メイン > 朝日新聞日曜版『書評』 > 2007年11月18日~11月25日
| ひきこもりの〈ゴール〉―「就労」でもなく「対人関係」でもなく (青弓社ライブラリー (49)) (青弓社ライブラリー (49)) | |
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| ひきこもりはなぜ「治る」のか?―精神分析的アプローチ (シリーズCura) | |
![]() | 斎藤 環 中央法規出版 2007-10 売り上げランキング : 80 おすすめ平均 ![]() 冷淡にならない冷静さAmazonで詳しく見る by G-Tools |
ある母親が言った。息子がひきこもって7年。以来、顔を見たことがない、と。
彼女は、時折、深夜に外に出て2階の窓を見上げる。灯(とも)った明かりに人の気配を感じ、息子の成長を想像する。望みはたったひとつ。「澄んだ青い空をあの子に見せたい」。そう言って、母親は涙ぐんだ。
自立期を迎えた子どものいる家庭内で、尋常ならざることが起きている、と取材で知ったのは10年前。このころ、精神科医の斎藤環の『社会的ひきこもり』が出された。臨床現場で問題になっていたこの現象に、精神医学的な位置づけをおこなった最初の本である。
この本で、「ひきこもり」は、精神障害ではなく、社会適応が難しい子どもであること、その期間の長期化は重症化を進めるので治療的介入が必要と、提言された。同時に、その数、100万人、との推測もされ、にわかにメディアでも取り上げられ、支援団体が次々と生まれた。
さらに10年が経過。
状況は改善されたのだろうか。
石川良子著の『ひきこもりの〈ゴール〉 「就労」でもなく「対人関係」でもなく』によれば、近年、ニートなど若者無業者の問題が浮上する中、「ひきこもり」支援の目標が、「対人関係の獲得」や「就労の達成」という外面的な面ばかりが重視されるようになったとか。当人たちの抱える「内面の問題」が解決されないまま、「働け」と追い立てられ、彼らはさらなる葛藤(かっとう)にさらされていると指摘されている。
必要なことは、まず、彼らを理解すること。目下の「ひきこもり」支援策は、この当たり前とも言える主張が再度されねばならない現状にあるらしい。
けれど、長期にわたって「ひきこもり」の子どもを抱え、疲弊し切った親に「理解せよ!」はつらい。その理解できない苦しみにこそ、ずっと苛(さいな)まれてきたのである。
となれば、『ひきこもりはなぜ「治る」のか?』で示される斎藤環の最新治療論が、その理解を助け、「治る」へ向かっての光明を与えてくれるかもしれない。
本書では、これまで実践的知識の普及に努めてきた著者が言い続けてきたこと、「親は当人に一番言いたいことを禁欲せよ」とか「安心してひきこもれる環境を整えよ」とか「会話はあいさつから」などなど、その背景にある考え方、「なぜ、そうすべきなのか」をできうるかぎりの分かりやすさで解説することを試みている。
自己愛とは? 欲望とは? 成熟とは? 自信とプライドとの関係とは?
主にラカン、コフート、クラインなどの精神分析論を駆使しての解説だが、ひきこもる人が、なにに苦しみ、なにに不安を抱いているのかが見えれば、それを取り除くべく知恵を絞るその方向が見えてくる。
「ひきこもり」問題だけではなく、自立というゴールに向けて親が子育てをしていくためにもこの本は示唆に富み、思春期対応策としても役立つにちがいない。【評 久田恵(ノンフィクション作家)】
| 奪われた記憶―記憶と忘却への旅 | |
![]() | ジョナサン・コット 鈴木 晶 求龍堂 2007-10 売り上げランキング : 20964 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
著者は米の著名な編集者・音楽評論家・作家だが、重いうつ病の治療で繰り返し受けた脳への電気ショック療法によって、1985年から15年間の記憶を失う。しかし彼は、ヘミングウェイが同様の治療で「資本である記憶が消え」と自殺直前に手紙を残したことなど、同じ体験をした人々の喪失の痛みをたどり、さらには、神経科学や忘却と記憶について、研究者、宗教家、芸術家らと対話していった。新たな「私」を生きようと格闘した軌跡だ。
| ネット君臨 | |
![]() | 毎日新聞取材班 毎日新聞社 2007-10-20 売り上げランキング : 2205 おすすめ平均 ![]() ひろゆきのインタビューが長くなっていたAmazonで詳しく見る by G-Tools |
「ネットは新しい自由をもたらす一方、時に人の自由をたやすく奪う」。奪われた側にたち、ネット社会の問題点をねばり強い取材で告発した労作。毎日新聞紙上の今年1~7月の連載を1冊にまとめた。難病の子どもを救う募金活動をネット上で中傷する中心人物を割り出して本音を引き出したり、児童ポルノの愛好者がネットを介してつながっていく過程を追及したり。海外の事例も含めた衝撃的なルポをもとに、ネット社会を発展させるためのルール作りも提言する。
| 景観にかける―国立マンション訴訟を闘って | |
![]() | 石原 一子 新評論 2007-10 売り上げランキング : 1022 おすすめ平均 ![]() 信念をもって動く人の強さAmazonで詳しく見る by G-Tools |
市民の権利を守る最後の砦は、誰か
ここ数年、グローバリゼーションの名の下に「何でも米国式制度にすることが良いこと」とされ、建築の世界でも行政による業者への監督指導が薄れて、住宅地に周囲の景観を損なう巨大マンションが建てられている。
しかし、米国で規制緩和が成立する背景には、被害を被る市民を守る要として司法が行政などを正していく「司法積極主義」が前提にあるからである。司法が法律解釈のみを行って行政には口を出さない「司法消極主義」のままならば、近隣住民の権利は守られないことになる。
著者は百貨店の重役を務めた後、自宅のある国立市に持ち上がった大手不動産会社の手によるマンション建築に対して、近隣住民と共に闘うことになる。そもそも建築基準法は、多種多様な個々の建物の一つ一つまでを想定してできた法律ではなく、適用には行政の解釈が大きく影響する。業者寄りに同法を解釈すれば、周囲を圧する巨大マンションを建築することが可能になる。
本書に出てくる14階建てマンションも、行政が「異例の速さで建築確認を下ろし」、住民は業者に対する民事裁判と都に対する行政裁判で争うことになる。東京地裁では住民が主張する景観利益の不法侵害が認められて、建物の一部の撤去が命じられたが、その後の東京高裁では逆転敗訴。最高裁では「景観利益」は認められたものの、上告そのものは棄却された。
国立のマンション問題から見えてくるのは、市民団体に比べて企業が圧倒的に有利な立場にあることだ。企業側は訴訟に担当の社員を割り当て、高名な弁護士も雇えるが、市民団体側は仕事の合間を縫ってのボランティア活動であり、弁護士の費用でも限界がある。本来、市民の利益を守るべき立場にある市議会に陳情しても、企業側を利すると思われる行動をする議員もいるようだ。
規制緩和が進む中で、一体、「誰が市民の利益を守る最後の砦(とりで)になるのか?」との疑問をもつ。日本の現実を考える上でも、ぜひ一読を勧めたい。【評 小林良彰(慶応大学教授)】
歴史経験としてのアメリカ帝国―米比関係史の群像
中野 聡 (著)
少数派の視点から見た「帝国」の矛盾
この1世紀間のフィリピンとアメリカの関係を、さまざまな人物の発掘を通して描いたのが本書である。かつてアメリカの植民地だったフィリピンでは、全体に親米的な傾向が強いといえる。しかしその内実を探ると、単純に親米とばかりはいえない複雑な陰影が浮かび上がってくる。
20世紀前半まで対米協力の主軸となったエリート層は、もともとスペイン語の教養を身につけ米軍と戦った知識人であった。そして彼らが対米協力に転じた後も、反米的な色彩の民衆蜂起は各地で発生していた。またアメリカに憧(あこが)れた移民たちは、人種差別に直面してアメリカの市民権を得られずにいた。さらに抗日ゲリラとして米軍とともに戦ったフィリピンの退役軍人は、長い間アメリカ政府の補償から除外されていく。
他方で本書では、フィリピン統治にかかわったアメリカ人も取り上げている。彼らは本国で開発された民主化や貧困層救済の手法を、フィリピン統治に応用していったのだった。冷戦期には、ニューヨークで少数派の共和党リベラルとして活躍していた政治家が、米中央情報局(CIA)の工作員となってフィリピンでの不正選挙の摘発を指導し、親米政権樹立を援助する役割を担った。彼はニューヨークで選挙不正を摘発する市民運動のリーダーだったが、その経験がフィリピンでの工作に生かされたのである。
このように米比の間には、一筋縄ではいかない関係があった。フィリピン人の親米派にも、アメリカに対して抵抗感を持つナショナリズムの要素があった。そして逆にアメリカの冷戦工作員には、アメリカ政治への批判が隠されていたのだった。
本書にはフィリピン人が、「帝国としてのアメリカ」のマイノリティーとして存在し続けてきたという視点がある。そしてその疎外されたフィリピン人のアメリカ経験やアメリカの体制批判派の生き方の中にこそ、世界帝国としてのアメリカを変えていく可能性が潜んでいるという視点もある。帝国アメリカの矛盾を照射する鏡として、フィリピンを描いた本といえよう。【評 赤澤史朗(立命館大学教授)】
| ロックフェラー回顧録 | |
![]() | デイヴィッド・ロックフェラー 楡井 浩一 新潮社 2007-10 売り上げランキング : 803 おすすめ平均 ![]() ぜひ一読を インターナショナリスト、ロックフェラー自伝完訳Amazonで詳しく見る by G-Tools |
知識人として20世紀文化史を洞察
ロックフェラー・センターといえば、マンハッタンは五番街の目抜き通りでもひときわ輝く名所だ。しかし、それが当初は1930年代の大恐慌を生き抜くアメリカの国家的象徴であり、だからこそ80年代末に日本企業に買収されたときには国民からごうごうたる非難を浴びたのだといういきさつは、どれだけ知られているだろうか。
アメリカの代表的大富豪ロックフェラー家は、初代こそ石油産業で名をなしたが、センターを建てた2代目に続き、著者を含む3代目になると、次男のネルソンがフォード政権の副大統領を務め、五男である末っ子のデイヴィッド本人がチェース・マンハッタン銀行の経営拡大でグローバリズム時代を準備し、共産圏を含む各国首脳とも親密な対話をくりかえすばかりか、イラン国王(シャー)の亡命の手助けまでして、20世紀そのものの政財界史を築き上げる。建国の父祖フランクリンの時代より、成り上がり者の自伝はアメリカ文学の伝統を成してきたものの、本書ではまったく逆に、もともと大財閥一家に何不自由なく生まれ育った「国際派」の著者が、むしろ戦後のアメリカ合衆国そのものを全地球的存在にまで、成り上がらせていく。
本書最大の読みどころは、著者がたんなる「金持ち」にとどまらず、シカゴ大学経済学博士号を取得し、かの精神分析学者フロイトや芸術家ピカソとも歓談し、モダニズムの巨匠ガートルード・スタインの美術蒐集(しゅうしゅう)品を購入するなど、並々ならぬ教養と鑑識眼を備えた知識人として、20世紀文化史をも鋭く洞察している点だろう。ロックフェラー家はかつて資本家の代名詞として、マルクス主義を信奉するピーター・コリアーら左翼系論客から激越な批判を受けたが、本書は、当時の批判者がいまでは右翼系論客へと転向してカネを得ている無節操ぶりをさりげなく指摘するなど、いわゆる新保守主義(ネオコン)の正体について、チクリと一矢報いてみせるのも忘れない。ロックフェラー家のみならず現代アメリカ文明自体をめぐる、これはあまりに痛快な批評的自伝である。【評 巽孝之(慶応大学教授)】
| 現代日本の小説 (ちくまプリマー新書 71) | |
![]() | 尾崎 真理子 筑摩書房 2007-11 売り上げランキング : 513 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
文芸記者による直接の現場取材とその実感に徹底して基づいた現代日本文学のガイドブックである。通史として読みごたえがある。著者によれば、ワープロや電子ツールのせいで、近年「作家の人格と活字の間には微妙な距離が生じ、文学は……悪意を汲(く)み出すブラックボックスと化してきた」。
本書は、パソコン世代の村上春樹、吉本ばなな、俵万智がミリオンセラーを放ち日本近代文学が終わった1987年を分水嶺(ぶんすいれい)に、日本文学界を案内する。そうした中に、80年代には大江健三郎と中上健次が「同時代の作家たちに息をつくスペースを与え、模索する時間を作ってくれたのだ」といった、研究者らの生の証言を惜しみなくさらりと盛り込み、ベテラン記者としての凄(すご)みを感じさせる。
やがて、ワープロは「作者以外の何者かが創作を誘導する」という事態を招き、電子ツールは極端に若い「作家」を大量に生みだした。書き手の身体とディスプレーの間に広がる虚空から、この先どういう小説が生まれてくるのか。その精神は漱石の近代的自我からはほど遠いものだと著者は締めくくる。新書サイズながら重い予言を秘めた一冊だ。【評 鴻巣友季子(翻訳家)】
| 〈性〉と日本語―ことばがつくる女と男 (NHKブックス 1096) | |
![]() | 中村 桃子 日本放送出版協会 2007-10 売り上げランキング : 1921 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
私らしく話す手がかりに
日本語には、「わたしとボク」に代表される「女/男ことば」がある。この使い分けは自然なもの、と思っている人たちに著者は畳みかけるように問いかける。だとしたら「女の子なんだからもっとていねいな言葉づかいを」とは言われても、「男なんだからもっと乱暴に話しなさい」とは言われないのはなぜ? これって実は性による自然な使い分けなんかじゃなくて、“女らしい”言葉づかいを通して、女性たちを「男に愛されてナンボ」という異性愛市場に組み入れようとしてきたんじゃないの? だからそれに抵抗する少女たちは、自分のことを「ぼく・おれ・うち」などと呼ぶのだ。
古典からマンガのセリフ、迷惑メールまでを材料に、言葉づかいに刻印された性の規範意識をテンポよく浮かび上がらせていく。そして、時代とともに規範が変われば言葉も変わるのは当然なのだから、そろそろ「最近の女性の言葉づかいの乱れ」を嘆くのはやめようよ、と呼びかける。自分らしさを表現するための言葉なのに、何かの押しつけの手段になるのはつまらない。堅苦しくなりがちなテーマだが、「私らしく話したい!」と元気がわいてくる楽しい一冊に仕上がっている。【評 香山リカ(精神科医)】
| マダム貞奴―世界に舞った芸者 | |
![]() | レズリー・ダウナー 木村 英明 集英社 2007-10 売り上げランキング : 5103 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
数奇な生涯を好感を込めて
日本人が想像する以上に、海外でよく知られる日本人というのが存在する。本書の主人公「マダム貞奴(さだやっこ)」こと川上貞奴は、その代表であろう。
伊藤博文など大物政治家から寵愛(ちょうあい)された芸者時代。オッペケペー節で知られる俳優川上音二郎と結婚し、「日本人初の女優」として音二郎一座の興行を支えた女優時代。実業家の愛人となった晩年。演劇さながらに数奇な貞奴の生涯を、筆者は好感を込めて描き出す。
本書の圧巻は、1899年から約2年間行われた海外公演の実態を、欧米の史料を用いて解明した点にある。日清戦争に勝利した日本は、欧米で一種のブームを巻き起こしており、貞奴たちは広く大衆に受け入れられ、各国の元首や王族に謁見(えっけん)を許されるなど、大歓待を受ける。和洋を巧みに折衷した貞奴の演技は、舞踏家イザドラ・ダンカンや彫刻家ロダンなど多くの芸術家も魅了し、作曲家プッチーニは、オペラ「蝶々夫人」の作曲にあたって、彼女から強い影響を受けたという。
欧米に鮮烈な日本イメージを広めると共に、欧米の演劇文化を移入する先頭に立った貞奴。その生涯から浮かび上がってくるのは、文化の相互浸透とでも言うべきドラマである。【評 奈良岡聰智(京都大学准教授)】
| 枢密院議長の日記 (講談社現代新書 1911) | |
![]() | 佐野 眞一 講談社 2007-10-19 売り上げランキング : 654 おすすめ平均 ![]() 「佐野眞一」の「評伝作品」として楽しむ 面白い! 読みづらい・・・・佐野さん、意地悪いAmazonで詳しく見る by G-Tools |
ここに長大な日記がある。執筆期間は大正8年から昭和19年までの26年間、分量は〈すべて翻刻すれば、おそらく分厚い本にして五十冊は超える〉――世界最大最長級の日記である。官僚として要職を歴任し、枢密院議長までつとめた倉富勇三郎が書きのこしたこの日記、かねて近代史の超一級史料と目されながら、読み通した者はいなかった。量の膨大さはもとより、〈ペン書きの文字は、まさにミミズがのたくったようで、ほとんど判読不能〉という悪筆が解読を阻んでいたのだ。
そんな倉富日記の翻刻に、佐野眞一さんは7年がかりで挑んだ。取材・執筆に忙殺されているはずの佐野さんが、なぜ? その原動力は、日記に書かれた事実の追究に加えて、日記魔とも呼ぶべき倉富勇三郎という人間への深い興味だったのではないか。事実と人間の両輪で「時代」を描くことこそが、佐野ノンフィクションの真髄(しんずい)なのだから。
その地道な努力によって、宮中某重大事件をはじめ大正期の事件やスキャンダルへのいくつもの新鮮な視点が与えられたことは、すでに専門家筋が本書に寄せた高い評価が示しているとおりだが、同時に、倉富勇三郎に対する佐野さんの温かなまなざしにも読者は強く惹(ひ)かれるだろう。
時には延々とつづく記述に〈ほとほとうんざりさせられ〉ながらも、佐野さんは倉富を〈その素顔はすこぶる人間的である〉と評する。探していた事件の記述が意外な箇所(かしょ)に見つかったときには〈さすがはわれらが倉富勇三郎である〉と佐野さん自身の快哉(かいさい)まで聞こえてきそうなほどだし、日記から倉富の家族愛を読み取っていわく〈倉富日記は、世界一長い愛妻日記でもある〉……。肉筆の日記を徹底的に「読む」ことで、書き手と読み手は、いわば同志のような関係にまで至るのだ。
そういえば、『直筆で読む「坊っちやん」』(集英社新書)も話題を呼んでいる。パソコンの文字があふれる時代だからこそ、〈すこぶる人間的〉な肉筆の文字をじっくりと「読む」ことが、読み手をも〈すこぶる人間的〉にしてくれるのかもしれない。【評 重松清(作家)】
| 生き物たちの情報戦略―生存をかけた静かなる戦い (DOJIN選書 11) | |
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生物と環境をめぐる「なぜ」を探究
タマムシという虫をご存じだろうか。虹色に輝くあの甲虫である。美しい鞘(さや)ばねの金属光沢は、表面の微妙な構造が七色の光を反射し分けるせいで生じている。虫が死んでも色あせないため、法隆寺に伝わる玉虫厨子(たまむしのずし)など、古来、美術品にも用いられてきた。
タマムシはなぜ、あのようにあでやかな色なのか。それに関する面白い講演を聴講したことがある。繁殖期、タマムシの雄はカキなどの梢(こずえ)を飛び回り、葉の表にとまっている雌を探し当て、交尾をする。活字にするとこれだけの話だが、雄はあの虹色のパターンを目当てに雌を視覚で探しているという仮説を、実験と行動観察から巧みに裏づけていく過程を紹介した講演は、ストーリーがよくできていて、とても面白かった。
以来、注目してきたのだがようやくその人の著書が出た。ただし本書に肝心なタマムシは登場しない(まだまだネタはあるということか)。
タマムシの代わりに登場するのは、トビムシ(同じ名前の昆虫と甲殻類がいる)、フナムシ、トンボ、カメムシ、ツェツェバエなど。本書では、それらの動物を狂言回しに、生き物と環境をめぐる「なぜ」を探究すべく、南極からアフリカ、北極圏まで渡り歩きながら積み重ねてきた思索が語られる。
生物の起源や遺伝の仕組みなど、ともすれば教科書的な記述に陥りがちな話題も、旅先のエピソードをからめて抵抗なくするりと読ませてしまう構成はおみごと。
世間には、科学者は話し下手という固定観念がある。しかし、研究とは仮説を構築しては検証していく作業であり、ストーリーを組み立てる作業にほかならない。優れた研究者は、本来、優れた語り部の資質の持ち主でもある。その好例が本書だろう。
残念な事実誤認が一つ。エコロジーの語の初出はソローだとあるが、これは日記中のジオロジー(地質学)の筆跡を読み違えたことに端を発する誤伝であり、ましてや『ウォールデン』にその語は登場しない。ただし、その点と、専門書っぽすぎる書名は別にして、お薦めの一冊。【評 渡辺政隆(サイエンスライター)】
荒地の恋
ねじめ 正一 (著)
「たった、これだけかあ」と心の中で問う声に、「いいじゃないか、これで」と応える詩人の姿から、この長編評伝小説は始まる。主人公は北村太郎。表題の「荒地(あれち)」は、彼が戦後間もない頃に仲間たちと創刊した同人誌の誌名でもある。
妻と子を水難事故で亡くした北村は、再婚をして、子どもたちも一人前に育ち、おだやかな日々を過ごしている。しかし、53歳のある日、北村はふと自問する。仲間たちに比べてあまりにも寡作なことへの「たった、これだけかあ」と、ささやかな家庭の幸福への「たった、これだけかあ」――二つのつぶやきに、「いいじゃないか、これで」と自答するのは、夫としての、父親としての、あるいは新聞社の勤勉な校閲部員としての北村太郎である。
その「いいじゃないか、これで」は、一人の女性との出会いによって粉々に砕け散ってしまう。北村は道ならぬ恋に落ちた。妻子を捨てて家を出た。しかも、奇(く)しくも最初の妻と同じ「明子」という名前を持つ恋の相手は、高校時代からの親友・田村隆一の四度目の妻だったのだ。
あらすじだけをとりあげれば、スキャンダラスな話である。北村と明子の恋の顛末(てんまつ)はもとより、酒仙詩人と謳(うた)われた田村隆一の言動もまた、世の常識や良識からは大きくはずれている。しかし、家庭という靴を脱ぎ捨て、素足で不倫の荒地を往(ゆ)く北村太郎には、言葉があった。家を出てからの北村は堰(せき)を切ったように詩を次々に発表し、高い評価を得る。一方で、妻を奪われた田村隆一もまた、どうしようもなく詩人だった。
著者のねじめ正一さんは、田村を〈殺し文句の詩人〉と呼ぶ。
〈殺し文句の詩人は女を殺すだけで愛さないのだった。(略)殺し文句の詩人が大切にしているのは言葉だけである。言葉に較(くら)べたら、自分すらどうでもいいのである〉
そして、家庭人としての日々をまっとうしているからこそ詩が書けなかった、明子と出会うまでの北村については――。
〈詩は道楽から生まれない〉
もはや作家のキャリアのほうが長くなったものの、ねじめさんはもともと詩人である。田村や北村が存命だった80年代には、過激な言葉を縦横無尽に繰り出して活躍をつづけていた。そんなねじめさんが書きあげた戦後詩の巨人たちの物語には、出口のない恋の行く末が描かれていながら、不思議と自由な風が吹いている。おなじみのユーモアをあえて後ろに退けて「詩人とはなにか」をひりひりするような切実な言葉で問いかけた物語は、だからこそ逆に、「自由とはなにか」「人生とはなにか」といった、伸びやかな普遍の主題を得たのかもしれない。
明子に翻弄(ほんろう)されどおしの北村の晩年が幸せだったのかどうかは、読者の判断にまかされるべきだろう。ただ、僕には物語の終わりに「いいじゃないか、これで」のつぶやきが確かに聞こえた。それは、紛れもなく、詩人・北村太郎の声だったのである。【評 重松清(作家)】
長きこの夜
佐江 衆一 (著)
長い介護の末に母が逝ってしまい、この世に取り残されてベッドに横たわる父は九十路を越えた。その父の日々に寄り添いながら、私は私の老いに向かって、今、ゆっくりと歩いている。
まだまだ長い道のりか、と思う。もうすぐ母の逝った場所の入り口に来ているかとも思う。それは定かではないのだけれど、私の中でいつのまにかあの世とこの世が地続きとなり、父が逝ってしまったら、後はとぼとぼとこの道を一人でいくのね、というような思いを抱くようになった。
そんな心境にあるせいか佐江衆一の短編小説集『長きこの夜』に格別な親しみを覚えて読んだ。
とくに〈仄暗(ほのぐら)い路地を亡父が歩いていた〉と胸の衝(つ)かれる一行で始まる冒頭の「風の舟」や橋の上で少年時代の父に出会う「橋の声」など、この世で迷い子になったかのような、心に残ることがあって戻ってきてしまったような、そんな亡き父との心の往還を描く作品が心に沁(し)みる。
思えば、著者の老老介護の日々の壮絶さを赤裸々に描いた小説、『黄落』を読んだのは12年前のことだ。その頃は、こちらも母の介護を巡り、老父との確執に明け暮れていたので、著者の父に対する酷薄さが我がことのように胸に刺さった。
その老父が97歳で満開の桜の日に逝き、以来、「長い人生の折々の姿」で、著者の眠れぬ夜に立ち現れ、彼と手を取り合って語り合うようになったとか。
ほんとうに、逝ってしまう人たちは、みな、なぜかくも語り尽くせなかったものや悔恨ばかりを遺(のこ)していくのだろう、と思わずにいられない。
本書には、他にも、地域で定年後を生きる男たちのとりとめもない日常や異性へのいっときの恋情など、老年の心境を描く作品7編が収められている。筆者の世代には慣れ親しんだ小説の文体に、しみじみとほっとさせられる。
眠れぬ「長き夜」に、ふと忍び寄ってくる不安を癒やすには、熟練の作家の手になるこういった小説はなんとかけがえがないものなのだろう、と思われる。【評 久田恵(ノンフィクション作家)】
| 走ることについて語るときに僕の語ること | |
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「文学の悪」に負けない作家の気迫
「我走る、ゆえに我あり」――百キロ走のウルトラマラソンではこんな没我の境地まで経験したランナー作家によるメモワールである。近年、ノーベル文学賞に最も近い日本人の一人と言われながら、寡黙を通す作家の、初の自伝作品としても貴重だ。
「どれぐらい自分の能力を確信し、どれぐらい疑えばいいのか」。走ることと書くことは著者の中で深く通底し、結ばれている。双方勝ち負けがないこと。pain(つらさ)をsuffering(災い)にしないことの大切さ。この“走る小説論”の中で印象的だったのは、“才に恵まれないことの恵み”についてだ。この大作家に才能がないわけがないと、厭味(いやみ)に感じるかもしれない。が、「優れたランナーではない」彼が、走りの力学を引き合いに出して創作哲学を語るとき、そこにはなにか説得力のある真摯(しんし)さが生まれる。無尽蔵の才能の泉をもたない者は「自前で筋肉をつけ」「訓練によって集中力を養い」穴を掘るうちに、「秘密の水脈」に行きあたることができるのだ。
それにしても、毎日走り込み、毎朝執筆するストイックなランニング=創作姿勢はいかにして持続されるのか? それは即(すなわ)ち、村上春樹は結局、凡人とどこが違うのか? ということだが、答えの一部は第五章にある気がした。小説の執筆は人間の毒素が抽出されてくる「不健康な作業」。だからこそその体内毒に対抗できる免疫システムが必要となる。そう、悪を描いた者は悪に蝕(むしば)まれるか? 「文学と悪の問題」は、古代哲学から『悪の華』をめぐる緒論など、様々に論じられてきたが、村上春樹はきっぱり言う。悪を描きながら悪に負けない免疫体系を維持するには、とにかく「基礎体力」だと。六十前にして加齢を意識したトップランナー作家が、体力的に毒負けする時期を少しでも遅らせるために鍛錬するという言葉には、気迫がある。翻ってわが身のだらしなさにいじけたくもなるが、この精神のサウンドネス(健全)は超人的。万国の読者が彼の作品で癒やされるわけが理解できた。【評 鴻巣友季子(翻訳家)】
| 江戸城のトイレ、将軍のおまる〈小川恭一翁柳営談〉 | |
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お城の中は「儀礼と先例と挨拶」次第
歴史は一見つまらないことから分からなくなる。
江戸城のトイレはどこにあったか。登城した諸大名や日勤する役人たちはどこでどう用を足していたのか。ふだん気に留めない事柄は忘れ去られるのが早い。「神は細部に宿る」といえば綺麗(きれい)事すぎるが、歴史を生きた姿で思い浮かべようとすると、些細(ささい)な事実に関する知識がまっ白なのに気付くことが多い。
つい最近物故した著者は自身を「三田村鳶魚(えんぎょ)の最後の弟子」と位置づけ、江戸幕府制度に造詣(ぞうけい)が深かった在野の研究家である。先師の鳶魚は博識無双の風俗考証家で、その膨大な著述は江戸時代ファンにとって宝庫であるが、よく知られる悪癖があっていっさい出典を記さなかった。本書はいわば《出典を明記する二代目鳶魚》としてその業績を受け継ごうとした仕事だ。自ら名付けて「柳営学」。柳営とは、幕府の異称である。
書名になっている話題の他にも「格付けにこだわる大名たち」「官位と席次は悩みのタネ」「殿中不作法」など、各話で描かれる江戸城は、細かな格付けと席次の社会である。城内の日常は儀礼と先例と挨拶(あいさつ)(心付け)に支配されているといってよい。
慣例を教える専門職があった。『忠臣蔵』で敵役になった吉良上野介らの高家がそうだし、殿中では坊主衆の案内がなければ動きが取れない。行列を一目見て何家の大名かを判別する下座見(げざみ)という世襲の職能集団もいた。初登城する大名が殿中の作法を学ぼうと高い謝礼を支払って師匠を招き、リハーサルを繰り返す姿は涙ぐましい。
現代官僚の無失点主義にもつながっているのは、柳営がシクジリに厳しい職場だったことだ。たとえば顔に吹き出物ができ、バンソウコウを貼(は)って登城してしまった場合はどうするか。将軍のお目障りにならないかと坊主を通じて大目付に届け出、検分してもらうのである。手続きさえ怠らなければクビにならずに済む社会だったといえる。
体系化しにくい材料を『半七捕物帳』の流儀で対話形式の聞き書きに組み立てた編集者の工夫は褒められてよい。【評 野口武彦(文芸評論家)】
| 新薬、ください!―ドラッグラグと命の狭間で | |
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ここにも薬事行政の問題が
ムコ多糖症とは、新生児5万人に1人が発症する進行性の難病。テレビの報道カメラマンである著者は、医師から「取り上げてもらえないか」と相談された。しかし国内の患者がほんの300人ほどと聞いて、当初は躊躇(ちゅうちょ)する。
それが患者の家族などから話を聞くうち未承認薬問題の典型例と気づき、取材を決意した。04年当時、5歳の中井耀くんは、新薬のテストである治験に参加するため父親と渡米。著者は、テキサス子供病院まで足を運んだ。
ムコ多糖症を主題にした番組は05年5月に放映され、翌年、治療薬「アウドラザイム」が承認された。アメリカの初承認から1269日の遅れだった。
欧米の治療薬が日本で認可を得るまで、約4年もかかり、この時間差は「ドラッグラグ」と呼ばれる。硬直した厚労省のルールのせいで間に合わず、無念の最期をとげる患者も少なくない。
日本の医薬品市場は世界第二位の規模を誇る。しかし「諸外国で普通に使われる薬が手に入らない薬貧国」と著者。薬害肝炎など、このところの薬事行政は特に目に余る。健康な人こそ抗議の声を上げるべきでは。【評 多賀幹子(フリージャーナリスト)】
晩年のスタイル
エドワード W.サイード (著), 大橋 洋一 (翻訳)
著者は、この評論の完成直前に亡くなった。残された論考などを友人が編集したが、素晴らしい評論となっている。
「晩年のスタイル」は、アドルノが晩期ベートーヴェンについての評論で使った用語。自分のつくりあげた世界の破壊もおそれず、妥協を拒み、気難しく、矛盾があって破局的ともいえる「晩年性(lateness)」。それが現代音楽にもつながる境地を切り開いたという分析にサイードは刺激を受け、文学、音楽、映画、思想など幅広く同じような表現の例を探し求めている。
lateは「遅れた、時宜をえない」との意味もある。晩年になっていなくても、そんな「時代錯誤性と変則性」を持つ芸術家もいる。グレン・グールド演奏のバッハの音楽は「時代錯誤的であるとともに自己創造性を誇る」というのだ。
時代から取り残されたものに回帰し再発見することで、時代に先んじる創造が生まれる。そんな逆説の魅力が輝きを放つ。「見えざる最終章」はサイード自身の晩年ではないかという訳者あとがきに共感する。
いまの時代や社会になじめない若い人々にも、「晩年性」を生きる、という新しい思考や希望を与えるのではないか。【評 由里幸子(前編集委員)】
| ジダン | |
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慎み深く、故郷を愛する人
サッカー・フランス代表、ジダン主将の頭突き事件で幕を閉じた感さえある06年ドイツ・ワールドカップ。イタリア代表DFマテラッティの挑発の言葉をめぐる大騒ぎが懐かしい。「髪形の乱れをからかった」説から「フーコーが死んで以来、フランス哲学はクズ同然と罵(ののし)った」説までもが当時ジョークとして飛び交ったものである。
本書によると、ジダン最後のレッドカードはキャリア14枚目。「別々の大会の本戦で、二度退場処分を受けた二人目のサッカー選手」として歴史に名を残してしまう。
類書が既に幾つかある中、この本に一日の長があるのは、ジダンの衝動性が情状酌量される理由を丹念に掬(すく)い上げて行くからだ。引っ込み思案と表裏一体の慎み深さや、愛郷心の強さを示す心温まる逸話が、ドーピング歴の疑いすら忘れさせる。ユベントス時代の試合後、リッピ監督がレストランから出てくると、深夜にもかかわらずジダンはアルジェリア人の友だちとボールを蹴(け)って遊んでいたという。
原書の副題は「一人の人間でありたかった神」。フランスを代表するスポーツ紙「レキップ」で執筆する共著者による読みでがある評伝だ。【評 佐山一郎(作家)】
| オリエンタリズムとジェンダー―「蝶々夫人」の系譜 | |
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「従順な東洋女性」の幻影をたどる
外国客の日本観光に付き合った時、着物が買いたいといわれて困ったことは、ありませんか? 数百万円もする本格的な物が欲しいわけではないから、土産物屋でペラペラの派手な浴衣を紹介すると、風呂上がりのガウンに好(よ)いと言って、喜ばれたりする。
違うんだけどなあ。間違った日本理解を黙認したことに忸怩(じくじ)たる思いを持ちつつも、でも外人向けのキモノは、日本の正しい文化とは別物だと、割り切ろうとする。
日本文化が多少捻(ね)じ曲がっても、ガイジンが喜べばまあいいかと、寛容に対応しようと思うが、欧米映画でトンデモな日本像が描かれると、しばしば不快感が表出する。最近では、中国系女優が主役の日本女性を演じた米映画「サユリ」が、話題になった。
そうしたガイジン仕様の日本に我々が違和感を感じるのは、そこで日本的なるものが、西洋の持つイメージのなかで再構成され、リアルな日本と乖離(かいり)していることが、全く問題にされていないからだ。乖離したまま東洋的イメージ喚起の素材にされ、ジャポニズムという「共有財産」として、西洋で受け継がれていく。
作者はその典型例として、「蝶々夫人」を取り上げる。小説やオペラの「蝶々夫人」に先行する小説「お菊さん」や、ジェンダー的、オリエンタリズム的視角をパロディー化して逆転させた戯曲「M・バタフライ」をも分析対象として、西洋がいかに「従順な東洋女性」という幻影を作り上げていったかを、描く。
そこでは日本人は、見られるだけの「標本」でしかない、と作者はいう。「お菊さん」が日本経験を踏まえた、憧(あこが)れと幻滅の話だったのに対し、その後の「蝶々夫人」では幻影が純化され、西洋が西洋のために作り上げた他者認識として固定化される。19世紀後半以降流行(はや)ったジャポニズムは、西洋の東洋観に根強く潜むオリエンタリズムと同根だ。
最後に取り上げた「M・バタフライ」の分析が、秀逸。ステレオタイプ化された男と女、東洋と西洋の立ち位置を巧みにひっくり返しているところが、面白い。【評 酒井啓子(東京外国語大学教授)】













読みづらい・・・・佐野さん、意地悪い






