メイン > 朝日新聞日曜版『書評』 > 2008年2月3日~2月10日
| 死刑 人は人を殺せる。でも人は、人を救いたいとも思う | |
![]() | 森達也 朝日出版社 2008-01-10 売り上げランキング : 65 おすすめ平均 ![]() 考える 悩ましき問題 重いけれども無関係とは言えないAmazonで詳しく見る by G-Tools |
廃止か存続か、曖昧でよいのか
あなたは、知らないうちに死刑について考える権利を奪われている。それを知っているか、と本書は問う。
もちろん、日本の極刑は「死刑」ということを知らない人は、まずいないだろう。少しでも社会問題に関心がある人ならば、世界的な流れで見ると死刑は廃止の方向に向かっており、いまや先進国ではアメリカと日本だけが例外的にこれを実施している、ということも知っているはずだ。韓国も昨年末から「事実上の死刑廃止国」となった。
しかし実際には日本の死刑判決は増加しており、世論調査で「死刑もやむを得ない」と答える人は8割を超えている。これも事実だ。
この8割の中には、自分なりにいろいろ考えた結果、存置という回答にたどり着いた、という人もいるだろう。一方、曖昧(あいまい)な気持ちのまま、「どちらかといえば」と手を挙げている人もいるに違いないが、死刑は執行されるか、されないかの二者択一で、「ほどほどに」といった曖昧さの入り込む余地はない制度だ。その厄介さのゆえ、多くの人はそれ以上、突き詰めて考えるのをやめようとする。そもそも、死刑をめぐる情報はきわめて少なく、考えようにもその材料はほとんどないのだ。
著者もまた、どこか曖昧な気持ちを引きずりながら、死刑について考える旅に出る。ドキュメンタリー映画を作るときと同じ手法で、著者は死刑判決を待つオウム実行犯、冤罪が明らかになって解放された元死刑囚から死刑執行に立ち会った元刑務官や弁護士、政治家、死刑をテーマに作品を描くマンガ家と、さまざまな立場、職種の関係者に取材し、ベールの向こうにある死刑を浮き彫りにしようとする。
しかし、取材を重ねれば重ねるほど、著者は死刑が「見せる側は隠すし、見る側は視線を逸(そ)らす」という不可視の領域に位置していることを痛感させられる。たとえば、確定死刑囚は、「心情の安定を保つため」という説明のもときわめて制限された生活を送っているのだが、「色鉛筆は赤・青のみ」といった規則の根拠は誰にもわからない。拘置所や刑務所にある執行場は、完全な非公開だ。私たちは、加害者、被害者あるいはその遺族という“例外的な立場”となってかかわらざるをえなくなる場合を除いては、死刑については考えずにいるのが最も賢明な選択、という状況に知らないうちに置かれているのだ。
著者は、国民の誰もがこの国家の制度を支えている限り、死刑制度にも無関係ではないはずという立場で、3年以上にわたって綿密な取材と考察を続ける。そして、その不可視の領域にもかなり接近するのだが、存続か廃止かの決め手になるような論理は構築することができない。最終的には、ごく私的な感情に立ち返って廃止という自らの意思を確認し、著者の旅は静かに終わる。声高な存置論、廃止論ではないだけに、「僕は人に絶望したくない」という著者の声が、いつまでも胸に残る。【評 香山リカ(精神科医・帝塚山学院大学教授)】
| 水戦争―水資源争奪の最終戦争が始まった (角川SSC新書 19) | |
![]() | 柴田 明夫 角川・エス・エス・コミュニケーションズ 2007-12 売り上げランキング : 8776 おすすめ平均 ![]() 「日本は水不足なんだ~」と認識を新たにさせてくれる 日本の水資源 「水資源」の視点からみた穀物食糧問題Amazonで詳しく見る by G-Tools |
石油や金属など資源の枯渇が声高に叫ばれているが、「最も懸念すべき資源問題」は世界的な水不足だという。中国やインドなどの急速な経済発展や地球温暖化を背景としたバイオ燃料ブームで食糧の争奪戦が始まっているが、食糧を育てる水の奪い合いにつながるのは必至だ。食糧の6割を輸入にたよる日本も、大量の水を海外に依存している現実があり、ひとごとではいられない。総合商社研究所長の著者が、豊富なデータを元に現状と将来を丹念に分析した警告の書。
| カメラは時の氏神―新橋カメラ屋の見た昭和写真史 | |
![]() | 柳沢 保正 光人社 2008-01 売り上げランキング : 9416 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
戦争前、「家一軒買える」といわれた値段でライカを購入。東京の新聞社で写真部員として腕を上げ、戦後は新橋に「ウツキカメラ」を開いた宇津木發生(はつお)への聞き書きを中心に、昭和の初めごろからのカメラの歴史をたどる。絞りも距離も勘で決めた職人芸の時代から、誰でも撮れるデジタルカメラの時代までを見届け、店を閉じた。ロッキード事件で騒がれたコーチャン氏らもいいお客だったという挿話なども豊富で、何より古いカメラと写真がふんだんなのがうれしい。
| 朝河貫一とその時代 | |
![]() | 矢吹 晋 花伝社 2007-12 売り上げランキング : 107012 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
あなたは朝河貫一を知っていますか?
朝河はエール大学で歴史学教授を務めた初めての日本人。1873年、戊辰の役に敗れた旧二本松藩に生まれ、今の早稲田大学を経て渡米し、歴史学を修めた。
「世界史を貫く道義」の存在を信じた朝河は、平和のために行動する国際的知識人でもあった。日露戦争を終結させたポーツマス条約の交渉中は、代表団のホテルに泊まりこんで正義の戦争に賠償は無用と説き、頭に血が上った日本の新聞記者たちの不興を買った。日露戦争後は日本の朝鮮併合や対華二十一カ条要求を批判し、大隈重信に「覇権なきアジア外交」を進言、日米開戦前夜にはルーズベルト大統領から天皇への親書の原案を起草した。
他方、本業の中世史研究では、欧米とくに米国の日本史学の源流となる業績を残した。なかでも、鹿児島県の入来院(いりきいん)家に伝わる、平安末期から明治初期に及ぶ古文書を解説したその著作は、日本における封建制度の紹介として高く評価された。また、エール大学東アジア図書館や米国議会図書館のために東アジア学の基本資料を整える基礎を作った人物でもある。
ですが、あなたは朝河貫一を知っていましたか?
朝河の人と学問を紹介する入門書として書かれたのが本書だ。朝河史学が日本ではなぜほとんど知られていないのか、その原因について著者は次のように指摘する。まず、「厚い、読みにくい本」として英語で書かれたこと、そして朝河が一般向けの本を書かなかったこと。さらに、農民が経営者的な感覚で水田を管理した中世日本には農奴がいなかったという朝河の主張は、封建的な農奴制があったからファシズム政治が行われたとする唯物史観の観点とは相容(あいい)れなかった。
著者は著名な現代中国学者だが、定年退職後は全力を挙げて朝河の著書の翻訳に取り組み、その成果を大部の「朝河三部作」に結実させた。歴史学という「熱なき光」で人類社会の来し方と行く末を照らそうとした朝河の精神が、いま甦(よみがえ)る。【評 高原明生(東京大学教授)】
| ひげがあろうがなかろうが | |
![]() | 田島 征三 今江 祥智 解放出版社 2007-12-20 売り上げランキング : 511 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
〈あそこは、この世のいきどまりよ〉。お父(とう)がそう呼ぶ切り立った山のこちら側、崖(がけ)のふもとの大竹林のそばで、たけはお父と暮らしていた。家の裏には小屋があり、「裏住みの男」が絶えず住みついては去ってゆく。お父は竹細工の名人だが、家をあけると何日も帰ってこず、お母(かあ)とはたまにしか会えない。ゆえあって、お母は崖の向こうの町で暮らしているのである。
今江祥智『ひげがあろうがなかろうが』は、そんな謎めいた設定ではじまる。
耳に心地よい民話のような読み心地。児童文学界の巨匠が放つ久々の長編だ。しかし民話のように見えるのは表層だけで、これはとてつもなくスケールの大きい冒険譚(たん)であり、少年の成長譚でもある。
たけは鉈(なた)で竹を割る方法を習い、見よう見まねで弓矢の扱いかたを覚え、はじめての狩りでウサギをしとめ、流れを泳いでわたる術も身につけた。「この世のいきどまり」の下には水をたたえた鍾乳洞があり、泳いでそこを抜ければ城のある町に出るのだ。
次々と新しいステージをクリアしていく少年・たけ。やがて彼はお父とふたり旅に出て、海に出会う。が、そのころ陸では大きな地震が。
本書には前身となる作品がある。1970年に出版された『ひげのあるおやじたち』がそれ。歴史的に「非人」と呼ばれるだろう男たちを主人公にしたこの作品は「差別を助長する」との理由でやむなく絶版になったのである。
どこが問題だったのか。その点は同時収録の「ひげのあるおやじたち」を併読されたいが、37年ぶりに生まれかわった本書では、歴史の表舞台に出てこない山や川や海の者たちのバックステージがじっくり描かれ、「ひげのない」少年や女たちにも活躍の場が与えられる。ブラボー!
〈城の連中は、わしらを消しても人を殺(あや)めたとは思いよらん。そこをちいとずつでもわからせようがために、山越えしてきよった者も川の者たちも、動いてくれておるのよ〉
反権力の静かな意志を底に秘めた骨太な物語。大部の著だが、小学生から大人まで引き込まれること請け合いっ。【評 斎藤美奈子(文芸評論家)】
| 外交 (有斐閣Insight) (有斐閣Insight) | |
![]() | 細谷 雄一 有斐閣 2007-12-27 売り上げランキング : 33981 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
外交とは何か。この大きな問いに真正面から取り組んだ意欲作である。
筆者は、「主権国家間で行われる交渉や政策」としての外交が、19世紀欧州で確立するに至った軌跡を、カリエール、サトウ、ニコルソンなど欧米の外交理論家の分析を下敷きに追う。
外交には、とかく「優雅」「社交」といったイメージがつきまとうが、実際は「知性と機転」「誠実さと忍耐」を必要とする地道な営みなのがよく分かる。
20世紀に入ると、第1次大戦後の民主化やナショナリズムの高まりによって「新外交」が登場し、第2次大戦後には、冷戦や国際組織の発達に対応した「現代外交」が展開した。この百年で外交のあり方がいかに大きく変容したかに改めて驚かされる。しかも、その変化は止まることを知らない。著者は、文化や広報を通じて外国に働きかけるパブリック・ディプロマシーや対テロ戦争への取り組みなど、21世紀の外交で何が求められるかも論じている。
国連安保理常任理事国入りの見送り、外交官試験の廃止など、近年わが国の外交をめぐる状況は激変している。このような時だからこそ、立ち止まって、外交の本質について再考したいものである。【奈良岡聰智(京都大学准教授)】
| 昭和十年代の陸軍と政治―軍部大臣現役武官制の虚像と実像 | |
![]() | 筒井 清忠 岩波書店 2007-12 売り上げランキング : 12040 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
陸軍の政治的武器だったのか
これまでの通説では、昭和10年代に陸軍が横車を押すための政治的武器になったのが、二・二六事件の後に復活した軍部大臣現役武官制であったという。もし軍部が首相や首相候補者と対立したら、軍部は陸軍大臣を辞任させ後任を推薦しないことで、内閣を辞職に追い込み組閣を阻止できたというのである。
これに対し本書は、この制度が倒閣の決定的武器ではなかったことを論証したものだ。内閣の死命を制したのは、陸軍幕僚層とそれ以外の勢力との間の全体的な力関係であって、この制度ではないという。本書は、首相と陸軍大臣の椅子(いす)をめぐる権力抗争を、裏切りや弁解に満ちたドラマとして描きながら、知られた史実を再整理して通説批判の意外な結論を導き出している。
著者は通説を、陸軍の政治指導権の強さを実際以上に評価させる説明と見ているようだ。それは宮中やマスメディアの役割を、過小評価させるものだという。確かに宮中を、軍部に抵抗する穏健派と位置づけた東京裁判の検察側の論理は、軍部大臣現役武官制の役割を重視したものだった。昭和史の常識とされていた制度を疑うことを通して、未解決の課題があることに気付かせてくれる。【赤澤史朗(立命館大学教授)】
| ロスチャイルド家と最高のワイン―名門金融一族の権力、富、歴史 | |
![]() | ヨアヒム・クルツ 瀬野 文教 日本経済新聞出版社 2007-12 売り上げランキング : 686 おすすめ平均 ![]() ワインとロスチャイルド家を結ぶ物語Amazonで詳しく見る by G-Tools |
名門一族の歴史とビジネス
シャトー・ラフィット・ロートシルトとシャトー・ムートン・ロートシルトといえば、ボルドーワインのファンにとっては、ともに垂涎(すいぜん)の的である。ぼつぼつリリースされる05年ものは近年最高の作柄と折からのユーロ高で、日本での実売価格はいずれも1本10万円を超えそうな見通しだ。
二つの名前の中にあるロートシルトは、英語で読めば、ロスチャイルド。そう。両シャトーはともに、19世紀に欧州金融界の頂点を極めたあのロスチャイルド一族内の二家の所有になるものである。ワイン愛好家にとってはよく知られた話だが、本書のユニークさは、このふたつのシャトーの歴史をドイツの経済ノンフィクション作家が、欧州金融史のなかのロスチャイルド家の歴史全体に接続して語りなおしていることである。19世紀以来、段階的にグローバル化してきた世界経済とそのなかでのワインビジネスの変容を俯瞰(ふかん)するうえで、ロスチャイルド家は、絶好の観測定点なのである。
相手が相手だけに、やや取材に甘さも感じられるが、良くも悪くも神話化されすぎたこの一族の歴史を、普通の経営者評伝の水準でケレン味なく書きとおした読みやすい本である。【山下範久(立命館大学准教授)】
| 敗戦の記憶―身体・文化・物語1945-1970 | |
![]() | 五十嵐 惠邦 中央公論新社 2007-12 売り上げランキング : 3023 おすすめ平均 ![]() 敗戦の記憶の文化/社会史Amazonで詳しく見る by G-Tools |
編み出された「物語」と戦後
著者は60年大阪生まれ、現在は米国バンダービルト大学歴史学部準教授。本書は2000年にプリンストン大学より出版された著書の邦訳。
敗戦研究といえば、わが国でも加藤典洋らの仕事があるが、著者もまた、原爆投下と天皇制存続という不可能な取り合わせがいかに連動するに至ったのかを、膨大な史料をもとに再検討する。たしかに、原爆投下が日本にとって明らかな悪でも、アメリカにとっては平和をもたらす手段だったという国民的総意のちがいは、まず埋めがたい。にもかかわらず、戦後の歴史へ一定の連続性を与えようと、日米は力を合わせ、天皇の戦争責任を問わぬまま日本を民主国家へ改造するため、「天皇の聖断による終戦」という、誰にもわかりやすい「物語」を編み出した。その影響で、あるいはそれを批判しようと、戦後日本の文学や文化一般が物語られるようになったことを証明するのに、丸山真男や三島由紀夫、大江健三郎からゴジラまでが射程に入る。
とりわけ、体育会系の著者らしいスポーツ論のうちでも、アメリカ製ゲームを再利用したプロレスラー力道山の必殺技「空手チョップ」をめぐる分析の切れ味は凄(すさ)まじく、誰もがノックアウトされることだろう。【巽孝之(慶応大教授)】
| 米朝よもやま噺 | |
![]() | 桂 米朝 朝日新聞社 2007-12-07 売り上げランキング : 688 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
桂米朝師匠には、上方芸能に関する研究や著述においても第一級の仕事がある。たとえば舞台となる界隈(かいわい)の歴史や地誌を詳しく紹介した『米朝ばなし 上方落語地図』は、地域研究をもっぱらとする小生にとって座右の一冊だ。
本書は昨年、芸歴60年の節目を迎えた師匠が、みずからがパーソナリティーを務めるラジオ番組で、電波に乗せた話をまとめたもの。書名の通り、四季折々の生活、かつての大阪の風情、小学生から親しんだ俳句を介した交流歴など、話題はさまざまだ。ただやはり自身が見聞してきた上方の芸能界にまつわる逸話に多くの頁(ページ)を割いている。
今はなき芸人たちの思い出話は、講談・浪曲・漫才・色物など分野を問わない。柳家三亀坊の立体紙芝居をはじめ、今では見ることも稀(まれ)な珍しい芸を多く紹介する。地方巡業につきものの怪奇談の伝聞、枕があって寝ながら聞いたという戦前講釈場の風情、「平和やないと落語はできん」という四代目米団治の言葉が印象的な終戦直後の落語会の様子など、とびきりの裏話を存分に展開する。
史料を駆使して堅実な書きぶりであったこれまでの著作とは違い、語り口をそのまま文字に起こしている。以前、酒席で御一緒した際、祭りの芸能に関する私のくどい質問にも、懇切丁寧に応じていただいたことを思い出した。本書の読者も同様に、人間国宝の師匠と一献呑(の)みながら、直接、楽屋噺(ばなし)を聞いているような感覚になる。著者が提供した若かりし日の写真も多く掲載されていて貴重だ。
後半では、上方落語界にあって将来を嘱望されている若手への期待とともに、枝雀、吉朝、先代歌之助など、師よりも先に逝去した弟子を回顧している。彼らの才能を惜しむ想(おも)いが、行間から溢(あふ)れてくる。また実子である小米朝の成長と五代目米団治襲名に触れつつ、かつての名跡を復活し継承することの大切さを強調する。戦後、危機にあった上方落語の屋台骨を支え、多くの弟子を育てあげ、今日の興隆に道をつけた著者が次世代へ贈るメッセージがちりばめられている。【評 橋爪紳也(建築史家)】
| 戦争の日本史 18 (18) | |
![]() | 保谷 徹 吉川弘文館 2007-11 売り上げランキング : 4933 おすすめ平均 ![]() 通史本として最適Amazonで詳しく見る by G-Tools |
戊辰戦争は、慶応四年(一八六八)から翌明治二年まで明治新政権と旧幕府・諸藩の間で東西を二分して闘われた内戦である。本書が挙げる数字では、両軍の死者数は一万三千五百七十二人。幕末日本の人口は約三千二百万とされるから、そのほぼ〇・〇四二四%に当たっている。
一八六五年に終結した南北戦争の戦死者は六十二万。当時のアメリカ人口約三千百万の二%であったのと比較すると、幕末の日本人は内戦体験をかなり《効率》よく潜(くぐ)り抜けたといえないか。
本書は「戊辰戦争の全過程を軍事史の観点からわかりやすく見通す」ことをめざした視野鮮明な著述である。
戊辰戦争の研究史にはすでに分厚い蓄積があるが、主として維新政権の《権力規定》をめぐる論争を軸に展開されてきた。著者は従来の学説史をカッコに入れ、歴史過程をいったん銃器というモノの動きに還元して戊辰戦争それ自体を軍制史の一画期、「ライフル銃段階に照応するある種の軍事革命」と捉(とら)え直す。
内戦の勝敗を決した戦力差は、基本的には、旧式滑腔(かっこう)銃と新式ライフル銃との段階差と図式化できる。佐幕派の東北諸藩が新式銃を整備していなかったという通説は誤解である。問題は「その武器を活(い)かすための軍制(軍隊編制)の近代化」にあり、兵士の動員・武器と弾薬の供給・兵站(へいたん)の確保・軍費の調達などをどう能率的に実行するかの社会的な仕組みにあったのだ。
その眼指(まなざ)しは、幕末史の謎の部分にも向けられる。たとえば勝海舟・西郷隆盛の腹芸で有名な江戸無血開城。総攻撃の中止は、横浜屯集の英仏陸兵隊五百六十名及び五カ国十四隻(砲二百十一門)の艦隊と無関係だったろうか。
戦場には残虐行為が付き物だ。東北戦争では「官軍」が分捕りと称して公然と略奪を働いた。「捕虜」という概念がないので、両軍共に生け捕りにした敵兵を容赦なくなぶり殺した。肝を抉(えぐ)りだして食べた実話も語られる。
近代日本の産みの苦しみだった維新内乱の光と闇を、軍事史の物差しできちんと測定した歴史書である。【評 野口武彦(文芸評論家)
| マイ・ドリーム―バラク・オバマ自伝 | |
![]() | バラク・オバマ 木内 裕也 白倉 三紀子 ダイヤモンド社 2007-12-14 売り上げランキング : 615 おすすめ平均 ![]() 「アイデンティティ探し」の長い道のり Barack Obama: Future US PresidentAmazonで詳しく見る by G-Tools |
類型化できない個人史の面白さ
ビル・クリントンこそはアメリカ初の黒人大統領だ――こんな風説を広く知らしめたのは、黒人(女性)としてアメリカ初のノーベル文学賞作家となったトニ・モリスン。たしかに、白人とはいえアーカンソー州の貧しい労働者階級から身を起こし、ジャズ・サックスを吹き、大統領職が終わると黒人街ハーレムに事務所を開いた彼は、かつてリンカーン大統領が象徴した「丸太小屋(ログハウス)から大統領官邸(ホワイトハウス)へ」なる立身出世神話の再現者として人気を呼び、98年の不倫スキャンダルの渦中ですら黒人共同体からの信頼は根強く、いまも名誉黒人としての地位を保つ。
したがって、そんな彼が強力に後押しする夫人ヒラリーと、文字どおり黒人の血を引くオバマが民主党内で激突する大統領選ほどセンセーショナルなものはない。
もともと「バラク」は「恵まれたもの」の意。彼と同名の父はケニア出身で、ハワイ大学にてカンザス州出身の白人娘と恋に落ちたのだった。ところが61年、ふたりのあいだに著者が生まれてまもなく、父はハーバード大学の博士課程に進むことになったものの、経済的事情からアフリカへ帰る。のちに人類学者となる母は同じくハワイ大学で知り合うインドネシア人と再婚。その縁で、一家はスカルノ政権が失脚し、共産主義者が一掃された直後の67年、激動のインドネシアへ移住。そこで目撃したのが、アメリカ国内ならふだんは隠されたままで、インディアン居留地の住人や親しい黒人と話して初めて露呈する「力(power)」が街中にあふれ、人間を決して逃さず引き戻し「自分の人生が自分の思い通りにはならない」ことを実感させる世界だった。自伝『マイ・ドリーム』(初版95年)で鮮烈に語られる、オバマの政治的原風景である。
その後の人生は、典型的な中産階級出身のエリート知識人の成功物語と映るだろう。名門コロンビア大学を経てハーバード大学法科大学院へ進み、黒人としては初めて法律専門誌「ハーバード・ロー・レビュー」の編集長を務め、人権派弁護士として活躍、そしてイリノイ州議会議員を経て、2005年よりアメリカ合衆国上院議員。
しかし、『合衆国再生』(初版2006年)を併せ読むと浮かび上がってくるのは、アメリカ原住民やアフリカ黒人、白人の血とともにキリスト教もイスラームも、ときに仏教すらやすやすと併存し習合しうるひとつの巨大で多文化的な家族史であり、おそらくはそれゆえに、異なる価値観に対しても驚くほど寛容な男の肖像である。たとえば彼は、イラク戦争その他の点でブッシュ大統領の政策には批判的でも、人間としてのブッシュについては偏見なく理解してかかろうとする。
著者自身を判断するにも既成の人種的偏見では歯が立たないゆえんだ。類型的な名誉白人にも黒人運動家にも収まらないバラク・オバマという人間のおもしろさは、彼自身の個人史が期せずして「文化のサラダボウル」としてのアメリカを、そして来るべき民主主義という希望の地平を、体現してしまっているところにひそむ。【巽孝之 慶応大学教授・アメリカ文学】
| ついこの間あった昔 | |
![]() | 林 望 弘文堂 2007-12-05 売り上げランキング : 199 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
ノスタルジーは危険な感覚である。子供のとき聞いた歌謡曲の文句はああだった、いやそうじゃないという、たわいもないことでいい年をしたサラリーマン同士が酒場で口論しているのを見たことがあるが、普段は温厚な人であっても、こと自分の記憶の中の領域を侵されると、急に感情的になったりする。
これほどノスタルジーがブームになっているのは、ひとつには脳のメカニズムが、過去の記憶を、自分にとって美化された、心地よい性質のものに変成してしまうからでもある。実際に記録された映像を見てみると、記憶との落差に愕然(がくぜん)とするものだ。大ヒットした映画のおかげで昭和30年代を理想の時代のように言う人が多いが、あの時代が日本における少年犯罪の一つのピークだったことを覚えている人がどれくらいいるか。
本書は戦前から昭和40年代初期の日本人の生活写真(弘文堂『写真でみる日本生活図引』からのもの)に、林望氏が文章を添えたものである。ここに記録された写真の多くは、現在のブームに乗った“古き良き過去”のつもりで見るといささかショッキングかもしれない。そこには美化された記憶から脱落している「貧しさ」「汚さ」「垢抜(あかぬ)けなさ」が露呈した過去がある。ことに、173ページの、胸乳(むなち)をはだけたままお客に茶を出している老婦人の図や、180ページの混浴の湯治場の図には、言葉は悪いが、日本というのはこんなに“野蛮な”国だったのか、という感想すらわきかねない。しかし、じっとそれらの図を眺め、経済成長期への安直なあこがれのような、流行の裏にあるものに向き合う感覚で見つめていると、そこには現在の自分とダイレクトにつながっている、日本人の暮らしの原型(アーキタイプ)が見えてくる。“自分探し”をしたいなら、スピリチュアルな本などよりも本書を読んだ方がずっと効果的ですよ、と宣伝したい。
ちなみにいえば、林氏の文章の“頑是(がんぜ)ない”“寸地をだに得れば”“~をば”などという表現にも写真以上のノスタルジーを感じてしまった。この本にしてこの文あり。【唐沢俊一(作家)】
| カツラ美容室別室 | |
![]() | 山崎 ナオコーラ 河出書房新社 2007-12-07 売り上げランキング : 1706 おすすめ平均 ![]() 稚拙Amazonで詳しく見る by G-Tools |
作家のデビュー作はおうおうにして書き手と重なる同性で同世代の人物が主人公の場合が多いけど、山崎ナオコーラは最初からちがった。文芸賞を受賞したデビュー作『人のセックスを笑うな』は19歳の男子と39歳の女性の恋愛を男の子の側から「オレ」という一人称で綴(つづ)った小説で、妙ちくりんなタイトルやペンネームも含め、そのインパクトはなかなかのものだった。
『カツラ美容室別室』はそんな彼女の最新作。芥川賞こそ逃したものの、今度の視点人物も「オレ」であり、それはしかも、こんな人を喰(く)った書き出しではじまるのだ。
〈「桂美容室別室」の店長、桂孝蔵は、他人の髪の毛を懸命にカットしているが、自分自身はカツラをかぶっている〉 カツラの美容師! ヤだ、おもしろそうじゃないのっ。
「カツラ」という語に喚起されただろう読者の期待に、しかしいささかも媚(こ)びることなく物語は進行する。
高円寺の桂美容室別室は店長のほかには若い女性スタッフが2人いるだけの小さな美容室である。年上の友人に命じられてそこに通うことになった「オレ」は、みなで花見に行ったり、美容師のエリと2人で美術館に出かけたり、徐々に親しさを増してゆく。だけど、いまひとつ進展しない「オレ」とエリの仲。
事件は店長が東京を去ったあとに起きた。〈小倉でも、カツラかぶって、カツラの美容師やってんのかね?〉。そう口にした客にエリはつかつかと近づき〈グーで客の顔を殴った〉のである。〈『カツラの美容師』って、なんですか?〉〈カツラさんは、カツラを面白がってかぶっていたんじゃないんです〉
『カツラ美容室別室』は友情の物語なのである。エリが客を殴ったのが店長への友情なら、「オレ」とエリの間に育っていたのも友情だ。
〈男女の間にも友情は湧(わ)く。(略)恋愛っぽさや、面倒さを乗り越えて、友情は続く〉
恋愛至上主義、セックス至上主義、そしてわかりやすい関係に逃避する小説への、これはやんわりとした異議である。そうだよ、友情は10代の専売特許じゃないんだから。【斎藤美奈子(文芸評論家)】
| 越境の声 | |
![]() | リービ 英雄 岩波書店 2007-12 売り上げランキング : 853 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
西洋出身初の日本語作家である越境の作家にとって、文学を分かつのは国でも人種でもなく、「その言語に違和感をつきつけられる言葉をもつか否か」のようだ。日本語が完熟したのは古今和歌集で、あとは衰えていく、と書いた三島由紀夫の「進化論」的な言語の捉(とら)え方とまったく違う地点に、この対談・論考集は立っている。書き手を駆り立てるのはむしろ、言葉の軋轢(あつれき)やズレだ。
「美しい日本語」という考え方に対して、美しさとは言語そのものの中にある「葛藤(かっとう)」が生みだすもの、と富岡幸一郎氏は発言する。また、水村美苗氏は、良質の文学とは必ず「間口の狭い」翻訳困難な部分を伴うと言い、大江健三郎氏はフランス文学の訳文と原文を照らし読むうちに、「新しい日本語の森が立ち上がってきた」経験を語る。
「ユニバーサルな」「国際的な」作家とはなにか。きっと日本人が日本語で「日本文学」を書く時でさえ、そこに必要なのは、言葉の自明性をうち砕く越境の意志なのだ。そう思うと、まさに言語の越境の現場である翻訳書において「こなれた訳文」ばかりが好まれるのは残念だ。翻訳者は日本語にもっと波乱を起こすべきかもしれない。【鴻巣友季子(翻訳家)】
| ミトコンドリアが進化を決めた | |
![]() | ニック・レーン 斉藤 隆央 みすず書房 2007-12-22 売り上げランキング : 158 おすすめ平均 ![]() 進化 生命の本質を知るためにおススメの本 ニック・レーンの話題の翻訳書Amazonで詳しく見る by G-Tools |
生命の深淵をのぞき見る思い
本書の原題は『パワー、セックス、自殺』。扇情的なタイトルだが、これこそが、われわれの体を構成する細胞の中にすみついているエイリアン、ミトコンドリアの役割を説明するキーワードなのだ。細胞の中にある小さな器官のような存在だが、そのいちばんの仕事はエネルギーの生産。すなわちパワーの源なのだ。
そもそもなんでこんな器官が細胞の中にあるのか。それは、数十億年前に原始的な細菌が別の細菌の中にすみついたからである。ミトコンドリアは、往時の遺産として自前のDNAまでもっている。
細菌は単細胞生物。その機能には限界がある。しかし細菌どうし共生することでわれわれ多細胞生物が進化する道が開かれた。
ところがそこから、細胞内の2種類のDNAをめぐる攻防が始まった。その結果生まれたのが雄と雌という二つのセックス(性)であり、損傷した細胞を除去するためのアポトーシスという自殺の仕組みだった。
それらすべてにミトコンドリアが絡んでいるという刺激的な仮説を交えながらミトコンドリア研究の最前線を熱く語り、生命のダイナミズムとその深淵(しんえん)をのぞき見るスリルを味わわせてくれる。【渡辺政隆(サイエンスライター)】
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組合は誰のために闘うのか
労働組合は誰のために闘っているのか。国によって違うが、正社員を中心にした組織率2割にも満たない組合員のために闘う日本の組合は、世界の非常識に近いと著者はいう。国際的には同一労働同一賃金を目指して、企業を超え、産業を超えて同じ職種や同じ地域で働く全(すべ)ての労働者のために闘うのが常識である。実際、組織率は1けたと日本より低くても、フランスでは「職業選挙」によって選ばれた組合が使用者団体と交渉し、その成果は組合員だけではなく同じ職業に従事する全労働者に適用される。また、組織率80%を超えるスウェーデンでは全国の組合が連帯し、「労働者全体の賃金格差が縮小される」よう中央交渉が行われている。
グローバル化が進展するなかで企業競争が国際化すれば、雇用条件も国際化する。そうなれば日本的な企業内組合では、組合員の生活を守ることさえ難しい。低い賃金を甘受する非正規労働者の現在は、正社員の近未来でもあるからだ。「労働は商品でない」なら、様々な壁を超えて労働者は相互に協力すべきだ。個人と社会がゆたかになるには、著者が主張するように競争の自由よりも誰もが参加できる組合を作る自由のほうが大切である。【高橋伸彰(立命館大教授)】
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民族・時代を超えて伝わる物語
ひょっこりひょうたん島、サンダーバード、新八犬伝……。人形が演じる物語に夢中になった少年の日々を思い出した。
長年、上演現場に携わった著者が、幕末から現在に至る人形劇の変遷をまとめた。当事者が語ることが少なかった大政翼賛体制下の状況にも触れ、140年におよぶ通史としている。
幕末に渡欧し、紙製の蝶(ちょう)を巧みに飛翔(ひしょう)させて喝采をあびた曲芸団・廣八一座から説き起こし、明治27年に来日した英国の糸操り人形芝居のダアク座、第1次世界大戦後に国内の独軍捕虜が演じた人形劇など異国から渡来した芸にも触れる。
わが国における人形劇の近現代を扱う本書の枠組みが、おのずと国境を超えた文化交流の物語となることに納得した。文楽は各国の芸能や芸術に影響を及ぼした。逆に、わが国の劇は東欧などの刺激を受け、テーマパークでは米国生まれの機械仕掛けの人形が人気を集める。
確かに人形を操った表現行為は、民族や時代を超えた普遍的な物語伝達の手段なのだろう。人形遣いを「無生命のものにいのちの痕跡を見つけ、それを蘇生させ、その生をともに語る人」と定義し、人形劇に「現代のアニミズム」を見いだす視点が面白い。【評 橋爪紳也(建築史家)】
チャップリン暗殺 5.15事件で誰よりも狙われた男
大野裕之 (著)
意表をつく事実、直感力で危機脱出
1932年5月15日。軍の士官が時の首相・犬養毅を暗殺。日本が軍国主義へ突き進む転換点となった。
実は、この時、喜劇王チャップリンが初来日していた。神戸港から東京へ向かう駅には熱狂するファンがつめかけ、日本にはチャップリン旋風が吹き荒れていたのだった。
この「偶然」のように見える出来事の裏にどんな「必然」が隠されていたのか。
本書の著者はチャップリン研究家で、彼の秘蔵NGフィルムをすべてみた世界に3人しかいないうちの1人とか。その彼の手で、膨大な資料の中から選ばれたこの日のエピソードが、ドキュメントタッチで再現されていて、当時の不穏な時代の空気がひたひたと伝わってくる。
それにしても、5・15事件の首謀者が、日米開戦を狙ってチャップリンの暗殺を計画していたなんて!
一方、チャップリンの傍らには彼を守るべく画策する「コーノ」こと高野虎市がいた。あのチャップリンの秘書は日本人だったのだ!
意表をつく事実を知るにつけ、山高帽にドタ靴姿が目に焼きついているチャップリンの気分屋で、気難しい素顔が浮かび上がる。それがいっそう彼への親近感を募らせる。
この5・15事件を天才的な直感力で逃れたチャップリンは、その6年後にヒトラーを痛烈に批判する「独裁者」の製作を開始。第2次世界大戦前、アメリカでは、まだヒトラーが英雄視されていた時代だったというから、ことの本質を見抜く彼の勘の鋭さと勇気に改めて驚嘆する。
そして、高野はアメリカでスパイ容疑で抑留所に送られたり、チャップリンがアメリカから国外追放されたり、2人の人生はドラマチックに展開する。ついに再会を果たさなかった彼らのその後の人生に触れた記述が胸にしみる。
読了後、巻末の年表をしみじみ眺め、彼らが生きた怒濤(どとう)の時代を思う。そう、チャップリンは戦争の世紀と呼ばれた20世紀の「良心」だったのだ。その彼の右腕だった日本人「コーノ」のことも忘れまい、と思う。【評 久田恵(ノンフィクション作家)】
| 泣き虫ハァちゃん | |
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物語が終わり、谷川俊太郎さんの詩や夫人によるあとがき、初出誌のクレジットとつづいて、河合隼雄さんの遺作もいよいよ文字どおりの巻末に至ったとき―― まるでカーテンコールのように、主人公ハァちゃんが再登場する。物語に絵を添えてきた岡田知子さんの描くハァちゃんだ。〈ハァちゃん、どうもありがとう〉と手書きの文字もある。その言葉は、本書を読み終えたすべてのひとの思いを代弁しているのではないか。
自伝的小説である。ハァちゃんは少年時代の河合隼雄さん。男ばかり6人兄弟の5番目で、兄弟でただ一人の泣き虫。スポーツは苦手でも本読みが得意で、正義感にあふれていながら臆病(おくびょう)なところもあるハァちゃんの幼稚園時代から小学4年生までの日々を、河合さんは、夫人の言葉を借りれば〈置き土産〉のように書きつづった。そのまなざしと語り口の優しさには、回想を超えた祈りさえ感じられる……のは、僕たちがすでに河合さんを惜しみながら見送ってしまったせいだろうか。
淡い初恋がある。親友との別れもある。自我だって少しずつ芽生えてくる。冗談好きのお父さんがいて、優しいお母さんがいて、仲良しの兄弟がいる。泣き虫のハァちゃんが流す涙は、決してひと色ではない。悔し涙もあればうれし涙もあるし、名付けようのない(でも、みんなが「わかるわかる」とうなずく)涙もある。虹のように色とりどりにきらめく、そんな涙のかけらを、最晩年の河合さんは一つずつ優しく取り出して僕たちに見せてくれた。
ハァちゃんが小学4年生を終えようとするところで、河合さんは脳梗塞(こうそく)に倒れ、物語はやむなく終わる。けれど、亡くなるまで1年近く昏々(こんこん)と眠りつづけた河合さんは、深い深い夢の中でハァちゃんとひとつになって人生の旅路をたどり直していたのかもしれない。そう思いながら巻末の岡田さんの絵とあらためて向き合うと、ハァちゃんの表情は物語の時間をちょっとだけ追い越してオトナっぽくなっているようにも見えて……読者もつい、泣き虫になってしまうのだった。【評 重松清(作家)】




「日本は水不足なんだ~」と認識を新たにさせてくれる

















