メイン > 朝日新聞日曜版『書評』 > 2008年1月6日~1月13日

20世紀ファッションの文化史―時代をつくった10人
20世紀ファッションの文化史―時代をつくった10人成実 弘至

河出書房新社 2007-11
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おすすめ平均 star
starファッションを正しく時代のなかでとらえた本!

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独自の世界観と創造性で社会に挑む

「デザイナーを取りあげた本は少なくないが、その仕事を正しく論じているものはそれほど多くない」

著者は、これまでの服飾文化史に挑戦状を叩(たた)き付ける。ポワレ、シャネル、ディオール、ヴィヴィアン・ウエストウッド、コム・デ・ギャルソンなど著名な10人のファッションデザイナーの足跡を紹介する。その視点と語り口が従来の人物評とは根本的に違うのだ。

デザイナーがどのような人生を送り、どのような作品をつくったかという事実関係だけを学んでも、ことの本質は見えてこない。彼らが、いかに独自の世界観を持ち、旧弊を打ち破ったのか。その創造性に光を当て、今では当たり前に見えるファッションが、発表当初はどれほど斬新で、社会に挑む試みであったかを知ることこそが重要だと著者はみる。

さらには、実際にどの国のどのような階層が彼らの服を受容して着こなしたのか、消費の局面を分析する。加えて、生産システムのありよう、同時代の芸術運動など、デザイナーたちの活動の背景にまで話題を広げていく。社会との関係性をも読み解くことで、彼らの仕事をはじめて正当に論じることが可能になるというわけだ。

ファッションデザインは、19世紀に誕生し、20世紀に飛躍をみた。かつては権威や個性を服装で表現することができた王侯や貴族を除くと、一般の人たちは所属集団のなかで同一化するように装うことが当然であった。しかし新興富裕階層の登場や、さらには大量消費社会の進展で、誰もが流行の服を身にまとい、やがて自分らしさを主張するようになる。ファッションは、私たちの外見の民主化とともに個性化を促した。

冒頭で、19世紀に新しい服づくりに挑んだチャールズ・ワースとリーヴァイ・ストラウスを紹介している点が象徴的だ。前者は、パリで伝説的なファッションハウスを創設し、オートクチュールと呼ばれるハイファッションの端緒を開いた。後者は、ドイツから渡米した移民。彼の会社が手がけた丈夫なワークパンツが、のちにジーンズとして世界を席巻する。高級な既製服と大衆のための作業服、かけ離れた2種類の衣類に20世紀ファッションの原点がある。ふたりの先駆者は、ともに量産システムの進展に歩調をあわせ、大量消費社会を先導する商品を世に送り出した。

著者はまた、早くから偽物をめぐる問題が顕在化した点にも焦点をあてている。そもそもファッションは複製であることが前提であったのではないか、という本質的な問いかけがそこにある。高級ブランドが偽物の取り締まりに躍起になる現状に対して、「本物の領域を偽物が侵犯していくからではなく、本来デザインには『コピー』しかないことが明らかになるのを恐れているからだろう」と言い放つ。刺激的だ。

教科書的な服飾様式史や、著名なデザイナーたちの単なる成功談の類(たぐい)に飽きた人に、まず本書を薦めたい。これほど生き生きとした服飾産業と近代の社会システムとをめぐる物語は、これまで読んだことがない。【評 橋爪紳也(建築史家)】

■2008/01/13, 朝日新聞 朝刊, 11ページ

地震の日本史―大地は何を語るのか (中公新書 1922)
地震の日本史―大地は何を語るのか (中公新書 1922)寒川 旭

中央公論新社 2007-11
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記録たどり人間の歴史との関係を探る

一九九五年に阪神・淡路大震災が発生した直後、時の村山富市首相が国会演説で「近代的大都市が初めて経験した大地震」と語ったのを覚えている。一九二三年の関東大震災が東京を直撃したのを綺麗(きれい)に忘れていたのである。

地震災害はわが身に降りかかるまでは他人事(ひとごと)である。地震が起きた瞬間から、被害の凄(すさ)まじさしか見えない《局地》に投げ込まれる。破壊規模が大きければ大きいほど、そのパニックで、現場の人間には何が起きたのかとっさに判断が付かないものだ。

住んでいる土地に起きる地震の予備知識は有益だ。

便利な本が出た。著者は早くから「地震考古学」を提唱し、各地の遺跡に残る地震痕跡を研究対象に導入した学者である。日本は千数百年前から地震の年月日、被害状況を正確に記録している世界にも稀(まれ)な国だという。加うるに考古学的な発掘調査によって、断層・地割れ・地滑り・液状化現象などの動かぬ証拠、いや《動いた》証拠が確認される。過去の地震災害が具体的に把握できるのである。

この一冊は、縄文時代から現代に至るまでに「日本列島で発生した大きな地震を網羅」している。おかげで前には『理科年表』を開かなければ調べられなかった被害地震の全部が身近に知られるようになった。地震の年代記であると共に、地震の歴史地図でもあり、読者は自分が住んでいる地面の下がどんな《形状記憶》を留(とど)めているかに著しい関心をそそられよう。

大地震は常に「未曾有(みぞう)」と感じられる。この語例はつとに『日本書紀』の天武天皇十三年(六八四)、土佐に起きた地震の記録が最初らしい。

地殻変動は、不思議に政治的動乱期と一致する。たとえば百年余りの間隔で繰り返すプレート境界性の南海・東南海地震。正平十六年(一三六一)は南北朝の乱、明応七年(一四九八)は戦国時代の始まり、慶長九年末(一六〇五年二月)は江戸開府、宝永四年(一七〇七)は幕府の屋台骨を揺るがせ、安政元年(一八五四)は幕府解体の予兆。自然史と人間史はどこか深い所で呼応するのだろうか。【評 野口武彦(文芸評論家)】

■2008/01/13, 朝日新聞 朝刊, 12ページ

白暗淵 しろわだ
白暗淵 しろわだ古井 由吉

講談社 2007-12-07
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おすすめ平均 star
star内向の世代、幻想の世界に魅惑される
star見る言葉

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本書の題名は天地創造前の闇を表す聖書の「地は定形(かたち)なく、曠(むな)しくして、黒暗淵(やみわだ)の面にあり」から来ている。十二の連作において、男は己の始まりをたずね、たずねあぐねながら、記憶の内奥へと降りてゆく。建築の不正に与(くみ)し薄氷を踏む思いで生きる男、十年前の雨宿りで隣り合わせた老人の殺意に気づく男、追想の底が抜けて糸遊(いとゆう)の彼方(かなた)へ彷徨(さまよ)いでる男……。

人は、所々の辻で別れてきた己の分身といずれ出逢(であ)うというが、雨宿りの男もいつしか老人の背中にわが身を見るようになり、ふたりの眼(め)は入れ替わる。そして、本書の記憶の最深部には、幼くして見た東京空襲と焼け野原の光景が広がっているのだ。

表題作の語り手は、爆風による昏倒(こんとう)から覚めた瞬間、空に一匹の羽虫の飛んでゆくのを見た。家も親もなくした彼には、その時見た「白い宙」が己の太初(はじめ)となる。在と不在、生と滅を分かたぬ虚空。その混沌(こんとん)を聖書は「黒暗淵」と言い、古井氏は「白暗淵」と言う。が、無限の闇と涯(は)てなき白い覚醒(かくせい)は、畢竟(ひっきょう)、似るのではないか。死後への恐怖とは、意識が昏(くら)く途切れることではなく、それが白々と永劫(えいごう)に続くことだと言ったのは、流浪の作家ポール・ボウルズだった。文明社会の「失明」を『白の闇』という書に描いたのは、ポルトガルの作家サラマーゴだ。

古井氏は死後の意識という捉(とら)え得ぬものを捉えようとしてきた。「生前」という言葉は普通人が死んでから使うものだが、著者にとって生前は死の前に始まり、死は落命の刹那(せつな)を超えて継続する。「母は三十年前に死んだ」ではなく「もう三十年も死んでいる」と書くのはそのためだ。『野川』や『辻』などの前作で、死を外側からではなく逝った側から描く極に達した氏は、本書で、万象が生まれ死んで還(かえ)っていく原初の混沌を、「闇が闇の中に闇を産む」ように現出させんとする。

向こう側の暗淵を視(み)たいという人の思いはそれほどに苛烈(かれつ)だ。白明の闇、静寂の躁(さわ)ぎにその境を越そうとする者はうっすらと狂気を萌(きざ)す。戦(おのの)きつつ曳(ひ)かれていく私がいた。【評 鴻巣友季子(翻訳家)】

■2008/01/13, 朝日新聞 朝刊, 12ページ

評伝観世榮夫
評伝観世榮夫船木 拓生

平凡社 2007-11
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「能楽界の異端児」。観世栄夫に使われたキャッチフレーズである。名門観世銕之丞家に生まれ、上には寿夫、下には静夫というライバルでもあった兄弟がいた。しかし、彼は能楽だけに留(とど)まっていられなかった。

観世にもかかわらず喜多流の芸養子になることから始まり、他ジャンルへ。役者として、演出家として、あるいは演劇運動家として、狂言、歌舞伎、新劇、映画、オペラ……。次々と分野を越境するエネルギーに誰しもが驚愕(きょうがく)する。もちろんそこには戦後のもつ熱っぽさが後押ししていた。しかし、それだけでは足跡を解くことはできない。

評伝といいながら、本書が能楽を縦糸に、それ以外の演劇(狂言・歌舞伎・新劇など)を横糸に、ページをたっぷりと明治以降の日本演劇史に割く意図もそこに理由があるのだろう。

家元制度や流派、古典摂取と修業の関係、あるいは権力との対峙(たいじ)、さまざまな矛盾をかかえた近現代の能。さらに西洋摂取に苦闘する日本の演劇。網の目のように絡みあった背景抜きに、あふれるばかりの栄夫の舞台への欲望と多彩な試行は理解しにくいからだ。

晩年の能への復帰まで、情熱の根源が分厚く描かれた大作。【小高賢(歌人)】

■2008/01/13, 朝日新聞 朝刊, 13ページ

子どもにいちばん教えたいこと―将来を大きく変える理想の教育
子どもにいちばん教えたいこと―将来を大きく変える理想の教育レイフ エスキス 菅 靖彦

草思社 2007-11-23
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おすすめ平均 star
star教育の理想
star凄い本だ!

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知恵をこらした指導で伸ばす

著者はほぼ四半世紀、ロサンゼルスの公立小学校で5年生を受け持つ。貧しい移民家庭出身ばかりの教え子は続々と名門大学に進学、医師や弁護士になった。

さらに毎年、児童がロック音楽に乗せて上演するシェークスピア劇が評価され、教師として初めて米国芸術大賞を受けてもいる。

いまアメリカで最も有名な教師が、指導次第で子どもは驚くほど伸びることを実証、ノウハウを公開した。

教室を第二のわが家にしたいと、安心して学べる雰囲気づくりに専念。子どもと膨大な時間を共にして、高度な倫理観を身をもって教える。子どもは、間違えても笑われたり叱(しか)られたりしないので、ハッピーでエネルギッシュだ。毎朝、文法を練習して文章力をつけ、一年で本を一冊書く。算数では地理や歴史を織り交ぜての暗算ゲームに興じる。

驚いたのは、予算内で生活することを学ぶシステム。児童には出納表が配られ、「銀行員役」は取引記録をつける。自分の家ばかりか親の家まで購入した卒業生が多いのも納得がいく。

「秀でた人材を育てるのに近道などない」と著者。奇跡のようなアメリカンドリームは、情熱と知恵と努力に支えられて実現した。【多賀幹子(フリージャーナリスト)】

■2008/01/13, 朝日新聞 朝刊, 13ページ

ポスト韓流のメディア社会学 (叢書・現代社会のフロンティア 10)
ポスト韓流のメディア社会学 (叢書・現代社会のフロンティア 10)石田 佐恵子 木村 幹 山中 千恵

ミネルヴァ書房 2007-10-30
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おすすめ平均 star
star熱狂のさめた後での客観的な観察

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ホットな現象を冷静に分析

本書は、日本でも猛威をふるった「韓流」の持つ意味と意義を、社会学、地域研究、メディア研究などの視点によりつつ、クールに分析した論集である。韓流ブームが一段落した現在、あらためてその意味を問い返そうとする点で、本書は一つのブレークスルーとなりうるものといえよう。

今なおその痕跡を根強く残す「冬ソナ」ブームが日本中を席巻する一方で、「反韓」の立場を明確に示す『マンガ嫌韓流』が40万部を超えるセールスを記録するなど、04年から05年にかけて、日本における韓国イメージはおおよそ接点を持ちえない二つの極に分かれて展開していた。かなりホットな両極の間をぬって、歴史的経緯を参照しながら、冷静に韓流を分析していこう、というのが本書のスタンスだ。

「冬ソナ」再考、NHKハングル講座の変遷、韓流ブームと文化産業との関連、韓国映画の中の「在日」像、ネットにおける「嫌韓」現象、韓流とナショナリズム――こうした様々なテーマ群が、韓流・嫌韓のホットさと一定の距離をもって分析されていく。肯定/否定の彼岸で、ますますグローバル化する隣国の文化を捉(とら)えなおしていく必要性を改めて感じさせられた。【北田暁大(東京大准教授)】

■2008/01/13, 朝日新聞 朝刊, 13ページ

戦争の経済学
戦争の経済学ポール・ポースト 山形浩生

バジリコ 2007-10-30
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おすすめ平均 star
star戦争って儲からない…

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訳者のネームバリューで社会科学書――特に経済学啓蒙(けいもう)書――が売れる稀有(けう)な翻訳家の手になるこの訳書は、戦争に事例をとった経済学の教科書としての価値が強調されている。通念上では不合理の極みとされる戦争を、科学としての経済学が合理的に説明しうる現象として淡々と分析する本書は、たしかに挑発的な経済学入門である。

だが本書は、第一義的には戦争を論じた本である。経済学は、あくまでそのためのツールだ。そして本書は現代の戦争について三つの洞察を与えている。

第一は、開戦時の遊休生産力の多さや本土における戦闘の不在といった一定の条件を満たしていれば、戦争が国民経済にプラスに働いた時代は、20世紀の前半で終わったということである。本書が直接論じているのはアメリカの事例であるが、アメリカほど巨大な軍産複合体を持たずとも、資本集約的な(つまり兵員1人あたりの兵器が高額な)軍隊を平時から擁する現代の先進諸国では、わざわざ戦争を起こすまでもなく、その経済効果はすでに織り込み済みになっているからだ。

第二に、兵員が労働力であり、兵器が商品である以上、兵員の雇用と兵器の調達も市場の作用のもとにある。ただ軍事にかかわる市場は、強制徴用や独占によって大きく歪(ゆが)められており、合理的に機能しにくい。防衛省の不祥事には構造的な側面もあるのだ。

第三に、今日では、国家間の武力紛争の経済的合理性が低下する(逆に言えばイデオロギー性が増していく)一方で、たとえば市民権が実質を欠く社会では、内戦やテロといった暴力のコストが相対的に下がり、「殉死者」の遺族に約束されるわずかな補償が、自殺行為にさえ経済的合理性を帯びさせる。対処すべきは「不合理な狂信者」ではないということだ。

原著は、大学初年度向けの地味なテキストだが、豊富な図解や例証と軽快な訳文のおかげで、高校生でもすこし頑張れば読みとおせる。安全保障について冷静に考えるために、広く読まれるに値する一書である。【評 山下範久(立命館大学准教授)】

■2008/01/13, 朝日新聞 朝刊, 13ページ

波乱の時代(上)
波乱の時代(上)アラン グリーンスパン 山岡 洋一/高遠 裕子

日本経済新聞出版社 2007-11-13
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おすすめ平均 star
star世界経済の近代史の鳥瞰ができました
starぶれない軸と 変化への適応
starやはり一読はしておいた方がいい本だと思います

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波乱の時代(下)
波乱の時代(下)アラン グリーンスパン 山岡 洋一/高遠 裕子

日本経済新聞出版社 2007-11-13
売り上げランキング : 235

おすすめ平均 star
star 経済学を勉強してみたい気分
star思っていたよりは...
star下巻は"ご託宣"みたいなのがく、開発途上国の指導者たちに説く啓蒙書みたいな感じ

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前FRB議長が振り返る18年

グリーンスパンが米連邦準備制度理事会(FRB)議長を務めた87年8月から06年1月までの18年強は、アメリカ経済が70年代以降の長期停滞を脱し復活を遂げた時期でもある。ブラックマンデーをはじめ、東西ドイツの壁の崩壊、9・11テロなど、さまざまな危機に見舞われながらも「波乱の時代」を乗り切った背景には、FRBの巧みな市場操作よりも、アメリカ経済の回復力に対するグリーンスパンの信頼があった。

グリーンスパンによれば、アメリカ的な市場資本主義を活(い)かすためにFRBが果たすべき役割は物価安定に尽きる。これに対し選挙区への配慮から雇用を優先する議会は、足元の景気後退を招く金利引き上げには常に抵抗してきた。こうした抵抗がグリーンスパンの在任中にほとんど見られなかったのは、グローバル化に伴う競争市場への膨大な労働力参入によって「ディスインフレ圧力が生まれ」、「『ブレーキに軽くふれる』だけで」インフレを抑制できたからだ。

しかし、幸運はいつまでも続かない。その兆候は「中国からの輸入価格」上昇に現れており、労働力の参入が一段落して「ディスインフレ圧力が緩和すれば、アメリカ国内の物価上昇率と賃金上昇率が上向く」恐れがあるとグリーンスパンはいう。そうなれば物価安定をめざすFRBと議会の利害は対立し、議会の抵抗にFRBが屈するとアメリカ経済はスタグフレーションに陥ってしまうとグリーンスパンは懸念を示すのだ。

本書の邦訳を機に18年強に及ぶグリーンスパンの舵(かじ)取りを高く評価する声も多いが、評者には少なからず異論がある。それは、昨年来のサブプライム(低所得者向け住宅ローン)問題の主因である住宅バブルの引き金をひいたのも、また、根拠なき熱狂ではないかと警告しながら株価の高騰を放置してきたのもグリーンスパン時代のFRBだからだ。本書はグリーンスパンの素顔と考えを知る回顧録としては価値ある一冊だ。しかし、その政策と分析を評価するには改めて第三者の判断と歴史の審判が必要である。【評 高橋伸彰(立命館大学教授)】

■2008/01/13, 朝日新聞 朝刊, 13ページ

グレイト・ウェイヴ―日本とアメリカの求めたもの
グレイト・ウェイヴ―日本とアメリカの求めたものクリストファー・ベンフィー 大橋 悦子

小学館 2007-11
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おすすめ平均 star
star明治、太平洋の両岸は人で結ばれていた

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金ぴか米国が発見した古き良き日本

著者は長く19世紀を専攻してきたアメリカ文学者。ところが2003年の本書では一転、南北戦争以後に成り金が横行し腐敗が進んだ「金ぴか時代」のアメリカと、開国以後に近代化の進む「明治時代」の日本とをダイナミックに比較検証して、大反響を呼ぶ。じっさい、当時の日米奇人変人はみだし者たちを中心に語るこの環太平洋文化研究は、全10章で原書330ページ、日本版約400ページの厚さにもかかわらず、ひとたび開ければ一気に読ませてしまう圧倒的なおもしろさだ。

タイトルはかの葛飾北斎が1830年代初頭に製作した連作木版画「神奈川沖浪裏」より。ドラマはまず1841年初頭、捕鯨船員でのちの代表長編『白鯨』(1851年)に日本への憧(あこが)れを刷り込む19世紀作家ハーマン・メルヴィル(当時21歳)と、まったくの同時代に四国からの漂流民としてニューイングランドへ連行され、アメリカで教育を受け、最初の英語入門書を書くジョン万次郎(中浜万次郎、当時14歳)との比較から始まる。

それから12年を経た1853年、アメリカ的フロンティア・スピリットは、極東における捕鯨基地を確保するために、ペリー提督率いる黒船艦隊をもって日本開国を実現。しかし本書は、これをたんに帝国主義的なハードパワーの発揮と受け止めるのではなく、それ以後、とりわけ独立宣言100周年にあたる1876年から世紀転換期にかけてアメリカで勃興(ぼっこう)する日本ブーム(ジャポニスム)に顕著に見られるように、じつは別の意味でもうひとつの開国、つまり日本文化という名のソフトパワーによる「アメリカ開国」をも促したのだ、という前提に立つ。

これを足場に著者は、大コレクターのイザベラ・ガードナーと『茶の本』で著名な美術学的カリスマ岡倉天心の関(かか)わりや、ギリシャ・アイルランド系作家ラフカディオ・ハーン転じては小泉八雲と美術史家アーネスト・フェノロサとの出会いを、劇的に描き出す。

彼ら日本びいきのニューイングランド系知識人たちはみな、南北戦争後のアメリカが惨憺(さんたん)たる混沌(こんとん)へ陥ったからこそ、新たなユートピアを極東の島国のうちに、それも近代化が始まっていまにも消え入りそうな、美しくもはかない「オールド・ジャパン」のうちに再発見しようと試みたのだ。

中世趣味で著名な歴史家ヘンリー・アダムズのように、妻の自殺による傷心を抱え、日本に「涅槃(ねはん)」を求めた者から、博物学者エドワード・モースのように、ダーウィン進化論以後の理論をふまえ、古き良き日本人が「絶滅種」だからこそ愛着を深めた者、はたまた天文学者パーシヴァル・ローウェルのように、ことを惑星進化論にまで押し広げ、日本の水田の網目模様から火星の運河をめぐる仮説を編み出したとされる者まで。

そう、本書を比類なきものにしているのは、金ぴか時代のアメリカを忌避した知識人たちが日本における「滅びゆくもの」を偏愛したゆえんもまた、じつは金ぴか時代を促進させた進化論的学説と無縁ではなかったという、きわめつけのアイロニーなのである。【評 巽孝之(慶応大学教授・アメリカ文学)】

■2008/01/06, 朝日新聞 朝刊, 13ページ

みなさん、さようなら
みなさん、さようなら久保寺 健彦

幻冬舎 2007-11
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おすすめ平均 star
star設定が面白い作品です。
starカリカチュアされた日本人か!?
star特殊な世界、でも共感性の高い物語

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高度成長期には憧(あこが)れの的であったのに、いまでは過疎化と高齢化が進む団地。『みなさん、さようなら』は陰りが見えはじめた80―90年代の団地が主役の物語だ。

物心ついたときから団地に住み、団地の子どもたちが通う小学校を卒業し、団地から一歩も出ることなく暮らすと決めた「おれ」。団地の中には何だってある。遊戯室もトレーニングルームも視聴覚室も図書室も保育園も商店も郵便局も内科医院も。団地の外にある中学校へは不登校で通し、その後は団地内のケーキ屋で働きはじめた。団地の中で恋愛をして婚約にもこぎつけた。結婚しても団地にいようと考えていた「おれ」に、しかし彼女はいったのだ。

「子供はどうするの?」「子供もずっと団地に縛りつけられなきゃならないの?」

団地の中で身体を鍛え、団地の図書室で知識を蓄え、仕事も友達も恋人も団地の中で調達してしまう少年にニックネームを与えれば「箱庭の中のヒーロー」だろう。

小学校を卒業した年から30歳になるまでの17年間に、同じ団地に住む107人の同窓生は櫛(くし)の歯が欠けるようにどんどん外に流出してゆく。そんな団地の中をパトロールして歩く彼は、地球防衛隊ならぬ、たったひとりの団地防衛隊の趣すらある。ある意味これは「ちょっとズレたヒーロー譚(たん)」なのだ。なぜ彼が団地の外に出られなくなったのか、その理由(ショッキングです)を知れば、異化されたヒーロー譚という読み方もそう的外れではないと思ってもらえるんじゃないかな。

作者の久保寺健彦さんは、この作品で第1回パピルス新人賞を受賞。2007年には別の作品で第1回ドラマ原作大賞選考委員特別賞と第19回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞も獲得、一挙に3冠に輝いた話題の大型新人だ。

若干の不満をいえば、もう一方の受賞作『ブラック・ジャック・キッド』(新潮社)も『みなさん、さようなら』とかぶる作風。両作とも器用にまとめすぎの感ありだ。舞台は箱庭でいいのさ。でも作者には箱庭を壊すゴジラの気概を期待してるよっ。【評 斎藤美奈子(文芸評論家)】

■2008/01/06, 朝日新聞 朝刊, 14ページ

富豪の時代―実業エリートと近代日本
富豪の時代―実業エリートと近代日本永谷 健

新曜社 2007-10-30
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自信を持てなかった明治の富豪たち

今の日本の中には一方で、学歴も何も関係ないじゃないか、金があることが一番だという考え方がある。しかし社会全体が、こうした価値観で一元化されているわけではない。金があって贅沢(ぜいたく)ができることを素晴らしいと賛美する向きはあるが、金満家たちの行動は金のあるにまかせて粗暴であると、反発する意見も無視できない。

本書によれば、明治期に巨万の富を築いた財閥の当主たちは、幕末に低い身分であったことから受けた屈辱や、財力のある者が身分差別を超えていける実情を目にしたことが動機となって、蓄財に励むようになったという。そこに生じたのは、金銭に大きな価値を見いだすような志向である。実際に彼らは、事業経営で成功し致富(ちふ)することによって爵位まで与えられ、新しいエリート層の一員として社会的に認知されるようになっていった。

とはいえ彼らは、金銭万能という価値観を表明することはなかった。彼らはむしろ、自らの国家への貢献や質素倹約を強調しているのである。著者はその理由に、彼らの蓄財に関するダーティーなイメージがジャーナリズムの上で強かったことを挙げている。

むろん一方では、成功した実業家への社会の注目度は高く、明治後期には『実業之日本』のように、彼らの生き方を青年の模範とする雑誌も出現した。しかし他面で彼らは成り上がりの「奸商(かんしょう)」といった厳しい世間からの批判にさらされ続けていたのである。

「富豪」たちの活動を正当化する説明の一つは、彼らが生産的な「実業」という新しい価値に従事しているというものだった。だがその蓄財は、実際はマネー・ゲームの「虚業」にもよっていた。著者は彼らが、社交的な茶会などの実業家文化を育てたものの、社会的な威信を帯びた独自の上流階級文化を創(つく)れなかったと見ている。財閥の当主は「超」のつく金持ちだったが、その彼らにしても外部の批判を恐れ、社会の模範になりえない面があった。彼らを本当の自信が持てなかった階級として位置づけた、ユニークな視点が光る本だった。【評 赤澤史朗(立命館大学教授)】

■2008/01/06, 朝日新聞 朝刊, 14ページ

仏果を得ず
仏果を得ず三浦 しをん

双葉社 2007-11
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おすすめ平均 star
star古典芸能ユーモア青春小説
star文楽を観に行きたくなる!
star伝統芸能はたいへんだ

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デーンと最初の撥(ばち)音がひびく。と、観客の眼(め)の前で冥界がよみがえる。命のない人形に魂が吹き込まれ、かつて生きられた人間の苦患と激情の暗い道をたどり返す。

そんな文楽の魔力に引き込まれた作者が本作『仏果を得ず』を一気に書き上げた。主人公はまだ若くて修業中の笹本健(ささもとたける)大夫。タイトルは作中で主人公が思いがけぬ抜擢(ばってき)を受けて語る『仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)』六段目の勘平にちなむ。主君の緊急時に腰元のお軽と密会していて失敗し、敵討ちの仲間に入ろうとして再度しくじり、カンチガイで切腹してしまう粗忽(そこつ)な男だ。

最後にやっと連判に加えてもらうと、仏果を得て成仏するのを拒否し、魂魄(こんぱく)この世に留(とど)まって敵討ちの供をすると絶叫して息絶える。勘平の人気はその未熟さにある。だからといって、忠義などに縁のない現代の若者がいきなりこの大役を語れるのだろうか。

健大夫は、文楽協会が募集する技芸員の中から頭角を顕(あらわ)してきた成長株である。代々の文楽家系出身者との間で、激しく芸道の火花が散る。

物語は、健大夫がみごとに六段目を語りきるハッピーエンドに向かって進行する。ラブホテルに寝泊まりする貧乏暮らしも、身の上に起きる恋愛事件も主人公の芸を磨く。芸能をテーマにした一種の教養小説といえる。

作中で上演される『女殺油地獄(おんなごろしあぶらのじごく)』『妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)』『心中天の網島』といった名作のハイライトシーンが文楽ファンにはこたえられない。

健大夫は「忠義を描くのではなく、忠義に翻弄(ほんろう)されるひとの心の苦しみと葛藤(かっとう)を描いた」という解釈で勘平切腹を語り切り、「魂が首筋から抜けでて頭のうしろで浮遊する感覚」に取り憑(つ)かれたような熱演で大喝采を博する。

こんなに明るくていいのかと思うほど向日的な作中世界で、気難しい三味線の鷺澤兎一郎(さぎさわといちろう)がひとり異彩を放つ。鳴らされる糸の音色が、時には重く皮肉に、また澄みわたって場面を引き締める。

二人の間にもっと「弾き殺すか、語り殺すか」の真剣勝負のスリルが書き込まれていてもよかったと思う。【評 野口武彦(文芸評論家)】

■2008/01/06, 朝日新聞 朝刊, 14ページ

日本人にとって英語とは何か―異文化理解のあり方を問う
日本人にとって英語とは何か―異文化理解のあり方を問う大谷 泰照

大修館書店 2007-10
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一昨年海外に出かけた日本人は約1800万人。史上2番目に多い記録だという。国際化に伴い、交換留学、駅前留学が盛んに行われ、第2公用語化が目指されるなど、英語教育はますます熱を帯びている。

しかし、果たして日本人の英語力は向上しているのだろうか。国際感覚豊かな「国際人」が育っているのだろうか。筆者は、海外旅行や英語の学習は、国際理解のためには意外に無力で、時に偏見や誤解を増幅する危険すらあると説き、安易な異文化理解の「幻想」に警鐘を鳴らす。

興味深いのは、日本人の英語熱が周期的なサイクルを繰り返してきたという指摘である。終戦後、日本人は「鬼畜米英」から手のひらを返して「一億総英語会話」に急変したが、高度成長の達成と共に熱は薄れ、英語教育の時間は一貫して減少し続けた。しかし、バブルの崩壊という「第二の敗戦」以降、英語への異常なまでの接近が再開し、今なおそのブームの中にあるという。英語の礼賛と排斥が繰り返され、人々が踊らされる様が、何とも哀(かな)しい。

言語・文化の多様性と相対性、真の異文化理解のあり方について考えさせられる好著である。【奈良岡聰智(京都大学准教授)】

■2008/01/06, 朝日新聞 朝刊, 15ページ

戦前の少年犯罪
戦前の少年犯罪管賀 江留郎

築地書館 2007-10-25
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おすすめ平均 star
star非常に興味深い事例研究ではあるが・・・。
starワイドショーがたれ流す俗説に反して
star戦前幻想への皮肉、とともに…

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「最近、少年の凶悪事件が増加している」と聞かない日はないが、本当なのか。戦前の新聞を丹念に読み込んだ著者は、そこから「同級生殺し」「親殺し」「幼女殺人」といった少年や若者による犯罪の記事を徹底的に洗い出す。そして、戦前は数的にも質的にも今よりはるかにひどい少年犯罪があふれていたこと、さらに「いじめ」「ニート」といったいかにも現代ならではと言われる現象も、実はその時代から存在していたことを浮き彫りにする。

なるほど、ここに並べられた目をおおいたくなる事件を眺めていると、“昔の子どもはよかった”“現代の子どもはモンスター”的な言い方には何の根拠もないことがよくわかる。しかし、「ジャーナリストも学者も官僚なども物事を調べるという基本的能力が欠けていて、妄想を垂れ流し続けています」という著者の憤りはよくわかるのだが、戦前の子どもは「簡単に人を殺し」、現代の子どもは「ほんとにおとなしくなった」とまで言うのもやや断定的すぎるのではないか。データは少年犯罪の増加を示していないのに人々の不安は高まる一方、というところにこそ子どもをめぐる最近の問題の本質があるのでは、とこの労作の著者に尋ねてみたい。【香山リカ(精神科医)】

■2008/01/06, 朝日新聞 朝刊, 15ページ

サーブ&ボレーはなぜ消えたのか―テニスに見る時代の欲望 (ベースボール・マガジン社新書 (005))
サーブ&ボレーはなぜ消えたのか―テニスに見る時代の欲望 (ベースボール・マガジン社新書 (005))武田 薫

ベースボール・マガジン社 2007-11
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おすすめ平均 star
starタイトルの答えは結局分からず…
starこれはテニスの歴史の本

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「サーブ&ボレー」とはテニスプレーヤーがサーブを打った後、ネットに飛び出して行く攻撃的戦術。そこには「ローン(芝)テニス時代の肉体の無理を感じさせない自然な流れがある」と該博な知識で鳴らすスポーツライターが懐旧する。

著者はその代表的プレーヤーとしてマッケンロー、エドバーグ、神和住純、鈴木貴男、また女子ではナブラチロワ、井上悦子、ノボトナらの名を挙げる。

だが今、時流に乗っているのは、ダブルハンドによるベースラインからの激しい打ち合いだ。ボルグ、アガシに象徴的だったこのパワーテニスはどこか退屈と著者は本音を明かす。

結果、本家ウィンブルドンの芝の踏み跡は、ベースラインの周りだけ地肌が露出することに。その一大変化の発見と謎解きが本書の読ませどころなのだが、著者が“パワーの時代”を嘆かずに済んでいるのは、現役ナンバーワンのロジャー・フェデラー(26)に融合型テニスの究極を見いだすから。“現人神(あらひとがみ)”の出現がもしなかったら、と読了後、逆に心配になってきた。

テニスの発展プロセスは、女性を巻き込みつつ逸早(いちはや)くプロ世界を形成した先進性の歴史――という解釈にも目から鱗(うろこ)が落ちる。【佐山一郎(作家)】

■2008/01/06, 朝日新聞 朝刊, 15ページ

中原の虹 (全4巻)
中原の虹 (全4巻)浅田 次郎

講談社 2007-11
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『蒼穹(そうきゅう)の昴』から約十年、続編となる『中原の虹』が完結した。張作霖が一大軍閥を築くまでを派手な活劇を交えて描く冒険小説、張作霖の下で戦う春雷(チュンレイ)、西太后腹心の宦官(かんがん)となった春児(チュンル)――敵味方にわかれた李兄弟をめぐる人間ドラマ、清朝滅亡後の謀略に満ちた覇権争いを追った政治スリラーと、息をもつかせぬ展開が連続するので、全四巻ながら長さを感じさせない。

天命の象徴とされる「龍玉」の争奪戦というファンタジックな設定を導入することで、複雑怪奇な中国の近代史を分かりやすく活写した手腕は脱帽もの。悪役とされてきた張作霖を民衆の支持を集める馬賊の頭目とする一方、辛亥革命を成功させた孫文を凡庸と評するなど、今までにない独自の歴史解釈が随所に見られるので、目から鱗(うろこ)の発見も多い。

日中関係は先の大戦の影響もあって、負の側面ばかりが強調されている。だが著者は、日本は古くから文化先進国の中国を尊敬し、中国も植民地化されることなく近代国家になった日本を見習うべく多くの留学生を送ったことを指摘する。埋もれてしまった日中の輝かしい交流史を発掘していく本書を読むと、現代と未来のために歴史を学ぶことの重要性が実感できる。【末國善己(文芸評論家)】

■2008/01/06, 朝日新聞 朝刊, 15ページ

新聞記者 疋田桂一郎とその仕事 (朝日選書 833)
新聞記者 疋田桂一郎とその仕事 (朝日選書 833)柴田 鉄治/外岡 秀俊

朝日新聞社 2007-11-09
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あるべき新聞記事を追求し続けて

02年、ひとりの著名な記者が亡くなった。「管理職にしては惜しいと考えられた大記者」「朝日新聞の文体をつくった」などといわれた疋田桂一郎である。

洞爺丸遭難や伊勢湾台風といった大災害や事件の現場報告、取材班を組んで自衛隊や米航空宇宙局(NASA)など巨大な組織の全体像を紹介した長期連載、平和の意味をしばしば論じた「天声人語」など……。本書は、疋田の文章から代表的なものを選び、その足跡を紹介する。

「何を語るか? 東大生らの遭難」と題した1959年の記事が印象的だ。6人の死者を出した北アルプスの遭難現場に足を運んでまとめた。当時、登山での事故死に人々は寛容で、死者を英雄のごとく扱いたがった。だが、同じスポーツでも円盤投げやフェンシングなら、過失致死事件として捜査がなされるだろう。海難事故では審判が行われるのが当然だ。なぜ山岳事故は違うのか、「英雄扱いはお門違い」と問いかけた。

新聞の役割、さらにはジャーナリズムに関する論説や講演録も収める。75年、ある銀行のエリート行員が重度障害児の我が子を「餓死させた」という罪で有罪判決を受け、その後、自ら命を絶った。新聞は警察発表そのままに報じたが、あとで供述書や公判記録などを突き合わせると、警察の予断を真に受けた報道の矛盾と限界が見えてくる。「このような事件報道が、人を何人殺してきたのか」と、今日でいう報道被害に警鐘を鳴らす。

疋田は、武威を張る者や権力に擦り寄る輩(やから)には侮蔑(ぶべつ)のまなざしを向け続け、権威に反する姿勢を貫いた。「日本の社会は何かあると雪崩現象を起こし、一方向に流れやすい。新聞はこれに待ったをかけることが大事だ」と述べ、「ものごとをより多角的、多面的な鏡で乱反射させなければ、今日の読者は満足してくれない」とも主張した。新聞の持つ力とは何か、何のために存在しているのか。インターネットというメディアにその位置を脅かされている今日だからこそ、意義ある問題提起だろう。【評 橋爪紳也(建築史家)】

■2008/01/06, 朝日新聞 朝刊, 15ページ

親の家を片づけながら
親の家を片づけながらリディア・フレム 友重 山桃

ヴィレッジブックス 2007-10
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おすすめ平均 star
star親について考える人生の指針の書。

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精神分析の祖、フロイトは、親の死は〈理解と説明のしがたい感情〉を呼び起こすものである、と言っているが、人は、皆、喪(うしな)ってはじめて考え始める。

「親とは、自分にとってなんだったのだろう」と。

親は、自分の命を生み出し、自分が今、ここにいることに深くつながる存在だ。にもかかわらず、謎にみちていて、実は、親のことなどなにも知らなかった、との思いに打ちのめされたりする。

フロイト研究で知られる本書の著者、リディア・フレムもそう。父亡き後、一人暮らしをしていた母を亡くし、両親の残した家を丸ごと片づける、という場面に直面し、彼女は、戸惑い、混乱する。

なにしろ、立ち入ることの許されなかった親の人生の痕跡があらゆる物にしるされているのだ。

母の美しい手縫いのドレス、著者が生まれた時の入院費、電話代の領収書などなど……。ナチスドイツのユダヤ人強制収容所から生き延びた過去を背負う母には、「自分の安否を伝える小さな紙切れ」という遺品もある。

その親から愛された記憶、愛されなかった記憶が蘇(よみがえ)る。誤解を繰り返してきた母と娘の関係の傷が痛みだす。

喪失感、罪悪感、解放感……、著者は、親の家を片付けるという困難の前で途方に暮れ、自問自答のごとくあふれ出てくる言葉を次々と吐き出していく。

著者のこのごく私的な体験の言葉が、読者の「親を喪った」日を思い起こさせる。当時の波立つ感情や苦痛が共振してくる。

喪失の苦痛や混乱は、言葉にすることで整理され、癒やされる感情だ。その意味で、遺品の整理は、親が子どもに与えた最後の対話の時間なのかもしれない。

この時間を経てこそ、苦しみも謎も含めて、親の人生をありのままに受け取っていける。それは自分自身を受け入れ、新しく旅立つために必要な儀式でもあるのだろう。

母の遺(のこ)した揺り椅子(いす)に座り、母の人生の謎に思いを馳(は)せる、そんな時間を私も著者から贈られた気がした。【評 久田恵(ノンフィクション作家)】

■2008/01/06, 朝日新聞 朝刊, 15ページ

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