メイン > 朝日新聞日曜版『書評』 > 2007年8月26日~9月2日

ナショナリズムの由来
ナショナリズムの由来大澤 真幸

講談社 2007-06-29
売り上げランキング : 1214

おすすめ平均 star
star壮大な失敗作!?

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

今日、ナショナリズムという言葉には、「偏狭な」という枕詞(まくらことば)がつくことが多い。自由や人権といった普遍主義的な価値がグローバルな建前になっている現代の世界において、ナショナリズムは、理屈の上ではとうに消滅していてもよさそうなものなのに、世間を見回せばナショナリズムはますます蔓延(まんえん)し、世界を見渡せばますます過激なナショナリズムが跋扈(ばっこ)している印象を受ける。本書の直接の主題は、このギャップの背後にある論理を探ることである。

現代の日本を代表する理論社会学者のひとりである著者には、この課題にあたって、自家薬籠(やくろう)中のツールがある。「第三者の審級」の理論だ。「第三者の審級」とは、自己と他者とのあいだの関係に一貫した意味があることを保証するような規範を、それらのあらゆる関係に先立って設定する特別な立場に現れる者のことである。人類史において、それはたいてい神なのだが、時代が下るにつれてそのような超越性の抽象度は増し、その分だけ、そのあらわれ方が入り組んでくる。

この「第三者の審級」の抽象化の複雑な過程を丹念に解きほぐした先に著者が確認するのは、ナショナリズムは、自己の特殊性を単純直接に主張する言説ではないということだ。ナショナリズムは、その表現としてはたしかに特殊主義的ではあるが、それはむしろ、理念的には普遍主義的な価値主張を受け入れた上で自己の立場を正統化しようとする主体が、現実の世界において他者と向き合うときに、一種の論理的帰結として現れる態度なのだ。なぜなら普遍主義的価値は、原理的に実現の途上にあるものであり、ゆえに現実の世界は、その価値を引き受けて未来に属する自己と、その価値を共有せず現在に属する他者の間に、緊張関係を強いるからである。つまり、ナショナリズムは、世界の普遍主義化にもかかわらず激化しているのではなく、世界の普遍主義化ゆえに激化しているのだ。

著者は、この世界の普遍主義化の過程を、近代化した世界がその外部を取り込んでいく過程として捉(とら)えている。古典的には、その過程は西洋と非西洋とのあいだに展開したが、グローバリゼーションによって、今日、取り込みの対象となる〈外部〉は、きわめて流動的で散乱した断片として遍在化している。それが古典的な国民国家を横断し、内部から解体するような新しい(そしてしばしば危険な)ナショナリズムを招いているのである。

著者は、これまでも「第三者の審級」の理論を携えて、オウム真理教や9・11テロなど、「理解を絶した」同時代的事件を積極的に議論の俎上(そじょう)に載せ、鮮やかな解釈を提示してきた。本書での「第三者の審級」の理論の手さばきは、もはや名人芸の域だ。800ページを超える大著だが、心地よい緊張感をもって読みとおせる。あえて言えば、前提になっている世界史の枠組みが教科書的な印象は否めないが、それがむしろパラダイムを内側から総体として描き切る思想的強度を際立たせているともいえる。グローバル化時代におけるナショナリズム論の基準を示す力作である。【評 山下範久(立命館大学准教授・歴史社会学)】

■2007/09/02, 朝日新聞 朝刊, 11ページ

日本/映像/米国―共感の共同体と帝国的国民主義
日本/映像/米国―共感の共同体と帝国的国民主義酒井 直樹

青土社 2007-06
売り上げランキング : 776


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

映画に見る太平洋両端の「共振」

映画を通して、日米を中心にした環太平洋関係を考える批評の決定版が、ついに登場した。

たとえば本書は、「ランボー」シリーズに代表されるハリウッド映画のみならず、「ペパーミント・キャンディー」(99年)などアジア映画全体をも考慮しながら、9・11以後、アメリカ合衆国で渦巻く反動が「アメリカの世界支配のどこが悪い」という開き直りをもたらし、過去の「人類への罪」から植民地主義の遺制と責任、ベトナム戦争に至るいっさいがっさいを、国民ぐるみで黙殺するようになったいきさつを指摘する。これまでの知識人が「国民の良心に訴えることで、過去の帝国主義政策の反省を促」してきた「告発の戦略」は、とうに失効したのだ。

だが、さらに本書が発揮する洞察は、日本生まれながら長くアメリカを代表する教育研究機関で日本史を講じてきた、この著者ならではの複合的な立場によっている。

敗戦後の我が国が形成した国民主義は、必ずしもアメリカのヘゲモニーに対立するものではなく、むしろその一部にすぎなかった経緯を酒井は克明に分析する。そこでは、マイケル・チミノ監督「ディア・ハンター」(78年)において、ベトナム戦争加害者であるのに被害者になりおおせようとしたアメリカと、市川崑監督「ビルマの竪琴」(56年)において、かつての敵国イギリスとの和解をもくろみつつ自らの国民的・民族的・人種的同一性を強化しようとした日本とが、いかに構造的に共振するかが、浮かび上がる。

このように国家的な矛盾を押し隠しながらも国民全体を荒業でまとめあげてしまう装置を、本書は「共感の共同体」と呼ぶ。その背後には、ベトナム戦争のころ、酒井自身が東京郊外の基地に近い地域で育ち、少なからぬ性労働者を目撃してきた自伝的歴史がひそむ。アメリカの現在を批判するとともに日本の戦後史にも斬(き)り込み、共感の共同体がじつは「共犯の共同体」であることを抉(えぐ)り出す視線は、それ自体が、以後の日米関係を考えるのに不可欠な「批評」である。【評 巽孝之(慶応大学教授)】

■2007/09/02, 朝日新聞 朝刊, 12ページ

リトビネンコ暗殺
リトビネンコ暗殺アレックス・ゴールドファーブ; マリーナ・リトビネンコ 加賀山 卓朗

早川書房 2007-06-23
売り上げランキング : 3812


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

ソ連崩壊後の政治、陰謀、そして暗闘

昨年11月、ポロニウム210という放射性物質により亡命先のロンドンで殺害された元ロシア連邦保安庁諜報(ちょうほう)員がいた。『リトビネンコ暗殺』は、00年にリトビネンコ一家のロシア脱出を幇助(ほうじょ)した旧ソ連反体制科学者の友人が、遺(のこ)された妻の協力を得て著した凄絶(せいぜつ)なるロシアの権力闘争の物語である。

ソ連解体後のロシアは政治と経済の激動期に突入した。急速に成り上がった資本家、息を吹き返した共産主義者、そしてKGBの系譜に連なる情報機関のボスたちの間で、映画「ゴッドファーザー」を髣髴(ほうふつ)させる実力抗争が展開される様は驚愕(きょうがく)に堪えない。

リトビネンコは上司から新興財閥の長、ベレゾフスキーの暗殺を命じられたと98年に内部告発し、連邦保安庁長官のプーチンから裏切り者とみなされるようになる。翌年、エリツィンはプーチンを首相に任命し、年末には大統領の座を譲った。

情報機関の権力掌握を助けたのはチェチェン戦争への国民の支持の獲得だった。『ロシア 闇の戦争』はリトビネンコと在米歴史学者の共著。99年にモスクワなどの都市で起き、チェチェン人の犯行とされた一連のアパート爆破テロ事件が実は情報機関の謀略だったことが論証される。

これらの本は情報機関を糾弾する側が書いたものであり、我々が事の是非を判断するには逆の立場の言い分も聞く必要があろう。プーチンが秩序と繁栄をもたらした強い指導者として高い支持を得ているのも事実だ。しかし、訳者の加賀山氏があとがきで記す通り、権力批判者の暗殺や不審死は多く、言論統制は確実に強まっている。プーチン政権の功罪はともに大きく、我々としてはその強権体質を見据えて付き合う必要がある。

先日の本紙は、政権を批判していた女性記者、ポリトコフスカヤが昨年10月に殺害された事件に関し、検事総長がベレゾフスキーの関与を強く示唆したことを報じた。だがこの2冊の本を読んだ後、ベレゾフスキー側の見解を併せて知りたいと思うのは評者だけではないだろう。【評 高原明生(東京大学教授)】

■2007/09/02, 朝日新聞 朝刊, 12ページ

資本主義黒書 上―市場経済との訣別
資本主義黒書 上―市場経済との訣別ローベルト・クルツ 渡辺 一男

新曜社 2007-05-10
売り上げランキング : 4602

おすすめ平均 star
star資本主義の本質が理解できる
star見果てぬ夢
starタイムリーな

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

資本主義黒書 下―市場経済との訣別 (3)
資本主義黒書 下―市場経済との訣別 (3)ローベルト・クルツ 渡辺 一男

新曜社 2007-07
売り上げランキング : 4552

おすすめ平均 star
starマルクス・ルネサンスの新たな道標!
star見果てぬ夢

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

市場経済礼賛論の感染予防に最適

300年にわたる資本主義的な近代化が、生産の拡大に関する人間の能力を飛躍的に「向上させた」ことは間違いない。しかし、資本主義は貨幣の尺度で測られた「社会の利益」を最大化する一方で、その「能力を万人の生活改善に用いることは……できなかった」と、過激な社会批判で知られる哲学者の著者は指摘する。そもそも「資本主義は勝つか負けるかの……ゲーム」であり、「はじめから勝者よりも敗者を多く生み出してきた」からだ。それは「市場経済(資本主義)そのものの本性」がもたらす帰結でもあり、根本的な解決には資本主義を「停止させるほかない」と著者はいう。

もちろん、冷戦に勝利した資本主義は現在も繁栄を続けており、「訣別(けつべつ)」の必要はないという声の方が多いかもしれない。しかし、著者によれば蒸気機関の発明により人間の筋肉を機械に置き換えた第一次産業革命や、オートメーションにより人間の労働力を合理化した第二次産業革命のときには、社会保障やケインズ政策による福祉国家が資本主義をも救ったが、新自由主義的な自己責任論が蔓延(まんえん)する今日では、IT革命による第三次産業革命で「人間の労働力」が次々と「余計なものに」されても、それを社会的に補償する「運動」は期待できない。この結果、大量の労働者の「貧困」が不断の価値増殖を求める資本主義を瓦解(がかい)に導く恐れもあるという。

資本主義のオルタナティブ(代替策)として、著者が示すのは社会の全構成員による生産の自主管理(レーテ)である。訳者の渡辺一男氏はこの結論を最初に原著のエピローグで読んだとき「少々がっかりした」と述べているが、すぐに補足しているように「本書の価値と魅力」は、その前の800余(訳書では910)ページに及ぶ壮大な「資本主義」300年の歴史の批判にある。

8年前に出版された原著は、当時ドイツでベストセラー入りしたそうだ。大部の著作を紐解(ひもと)くにはそれなりの覚悟も必要だが、本書は猛威を振るっている市場礼賛論の感染予防には最適である。【評 高橋伸彰(立命館大学教授)】

■2007/09/02, 朝日新聞 朝刊, 12ページ

年金問題の正しい考え方―福祉国家は持続可能か (中公新書 1901)
年金問題の正しい考え方―福祉国家は持続可能か (中公新書 1901)盛山 和夫

中央公論新社 2007-06
売り上げランキング : 2511

おすすめ平均 star
starま、社保庁の仕事振りに腹が立つのは、誰しもなんですが…
star明確で確実な予測?
star大筋賛成

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

著者によれば、日本の年金には、政治家の未納や社保庁の無駄遣い、納付記録消失より、もっと根本的な構造的問題があるという。

その問題とは、年金の賦課方式でも少子高齢化でもなく、福祉元年と呼ばれた1973年の年金制度改正に起因する。大盤振る舞いで拠出と受給のバランスがとれなくなり、経済成長が続かなければ持続困難な仕組みになった、と指摘する。

これに対し、2004年の改正では、経済成長に合わせて保険料収入の伸びを確保しつつ支給額の伸びを抑える調整方式を導入し、法改正しなくても支給水準を下げることが可能になった。著者は、この導入を評価しつつも、収支バランスを保つためには、より厳しい調整率が必要という。

また、年金財源を消費税でまかなう方式は、消費税分を価格に転嫁できる企業にとっては負担が軽減される反面、給与所得者ら個人には保険料支払いを上回る消費税負担がのしかかることを明らかにする。

年金問題をめぐる様々な誤った情報や誤解を一つひとつ解き明かし、客観的事実に基づきながら持続可能で公平な年金制度を構築するべきだという著者の主張は、傾聴に値する。【評 小林良彰(慶応大学教授)】

■2007/09/02, 朝日新聞 朝刊, 13ページ

カブール・ビューティー・スクール―デビーとアフガニスタン女性たちのおしゃれ奮闘記
カブール・ビューティー・スクール―デビーとアフガニスタン女性たちのおしゃれ奮闘記デボラ・ロドリゲス 仁木 めぐみ

早川書房 2007-07-20
売り上げランキング : 2462


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

美容でアフガン女性を支援

2001年の米軍による攻撃から半年、タリバン政権崩壊後の混乱にあったアフガニスタンに、ひとりの美容師(!)が降り立った。医療など緊急支援のためのNGOの一員として来たはずなのに、あれよあれよという間に美容院と美容師学校を開き、アフガニスタン人の夫とともに、現地社会にどっぷり浸(つ)かっていく。タフで元気印の、米女性の奮闘記だ。

戦乱のなかで美容院? なんて能天気な、と思うでしょ? しかしこれこそがアフガン女性が置かれた生々しい苦悩と自立へのもがきの、日々戦いの場なのだ。そして、彼女たちのおしゃれ(伝統的な派手派手メークも欧米の先端的ファッションも)への、あくなき追求。全編に、現地の女性たちの喜怒哀楽すべての感情が、溢(あふ)れている。

援助してあげました的な、ありがちな自己満足の記録とは、全く違う。出発点は、著者の米国でのDV体験だ。故国で傷ついた著者は、アフガニスタンの人々との交流によって癒やされていく。自分が癒やされた分、アフガン社会にお返ししたい、という思いが、彼女の行動の根底にある。

上段からではない目線に、好感が持てる。【評 酒井啓子(東京外国語大学教授)】

■2007/09/02, 朝日新聞 朝刊, 13ページ

せめて一時間だけでも―ホロコーストからの生還
せめて一時間だけでも―ホロコーストからの生還ペーター・シュナイダー 八木 輝明

慶應義塾大学出版会 2007-07
売り上げランキング : 965

おすすめ平均 star
star一人ひとりの市民次第

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

ユダヤ人の潜伏生活の記録

ナチス統治下のベルリンで、戦争の終わりまで隠れて生き延びたユダヤ人は1500人いたという。音楽家コンラート・ラテもその一人だ。本書は、彼の資料と回想に基づく潜伏の記録である。潜伏生活はゲシュタポに捕まる危険と隣り合わせで、日々の食料と宿、仕事や証明書が必要であり、援助するドイツ人なしには成り立たなかった。

本書は、迫害されるユダヤ人を、普通の隣人愛から助けた無名のドイツ人が少数ながらいたことを説明しようとするものだ。それはドイツ人の戦争責任論争に一石を投ずるものだった。ユダヤ人を助けたドイツ人で、国家から罰せられた者はいなかったという。しかし本書を読んでまず感じた点は、官憲から追及される人物がかくまわれ続けることは、戦時下の日本では到底ありえなかったということである。

本書からは、周囲のドイツ人のユダヤ人への偏見や悪意が、どんなに主人公を傷つけて生きる意欲を失わせたのか、逆に人々の好意が、生き抜く内面的な支えになったのかがよくわかる。歴史の大状況は変えられなくても、過酷な状況の中では、小さな良識や決断が大きな意味を持つ場合があることを、知らせる本ともいえよう。【評 赤澤史朗(立命館大教授)】

■2007/09/02, 朝日新聞 朝刊, 13ページ

らも―中島らもとの三十五年
らも―中島らもとの三十五年中島 美代子

集英社 2007-07
売り上げランキング : 104

おすすめ平均 star
starうふふふふっ
starムズムズした
star子ども夫婦の物語

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

早世の異才と生きた劇的な愛の形は

中島らもさんが52歳で急逝し、早くも3年がたった。らもさんとは、新聞の座談会で一度だけ、ご一緒する機会があった。大阪で生まれ京都で学生時代を過ごした評者にとって、その活躍は衝撃的だった。雑誌や新聞の連載、関西のテレビ局が制作したシュールな深夜番組などで、異能ぶりは誰もが認めるところとなる。劇団活動、そして文学賞も得た一連の小説群など、多方面で評価を獲得した。

本書は、らもさんの連れあいによる回想記である。著者は学生時代の自分自身を「野生種のお嬢さま」、らもさんを「温室育ちのシティボーイ」と説明する。高校生の頃のらもさんの心には大きな虚無が巣くっていたという。授業をボイコットし、シンナーや睡眠薬に手を出し、酒を飲む。将来に何の希望も抱けず、音楽と活字に耽溺(たんでき)して生き延びていた。それがひとりの女性との交際が始まることで、劇的な展開をみせる。

若くして結婚し、子をもうけ、家を建てた。だが、まもなく2人は恋人ではなく家族となってしまったと著者はみる。十分な仕事がないままに、毎晩のように、夫は雑多な友人や、たまたま同席した知人を自宅に招き入れる。ゲストハウスのごとき住まいにあって、慈しみあって子供を育てていれば、相互にほかの異性とつきあうのも自由だと形式的には認めあう。

仕事が多忙を極めるにつれ自宅に帰ることも稀(まれ)になる。しかし気持ちは離れてはいない。晩年は、夫婦の時間を大切に過ごすことで「別れるときは悲しませない」という若い日の約束を、らもさんはしっかりと守った。愛情のかたちは、夫婦ごとにまるで違うものだと改めて実感した。

35年におよぶ2人の歩みは、一幕の芝居のようだ。躁鬱病(そううつびょう)の治療、劇団でのパートナーとなったもう1人の女性と著者との愛憎、大麻不法所持での逮捕と裁判の真相などにも詳しく触れる。らもさんは人生を通じて、「中島らも」という作家を演じたのだろう。ひとりのファンとして、この本に出会い、彼の真の生き様と死に様を知ることができて本当に幸いであった。【評 橋爪紳也(大阪市立大学教授)】

■2007/09/02, 朝日新聞 朝刊, 13ページ

天平冥所図会
天平冥所図会山之口 洋

文芸春秋 2007-07
売り上げランキング : 241

おすすめ平均 star
star天平時代早分かりファンタジー
star奈良時代を舞台にしたミステリー+ファンタジー

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

不思議な才能があるものだと感心した。一種恐るべき無造作さで新領域をずんずん開拓し、面白おかしい時空スペクタクルを現じてしまう。

頁(ページ)を繰れば、青丹(あおに)よし奈良の都の景観がまざまざとよみがえり、八世紀日本の若々しい山河へ読者を連れ込む。そのみずみずしさは、歴史小説家の時代考証とは明らかに一味違う三次元コンピューターグラフィクスの感覚だ。

丹の色も鮮やかな朱雀門はもとより、国家的大事業のため、三笠山が乱伐で禿山(はげやま)にされた光景も出てくる。

奈良時代は明治の日本とよく似たところがあり、かなり無理をして海外の文物を取り入れて同化しようとした。この四篇(へん)連作の小説が主要な舞台にするのは「八省百官」と謳(うた)われた官僚制度である。

主人公の葛木戸主(かつらぎのへぬし)は平城宮の小役人である。藤原氏らの中央貴族に押し退(の)けられて没落した古代氏族の末裔(まつえい)で、「変転する政局の中で時々の勝ち組に取り入ってうまい汁を吸うより、役人としてするべきことがある」と考えている霞が関のお手本にしたいような律義者である。

この人物の周囲で次々と政争がらみの怪事件が起きる。背景は、「三笠山」では聖武天皇の大仏鋳造。「正倉院」では光明皇后とその権力中枢たる紫微中台(しびちゅうだい)。「勢多大橋」では、恵美押勝(えみのおしかつ)こと藤原仲麻呂の乱。「宇佐八幡」では、皇位簒奪(さんだつ)を狙う怪僧道鏡の野望。それを取りひしぐのが戸主の義弟にあたる和気清麻呂(わけのきよまろ)である。年配の読者にはおなじみの名前だろう。

戸主は物語の途中で事故死するが、以後は霊界探偵として活躍する。憑代(よりしろ)になって助けるのが妻の広虫。実在した女官である。配するに、日本と大陸を何度も往復した当時きっての《国際知識人》吉備真備(きびのまきび)。冥界の視点から透視される古代政治史は、唐・新羅との軍事的危機をはらんだ情勢をよそに天皇一族がふける近親憎悪的な権力争いだ。

心身ケアを介して孝謙=称徳女帝と看護禅師道鏡が男女の関係になってゆくところも微笑(ほほえ)ましく書けている。奈良時代がぐっと身近に感じられて何だかいとしくなる。【評 野口武彦(文芸評論家)】

■2007/09/02, 朝日新聞 朝刊, 13ページ

反転―闇社会の守護神と呼ばれて
反転―闇社会の守護神と呼ばれて田中 森一

幻冬舎 2007-06
売り上げランキング : 7

おすすめ平均 star
star国家権力の毒
star元特捜検事が描く、バブル経済、裏経済と表経済の交錯、国家権力中枢
star戦後日本の光と影が描かれています

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

近代ヤクザ肯定論 山口組の90年 「疎外され裏社会に」訴えどう届く

検事と弁護士。ともに難関の司法試験に合格しながら、一方は被疑者を追い込み、一方は被疑者を守る、とその立場は正反対だ。ただ、検事生活を経てから後年、弁護士に転身する人も少なくないことは、誰もが知っている。

『反転』の著者・田中森一もそのひとりだ。しかし、田中の場合、検事時代と弁護士時代のギャップは“転身”と呼ぶにはあまりに大きすぎ、まさに“反転”と呼ぶにふさわしい。大阪地検特捜部から東京地検特捜部へ、と出世街道を驀進(ばくしん)した田中は、撚糸(ねんし)工連事件、旧平和相銀不正融資事件など大きな事件に次々とかかわり、政治や経済の不正をただすエース検事の名をほしいままにしてきた。こと細かに書かれている検事時代の捜査や取り調べは読み物としては抜群に面白いが、検察の手法の強引さには驚きも禁じえない。

ところが44歳で弁護士になると、田中のもとには顧問を依頼してくる企業が押し寄せ、収入はあっという間に膨れ上がって個人用のヘリコプターを購入するまでになる。同時にヤクザの幹部や組長、いわゆるバブル紳士と呼ばれた怪しげな人物たちも近づいてきて、一転して田中は“闇社会の守護神”というレッテルを貼(は)られるようになるのである。そして00年、石橋産業事件をめぐる詐欺容疑で裏経済界の黒幕・許永中とともに逮捕。控訴審での実刑3年の判決を経て、現在は最高裁に上告中の身である。

天職とまで感じていた検事を辞めて、なぜ弁護士となりアウトローたちに接近したのか。検察庁への不満、モチベーションの低下、母親の病気など検察庁退職の理由はいくつかあるが、いずれも決定的なものではなく、田中自身も何度も自分に問い返す。そしてたどり着く結論が、「根っこは、弱い人間が好きなのだろう」ということだ。長崎県・平戸の貧しい漁村の「勉強すると怒られる」という環境の中で育った自分は、貧困や差別などのハンディを背負ったがゆえにヤクザになったり、犯罪に手を染めるようになったりした者たちの気持ちがなんとなくわかる、というのである。

日本最大のヤクザ組織・山口組の歴史を日本の近代史として論じた宮崎学の『近代ヤクザ肯定論』では、ヤクザは遊び人や犯罪者の集団として成立したのではなく、近代社会から疎外された者、周縁に追いやられた者が「生きんがために結びついた団結のひとつのかたち」だと述べられている。三代目・田岡一雄組長の娘が小学生時代に日記に書いた「『山口組』は、淋(さみ)しい人らが、みんなで集まっているサークルです」ということばを、宮崎は「正しい理解である」と評価する。

田中は、本当に必要なのはそういった弱い人、疎外される人が社会に適応できるようなシステムを作ること、と言うが、今のところ彼らがかろうじて生き延びられるのは、裏社会や闇社会と呼ばれる世界だけだ。それらをただ排除するだけでは何にもならない、と言おうとしている田中や宮崎の声は、治安や社会正義を声高に求める人たちにはどう届くのだろう。【評 香山リカ(精神科医・帝塚山学院大学教授)】

■2007/08/26, 朝日新聞 朝刊, 11ページ

11時間 -お腹の赤ちゃんは「人」ではないのですか-
11時間 -お腹の赤ちゃんは「人」ではないのですか-江花 優子

小学館 2007-06-29
売り上げランキング : 6665

おすすめ平均 star
star待っていた赤ちゃんが人扱いされないとき

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

副題は「お腹の赤ちゃんは『人』ではないのですか」。交通事故に遭った札幌の夫婦は、妻が妊娠8カ月だった。開腹手術で生まれた赤ちゃんは11時間後に亡くなった。加害者は起訴され、公判で夫婦は胎児が人と認められていない現実を痛感する。「いつから人になるのか」。法律、生物学、生殖医療、宗教など、著者は幅広く取材を進める。胎児の人権を考えるとき、対極に「人工妊娠中絶」が浮かび上がる。いま行われている命の線引きに、正面から向きあった現状報告だ。

■2007/08/26, 朝日新聞 朝刊, 12ページ

アルプ特集串田孫一
アルプ特集串田孫一山口 耀久

山と溪谷社 2007-06
売り上げランキング : 76540


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

多彩な才能を発揮して05年7月に亡くなった串田孫一の大きな業績の一つが、山の文芸誌「アルプ」を創刊し、編集責任者として58年から25年間、300号を発行したことだ。山を思索の場として、文学や美術の文章を厳選して掲載した仕事にならって、ゆかりの編者たちが「アルプ」の番外編として構成した本書には、田中清光、矢内原伊作、佐古純一郎、唐木順三、遠藤周作、辻まこと、尾崎喜八、戸板康二、鶴見俊輔、草野心平といった63人が語る串田像が収められている。

■2007/08/26, 朝日新聞 朝刊, 12ページ

廣松渉-近代の超克
廣松渉-近代の超克小林 敏明

講談社 2007-06-21
売り上げランキング : 2485

おすすめ平均 star
star素晴らしいです

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

廣松渉は、マルクス主義の哲学者として知られている。しかし、読者の中には、つぎの点でとまどいを覚えた者が少なくないだろう。一つは、死語化した漢語の異様なほどの連発である。第二に、晩年に朝日新聞に載せたエッセーで、「日中を軸にした東亜の新体制を!」と提唱したことである。どうして、これらが「マルクス主義」と関係するのだろうか。

本書で、著者は、廣松の仕事のエッセンスを手際よく解説するとともに、以上のような疑問に答えようとした。それは廣松を、「日本の近現代思想史の流れの中に位置づける」ことである。中でも重要なのは、西田幾多郎や京都学派哲学者とのつながりである。廣松は京都学派に対して、反発と同時に強い共感をいだいていた。おそらく、このことを知るだけで、多くの疑問が氷解するはずである。

京都学派は「近代の超克」を唱えた。その「近代」の中には、資本主義や国民国家だけでなく、マルクス主義も入る。廣松も「近代の超克」を目指した。しかし、彼にとって、マルクス主義こそ「近代の超克」を実現するものであり、その点で、京都学派を批判した。だが、「近代の超克」という志向においては、同じである。実際、廣松の「マルクス主義」では、近代哲学・近代科学の「超克」に焦点があてられている。

著者は、「近代の超克」はたんなる近代の批判ではない、という。それは、前近代的な場にある者が、一方で、近代を志向しつつ、さらに、他国で実現された近代を批判するという二重の課題を追求することだ。一言でいえば、後進国のインテリに特有の思考である。その典型は、先進国イギリスを念頭において考えたドイツの哲学者、ヘーゲルである。ヘーゲルが西田幾多郎や廣松渉に甚大な影響を与えた理由もそこにある。著者が指摘するのは、彼らに共通する点は、たんに後進国日本に位置しただけでなく、日本の中でも辺境に位置したということである。西田や廣松の奇妙な「文体」は、そのような二重のねじれた意識に発している。【評 柄谷行人(評論家)】

■2007/08/26, 朝日新聞 朝刊, 12ページ

イギリス帝国と20世紀 第5巻
木畑 洋一 (編さん)

イギリス帝国史研究は依然として盛んである。80年代に出現したその研究は、それまでの一国主義的な歴史観を越えるものとして生まれた。しかし世界最大だったイギリス帝国が、脱植民地化によって過去のものとなった今、その研究にはどんな現代的意味があるのか。本書はこの問いに、イギリス本国やその支配した地域の現代政治史を描くことで、正面から答えようとしたものである。

単純化すれば、それには二種類の答えがあるといえよう。一つは、帝国支配の傷跡が脱植民地化後も生きているという、帝国の負の遺産論といった理解である。今日のジンバブエのムガベ政権がどんなに問題のある独裁政権であろうと、ジンバブエがかつてのアパルトヘイトで有名なローデシア共和国から独立した国であり、独立に当たって農村部で少数の白人大農場主の支配が継続したことが、現在の問題の原因の一つであるのは間違いない。

もう一つはかつてのイギリス帝国の支配地域や支配機構が、帝国の解体に伴い民主化されて、以前と別の役割を担うようになっていったことに、21世紀の展望を見いだそうとする考え方である。例えば以前の香港では、イギリス香港政庁側も中国側も、民主的な住民参加の制度の採用には消極的であった。ところが90年代になってイギリスの香港政庁は住民参加に積極的となり、香港での民主化の動きは97年の中国への返還後も持続し、中国全体の民主化を支えているという。

本書では、かつての支配地域の今日のありかたは、こうした相反する二つの要素が結びついている点にあると考えている。例えばイギリス本国では、60年代から有色人種の流入に歯止めをかけつつ国内での民族差別を禁止しようとしているが、そこには民族差別とその解消の双方の動きが見られる。言いかえるとそこでは、克服すべき過去と求められる未来の試みの両方が、一体となって存在しているのである。現代イギリスの抱える困難も希望も、かつての帝国支配と無関係ではないことを示した一書といえよう。【評 赤澤史朗(立命館大学教授)】

■2007/08/26, 朝日新聞 朝刊, 12ページ

川の光
川の光松浦 寿輝

中央公論新社 2007-07
売り上げランキング : 78

おすすめ平均 star
star学匠詩人の幅の広さ
star川の光を求めて

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

わくわくして、どきどきして、はらはらする。ふうっと一息ついたかと思うと、すぐにまた胸が高鳴る場面が訪れる。あぶないよチッチ、がんばれタータ、いいぞお父さん……ページをめくりながら、何度も声をあげそうになった。いや、実際あげた。いい歳(とし)をして恥ずかしい。でも気持ちいい。ひさしぶりだ。それも、うーんと昔の、『シートン動物記』に夢中になっていた小学生の頃以来――夏休みの読書感想文の宿題、いま出してくれたなら、あっという間に書き上げられるのに。

主人公は、クマネズミの一家。お父さんとお兄ちゃんのタータと弟のチッチの、長い旅の物語である。工事のために川べりのわが家を追われた3匹は、新たなすみかを求めて川をさかのぼる。もちろん、その旅は平穏なものではない。老獪(ろうかい)なイタチが追いかけてくる。「帝国」を築き上げたドブネズミが行く手を阻む。空中からごちそうを見つけたノスリが、鋭い爪(つめ)を光らせて急降下してくる……チッチ、危うし!

波瀾(はらん)万丈の旅はまた、素敵(すてき)な出会いの旅でもある。「帝国」に反逆する孤高のドブネズミ・グレン、ゴールデン・レトリーバーのタミー、元気いっぱいのお母さんが率いるモグラ一家、スズメ夫婦に、獣医の田中さん一家……。

だが、「わくわく」や「どきどき」のいちばんの理由は、表面的な事件の起伏ではない。もっと深いところで胸が熱くなるのだ。物語の終盤でネズミ一家を襲う最大のピンチに、作者は初めて顔を出して読者に語りかける。その言葉――3匹のネズミの生命についての、作者の優しくて強くて気高い言葉にこそ、物語全編を貫く主題がある。

「応援」というのは時として傲慢(ごうまん)さと同義になってしまうものだが、それでも、僕はネズミ一家を応援せずにはいられなかった。旅の無事を、タータやチッチの幸せを、心から祈った。川の光とは、生命の光でもある。そのきらめきには僕たち自身の生命も溶けているはずだと信じられたとき、物語はちょっぴり思わせぶりな、心憎い余韻を残して幕を閉じるのだ。【評 重松清(作家)】

■2007/08/26, 朝日新聞 朝刊, 12ページ

村上春樹のなかの中国 (朝日選書 826) (朝日選書 826)
村上春樹のなかの中国 (朝日選書 826) (朝日選書 826)藤井 省三

朝日新聞社出版局 2007-07-10
売り上げランキング : 5563


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

「村上春樹は中国の深い影響を受けている」。中国文学者である著者は断言し、これまでアメリカの影響が重視されてきた村上文学の中にまず魯迅の「阿Q正伝」の影を追いかける。

さらに第1作「風の歌を聴け」や「中国行きのスロウ・ボート」「ねじまき鳥クロニクル」などの作品に表れた中国、中国人の記述の変化を詳細にたどり、中国という「記号」が村上文学にどんなに重い意味をもつかをあぶりだした。

次に中国語圏での村上人気に取り組んだ筆者は、都市文化の成熟によって、台湾、香港、上海、北京と「時計回り」に火がつき、「経済成長踊り場」や「ポスト民主化運動」の時期に盛り上がる、などといった法則をたてる。

村上的感性は、ウォン・カーウァイ監督らの香港映画にまで浸透している。魯迅、村上、カーウァイとつないで、20世紀東アジアのアイデンティティー形成という視点までもちこんだ。データもふくめ面白い。

日本の近現代はアメリカと中国の間に揺れてきた。村上文学は国内では無国籍的ととらえられがちだが、この「記号」の読解によって、「日本人」モデルとして読まれる可能性が十分あることにも気づかされた。【評 由里幸子(前編集委員)】

■2007/08/26, 朝日新聞 朝刊, 13ページ

主人公の誕生―中世禅から近世小説へ
主人公の誕生―中世禅から近世小説へ西田 耕三

ぺりかん社 2007-07
売り上げランキング : 18240


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

主人公とは何者か。

坪内逍遥の『小説神髄』が英語のヒーローを「主人公」と訳して以来、この言葉は外来語のように思われているが、本当はれっきとした漢語である。

本書は「主人公」の起源を求めて、禅の公案集『無門関』にさかのぼる。瑞巌師彦(ずいがんしげん)が毎日自分に向かって「おーい、主人公」と呼びかけ、自分で「はい」と返事をしていたという話だ。

著者によれば、この一人二役のうちに近世小説の「主人公」の原形がある。「私」にぴたりと寄り添ってさまよい歩く「もう一人の私」がいる。

そのせいか、近世初期小説の主人公には二人連れが多い。自己と《他己》とが対話しながら旅をする趣向である。著者は、この後者が世態風俗の中で客観化され、増殖し、分封(ぶんぽう)するところに近世文芸の展開を見出(みいだ)す。

井原西鶴の『好色一代女』のヒロインは、当時の《性産業》のほとんど全業種を遍歴するが、作者はこの主人公を突き放したり、同化したり、自由自在に内外を出入りしている。

一代女にこそ近世文学の主人公の典型があるとする論証は明快だ。この達成点からもう一歩進んで、さらに秋成・馬琴へと視界を広げた論も読みたかった。【評 野口武彦(文芸評論家)】

■2007/08/26, 朝日新聞 朝刊, 13ページ

ロシアン・ダイアリー―暗殺された女性記者の取材手帳
ロシアン・ダイアリー―暗殺された女性記者の取材手帳アンナ・ポリトコフスカヤ 鍛原 多惠子

日本放送出版協会 2007-06
売り上げランキング : 1317

おすすめ平均 star
star柳の下にやはりどじょうはいた
star「人として生まれた」から
starもう一冊の『ロシアン・ダイアリー』に寄せて

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

殺された記者の取材ノート

著者はロシア人ジャーナリストで、モスクワの新聞「ノーヴァヤ・ガゼータ」紙評論員だった。99年以来チェチェンに通い、戦地に暮らす市民の声を伝えた。「ロシアの失われた良心」と評され、国際人権団体の賞を受ける。06年10月モスクワ市内の自宅アパートで凶弾に倒れた。享年48。

本著は、03年12月から05年8月までを収めた最後の取材記録だ。政治家との丁々発止のやり取りから、北オセチア共和国ベスランの学校占拠事件で家族を亡くした女性の悲痛な叫びまで、丹念に綴(つづ)られる。

「ロシアはふたたび社会的、政治的冬眠期に逆戻りした」と、強権化するプーチン政権批判を続けた。同胞が抗議の声を上げないことに苛立(いらだ)ちながら、西側の助力をあてにするより、自分たちで民主的な自由を取り戻そうと訴える。一度は機上で毒を盛られ重体に陥ったが、回復後は執筆再開。脅しに屈しない記者魂には驚嘆する。

14年冬季五輪の開催地にソチが決まった。ロシアでは「大統領のおかげ」とプーチン礼賛の大合唱が始まったという。国力の回復を象徴する今回の当選だが、著者が明かす「プーチン帝国」の実態は、あまりに衝撃的である。【評 多賀幹子(フリージャーナリスト)】

■2007/08/26, 朝日新聞 朝刊, 13ページ

国鉄改革の真実―「宮廷革命」と「啓蒙運動」
国鉄改革の真実―「宮廷革命」と「啓蒙運動」葛西 敬之

中央公論新社 2007-07
売り上げランキング : 5884

おすすめ平均 star
star国鉄からJRへ民営化する過程を詳細に綴った1冊

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

「成功」の裏に「看板会社」

自らの逆櫓(さかろ)を外しても改革に邁進(まいしん)したのは、国民生活に不可欠な鉄道輸送を守るためだったと、6年前の前著(『未完の「国鉄改革」』)で著者は回顧している。組織(国鉄)の方針に反抗して、分割民営化に傾斜する著者の将来を心配した上司に、「日本国家の国民であることこそが最終の組織人です」と答えた理由もそこにあったはずだ。

分割民営化から20年が過ぎた今日、著者は自分も知らないところで進められたもう一つの改革を明らかにする。それはJR東日本を国鉄改革成功のシンボルにする「看板会社構想」だ。その影響で著者が移籍したJR東海は、東京駅や品川駅の用地および在来線の分割で不利な扱いを受けたほか、東北・上越新幹線の建設に伴う債務のうち、2・3兆円弱も肩代わりさせられたという。

それでも、「日本経済の大動脈」から生じる膨大な需要と新車開発による輸送力増強が奏功して06年にJR東海は東日本、西日本に続き「完全民営化」を達成した。むしろ本当に深刻なのは、上場見通しも立たずにジリ貧が続く北海道、四国、九州のJR3島の各社である。改革の真実というなら自立の展望もないまま、なぜ3島が切り離されたのかも教えてほしい。【評 高橋伸彰(立命館大教授)】

■2007/08/26, 朝日新聞 朝刊, 13ページ

路地裏の社会史―大阪毎日新聞記者村嶋歸之の軌跡
路地裏の社会史―大阪毎日新聞記者村嶋歸之の軌跡木村 和世

昭和堂 2007-06
売り上げランキング : 2890


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

「社会悪の報告」に生涯を捧(ささ)げた新聞記者がいた。最初の労農記者と呼ばれた大阪毎日新聞の村嶋歸之(よりゆき)である。彼の著述、さらには社会運動家で盟友でもあった賀川豊彦らの言動などから、村嶋の業績を再評価する研究書である。

村嶋は衆院議員の父の元で育ち、早稲田大政治経済学科を経て、大正4(1915)年に大阪毎日に入る。社会の底辺で暮らす人々に関心を寄せ、大正6年、連載「ドン底生活」で注目を集める。

他の下層社会に関係する記事の多くが好奇心から社会の「裏面」を捉(とら)えたのに対し、村嶋は統計資料に現場で重ねた聞き書きを加え、そこに等身大の生活を描き出した。賀川は、「人生の暗黒」を報告しながら、まず村嶋自身が泣いていたと人柄を評価した。

翌大正7年の連載「見よ!! このダークサイドを」では、社会に潜む悪に破邪の剣を振るう。「偽孤児院」の回は、浮浪児や感化院を脱走した子を雇い、孤児と偽って薬や化粧品の行商をさせた慈善団体を批判する。また、著書などでカフェの女給にも注目した。華やかさの内部に織り込まれた「人間苦の諸相」を世に伝えたい思いがあった。

村嶋は労働争議にも深くかかわる。大正8年、賃上げを要求する川崎造船所の労働者1万6千人が、前例のない大規模なサボタージュを行った。村嶋はこの時、戦術を教示するいっぽうで、その内実のスクープもものにした。米の急進的労組の冊子からサボタージュを知って「同盟怠業」と訳出したという村嶋は、運動を導く知識人とジャーナリストの両面から、争議と向き合ったわけだ。

村嶋は戦時下でも揺らぐことなくリベラリストを通し、晩年まで「報告者」という役まわりにこだわり続けた。彼の生き様と信念に共感を覚えつつ、一気に読了した。

正義感の強い若者が、日々の不安を抱えて生きる人々に寄り添い、世の矛盾と対峙(たいじ)するなかで社会事業の実践者となる。研究書でありながら、大正デモクラシーを背景に活動を始めた社会派ジャーナリストが、成長を果たす物語として読むこともできる。【評 橋爪紳也(大阪市立大学教授)】

■2007/08/26, 朝日新聞 朝刊, 13ページ

神の火を制御せよ 原爆をつくった人びと
神の火を制御せよ 原爆をつくった人びとパール・バック 丸田 浩 小林 政子

径書房 2007-07-25
売り上げランキング : 126

おすすめ平均 star
starパンドラの箱
star朝にむかって命令する人間たちはどこで決断するのか

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

もし女性科学者が参加していたら…

第2次大戦でアメリカが原爆開発のために組織した「マンハッタン計画」に、もしも若き才女が関(かか)わっていたら? 本書はそんな発想より、美貌(びぼう)の女性科学者ジェーン・アールをヒロインに据え、彼女が内部から行った原爆使用への批判がいかに仲間の男性科学者たちにも影響していくかを描いた、高度にフェミニズム的な原爆小説である。

必ずしもヒロシマ、ナガサキの悲劇が改変されるわけではない。だが、本書は核エネルギーのみならず、ジェーン自身の人間的魅力がもうひとつのエネルギーとして人々を、歴史そのものを動かしえた可能性を、切々と語る。

作者は、中国の農奴社会を舞台にした長編小説『大地』(1931年)で評判を呼び、38年にはアメリカ女性作家として初のノーベル文学賞を受けたパール・バック。しかし、90作を超える作品群のうちでもいちばんの問題作であり、1959年に発表されるやいなやベストセラーとなった本書については、長く品切れが続き、いまでは伝説の作品としてささやかれるのみであった。

その秘密は“Command the Morning”という原題にひそむ。ここには、まず旧約聖書のヨブ記で神がヨブに対し発する問いかけ「おまえは一生に一度でも朝に命令し/曙(あけぼの)に役割を指示したことがあるか」が反響している。「朝」とは、それ自体が「神」とされることの多い「太陽」を指すが、そんな太陽に対して命令を下せるのは「至高の神」のみ。だが、現代科学を推進する人類は「人工の太陽」とも呼ばれる原爆を発明してしまい、至高の神の専売特許すら脅かす。そればかりか、ここでの「朝」は「日章旗」に象徴され史上初めて原爆を投下される国家をも、暗示しよう。

このように、タイトルだけでも思索的な重みをもつ本書は、ジェーンを中核としたロマンティックな物語展開でたちまち読者を引きずりこみながらも、さいごには原爆小説のみならず科学者小説、東西異文化交渉小説としての文学的な深みへと、われわれを誘ってやまない。【評 巽孝之(慶応大学教授)】

■2007/08/26, 朝日新聞 朝刊, 13ページ

Edit

 
Copyright (C) 2004-2006 Ambitious Kanda, All Rights Reserved.