メイン > 朝日新聞日曜版『書評』 > 2006年9月10日~9月17日

明治維新を考える
明治維新を考える三谷 博

有志舎 2006-08
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明治維新は、歴史の一つの謎である。

日本の針路だけでなく、アジアの国際秩序をも変えた大事件だったにもかかわらず、それが「どんな変革であったのか実は良く分かっていない」と説き起こす著者は、その謎を三点に整理して示している。

(1)維新で消滅した武士身分が、打倒されたわけではないのに、黙々と秩禄処分を受け入れて「社会的自殺」を遂げたのはなぜか。

(2)権力転覆を不可避とするような「単純・明白な原因」が見当たらないのに、幕府が瓦解したのはなぜか。

(3)明治新政権が、「復古」の大義を掲げながら「文明開化」なる欧化政策を推し進めることに矛盾を感じなかったのはなぜか。

この一冊は、従来の明治維新論が視角に入れてこなかった諸論点を正面に据えて、一連の「なぜか」を考え直そうとする問題提起の書物である。そのスタンスは、「維新という巨大な変化を全体的に理解するにはどうしたらよいか」という一語に要約される。日本特殊論も日本例外論も持ち出さず、「日本史のなかから世界史的な普遍を見出(みいだ)す仕事」をめざすのだ。そのためにトライする「歴史解釈の一般モデル」は、自然科学から最近さまざまな分野で応用されるようになった複雑系の理論をヒントにして論究される。

カオスとカオスの相互作用が、ある条件下では秩序をもたらすというシステムは、維新史の解析に役立つのではないか。

このいかにも「理屈っぽい」議論を理解するには、本書第三部にある三人の維新史家論を先に読むのが便利だろう。第一に、坂本龍馬を世界に紹介したアメリカの日本史学者マリウス・ジャンセン。第二に、今は敬して遠ざけられる古典的名著『明治維新』を書いた講座派マルクス主義の遠山茂樹。三人目は、人気と本の売れ行きにおいて職業歴史家を凌駕した「国民作家」司馬遼太郎。

とりわけ、自分で「戦後日本史学のアウトサイダー」をもって任じる著者が遠慮なく展開する遠山茂樹論をなかだちにすると、今なぜ複雑系が要請されているかの筋道が見えてくる。経済的要因を決定的な初期条件と見なす「階級闘争史観」に対する批判から発しているのだ。歴史の必然性を重視する遠山史学は、なるほど「諸要因の結合の仕方について様々な屈折がある」と認めているが、それをただ「怪奇複雑」で片付けられては途方に暮れるとたっぷりスパイスが利いている。

著者は《複雑系史観》とも《カオス史観》ともいっていない。複雑系とは、新しい代替史観の提唱ではなく、「維新における変化は、例外でも何でもない、ごく普通の現象と見なすことができる」という自信を与える別機軸の思考方法なのである。

カオスとは《方向を持ったでたらめさ》に他ならない。歴史は混乱で作られる。このモデルをたんに新奇な用語による歴史の再解釈にとどめぬためにも、今後の維新史像が以前とどう違ってくるかが問われる。『明治維新とナショナリズム』『ペリー来航』に続く次の仕事を刮目して待ちたい。【評 野口武彦(文芸評論家)】

■2006/09/17, 朝日新聞 朝刊, 9ページ

徳富蘇峰 終戦後日記ーー『頑蘇夢物語』
徳富蘇峰 終戦後日記ーー『頑蘇夢物語』徳富 蘇峰

講談社 2006-07-22
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おすすめ平均 star
starこれはこれはすごい!昭和史研究の必読本だ!

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意外な形で今日の時代と、波長が合ってくる過去の人物がいる。戦時中に戦争鼓吹のイデオローグだった徳富蘇峰も、その一人といえよう。それは本書の蘇峰が、まるで「新しい歴史教科書をつくる会」の先駆けのように、日本の国家の戦争責任や植民地支配の責任を全部否定しているからだけではない。

彼は戦争責任の存在を否定しながら、敗戦の責任は追及している。しかもその追及の主な対象には、昭和天皇が含まれているのである。これこそ本稿が、長く世に出なかった理由であろう。むろん彼は、天皇制をあくまで守らねばならないとする立場なのだが、その主張が、何か今日の天皇制抜きの新しいナショナリズムの動きにも、微妙に波長が合っているように見えるのである。

本書は敗戦直後から翌年1月にかけて日記の形式で書かれた、徳富蘇峰の79本の論説集である。彼は周囲からも、戦時中の責任を問われることが必至と噂される立場にあり、不起訴に終わったとはいえ、実際にA級戦犯容疑者の一人に指名された。本書の論説のテーマが、戦争責任や敗戦責任の問題に集中しているのは、それが彼にとって、どうしても自分の立場をハッキリさせなければならない問題だったからである。とはいえ彼も、戦後の情報の開示に伴い、これまで擁護していた日本軍部に対しては、次第に失望の色を強めている。

ただし蘇峰は、単なるジャーナリストではなかった。現実に政治家と結びつきを持ち、政治家に建言し、政治を動かそうとする野心の持ち主であった。本書で興味深いのは、彼が戦時中や戦後にも、昭和天皇をはじめ東条英機、近衛文麿ら、多くの権力者に働きかけようとした回想が、ちらほら出てくる点である。それで見ると、彼が敗戦責任ありと追及している人たちは、みな彼が一時その政治行動に期待をかけ、建言したり働きかけたりした人であることが分かる。敗戦責任の追及は、結局それらの人たちが、彼の提言を聞かず、彼を疎外したことへの怨みつらみと結びついていたのである。【評 赤澤史朗(立命館大学教授)】

■2006/09/17, 朝日新聞 朝刊, 10ページ

マンガは欲望する
マンガは欲望するヨコタ・村上 孝之

筑摩書房 2006-07
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最近のマンガ研究は勢いがある。若い学問領域だけに、新しい成果を生む潜在力が大きいのだ。本書はマンガというメディアの特性を分析しつつ、近代からポストモダンへの移行という大きな思想的課題にも果敢に挑んでいる。

例えば、マンガには二種類の吹き出しがある。風船のようなやつと、雲のようなふわふわの線で描かれるやつである。前者は実際に発話された言葉、後者は登場人物が内心で考えた言葉を表している。誰でも知っているマンガの約束だが、この区別を確立した里程標的な作品は手塚治虫の『罪と罰』(1953年)だという。それ以前の日本のマンガでは、発話された言葉と内心の言葉がそんなふうに明確には区別されていなかった。

それでは、この区別によって何が表現されたか。それは外的な言葉と内的な世界の区別、外に出された言葉は分かるが、内面は分からないということだ。いい換えれば、人間は自分の考えしか分からない。つまり、風船形吹き出しと雲形吹き出しの区別は、自我の明証性と他者の不透明性という、近代文学を特徴づける考えがマンガにも刻印されたことを意味している。

これだけでも非常に興味深い指摘だが、著者の考察はさらに先に進む。80年代後半ころから、吹き出しの風船形と雲形の区別は急速に曖昧(あいまい)になっている。つまり、近代が終わり、ポストモダンの時代に入るとともに、内面と外面、私と他者の対立が稀薄(きはく)になっているということだ。確たる近代的内面に代わって、複数の声が自己のなかで対話するような分裂的主体が有力になっているらしい。

以上はマンガの言葉の話だが、絵についても、著者が杉浦茂の作品を例に巧みに説明しているように、マンガは一人称の視点や遠近法的視角の統一を土足で踏みにじる分裂的な表現力を発揮する。

そうしたマンガのハイブリッドな特質が、乙女ちっくマンガや少年愛や「妹萌え」など様々なテーマを契機に、さらに縦横に分析されていく。改めてこう叫びたくなること請け合いだ。マンガ、すごいじゃないか!と。【評 中条省平(学習院大学教授)】

■2006/09/17, 朝日新聞 朝刊, 10ページ

思想としての“共和国”―日本のデモクラシーのために
思想としての“共和国”―日本のデモクラシーのためにレジス ドゥブレ 三浦 信孝 樋口 陽一

みすず書房 2006-07
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アメリカ流民主主義への偏りを批判

選挙における投票の論理は、大別すれば二つである。ひとつは、その候補者が自分(が属する集団)の利益を代弁してくれそうだからというもの。いまひとつは、その候補者の主張が全体の利益にかなっているように思われるからというものである。

もちろん、実際の投票行動はこれほど単純ではないので、これはあくまで理念の問題であるが、もしあなたが後者の理念の方に共鳴するならば、あなたは本書の言う共和主義者に近いことになる。

二つの理念は、どちらか一方のほうが原理的にすぐれているというわけではない。前者は、自己利益の追求の自由を原則としているわけだから、よく言えば他者の利益や信条にも寛容であるが、悪く言えば無関心である。後者は、普遍的な公益へのコミットメントを要請するものであるから、よく言えば個々人の倫理的な当事者意識は高いが、悪く言えば政治的な(ときには暴力的な)過干渉に陥りやすい。いわば前者は政治を市場化し、後者は社会を議場化するのだ。両者の緊張関係の健全さが近代社会の健全さのものさしだともいえる。

しかし、市場のグローバリズムが席巻する今日の世界においては、前者の論理は受け入れられやすいのに対して、後者、つまり共和主義の説得力はピンチに陥る。そのことを冷戦終結直後にすでに明快に警告していたドゥブレの1989年のエッセーをたたき台に、憲法学の碩学(せきがく)、フランス社会論の論客、フランス社会思想史の学究の三人が、日本における共和主義的契機の不在に議論の射程を延ばして考えようとしているのが本書である。筋金入りのフランス左翼がアメリカ流の民主主義に浴びせる批判の舌鋒(ぜっぽう)は鋭く、それが翻って日本の現在を斬(き)る仕掛けだ。

一見雑駁(ざっぱく)な構成に見えるが、通して読むと、共和主義というキーワードを挿入することで、私たちが日々感じている不安、グローバリゼーションのなかで失われているものが、単なる生活不安ではなく、政治的な実質を持っていることがわかる。視野の広がる一書。【評 山下範久(北海道大学助教授)】

■2006/09/17, 朝日新聞 朝刊, 10ページ

書痴、戦時下の美術書を読む
書痴、戦時下の美術書を読む青木 茂

平凡社 2006-08-04
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軽い気持ちでページを繰り始めたのだが、途中から居ずまいを正して読むようになった。あとがきに「私の業余の仕事は、日本近代美術の史資料を集めて公刊したり、それについての雑文を書いたりすること」とあるが、古書収集、調査、探索、研究、そのいずれもあきれるほど奥が深く、時間のかけ方も半端ではない。

題名どおり、本書はおもに戦中の美術書に関する随筆である。川上澄生、鏑木清方、石井柏亭、土方久功、石井鶴三、岸田劉生、高橋由一などの仕事、小島烏水などの山岳書、戦争下の出版事情(意外に多い刊行部数にはびっくりさせられた)など、それぞれ興味深いことばかりだ。古書を通しての当時の美術界の動向やエピソード、さらにはときおり混じる学界や先人への皮肉や批判、よくそれる横道のはなし、私など素人にとっても十分おもしろい。

とくに通人、蒐集(しゅうしゅう)家が集った「集古会」会員であり、昭和十九年に『江戸時代商標集』を出した木村仙秀への関心・追究は粘り強い。世の中には収集・博捜・実証のすごい人がまだいるものだと改めて思った。書評のためでなく、ゆっくり楽しむ本である。反省させられた。【評 小高賢(歌人)】

■2006/09/17, 朝日新聞 朝刊, 11ページ

日々の非常口
日々の非常口アーサー ビナード Arthur Binard

朝日新聞社 2006-08
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詩人である著者によるこのエッセイは、さらりと日々のことを書いているが、じつに多くのことを考えさせてくれる。まず私は、自分がいかに無頓着に言葉を操っているかに気づかされた。生まれたときから使っている言葉だから、信頼しきっているのだ。

著者は私より日本語をよく知っているほどだが、言葉や表現のひとつひとつを、疑い、比べ、分解し、日本語のなかを自在に泳いでいるかのようだ。「残雪」という言葉の美しさ、「アバウト」のやさしさ、「ぼけ」の恒久さ、「どうも」の便利さ……ふつうに使っている言葉の個性に、今さらながら気づかされる。

また著者は、郵政民営化について、憲法九条改正について、ブッシュ政権について、平均株価について、じつにウィットに富んだ言葉で、自分の意見を述べている。それがあまりにも明快なので、日本語が母語の私たちは、政治や経済について語るとき、日常とかけ離れた言葉を使う癖があるのではないか、だからそうした問題がなかなか身近に思えないのではないか、などと考えもした。

言葉は海のようなもので、彼方(かなた)へ泳ぎ出せば、さらに広く深くなる。著者に連れられ、私も遠泳をした気分だ。【評 角田光代(作家)】

■2006/09/17, 朝日新聞 朝刊, 11ページ

戦後の終わり
戦後の終わり金子 勝

筑摩書房 2006-08
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おすすめ平均 star
star小泉政治の虚妄を衝く

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この3月まで朝日新聞の論壇時評で健筆をふるった著者は小泉政権が「自民党……を延命させた」という。実際、壊れたのは、財源不足で「自壊寸前」の公共事業による利益政治だった。

この「自壊」こそ、族議員と派閥の利害調整が支えてきた自民党の「幅広いウィング」の喪失であり〈戦後という仕組み〉の終わりでもあった。にもかかわらず自民党が延命しているのは、規制緩和や民営化を源泉にした新たな利益政治への転換を図ったからだ。

背景には、「小さな政府」のほうが経済は成長し、官僚支配はなくなり、国民負担も軽くなるというドグマ(独断)がある。

しかし、経済協力開発機構(OECD)の調査によれば、「大きな政府」のほうが成長率は高い。また、過去の実績をみるかぎり民営化では天下りが減らず、公的負担の削減も自己負担に回るだけだ。

800兆円を超える公的債務、1・2台の低い出生率、7割未満の国民年金納付率など、「今の日本社会は持続可能でない数字で埋め尽くされている」。本書は、既発表の時評と、改めて「いま」を論じた書き下ろしから成る。小泉政権の終わりに、著者の熱い筆致に戸惑わず、冷めた頭で読んでほしい一冊である。【評 高橋伸彰(立命館大教授)】

■2006/09/17, 朝日新聞 朝刊, 11ページ

哺乳類天国―恐竜絶滅以後、進化の主役たち
哺乳類天国―恐竜絶滅以後、進化の主役たちデイヴィッド・R. ウォレス David Rains Wallace 桃井 緑美子

早川書房 2006-07
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おすすめ平均 star
star長い絵がついてる!

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一枚の絵から進化を眺める

自然史博物館の人気ナンバーワンは、なんといっても恐竜である。それに比べると、哺乳類(ほにゅうるい)の人気は今一つの感がある。

この落差を象徴するのが、アメリカのエール大学ピーボディ自然史博物館における両者の扱いだろう。

恐竜の化石を展示した大ホールの壁を飾るのは、長さ33・5メートル、高さ4・9メートルの巨大なフレスコ画「爬虫類(はちゅうるい)の時代」。それに対して哺乳類の進化を展示した小ホールの壁を飾る壁画「哺乳類の時代」は、全長18・3メートル、高さ1・7メートルと、はるかに小さい扱いなのだ。

人気の違いとはいえ、恐竜の歴史はたかだか1億8000万年であるのに対し、哺乳類の歴史は2億5000万年。おまけにそれがわれわれの歴史でもあることを考えると、いかにも偏りが目立つ。

この不公平を是正すべく、手練(てだ)れのサイエンスライターが立ち上がった。本書は哺乳類の多様な進化史のみならず、化石発掘者たちの競争などその多彩な研究史までをも読み解いたみごとな労作である。

現在61歳の著者が壁画「哺乳類の時代」に魅せられたのは10歳のときだという。一枚の図像からじつに半世紀の熟成期間を経て、本書は結実したのだ。【評 渡辺政隆(サイエンスライター)】

■2006/09/17, 朝日新聞 朝刊, 11ページ

作家が死ぬと時代が変わる―戦後日本と雑誌ジャーナリズム
作家が死ぬと時代が変わる―戦後日本と雑誌ジャーナリズム粕谷 一希

日本経済新聞社 2006-07
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活字文化の面白さ、大切さを思い起こさせる価値ある本だ。著者は「中央公論」「東京人」のかつての名編集長。「中央公論」が言論界に大きな影響力を持った時期に編集者として活躍しただけに、作家、学者、政治家との交流は広く、この本一冊の中に、戦後日本の論壇、文壇、学界の見取り図が見事に描かれている。

本書の無類の面白さは、語り下ろしの方法から生まれた。著者の思いの丈が実によく伝わる。直接付き合った作家、評論家、学者の生き方、生態が次々に露(あらわ)にされるのだ。

思想的対立が鮮明な時代、総合雑誌もそれを反映した。天皇制批判をよく載せた「世界」や「中央公論」に対し、「文芸春秋」はインテリ批判から出発して皇室記事を掲載し、部数を伸ばしたという。

「中央公論」に載った深沢七郎の「風流夢譚(むたん)」の表現が右翼を怒らせ、暴力行為で中央公論社が威嚇される事件が起きた。労組争議も重なった苦悩の時期に著者はこの名門総合雑誌を率いた。その激動を体験した著者が、近年の雑誌全体のスキャンダリズムと右傾化の傾向には危機感をもつ、という警告は重大だ。

著者の根幹には寛容を尊ぶリベラリズムがある。若い頃、和辻哲郎の倫理に惹)かれた著者は、社会変革以前に人間の生き方の変革が必要という思想をもった。社会主義には距離を置き、戦後民主主義には懐疑的な立場をとる。論壇の主役として本書に登場するのも高坂正堯らの柔軟で現実的な自由主義者が多い。また複雑な今の時代を見渡し論壇を活性化させた功績を越境者、山口昌男と山崎正和に見る。

著者は60年代後半の全共闘運動が歴史上の重要な転換点だったと考える。三島由紀夫の自決、その後の文壇の変化、日本人の精神構造の変化などがそこから始まった、と。

中央公論社を去った著者は、天下国家のみ考えるのをやめ、足下の都市の風景や文化に関心を向け、様々な出会いから「東京人」を創刊した。都市文化を軸とする斬新な総合雑誌の企画は卓見だった。

言論史の現場を知り尽くした著者の忌憚(きたん)のない話は多くの人を刺激するに違いない。【評 陣内秀信(法政大学教授)】

■2006/09/17, 朝日新聞 朝刊, 11ページ

風の影〈上〉
風の影〈上〉カルロス・ルイス サフォン Carlos Ruiz Zaf´on 木村 裕美

集英社 2006-07
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おすすめ平均 star
starいろんな要素が盛り込まれた、壮大な迷宮のような物語
star覚えてくれている人間がいるかぎり、ぼくらは生きつづけることができる
star忘れていた読書の楽しさ

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風の影〈下〉
風の影〈下〉カルロス・ルイス サフォン Carlos Ruiz Zaf´on 木村 裕美

集英社 2006-07
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おすすめ平均 star
star人生とは他者に読まれるための物語である
starいろんな要素が盛り込まれた、壮大な迷宮のような物語
starちょっと抹香くさいが‥。

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「本の墓場」で1冊と出会い、少年は

小説を読む喜びにあふれている。物語の虜(とりこ)になることの愉(たの)しさがここにはある。

といってもストーリーが波瀾(はらん)万丈なのではない。激しい人間ドラマが展開するわけでもない。一応ミステリー仕立てだし、登場人物の人生は波瀾にみちているし、巧みな入れ子細工風の物語ではあるけれど、読者をひきつけてやまないのは文体であり、紡がれるイメージの豊かさであり、そしてそれらが表す孤独な少年の打ち震える内面である。

物語は、一九四五年の夏のバルセロナから始まる。十歳のダニエルは父親に連れられて、古書業界の人たちが集う「忘れられた本の墓場」にいき、一冊の本と出会う。フリアン・カラックスの『風の影』という小説だった。父親を探し求める冒険譚(たん)にダニエルは夢中になり、もっとカラックスの小説を読みたくなるが、カラックスは幻の作家といわれ所在不明。しかもカラックスの本を探し求めて焼却している人間もいて、本自体ほとんど残っていなかった。

いったいカラックスとは何者なのか。彼の本を焼却する男の動機とは? やがてダニエルの身に危険が迫る――。

幻の作家を探すことが、スペイン内戦の悲劇をあぶりだし、それがいつしかダニエルの人生と交錯する。というとよくあるミステリーに思われがちだが、“バルザックやユゴー、ディケンズなどの十九世紀文学を強く意識して書かれている”と訳者が言うように文体は濃密で、一字一句なおざりにできない。文章を味わい、喚起される情景に酔い、緩やかな物語の展開に身を任すしかない(それが何とも心地よいのだ)。少年が世界に心を開き、様々なものと出会い、惑い、苦しむことが、あたかも僕ら自身の“心にひらかれたとびらの奥を探索”するかのような体験になる。ここでは本を読むことが“自己の精神と魂を全開”にし、“物を読むことで、もっともっと豊かに生きられる”ことを教えてくれるのである(これぞ古き良き文学の王道!)。

物語に浸ることの陶酔と幸福がここにある。十七言語、三十七カ国で翻訳出版されたのも当然だろう。正に傑作。【評 池上冬樹(文芸評論家)】

■2006/09/17, 朝日新聞 朝刊, 11ページ

爆笑問題の戦争論―日本史原論
爆笑問題

憲法九条を世界遺産に
憲法九条を世界遺産に太田 光 中沢 新一

集英社 2006-08-12
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おすすめ平均 star
star内容はおもしろいのだが、おしい…
star希望の星
star爆笑問題は優等生

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「笑い」を力に現代日本に切り込む

流行・風俗から政治・国際問題までを、「ギャグのネタ」として取り上げ続けてきた異色の漫才コンビ・爆笑問題。そのふたりが、「日本の戦争」だけをテーマに一年間、月刊誌での紙上漫才に取り組んだ。それをまとめた『爆笑問題の戦争論』では、先生役の田中裕二が日清、日露から太平洋戦争に至るまでの日本の歩みをわかりやすく説明するのだが、相方の太田光はすかさずしょうもないボケをかます。田中が「中国がまだ “清”と呼ばれてた時代だ」と言えば、「きよし」という具合に。

しかし、「こんなにふざけてばかりでは先に進まないのでは」と心配するなかれ、太田は絶妙のタイミングで田中の話をボケずに受ける。たとえば、「こう考えると日本と中国の関係ってのは昔からあまり変わってないというのが虚(むな)しいよな」と。そして次第に、このふたりのスタンスが明確になってくる。それは、先の大戦を侵略戦争ととらえ、「戦争反対」の立場を取っているということだ。もちろん、その意思表明をするときでさえ、太田は「俺(おれ)、今まで戦争賛成だったけど、反対にまわるよ」とギャグの衣を着せることを忘れないのだが。ただ、あとがきでは太田は一度もボケることなく、この本を作るにあたってのためらいと覚悟を率直に吐露してもいる。

『戦争論』で何かを踏み越えた、という実感があったのだろうか。その後に出た対談集『憲法九条を世界遺産に』では、平和や憲法への太田の思いは、もうギャグの衣を借りることもなく中沢新一を前にほとばしり続ける。とはいえ、太田は自分が「ああ、護憲派ね」とひとくくりにされることを望んではいないだろう。「宮沢賢治の作品は好きだ。でも、賢治が傾倒していった田中智学などの危険な政治思想は受け入れがたい」というどうしようもない違和感、割り切れなさとどう向き合うか、というところに太田の問題意識の出発点があるからだ。

憲法九条に関しても同様で、これによって護憲派と改憲派からたくさんの意見が出て迷いが生じるが、「じつは、その迷いこそが大事なんじゃないかと僕は思う」というのが太田の主張だ。だからこそ、この類(たぐい)まれなる憲法を「世界遺産に」とふたりは言う。「平和は美しいから」といった理想主義とは、なんとかけ離れた九条擁護論であろうか。

中沢のような思想家はともかく、太田はテレビを舞台とする芸能人であるから、政治色の強い発言を「色がつく」と言って止めようとする人もいただろう。しかし彼は、九条を守るという「冒険を続けたい」と言い、「自己嫌悪とジレンマの連続ですが、今が踏ん張りどきです」とまで言う。この破れかぶれなまでの勇気と決意を、論壇や政治家たちは、とくに奇(く)しくも同じ時期に同じ新書という形態で「憲法改正」という自らの政治理念を述べた次期首相候補は、どう受け止めるのだろう。爆笑問題に、今後も「お笑いの世界」と「言論の世界」の両方で自由な活躍の場を与え続けることができるかどうか。私たちの社会の懐の深さが今こそ問われている。【評 香山リカ(精神科医・帝塚山学院大学教授)】

■2006/09/10, 朝日新聞 朝刊, 11ページ

引き裂かれながら、私たちは書いた―在韓被爆者の手記
引き裂かれながら、私たちは書いた―在韓被爆者の手記丸屋 博 石川 逸子

西田書店 2006-08-02
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広島で約5万人、長崎で約2万人とされる朝鮮人被爆者。被爆者健康手帳をもらえば日本の負担で医療を受けられるが、日本国外の在住者は対象外だ。本書は、自らも被爆した医師と、ヒロシマ・ナガサキを考え続ける詩人が編む在韓被爆者11人の「自分史」。広島に生まれ14歳で被爆、帰国して朝鮮戦争に従軍するなどした李順基さんは67歳で発症したがんと闘いながら、こう書く。「命の絶えるまで自分史を書き続けて……世界の人に知らせたい。韓国にもこんな被爆者がいると」

■2006/09/10, 朝日新聞 朝刊, 12ページ

ヒトは今も進化している 最新生物学でたどる「人間の一生」
ヒトは今も進化している 最新生物学でたどる「人間の一生」ローワン・フーパー 調所 あきら

新潮社 2006-08-17
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人類に体毛が少ないのはなぜか、バービー人形の体形が男性に好まれる理由はどうしてか、などヒトのさまざまなあり方についての話題36本を、進化生物学や医学の研究成果とからめて紹介する。肩のこらない筆致で繰り出されるうんちくやジョーク、中には日米の医師の死生観の違いといった考えさせられるテーマも。著者はつくば市の国立環境研究所に在籍していた英国の研究者で、現在も本書のもとになった科学コラムをジャパンタイムズに連載中だ。

■2006/09/10, 朝日新聞 朝刊, 12ページ

鞍馬天狗とは何者か―大仏次郎の戦中と戦後
鞍馬天狗とは何者か―大仏次郎の戦中と戦後小川 和也

藤原書店 2006-07
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おすすめ平均 star
star無理に擁護しなくてもよいのでは。

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幕末日本で勤王の理想を掲げて新選組とたたかう鞍馬天狗は、チャンバラ小説の有名なヒーローである。しかしこの謎の剣士を生み出した作者大佛次郎の方は、今日よく知られているとはいえない。

大佛次郎は、一高・東大・外務省とエリートコースをたどりながら官界に進まず、新聞小説『赤穂浪士』の大ヒットで大衆文学作家の地位を確立した異色の経歴の持ち主である。身辺に政治の泥にまみれぬ清潔感を漂わせていた。闇から現れて常に正義に味方し、権力と対抗する鞍馬天狗の正体は最後まで不明だったが、世間はこの覆面の浪士が作者の分身であり、仮面であることを疑わなかった。

本書ではまず、「これまで不問に付されてきた大佛次郎の戦争責任追及という、気の進まない内容」をあえて避けなかった点を評価すべきだろう。著者は大佛が戦時中に書いた旧満州建国への期待感や神風特攻隊の讃美(さんび)といった文章を掘り起こし、「大佛の戦争協力は覆うべくもない事実」と断言している。

評伝のハードルは、相手のいちばんイヤな面をどう克服するかにある。著者はこれをクリアーした結果、大佛文学の普遍性をいっそう鮮明にして見せるのに成功した。偶像破壊でもないし、仮面剥(は)がしでもない。一九六四年生まれの若い著者は、大佛の「戦争責任」がよってきたるゆえんをクールな距離から理解できる世代だ。一面では軍部の独走を批判する高い西欧的教養をそなえた大佛は、反面また、国民の一喜一憂と心理的波動を共にする大衆作家であった。読者を動かすと同時に動かされていた、と。

東京裁判を傍聴して自分の一部が裁かれていると感じた大佛が畢生(ひっせい)の大作『天皇の世紀』に取りかかる動機もよくわかる。その晩年、パリ・コミューンの市街戦に鞍馬天狗を登場させたいと語ったというエピソードも印象的だ。

鞍馬天狗とは何者か。チョンマゲを付けた市民精神である。今も文学史上の大佛次郎の巨影には、日本にフランス第三共和制の夢を追い続けた淋(さび)しいブルジョア個人主義の孤独感が落ちている。【評 野口武彦(文芸評論家)】

■2006/09/10, 朝日新聞 朝刊, 12ページ

レッドパージ・ハリウッド―赤狩り体制に挑んだブラックリスト映画人列伝
レッドパージ・ハリウッド―赤狩り体制に挑んだブラックリスト映画人列伝上島 春彦

作品社 2006-06
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おすすめ平均 star
star種本は在処に?

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追放後も密かに映画を支えた脚本家たち

レッドパージ(赤狩り)はマッカーシズムの別称でも知られるが、その頂点をなす映画界での粛清にマッカーシー上院議員は直接関(かか)わっていない。主役は下院非米活動調査委員会(HUAC)だった。

米ソの冷戦が深まる1947年、HUACは40人以上の映画人に共産主義者の疑いで召喚状を発する。ここにはチャップリンも含まれており、HUACはアメリカ的権威に逆らう者をすべて標的にする意図をすでに持っていた。実際、チャップリンはアメリカから事実上追放される。

HUACの召喚に応じた者のうち東独に向かったブレヒトを除く10人を「ハリウッド・テン」と呼ぶが、彼らは合衆国憲法の思想信条及び言論の自由を盾にとって、証言を拒否した。その結果、全員が議会侮辱罪で投獄される。

ハリウッドはHUACに屈服した。ここに召喚された映画人は自分の知る共産主義者を密告しない限り、映画産業のブラックリストに載り、業界から追放された。

本書は、密告を拒否して追放された主に脚本家の仕事を紹介する研究書である。

よほどの映画ファンでも知らないトリビアルな記述が満載されて興味が尽きないとともに、赤狩りが今も根づよいアメリカ中心主義の表れであり、また、映画界が舞台になることで、メディアの無意識的情報操作が引きおこしたパニックの最初期の一例だという大きな視点も提示する。

しかし、何より面白いのは、赤狩りの結果、ハリウッドは有能な映画人を失って衰退の道を下ったという紋切り型の史観が覆されることだ。実は、追放された脚本家たちは密(ひそ)かに良質の仕事を行い、ハリウッドに貢献していたというのが本書の最大の論点なのだ。たとえば、ハリウッド・テンの一人、ドルトン・トランボは、匿名で『ローマの休日』(!)、偽名で『黒い牡牛』の脚本を書き、二度もアカデミー賞を獲(と)っている。

その経緯の推理小説のように緻密(ちみつ)な論証は実際に読んでいただくほかないが、これはほんの一例。ともかく、著者の情熱と知識に脱帽するしかないパワフルな書物なのだ。【評 中条省平(学習院大学教授)】

■2006/09/10, 朝日新聞 朝刊, 12ページ

万民の法
万民の法ジョン ロールズ John Rawls 中山 竜一

岩波書店 2006-07
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宗教的・文化的な背景がきわめて異なっており、「西洋的」な政治理念(自由主義、民主主義)を必ずしも共有しない他者と、「私たち」はどのようにかかわりあうことができるのだろうか――宗教的な対立・確執が様々な局面で深刻化するポスト冷戦の時代を生きる「私たち」にとって、こうした問いはきわめて切実かつ喫緊なものとなっている。本書は、02年に逝去した現代リベラリズムの泰斗ジョン・ロールズが、原理的な次元にまで溯(さかのぼ)り、そうした問いに立ち向かった知的格闘の書である。

ロールズといえば、当事者に無知のヴェール(それによって当事者は自分の社会における地位や身分などに関して無知となる)を被(かぶ)せた思考実験的な社会契約論で有名だが、本書ではそうした「社会契約の一般的な観念を万国民衆の社会にまで拡張させ」ている。まず初めに「自由で民主的な諸国の民衆」(リベラルな諸国の民衆)のあいだで妥当する正義原理が模索され、次に「リベラルではないが良識ある諸国の民衆」―― たぶんにイスラム教国家を意識したもの――とリベラルな諸国の民衆との関係、さらにはよき秩序に恵まれていない「無法国家」などと対処するにあたって、どんなあり方が可能か、といったことが考察される。深刻で複雑な文化対立をはらんだ現実の国際社会における「政治的リベラリズム」の可能性を徹底的に探究した論考といえよう。

国際関係を原理的・抽象的な次元で考察すると、しばしば「非現実的」とのレッテルを貼(は)られてしまう。しかし、文化対立の深刻さを真剣に受け止めつつも、安易な相対主義に与(くみ)することなく、「万民(諸民衆)の法」のあり方を追究するロールズの筆致は、そうした「現実主義」を撥(は)ね除(の)けるだけの力強さを内包している。いわゆる世界市民的(コスモポリタン)な構想には否定的な見解を述べているし、「正義の戦争」や原爆投下の是非についても踏み込んだ議論を展開している。現実主義/理想主義の対立軸に収まらない彼の思考のしたたかさを読者は痛感することだろう。【評 北田暁大(東京大学助教授)】

■2006/09/10, 朝日新聞 朝刊, 12ページ

資本主義から市民主義へ
資本主義から市民主義へ岩井 克人 三浦 雅士

新書館 2006-07
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おすすめ平均 star
star総決算
star岩井経済学のフィロソフィー

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幣の流通を支えているのは、その商品的価値でもなければ法的根拠でもない。貨幣として使われるから、貨幣なのである――。この人を食ったような、自己循環論的な構造の中に貨幣の持つ「真理」を発見する異能こそ、岩井氏の本領だ。貨幣のほかにも資本主義とは何か、法人(会社)とは誰のものかと不断に問い続ける岩井氏の論考には常にある種の驚きがある。

資本主義の危機とは、商品が売れない「恐慌」ではなく、貨幣が通用しなくなり、商品の価格が天文学的に高騰するハイパーインフレーションの可能性だという指摘は、そうした驚きの一つである。

本書では、岩井氏の一連の論考が三浦氏との対談を通して語られている。対談の中では、三浦氏による一方通行的な「岩井論」解釈がたびたび登場するが、それが読者の理解を混乱させるのではないかと多少気になった。ただ、「倫理性をもった」市民主義によって資本主義の危機を克服しようという、岩井氏の新たな思想の披露は本書の魅力である。その語りの背景には、「この世界が危険水域に入ってきた」との認識がある。現実の世界と距離を置き、思索に没頭してきた著者だから見える「真理」なのかもしれない。【評 高橋伸彰(立命館大学教授)】

■2006/09/10, 朝日新聞 朝刊, 13ページ

宝石泥棒の告白―怪盗メイソン
宝石泥棒の告白―怪盗メイソンビル メイソン リー グルエンフェルド Bill Mason

集英社 2006-07
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冷酷でない米国版ルパン

何事であれその道を極めた人間の技は完璧(かんぺき)にして華麗、時として芸術的ですらある。アメリカで三十年間に四十億円に相当する宝石類などを盗み出した現代のルパンの告白録である。

この怪盗には、自らに課した盗みの鉄則がある。自分一人の単独行動にかぎること。絶対に人を傷つけないこと。留守宅のみをねらうこと。以上の三カ条。と言ってこの怪盗、義賊というわけではない。盗品を売り捌(さば)くことに余念がない。

ある時、日本でも少年たちを魅了した映画「ターザン」で有名な俳優、水泳選手でもあったワイズミューラーの家に盗みに入った。盗んだ宝石類に混じってオリンピックの金メダルがあった。一九二四年のパリ五輪、四百メートル自由形で、ワイズミューラーが獲得したものだった。この時、相手のかけがえのない物を盗んでしまったという自責と後悔の念に襲われたという。

この怪盗、盗みの準備はおさおさ怠りないものの、ごく普通の「市民」の心根も持っている。

コソ泥が逆上してすぐに殺人におよぶような昨今の犯罪者とはちがう。痛快といえば被害者にしかられるが、冷徹だけでないところに血の通った実話としてのおもしろさがある。【評 前川佐重郎(歌人)】

■2006/09/10, 朝日新聞 朝刊, 13ページ

悪魔のピクニック―世界中の「禁断の果実」を食べ歩く
悪魔のピクニック―世界中の「禁断の果実」を食べ歩くタラス グレスコー Taras Grescoe 仁木 めぐみ

早川書房 2006-07
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おすすめ平均 star
starつけあわせは、「自分を知りたいという気持ちが罪だという考え」
star大爆笑のピクニックだ!

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カナダ在住のトラベルライターが、非合法な食品・嗜好(しこう)品を求めて一年間、スイス、アメリカなどを巡って書き上げた。「禁じられたものに惹(ひ)きつけられる」と打ち明ける著者は、密造酒、ポピーシード・クラッカー、未殺菌の牛乳で造ったチーズ、牛の睾丸(こうがん)料理、キューバ製の葉巻、蒸留酒アブサン、ホットチョコレート、コカの葉、鎮静剤ペントバルビタール・ナトリウムの九つの「禁断の果実」を探して体当たりの取材を敢行、食前酒、フルコースの料理、そしてナイトキャップまでに仕立てて読者に差し出す。

生産者や愛好者を訪ね工場・博物館を見学し、禁止された背景を検証するうち、人々のおそれや偏見を知る。フランスのバイヨンヌの町では、18世紀にユダヤ人のチョコレート商人が町の中心地から追放されている。コカは麻薬コカインの原料として根絶やしの対象にされているが、コカ茶を飲み、コカの葉を噛(か)むボリビアでは、依存症患者は少ない。

“禁止された食”と社会・政治との関(かか)わりを解き明かす過程には、驚きと発見がいっぱい。「禁止されるのはそれが悪いものだから」と信じていた常識をみごとに引っくり返される。【評 多賀幹子(フリージャーナリスト)】

■2006/09/10, 朝日新聞 朝刊, 13ページ

ベトナム戦争のアメリカ―もう一つのアメリカ史
ベトナム戦争のアメリカ―もう一つのアメリカ史白井 洋子

刀水書房 2006-07
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著者はアメリカ植民地時代を長く研究し、ピューリタン女性の自伝『インディアンに囚(とら)われた白人女性の物語』の翻訳でも知られる歴史学者。そんな彼女が現代アメリカ史に本格的に取り組み、その成果を第一著書として放ったのだから、はじめはいささか意外な印象を免れなかった。

しかし、目次を見て当初の当惑は絶大な期待に変わる。というのもこの本は、植民地時代の先住民をめぐる戦争から二十世紀のベトナム戦争、ひいては今世紀のイラク戦争へ至るほぼ四百年近いアメリカ戦争史を、帝国のフロンティア・スピリットにもとづく非白人種族攻略というべき大胆な視点で一気にからめとろうとする、ほかに類例の少ないアメリカ史として構成されているからである。

そもそもベトナム戦争のはじまりはどこか? 常識的には、一九五四年のジュネーヴ協定が「二年後の南北統一選挙」までは「北緯十七度線上の軍事境界線をはさむ南北ベトナム双方ともに国際的な軍事同盟を結ぶことも外部からの軍事援助を受けることも認められない」と定めた条件を、アメリカ側がつっぱねた瞬間だろう。

だが著者は、十九世紀半ばよりフランスの植民地だったベトナムが、第二次世界大戦において日本の統治するところとなったため、この戦争を一九四五年の大戦終結から引き続く「三〇年戦争」と見る視点をも重視する。というのも、それこそは戦後、アメリカが自らを中心とした新しい世界秩序を築こうと、南ベトナムという「創作」を砦(とりで)に、トンキン湾事件をはじめとする「虚報」に根ざす報復攻撃を北ベトナムに仕掛け、着々と共産圏の封じ込めを実現していった米ソ冷戦期の歩みと一致するからだ。

だが本書最大の醍醐味(だいごみ)は、そうした「汚い戦争」がさらに、植民地時代より連綿と織り紡がれた構図にすぎないことを、豊富なデータで傍証している点にある。ベトナム戦争のはじまりを問うことでアメリカという国家のはじまりを浮き彫りにしてしまう本書の洞察は深く、その射程は多くのことを考えさせる。【評 巽孝之(慶応大学教授)】

■2006/09/10, 朝日新聞 朝刊, 13ページ

希以子
希以子諸田 玲子

小学館 2006-07
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大正三(一九一四)年、東京・日暮里の路地で遊ぶ幼い希以子(きいこ)に、私たち読み手は三味線の音のなかで出会う。希以子には、生みの母と父、姉、養父母がいる。一見複雑な関係だが、希以子は彼らからたっぷりと愛情をもらって、天真爛漫(てんしんらんまん)に育っていく。父母の離縁、生母との別れ、父の大怪我(おおけが)、姉の死を経験しながら、それらに足をすくわれることなく、あっけらかんと希以子は成長していく。

成長した希以子を待っているのもまた、波乱に満ちた日々である。芸者見習いに出、結婚し離婚し、初恋の相手に誘われて満州へいき、幸福な日々を過ごすものの彼の投獄で別れ別れになり、北京で商売をはじめ、そのまま第二次世界大戦に巻きこまれていく希以子の姿をはらはらしながら追っていくと、人の命も人生も、塵(ちり)ほどにも思わず好き放題に翻弄(ほんろう)する時代の強風が見えてくる。

人は時代に生かされるしかないが、著者は、時代に翻弄された女性として希以子を描いているのではない。時代には抗(あらが)いようがないが、しかしその時代を栄養のようにして生きる女の姿を描いている。

自らに降りかかる災難も不幸も、希以子は生きる筋力へと変えていく。天真爛漫でお人好(ひとよ)しの楽天家。希以子の持って生まれた美徳は、時代に奪われることなく、逆に磨きをかけられていくように思えてならない。

冒頭の謝辞から、本書は実話をもとに書かれたと思われるが、まさにこの時代に生きた多くの女たちは、希以子と同様、なぜ自分はこんな時代に生まれたのかと嘆くことはなかったろう。今日一日を生きるのが精一杯(せいいっぱい)で、ほかにどんな時代があるのかなんて想像もつかず、ただ目の前にあらわれる姿のない強敵を、がむしゃらにとっちめて生きていくしかなかったのだ。

小説の終盤で、私たちは、だれに頼ることもなく生きる大人の希以子に出会う。縁の不思議さを思い、吹き抜けた時代の風を思い、希以子と、希以子の陰に数多(あまた)いる女たち――私たちには持ち得ない強さを持ったかつての女たちの姿を思う。【評 角田光代(作家)】

■2006/09/10, 朝日新聞 朝刊, 13ページ

ハーメルンの笛吹き男―伝説とその世界
ハーメルンの笛吹き男―伝説とその世界阿部 謹也

筑摩書房 1988-12
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おすすめ平均 star
star歴史との向かい合い方
star史実と伝説のあいだ
star名探偵登場

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「ハーメルンの笛吹き男」など、中世ヨーロッパの社会史を扱った著作で知られる歴史学者で元一橋大学学長の阿部謹也(あべ・きんや)さんが4日、急性心不全のため東京都新宿区の病院で死去した。71歳だった。葬儀は近親者で済ませた。喪主は妻晨子(あさこ)さん。後日、お別れの会が開かれる予定。

35年、東京生まれ。中学時代にカトリック修道院で生活したことなどから西欧の中世社会史に関心をもつ。74年、子供たちを連れ去る笛吹き男の物語を核に、中世ヨーロッパの庶民の生活を浮き彫りにした「ハーメルンの笛吹き男」を出版し、注目を集めた。

ヨーロッパの被差別民に目を向けた「刑吏の社会史」、定住民と遍歴の民の交錯を描いた「中世を旅する人びと」(サントリー学芸賞)などの話題作を次々と発表。故網野善彦氏らとともに、社会史・中世史ブームの中心人物となった。

また、独立した個人が構成する「社会」とは異質な「世間」をキーワードに、「『世間』とは何か」などで独自の日本文化・社会論を展開した。

94~95年に本紙書評委員。本紙連載を基にした「中世の窓から」で81年に大佛次郎賞。97年に紫綬褒章。92年から一橋大学長、97年から国立大学協会長、99年から共立女子大学長を務めるなど、大学の組織改革にも精力的にかかわった。

「阿部謹也著作集」(全10巻)がある。

■2006/09/10, 朝日新聞 朝刊, 13ページ

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