メイン > 朝日新聞日曜版『書評』 > 2007年9月9日~9月16日

官邸崩壊 安倍政権迷走の一年
官邸崩壊 安倍政権迷走の一年上杉 隆

新潮社 2007-08-23
売り上げランキング : 14

おすすめ平均 star
star痛々しいねえ・・・
starよくわかる安倍内閣
starまさにベストタイミングの発行

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朝日新聞の世論調査によれば、発足時の2006年9月に63%もあった安倍内閣の支持率は、参議院選挙に大敗した直後の2007年7月末には26%に急落していた。

当初「戦後レジームからの脱却」を呼号して鳴り物入りで船出した政権が、成立後わずか一年に満たないうちにかくも鋭角的に失速したのはなぜか。策源の首相官邸では何が起きていたのか。本書は、手で触れれば火傷(やけど)するくらいホットな政治状況に立ち向かった時局ドキュメントであり、かつまた、やり直しの利かない一回限りの政治劇に独特の《史眼》を閃(ひらめ)かせ、現代日本史にいちばん新しいページを書き込んだ一冊である。

頼山陽の『論権』に曰(いわ)く、「人主、千手万目(せんしゅばんもく)あるにあらざれば、則(すなわ)ち勢として人を使わざるを得ず。大臣(だいしん)を使えば則ち大臣その権を竊(ぬす)み、小臣を使えば則ち小臣その権を竊む」と。「権を竊む」とは君主側近の臣下が権力への通路を占有することだ。権力者は権力を手にした瞬間から運命的に無力になる。

ジャーナリズムの使命は権力の監視にあると自負する著者は、前著『小泉の勝利 メディアの敗北』で、「政治とは権力闘争であり、その権力の最大の源泉は人事である」といい、小泉前首相が長期政権を維持した秘密は「人事の妙」にあったと断じている。最後まで「権を竊」ませなかったのである。

側近はどんな人脈か、政策決定にどんな人物が介在するか、政権では《誰》がどんな役割を果たしているか。そのフィルターを通して見えてくる首相昵近(じっきん)のグループ、別名「チーム安倍」の解剖が本書の独壇場である。

著者はたんなる政治記者風の情報通ではない。(1)筆が速い、(2)情報の信頼度が高い、(3)適度に意地が悪い、と三拍子揃(そろ)ったスタイルが読者を問題の核心に引きずり込む。就任直後の首相に、電撃的な中韓訪問で輝かしいスタートを切らせた若き側近たちの自信、忠誠心競争、功名争いが、間もなく自画自賛と自己顕示に変質し、初期には成功の要因だったチーム編成自体が危機の誘因に反転するアイロニーの分析は冷酷なまでに冴(さ)えている。

続々と明るみに出る首相官邸の内幕は、靖国参拝の「曖昧(あいまい)戦略」とか「カメラ目線」とか話題に富んでいて読者を飽かせない。面白がっている場合ではないが、とんでもない失敗の数々は読んでいて笑える。本書中ではもちろん名指しで、容赦ない批判を浴びせられるのが首相秘書官と首相補佐官である。「何よりも、安倍からの評価、そして安倍といかに自分が近しいかをアピールすることが優先される。仕事の中身は二の次だ」という一文など語り得て妙ではないか。

年金不安、大臣の自殺・更迭のドミノ現象など不測の事態が相次いで安倍政権を襲い、「美しい国」はどこかに霞(かす)んでしまった。改造人事も思うに任せず、首相はついにあの《権力と無力との不可避の内的弁証法》(K・シュミット)を統御しきれずに終わった。

予想や推測によらず、検証力で安倍政権崩壊の必然を洞見していたこのスリリングな一冊は、国民の政治に向ける眼(め)を肥やす。【評 野口武彦 文芸評論家】

■2007/09/16, 朝日新聞 朝刊, 9ページ

ヒバクシャの心の傷を追って
ヒバクシャの心の傷を追って中沢 正夫

岩波書店 2007-07
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相撲協会から厳しい処分を受けた横綱・朝青龍は、「解離性障害」と呼ばれる心の病に陥ったという。協会の処分が、心の崩壊の危機を招くほどの心的外傷になったというのだろうか。にわかには信じがたいが、もしそれが本当だとしたら、本書の筆者が「史上最悪の外傷記憶」と繰り返す被爆体験は人の心にいったいどれほどの危機をもたらすのか、想像にあまりある。

しかしこれまで被爆体験がもたらす心の障害については、「深刻な傷があって当然」という以上の具体的な報告、分析がほとんどなされてこなかった。その中でこの心の被害を具体的に記載し、構造化する試みに長年、取り組んできた精神科医の筆者は、被爆体験者の心の被害がきわめて特殊かつ重篤なものであることに気づく。

多くの人に心的外傷によるストレス性の後遺症いわゆるPTSDが起きている、というところまでは誰にも想像がつくだろう。ところが被爆によるPTSDでは、一瞬にして被爆当日に連れ戻されたかのように記憶が再現するフラッシュバック体験がいつまでたっても少なくならないのだ。60年後の調査でも、爆心地に近いところで被爆した人の実に4割以上が今なおそれに苦しんでいることがわかった。しかも時間がたつにつれ自分が生き残ったことや犠牲者を救えなかったことへの罪悪感が強くなり、苦悩はより深まっていく。

筆者は、このようにPTSDが薄れずに続くのは「放射能による後障害やその恐れが、次々と、新たなる心的外傷を形成するから」ではないか、と結論づけている。

「ちょっとした猟奇事件がおこるや『心のケア』が叫ばれ」る報道を見るにつけ、筆者は「被爆者と何というちがいだろう」と思い、なぜ彼らの「心の傷」が治療・補償の対象にならないのか、と疑問を感じるという。私たちはつい目の前の「心の傷」に目を奪われがちだが、日本社会には62年たってもなお減衰しない未曽有のPTSDに苦しむ人たちもいることを知る義務が、ここで暮らす誰にもあるのではないだろうか。【評 香山リカ(精神科医)】

■2007/09/16, 朝日新聞 朝刊, 10ページ

ハル、ハル、ハル
ハル、ハル、ハル古川 日出男

河出書房新社 2007-07
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おすすめ平均 star
star走る、走る、走る、、、、良識をひと蹴りする三つの話
star本を読まない人にもおすすめできる本

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きみはもう読んだ? 『ハル、ハル、ハル』。マジやばいっすよ、この小説は。読むとテンションの高さがうつるからね。あと口調も。本を読みながら息がハアハア上がるって、あんまりない体験だと思うんだけど、この小説は呼吸と脈拍に影響が出る。それはこの本が読者に「走る」ことを強要するからだ。

表題作に登場するのは3人の「ハル」である。

13歳の晴臣(ハルオミ)は母に捨てられた。8歳の弟といっしょに。金は底をついている。そして拳銃を手に入れた。13歳にして彼は「ノワール(犯罪小説)」に近いところに立ってしまった。

16歳の三葉瑠(ミハル)は家出の常習者である。母は何度も結婚した。家庭は幸福ではない。彼女はこれまで山ほど書かれてきた不幸な「家族小説」の主人公なのだ。

ひょんなことから2人は出会い、タクシーをジャックする。タクシーの運転手、原田悟(ハらださとル)は41歳。エリート昇進レースから脱落し、会社をリストラされて以来ろくでもない人生だった。そして晴臣と三葉瑠を乗せた瞬間から「ロード・ノベル」に巻き込まれるのだ。

3人の「ハル」はそう、三者三様に社会の矛盾を背負った、いってみれば犠牲者なのだ。だけど、そんなつまんないことを古川日出男はだらだらと説明しない。かわりに巻頭で異例の宣言をする。

〈この物語はきみが読んできた全部の物語の続編だ。ノワールでもいい。家族小説でもいい。ただただ疾走しているロード・ノベルでも。いいか。もしも物語がこの現実ってやつを映し出すとしたら。かりにそうだとしたら。そこには種別(ジャンル)なんてないんだよ〉

かくして3人の「ハル」は疾走し、読者も疾走する。

言葉って、切羽詰まると解体されて文章の体をなさなくなるのね。だから読んでる人の息も上がる。同時収録の他2編もそう。そこにあるのは事件をニュースとして語る言葉(たとえば良識的で他人事(ひとごと)然としたワイドショーのような!)の対極にある言葉である。ともに走れ。絶望を共有せよ。そんな声が聞こえる。【評 斎藤美奈子(文芸評論家)】

■2007/09/16, 朝日新聞 朝刊, 10ページ

国のない男
国のない男カート・ヴォネガット 金原 瑞人

日本放送出版協会 2007-07-25
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おすすめ平均 star
starヴォネガット爺さんの最後の叫び
star翻訳が…
star老作家の憤怒と呪詛

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本書は、現代アメリカの偉大な作家カート・ヴォネガットの最新エッセイ集にして遺作である。大好きな作家の新作がもう期待できないというのはなんとも悲しい。だが、ともかくも新作が読める幸せに浸るしかあるまい。

軽妙だが深刻、おかしいが悲しい、荒唐無稽(こうとうむけい)っぽいが妙にリアル。ヴォネガットの小説は、複雑にして単純な人間の姿をみごとに描き出してきた。エッセイにしてもまたしかり。

かつてヴォネガットは拡大家族という概念を提唱した。赤の他人でも家族だと思えば人々の孤独は癒やされ、自(おのずか)ら世界は平和になるはずといったところか。汝(なんじ)の隣人を愛せよと言い換えてもいい。ただしこれは宗教ではない。

徹底した無神論者にして自由思想家であるヴォネガットは自らを人間主義者と呼ぶ。当然、死後の世界など考えない。したがって、亡くなったヴォネガットに対して、「カートはいま天国にいるよ」というのがいちばん気の利いた最高のジョークとなる。

だが、実の家族どうしでも心はかよわず、平和はいっこうに訪れない。もう怒る元気もない。涙もユーモアも枯れた。「わたしはおもしろいことの言える人間だったのに、もう言えなくなってしまった。……腹立たしいことがあまりに多くて、笑いでは対処しきれなくなってしまったからだ」と、本書でも書いている。「唯一わたしがやりたかったのは、人々に笑いという救いを与えることだ」ったというのに。なんてこった。世の中は、それほど殺伐としてしまった。

本書で語られている言葉はすべて真実を突いている。「みなさんにもひとつお願いしておこう。幸せなときには、幸せなんだなと気づいてほしい」と言われると、不満ばかり言っている自分が恥ずかしくなる。「百年後、人類がまだ笑っていたら、わたしはきっとうれしいと思う」。われわれはこのメッセージをしっかりと受け止め、幸せだと気づける人を一人でも増やしていくしかないだろう。ありがとう、ヴォネガットさん。あなたに神のお恵みを!【評 渡辺政隆(サイエンスライター)】

■2007/09/16, 朝日新聞 朝刊, 10ページ

万太郎松太郎正太郎―東京生まれの文士たち
万太郎松太郎正太郎―東京生まれの文士たち大村 彦次郎

筑摩書房 2007-07
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まず、着想がいい。東京生まれで東京育ちの著者は東京人の美質も弱点もよく知っている。また、文芸編集者だったので、文人たちの内情や心情に通じている。そして、なによりも文章がいい。

久保田万太郎と川口松太郎と池波正太郎は、下町の浅草生まれで互いにかかわりがあった。万太郎と前後して「三田文学」から文壇に出た水上瀧太郎と、広津和郎は山の手生まれだが、瀧太郎はお屋敷育ちで、和郎は貧しかった。硯友社(けんゆうしゃ)の著名な小説家だった父の柳浪が、時代にとり残され、零落していたからだ。

1章から5章までの人物像は的確に描きわけられ、構成が連句のようなので、物語としてもおもしろい。

小説だけでなく戯曲も書いた下町の作家たちには、自分の世界を守って一歩も譲らぬ職人気質が共通していた。

6章は下町生まれ、7章は山の手生まれの文人たちを、明治から現代までたどる。著者の親交した作家も多く挿話も豊富だが、吉田健一の場合、世評高い晩年の評論や小説にふれず、石川淳は「少数の熱狂的な読者の賞賛を得るにとどまった」とある。〈売れるが価値(勝ち)〉の当代以前、部数と文学的評価は、別ものだったはずなのだが。【評 杉山正樹(文芸評論家)】

■2007/09/16, 朝日新聞 朝刊, 11ページ

私と20世紀のクロニクル
私と20世紀のクロニクルドナルド・キーン 角地 幸男

中央公論新社 2007-07
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いま85歳の筆者はいうまでもなく日本文学研究の第一人者である。日本文学の海外紹介の道を開拓し、万葉集から現代までの日本文学史を25年かけて完成。80歳直前に明治天皇の生涯を書き上げ、なお足利義政や渡辺崋山にとりくんだ。そんな知的バイタリティーの持ち主による、20世紀の世界的事件とからませての回想記だが、奥行きがある。

生涯の友となった永井道雄、嶋中鵬二をはじめ、源氏物語を英訳したアーサー・ウェイリー、川端康成、谷崎潤一郎、吉田健一、三島由紀夫、安部公房らとの交流はもちろん、伝説的な映画女優グレタ・ガルボなど、驚くような名前もでてくる。母親が逝った日に、日本から菊池寛賞受賞の知らせが届き、悲しみの淵(ふち)から救う。日本との不思議な偶然がたびたび起こる。

大学時代に学んだ一番肝心なことは、「作品を読み、それについて考え、なぜそれらの作品が古典とされているかを自分で発見すること」だったという。

「私は信じられないほど幸運だった」と述懐しているが、その幸運をみちびいたのは、学問のみならず、対人関係でも、この情熱を貫いたからではないか。優れた学究が人生の達人という稀有(けう)な例だと感じた。【評 由里幸子(前編集委員)】

■2007/09/16, 朝日新聞 朝刊, 11ページ

シャンパン歴史物語―その栄光と受難
シャンパン歴史物語―その栄光と受難ドン・クラドストラップ ペティ・クラドストラップ 平田 紀之

白水社 2007-07
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おすすめ平均 star
starシャンパンの歴史

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ブドウに殉じた人々の苦難の象徴

現在日本のワイン業界は、ちょっとしたシャンパンブームに沸いている。ただの発泡性ワインではない本物の「シャンパーニュ」ブームだ。ここ10年ほどワイン全体の消費量が横ばいのなか、シャンパンの輸入量は3倍。みんな大好き、シャンパン。ミーハーな私は、恥ずかしながらウンチクの仕込みのつもりで本書を手に取った。そして打ちのめされた。

シャンパン(フランス語風に書けばシャンパーニュ)とは、フランス北東部のシャンパーニュ地方で造られる発泡性のワインであり、その名を称するにあたっては厳格な規制がある。高校で世界史をマジメに勉強した人なら、この地名を中世の商業上の要地として覚えておいでであろう。「シャンパーニュの大市」である。その頃のシャンパーニュのワインに泡はなく、大市で商われることもなかった。そこからいわゆるシャンパンが定着し、ナポレオンがモエのシャンパンを愛飲するあたりまでは、シャンパーニュにまつわる歴史ウンチクのオンパレードだ。

しかし次第に話は深刻になってくる。偽シャンパン問題(市場の発達にともなって、外部の安価な原料を使い、粗悪品を濫造(らんぞう)して輸出する構図は今日の食品偽装問題と同形である)、シャンパーニュの地理的な線引きを巡る内乱寸前の混乱、そして戦争である。

そもそも商業上の要地であるということは、交通の要衝でもあり、シャンパーニュはローマ時代の昔から戦争の色の濃い土地であった。だが、近代以降の戦争、すなわち普仏戦争と2度の世界大戦(特に第1次大戦)は、この地を徹底的にたたきのめした。文字通り戦場となったこの地で、爆弾の雨が降り、塹壕(ざんごう)に切り刻まれるなか、シャンパンを守ることは、おのが生業を守ることであり、父祖伝来の土地を守ることであり、そしてまたシャンパンという象徴を守ることであった。そこにフランス・ナショナリズムのにおいを嗅(か)ぎつけるのはたやすいが、いわばブドウに殉じたひとびとの生きざまは、それを超えて胸をうつ。

なめらかな訳文にも脱帽。【評 山下範久(立命館大学准教授)】

■2007/09/16, 朝日新聞 朝刊, 11ページ

神の法VS.人の法―スカーフ論争からみる西欧とイスラームの断層
神の法VS.人の法―スカーフ論争からみる西欧とイスラームの断層内藤 正典 阪口 正二郎

日本評論社 2007-07
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8月末、イスラーム主義を掲げる公正発展党出身の新大統領が選出されて、トルコ国内が揺れている。大統領本人より、大統領夫人が髪を覆うスカーフを被(かぶ)っていることが、大論争の種だ。

国民の多数がイスラーム教徒(ムスリム)ながら、建国以来世俗主義を国家原則としてきたトルコ。公的空間でのスカーフ着用を認めないはずが、ファーストレディー自らスカーフを被るとは、というのが、欧州連合(EU)加盟を課題とするトルコにとって、困惑の背景にある。

過去30年間、西欧ではムスリム女性のスカーフ着用が、移民社会とホスト国間の最大の問題となってきた。スカーフを被った学生を西欧の公立学校から退学させることを、世俗主義原則の共和主義護持に必要と考えるのか、信教の自由に反すると考えるのか。キリスト教とイスラームの文明の衝突、と安易に見られがちなこの問題の背景を、本書は詳細に分析する。

基底をなす主張は、スカーフをイスラームによる女性への社会的抑圧の象徴とみなす、西欧の視点への疑問だ。西欧はスカーフ着用を、イスラーム社会の女性蔑視(べっし)、後進性、あるいは「原理主義」的主張とみなすが、実際には個人の意思で、自らの倫理規範として、スカーフ着用を選択する者が多い。そもそもイスラーム社会には、教会制度のような統括組織がない。スカーフ現象は、むしろ移民個々のアイデンティティー発露の一形態と見るべきだろう。

女性のスカーフばかりを問題視して、政治的イスラーム主義のより直截(ちょくせつ)な表現形態である、男性のあごひげには何も言わない西欧の対応こそが、女性差別的だ、という編者の指摘は、慧眼(けいがん)だ(序章)。

イランやサウジのような国家が宗教を強制することの不自由さは問題視するが、国家による宗教排除の不自由さは問わない、西欧の政教分離主義。問題は、今後リベラル・デモクラシーをいかに共生へと開かれたものに「鍛え直す」かにある(第1編1章)。

中東研究者のみではなく、憲法学の専門家を交えた執筆陣が、画期的。【評 酒井啓子(東京外国語大学教授)】

■2007/09/16, 朝日新聞 朝刊, 11ページ

オッペンハイマー 上 「原爆の父」と呼ばれた男の栄光と悲劇
オッペンハイマー 上 「原爆の父」と呼ばれた男の栄光と悲劇カイ・バード マーティン・シャーウィン 河邉 俊彦

PHP研究所 2007-07-19
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starオッペンハイマー上「原爆の父」と呼ばれた男の栄光と悲劇

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オッペンハイマー 下 「原爆の父」と呼ばれた男の栄光と悲劇
オッペンハイマー 下 「原爆の父」と呼ばれた男の栄光と悲劇カイ・バード マーティン・シャーウィン 河邉 俊彦

PHP研究所 2007-07-19
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原爆開発後の矛盾を解き明かす

本書は、第2次世界大戦中にアメリカの原爆開発をリードした科学者であり、冷戦期にはアカ狩りによる攻撃で政府の中枢的な地位を追われた、ロバート・オッペンハイマーの伝記である。「原爆の父」と呼ばれた人物が、一転して共産党のスパイ扱いされて追い落とされるというドラマチックな展開から、その真相をめぐってはこれまでにも多くの議論があった。しかしピュリツァー賞を受けた本書は、彼の最良の伝記だろう。

オッペンハイマーに関しては、違法な盗聴記録を含む米連邦捜査局(FBI)の7000ページに及ぶ個人調査ファイルや、彼の追放を決定づける審問委員会の記録が残されていた。本書はさらに、今では亡くなった数多くの人々のインタビューを用いており、非常に複雑で精彩ある彼の風貌(ふうぼう)を伝えている。

著者たちは、アメリカの冷戦外交や核政策に批判的な研究者であり、それがオッペンハイマーの生き方への共感を生み出している。だが迫害された「現代のガリレオ」といった彼の偶像化には、与(くみ)していない。そして彼の個人的な性格に根ざした矛盾や葛藤(かっとう)が、核政策をめぐる重大な政治対立といかに結びついていったかを解き明かそうとするのである。

本書は人類初の原爆実験の成功までを描いた、才能豊かな理論物理学者として活躍する上巻と、国家の核政策決定の中枢に位置する、政治的なエスタブリッシュメントの一員となった時代の下巻とに分かれる。上巻が全体として明るい軽やかな色調で描かれているのに対し、下巻は暗い陰鬱(いんうつ)な叙述で綴(つづ)られている。原爆開発の成功によって、彼の人生はすっかり変わってしまったのである。

本書の底にあるテーマは、同時代のアメリカの中を流れる、合理主義的で自由闊達(かったつ)な世界と、非合理で不寛容な軍事的な重圧との対比にある。オッペンハイマーが生来、自由な世界に生きる人だったことは間違いないが、戦争と冷戦は次第に社会の中の自由の領域を狭め、彼自身も原爆開発を通じて、自ら重苦しい国家の枠組みに入り込んでいった。それが彼を次第に追い詰めていくのである。

彼は一貫して、政治的社会的関心の強い物理学者であった。この政治的関心が彼を、1930年代には共産党に近い人民戦線派に引き寄せ、戦時下には反ファシズムの愛国的な行動に向かわせた。しかし核兵器開発は、思いもかけない巨大な政治問題に彼を直面させる。その中で彼は核の国際管理と核兵器の廃絶を訴えるのである。

戦後の彼は、政府の中枢の一人として冷戦政策に荷担(かたん)していくが、同時に水爆は防御する手段のない武器であるとして水爆開発に反対し、無差別に一般人を殺戮(さつりく)する核報復政策に異論を唱えるのだった。そのリベラル派としての姿勢が、共和党の政権復帰を契機にアカ狩りによる迫害を招くのである。彼の敗北は「アメリカ自由主義の敗北」だったと、著者たちは結論づけている。

今日、世界中への核拡散が新たな脅威をもたらしている。オッペンハイマーの訴えは、より一層切実さを増しているといえよう。【評 赤澤史朗 立命館大学教授・日本近現代史】

■2007/09/09, 朝日新聞 朝刊, 9ページ

外国人犯罪者―彼らは何を考えているのか (中公新書 1911)
外国人犯罪者―彼らは何を考えているのか (中公新書 1911)岩男 寿美子

中央公論新社 2007-08
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多文化共生といえば聞こえがよいが、その実態は和気藹々(あいあい)とした「きれいごと」の世界ばかりではない。現在、東京の留置場に収容されている3割が外国人であるというのが、悲しい現実である。

それでは、彼らはなぜ、犯罪者となったのか? そして、罪を犯したことをどう考えているのか? この問題を考えなければ、必要以上に外国人を拒むことになり、多文化共生は実現しない。

著者は、長年、異文化コミュニケーションを研究し、治安維持にもかかわった。本書は、全国の刑務所の受刑者に大規模な調査を行い、日本人と外国人、男性と女性、犯罪者と一般人を比較した。世界でも類を見ない本である。

まず、外国人犯罪者の来日目的をみると、「金を儲(もう)ける」が、最も多い。正規旅券で入国した者もブローカーに数百万円を支払っている場合が多く、滞在期限を過ぎても、その借金を返せないで不法滞在を続けたり、犯罪に手を染めるケースがある。

そして、外国人受刑者に日本で自分と同じ罪を犯した人が捕まる確率を尋ねると、男子の半数、女子の6割が25%以下と低く考えていた。その背景には、本国で同じ罪を犯しても、捕まる確率が低いと思っていることがある。

また犯罪を起こしたことについて、外国人受刑者は日本人よりも貧困や教育など社会的要因を挙げる者が多く、被害者の痛みに対する共感も薄い。特に、中国人受刑者の6割が「被害者のことを考えたことがない」と答えている。

さらに、刑務所での生活について、中国人は食事の量、欧米人は自由時間、中南米出身者は家族との連絡が思う通りに行かないことに、不満を持っており、男子の8割が本国での服役を望んでいる。

こうした調査結果に基づいて、著者は警察が逮捕した不法滞在者の速やかな強制退去、入国の事前審査中心から入国後の的確な事後チェックへの移行、受刑者の本国への移送推進、検挙率の向上などを提言としてあげる。多文化共生と安心安全な暮らしの両立を考える上で、本書は豊富で貴重なデータを提供する。【評 小林良彰(慶応大学教授)】

■2007/09/09, 朝日新聞 朝刊, 10ページ

アサッテの人
アサッテの人諏訪 哲史

講談社 2007-07-21
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おすすめ平均 star
star買いだと思いますが。
starポストモダンな体裁に比べて、ものすごく分かりやすい小説
star叔父さんに魅力を感じることができない

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先日、翻訳同業者の間で、芥川賞受賞作『アサッテの人』を英訳したらどうなるか、という話になり、「題名の『アサッテ』をどう訳す?」とか「『ポンパ』や『チリパッハ』が訳せない」などと言いあった。「おいそれと訳せない」というのも、翻訳者に言わせれば大いなる賛辞なのである。

本作の語り手の叔父はまじめな勤め人だが、突如「タポンデュー」などと意味不明の語を発する奇癖がある。妻の死を境に、彼の「アサッテぶり」は病的な風狂の域に達し、やがて失踪(しっそう)。本書は、叔父の残した日記や詩と、叔父を題材に語り手が書いた小説の草稿を、現在形の叙述でつなぎ、メーキングプロセスをも作中で見せるという、正調の前衛小説だ。

アサッテの叔父や、彼が出くわす「チューリップ男」は、俳句の定律を守るようにきっちりと社会生活を送りながら、日常の小さな裂け目に、字余り・字足らずのごとく“アサッテの衝撃”を滑りこませる。定型を破壊し、意味を剥(は)ぐ。叔父の愛する「チリパッハ」は、ロシア語でカメを意味するではなく、そこから意味というカメが這(は)い出たあとの「抜け殻」なのだ。言葉の意味を等価に翻訳することすら難しいのに、さあ、その「抜け殻」をどう訳せばいいか? 我々翻訳者はまた盛りあがった。

思えば、イギリス小説の“父”たる『トリストラム・シャンディ』からして、変てこな言葉が迸(ほとばし)る最高の奇人文学であった。現代アメリカには、神経症の探偵の特異な語り口を生かした個性派ハードボイルドもある。翻訳が難しいのは、一語一句に掛け替えのないオリジナリティーがあるということ。しかしそういう翻訳困難な作品ほど、逆説的に翻訳という変容に耐えうる力を有するのだ。

意味不明なものの意味を明確に分析しすぎたきらいはあるかもしれないが、叔父のダダイズム的な闘いを綴(つづ)る作者の筆は思慮深く、ひたむきとさえいえる。小説の黙契や虚構の作為にまっこうから勝負を挑む本書は、そう、「熱い前衛」でもあるのである。【評 鴻巣友季子(翻訳家)】

■2007/09/09, 朝日新聞 朝刊, 10ページ

江戸城が消えていく―「江戸名所図会」の到達点 (歴史文化ライブラリー 239)
江戸城が消えていく―「江戸名所図会」の到達点 (歴史文化ライブラリー 239)千葉 正樹

吉川弘文館 2007-08
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「徳川の平和」の理想、迫真の画法で

たとえば池波正太郎の『剣客商売』の一篇(ぺん)に描かれる風景は、そっくり『江戸名所図会(ずえ)』から写し取られた画面であると著者はいう。本図会には、信頼できる高度な絵画情報が満載されている。

『江戸名所図会』七巻二〇冊、全一〇四四項目。江戸町名主斎藤家が三代にわたって営々と編纂(へんさん)し、天保七(一八三六)年に月岑(げっしん)が完成させた尨大(ぼうだい)な絵入り地誌である。

本書は、その『図会』を江戸の都市メディア史の大きな文脈中に位置づける仕事である。前後二部に分かれ、前半は大まかにいえば江戸絵図の略史。大絵図(全図)から切絵図(区分図)への歩みをたどる。絵図は、一本の線を〇・二ミリで彫るという木版印刷技術を極限まで駆使して地理図像を提供するが、根本に《正確性と情報量の反比例》というジレンマを抱えていたとする指摘は重要であり、この原理が後半の『江戸名所図会』論の理解を助ける。

有名な両国橋図は橋・水面・盛り場・町屋の四種類の空間で構成され、識別可能な人物が一六〇八名数えられるそうだ。莫大(ばくだい)な情報量である。

著者が「江戸の自画像」と名づける本図会は、基本的に「幾何学的遠近法の俯瞰図(ふかんず)」の世界だと規定される。遠距離にある事物を縮小して描く構図が迫真のリアリティを支えている。この画法は「理論的に写真と等しい視覚効果」を発揮するが、実は画面を構成する要素が慎重に選別されていると分析されるのだ。

本図会にはただ一点、駿河町図を除いて、江戸城が描かれていないという。幕府の禁制に触れないよう配慮されているのである。これに対応して絵図でも江戸城の外観は消え、葵(あおい)の紋だけになる。中心部が希薄になるのと引き替えに比重を増すのが場末であり、次々と都市化される周縁部が画面に取り込まれる。

盛り場の人混(ご)みからも犯罪や喧嘩(けんか)や街娼(がいしょう)があらかじめ排除されている。『江戸名所図会』の江戸像は、徳川の平和(パクストクガワーナ)を理想化した「客観的ではないけれどもリアルだ、実感的だという逆説」だったとする見方は、絵画情報解読に大きなヒントを与えてくれる。【評 野口武彦(文芸評論家)】

■2007/09/09, 朝日新聞 朝刊, 10ページ

自衛隊裏物語-みんなの知らない国防組織の真実
自衛隊裏物語-みんなの知らない国防組織の真実後藤一信

バジリコ 2007-07-24
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おすすめ平均 star
star目からうろこの本でした!!
star裏ではない、表です。
star見えないところが・・・

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現在の憲法改正論議の核心は、自衛隊を「自衛軍」とするか否かに集約されると言える。しかし私たちはそもそも、24万人もの隊員を抱える自衛隊の実態をほとんど知らないのではないか。

そういう人は、長年の“自衛隊マニア”とも言える著者が愛を込めつつも、ときには赤裸々にときにはユーモラスにその実態を記した本書を読んで、少なからず驚くであろう。何せ、ほとんどの自衛隊員の関心は国防にはなく、「一般隊員ではギャンブルと酒と女、幹部では自分の出世と老後の安泰」だと言うのだから。しかも、自由も逃げ場もない絶対階級社会の中で常にストレスにさらされ、心を病み、自殺や自傷行為に走る隊員もいる。

「彼らは、自衛隊員である前に、私たちと同じ日本人だ」と主張する著者は、自衛隊も一般社会の縮図なのだから、こういった問題が発生するのもある意味で必然だとする。たしかにその通りであるし、訓練ばかりで実戦もなく「自分が何者かもわからない」状態に陥る職業というのは、ある意味で気の毒であることは確か。とはいえ、ただ笑ってすませるわけにもいかない。マジメな憲法論議の前に一読してみてはいかがだろう。【評 香山リカ(精神科医)】

■2007/09/09, 朝日新聞 朝刊, 11ページ

フラット革命
フラット革命佐々木 俊尚

講談社 2007-08-07
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おすすめ平均 star
star集合知なのか烏合の衆なのか
star教科書が教えないWeb2.0
star読みごたえ十分な「ウェブ現実論」

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出会い系サイトに刹那(せつな)的に安らぎを求めていく女性や、ネット上の世論とリアルな政治との距離感を測りかねてしまった政治家など、インターネットが私たちの住む世界に何をもたらしつつあるのかを、具体例を挙げながら解き明かそうとしたのが本書である。筆者は、ネットが作りだすフラットな空間では、人間関係や政治的関係性など、あらゆるものが呑(の)み込まれつつあると説く。

それはマスメディアも例外ではない。筆者は、新聞など既存のマスメディアが急速にパワーを失いつつあるとして、その理由を二つ挙げる。一つは、誰もが容易に発信できるというメディア特性により、既存のマスメディアをフラット化させるネット特有の言語空間が出現したこと。そして、もう一つは、「われわれ」の喪失だという。これまでマスメディアが代弁してきた「われわれ」=社会全体の意見そのものが、分断され、見えなくなってしまったのである。

ネットの出現によって誰もが同じように意見表明できるフラット化した社会では、「公共性」は誰が担うのか。そして、ネットによる草の根型ジャーナリズムは成立しうるのか。筆者からの問いかけは深い。【評 音好宏(上智大学教授)】

■2007/09/09, 朝日新聞 朝刊, 11ページ

ウナギ―地球環境を語る魚 (岩波新書 新赤版 1090)
ウナギ―地球環境を語る魚 (岩波新書 新赤版 1090)井田 徹治

岩波書店 2007-08
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おすすめ平均 star
star日本人のしてきたこと
starうなぎクンのグレートジャーニイ。海路から空路へ。

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何か怪しいとは感じていた。子供のころは、仰ぎ見るご馳走(ちそう)だったウナギが、数年前からか、スーパーでも山積みされている。ウナギの生態から、流通、資源としての現状までを詳細にリポートした本書を読めば、その謎は解ける。日本人の一人として、深くウナギに謝罪したくなった。

何と、日本人は世界の7割ものウナギをその胃袋に収めているらしい。そのために、養殖用に川を遡上(そじょう)するウナギの稚魚、シラスが世界中から買い集められ、結果、世界のウナギが激減している。今年、ついに、ワシントン条約で、日本の食卓にも上るヨーロッパウナギの取引が規制された。

では、卵から完全人工養殖すればいいのか。いやいや、太平洋や大西洋の深海で産卵するらしいウナギの生態は、謎に満ち、自然の産卵を見た人はいない。人工的に成熟させてウナギに産卵させ、育てる方法も成功してはいるが、企業化にはほど遠い。

さらに、捕獲を逃れた天然ウナギが暮らす川や湖は汚れ、また遡上しようにも、水門や堰(せき)が邪魔をする。魚道を造るなどの対策も、日本では遅れている。

食文化の中での、身近さゆえなのか。失礼が過ぎはしないか。事はグローバルな問題なのです。【評 四ノ原恒憲(編集委員)】

■2007/09/09, 朝日新聞 朝刊, 11ページ

でも、これがアートなの?―芸術理論入門
でも、これがアートなの?―芸術理論入門シンシア・フリーランド 藤原 えりみ

ブリュッケ 2007-07
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おすすめ平均 star
starこれが美学なの?

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こう見ればわかるよ、と導く

たまたま行くことになった美術館。何だかよく分からない物体が、だだっ広いスペースにポンと置いてあって、頭のなかは「?」なんだけど、周りの人たちが真顔で鑑賞しているので、とりあえずフンフンと頷(うなず)いてみる。しかし心の中では「うーん。でも、これがアートなの?」と思わず唸(うな)ってしまうような人(私だ!)、そんな人にお薦めの一冊である。

著者は米の哲学者で、副題に芸術理論入門とあるが、ノリのいい軽妙な文体で、現代アートが芸術たることの意味、文化や市場と芸術との込み入った関係、芸術とジェンダーとの関係、情報技術と芸術の関係などが語られる。扱われる時期は古代からIT時代にまで及び、アートに詳しくない人でもストレスなく読むことができる。次々と提示される具体例の説明を楽しむうちに、芸術を理解可能なものにする芸術理論の意義と面白みが分かってくる。全体を通して「でも、これがアートなの?」という問いに対する丁寧な回答がなされているといえよう。

訳者も指摘するように、マクルーハンやボードリヤールの扱いに多少物足りなさを感じなくもないが、魅力ある導入の書に仕上がっていると思う。【評 北田暁大(東京大学准教授)】

■2007/09/09, 朝日新聞 朝刊, 11ページ

未来への経済論―映画で読み解く私たちの行方
未来への経済論―映画で読み解く私たちの行方小村 智宏

弘文堂 2007-07-10
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star楽しい経済
star身近な題材を通して経済を考えるヒント集

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「エデンの東」にみる分業の本質とは

経済のしくみって、みんな絶対知っておいたほうがいいと思うのね。でも、中高生にもわかる良質な入門書ってなかなかない。吉野源三郎『君たちはどう生きるか』(岩波文庫)や伊東光晴『君たちの生きる社会』(ちくま文庫)が、かつてはその役割を果たしていたと思うんだけど。

『未来への経済論』の著者も似たようなことを考えたんじゃなかろうか。この本は映画を題材に経済を考えようって本なのだ。経済とは「人々が暮らしていくうえで、お互いに支えあう枠組み」のことだと小村さんはいう。で、その本質は「分業」だと。

分業という概念を考える教材は「エデンの東」。農業、製造業、流通業、サービス業というように私たちの社会は役割分担によって成り立っている。ところが分業が高度に複雑化してくると、一見「まっとうでない事業」も生みだされる。「エデンの東」のキャルが手を出した先物取引みたいなね。でもさ、それもまた経済を構成する要素のひとつだったりするわけだよ。

と、こんな感じで、「大逆転」で価格のメカニズムを学び、「ローマの休日」や「太陽がいっぱい」の「いちば」の場面に経済の縮図を見、一方では極端に細分化された分業が「モダン・タイムス」のような非人間的な労働現場も生み出すこと、利益や効率を追求する社会は「自転車泥棒」のように失業という事態も出現させること、分業には「社会的分業」や「組織的分業」のほかに「クレイマー、クレイマー」が描いたような家庭の内と外の分業もあることなど、話は多彩に展開する。

経済、仕事、企業、政府、進歩、未来という6章29項に登場する映画は新旧あわせて30作余。映画ファンには邪道といわれそうだが、これもビデオやDVDなどが充実した現代ならではの活用法だ。

〈決して完璧(かんぺき)ではないのは、人も経済も同じです。それを理解し、受け入れることが、より良い未来へ向かう第一歩となるのではないでしょうか〉という著者の視線はあたたかい。経済って結局社会のことだから。人が見えない経済じゃしょうがないんだよ。【評 斎藤美奈子(文芸評論家)】

■2007/09/09, 朝日新聞 朝刊, 11ページ

あの戦争から遠く離れて―私につながる歴史をたどる旅
あの戦争から遠く離れて―私につながる歴史をたどる旅城戸 久枝

情報センター出版局 2007-08-21
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おすすめ平均 star
star超お薦めです。壮絶な人生に涙が止まりませんでした。
star中国と日本、、、
star終らざる戦後

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異国にとり残された父の運命たどる

「昔、小船で河を渡ってきた日本人の子どもが、村の夫婦にもらわれて育ち、本当の両親の元に帰っていった」

そんな物語が中国東北地方、牡丹江のほとりの小さな村で今も語り継がれている。その子どもを孫玉福(スンユイーフー)、その養母を付淑琴(フースーチン)という。

孫玉福は、貧しいながらも優しい養母に育てられたが、日本人であることを捨てなかった。数百通もの手紙を日本の赤十字社に送り、自分が戦災孤児であることを訴え、28歳で、帰国を果たした。それは1970年。日中の国交が回復される前、中国では文化大革命の嵐が吹き荒れていた混乱の時代だった。

本書は、その孫玉福の娘、「中国残留孤児二世」の著者が、「父と私と異国の祖母」の物語を渾身(こんしん)の力で書き下ろしたノンフィクション作品である。

著者は、父の帰国後に日本で生まれている。父の苦難の歴史を知らずに、ごく普通の大学生になった。が、なにかに導かれるように21歳で中国に留学。日中の歴史を学び、父を育てた祖母の縁者と出会い、戦争に翻弄(ほんろう)された「父の運命の物語」を10年かけてたどっていくこととなった。

異国に一人、とり残された幼い子どもが、誰に愛をもらい、誰に支えられ、どう生き延びて自分の父となったのか。それが自分につながる大切な物語であり、この父の強さと敵国の子どもを守り育てた養母の愛がなかったら、自分がこの世界に誕生することはなかった……。

そのことに、戦争を知らない若い著者が気づき、「父の物語を書く」使命に突き動かされていく経緯が、この作品を深いものにしている。

著者の父、城戸幹(きどかん)は帰国後も言葉の壁に阻まれ、実の父に思いを伝えられなかった。本書はその人生を報われたものに変えた。そして、私たち日本人にとっても、これは、誰かの手で書き残されねばならない物語であったことを伝え得た。

テーマへ向き合う切実さこそが、力あるノンフィクションの書き手を誕生させる、その思いをあらたにさせられる一冊である。【評 久田恵(ノンフィクション作家)】

■2007/09/09, 朝日新聞 朝刊, 11ページ

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