メイン > 朝日新聞日曜版『書評』 > 2007年12月16日

ダーウィンの「種の起源」 (名著誕生 2)
ダーウィンの「種の起源」 (名著誕生 2)ジャネット・ブラウン 長谷川 眞理子

ポプラ社 2007-09
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世界観変えた「種の起源」の謎に迫る

科学の歴史にとって、2009年は記念すべき年である。進化学の父と讃(たた)えられているチャールズ・ダーウィンの生誕200年であると同時に、その後の人類の歴史に多大な影響を及ぼした『種の起源』の出版から150年にあたるのだ。母国イギリスでは2009年の7月5日から10日にかけて、ケンブリッジで大々的な祭典が催される予定で、早くも主な行事日程が発表されている。それ以外にもさまざまな計画があると聞く。

ところがダーウィンの『種の起源』は名のみ高く、読まれることの少ない本の一つである。そういうこともあってか、『種の起源』に関しては、意外と知られていない事実が多い。

『種の起源』の構成は、すべての生物は共通の祖先から分かれてきたという考え方(進化論)を読者に納得させると同時に、進化を引き起こす仕組み(自然淘汰〈とうた〉説)を提唱した、一つの長い論証という形をとっている。そして驚くべきことに、岩波文庫版にして約800ページもあるというのに、ダーウィン自身、この本は自らの研究成果の「要約」であるとことわっている。

ダーウィンは、進化という事実とその仕組みに関する理論に思い至ってからそれを世に問うまで、実に20年あまりも発表を差し控えていた。ならば、満を持して完全な形で発表すればよいものを、なぜ、「要約」などという形を採ったのだろう。あるいは、『種の起源』出版直後の騒動の中で、ダーウィン自身は沈黙を守り通した。なぜなのだろう。

ジャネット・ブラウンの小著は、『種の起源』の伝記という形で、この歴史的な書をめぐるいくつもの「なぜ」に明快に答えると同時に、今に至っても衰えていないダーウィンの慧眼(けいがん)とそれがもたらした影響を手際よく紹介している。

一方、マシュー・ニールの長編小説は、『種の起源』出版前夜にあたる1858年の物語である。聖書の記述を頑(かたく)なに信じる地質学者でもあるイギリス人牧師が、タスマニアこそがエデンの園だとの結論にいたり、その証拠を求めてオーストラリア沖に浮かぶかの島を目指す。その物語が、当の牧師、人種差別主義者の医師、先住民アボリジニと白人との混血児、密輸船の船長など、複数の登場人物の視点から重層的に語られる。

その牧師は、科学の使命は神による創造を証明することであるという旧来の科学観の体現者であり、ダーウィン進化論が変えた古い世界にあたる。一方、探検隊に同行した医師の目論見(もくろみ)は、先住民アボリジニが劣等な別種であるとする自説の「科学的証拠」集めにあった。後にダーウィンの自然淘汰説は、優勝劣敗の原理と曲解されることで、この医師のような人種差別主義を正当化する「科学」として誤用され、ホロコーストを招来した。

つまりこの小説は、ダーウィンこそ登場しないものの、まさに『種の起源』が一変させた世界観を要約していることになる。しかも偶然に翻弄(ほんろう)される探検隊一行の運命が、進化の偶然性と相通じる点でもおもしろい。【評 渡辺政隆(サイエンスライター)】

■2007/12/16, 朝日新聞 朝刊, 11ページ

少女売買 インドに売られたネパールの少女たち
少女売買  インドに売られたネパールの少女たち長谷川 まり子

光文社 2007-11-22
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star知っておいて欲しいこと。

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ネパールの山間の貧しい集落で暮らしていた12歳の少女チャンヌーは、親類の男に「首都カトマンズの工場で働かないか」とだまされ、インドの売春宿に売られた。5年後に警察の摘発で救出されるまで、多い日は100人の客をとらされ、HIVに感染し、差別で帰郷もかなわない――。

年間7千人もの少女が人身売買の犠牲になっている実態と背景に迫る。取材をきっかけに、被害者を支援するボランティアにかかわって10年になる著者による渾身(こんしん)の記録。

■2007/12/16, 朝日新聞 朝刊, 12ページ

苔とあるく
苔とあるく蟲文庫店主 田中美穂 浅生ハルミン

WAVE出版 2007-10-12
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おすすめ平均 star
starコケの世界

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見ているのに気づかない。「苔(こけ)」はまさにそんな存在。でも、ルーペでのぞくと肉眼とは違う世界が広がる。日本には約2千種類もの苔が生育する。幾何学的なエゾスナゴケの美しさ、ユーモラスなタマゴケ……。身近にこんな別世界があるとは驚きだ。著者は古書店主で日本蘚苔類(せんたいるい)学会員。苔を知ってほしいという思いが、この本になった。顕微鏡など苔の世界をより楽しむ道具の使い方を始め、観察や採集、標本整理などのノウハウ、全国の観察ポイントも紹介している。

■2007/12/16, 朝日新聞 朝刊, 12ページ

ビルマ商人の日本訪問記
ウ・フラ (著), 土橋 泰子 (翻訳)

著者は、イギリスの植民地下にあったビルマ(現ミャンマー)の民族主義者の商人であった。英語を話せた彼は日本との貿易ルートを開拓するため、1936年夏に単身で日本を訪問するのである。

進取の気性に富んだ彼からすると、経済活動に不熱心なビルマ人同胞の生き方は歯がゆくて仕方がない。ビルマ人は伝統的な生活を守ればいいという旧守的な姿勢で、装飾品には金をかけても商工業に投資することなく、海外に出て自らの進路を切り拓(ひら)くこともせず、貿易はインド人の手に委ねている。彼の訪問記では、そんな同胞の態度を叱咤(しった)する発奮材料として、賭け事をしないなど日本人の生活態度が称賛されている。そのためその日本像は理想化して描かれる傾向にあった。

著者は日本を、自国から手が届く範囲の「模範国」と見ていたようだ。彼は自国経済の産業化の水準に見合った日本の工業に着目し、その製品と技術の輸入を目論(もくろ)むのである。彼は日本各地で繊維産業の工場やゴム草履の工場、自転車の輸出会社などを見て回り、足踏み式製縄機を購入して持ち帰っていた。

なお彼の理想には、家父長的な一面もあった。たとえば彼は往来で日本人女性とぶつかった時、その女性が抗議しなかったのに驚いている。そしてもしビルマだったら女性から罵詈(ばり)雑言を浴びせられただろう、日本では女性の権利が弱いのでこんなにおとなしいのだと推測し、それを称賛しているのである。

ただし彼は、日本の風俗への違和感も記している。日本人が裸体を人前にさらすのが平気であることや、舌足らずな物言い、「はい、はい」と言いながら相手の話をロクに聞いていない場合があることなどである。また入国審査時の係官による、不必要な詳しい質問にも反発を感じていたようだ。彼は同じアジア人として親近感を抱いていたが、日本人も「貪欲(どんよく)さ」では西欧人と同じで、日本を頼るのは危険だと考えていた。日本と自立した貿易関係を築こうとしたビルマ人の視点から、生き生きと描かれた戦前日本の記録といえよう。【評 赤澤史朗(立命館大学教授)】

■2007/12/16, 朝日新聞 朝刊, 12ページ

臈たしアナベル・リイ総毛立ちつ身まかりつ
臈たしアナベル・リイ総毛立ちつ身まかりつ大江 健三郎

新潮社 2007-11
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おすすめ平均 star
star面白くないことはないが、結末がやや物足りなかった。
star「恢復」し進化する大江作品
starオーケンは何処へ向かう。

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限界を試し想像力の源泉を問い直す

なんとも不思議なタイトルは、19世紀アメリカ・ロマン派作家ポー晩年の名詩「アナベル・リイ」(1849年)に、戦後、日夏耿之介(ひなつこうのすけ)が施した名訳に則(のっと)る。熾天使(してんし)に妬(ねた)まれ夭折(ようせつ)する美少女アナベルのモチーフは、20世紀に入ると南部作家ウォレンの長編小説『オール・ザ・キングス・メン』(1946年)へ、さらにロシア系アメリカ作家ナボコフの代表作にして、20世紀英語文学ベスト10にも数えあげられることの多い『ロリータ』(1955年)へと受け継がれる。今日の「ロリコン」「ゴスロリ」の原典における美少女ロリータは、主人公ハンバート・ハンバートの夭折した幼なじみアナベルの再来なのである。

こうした世界文学的伝統に、我が国を代表する作家はいかに挑戦したか。

本書は、語り手の作家が旧友の映画監督・木守有(こもりたもつ)と組み、戦後すぐ製作された映画版「アナベル・リイ」に主演した元少女スター「サクラさん」をフィーチャーして、ドイツ作家クライストが19世紀初頭に執筆した中編小説『ミヒャエル・コールハースの運命』を映画化するという計画から始まる。

サクラさんは幼くして孤児となるも、アメリカ人デイヴィッド・マガーシャックに引き取られ、いまや国際的大女優。クライスト作品は、16世紀の末、ブランデンブルク出身のコールハースなる博労が、隣国のサクソニヤへ赴いたおりに、新城主となった若殿トロンカの謀略で強壮なる黒馬を取り上げられるばかりか愛妻まで殺され、復讐(ふくしゅう)の鬼と化す物語。

主人公はこれを、自らの故郷である四国でじっさいに起こった農民一揆に置き換え、中心人物であるコールハース役を女性に振り替えるという構想を練る。いちどはスキャンダルで挫折するも、30年の歳月を経て、いよいよ製作再開。暴走する老芸術家たちのみならず、挫折から立ち直った元少女スターが、国家も時代も顧みず「後期の仕事」を共作していくクライマックスは、作家生命の限界を試し創造力の源泉を問い直す作業として、胸を打つ。【評 巽孝之(慶応大学教授)】

■2007/12/16, 朝日新聞 朝刊, 12ページ

旗本夫人が見た江戸のたそがれ―井関隆子のエスプリ日記 (文春新書 606)
旗本夫人が見た江戸のたそがれ―井関隆子のエスプリ日記 (文春新書 606)深沢 秋男

文藝春秋 2007-11
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おすすめ平均 star
star旗本夫人の日記が歴史の定説を覆す!

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風俗から政治の裏面までリアルに

女性の日記文学は必ずしも平安時代の特産ではない。江戸幕府が改革か衰退かの選択を迫られた天保年間、女ざかりの日々の出来事を日記に綴(つづ)った旗本の妻がいた。

その名は井関隆子。江戸城で納戸組頭(なんどぐみがしら)を勤めていた井関親興(ちかおき)の後妻である。天保十一年(一八四〇)から同十五年(一八四四)までの膨大な日記は、長らく桜山文庫に秘蔵されていたが、著者の三十五年にわたる努力で翻刻・研究され、『井関隆子日記』と名付けて世に知られるところとなった。そのサワリを紹介したのが本書である。

夫との間に子は生まれなかったが、隆子は旗本家の刀自(とじ)として一家をてきぱき取り仕切る。九段下の屋敷は庭が広く、種々の草木が植えられて四季折々の自然が楽しめる。田安御門も程近く、江戸城とは手頃な距離にあった。

義理の息子の親経(ちかつね)は広敷用人に出世した。広敷は大奥の受付にあたる部署であり、将軍家斉(いえなり)の公私の接点をなしている。孫の親賢(ちかかた)は世子家慶(いえよし)の小納戸(こなんど)(雑務係)を勤め、ここからも城内の情報が入ってくる。隆子日記の豊富なトピックはあちこちに張りめぐらされたアンテナ網から提供されていたのである。

本書の構成は、前半が江戸の花鳥風月、年中行事、社会風俗の絵巻である。心中事件や破戒僧に向けられるオバサン的好奇心も旺盛だ。後半それが一転して天保改革の話題に切り替わる呼吸がいい。

権力の座に就いた水野忠邦は、家斉の死を待ちかねたように荒療治に取りかかる。追放された旧政権の佞人(ねいじん)に殿中で誰も声を掛けなくなる雰囲気がリアルだ。果断な倹約政治に対してくすぶる不満の声もじわじわと伝わってくる。

忠邦の命運を賭けた上知令(あげちれい)が、それで不利益を蒙(こうむ)る大名・旗本のひそかな結束で葬られてゆく政治の裏面がよくわかる。隆子日記は、家斉薨去(こうきょ)の日付など幕府の公式発表と隠された真相との隙間(すきま)を埋める一級史料でもあるのだ。

隆子の文章にはしっかりした芯(論理性)が通っている。欲をいうなら、原文の達者な和文をもっと大胆に生かしてもよかったと思う。【評 野口武彦(文芸評論家)】

■2007/12/16, 朝日新聞 朝刊, 12ページ

移りゆく「教養」 (日本の〈現代〉 (5))
移りゆく「教養」 (日本の〈現代〉 (5))苅部 直

NTT出版 2007-10
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おすすめ平均 star
star「すべき」と言わない教養論

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「あの人は教養があるから」という言葉には、微妙なニュアンスがある。単に知識をひけらかす人、または頭の知識だけで実務には疎い、などというマイナスの意味合いが潜む場合が往々にしてあるからだ。

「教養」という言葉がどこか持つエリート臭、説教臭に敏感な著者は、それが発生してくる歴史を丹念に追う。その上で、「教養」と「政治的判断力」とを重ねて考えるところに、独自性がある。

「政治的」といっても、いわゆる「政治」の話ではない。他者とのかかわりを通じて、伝えあい、更新してゆくことが、ひいては社会秩序の全体を支えることになる知恵のようなもの、と規定する。

そう考えると、気は楽になるのだが、難問もある。そんな「政治的」な教養を巡る考察も、西欧では積み重ねがあり、理想像の一つは、結局、古代ギリシャの市民などに行き着く。これを、そんな文化伝統とは無縁のこの国に移植しても意味があるのか。そこで、日本の伝統の中にその可能性を探った和辻哲郎、丸山真男らの試みも取り上げる。

現代に必要な教養とは何か。それを、「教養臭さ」に至らない道筋で考えるヒントにあふれている。【四ノ原恒憲(編集委員)】

■2007/12/16, 朝日新聞 朝刊, 13ページ

ロリータ、ロリータ、ロリータ
ロリータ、ロリータ、ロリータ若島 正

作品社 2007-10-23
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おすすめ平均 star
starもっと論文らしい論文を読みたかった

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文学の読み方に答えはないと言われるが、本当だろうか? 『ロリータ』の訳者・若島正氏は、少なくともナボコフの読解においては、読み方のルールさえ掴(つか)んでいれば一つの「正解」を得ることが可能だと言う。氏によれば、彼の作品は論理の美を結晶させ、詩と科学が接近したチェス・プロブレムのつくりによく似ている。

未亡人の家に、ある絵が掛かっていたのはなぜか? 作品内の時代には未公開のボクサー映画が引用されているのはなぜか? 「再読する以外に読む方法がない小説」として、『ロリータ』の内在作者の意図を著者は鮮やかに解き明かす。露、仏、独、伊、西、中、日の翻訳版『ロリータ』を読み比べ、各国訳者の戦略を浮き彫りにする九章は、鳥肌のたつ思いがした。

情と知、主観と客観。文学はそれぞれの前者を、科学は後者を代表するものとすれば、本書の「読み」は圧倒的に後者寄りだ。そう書くと冷たく聞こえるかもしれない。しかし『アンナ・カレーニナ』で、マフに積もる霜に着目しそっと拾いあげてみせた評論家を例にとり、自分もそういう批評を目指したという若島氏の筆は、終始クールでありながら愛に溢(あふ)れている。【鴻巣友季子(翻訳家)】

■2007/12/16, 朝日新聞 朝刊, 13ページ

不安定雇用という虚像―パート・フリーター・派遣の実像
不安定雇用という虚像―パート・フリーター・派遣の実像佐藤 博樹 小泉 静子

勁草書房 2007-11-08
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star書名と内容が一致しない。

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急増を続ける非正社員は自らの仕事をどのように考えているのか。首都圏でパートやフリーター、派遣などの呼称で就業する6千人の意識調査を分析した本書の著者は、主婦パートの8割以上が、また派遣の4人に3人が現在の勤務先や働き方に満足しているほか、フリーターが抱く「『正社員』と比較した」給与面の不満も相対的に低いなどの事例を挙げて、多くの非正社員は現在の仕事に満足しているという。

確かに、残業や転勤を拒否できない正社員よりも、「自分のライフスタイルにあった」働き方を選択できる非正社員のほうが給与は低くても望ましいと思う人は多いかもしれない。しかし、不安定雇用だから非正社員は望ましくないという通念が「虚像」なら、正社員は雇用が安定しているから望ましいという見方も「虚像」である。そこには給与差以上に過大なノルマを課して正社員の働き方を魅力ないものに貶(おとし)め、非正社員へと誘導する企業の深慮遠謀が見え隠れしているからだ。

人々は自由か安定かと問われて非正社員を選んだのか、安定の代償に厳しい労働を迫られ正社員を諦(あきら)めたのか、「実像」の炙(あぶ)り出しにはもう一歩踏み込んだ調査と分析が必要なようだ。【高橋伸彰(立命館大教授)】

■2007/12/16, 朝日新聞 朝刊, 13ページ

近代中国の政治文化―民権・立憲・皇権
野村 浩一 (著) (イラスト)

今日も続く伝統文化克服の試み

21世紀の中国がどこへ向かうのかは世界の大問題だ。中国共産党が市場化の道を歩むと宣言してから15年。経済の高度成長が続き、人々の生活水準の向上は目覚ましい。だがその一方で、格差の拡大と社会のまとまりの喪失、拝金主義の蔓延(まんえん)と道徳の退廃を憂える人も増えている。汚職にまみれ、問題解決能力を低下させた政治体制の行方も不透明なままだ。

しかし、長い中国史の文脈で考えれば、今の中国の変動は20年や30年前に始まったことではない。本書では、1911年の辛亥革命を起点とする中華世界の解体と再生が今日もなお続いていると捉(とら)えられる。具体的な分析の対象は20世紀の初めから30年代までの政治文化や思想潮流であり、著者によれば思想、文化こそ秩序形成の方向づけに強く作用する。本書を読むと、実に100年にわたって中国政治の基本課題にほとんど変化がないことに驚かされる。

農民大衆の子であった孫文は、「造反」と「光復」(漢民族主体の回復)という政治文化的伝統、そして公平を求める農民世界の文化的伝統を基に「民権」「共和」の理念を掲げた。しかし混乱にあって現実に権力を支えたのは、袁世凱(えんせいがい)が立脚した皇権的政治文化、すなわち皇帝―官僚支配の政治文化であった。そして後には、救世主の登場による平天下を望む農民の心性が毛沢東の権力獲得を支えた。

このような伝統文化の問題を克服する試みは確かにあった。一つは、地域社会の安定と繁栄を自らの責務とした張謇(ちょうけん)ら開明的士紳層の立憲主義である。もう一つは、新中国の新文明造りを目指し、集合的な民権より個々人の人権の確立を強調した胡適(こてき)ら知識人の自由主義であった。20世紀初頭、伝統的な「公」観念は公平、公正(法治)そして公開(パブリシティ)の主張として表れたのだった。

言うまでもなく、これらの挑戦は今日も続いている。中国の行方を考える上での本質的な問題は何か。中国近現代政治思想史研究の泰斗は、読み手を十分に意識しつつ、ダイナミックな節回しで丁寧に教えてくれる。【評 高原明生(東京大学教授)】

■2007/12/16, 朝日新聞 朝刊, 13ページ

時代の目撃者―資料としての視覚イメージを利用した歴史研究
時代の目撃者―資料としての視覚イメージを利用した歴史研究ピーター・バーク 諸川 春樹

中央公論美術出版 2007-10
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19世紀、歴史学が近代的学問へと脱皮する際、歴史家は出来事が実際に起こったときに遺(のこ)された文書を史料とすることで、自らが描く過去の像の真実性の証拠にしようとした。以来、複数の文書を照合し、書き手の立場や文書が書かれた状況を勘案して、史料から主観性を排除する手続きは発達をとげ(「史料批判」という)、それは今日でも歴史学の基礎技術となっている。

しかしそこには弊害もあった。歴史には文書に残りやすい現実とそうではない現実があるからだ。文化史や社会史より政治史や軍事史が偏重され、文書を多く遺すひとびとの歴史が文書を遺さないひとびとの存在を闇へ追いやる。20世紀後半以降の歴史学の展開は、いかにこの文書中心主義の弊害を乗り越えるかの歴史であったといっても過言ではない。

著者はこれまでも、地理学や人類学、社会学などの隣接の学問との接合によって、文書中心の歴史学の視界を広げる可能性を追求してきた。そして本書で俎上(そじょう)にのぼったのが、絵画や写真、映画のような視覚イメージの活用である。

と、理論的背景はどちらかといえば玄人向けなのだが、これが読み始めると理屈抜きに面白いのなんの。どこかで見たような名画が、ひとたび史料として分析されるやたちまち雄弁に歴史を語りだし、一見現実離れした画像が当時のひとびとの世界観をリアルに表すかと思えば、写実そのものに見える映像が、背後に潜む偏見を露呈する。本書中の図版だけでも十分楽しめるが、言及された作品の画像をネットで検索しながら読むと楽しさ倍増。一週間は睡眠不足を覚悟されたい。

著者の結論は明快。視覚イメージは文書と同様に史料として大いに役立つ。ただし、文書史料以上に慎重な史料批判が必要。要は画像も文書も時空を隔てた現実の再現媒体という点でひとしくメディアなのだ。その意味ではむしろ視覚史料と同様に慎重な史料批判が翻って文書史料にも求められるというべきか。本書が説く「史料批判」はメディア・リテラシーのレッスンでもある。【評 山下範久(立命館大学准教授)】

■2007/12/16, 朝日新聞 朝刊, 13ページ

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