す)の委員を務め、最後の6年間は会長職にあった。増税論議の必要性を説いた『税制改革の渦中にあって』で、著者が再三強調しているのは、増税は「国民が決めるべき問題であり」、その眼力を子どもの頃から養う租税教育の重要性である。「社会にとって税金とは一体何か」の知識が国民になければ、税調が「公正、中立、簡素」の原則に基づき「社会的インフラたる税制」の改革を提言しても、選挙のたびに「増税隠しに走」る政治家の甘言に弄(ろう)されてしまうからだ。
アメリカのように自助努力をベースにした「低福祉・低負担の仕組みを志向する」なら話は別だが、現状程度の安心と安全を国民が望むなら、それに見合う負担をすべきだと著者は主張する。税制改革の目的がかつての減税や増減税一体から増税に転じた今日、「選挙を気にすることもなく、誰に迎合しなくてもいい立場で」増税の選択肢を示すことが税調に課せられた使命だというのだ。
「増税請負人」の悪役を著者があえて演じてきたのも、選挙目当てに流布される「甘い選択肢に惑わされず」、国民が正面から増税論議に参加することを期待したからだ。しかし、上げ潮路線を掲げる安倍前政権の誕生によって、増税イメージの強かった著者の税調会長再任は結果的に官邸に阻まれ、代わりに成長重視派と目されていた本間正明氏が新しい税調会長に就任した。誤解がないように付言すれば、著者は当時「本間君は頑張ってくれる」とエールを送っていた。ただ増税派と成長派に関係者を二分するマスコミの報道姿勢や、増税を争点にすれば選挙に負けるというトラウマが「色濃く残って」いる「政治の世界」については同書においても強く批判しており、「在任中には消費税を上げない」と発言した小泉元首相にも、「政治的にタブー化した消費税を避けようとする本能的な姿勢があった」と著者はいう。
短期的な政策要請から、理想的な租税原則が次々と歪(ゆが)められる過程を眺めてきた著者にとって、税調会長の職務は失われた原則を取り戻す格好のチャンスだったはずだ。それにもかかわらず、道半ばで退いた際に「これでやっと、静かな学究の生活に戻れます」と著者は淡々と述べた。その言葉どおり、会長退任後わずか1年余りで800ページ近い大著『現代税制改革史』を書き上げたのだ。同書は副題にあるとおり「終戦からバブル崩壊まで」の半世紀以上を射程に入れた壮大な「戦後日本の税制改革史」である。税調会長時代の熱い思いを語った『――渦中にあって』と併せて読めば、著者の税制改革に対する情熱と専門家としての矜持(きょうじ)が伝わってくる。
税調会長の報酬を返上し「国のためにタダで働いた」著者は、現在の赤字と将来の財源を考えれば、増税を争点にしない政治家は国民を愚弄(ぐろう)していると批判する。今こそ国民は、著者の書を紐解(ひもと)き、歳出削減は財政再建の足慣らしに過ぎず、上げ潮路線は「間違っている」ことを見抜くべきではないか。【評 高橋伸彰(立命館大学教授・日本経済論)】
| オブ・ザ・ベースボール | |
![]() | 円城 塔 文藝春秋 2008-02 売り上げランキング : 6676 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
空からなにかが降ってくる。聖書では黙示的な意味合いだ。「マグノリア」という映画では蛙(かえる)が、村上春樹の『海辺のカフカ』では魚が、降ってきた。本書では、約一年に一度、空から人が降ってくる。舞台は麦畑しかない小さな町「ファウルズ」。レスキュー隊は落ちてきた人をバットで打ち返すと言われているが、ただ空を見あげているのが仕事のようなものだ。
余所者(よそもの)の語り手は当座しのぎでレスキューに志願し、バーテンの「ジョー」と軽口を叩(たた)きあう――このあたりで、あっ、これは「ライ麦畑から落ちそうになる子供を捕まえる係をして過ごしたい」とモラトリアム青年の主人公が言う、サリンジャーの小説を意識しているなと感じた。キャッチャーならぬヒッター・イン・ザ・ライだ(実際、一説によれば、題名は「バッター・イン・ザ・ライ・オブ・ザ・ベースボール」の略とか)。
物理学や数学や哲学の“ゴタク”をごたごたと並べるのが味になっている。全体を包む倦怠(けんたい)感やシャレた会話の応酬、短い断章を重ねる構成は、「ジェイ」というバーテンも出てくる村上春樹の『風の歌を聴け』あたりを彷彿(ほうふつ)とさせる。両作とも四十章から成るが、もしやこれは意図的……かな?
文章には類語反復が多用され(ボルヘス曰〈いわ〉く「話すということは類語反復に陥ることなのだ」)、名目はあれど内実はあやふやなまま、いつ降るとも知れぬ人を待って毎日を無為に過ごすという話は、もちろんカフカの『城』や、ベケットの『ゴドーを待ちながら』も想起させる。星新一の『おーい でてこーい』の空は過去と繋(つな)がっていたが、本作の空は未来に繋がっている。文学的仄(ほの)めかしによるくすぐりが満載だ。
残酷な結末は唐突に訪れる。が、ラストの語り手の従容とした足どりは、なぜか「前向きの諦観(ていかん)」のようなものを感じさせた。これは最近の前衛小説に共通のことだ。
併録作「つぎの著者につづく」は、虚構の魔術師ボルヘスばりの(?!)手の込んだ意欲作で、大いにうけた。熱烈ファンがつきそう。【評 鴻巣友季子(翻訳家)】
| 若松孝二 反権力の肖像 | |
![]() | 平沢剛 四方田犬彦 作品社 2007-11-30 売り上げランキング : 6577 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
“ピンク映画の黒澤明”というのが1960年代の若松孝二の通り名だった。セックスと暴力にあふれた映画を量産し続け、その中の一本「壁の中の秘事」が65年、ベルリン映画祭で上映されたときには“国辱映画”だと騒がれ、逆に大いにその名を上げた異色の映画作家・制作者である。
筆者も80年代、オールナイト上映館で「処女ゲバゲバ」や「胎児が密猟する時」などの作品を追いかけていた。見るごとに心が索漠(さくばく)としてくる異様な作品群だったが、この索漠感を幾多の政治闘争の挫折を体験した60、70年代の若い観客たちは共有していたのだろう。若松のもとには大和屋竺(あつし)、足立正生(まさお)などユニークな才能が集まり、次第に若松はカリスマ的存在と化していく。後に日本赤軍に合流する足立を若松は資金面で援助したりしていたらしい。
とはいえ、若松自身は政治運動に直接かかわることなく、ひたすら映画作りに没頭してきた。プロデュース作品にも大島渚「愛のコリーダ」をはじめ、問題作が並ぶ。
近年、かつて政治運動青年たちのカリスマだった若松は映画を研究する若者たちのカリスマに変貌(へんぼう)した。本書は06年に明治学院大主催の「若松孝二シンポジウム」でなされた研究発表を元に構成された本だが、主宰の四方田犬彦をはじめ映画史や映像理論を研究する若松ファンたちが、海外からも含め熱烈な賛辞を贈っている。やや惚(ほ)れ込みすぎの感なきにしもあらずだが、反権力を体現したかのような若松の圧倒的な存在感は、確かに人を惚れ込ませるものがある。評論家たちによるインタビューでピンク映画をやめた理由を問われ、「バカな評論家どもが、やれピンク映画がすごいとかなんとか言って、そうやって市民権をとった時から俺(おれ)は嫌なんだ」と言い放つあたりのひねくれぶりに、若松孝二の真骨頂が見てとれるだろう。
今年、かつて国辱扱いされたベルリンで、若松の最新作「実録・連合赤軍」が最優秀アジア映画賞などを受賞した。この怪物的映画作家を知りたいと思ったときの、まず入門書として手に取って欲しい。【評 唐沢俊一(作家)】
| 哀れなるものたち (ハヤカワepi ブック・プラネット) | |
![]() | アラスター・グレイ 高橋和久 早川書房 2008-01-26 売り上げランキング : 942 おすすめ平均 ![]() 『騙り』の技法が冴えてます 一気に読みました 神の最も包括的な働きは動き。いろんなものをかき混ぜ動かして新しいものをつくるのだからAmazonで詳しく見る by G-Tools |
1881年2月、スコットランドはグラスゴー市のクライド川から引き揚げられた若き妊婦の溺死(できし)体が、天才外科医ゴドウィン・バクスターの手で甦(よみがえ)る。彼はあろうことか胎児の脳を母胎の脳に移し替え、いわばフランケンシュタインの怪物の女性版を創造してしまうのだ。
とはいえ、これはほんの序の口。生まれたばかりの人造美女ベラは、やがて製作者ゴドウィン(通称「ゴッド」)からもその親友たる婚約者アーチボルド・マッキャンドレスからも逃れて愛人と駆け落ちするわ、ヨーロッパ中を巡ったあげくパリの売春宿で働き出すわ、帰還したらしたで、元夫と名乗る国民的英雄のブレシントン将軍が現れ銃をふりまわすわの、てんやわんや。だが最終的には婚約者と元の鞘(さや)に収まって、めでたしめでたし。
……というのが、全4部構成のうち、編纂(へんさん)者を兼ねた作者の「序文」(第1部)に続く第2部、マッキャンドレス自身のゴシック・ロマンスめいた手記。その記述はすぐさま第3部、彼の妻たるベラの手記によって大半がうそっぱちであり、彼女の人生の悪魔的なパロディーにすぎないことが糾弾され、にもかかわらず、彼がこれを書きあげたのは、ゴッドおよびベラにはさまれた三角関係のうちで生々しい嫉妬(しっと)と羨望(せんぼう)を覚えていたからであろうという推測が、リアルなまでに展開される。
ところが、さらに第4部、再登場した作者兼編纂者の一見実直な「批評的歴史的な註(ちゅう)」は驚くべきどんでん返しを用意しているのだから、いやはや油断は禁物。
読者は事実かと思えば幻想、妄想かと思えば現実という著者のアクロバティックな語りによって、心地よくも翻弄(ほんろう)されるだろう。1981年の実験的巨編『ラナーク』で一躍世界文学の最先端へ躍り出て、いまやジョイスやガルシア・マルケス、ピンチョンにもたとえられる現代スコットランド文学の巨匠の92年作品は、疑いなく、小説を問い直す小説(メタフィクション)の神髄を成す。ウィットブレッド賞、ガーディアン賞受賞作。【評 巽孝之(慶応大教授)】
| ヒトラー・マネー | |
![]() | ローレンス・マルキン 徳川 家広 講談社 2008-01-11 売り上げランキング : 3573 おすすめ平均 ![]() 『大脱走』とか『007』が好きな、戦争映画、スパイ映画好きの人にオススメ おもしろいが食いたらない ドイツ情報部の数少ない成功した作戦Amazonで詳しく見る by G-Tools |
第2次世界大戦中にナチスが行った英国ポンド紙幣偽造作戦について、ジャーナリストの著者が膨大な資料に基づいて書いたノンフィクションである。
敵国の通貨を偽造するという作戦は、歴史上何度か繰り返されているそうだ。敵国経済を混乱させることが目的だが、ナチスの紙幣偽造は、戦時中よりむしろ、戦後の英国の経済的地位を低下させるという結果になった。偽ポンド紙幣が欧州に出回ったのは、イングランド銀行がポンド紙幣は偽造不可能であるとして偽造疑惑に正面から立ち向かわなかったせいだというのだから、官僚機構の落とし穴にはまったわけだ。
恐るべき点は、機密保持のために、強制収容所にいたユダヤ人技術者たちに偽札を作らせたことだ。作戦責任者のSS(親衛隊)将校は、偽造作戦にかかわるユダヤ人たちに特別待遇を与え保護したが、彼らにとっては、偽造作戦の完了が自分たちの死を意味するという不安な状況だった。そんな状況で専門家にも見分けのつかないほど精巧な偽札を作らせたものの、英国経済を混乱させるという当初の目的を戦時中に成功させられなかった理由が、ナチスの組織内の問題にあったというのも皮肉な話だ。【評 常田景子(翻訳家)】
| キュア cure | |
![]() | 田口ランディ 朝日新聞社 2008-01-11 売り上げランキング : 778 おすすめ平均 ![]() 冷徹な死生観 生とは、死とは、真の医療とは、を問う力作 『キュア』とはAmazonで詳しく見る by G-Tools |
男性では2人に1人がかかる病気、がん。今や国民病とまで言われるが、告知や闘病にどう向き合うかはあくまでそのひと個人の問題だと、本書は訴える。
優秀かつ特殊な直観力を持つ外科医の主人公は、自分が進行した肝臓がんにかかっていることを知る。相手が患者なら当然、手術を勧めるところだが、どうしても現代医療のシステムに身体を預ける気になれない彼の前に、不思議な人たちが次々に現れる。「オーラが見える」という看護師、「ゼロ磁場」が細胞に与える影響を研究する旧友、瞑想(めいそう)と覚醒(かくせい)でがんから生還したというカリスマ、そっと寄り添ってくるリストカット少女。しかし、どの人にもがんを消し去る決定的な能力があるわけではなく、主人公は彼らのあいだをさまよいながら、「死とは誰のものか」「医療とは何なのか」と考え続ける。
結局、外科医がたどり着いた地点が本当の救済であったのかどうかは、議論が分かれるところだ。ただ、息が苦しくなるような逡巡(しゅんじゅん)の果て、物語の終わりにおざなりな「奇跡」が用意されていないのは、著者の誠実さの証しと見るべきだろう。重いテーマだが、読みものとしての面白みも十分。若い世代にも読んでほしい。【評 香山リカ(精神科医)】
| ライディング・ロケット(上) ぶっとび宇宙飛行士、スペースシャトルのすべてを語る | |
![]() | マイク ミュレイン 金子 浩 化学同人 2008-02-07 売り上げランキング : 2425 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
| ライディングロケット(下) ぶっとび宇宙飛行士、スペースシャトルのすべてを語る | |
![]() | マイク ミュレイン 金子 浩 化学同人 2008-02-08 売り上げランキング : 2782 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
宇宙飛行士の泣き笑いの真実
1978年に宇宙飛行士に採用され、84年にスペースシャトル、ディスカバリー号の初飛行に搭乗、その後2回の軍事機密ミッションで宇宙を飛び、90年に引退した軍人の自伝である。
57年、ソ連が打ち上げた人類初の人工衛星スプートニクは、米ソ両国の威信をかけた宇宙競争の幕を切って落とした。著者はそのとき、スプートニクが描く光の航跡を目を丸くして見上げ、いつか宇宙を飛びたいという夢を抱いた少年の一人だった。その夢を実現すべく士官学校のいじめにも耐えハンディを乗り越えて数々の資格を身につけながら宇宙飛行士を目指した。
と書くと、幼い日の夢をひたすら追い求め実現させた美しい物語にも思えるが、本書はちょっとちがう。軍人出身宇宙飛行士たちのお下劣なジョークやあからさまな性差別などを明け透けに語った暴露本的エピソードが満載だからだ。
ただし、マッチョな自慢話ばかりではない。シャトルの打ち上げや大気圏再突入に際してオシッコをちびりそうになる話やトイレの話、数々の不安で眠れなくなる話など弱みや泣き言も隠さず語っているからだ。宇宙飛行士たちのさわやかな笑顔の陰に隠された裏話がおもしろい。【評 渡辺政隆(サイエンスライター)】
| ワンちゃん | |
![]() | 楊 逸 文芸春秋 2008-01 売り上げランキング : 2360 おすすめ平均 ![]() 「新渡日」文学の予感 中年女性の悲哀感Amazonで詳しく見る by G-Tools |
犬の鳴き声のみならず、「背番号1のすごいやつ」(=王貞治)まで連想させられる絶妙なタイトル! その親しみやすい響きを裏切らず、近代小説さながらのドラマチックな語り口もむしろ小気味よい本書は、中国籍の著者によって日本語で書かれた、懐かしくも新しい「世界文学」だ。
1964年生まれの楊逸(ヤンイー)さんは、文化大革命以降の中国文化を背景に、日本を舞台にした「純愛」を描く。
芥川賞の候補にもなった表題作のヒロインは、名前どおり働き者の〈王(ワン)愛勤〉。中国のアパレル業界で財をなしたものの“夫運”には恵まれず、今や日本の農村で中国人花嫁の斡旋(あっせん)業をしている。自らも同様の国際結婚で日本にやってきた口だが、彼女にとって日々の心の支えは、再婚相手の母親の看病と、仕事の上での道ならぬ恋。姑(しゅうとめ)こそが、〈ワンちゃん〉と呼んでくれていた唯一の人物だったのだが――。
併録作「老処女」は、キャリア志向の“負け犬”が主人公。日本の大学で中国語を教える〈万(ワン)時嬉〉が運命の赤い糸に翻弄(ほんろう)される。
どちらの作品も、幸せのシンボルとして、赤い色が繰り返し用いられている。ユーモラス&ドキドキ感覚あふれる作風は、来日文学としてオンリー1。【評 望月旬(文芸評論家)】
| 貴族院 (同成社近現代史叢書 12) | |
![]() | 内藤 一成 同成社 2008-02 売り上げランキング : 8514 おすすめ平均 ![]() 貴族院の見方が変わるAmazonで詳しく見る by G-Tools |
「参議院のジレンマ」という言葉がある。以前のように衆参の多数派が同じ場合には「衆議院のカーボンコピー」と揶揄(やゆ)され、現在のように衆参で多数派が異なる場合には「ネジレ現象で重要な決定が遅れる」と批判される。
参議院は、戦前の二院制の一翼を担った「貴族院」とは切り離された存在として出発した。だが、当初は貴族院議員経験者も多いなど両院には人的な連続性もあった。参議院の原点を考える上で、貴族院を忘れてはならないというのが著者の意図である。
さて、「貴族院」といえば、当時の政府が政党を通じて民意を代表する衆議院を抑えるために、華族などの特権階級を集めて創設した機関と思われている。しかし、著者は未刊の史料や旧華族へのヒアリングに基づいて、そうした通説を覆していく。
明治政府は、最初の勅撰(ちょくせん)議員の選出の際に、意外に公平な選考を行った。反藩閥政府の考えをもつ者も選ばれ、その結果、政府予算案も常にスムーズに貴族院を通過したわけではない。例えば、北清事変の際、軍事費増強を目的とした伊藤内閣の増税案が貴族院特別委員会によって否決された。伊藤は増税案成立を求める勅語を天皇に出してもらわざるを得なかった。
著者によれば、複数の議員が戦争に召集された衆議院とは比較にならないほど貴族院議員の権威は高かった。国家総動員の戦時下で、衆議院が積極的に軍部におもねったのに対し、貴族院では徹底して軍部に抗したとは言えないまでも、個々の議員が矜恃(きょうじ)を示すこともあった。大政翼賛会への参加は自由で、東条内閣批判もたびたび行われた。
いっぽう衆議院が政党を基盤としていたのに対し、政党のない貴族院では人の集団の常として会派が生まれた。爵位の違いや官僚との関係の相違によって利害も対立し、決して一枚岩ではなかった。
参議院の存在が注目を浴び、参議院改革の議論も聞こえてくる昨今、その前身であった貴族院に立ち返って、二院制が果たす役割と参議院の意義について、あらためて考えてみてはどうだろうか。【評 小林良彰(慶応大学教授)】
| 近代日本の植民地博覧会 | |
![]() | 山路 勝彦 風響社 2008-02 売り上げランキング : 416364 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
表紙の図像が印象的だ。朝鮮総督府の建物を背景に、日章旗を手にする民族衣裳(いしょう)の女性が描かれている。昭和15年、当時の京城で開かれた朝鮮大博覧会のポスターである。主催は京城日報社だが、後援に総督府や朝鮮軍司令部も名を連ねる。同化政策を推進しようとした為政者の意図が、この画像に託されている。
世界中の物産を一堂に集める博覧会には、しばしば政治的な意思が働く。著者は帝国主義の日本が関(かか)わった「植民地博覧会」に、二つの類型を見いだす。一つは東京や大阪など内地で開かれた植民地を主題とする博覧会。もう一つは植民地統治の一環として外地で催された博覧会である。
本書はまず「植民地主義の起源」として、明治7年の台湾出兵から説き起こす。戦闘の詳細とともに、首狩り、人食いという習俗が誤解を交えて紹介された。結果、台湾の少数民族を禽獣(きんじゅう)のような「野蛮人」とみる通念が、日本人の心象に浸透した。
この蔑視(べっし)が、のちの「植民地博覧会」にも継承されたようだ。たとえば大正元年、東京上野での拓殖博覧会では、北海道、樺太、台湾、朝鮮、関東州などの特産品に加えて、「人」が展示された。伝統家屋が建設され、招かれた人々がそこで暮らしていた。彼らの起居動作そのものが見せ物となり、好奇の目にさらされた。さらに大正3年の東京大正博覧会では、東南アジアの人々も「野蛮」を示す「民族標本」として招かれている。
対照的に朝鮮や台湾の博覧会場では、近代化を果たし躍進する日本の産業や軍事力が誇示された。内地ではアジアに版図を拡大する帝国の姿を提示して国威発揚をうたい、外地ではその先進性を見せつける。この極端な相違に帝国日本の「アジアへの眼差(まなざ)し」を読み取ることはたやすい。
著者はあとがきで、台湾の人々が近年になって、戦前の博覧会を積極的に評価しはじめた事実を紹介する。「植民地博覧会」の全貌(ぜんぼう)を示す本書の刊行を契機として、博覧会というメディアイベントが帝国主義の日本にあって担った功罪をめぐる議論と研究が深まることを期待したい。【評 橋爪紳也(建築史家)】
| 古道具中野商店 (新潮文庫 か 35-7) | |
![]() | 川上 弘美 新潮社 2008-02 売り上げランキング : 621 おすすめ平均 ![]() しゅるしゅるAmazonで詳しく見る by G-Tools |
どう見ても駄目男なのに、女にマメで不思議にもてる古道具店主の中野さん、その姉で、優しげな見かけに似合わず大胆なマサヨさん、アルバイト仲間のタケオ。ヒトミの平和な日々に、恋や小さな事件が起きては過ぎ……。しみじみ川上ワールド。
| 本業 (文春文庫 あ 41-3) | |
![]() | 水道橋 博士 文藝春秋 2008-03-07 売り上げランキング : 736 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
タレントによるタレント本の書評。「本当のことは書いてない」と思われがちなタレント本から「真実」を取り出して見せる手つきは実に見事で、もはや余芸とはいえない。アニータから野中広務まで硬軟取り交ぜ50冊余。文庫版の特別サービス編も。
| 高く遠く空へ歌ううた (講談社文庫 し 80-2) | |
![]() | 小路 幸也 講談社 2008-02-15 売り上げランキング : 87795 おすすめ平均 ![]() いまひとつかな?Amazonで詳しく見る by G-Tools |
片目に闇をもつ「ぼく」は死体をみつけやすい。あいつぐ自殺者と、死者のかたわらに出現する見慣れない男。丘の上の寄宿舎で合宿する異学年の仲間と、丘の下の世間につうじる友人が一緒に謎を解く。ふしぎに平穏な空気を醸し出すミステリー。
| 優しいオオカミの雪原 上 (1) (ハヤカワ文庫 NV ヘ 14-1) | |
![]() | ステフ・ペニー 栗原 百代 早川書房 2008-02 売り上げランキング : 51180 おすすめ平均 ![]() 魅力的なキャラクターAmazonで詳しく見る by G-Tools |
| 優しいオオカミの雪原 下 (3) (ハヤカワ文庫 NV ヘ 14-2) | |
![]() | ステフ・ペニー 栗原 百代 早川書房 2008-02 売り上げランキング : 51843 おすすめ平均 ![]() 魅力的なキャラクターAmazonで詳しく見る by G-Tools |
19世紀半ばのカナダ、入植地の村で猟師が殺され、毛皮交易を独占する会社の職員が捜査に。犯人と目され、姿を消した息子を追って、母親もまた奥地へ向かう。先住民と入植者との摩擦や思いがけない愛憎劇を展開する歴史冒険長編。
| 空からきた魚 (集英社文庫 ひ 27-2) (集英社文庫 ひ 27-2) | |
![]() | アーサー・ビナード 集英社 2008-02-20 売り上げランキング : 15367 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
日本語を自在に操る「ことば使い」の名手は好奇心のおもむくまま、言葉も虫も果ては車の若葉マークまで収集してしまう。ミシガンの森で自然に親しんだ少年時代や家族との思い出、心に刻まれた異国の風景、自転車で走り抜ける東京の街……。ちゃめっ気たっぷりな詩人の横顔がのぞく。
| 心理諜報戦 (ちくま新書 704) | |
![]() | 野田 敬生 筑摩書房 2008-02 売り上げランキング : 11976 おすすめ平均 ![]() あとがきは本書の主旨をうまくまとめている 世界はプロパガンダに満ちている 現在の政治の本質Amazonで詳しく見る by G-Tools |
特定の目的のために「にせの現実」を、意図的につくりだす操作は、ばらばらな事象に意味をみつけたいなど人間心理の一般的傾向につけ込むので見抜きにくい。各国機関の事例分析から実際を紹介。対抗手段は最終的には「常識」と説く。
| ラブホテル進化論 (文春新書 620) | |
![]() | 金 益見 文藝春秋 2008-02 売り上げランキング : 253 おすすめ平均 ![]() ラブホの変容 ウフフ。 美人学生が書くラブホテル概論Amazonで詳しく見る by G-Tools |
戦後間もなく、風呂があるだけでウリになったという時代から、人々の「あこがれ」を先取りしてきた空間がラブホテル。その歴史や設備、経営のあり方など幅広くインタビュー取材し、将来をも展望する。「堂々たる日本の文化」というのはもっともだ。
| 時計じかけのハリウッド映画―脚本に隠された黄金法則を探る (角川SSC新書 30) | |
![]() | 芦刈 いづみ 飯富 崇生 角川・エス・エス・コミュニケーションズ 2008-02 売り上げランキング : 8355 おすすめ平均 ![]() 映画の新しい楽しみ方Amazonで詳しく見る by G-Tools |
ハリウッド映画の筋書きがどんなタイムテーブルで進むかは、コメディーからサスペンスまで、ジャンルを問わずほぼ決まっているという。巨大産業になる過程でできあがった脚本の「黄金法則」の解説になるほどと納得
| 憎悪の世紀 上巻―なぜ20世紀は世界的殺戮の場となったのか (1) | |
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| 憎悪の世紀 下巻―なぜ20世紀は世界的殺戮の場となったのか | |
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ありえた歴史を仮想しつつ読み解く
まずファーガソンの著作の初邦訳を喜びたい。1964年生まれの著者は、年齢的には依然「気鋭」という言葉がふさわしい歴史家であるが、なされた仕事から言えばすでに「大家」である。国際金融史からスタートし、ロスチャイルド家の研究(同家が外部の研究者に資料を提供した異例の作品である)で頭角を現したのち、近代世界史を大規模に書き換える論争的な作品を矢継ぎ早に世に問うている。そのいずれもがかなりな大著であるため、邦訳や紹介が遅れていたのである。
ファーガソン史学の特徴は、おおきく三つある。第一は、「反事実的仮定」の手法である。俗に歴史に「もしも」はないというが、逆に歴史は決してあらかじめ決定されたものでもない。彼は実際の歴史とは異なる結果を仮想することで、歴史における偶有性(複数の文脈の重なり合いのなかでの不確実な決定)を開示するセンスに富んでいる。
第二は、顕著な修正主義である。彼は、既存の(特にマルクス主義的な)パラダイムが前提としていることを敢(あ)えて疑うことで、新鮮な知見を引き出している。
第三は、独自の帝国観である。彼は特に19世紀のイギリス帝国の統治を、世界の近代化の推進力として肯定的に評価する立場を打ち出している。20世紀以降に同じ役割を果たすべきアメリカが、責任感をもってその役割を果たしていないことに彼は批判的である。
本書の主題は20世紀の戦争、特に第2次世界大戦である。それまでの戦争に比べて、文字通り、けた外れに多くの人命が犠牲になっている。なぜなのか。彼は、20世紀の戦争の構造的要因として、経済の「変動性」(さまざまな経済的指標の変動幅の大きさと変動が起こる頻度)の上昇と、帝国的秩序(前近代的な専制帝国と近代的な植民地帝国の両方)の退潮とを挙げている。彼の認識では、この二つは現在にも当てはまる条件だ。
だが、20世紀の戦争に特に顕著なのは、敵を人間だとみなさずに殺戮(さつりく)するという行為が、大規模に制度化・組織化されたということである。20世紀のジェノサイドの経験を踏まえ、近代化した社会が自己の外部に絶対悪を措定し、他者にその絶対悪を投影することで、その表象から人間性が剥奪(はくだつ)され、暴力への歯止めが失われるメカニズムを指摘する思想的研究の蓄積はすでに厚い。本書の醍醐味(だいごみ)は、この「憎悪」の心理的メカニズムが、先に述べた構造的な経済的・政治的要因とどのように結びついていくのかが、鮮やかな筆致で歴史的に描かれているところにある。
時事問題にも積極的に発言する著者は、03年のイラク戦争に際して開戦を支持する立場に立ち、その後アメリカの(帝国としての)コミットメントが不十分だという理由でブッシュ政権を批判している。本書を読めば、そこに「憎悪」の問題はないのかと問いたくなる。異論もまた多い書き手なのだ。しかしなお、幻術師のごとき著者の手さばきは、歴史の真理が単一ではないことに読む者の想像力をひらかせる。その意味で、彼がすぐれてポストモダンな啓蒙(けいもう)歴史家であることは確かである。【評 山下範久(立命館大学准教授・歴史社会学)】
| ナイフ投げ師 | |
![]() | スティーヴン・ミルハウザー 柴田 元幸 白水社 2008-01 売り上げランキング : 215 おすすめ平均 ![]() 迷宮の森の中へAmazonで詳しく見る by G-Tools |
ミルハウザーの今回の短編集『ナイフ投げ師』は、装丁も美しく、秘密の箱入りチョコレートみたい。
そう、一度に食べてはいけないチョコレート。夜ごとに一粒ずつ、こっそり口に入れ、惜しんで味わう。時に、その独特な味に眩暈(めまい)がし、脈拍が速くなり、心臓がぱくぱくしてしまう。
でも、ミルハウザー好きというのはどうも偏った人らしい。どんなふうに偏っているかは、読んでみてもらうしかないけれど。
実は、私がこの作家を知ったのは、最近のことで、不思議の国のアリスが、ウサギの穴を永遠に落ち続ける短編「アリスは、落ちながら」を読んで、ぐぐっときてしまったのだ。
彼は、見せ物芸人、中世の城、奇妙な博物館や遊園地などの世界を偏愛する作家で、なにかにとりつかれ、呪われたようにその極北(本質)まで突き進んで滅びてしまう人を好んで描いている。
その精緻(せいち)な描写、巧みな展開。柴田元幸の訳が凄(すご)いなあ、といつも思うのだけれど、イメージ喚起的な美しい文章に魅了され、あっというまに、密度の濃い世界に巻き込まれてしまうのだ。
正直言って、ミルハウザーの作品を読んですぐは、他の小説(とくに最近の)の文章が、すかすかで読めない、という事態に陥ってしまう。
これが、結構、怖い。
今回の短編集には、味わいの異なる12の作品がおさめられていて、どれもいいのだけれど、私のお気に入りは、自動人形劇を偏愛する人々の住む街を舞台にした「新自動人形劇場」。それと、過剰なる熱情に衝(つ)き動かされ、地下にどんどん遊園地を広げていく天才オーナーを描いた「パラダイス・パーク」。ミルハウザーらしい傑作だと思う。
ちなみに、訳者が、解説で言っている。彼の魔法に感染してしまうと「健康を取り戻すことは不可能に近い」と。そうか、感染している私は、書評の書き手として、すでに健康体とは言えないのか。孤独な夜、ひとり、妄想に耽(ふけ)りたい読書偏愛タイプの方にお薦めである。【評 久田恵(ノンフィクション作家)】
| 乳と卵 | |
![]() | 川上 未映子 文藝春秋 2008-02-22 売り上げランキング : 61 おすすめ平均 ![]() 不思議な文章ですが おもしろかった 消化しにくい文章Amazonで詳しく見る by G-Tools |
『乳と卵』。お菓子の材料みたいなタイトルだが、乳は乳房で卵は「らん」と読むのだ、と聞いたら印象はがらりと変わるだろう。池澤夏樹氏からは〈最適な量の大阪弁を交えた饒舌(じょうぜつ)な口語調の文体が巧み〉との賛辞を、石原慎太郎氏からは〈一人勝手な調子に乗ってのお喋(しゃべ)りは私には不快〉との罵倒(ばとう)を引き出した、今期芥川賞受賞作である。
物語は大阪に住む母娘、巻子と緑子が上京するところからはじまる。母の巻子は39歳にして豊胸手術に夢中。初経年齢に達した娘の緑子は生理に過剰にこだわっている。
〈このバッグっていうのにもようさん種類があるわけよ、ほら、こんなけあるねん、これ見したかってん、まあ色々と病院によって云いはることはちゃうねんけれども、いっちゃんメジャーなんはシリコンジェルってやつ。これな〉
妹である「わたし」に向かって一方的にしゃべり続ける巻子。他方の緑子はしゃべることを拒否し、ノートに思いの丈を綴(つづ)っている。〈本のなかではみんな生理を喜んで、お母さんに相談して、これで一人前の女、とか、おめでとうとか、実際に友達でも、手当っていうか赤飯とかそういうのしてもらってるねんけどそれはすごすぎる〉
ハイビジョン時代のリアリズムとでもいうか、この小説に内蔵されているのはめちゃめちゃ感度の高いカメラとマイクというべきだろう。川上未映子は前作『わたくし率イン歯ー、または世界』で歯に固執する女性を描き出したのだったが、胸でも卵でもそれは同じ。女性性の記号として物語に奉仕させられてきた乳房と卵。それがここでは性的な意味を剥奪(はくだつ)され、即物的な身体のパーツと化す。
饒舌? たしかに。でもそれは従来のリアリズムの枠を超えているためで、語り手にいわせれば〈ああ、巻子も緑子もいま現在、言葉が足りん、ほいでこれをここで見ているわたしにも言葉が足りん〉だったりするのだ。
会話を拒んできた緑子が〈玉子まみれの顔〉で〈ほんまのことをゆうてや〉と母に訴えるラストが胸キュン。泣き笑いの世界である。【評 斎藤美奈子(文芸評論家)】
| カラオケ化する世界 | |
![]() | ジョウ・シュン フランチェスカ・タロッコ 松田 和也 青土社 2007-12 売り上げランキング : 23986 おすすめ平均 ![]() おそるべきカラオケ浸透力Amazonで詳しく見る by G-Tools |
アメリカ化を超える世界化は可能か
北京を訪れた際、「カ拉OK」「KTV」の文字が街中に溢(あふ)れていることに軽い驚きを覚えたものだ。前者は「カラオケ」、後者は「カラオケTV」のこと。中国人の学生たちに聞くと、彼らも何かの折によく利用しているらしい。またソウルでのシンポジウムに参加したときには、打ち上げの場で延々とカラオケに興じることとなった。アジアの近隣国において、カラオケはすでに日常生活の中に溶け込んでいる。それが日本発かどうかを問うのも意味をなさないほどにグローバルな文化装置=メディアとなっているのである。
本書は、日本で生まれた(とされる)カラオケというメディア・テクノロジーが、アジアや南北のアメリカ大陸、ヨーロッパなどでどのように受け止められ、生活文化の中に息づいているかを、比較文化論的な視点から概観するものである。
とかくグローバリゼーションというとアメリカニゼーション(アメリカ化)のことを意味するものであるが、カラオケの場合は事情が多少異なっているようだ。
もちろんそこにグローバルな資本の関与がないわけではないが、「あらゆる場所でカラオケはそれ自身の文化を創(つく)り、同時にまた、より広い文化的時代精神を反映する」。カラオケはときに、英語中心主義の媒介者(英語教育の教材)となったりもするが、マイノリティー文化を活性化させたり、海外滞在者たちの愛郷心を下支えしたりもする。グローバルとローカルのせめぎあいのなかにカラオケは位置しているのだ。
音楽、しかも各人が能動的にコミットする音楽技術を媒介としたグローバリゼーションは、市場のグローバル化とは異なる、独特の「グローカル(グローバル+ローカル)」な複合文化を形成しつつある。その複雑な展開を著者は淡々とした筆致で描き出し、カラオケという「複雑な有機的システム」の実相に迫る。アメリカニゼーションを超えるグローバリゼーションは可能か……そうした射程の長い問いが、本書を通底しているように思える。【評 北田暁大(東京大学准教授)】
| 哲学個人授業-<殺し文句>から入る哲学入門 (木星叢書) | |
![]() | 鷲田清一 永江朗 バジリコ 2008-01-26 売り上げランキング : 567 おすすめ平均 ![]() 哲学の本だなぁAmazonで詳しく見る by G-Tools |
ひらがな書きの書名を見て、子どものころ、「てつがく」を「鉄学」と書く、と信じていたことを思い出した。とても難しそうな学問なので、硬い「鉄」を連想したのだろう。
いや、確かに難しく、長じても敬して遠ざけてきた。でも、哲学科卒ながら、いわば素人であるフリーライターの永江氏が、哲学の専門家である鷲田教授から受けた個人授業を、問答形式で記述した入門書風のこの本を読むと、少々感じが変わってくる。
題材は、古今23人の大哲学者が残した殺し文句的な短い文章。どれも一読超難解。例えば「運動における私の決意と私の身体との関係は、魔術的な関係なのである」(メルロポンティ)。ようわからん。でも、これが、人は車を運転する時、なぜ、一瞬にしてこの細い道を通れるかどうかがわかるか、ということだ、と教えられる。何やら興味がわいてきませんか。
自分探しの苦しさ、すべてが自己責任ですむのか……。常に、現代の身近な事象を例に出しながら進む2人の「ぼけ」と「突っ込み」に満ちた対話は、軽妙にして深遠。「鉄」がゆっくり溶け出し、知的な好奇心を甘くくすぐりはじめる時の快感はなかなかです。【四ノ原恒憲(編集委員)】
| 永遠の故郷-夜 | |
![]() | 吉田 秀和 集英社 2008-02-05 売り上げランキング : 447 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
1913年生まれ。いまも現役の吉田秀和の連載エッセーを一冊にしたものである。R・シュトラウス、ヴォルフ、ブラームスなどの歌曲を解説、曲に劣らず大事な詩を鑑賞しながら、そこにヨーロッパの自然や色彩、あるいは旅の思い出や人々の回想をタピストリーのように丁寧に織りこんでゆく。
あとがきによれば、今回は「夜」の巻で、これから「薄明」「昼」「黄昏(たそがれ)」と、さらにまとめて全4巻にしたいという。その姿勢だけでも感動してしまうが、一篇(ぺん)一篇の醸しだす味わいがまた格別である。
引用されている楽譜などろくに読めない私でも、とても豊かな気持ちになるのは、おそらくその文章の力なのだろう。バイロイトでの丸山真男、大岡昇平、あるいはヴォルフをうたうフィッシャー=ディースカウ、パリの小さい宿のあるじ夫妻……。一筆書きのように点描されるスケッチも印象的だ。
詳しく紹介できないのが残念だが、《メリー・ウイドゥのワルツ》にまつわる甘くて切ない吉田少年の失恋なども、ぜひ読んでほしい掌編である。
本書は読み急いではいけない。立ち止まり、こくや匂(にお)いを感じ、また歩みだすという本だからである。【小高賢(歌人)】
伯林星列
野阿 梓 (著)
「二・二六」が成功していたら
もしも第2次世界大戦でヒトラーが勝利を収めていたら? こうした発想の歴史改変小説は「ブレードランナー」の原作で著名なディックの『高い城の男』をはじめ、少なくない。ところが本書は、1936年の二・二六事件、超国家主義のイデオローグ北一輝の『日本改造法案大綱』をバイブルとする皇道派の青年将校たちが統制派を一掃しようとして失敗した昭和史上の大事件を、世界史と連動する危機とみなす。さて皇道派があくまで下から、すなわち国民の側から天皇制を作り替えようともくろんだこのテロが、もしも成功を収め、北一輝が内閣参議になりおおせていたら?
野阿梓はこの仮説から、まさにこの時代、ドイツ留学中だった16歳の美少年、貴族の伊集院操青(みさお)が、ふとした事故で身元を取り違えられたため、実の叔父の奸計(かんけい)により歓楽の館にて性の奴隷に改造され、ユダヤ系シオニストとの取引から東京オリンピック招致へ至る無数の政治的謀略の要所要所で、至上の貢ぎ物として利用されていくという、もうひとつの「下からの革命」を紡ぎ出す。二・二六前後の世界史そのものを耽美(たんび)的なる性の歴史として読み替えるという、これはあまりに大胆な思考実験の成果である。【巽孝之(慶応大教授)】
| 世界一の映画館と日本一のフランス料理店を山形県酒田につくった男はなぜ忘れ去られたのか | |
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映画と食に生涯を捧げた男
町オンチで味オンチの私だが、酒田市とそこのレストラン「ル・ポットフー」だけは好きだ。それはなぜなのかという長年の謎が、本書を読んで氷解した。「ル・ポットフー」は酒田に生まれた佐藤久一という男が心血を注いで作った店だったのだ。本書は、日本海の小都市で「映画」と「食」というふたつの文化に生涯を捧(ささ)げたひとりの男の数奇な人生を追った評伝だ。
ひとことで言えば、妥協を許さない凝り性。採算を度外視しての計画は、当たればホームラン級だがリスクも大きい。20歳で親から経営をまかされた映画館「グリーン・ハウス」は、豪華な内装や一流の接客で「世界一デラックスな映画館」として成功する。その後、食の世界にのめり込んだ佐藤は、今度は酒田に一流のフランス料理店をオープンさせる。次いで家族連れも来やすいように、とデパートに出店したのが「ル・ポットフー」。そのレベルの高さには、開高健や丸谷才一、山口瞳ら食通たちも舌を巻いたという。しかし、材料原価だけで料金を上回る、といった経営で次第に赤字が増え、アルコールに耽溺(たんでき)した佐藤はがんであっさりこの世を去る。
「昭和」からの熱い声が聞こえてきそうな一冊だ。【香山リカ(精神科医)】
| 「皇国史観」という問題―十五年戦争期における文部省の修史事業と思想統制政策 | |
![]() | 長谷川 亮一 白澤社 2008-01 売り上げランキング : 3651 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
歴史認識の枠組みを再考させる迫力
若手の歴史家による「皇国史観」についての本が、相次いで2冊刊行された。このことは「皇国史観」が、今日の学界で注目を集めるテーマであることを示している。
天皇統治の正統性を説明する近代日本の国体論や、その戦時期版の歴史観といえる「皇国史観」は、どこか内容がハッキリしない概念である。しかし長谷川亮一の『「皇国史観」という問題』は、これらの用語を広い視野から分かりやすく説明している。「皇国史観」とは、教育・思想統制を担った文部省教学局が、1940年代に『国史概説』など国家公認の歴史書を編纂(へんさん)する中で作られ、ジャーナリズムを通して広められた言葉であったという。
長谷川によれば「皇国史観」は、時の政府や戦争を正当化するのに都合のよい政治的性格を持つものであった。国家による歴史の編纂には第一線の歴史家が数多く動員され、新たな実証研究の成果も部分的に取り入れられていた。だが「皇国史観」に取り込まれた実証研究者にはその構築に加担したことへの自覚は戦後にも見られなかった。
これに対し昆野伸幸の『近代日本の国体論』は、長谷川と大きく叙述のスタイルが違っている。それは平泉澄と大川周明を中心に、大正・昭和期の国体論者の歴史観をめぐる激しいイデオロギー闘争史を描いたものだ。そこではこの時代に登場した国体論者たちの歴史観が、新しい歴史学や宗教学・人類学の出現を意識したものであったこと、そして日本の現状に対する政治的な危機感を鋭く反映していることが指摘されている。伝統的な国体論から変化したそれらは、おおむね天皇を支える国民の主体性を重視するものであったという。
いま、「日本人」の自覚を促すようなナショナルな歴史認識や教育の問題は、大きな社会的争点となっている。過去の「皇国史観」が、それとけっして無関係でないことが、両書を読むと痛感させられる。「皇国史観」の多面性を実証的に発掘することを通じて、現在の歴史認識の枠組みを再考させる迫力を持つ本といえよう。【評 赤澤史朗(立命館大学教授)】
| ルポ貧困大国アメリカ (岩波新書 新赤版 1112) | |
![]() | 堤 未果 岩波書店 2008-01 売り上げランキング : 149 おすすめ平均 ![]() 即イラク派兵 人として自尊心を失わない将来のために 「オバマ旋風」の背後にアメリカの深刻な貧困問題がある?!Amazonで詳しく見る by G-Tools |
9・11同時多発テロに遭遇し、世界貿易センタービルが倒壊する一部始終を著者は隣のビルから目撃した。「しばらく後遺症に苦しん」だという著者が、2年後に訪れたアメリカで見たのは「貧しくてふみつけられて、搾取されてる」弱者だった。その悲惨な現実を命がけの取材で抉(えぐ)り出した前著(『報道が教えてくれないアメリカ弱者革命』海鳴社)のあとがきで「まだ希望がある」と著者が語っていた言葉は、今でも評者の心に残っている。
新たな取材を基にした本書においても、著者の視線は「人間らしく生きるための生存権を奪われた挙(あ)げ句、使い捨てにされてい」る弱者に向けられている。実際、現在のアメリカは束(つか)の間のマイホームの夢と引き換えに、膨大な借金を背負って破産する貧しい移民や、人災とも言えるハリケーンの被害で、住み慣れた土地を追われ路頭に迷う国内難民、また保険会社だけが潤う医療保険の下で過酷なノルマを強いられる医師や、高額の医療費を払えずに病院から排除される患者、さらには甘言に弄(ろう)されて学費欲しさに軍隊を志願し、帰還後は心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しみ廃人と化す若者や、目先の職と高賃金に引かれて戦地に「民間人」として派遣され、生命を落とす失業者などで溢(あふ)れていると著者はいう。
そうした現実は、教育や医療、果ては国家間の戦争までを民営化したアメリカにはびこる新自由主義の顛末(てんまつ)でもある。いまや「この世界を動かす大資本の力はあまりにも大きく」、かつて福祉国家の領域だった公共サービスの分野に、利益第一の民間企業が次々と侵入しているのはアメリカだけの現象ではない。同じことは小泉改革後の日本でも生じているのだ。
大資本のビジネスに翻弄(ほんろう)される弱者の姿を、著者があえて赤裸々に描くのは読者の同情を買ったり、恐怖感を煽(あお)ったりするためではない。抗(あらが)う勇気を読者に抱いてほしいと願っているからだ。その勇気に著者は希望を託し、弱者の現場で懸命に取材を続けているのである。【評 高橋伸彰(立命館大学教授)】





『騙り』の技法が冴えてます
一気に読みました
おもしろいが食いたらない
















看板に偽りあり-その1








