メイン > 朝日新聞日曜版『書評』 > 2007年1月21日~1月28日
| 世界の果てが砕け散る―サンフランシスコ大地震と地質学の大発展 | |
![]() | サイモン ウィンチェスター Simon Winchester 柴田 裕之 早川書房 2006-12 売り上げランキング : 1176 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
西海岸の大地震を軸に描く米国史
本書は、いわゆる「科学の本」というジャンルにはすんなりとは収まり切らない大作である。たとえるなら大河小説だろうか。
なるほど一九〇六年にサンフランシスコを襲った大地震がメインテーマであるにはちがいないのだが、話はそれだけに留(とど)まらない。大地震を引き起こした原因であるカリフォルニアの活断層、ひいては地球のダイナミックな活動とそれを解明する地質学についてはもちろん、時空を自在に横断しつつ悠々と語られる物語は、サンフランシスコという街の来歴、ひいてはアメリカという国のあり方にまで及ぶ。
そもそも著者は、一〇〇年前の地震について語るために、自宅のある東海岸から車で合衆国を横断してサンフランシスコに向かう旅に出る。あげくのはてにはサンフランシスコへの短期移住まで決行してしまう。
本書の構成にとって、一九〇六年のサンフランシスコは、一つの結節点とでも言えばよいだろうか。歴史はそこに向かって収束し、たまたまそこに居合わせた人々の足下で大地が咆哮(ほうこう)する。
一九〇六年四月一八日午前五時過ぎのサンフランシスコとその周辺には、不世出のテノール歌手カルーソーや作家のジャック・ロンドン、アンブローズ・ビアス、後の写真家アンセル・アダムズなどのほか、有名無名様々な人々が引き寄せられていた。この結節点へと至る著者の筆致は、ハリウッド映画の巨匠ロバート・アルトマン監督が描く群像劇を彷彿(ほうふつ)とさせる。ばらばらに同時進行していたオムニバスドラマが、大事件の勃発(ぼっぱつ)と同時にみごとに一つにまとまって意味をなすという仕掛けなのだ。
そしてその結節点から、また新たな歴史が語られる。それは、地質学、地震学にとって新たな歴史の出発点ともなった節目の年でもあったからである。いまや、地震の原因を天罰と考える人はいないし、大ナマズのしわざと考える人もいない。地震は、地球の地殻を覆ういくつものプレートが織りなすダイナミックなドラマの一環なのだ。
絢爛豪華(けんらんごうか)なオペラの公演から一夜明けた花の都サンフランシスコは、大地震によってあっけなく崩壊した。防災対策がいっさい施されていなかった虚飾の街は、大地の揺れにも猛火にも無防備だった。
サンフランシスコ大地震の規模はマグニチュード七・九と推定されており、死者の数は五〇〇人とも三〇〇〇人とも言われている。ちなみに一九九五年に発生した阪神・淡路大震災はマグニチュード七・三で六四三七人の死者・行方不明者を出した。マグニチュード九・三とされる二〇〇四年のスマトラ沖地震では津波が発生したこともあって二十数万人の命が奪われた。
大地震は数値だけでは語り切れない悲劇や教訓を残し、なによりも歴史を変える。著者は、単なる地震の科学に関する本を書きたかったわけではなく、大地震によって変えられた歴史について語りたかったのだろう。そう、本書は科学書であると同時に歴史書なのだ。【評 渡辺政隆(サイエンスライター)】
| あだ名の人生 | |
![]() | 池内 紀 みすず書房 2006-12 売り上げランキング : 27656 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
あだ名がつくほどの、そしてそれが後世にも伝えられるほどの強烈な個性をもった日本人24人の列伝、ないし紳士録である。井上円了、泉鏡花ら、名高い人は当然として、本書で初めて出会い、また詳しく知った人に、驚いたり感じ入ったり、そうだったかと納得する、その楽しさ。たとえば越中侯・前田利保、大倉財閥総帥・大倉喜八郎。彼らがどんなあだ名で登場するか、それは読んでのお楽しみ。こういう人々がいて、それを書き留める人がいてこそ「美しい国」と言うべし。
| 獄中記 | |
![]() | 佐藤 優 岩波書店 2006-12 売り上げランキング : 77 おすすめ平均 ![]() ブック・ガイドとしても魅力的 成熟のプロセス 久しぶりに読む国家との喧嘩の作法Amazonで詳しく見る by G-Tools |
本書は、かつて「外務省のラスプーチン」と呼ばれた著者が起訴され、独房に拘置された五一二日間に書いた膨大な読書ノートや書簡を圧縮し編集したものである。著者はこの事件についてすでに何冊も本を出している。本書でも当然それについての言及があるが、中心は何といっても、ヘーゲルの『精神現象学』の精読から始まる読書ノートである。そこには、どんな優れた知識人のノートにも見いだせない類(たぐい)の、驚嘆すべき知性の活動がある。
それは、著者が従事していたインテリジェンスという仕事に関係があるだろう。インテリジェンスという語には、知性と諜報(ちょうほう)という意味がある。諜報は、いわゆるスパイ活動よりも、むしろ誰でも入手できる情報を深く分析することが中心であるから、結局、知性の問題だということになるかもしれない。しかし、諜報という語からはやはり、知性というのとは違った外向性・行動性が感じられる。
実際、本書の「知性」が魅力的なのは、それが外交的・行動的だからである。通常、それは知的であることと矛盾する。だが、著者の場合、通常なら矛盾するようなことが、平然と共存するのだ。たとえば、著者は「絶対的なものはある、ただし、それは複数ある」という。そこで、日本国家と、キリスト教と、マルクスとがそれぞれ絶対的なものとしてありつつ、並立できるのである。
本書を読むと、どうしてこのような知性が出現したのか、考えずにいられないだろう。ひとまずいえるのは、著者自身がたえずそれを問うているということだ。独房で読む本はむしろそのために選ばれている。著者の考えに最も適合するのはおそらく、最初に選んだヘーゲルの『精神現象学』であろう。それはあらゆる命題(テーゼ)を肯定すると同時に否定するものだ。その意味で、「絶対的なものはある、ただし、それは複数ある」という著者の考えは、まさに弁証法的である。それは著者がヘーゲルから学んだものではない。著者がヘーゲルに自分を見いだしたのである。【評 柄谷行人(評論家)】
| 政治学は何を考えてきたか | |
![]() | 佐々木 毅 筑摩書房 2006-12 売り上げランキング : 571 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
20世紀中葉からの世界を概観した書である。著者によれば、日本は社会主義体制ではなく自由主義体制であるにもかかわらず、「国家が経済を管理運営する」ことが当然と考えられ、数十年間、安定した状況を維持してきた。
日本では、多くの政党がさまざまな職業集団や階層、地域に対する財の再配分を基本方針とした。国家と民主政治が相互補完的にタッグを組んで「利益政治」をもたらしてきたことになる。
同様の傾向はもちろん他国にもあったが、2度のオイルショックを経て財政が立ち行かなくなると、保守主義が市場原理を持ち込むことで、民主政治と市場による新しいタッグを構築し、利益政治を崩そうとした。例えば、米国のレーガンやブッシュ(父親の方)による12年間の共和党政権であり、英国のサッチャーやメージャーによる18年の保守党政権であった。その意味では、日本は保守主義への転換が遅れたことになる。
しかし著者の見るところ、その日本といえども、バブル経済崩壊以降は株式市場や不動産市場をめぐる国家と市場の対立が始まることになる。景気回復のため、あらん限りの手が打たれ、公的資金を注入した。だが、大きく落ち込んだ株価や土地価格を戻すことはできなかった。
政治学的にみれば、こうした流れが政治参加よりも市場メカニズムで問題解決を図ろうとする新保守主義につながっていく。市民の政治参加は必然的に抑制された。だが、その結果はどうであったろうか。以前より豊かになった者はわずかで、貧しくなった者が多数を占めた。
英米では選挙という民主主義の装置により、かつてリベラルが言った結果の平等ではなく、コンサバティブが主張した市場競争原理一辺倒でもない「第三の道」が模索されている。それは、クリントンやブレアらの公正な機会の平等の上に立った競争力強化と富の創造を求める道である。
古代ギリシア以来の政治を視野に収める、卓越した政治学者によって見事に示された思想研究と現実分析のコラボレーションと言えよう。【評 小林良彰(慶応大学教授)】
| テレビはインターネットがなぜ嫌いなのか | |
![]() | 吉野 次郎 日経BP社 2006-11-30 売り上げランキング : 945 おすすめ平均 ![]() 既得権の問題ですね テレビ局員が絶対に話さないテレビの常識 ひどい内容Amazonで詳しく見る by G-Tools |
おいしい商売の独占崩され
インターネットとテレビの関係は微妙だ。テレビのコメンテータの中には首をかしげたくなるようなネット悪玉論を展開している人もいるし、テレビをマスゴミ呼ばわりする意見もネット上に散見される。本書は、こうしたテレビというメディアの王様とネットという超メディアとの微妙な距離関係を、テレビのビジネスモデルに焦点を当てて分析している。
テレビ局が築いた放送インフラを維持しようとする欲望と通信会社の思惑との交錯、キー局が築き上げた「系列」と収益システムとの関係、ネットに目を向け始めた芸能界、制作会社との関(かか)わり方の変容……。テレビ局が長年にわたって作り上げてきたビジネスモデルは、少しずつではあるが確実に変化を迫られつつある。その不可避の変化の道筋を本書はわかりやすく指し示してくれている。
と同時に、本書を読むと「なぜかくもテレビは強いのか」ということも分かってくる。「王様」は「超メディア」の興隆にもかかわらず、したたかに生き続けるだろう。その生き様を、感情論を排して冷静に観察していく必要がある。本書はその道標となってくれるはずだ。【評 北田暁大(東京大学助教授)】
編集者斎藤十一
斎藤 美和
編集者にとって斎藤十一(じゅういち)は伝説的な存在である。新潮社の独裁者といわれながら、素顔を決して見せなかった。しかし「週刊新潮」や「フォーカス」創刊だけでなく、作家の発掘など、その辣腕(らつわん)ぶりは尾ひれがつくほど喧伝(けんでん)されている。
五味康祐、柴田錬三郎、山口瞳、山崎豊子、吉村昭など、斎藤の薫陶によって世に出た作家は数知れない。小林秀雄、保田與重郎らとの交友。しかも、タイトルの名手で、「週刊新潮」は、ほとんどつけていた。あるいは、パイプをくゆらせた傲岸不遜(ごうがんふそん)な態度。天の声のように、彼の決定にはだれも反対できなかった。噂(うわさ)を含め、虚実入り交じったエピソードがいっぱい残っている。現在では到底想像できない強烈な個性だ。
本書は二〇〇〇年、八十六歳で亡くなった斎藤十一という怪物を、瀬戸内寂聴らの弔辞のほか、新潮社の仲間、多くの部下、かかりつけの医者、隣人、行きつけの料理屋の女将などの回想でまとめた一冊。編者は夫人。はじめて知った事実も多い。
うーん。こういう人だったのか。出版関係者ならずとも、興味ひかれる人物だろう。巻末に愛聴レコード盤一〇〇が付されているが、これもいかにも斎藤らしい。【評 小高賢(歌人)】
| ミステリアスセッティング | |
![]() | 阿部 和重 朝日新聞社 2006-11 売り上げランキング : 7021 おすすめ平均 ![]() 変な小説 これまでの著作に比べると「女子向け」 大きな世界観Amazonで詳しく見る by G-Tools |
東北の女子高生シオリは、歌うことが大好きで吟遊詩人に憧(あこが)れていたものの、音痴で天性のお人好(ひとよ)しゆえにさまざまな挫折を経験し、作詞を学ぶために上京し専門学校に通い始めたあとは転落の一途を辿(たど)る。
もともと彼女は、年子の妹ノゾミからたえず辛辣(しんらつ)な批判を浴びせられてきたし、恋人のスズキくんには親友とのあいだで二股をかけられていた。上京後も人間を無条件に信じこむ癖が直らず、こんどは友人たちのロックバンドに搾取されてしまう。折も折、実家が営む焼き鳥屋チェーンが、鳥インフルエンザに伴う痛手で倒産、娘にも精神的かつ経済的な打撃を及ぼす。
あたかも『嫌われ松子の一生』を彷彿(ほうふつ)とさせる転落人生は本書のオビでも「2011年の『マッチ売りの少女』」と裏書きされる。とはいえ従来、危険な小説を次々と放ってきた作者だけに、一筋縄ではいかない。ポルトガル系を名乗る謎のドラマー、マヌエルが、とつぜん失踪(しっそう)し、彼女のためにスーツケース型の携帯用核爆弾を残すのだ。
そして物語は、大方の予想を巧みに裏切り、衝撃の大団円を迎える。くれぐれも取り扱いには注意しよう、これは小さくても破壊力十分の小説なのである。【評 巽孝之(慶応大教授)】
| ザ・ビートルズ・サウンド 最後の真実 | |
![]() | ジェフ・エメリック ハワード・マッセイ 奥田 祐士 白夜書房 2006-12-02 売り上げランキング : 252 おすすめ平均 ![]() 最高級の新資料 墓まで持って行くべき 疑問解消Amazonで詳しく見る by G-Tools |
歴史変えた音楽の創造秘話
文字通り「最後の真実」の名に値する記録だ。なぜなら、著者は「リボルバー」「サージェント・ペパーズ……」「ホワイト・アルバム」「アビイ・ロード」という音楽の歴史を変えた20世紀最重要の4枚のアルバムの録音技師、すなわち技術上の責任者だったからだ。
この分厚い回想録を読むと、ビートルズがライブ演奏を放棄した理由が納得できる。あの音楽はスタジオ以外では演奏も録音も再現も不可能だったのだ。
その創造秘話はどきどきするほど面白いが、すでにルウィソーンの『ビートルズ/レコーディング・セッション』という名著でほぼ明らかにされている事実だ。この本の美点は、その細部がビートルズ・サウンドのすべてを知る一人の男の肉声で語られているところにある。
それにしても恐るべき記憶力だ。文章もうまい(訳文もすばらしい)。その生き生きとした文章で綴(つづ)られるハイライトはビートルズの崩壊過程だ。著者は4人のビートルの個性を巧みに描きながら、彼らの無二の友情が、人間関係の力学を通してとり返しのつかない嫌悪へと変わる必然性を平易に説いている。ビートルズのプロデューサー、ジョージ・マーティンの回想録をこえる出来ばえだ。【評 中条省平(学習院大教授)】
| 死顔 | |
![]() | 吉村 昭 新潮社 2006-11-21 売り上げランキング : 515 おすすめ平均 ![]() 死と向き合った自画像を託したのか 人間の高潔と尊厳 吉村 昭、、、Amazonで詳しく見る by G-Tools |
凜(りん)として、しんとした短編集である。作者の享年の半分を少々超えた程度の読み手は、収録の五編――ことに遺作となった「死顔(しにがお)」に静かに満ちている死の質感に、ただ粛然とするしかなかった。
乾いている。作品に描かれた濃淡さまざまな死に、安易に涙を誘う湿り気はない。といって、決して冷たくはないし、死が観念の中で転がされているのとも違う。作品中で最も印象的な言葉を借りるなら〈そうか、死んだか〉――書き手によっていかようにも大げさに修飾できる一言を、吉村昭氏はよぶんなものをすべて削(そ)ぎ落として、そこに置く。まるで読み手自身の死のとらえ方を問うかのように。
もっとも、氏が延命治療を拒んで亡くなったという「情報」は、すでに読み手の側にある。それをすっかり消し去って読むことは、もはや叶(かな)わないだろう。短編小説が胸に残す余韻の先の先にあるものを知ったうえで、読み手は作品と向き合うことになるわけだ。逆算しつつ読む、と言えばいいか。読まざるをえない、と言えばいいだろうか。
なるほどたしかに、吉村氏は作品に書いてあるとおりの死にかたを選んだ。作品の中に嘘(うそ)偽りの紛れ込むことを徹底して嫌った氏は、自らの死の哲学に対してもその流儀を貫いた。たとえ逆算されてもいささかも揺るぎない、氏の人間としての強さに、若輩の読み手はまずは粛然としたのだった。
しかしそれ以上に読み手の背筋をぴんと伸ばしてくれたものは、「死顔」と本書収録の「二人」とを読み比べたときに浮かび上がってくる、氏の作家としての強さだった。次兄の死という共通した題材を持つ二編は、多くの部分で重なり合いながらも決定的に違う。死の三年前に書かれた「二人」は、言葉が削られ、物語の起伏や結構よりもむしろ言葉の純度を高めるための推敲(すいこう)が(死の間際まで)なされたことで「死顔」へと至った。作家とは、書くことによって自らの死の準備をするものか、してしまうものなのか、と本を閉じたあとも――いまもなお、粛然とした思いは消え去らないのである。【評 重松清(作家)】
| ワインの帝王ロバート・パーカー | |
![]() | エリン マッコイ Elin McCoy 立花 峰夫 白水社 2006-11 売り上げランキング : 429 おすすめ平均 ![]() パーカーに点数をつけるとAmazonで詳しく見る by G-Tools |
点数評価がもたらした功績と衝撃と
私は二年前から、勤務校で「ワインとグローバリゼーション」という講義を行っている。同僚の訝(いぶか)しげな視線に耐え、ソムリエ協会のエキスパート資格までとって、この授業を始めたのは、ワインというモノを通してみることで、グローバリゼーションの現実を、学生にうまく伝えられると考えたからだ。
本書は、消費者リポートのスタイルでワインの百点満点評価を公表するという画期的なワイン・ジャーナリズムの手法を打ちたて、ワインの世界に革命的変化をもたらしたロバート・パーカーの評伝である。当然ながら、パーカーが何者かよーくご存じのワインオタク(特に一昨年日本でも公開されたパーカー批判の映画『モンドヴィーノ』をご覧になったそこのアナタ)には、まず太鼓判の面白さだ。だが、本書の射程はここにとどまらない。グローバリゼーションの現実を描いたすぐれたノンフィクションでもあるからだ。
もともとワイン市場は、文化や伝統が幾重にもとりまいた閉鎖的な市場である。ワイン評論は、基本的に伝統の内側に属する者だけに通ずる言語でしか流通していなかった。だから、パーカーによる点数評価がワインの世界にもたらした「民主化」の衝撃と功績はきわめて大きい。
だが、そこに発生する新しい権力もまた大きい。グローバリゼーションが、モノや機会へのアクセスについて、既存の特権を破壊する効果があるのは事実だが、それがただちにそういったモノや機会へのアクセスを透明化するわけではなく、生産者と消費者の関係は、より不安定で信頼を欠いたものになりかねない。そしてそこには情報を操作する権力の危険がつきまとうことになる。ワインの世界においてパーカーの存在に投影されているのは、この意味でグローバリゼーションそのものなのだ。
本書は、パーカーの視点を通して、いわばワインという鏡に映ったグローバリゼーションを描いている。その意味で、本書はむしろ、ワインなぞスノッブの玩具だとお考えの向きにこそお勧めしたい。【評 山下範久(北海道大学助教授)】
| キケロ―もうひとつのローマ史 | |
![]() | アントニー エヴァリット Anthony Everitt 高田 康成 白水社 2006-12 売り上げランキング : 3083 おすすめ平均 ![]() 共和制の黄昏と政治家キケロAmazonで詳しく見る by G-Tools |
現代日本にも通じるポピュリズム
このキケロ伝は、紀元前四四年三月十五日、独裁者シーザーが暗殺の兇刃(きょうじん)に斃(たお)れる世界史的な場面から始まる。
ローマ政界の長老格だったキケロは、元老院議場の最前席に座っていたが、眼(め)の前の惨劇に驚愕(きょうがく)して身体を硬くしていた。暗殺計画の蚊帳の外に置かれていたのだ。しかしブルータス、カシアス、カスカら共和政護持派はキケロを再び政治の現場へ引き出し、「ローマ共和政のシンボル」に祭り上げる。
本書に描かれるキケロは、もっぱら「思想家で知識人でありながら、現実の政治に関(かか)わった人物」として再現されている。テーマは暴力と直面した言論である。
著者は日本語版に序文を寄せて「本書はキケロの伝記であると同時に、権力についての考察でもある」と述べている。古代ローマと現代日本とは遠く距(へだ)たっているが、「今も昔も政治の基本原則はそれほど変わらない」からである。たしかにその通り。キケロに寄り添って再現されるローマの政治史にはどこか他人事とは思えぬ親近感がある。
政治家が支配の武器として巧みに使うポピュリズムのせいだろう。共和政も議会制民主主義も成功の鍵は民衆の人気取りにある。
ローマの歴史を動かした場所はフォーラムだった。古都の心臓部にある「長さ二〇〇メートル、幅七五メートルの長方形の広場」である。ここには元老院議場と大集会所があって政治の舞台になった。シェークスピアの史劇でおなじみの演壇も設けられていた。史上いくつもの名演説で記念される言論の場だ。キケロの生涯の主要な事件のほとんどはこのフォーラムで起きている。
弁論家から出発したキケロは、しだいに人望を得て政界に進出し、やがて執政官に選出される。共和政ローマの最高行政官である。モットーは「階級間の和」だった。当時のローマは辺境に内乱が起こり、首都では失業率が高くて社会不安も兆していたが、キケロは政府転覆の陰謀を鎮圧し、共和政を守った「祖国の父」と賛美される。
前途に立ち塞(ふさ)がったのが平民の利益代表「民衆党」に支持されたシーザーである。この有能な軍人は連戦連勝の実績をバックに破竹の勢いで権力の座に迫る。執政官に就任してもなお満足せず、一時は三頭政治で同盟したポンペイウスを戦闘で破って、ついに終身独裁官の地位を手中にする。それにも飽きたらず「王」をめざした権力欲が共和政護持派を暗殺の手段に踏み切らせたのである。
皮肉なことには、太陽暦の採用を始めとする大胆な政治改革は、シーザー独裁のもとで次々と進められた。キケロの説く共和政の理想は実現不可能な夢であり、現実のキケロは「優柔不断の人」「妥協の人」として権力に譲歩し、しばしば独裁を合法的に見せかける隠れ蓑(みの)になったが、シーザーの死後、共和政再建のためアントニウスに抵抗したのを憎まれて不幸な最期を迎える。
言論のコストは高くつく。高貴なローマ人は敗北したら自刃する慣(なら)わしだが、老いたキケロは従者に自分を斬首させて死んだ。【評 野口武彦(文芸評論家)】
| 明月記研究提要 | |
![]() | 明月記研究会 八木書店 2006-11 売り上げランキング : 28428 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
藤原定家の日記『明月記』をめぐり、歴史と文学の枠を超えて研究者が集まった「明月記研究会」(五味文彦代表)の10年の活動の集大成。定家の年譜は「文学関係」「私的生活」「公的生活」「一般」の4部門からなり、病気治療のため蛭(ひる)に血を吸わせたり、灸(きゅう)をすえたりしたことも詳細に記録され、暮らしぶりが生々しく浮かび上がってくる。『明月記』の原本・原本断簡の所在一覧や500点を超す研究文献目録といった、専門家のための資料も充実している。
| 旧暦読本―現代に生きる「こよみ」の知恵 | |
![]() | 岡田 芳朗 創元社 2006-12 売り上げランキング : 3049 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
旧暦(太陰太陽暦)とは、月の満ち欠けで日と月を数えるシステムで、明治期の改暦まで長く使用されていた。七夕や名月などは旧暦の日付で行うほうが雰囲気に合うし、釣りや漁業など海に関しては、旧暦の知識が不可欠という。どうやって暦をつくるかという仕組みから、江戸期、各地にできた地方暦の特色、二十四節気って?……などなど、旧暦の基本知識を網羅し、暦の楽しさを伝える。今後5年分の新暦・旧暦対応カレンダーが巻末に。ちなみに今日は12月3日だ。
| 主語を抹殺した男/評伝三上章 | |
![]() | 金谷 武洋 講談社 2006-12-08 売り上げランキング : 119 おすすめ平均 ![]() 日本語文法を揺さぶった男の物語 本当の日本語文法を知ろう ほんとうの日本語文法を知ろうAmazonで詳しく見る by G-Tools |
三上章とは、およそ百年前、広島に生まれた文法学者。英語にあるような主・述構造は、日本語にはないと喝破し、「主語」という概念は不要であると主張した人だ。
昔、私は、日本語には主語と述語があり、時に主語は略せると習った記憶がある。略すというのは、元より在るのが前提だが、三上文法はそうではない。日本語にそもそも主語なんてないというのである。半世紀近く前に刊行された著書『象は鼻が長い』は、ロングセラーとなった一冊。「は」という助詞が、主語でなく主題を示すものであり、句点を超えて次々と文にかかっていく重要な係助詞であることが強調されるなど、視界を一気に開く明解さがある。
著者は三十数年前に、留学先のカナダで現地の学生に日本語を教えることになったとき、この三上文法に出会い、目からうろこが落ちた。外国語として日本語を教えるとき、もっとも役立つのが三上文法だったという。それほどの理論が、発表された当時は三上が地方の一数学教師に過ぎなかったこともあって、学界からほとんど無視され、今も少数の理解者を除いて、黙殺に近い状態とは。
一見、不遇に見えるその人生を、著者は丁寧に追いかけていく。音楽にも秀で、反骨精神の固まりであった三上は、虚栄を嫌い、学際的教養にあふれた一種の奇人。友人も多く鋭いユーモアに満ちた人柄だったようだ。でも晩年は、自説が孤立する無力感も手伝って、躁鬱(そううつ)症、パニック障害、被害妄想、こだわりなどの奇癖が現れ、家事すべてをこなした妹・茂子に支えられながらも、生活者としては無残な終末を迎える。
言語構造を解明し、文法という「規範」に沿って、日本語を検証していく作業は、それだけとってみても熾烈(しれつ)なものに違いない。彼にとっての日本語は、そのなかに無意識に包まれて温(ぬく)もっていられるような母国語ではありえなかった。壮絶な孤軍奮闘の一生だが、その志と理論は、こうして遥(はる)か時空間を超えて、人々に知られ手渡されていく。三上の人間と思想に迫る、熱のこもった評伝だ。【評 小池昌代(詩人)】
| 悲楽観屋サイードの失踪にまつわる奇妙な出来事 | |
![]() | エミール ハビービー Emile Habiby 山本 薫 作品社 2006-12 売り上げランキング : 6616 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
パレスチナの不条理を笑い飛ばして
芝居のシナリオみたいな小説だなあ、というのが第一印象。しかも仲代達矢あたりの一人芝居の、と思っていたら、年末、パレスチナ人俳優のムハンマド・バクリが来日して、本作を演(や)ったらしい。
悲観論と楽観論をまぜこぜにした「悲楽観屋」を自認する主人公は、著者と同じ、イスラエル国籍のパレスチナ人。と書くと、イスラエルの圧政に抵抗する闘争文学を想像しがちだが、そこで描かれるのは、イスラエルの役人に雇われて、ただひたすら頭を低く生きていく主人公の、翻弄(ほんろう)され続ける人生だ。
黙れと言われればすぐさま舌をひっこめ、恋人との一夜にもたもたしているうち、イスラエル官憲に恋人を連れ去られる。息子に「言葉に気をつけて」といい続けたあげく、そんな息苦しさから抜け出るために銃を取った息子と、妻を失う。先祖は、海老(えび)のように背を曲げ、足元ばかり見て歩く。全編に流れるのは、諧謔(かいぎゃく)と不条理である。
でも、今のパレスチナで諧謔以外に何が語れる? パレスチナに対する占領そのものが、ブラックユーモアという他ない奇妙な現実で、泣いても怒っても動かない岩のような不条理の世界なら、笑いとばすしかない。70年代に人気を博した左派系作家の著者が、現代アラブ文学界で異彩を放つのは、ここだ。
出会いと喪失を繰り返した後、最終章で処刑用の杭(くい)の先端に座ったまま姿を消す主人公が、蜘蛛(くも)の糸にぶら下がるカンダタのように寄る辺ない存在なのに対して、「ここはあたしの国!」と叫んで連行される恋人や、愛で息子を守る、と宣言する母など、登場する女性は常に、たくましい。女性たちが、失われた祖国への愛と希望として描かれるのは、詩人マフムード・ダルウィーシュなど、他のパレスチナ文学とも共通する。
文体が、味わい深い。千夜一夜物語かフランス文学か、はたまた聖書すらも彷彿(ほうふつ)とさせる格調高い古典の引用、模倣がちりばめられている。複雑に入り組んだ中東の歴史や地理にとまどう読者にも、訳者による懇切丁寧な注が付けられていて、ありがたい。【評 酒井啓子(東京外国語大学教授)】
| アルバムの家 | |
![]() | 女性建築技術者の会 女技会= 三省堂 2006-11 売り上げランキング : 724 おすすめ平均 ![]() アルバムの家 家と家族 貧しくても輝いていた子供時代Amazonで詳しく見る by G-Tools |
「三丁目の夕日」の少女版とも言える本書は、女性建築士らが自分の育った家と暮らしを、過去の記憶を紡ぎ出して綴(つづ)った素敵(すてき)な本だ。
北海道から九州まで、小学生の頃住んだ家の話を33人の女性が包み隠さず披瀝(ひれき)。建築のプロの思いがこもる手書きの家の間取り図は、味があって楽しいし、屈託のない子供達(たち)の笑顔の写真も最高。著者達の気取りのない素直な文章は、普段着の暮らしを実によく伝える。どのページからも、懐かしさが込み上げる。
高度成長期に入る前の日本の家の様子を本書はリアルに再現する。物質的豊かさや便利さとは縁遠いが、素朴な生活の中に家族の絆(きずな)、温かさが感じられる。だが家庭のしつけは厳しく、仕置きで物置に閉じ込められることも。少女達はこうして逞(たくま)しく育った。
本書は戦後住宅史の貴重なデータベースでもあるが、実は大半の家が農家、職人の仕事場、または店舗等、生業と結びついていた。子供達は親の生き様を見て、手伝いながら育った。登場する専用住宅といえば、ほとんど転勤族の官舎や社宅なのが面白い。
核家族は少ない。3世代同居が当たり前で子沢山(こだくさん)だ。狭い家に大勢住むから、自分の部屋が持てた喜びは格別だった。玄関や廊下の隅でも、自分の机をもつのが嬉(うれ)しかった。
著者達の記憶に最も強く残るのが、4畳半の茶の間での家族揃(そろ)っての食事、団欒(だんらん)。日本の住まいの原点だ。そして家の外れにある、どこか怖いポットン便所。近代の機能主義が捨て去った不思議な場の力が存在した。お気に入りの五右衛門風呂の話も面白い。
子供達はともかくよく遊んだ。家の押し入れ、庭、路地、原っぱ、境内、田んぼ。どこも遊びの天国だった。コミュニティーなんて言う必要もない程(ほど)、近所づき合いは濃かった。
本書の価値は懐かしさだけではない。家庭や地域の崩壊が叫ばれる今、住まうことの根本を問い直す。便利で快適なだけで、果たしてよいのか。住む人の人生の素晴らしい記憶となるような家づくりをしたい。本書の執筆を通じてそう実感した彼女達の今後の家づくりの実践に期待したい。【評 陣内秀信(法政大学教授)】
| 屋上がえり | |
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石田千さんは「わたし」を消して屋上へのぼる。デパート、海の家、学校、団地、温泉施設、バッティングセンター……さまざまな屋上で、さまざまなひとを、風景を、記憶を、石田さんはスケッチする。五感は決してとがらずにとぎすまされ、吟味された言葉はそれぞれの場面にぴたりとはまっていながら、現在形の文が多いせいだろうか、不思議とはかなげで、そのよるべなさが、屋上に立って空や街を眺めるときの微妙な足のすくみかげんを思い起こさせる。
みごとな筆の呼吸、軽やかさ――それを生んだのが「わたし」の不在ではないか。石田さんは、文中に「わたし」という呼称を決して出さない。石田さんのまなざしは特権的な「わたし」に縛られることなく、屋根や壁のない屋上さながら、開かれている。だから、読者はすうっと寄り添うことができる。本書を読了後に、巷(ちまた)にあふれるエッセー集・随筆集の類(たぐい)を開くと、文中に「わたし」がいかに頻出しているかに驚かされるはずだ。そして、そんな「『わたし』連発エッセー」にうっとうしさや押しつけがましさを感じたら……あなたはすでにして石田千さんの愛読者である、と僕は(これがいけない)思うのだ。【評 重松清(作家)】
| 格差時代を生きぬく教育 | |
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歯に衣(きぬ)着せぬ物言いで「ミスター文部省」と呼ばれた著者は、かつてゆとり教育を推進させた。87年に臨教審が立てた国際化などの未来予測に見合うよう、個々のスキル(技法)からマインド(心持ち)を教えるほうに傾斜させたのだ。
しかし学力低下論争の沸き上がりを背景に、ゆとり教育バッシングが起きて、彼は02年に文化庁に転出。それが昨年4月、当時の小坂憲次文科大臣の特命により文科省に戻り、大臣官房広報調整官に異動した。
本著では、出版社の編集者を聞き手として、国旗国歌から早期英語教育まで持論を展開する。格差については、成熟社会では存在するのは当然、みせかけの平等主義で教育を行った弊害は大きい、と明言。ゆとり教育、総合学習は、「違い」が意識される時代まで見越していたとも言えそうだ。
「社会の変化に伴い、詰め込み教育から生きる力を育む取り組みへと移行させる試みが、ゆとり教育」とする彼の言い分はごくまっとうだ。“点数”という局地戦で一方的に批判を浴びせると、現場の子どもたちが失うものは少なくない。寺脇氏は昨年11月に退職した。今後はさらなる本音が聞けるだろう。【評 多賀幹子(フリージャーナリスト)】
| 本当は知らなかった 日本のこと | |
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「つながり」見抜く思考法を
この本は、日本と日本を取り巻く世界で起きているすべての問題はつながっている、ということを、もれなくかつわかりやすく説こうとした本だ。
たとえば、現在の「ロハス・ブーム」の端緒は高度成長時代の公害問題で……といった物語がダイナミックに展開される。そういう思考って、今の人たちがいちばん苦手とするところだ。ただ、そうなるとこの本では当然、それぞれの項目をくわしく語ることはできなくなる。
でも、筆者のひとり、鳥越俊太郎は、マニアックであることよりも「バラバラに見える現象が実はつながっている」と読者に伝えることを選ぼうとする。そして、章ごとに挿入されるしりあがり寿のときとして哲学的なマンガが、「本質を見抜け」という鳥越のメッセージをさらに強化している。
「少子高齢社会」「団塊問題」「軍産複合体」など日本社会のあれこれを語ったあとで、鳥越は最近の日本社会全般が「強いもの」を求める風潮になってきている、とまとめる。それはいいこと? 悪いこと? 目の前の損得だけにとらわれず、がんばって考えてみてほしい。思考のヒントや材料は、この本の中にちゃんとあるはずなのだから。【評 香山リカ(精神科医)】
| 日本サッカー史―日本代表の90年 1917-2006 | |
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苦難の歴史を浮き彫りに
サッカー日本代表90年の歴史は苦難に満ちている。だが著者は、希望あふれる一時期が戦前にあったことを書き逃さない。「もし、ベルリン・オリンピックに参加して貴重な経験を積んだ若い選手たちが、1938年のフランス・ワールドカップに参加し、そして集中強化を経て東京オリンピックに出場することができていれば、日本代表の強化は大幅に進み、その後の日本サッカーの歴史も現実の歴史とはまったく異なったものになっていたはずだ」
代表チームはそのベルリン五輪(36年)で欧州のサッカー先進国スウェーデンに3―2(前半0―2)の逆転勝ちを収めて上昇気流に乗る。それ故に著者は戦争による1940年東京五輪の返上が発展を中断させたと記さずにいられないのである。
4年ぶりのこの改訂版では、2006年ワールドカップ・ドイツ大会での戦いぶりを加筆。ジーコ・ジャパンはもとより、各時代の日本代表チームが抱え込んだ問題/疑問点が素っ気ないぐらいの筆致で浮き彫りにされてゆく。
補筆個所も多々あり、代表ユニホームの「青」についての有力説(東京帝国大学=現在の東京大学のライトブルーのシャツが起源)も紹介されて飽きさせない。【評 佐山一郎(作家)】
| 移民社会フランスの危機 | |
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05年秋、パリ郊外で暴動が頻発した。数千台の車に火が放たれた原因は、主にマグレブ系(北アフリカ出身のアラブ人)移民青年の社会的不満だった。だが、理性=言(ロゴス)語を尊ぶフランスの一般市民は、言葉なき不満を暴力で表した移民の行動に冷淡だった。
本書の著者は、この暴動の根本に、遠く大革命にまで遡(さかのぼ)るフランスという国家の本質的な問題があると指摘し、その理由を丹念に論じている。
フランス大革命は、自由、平等、友愛(博愛ではない。友愛は共同体内部での連帯を意味するからだ)を共和国の標語とした。とくに重視されるのは平等で、これは英米などで自由が前面に出されるのと対照をなしている。
フランス的平等の特徴は、市民が〈個人〉として法の下で等しく権利を認められることだ。国家の下に直接個人が存在するのであり、その中間にいかなる政治党派や宗教や民族による区別も認めない。
つまり法律上、民族的なマイノリティーは存在せず、国勢調査などで民族的出自のデータ収集は禁じられている。
ところで、外国人の両親からフランスで生まれた子は、11歳から5年以上フランスに居住していれば、成人した時点でフランス国籍を取得できる。したがって、暴動の主体となった移民の「第2世代」といわれる若者たちは基本的にフランス人であり、法の下の平等を保障されているのだ。
だが、法の下の平等は実質的な平等ではない。移民の子は移民であり、就職や居住地域に厳然たる差別が存在する。にもかかわらず、フランスの法体系は民族的マイノリティーという概念を否定しているので、フランス人になった移民を公的に救済することは難しい。これが移民問題をめぐってフランスが陥った袋小路である。移民青年たちの暴動は、そうしたフランス的平等という国是そのものを問題にしていたともいえる。
一朝一夕に乗りこえられる危機ではないが、著者は様々な取り組みを紹介している。世界がグローバル化する今、これはフランスだけの問題ではない。ここから日本が学ぶべきことはあまりにも多い。【評 中条省平(学習院大学教授)】
| 私のハードボイルド―固茹で玉子の戦後史 | |
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「タフ」「非情」の文学、米国から日本へ
「日本のハードボイルドの夜明けは、いつくるんでしょうかね。コダカノブミツさん?」。名優・松田優作扮する工藤俊作探偵が、一九七〇年代末の人気テレビドラマ『探偵物語』で呟(つぶや)いたアドリブの台詞(せりふ)である。たしかに、ダシール・ハメット『マルタの鷹(たか)』の翻訳からミッキー・スピレーンら作家別短編集の編纂(へんさん)、ミステリ評論や研究、ひいては『探偵物語』の原作小説執筆までを長年こなしてきた小鷹信光の名は、我が国ではこのジャンルの代名詞になりおおせてしまった。したがって本書も決して自伝ではなく、なおも飽くことを知らぬ探求心の結実である。
ハードボイルドとはいったい何か? イギリス人が好むのはきっかり三分三十秒茹(ゆ)でた半熟卵(ソフトボイルド)だが、アメリカ人が好むのは十五分も二十分もかけてコチコチに茹で上げた固茹で卵(ハードボイルド)であり、これが俗語で「食えないやつ」「御しがたい奴(やつ)」「手強(てごわ)い相手」、ひいては「非情な」「苛酷(かこく)な」なる意味に転じたという。
一九二〇年代のジャズ・エイジ以降、ハメットらが生み出したヒーローたちはまさにそんな連中であり、それが文豪アンドレ・ジッドらの評価を得た結果、「“タフでなければ生きていけない”大恐慌下のアメリカの町をひとり歩んで行った男たちの物語にハードボイルドの名が冠せられたのは一九四〇年代の初めのことだった」。
小鷹はその精神性からひとつの現代文学ジャンルが構築されていく経緯を、膨大な文献学的調査をもとに検証し、トウェインからヘミングウェイ、フィッツジェラルド、フォークナー、チャンドラーらのアメリカ文学史はもとより、谷譲次から江戸川乱歩、双葉十三郎、大藪春彦、矢作俊彦、そして村上春樹までにおよぶ、もうひとつの日米交渉史を生き生きと描き出す。
だからこそ、読み終えてから第一章「アメリカと私」へ戻ると、学童疎開の悲しみを抱えつつ「人前では決して涙を見せない少年」だった著者のハードボイルド的起源が、いっそう切実に迫るのだ。【評 巽孝之(慶応大学教授)】







既得権の問題ですね
ひどい内容
















