メイン > 朝日新聞日曜版『書評』 > 2007年7月8日~7月15日

ゲッチョ昆虫記―新種はこうして見つけよう
ゲッチョ昆虫記―新種はこうして見つけよう盛口 満

どうぶつ社 2007-06
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虫を愛する人々の生態を楽しむ2冊

世の中には「虫屋」と呼ばれる人たちがいる。たいていは趣味の昆虫採集家で、職業としての虫屋はそれほど多くないようだ。

これに対応する言葉としては、たとえばバードウオッチャーを鳥屋と呼ぶこともあるが、いささか違和感がつきまとう。まして、「釣りバカ」が魚屋と呼ばれることはない。このことからも、世における虫屋という存在の特異性がわかる。

『ゲッチョ昆虫記』の著者ゲッチョ先生(出身地である千葉県館山市の方言でカマキリとトカゲを指すカマゲッチョに由来するあだ名)自身は虫屋ではなく、単なる虫好きなのだそうだ。虫屋とは、「いかに採りにくい虫(「珍虫」と呼ぶ)を自らの手でものにするかということに、血道を上げる」人なのだとか。

虫好きの子供たちの尊敬を集める虫屋には「昆虫ハカセ」(虫キングではない)という特別な呼称も用意されているらしいが、ゲッチョ先生に言わせれば、それはあくまでもイメージだけの存在で、誰もその実像を知らない。

虫好き自然好きが高じたゲッチョ先生は、教職をなげうって埼玉から沖縄に移住した。そこで虫屋のお師匠様と出会い、さらには古今東西の本物の「昆虫ハカセ」たちに興味を持つ。この本は、虫好きでも虫屋好きでもない人も楽しめる愉快な昆虫記である。

ここで言う昆虫ハカセは、新種の昆虫を発見し、名前を付けてしまうような人たちのことだ。ただし、新種はそう簡単には見つからない。特にチョウなどは、チョウ専門の虫屋が多いことから、ほとんど絶望的である。

しかし、これまでに名前が付いている昆虫はおよそ77万種だが、現在の地球上には多く見積もって3千万種、少なく見積もっても数百万種の昆虫がいるというから、マイナーな種類や秘境を目指せば、新種発見も夢ではない計算になる。

しかし、見つけた虫が新種かどうかを見分けるには、専門的な知識が必要である。ゲッチョ先生は、サンゴ礁にすむ体長1ミリ程度のハネカクシという昆虫(海にも昆虫はいるのだ!)を採集するのだが、それが新種かどうかは昆虫ハカセの鑑定を待つしかない。はたして新種は見つけられたのか?

一方、海にすむ昆虫もいれば、動物の糞(ふん)を食べる昆虫もいる。糞虫(ふんちゅう)(虫屋はこれをクソムシとも呼ぶ)と総称される甲虫類である。『糞虫たちの博物誌』は、筋金入りの糞虫屋さんが語る里山の博物誌である。

この本を読んでいておかしいのは、大の大人がイヌやシカやサルの糞をほぐしては、目当ての糞虫を見つけると「いました!」「それだ!」「おめでとう」と喜び合う光景である。虫屋の宴会では、およそ「虫」の話以外は出ないというのもおもしろい。

しかし、虫をめぐる状況は愉快なことばかりではない。本来の自然が失われつつあるほかに、人為的な移入種が日本の固有種を脅かしている。せめてもの救いは、自然の多様性に熱狂し熱い思いを語る虫屋あるいは虫好きが絶滅危惧(きぐ)種にならないことだろう。【評 渡辺政隆 サイエンスライター】

■2007/07/15, 朝日新聞 朝刊, 9ページ

左手の証明―記者が追いかけた痴漢冤罪事件868日の真実
小澤 実 (著)

電車内での痴漢の疑いで警視庁戸塚警察署で取り調べを受け、東京地裁で有罪判決となった人と事件を、東京高裁で捜査機関を厳しく批判した無罪判決が出るまで、ジャーナリストが追った。周防正行監督が「それでもボクはやってない」製作にあたって取材した裁判の一つで、地裁で有罪となった主人公がすぐに控訴して終わる映画の「その後」が描かれているとも言える。「冤罪の構図がぎっしりと詰まっている」本書は、裁判員に選ばれた場合の必読書となりそうだ。

■2007/07/15, 朝日新聞 朝刊, 10ページ

ウェブ社会の思想―〈遍在する私〉をどう生きるか
ウェブ社会の思想―〈遍在する私〉をどう生きるか鈴木 謙介

日本放送出版協会 2007-05
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おすすめ平均 star
starだから何?という一冊。
star泣いた。
star<消費する私=神>の原理を暴く

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ネット検索を繰り返すうちに、自分自身に関する情報が「あちら側」に集積されて成長する。あるとき、自分で判断しようと思ってネットに入ると、先回りしていたかのように回答が立ち現れてきた……。そんな「宿命の島宇宙」を思わせるウェブ社会で、人は、どう生きるのか。「民主主義」からゲーム、サブカルチャーまで、情報社会の構造をクールに細やかに描き出した気鋭の理論社会学者の書。暗い未来図(ディストピア)の彩りを帯びながらも、著者は希望の微光を探っている。

■2007/07/15, 朝日新聞 朝刊, 10ページ

信じない人のための〈宗教〉講義
信じない人のための〈宗教〉講義中村 圭志

みすず書房 2007-05-24
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世俗と信仰一体、近代の構造浮き彫り

「あなたの宗教は?」と改めて問われると「持っていません」と答える日本人の中にも、暦の「大安」「仏滅」などを気にしつつ三々九度の杯で結婚し、お盆にはお坊さんを呼んで読経してもらい、定年後には観光を兼ねてお遍路へ、という人は少なくない。さらに最近は、前世や守護霊といったいわゆるスピリチュアルものがブームになっている。「神」への明確な信仰は自覚していなくても、宗教が生活習慣やお作法として根付いている日本で暮らす人たちには、本書の著者の言葉を借りれば案外、「宗教っ気」が多いのかもしれない。

では、他の国々はどうなっているのか。本書の前半は、自らも「無宗教」という著者による世界宗教ツアー。キリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教などが、それらが生まれた時代背景や地域の状況を含めた広い視野から、ごくわかりやすい言葉で語られる。たとえば、私たちはよく「イスラム社会のことは理解できない」などと口にするが、政教も公私も区別されずすべてをイスラム教という秤(はかり)で量るイスラム共同体からすれば、西洋型の近代システムこそ奇妙、などの卓見に満ちた指摘が随所に見られる。

後半は、より総括的な宗教論。著者は、生活習慣化した「制度的宗教」と超越的な存在を信仰する「宗教的次元」が一緒くたになっているのが現在の宗教であり、それがまた宗教に対する理解を困難にしている、という。さらに、一見、超越的な宗教さえ国家の成立や国民の管理といった世俗的、政治的なゲームの上に成立している近代社会の構造が浮き彫りにされる。

では、世俗と混然一体となり、政治に利用される宗教はもはや必要ではないのか?

その問いに著者は、すべてが利害や効率で決まる現代だからこそ、超越的次元で考えるための「リベラルな宗教」が必要では、と答える。評者もその次元の導入には賛成だが、しかしそれでもなお残る疑問は、「神はどこへ行った?」。その答えが、生物学者ドーキンスの近著『神は妄想である』(早川書房)だとしたら、あまりにも寂しい。【評 香山リカ(精神科医)】

■2007/07/15, 朝日新聞 朝刊, 10ページ

ブログ・オブ・ウォー 僕たちのイラク・アフガニスタン戦争
ブログ・オブ・ウォー 僕たちのイラク・アフガニスタン戦争マシュー・カリアー・バーデン 島田 陽子

メディア総合研究所 2007-05-23
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おすすめ平均 star
star前線からの声
starリアルでした。

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米兵たちが書き込んだ「戦場の事実」

イラク開戦から4年余。アメリカは、今なお自国の兵士を中東に送り続けている。

当初、軍上層部は兵士の士気高揚に繋(つな)がればと、インターネットへのアクセスを無制限に認めていた。兵士たちは、ブログやウェブサイトに、大量の書き込みを続けた。

本書は、そんな彼らの「生の声」を集めた本である。一兵卒から幹部兵まで、さまざまな任務や立場の兵士の体験が書き込まれている。

イラクへ赴く兵士たちは、みな「テロとの闘い」に身を投じることは、「祖国アメリカのため」「イラクの人々のため」と書く。時には、自分は「正義」をなすために、神に遣わされるのだ、とまで。

けれど、本国に居るかのように整ったベースキャンプを一歩出れば、そこは戦場だ。

いつ自分が銃撃されるか。

いつ爆弾で吹っ飛ぶか。

兵士たちは、たちまち、自分が戦うのは「国のため」でも、「イラクのため」でも、「金のため」でも、「神のため」でもない、共に身を危険にさらしている仲間のためだと言い始める。

「なぜなら、僕らはこのクソ溜(だ)めに一緒に放り込まれた仲間だから」

銃撃戦で初めて人を殺した兵士は書く。「仕事なんだ、悪く思わないでくれ」「人殺しが僕の仕事だ」

切羽詰まった兵士には、自国を戦場とされた人々の苦難と絶望を思いやるゆとりはない。

本書を編んだマシュー・カリアー・バーデンは、元陸軍予備役少佐である。イラクで戦死した友人の「英雄的行為」が報じられなかったことに苛立(いらだ)ち、ならば、戦場の兵士、ひとりひとりの物語を伝えようとブログを開設したという。

彼には、イラク戦争への批判も、反戦の意図もない。けれど、兵士によって綴(つづ)られる「戦場の事実」ほど、戦争というものの悲惨さ、不合理さ、その狂気を伝えるものはない。

2005年、アメリカ軍は機密保持を理由に、兵士のブログの規制に乗り出した。

このような本が、出版されることは、もう二度とないのかもしれない。【評 久田恵(ノンフィクション作家)】

■2007/07/15, 朝日新聞 朝刊, 10ページ

フランスの景観を読む―保存と規制の現代都市計画
フランスの景観を読む―保存と規制の現代都市計画和田 幸信

鹿島出版会 2007-05
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優れた景観が育む都市の美への意識

フランスの建築法規は「建築は文化の表現である。建築の創造、建築の質、これらを環境に調和させること、自然環境や都市景観あるいは文化遺産の尊重、これらは公益である」と定める。ユルバニスム(都市計画)という概念が広がる1920年代以前は大規模な都市開発にかかわる営為もアンベリスモン、すなわち美観の整備と総称していた。

いっぽう日本の建築基準法では「土地に定着する工作物のうち、屋根及び柱若(も)しくは壁を有するもの……」と規定する。建物の定義が違いすぎるのだ。建築行為は私権に属すると考える私たちの国では、「美」への配慮は乏しかった。ようやく2004年に景観法を制定し、現政権も「美しい国」をうたうが、そもそもの発想が異なる。

太陽・緑・空間を求める進歩的都市計画と、歴史の蓄積を審美的に評価する文化的都市計画の棲(す)み分けをはかりつつ、フランスの都市は今日の美観を維持するに至った。本書は20年の研究蓄積をもとに、フランスの都市計画と景観保全制度、屋外広告物や看板に関する厳格な規制、文化大臣にちなみマルロー法の愛称のある不動産修復事業などを分かりやすく紹介する。

著者は「すぐれた景観や環境は、すべてが調和して成り立っている。しかしこの調和も、景観を損なうたった一つの要因により失われることがある」と結論づける。一つひとつの材料、屋根や壁、街路、看板などすべてを整えないと全体の秩序は見えてこない。電線の地中化や高さ規制など、限定的で緩やかな規制にとどまりがちな、わが国の景観整備を暗に批判する。

では日本の現状をいかに改善するべきなのか。著者は優れた都市景観が教育的役割を果たすと説く。フランスでは幼年期に見た美観が、30年ほどを経過しても残っている場合が多い。美しい環境で育つことで市民も美の真価を理解できるというのだ。

「ジャンクな景観」に占拠され、数年で激変する大阪ミナミで生まれ育ったがゆえに、故郷喪失感に苛(さいな)まれている私には、耳に痛く、心に響く指摘である。【評 橋爪紳也(大阪市立大学教授)】

■2007/07/15, 朝日新聞 朝刊, 10ページ

生きることのレッスン 内発するからだ、目覚めるいのち
生きることのレッスン 内発するからだ、目覚めるいのち竹内 敏晴

トランスビュー 2007-06-02
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自分のなかの「自然」を封じ込め、外側の与える目標に、早く、よりよく適応することが、社会全体から求められている。

しかし、いつか本来の「内なる自分」と衝突する。「自分を変えたい」「ことばがうまく伝わらない」……。身体表現を通して、その矛盾に気付かせようとし、独自の身体哲学を提唱する竹内レッスンに、悩める人々が多く参加するのも理由のないことではない。

聴覚障害のなかから獲得したことば、敗戦時の二度目の失語体験、演出・演劇活動など、自分の思索と体験を振り返りながら、なぜこのようなレッスンを始めたのか、また始めざるをえなかったのかを考える。

六十年を超える戦後という時間・空間も、いま「ことば」と「身体」を喪失してはいないだろうか。一方で、若者の身体は実際に壊れつつある。このようにこわばってしまった「身体」をゆらし、内側から湧(わ)いてくる「ことば」をとりもどすには何が必要なのか。

「からだのつぶやきに耳をすます」独特の「ワークショップ」や「パフォーマンス」は、声を忘れてしまった社会への示唆でもあるが、私たちの「生きる」意味を考え直させる契機にも満ちている。【評 小高賢(歌人)】

■2007/07/15, 朝日新聞 朝刊, 11ページ

考―混迷の時代と新聞
中馬 清福 (著)

出張などで東京を離れた際には、できるだけ地元の新聞に目を通すようにしている。地元紙には、その土地のニオイが詰まっている。良質のコラムに出合えたときなどは、その土地の文化の高さに敬服し、少し得した気分にさえなる。

本書は、朝日新聞で論説主幹などを務めた後、長野の県紙・信濃毎日新聞で主筆として腕をふるう著者が、月に2度担当する大型コラム「考」の50本を1冊にまとめたものである。先のような理由から、この「考」は、私にとって以前から注目のコラムだった。国家、憲法、戦争、政治経済、教育など、取り上げるテーマは多岐にわたる。しかし、改めてこのコラム群を読んで感ずるのは、著者の日本社会に対する危機感であり、それに警鐘を鳴らそうとする新聞記者としての使命感である。

この使命感の背景には、本書がサブタイトルに掲げるキーワード、「混迷の時代」に「新聞」は何ができるのかという著者の強い問題意識があることは明らかだ。それゆえに「考」では、日本のいまのジャーナリズム状況そのものに対しても、心優しくも厳しい注文を投げかける。

現役若手ジャーナリストにも、ぜひ読んでもらいたい1冊である。【評 音好宏(上智大教授)】

■2007/07/15, 朝日新聞 朝刊, 11ページ

NYブックピープル物語―ベストセラーたちと私の4000日
NYブックピープル物語―ベストセラーたちと私の4000日浅川 港

エヌティティ出版 2007-05
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star経験談として興味深い

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世界一の出版市場で奮闘

編集者の著者は、1989年から11年間、ニューヨークの講談社アメリカで英文出版に従事した。アメリカでは年間約19万冊の新刊が誕生、本だけで約3兆円を売り上げる。渡米後しばらくは、世界一の出版市場の圧迫感に苦しむ。

やがて、プラハの春の指導者A・ドプチェク氏の回想録に続いて、「Having

Our Say」を出した。これは、ニューヨーク・タイムズのローカル版に掲載された記事に著者が目を留めたのがきっかけ。差別と貧困の中で高校教師と歯科医になった100歳を超える黒人姉妹が健在という。「本のネタになる」と直感。当初は2人から固辞されたが、93年に発売されると「アメリカ人に必読の書」と激賞され、累計300万部に達した。

むろん、惨憺(さんたん)たる結果に終わった本もあるし、日米の出版ビジネスの違いにとまどったことも。アメリカではエージェントなしの出版契約は異例で、再販売価格維持制度がないため、書店が自由に値段をつける。

体験談に我田引水の印象は薄く、アメリカ人同僚と奮闘する姿に海の向こうの出版界が見える。カリスマ編集者などブックピープルが登場するが、著者も仲間入りを果たしたようだ。【評 多賀幹子(フリージャーナリスト)】

■2007/07/15, 朝日新聞 朝刊, 11ページ

幽霊を捕まえようとした科学者たち
幽霊を捕まえようとした科学者たちデボラ・ブラム 鈴木 恵

文藝春秋 2007-05
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心霊主義研究の魅力と末路

心霊主義とは19世紀末から20世紀初頭にかけて大西洋の両岸で大流行を見る文化潮流だが、これを概括しようとすると著名な霊媒の活動を追うものとなることが多い。信じがたい心霊現象の数々はもとより、トリックが暴露されてまきおこる醜聞こそ、読者の好奇心をいたく満足させる心霊現象報告の醍醐味(だいごみ)だからだ。

これらの著作に邦訳の少ないことを恨みとするが、本書の仕様はその手の類書とはいささか異なる。数ある心霊研究団体の中で科学的厳密性を誇った心霊研究協会(SPR)を扱うだけに、霊媒ではなく研究者の動向に焦点をあてて叙述を展開しているからだ。

とはいえ、いかに詐術の介入の排除に腐心したSPRであっても心霊現象の再起性を追求する限り霊媒に頼る他すべはなかった。そして霊媒という存在は例外なくうさん臭いものなのだ。ここに高踏的であるべきSPR研究者の苦難が始まる。そしてその軌跡は、懐疑を貫くことを第一義としながら、結局は死後霊の実在を確信して終わるのだ。ウィリアム・ジェイムズら指導的研究者の道程を追う本書が、著者本来の意図から外れてどこかしらアイロニカルな色彩を帯びて見えるのは、あるいはそのためかもしれない。【評 赤井敏夫(神戸学院大教授)】

■2007/07/15, 朝日新聞 朝刊, 11ページ

ジャン=ジャックの自意識の場合
ジャン=ジャックの自意識の場合樺山 三英

徳間書店 2007-05
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甦ったルソーのとんでもない実験 華麗な文章力をもつ新人が現れた。

時は1968年5月、かの18世紀フランス啓蒙(けいもう)主義を代表する思想家ジャン=ジャック・ルソーの魂に乗り移られた日本人青年医師が、とある島に「海辺の王国」の名で親しまれる孤児院を建設し、多くの少年少女の「パパ」におさまり、かつてルソーが『エミール』で夢見た、自然における理想の児童教育を行い、「世界の救世主」を創(つく)り出す実験に取りかかる。

ところがその実験の内実たるや、人間の尊厳を粉みじんにしかねない脳手術を施す、マッドサイエンティストの所業であり、やがて「パパ」自身も、少女アンジュによって男根を噛(か)みちぎられる悲劇に見舞われる。かくして、人類の知性と生殖とを一気に脅かす恐怖が、物語を覆う。そして「パパ」を「先生」と呼ぶ天使たちが対話し、ヴードゥー教のゾンビたちがアメリカ史を語り直す……。

とはいえ、本書が描くのは、ひとつの危険思想の実験場にとどまらず、むしろ人類史的に何度か勃発(ぼっぱつ)してきた革命と進化の、最もわかりやすい戯画といってよい。

フランス思想を専攻した作家自身が取り憑(つ)かれているのは、ルソーの生きた18世紀のフランス革命と、画期的なルソー読解で知られるフランス・ポスト構造主義の思想家ジャック・デリダの体験した五月革命。それらの時間を飛び越えるため欧米文学史から自由自在に引用されるのは、デフォーやポー、カフカから、サリンジャーへ至る系譜。やがて、このあまりにも流麗なる文章に導かれてクライマックスへ至ると、現代に甦(よみがえ)ったルソーの子供たちが、ルソー自身を生み直し、あろうことか、ひいては世界全体を造り替えてしまう。

本書では、ルソーも少年少女たちも近代的個人の限界をやすやすと超え、多くの身体に乗り移っては乗り捨て、多様な時空間を放浪してはそこここに遍在していく、あまりにもしたたかな魂だ。最も根源的な思考実験の小説(スペキュラティヴフィクション)こそがSFの名に値するとしたら、本書はまぎれもなくその最新の収穫である。【評 巽孝之(慶応大学教授)】

■2007/07/15, 朝日新聞 朝刊, 11ページ

廃帝綺譚
廃帝綺譚宇月原 晴明

中央公論新社 2007-05
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この連環のようにめぐる四篇(へん)の物語が閉じられた時、読者は、日本の歴史に「顕(けん)」と「密(みつ)」の両面があることを知らされる。そればかりか世界史の裏側へも水面下の回廊が通じていることを。

元末の順帝、明初の建文帝、明末の崇禎(すうてい)帝、そして本朝の後鳥羽院。これら四人の廃帝、意に反して玉座を追われた帝王の物語に西暦の紀年が記入されていないのは、「密」の歴史に年代記的時間は流れないという覚悟だ。

前作『安徳天皇漂海記』で安徳幼帝をくるんで東アジアの海を漂流した「琥珀(こはく)の玉」は、本書でも各篇の《しかるべき時》に顕現する。そのタイミングは悲運に陥った帝王の危難を救うだけでなく、もっと深い歴史の秘密を示すかのようだ。奔逸するファンタジーの背景には、しっかり読み込まれた正史が影絵のようにデッサンされている。

作者の幻想史観を貫くのは《玉の秘義》とでもいうべき摂理である。皇室に伝わる三種の神器は「顕の神器」であり、それよりもなお貴い「密の神器」がひそかに存在していた。記紀神話は、天地初発の時、イザナギ・イザナミが最初に生んだクラゲのような蛭子(ひるこ)を海に流したと言い伝える。作者が大化の改新の戦火からよみがえらせた蘇我氏の『国記(くにつふみ)』の伝承によれば、歴代天皇の玉体を蔽(おお)う「真床追衾(まとこおうふすま)」は、その蛭子の残身であるという。奇瑞(きずい)をなす「琥珀の玉」の正体である。

隠岐に流された後鳥羽院の手に入ったのは、もう一つの「密の神器」たる「淡島の小珠(しょうじゅ)」だ。やはり原初、蛭子の次に生まれたが子のうちに数えられなかったモノである。時空を超えて呼び交わす二つの玉。もしかしたら、歴史とはこれら陰陽両極の放電から生じる現象なのではないか。

後鳥羽院は、蜜の光を放つ玉の幻景に宿命のライバル源実朝の首を見る。『金槐集』の名歌「大海の磯もとどろに寄する波破(わ)れて砕けて裂けて散るかも」と歌合わせをしたいという妄執が起こる。この帝王歌人が生命力を傾け尽くして一首を呻(うめ)き出すクライマックスは圧巻だ。どんな歌かはここでは明かせない。【評 野口武彦(文芸評論家)】

■2007/07/15, 朝日新聞 朝刊, 11ページ

植物と帝国―抹殺された中絶薬とジェンダー
植物と帝国―抹殺された中絶薬とジェンダーロンダ・シービンガー 小川 眞里子 弓削 尚子

工作舎 2007-05
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植民地支配で知識が失われた謎追う

万有引力やら二重らせんやら、なにか知識の起源はありふれた問いの対象だが、逆に無知の起源が問われることはあまりない。そもそも不在を問うことは一般に難しいが、それ以上に、知識というものが自動的に普及するものではないことを、ひとは忘れがちなのだ。知識は、秘匿され、抑圧され、歪曲(わいきょく)され、あるいはまたそれが知識であることが認知されず、内容が理解されず、伝わるべきひとに伝えられずに消失したりする。知識の供給と需要のあいだに、理想的な自由市場のごとき透明で円滑な交換の体系は存在しない。

本書の主役は、18世紀、カリブ海からヨーロッパにもたらされたオウコチョウ(黄胡蝶)という植物だ。赤や黄色の花が美しいこの植物は、広く中絶薬として用いられていた。だが、その薬草としてのオウコチョウの知識はヨーロッパには普及しなかった。オウコチョウ自体は観賞用として普及したのに、である。なぜなのか。著者はその背景に三重の植民地支配の作用を見据え、薄皮を一枚ずつ剥(は)ぐかのごとき手つきで謎に迫る。

第一の植民地支配は自然に向けられたものだ。重商主義たけなわのこの時代、ヨーロッパ諸国にとって、植民地の植物は、薬品や香料、染料などとして高値で取引される「緑の黄金」であり、他国を出し抜いてそれを本国にもたらせば、盗賊でも英雄であった。生物資源の知的所有物としての囲い込み競争は、今日に始まったものではない。

第二の植民地支配は先住民や奴隷たちに向けられたものだ。その象徴は、近代植物分類学の父カール・リンネ。植民地の植物には、ヨーロッパ人に「発見」されるまでもなく、現地での呼称があり、その呼称のもとに先住民や奴隷たちはその植物に関する土着の知識を保持していた。しかしリンネはその一切を無視し、ラテン語による画一的な学名を上書きして消去してしまう。知識の消去は経験の消去であり、究極的には存在の消去につながる。科学の普遍性と暴力性とのあいだは紙一重なのだ。

第三の植民地支配は女性に向けられたものだ。人口を制御しようとする権力の欲望は、女性の身体をその管理下におこうとする。中絶が次第に違法化され、出産が医学化される。薬草を使いこなす産婆は、金属製の鉗子(かんし)や鈎針(かぎばり)を使う産科医(男性外科医)にとってかわられた。植民地の女性奴隷の中絶は、酷(むご)くも厳しい追及を受ける。それが奴隷供給のストライキの意味をもったからである。

推論を重ねつつ、最後に著者はこう示唆する。オウコチョウの薬効に関するヨーロッパ人の無知は「女性の出産をコントロール」する権力をめぐる長期的な闘争から派生したものだと。大西洋の両岸をまたいで展開したこの闘争の中で、自然に関する土着の知識は、一方で権力の都合によって選択的に摂取(というか略奪)され、他方で抵抗のために秘匿された。両者のあいだに口を開いた歴史の隙間(すきま)に、中絶薬としてのオウコチョウは滑りおちていった。知の帝国主義の闇の襞(ひだ)に触れる力作である。【評 山下範久(立命館大学准教授・歴史社会学)】

■2007/07/08, 朝日新聞 朝刊, 11ページ

銃後の中国社会―日中戦争下の総動員と農村
銃後の中国社会―日中戦争下の総動員と農村笹川 裕史 奥村 哲

岩波書店 2007-05
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戦時動員される民衆の姿を描く

本書が描く日中戦争で抗戦する中国の姿は、衝撃的なものだ。これまでの説では、日本の侵略によって中国民衆の中に民族主義的な自覚が生じ、中国共産党や国民党は、盛り上がるナショナリズムに依拠して抗日戦に勝利したというものだった。しかし本書で描かれたのは、ナショナリズムの熱狂には無縁のまま、むりやり戦時動員される中国の民衆像なのである。日中戦争期には中国の国民国家は形成途上で、いまだ国民国家に包摂されない民衆が数多く存在していたのである。

本書の舞台は、国民政府の臨時首都重慶がある四川省だ。国民政府は、お膝元(ひざもと)の四川省から多くの兵士を徴兵し膨大な食糧を徴発した。だが中国では、それまで徴兵制が施行されておらず、食糧徴発の割り当ての基礎となる土地台帳もしっかりしていなかった。もともと国家との一体感の乏しい地域社会に対し、強引に徴兵や徴発がおこなわれるのだから、それは極めて暴力的な形を取ることになる。

そこでは徴兵逃れが頻発する。そのため徴兵は、逃亡しないように寝込みを襲って兵営に連行する拉致同然の行為となる。反対に搬送される食糧が、数多くの飢民の群れに襲撃されて強奪されたりもする。徴兵と徴発を担当する末端行政官は、地元有力者を優遇する不正をおこない、徴発の割り当てをめぐって地域間の利害対立も表面化する。

中国近現代史研究者である著者たちが用いたのは、台湾の国民政府や四川省の行政文書の中にあった、地域の民衆からの訴状や陳情書などである。それは下積みの者に負担が転嫁される、矛盾だらけの戦時動員の実態を告発するものだった。そして戦時下で大地主や有力者が甘い汁を吸うことへの反発が、共産党への支持を高めたという。

抗日戦争は中国にとって、不可避な防衛戦争だった。しかしここには、国家の戦時動員政策にさらされた、底辺の弱者から見える世界の姿がある。それは過去の中国にとどまらず時代と地域を越えて、今日の世界の紛争地域にも共通する、戦争する国家の問題を示しているといえよう。【評 赤澤史朗(立命館大学教授)】

■2007/07/08, 朝日新聞 朝刊, 12ページ

言語学者が政治家を丸裸にする
言語学者が政治家を丸裸にする東 照二

文藝春秋 2007-06
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おすすめ平均 star
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不見識な発言で、先日も閣僚が辞任したばかり。政治家の発言が軽くなっていませんか、と思っている人は多いことだろう。政治家のスピーチには辟易(へきえき)、と思っている人も大勢いるにちがいない。

私もその口だけれども、では有権者が重いスピーチを求めているかといえば、そうもいえない。小泉政治の5年半を思い出せば、あの語り口が人気の源だったことはだれも否定できないだろう。石原都知事しかり、東国原宮崎県知事しかり。言葉を制する人が人心を制し、ひいては選挙をも制す。よくも悪くも、いまはそういう時代なのだ。

だとすると、集客力のあるスピーチとはどんなものなのか。『言語学者が政治家を丸裸にする』は、小泉前首相と安倍現首相を中心に政治家の言語表現力を吟味した本。言説内容には関知せず、表現のスタイルだけを分析する。

たとえばA氏とB氏が同じ演説の場に立ったとしよう。

A「**市の皆さん、こんにちは。今日はこのいいお天気の日曜日に、凸山凹男がんばれという温かいお気持ちで駅前にお集まりいただきましたことを、厚く厚く御礼申し上げる次第であります」

B「いやあ、いっぱいですね。ありがとうございます。外にも会場に入りきれないのかな、大勢の方が立っておられるようです。本当にありがとうございます。凸山さん、よろしくお願いします」

演説の定型にはまったAは安倍式、のっけから聴衆を巻き込むBは小泉式。この2人の話し方は対照的なのだ。

話し言葉には、情報中心のリポート・トークと情緒中心のラポート・トーク、二つの面があるという。聴衆は情報より情緒を好むが、情緒だけでもだめで、要は二つを巧みにスイッチする能力が必要だってことらしい。

著者の分析はいちいちごもっとも。「~あります」「~です」「~思います」といった文末表現の変遷史も、田中角栄や竹下登ら歴代首相の癖をとらえた章もおもしろい。だけど爽快(そうかい)な読後感といえないのは……本じゃなくて政治の責任かな。野党政治家の分析ももう少し読みたかった。【評 斎藤美奈子(文芸評論家)】

■2007/07/08, 朝日新聞 朝刊, 12ページ

ミノタウロス
ミノタウロス佐藤 亜紀

講談社 2007-05-11
売り上げランキング : 64553

おすすめ平均 star
star殺戮。略奪。強姦。

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舞台は、二十世紀初頭、ロシア革命前後の、内戦が続くウクライナ。作者の得意とする題材で、冒頭から引きこまれる。主人公/語り手は、奇妙な経緯から地主に成り上がった男の次男、ヴァシリ・オフチニコフ。教養高く、世の中を舐(な)めてはいるが、自分のような息子たちはみな、「同形の金型から鋳抜かれた部品のように」「取り替えがきく」のだと自覚している。後半部では、父の死後、兄の命と土地財産を失い、ドイツ兵のはぐれ者たちと殺戮(さつりく)、略奪を繰り返すさまが、センセーションを排して描かれる。

作品が向かうのはどこか。戦争のおぞましさや、人心に巣くうミノタウロス(獣心)を書くことか。そういう副次的な効果もないではないが、目指すは「エンパシー(感情移入)ゼロ地点」とも言うべき地平ではないか。古典的な一人称小説では、多少なりとも「私」の眼(め)が他人の内面に焦点をあわせ、心情を映しだす。しかしヴァシリは他人へのシンパシーが皆無であり、語り手としては、他の登場人物へのエンパシーがないに等しい。全編「 」で括(くく)られた会話一つ出てこないのだ。どの人物にも寄りつこうとしない、荒野さながらのドライな叙述が渺々(びょうびょう)と続いている。

佐藤氏による、小説を読み書くための実践書『小説のストラテジー』から引くと、メロドラマの目的は「最大の振幅」だという。天上に昇らんとして墜(お)ちる。奈落から這(は)いあがる。メロドラマでは「人は笑うのではなく哄笑(こうしょう)し……意地悪をするのではなく破滅させ」る。まさに本小説ではそういう事態が次々と出現するのだが、エンパシーを無化した語り手を通すと、なんの感傷的「振れ」も起こらないのが見事だ。

しかし、である。ヴァシリの上をいくのは、母親の操り人形だった兄。神性の一つがアパテイア(不動心)であるなら、神々しいまでの無感覚だ。この兄を見るときのみ、ヴァシリにごく微量のエンパシーが交じるのを感じた。乾いてなお残る人間の情動というものに、読後、深く胸をつかれた。不毛の荒地が小説の豊饒(ほうじょう)を生む。【評 鴻巣友季子(翻訳家)】

■2007/07/08, 朝日新聞 朝刊, 12ページ

梶山季之と月刊「噂」
梶山季之と月刊「噂」梶山季之資料室

松籟社 2007-05
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36年前の創刊号、熱い息づかい今も

ひさしぶりに面白い雑誌に出会った。各号の目次を見ているだけでワクワクしてくる。『なぜ大新聞は週刊誌を目の敵にするのか』『アマ・スポーツは新聞が堕落させた?』『NHKが民放なみに視聴率を気にする理由』『なぜ日本では犯人射殺が少ないか』『一カ月で三倍になる絵画ブームのカラクリ』……いまどきの新書も交じっているんじゃないかと錯覚してしまいそうなイキのいいタイトルの記事は、じつはすべて30年以上前の月刊誌『噂(うわさ)』に掲載されたものである。

当代随一の流行作家だった梶山季之(かじやまとしゆき)が私財を投じて『噂』を創刊したのは、1971年のこと。本書『梶山季之と月刊「噂」』は、題名どおり、創刊の経緯から経営・編集の舞台裏、1974年の休刊までを、夫人や当時の編集長らがまとめた一冊である。後半には創刊号がまるごと再録され、また掲載広告の一覧表もつくられるなど、書誌的にも貴重な労作だが、それ以上に、関係者の証言から浮かび上がる梶山季之の創刊に向けての情熱や雑誌そのものの持つ熱に圧倒される。書評者の立場を離れて告白すると、再録された創刊号を、僕は最近のどの雑誌よりも夢中になって読んだ(特に「文壇葬儀係」の異名を持つ編集者と梶山との対談は絶品)。記事の内容はもとより、座談会や対談を多用した誌面や作家の生原稿を掲げた表紙(創刊号は柴田錬三郎)からほとばしる「声」や「息づかい」にすっかり魅せられたのだ。

梶山は『噂』の経営のために原稿のさらなる量産を強いられ、休刊間もない1975年に急逝した。金銭的にも肉体的にも、あるいは精神的にも負担の大きかった『噂』がなければ、梶山はライフワークの『積乱雲』を完成していたかもしれず、のちの文学的評価も違っていたかもしれない。だが、流行作家を「流行(はや)りの作家」ではなく「流れ行く作家」と読み替えたとき、小説誌や週刊誌と共に疾走した梶山の凄(すご)みは、『噂』の存在によっていっそうの輝きを放つはずだ。雑誌もひとの「噂」も、常にとどまることなく流れ行くものなのだから。【評 重松清(作家)】

■2007/07/08, 朝日新聞 朝刊, 13ページ

成果主義とメンタルヘルス
成果主義とメンタルヘルス天笠 崇

新日本出版社 2007-05
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おすすめ平均 star
star労働問題、メンタルヘルスの必読書です
star一般の読者でも学術的に解りやすく理解するための良書

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今や教育現場にまで導入されようとする勢いの市場原理。その柱ともいえる成果主義制度は、職場ではすっかりおなじみのものとなった。しかし最近、この制度の弊害も指摘され始めている。本書は、成果主義に精神医学からスポットをあてて、その負の側面を浮き彫りにしようとした意欲作。

精神科医から見た成果主義の弊害とは、この制度が労働者に新たなストレスを与え、うつ病などの精神疾患や過労死を引き起こす、というものだ。長く臨床に携わる筆者は、「労働者のみならず産業医まで長時間労働を強いられる職場」「徹夜はあたりまえという環境の中でうつ病になったIT技術者」といった実例をあげながら、成果主義導入後の職場の実態を明らかにしていく。さらに、成果主義と「心の病」の因果関係をはっきりさせるため、考察を重ねる。

このあたり、一般の読者としては「成果主義は心に悪い、とはっきり言ってほしい」というところだと思うが、医学者である著者はあくまで感情的にではなく科学的視点でこの問題を解明したいのだろう。しかし、抑えた文体の後ろに流れているのは、経済効率ばかりを優先するいまの社会への怒りと労働者たちへの支援の熱い感情である。【評 香山リカ(精神科医)】

■2007/07/08, 朝日新聞 朝刊, 13ページ

スコット・ジョプリン 真実のラグタイム
スコット・ジョプリン 真実のラグタイム伴野 準一

春秋社 2007-05-20
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評伝にして異色の米国紀行

1973年の映画「スティング」以来、黒人作曲家スコット・ジョプリン(1868年~1917年)は、ラグタイムの名曲「エンタテイナー」のメロディーとともに、一躍有名になった。しかし、じつのところ、世紀転換期に一世を風靡(ふうび)したラグタイムは、1917年のジョプリンの死を境にいったん廃れ、1920年代のジャズ・エイジからこのかた、しばらく忘れられては時折息を吹き返すというサイクルを、くりかえしてきたにすぎない。

その過程で、当初こそ売春宿などで演奏されていたがゆえに低級扱いされていたラグタイムは、やがて黒人以上に白人が愛しアメリカの誇りとする音楽と化す。今日では、ミズーリ州セデーリアにて毎春「ラグタイム・フェスティバル」が開かれているが、それを支えるのも主に白人の高齢者だという。

著者は、かくも皮肉なラグタイム発展史を解明するのに、アメリカ黒人史と音楽史をしっかりふまえてかかる。ジョプリン最後のオペラ「トゥリーモニシャ」の分析から、ピアニストとしての技量と梅毒感染とのかかわりの推測に至るまで、本書は広範な調査力と鋭利な批評力に貫かれた評伝であるとともに、異色のアメリカ紀行としても楽しい。【評 巽孝之(慶応大教授)】

■2007/07/08, 朝日新聞 朝刊, 13ページ

中国環境ハンドブック 2007-2008年版
中国環境問題研究会 (編さん)

豊富な資料から課題を示す

中国の環境エネルギー問題に興味がある人、手を挙げて! 水不足や大気汚染、温室効果ガスの排出に黄砂の飛来、さらには石油を求めての対外進出等々、中国の高度成長に伴って環境とエネルギーの領域で多くの問題やあつれきが生じているのは周知の事実だ。

本書は、26人の専門家が分担執筆し、中国のほとんどの環境エネルギー問題について網羅的に解説した百科事典的な書籍。2年前に出版された05~06年版以来の最新動向がカバーされていることに加え、圧巻は全体533ページの3分の2を占めるデータ・資料編だ。環境状況公報から法律、統計、中国及び日本のNGOの活動、各国及び国際機関による対中環境協力、そして年表に文献リストまで、至れり尽くせりの情報が詰まっている。

著者たちは、客観的なデータを提供する一方で、問題解決のための熱い気持ちと冷静な思考の必要性を説く。無論、中国政府も手をこまねいているわけではない。風力や太陽熱利用などエネルギー源の多様化に取り組むほか、今後は外国企業にも一層の環境対策を要求してくることだろう。そこで本書には、日系企業へのアドバイスまで載っている。その周到さには脱帽するほかはない。【評 高原明生(東京大教授)】

■2007/07/08, 朝日新聞 朝刊, 13ページ

謎とき徳川慶喜―なぜ大坂城を脱出したのか
謎とき徳川慶喜―なぜ大坂城を脱出したのか河合 重子

草思社 2007-05-25
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それでも許される最後の将軍

政治家はよく「歴史の判断を仰ぐ」という。後世から毀誉褒貶(きよほうへん)を受けるのは、歴史に名を残すほどの人間の宿命だ。やはり何といっても歴史を読む楽しみは、ああだこうだの人物評論に止(とど)めをさす。

この一冊はみずから「慶喜贔屓(びいき)」と名乗り、「ずっと慶喜のことをしらべ、彼ひとりを見まもりつづけてきた」慶喜ウオッチャーの筆になる評伝である。

徳川家最後の孤独な将軍を世の論告から守るべく、筆鋒(ひっぽう)の薙刀(なぎなた)を揮(ふる)う面持ちがあり、なまなかの反論を寄せ付けない気魄(きはく)が漂う。

歴史法廷での審判は、旧幕臣による晩年の慶喜へのインタビュー『昔夢会筆記(せきむかいひっき)』の発言を証拠採用し、すべて好意的に解釈して、《疑わしきは慶喜の利益に》という手続きで進む感がなくもない。

大政奉還・王政復古・鳥羽伏見の戦いと来て、大坂城からの悪名高い《敵前逃亡》についてだけは、「さすがの慶喜贔屓にも言葉がみつからない」と論評せざるを得ない。評伝のいちばんつらい所である。

それでも許してもらえるのだから慶喜は幸せ者だ。江戸に逃げ帰った慶喜が朝敵にされた不運を「立て板に水」で弁明するのを聞いて助けてやる気になった皇女和宮の境地だろうか。【評 野口武彦(文芸評論家)】

■2007/07/08, 朝日新聞 朝刊, 13ページ

選挙違反の歴史―ウラからみた日本の100年
季武 嘉也 (著)

近代化の陰のカネと集票の実態

「国民が自らの手で決定していく」民主主義政治は、良心に基づく個人の清き一票の堆積(たいせき)によって維持される。

それにもかかわらず本書によれば、近代以降、少なからぬ日本人が選挙時の買収に手を染めてきた。当時の新聞によれば、大正4年の第12回総選挙では候補者1人で買収費も含み、2800万円(現在の貨幣価値換算、以下同様)の選挙費用がかかり、その後も第16回総選挙で7100万円、第18回総選挙では何と1億3千万円もかかっている。

このため、候補者個人の力だけでは出馬が困難になり、政党が公認料を出したり、党幹部がポケットマネーを配ったことが、派閥形成に繋(つな)がっていったと著者は指摘する。

買収や供応の仕組みとして、地方のムラでは、県議をボスとする町村長や町村議ら地方名望家を中心に票のとりまとめが行われたが、元々、投票したくない候補者からではなく、支持する、または支持しても構わないと思う候補者から買収されることが多かったという。一方、都市のマチでは、元地方議員や町会長など何百票~何千票をもつ中ボスや、その下にいる家主やアパートの管理人など20~100票をもつ地域の小ボスが票のとりまとめを行った。

こうした選挙違反に対して、演説や文書で大衆に訴える理想選挙を唱える者もいたが、それでも選挙費用として1600万円くらい(第12回)かかったという。

このため、選挙の公営化や選挙運動の制限が徐々に進んだが、そのために選挙に対する関心が薄れるという問題も起きるようになってくる。

本書は、選挙違反というキーワードを通じて、明治以降、日本が近代化されていく過程で、人の心の中までが一気に近代化されたわけではないことを示している。

著者によれば、選挙をめぐる現在の最も重要な課題は投票率の低下であり、政策面で民意をくみ取る政党・候補者の努力と、候補者がより自由に有権者に接近できる選挙の自由化が求められるという。参院選公示を前に、あらためて選挙とは何かを考える上で、一読しては如何(いかが)だろうか。【評 小林良彰(慶応大学教授)】

■2007/07/08, 朝日新聞 朝刊, 13ページ

本を読む兄、読まぬ兄 [吉野朔実劇場]
本を読む兄、読まぬ兄 [吉野朔実劇場]吉野 朔実

本の雑誌社 2007-06-12
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普段、乗らない路線の電車に揺られ、これから会うインタビュー相手の事を考えていたら、対面に座っていた女性が1冊の本を取り出した。その本の著者は、まさにこれから会う女性作家。自分が体験したことのある偶然なんてそのレベルだが、本書によると世の中には、ドラマティックな偶然を世界中から集めて研究した本があるそうだ。興味を引かれ、さっそく購入。

ここに描かれているのは、本を読み、感じたこと、思い出したことを徒然(つれづれ)なるままにマンガで綴(つづ)った飛び道具的書評エッセイだ。製本に贅(ぜい)を凝らした私家版を手にしながら小学生の頃に本を作ろうとしたことを思い出し、お札の絵柄にはどんなアニメキャラクターがいいかを考察。久しぶりにプラスドライバーを握り締め、付録のプラネタリウムを作ったはいいが、夜が待てずにまた本を読む――。対象となる本を見上げつつ、かといって持ち上げすぎないマイペースな視線で捉(とら)えた本作は、そのスタンスの取り方が絶妙。本好きの友人との会話からも本に対する愛情が滲(にじ)み出ており、まだ見ぬ本の魅力にグッと心が引き寄せられる。

「本の雑誌」連載中のシリーズ最新刊でもある本書には、本編以外に作家・平山夢明氏との対談や、『“手”をめぐる四百字』という本に触発されて書かれたという、手にまつわる原稿用紙1枚分の著者の肉筆原稿も掲載されている。こちらも必見!!

■2007/07/08, 朝日新聞 朝刊, 14ページ

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