メイン > 朝日新聞日曜版『書評』 > 2006年7月9日~7月16日

ニヒリズムの宰相小泉純一郎論
ニヒリズムの宰相小泉純一郎論御厨 貴

PHP研究所 2006-06
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おすすめ平均 star
star祭のあと

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経済財政諮問会議の戦い
経済財政諮問会議の戦い大田 弘子

東洋経済新報社 2006-05
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おすすめ平均 star
star小泉総理のリーダーシップ

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「小泉改革」とは何だったのか―政策イノベーションへの次なる指針
「小泉改革」とは何だったのか―政策イノベーションへの次なる指針上村 敏之 田中 宏樹

日本評論社 2006-06-01
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通常国会が閉幕し、世間の話題はポスト小泉に移っている。そして、5年間の長期に及ぶ小泉政権がもたらした功罪は何であったのかを検証する本が次々に刊行されている。

まず『ニヒリズムの宰相 小泉純一郎論』は、小泉首相の人間性に焦点を当てた人物論である。著者は、小泉氏が歴代の首相に比べて、自民党総裁というよりも内閣総理大臣という意識が強く、内閣官房や内閣府に権力を集中させて、マスコミの力も利用しながら首相のリーダーシップを発揮しやすいように政策形成過程を変えたことを強調する。

その一方で、「説得せず、調整せず、妥協せず」の三無主義のために、多様な意見を取り込む局面が少なく、郵政など総理が自分で判断できる案件を除けば、結果として官僚支配にならざるをえなかったと指摘する。

これに対し、『経済財政諮問会議の戦い』は、内閣府で参事官、審議官、政策統括官を務めて官邸主導の政策形成を補佐した著者が見た小泉内閣の記録である。特に、従来の事務次官会議の了承を経て閣議に案件をかけるという政策形成プロセスが、小泉政権の中でどのように変わっていったのかに注目し、必ずしも官僚支配ではなかったと著している。

著者によれば、諮問会議では「民間議員ペーパー」がたたき台として出されることから政策議論が始まり、年金制度改革や医療制度改革にみられるように、妥協をしつつも節目節目で首相の指導力が発揮され、改革に反対な官僚の抵抗に対抗していったと回想する。また、諮問会議における政策論争を通して、(1)政策プロセスが透明化し(2)政策決定のスピードが増し(3)数値目標や工程表により成果重視が導入されたと主張する。

もちろん、03(平成15)年には自民党内に諮問会議に対応する「総合経済調査会」ができ、諮問会議の意見に対して様々な修正要求が出されることも稀(まれ)ではなかったことや、官僚の強い抵抗に押し切られることもあったことは、著者も認めている。このため税制改革や三位一体改革の成果については、課題が残るとする。さらに諮問会議での議論が国内問題偏重となり、自由貿易協定(FTA)などの対外問題については十分な成果を得ていないとしている。

さらに、『「小泉改革」とは何だったのか』は、郵政、特殊法人、金融システム、公的年金、税制、地方財政、地域経済、知的財産など小泉政権が手掛けた一連の改革について残された課題を指摘した、どちらかといえば小泉改革への批判をまとめた著書である。

特に、「地方財政改革」では、地方財政計画による丸抱えと行き過ぎた補助金による地方の依存体質を変えるはずであったのが、税源移譲と国庫支出金削減の「たんなる数字合わせ」に終わり、不十分な改革であったと手厳しい。また、「公的年金改革」でも、実態に合わない将来推計人口に基づく公的年金の設計が、かえって年金に対する不信感を招いて不払いに繋(つな)がっていると指摘する。

この5年間で何が解決し、何が課題となっているのかを考える契機となる3冊である。【評 小林良彰(慶応大学教授・政治学)】

■2006/07/16, 朝日新聞 朝刊, 15ページ

社長の椅子が泣いている
社長の椅子が泣いている加藤 仁

講談社 2006-06-16
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46歳で日本楽器の社長に就任し、好業績を上げたのに3年半後に解任。その後ダイエーの幹部に転じて経営を立て直し、さらに倒産したリッカーの再生にも成功……。起伏の多いビジネスマン人生を送ってきた河島博氏の足跡を描く。息子をなんとか社長に据えようとするワンマン経営者に主人公も社員も振り回され、会社がおかしくなっていくさまはなんともせつない。会社を思い、仕事に一途に生きた主人公の情熱と、報われない理不尽さと。ほろ苦さが漂うノンフィクションだ。

■2006/07/16, 朝日新聞 朝刊, 16ページ

亀卜―歴史の地層に秘められたうらないの技をほりおこす
亀卜―歴史の地層に秘められたうらないの技をほりおこす東アジア恠異学会

臨川書店 2006-06
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亀の甲羅を焼き、ひび割れを読んで占う――「亀卜(きぼく)」について歴史、考古、文学や動物学など多方面から研究した本である。日本ではアカウミガメが使われた例が多いそうだが、方法は秘事口伝とされた。甲羅の角質板を取り除き、薄く整形して記号を彫った部分に焼いた木の枝を押しつけ、ひびを生じさせる、と書けば簡単だが、ミドリガメの腹甲を使った実験は、実に苦心惨憺(さんたん)といった趣。「卜(うらな)い」で神意を知るのはなまなかなことではない。亀にとってはただの受難だろうが。

■2006/07/16, 朝日新聞 朝刊, 16ページ

ツアー1989
ツアー1989中島 京子

集英社 2006-05
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手の込んだ長編小説だ。

まず、ある主婦のもとに15年前の手紙が届く。書かれたのは1989年。差出人は香港にいるらしい。「凪子さん」と自分に呼びかけている。しかし、彼女にはそんな男と会った記憶もないのである。

2番目の男性は、15年前の自分の日記を見つけて読みふけってしまう。香港旅行中に会った女や消えた男のことが書かれていた。だが、すべては夢の中の出来事のよう。

3人目の女性は、ネット上で奇妙なブログを発見する。そこには彼女しか知らないはずの15年前の出来事が綴(つづ)られていた。1989年の日付。その頃彼女は旅行会社の添乗員をしていたが……。

と、このように、物語は同じ日付(1989年3月)の同じ場所(香港)をめぐる記憶の問題として提出される。

3人の背景にあるのは「迷子つきツアー」と呼ばれる奇妙な団体ツアーだった。1989年から92年にかけて実施されたそれは〈通常のパッケージツアー客の一人を、『迷子』として現地に置き去りにすることにより、他のツアー客に『不思議さ』や『奇妙な感覚』を体験させること〉を目的としていたのである。

15年といえば、殺人事件の時効が成立するだけの年月である。小説は一見「迷子つきツアー」の謎解きのような装いを凝らしているけれど、ミステリーのように読んではいけない。最終章「吉田超人」にたどり着く頃には、読者自身も「不思議さ」「奇妙な感覚」に巻き込まれていることに気づくだろう。

中島京子は現在注目すべき気鋭の作家のひとり。03年に田山花袋の『蒲団(ふとん)』を換骨奪胎した『FUTON』で作家デビュー。05年には知る人ぞ知るイギリスの女性旅行家イザベラ・バードの『日本奥地紀行』を下敷きにした恋愛小説『イトウの恋』で読者を増やした。資料を作品に取り込むのが上手な人で、こういう知的な作風が私は大好き。

『ツアー1989』は「資料も自作してみました」という感じに見えるが、そのへんはわからない。昭和から平成に変わったあの年の3月。私は何をしていたんだっけ。【評 斎藤美奈子(文芸評論家)】

■2006/07/16, 朝日新聞 朝刊, 16ページ

維持可能な社会に向かって
維持可能な社会に向かって宮本 憲一

岩波書店 2006-05
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おすすめ平均 star
star公害とは

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公害を「死語」にするな、という書き出しが心を掴(つか)む。1960年代初頭から、色々な圧力や脅迫にも屈せず、公害問題と常に戦ってきた環境経済学者の眼(め)には近頃、政府のみかマスコミや学界における、公害は終わったという認識の後退ばかりが映るのだ。

時代の変化で、環境への関心は著しく高まり、研究者の数も増えた。だが、「環境学栄えて環境亡(ほろ)ぶ」と言わざるを得ない状況だと著者は嘆く。昨年、深刻な状況が明らかになったアスベスト問題は、史上最大の社会的災害になる危険性があるというのに、真剣に取り組もうとする気骨のある若手研究者がいない。そんな危機意識が本書を生んだ。

真の公害、環境問題の解決への道とは何か。それを示すべく著者は、深刻な公害を経験した水俣、四日市等の歴史に再度光をあて、そこから教訓を導く。さらにこれらの地域の完全な再生と社会経済の仕組みの根本的な改革への道として、「維持可能な社会」という考え方を提唱するのだ。

公害に苦しんだ水俣、川崎、水島、尼崎等の地域が、被害救済の要求から一歩進み、公害地域を健康で美しい都市に再生しようと運動を起こしつつあるのは、明るい話題だ。だが現実の日本は、長時間労働と通勤地獄、住宅の貧困、自然や町並みの破壊、アメニティーの欠如、無計画な土地利用等、「維持可能な社会」の実現にはほど遠い。著者はそれを新たな貧困の「日本病」と名づける。小泉内閣の新自由主義による構造改革はそれをさらに悪化させた。

日本でも可能なはずとの思いのもと、海外の画期的な事例が紹介される。イタリアのポー川流域の干拓地の一部を湿地に戻し、地域再生を実現した例。ドイツのフライブルクにおける軍の基地跡地をエコロジカルな住宅街に再生した例等、どれも示唆に富む。

従来のように国家や外来企業に依存せず、地域の資源や知恵を最大限生かした内発的発展に未来の可能性を求めるべきだ。「小さくても輝く自治体」運動のような希望の星もある。21世紀最大の課題、「環境再生」を根本から考え直す上で必読の書だ。【評 陣内秀信(法政大学教授)】

■2006/07/16, 朝日新聞 朝刊, 16ページ

小沢昭一的新宿末廣亭十夜
小沢昭一的新宿末廣亭十夜小沢 昭一

講談社 2006-06-27
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この六月に刊行された随筆集『老いらくの花』(文芸春秋)で、小沢昭一さんは話し方心得についてこんなふうに書いている。〈どうでしょうか、「文は人なり」といわれますが、結局のところ「話も人なり」じゃございません?〉

本書『小沢昭一的新宿末廣亭十夜』は、その実践編と言っていいだろう。

昨年六月、小沢さんは十日間にわたって新宿末広亭の高座に上った。〈寄席は私にとって、心のふるさと〉という小沢さんだからこそ、あえて落語は敬して遠ざけ、〈むかしの寄席の想(おも)い出、つまり心に残った芸人さんのお噂(うわさ)などを、「随談」と称して、トロトロおしゃべりする高座でお許し頂いたのです〉。

本書は、その十日間の記録――小沢さんが語った言葉、歌った歌、吹いたハーモニカのメロディーはさすがにむつかしいが、客席の笑い声まで、まるごと収録している。

噺家(はなしか)や芸人の逸話、盟友の誰某(だれそれ)についての敬愛の情あふれるナイショ話、大道芸や流行歌のあれこれ……話題は心地よい脱線を繰り返し、語る言葉もまた心地よく揺れる。

〈私も半分呆(ぼ)けてきちゃってるんですよ。ええ、もう呆けてますからね。/家でも、「おい、あの、ほら、え、あの、何を、あのほら、あれ、何しとけ」なんてね。/そうすると家にいるもう一人の人も、「ふんふんふん、何ね」なんて、ほとんど代名詞だけで、夫婦で暮らしてる〉

声が聞こえる。表情が浮かぶ。引用では隠した客席の拍手や笑い声まで聞こえてくれば……それが、高座と客席がつくる「場」の力である。

僕たち読者は、その「場」に居合わせなかったことを悔やみながらも、ご相伴にあずかればいい。書物は「記録」のためのものであっても、語るように書く名手の小沢さんが実際に語った言葉をまとめる、というややこしい仕事をみごとにこなした本書に読みふけるひとときは、十夜の「記憶」にふさわしい温(ぬく)もりを持っている。これもまた、小沢昭一そのひとと「場」を共にする歓(よろこ)びなのだ。

文は人なり。話も人なり。一冊の書物だって――。【評 重松清(作家)】

■2006/07/16, 朝日新聞 朝刊, 16ページ

岩波漢詩紀行辞典
岩波漢詩紀行辞典竹内 実

岩波書店 2006-05
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歴史は遡(さかのぼ)ればどこまでも奥深く、空間を極めようとしても果てしがない。この中国のつかみようのない魅力は古来多くの詩人を旅に誘ってきた。

広大無辺の世界をうたったあまたの詩の中から330編を厳選。これを読み解いて時空を超えた旅を試みようとしたユニークな辞典が本書だ。

最古の夏王朝は長く幻といわれたが、近年の研究で実在が証明された。夏の初代皇帝は治水で名高い禹だが、この聖人の名にちなみ中国大陸は「禹域」とも呼ばれる。

本書は、この「禹域」を江南、北京とその周辺、中原、長安と辺境、巴蜀(はしょく)、長江悠々、長江下流域、華南とその奥地の八つに分類。それに域外として扶桑(日本)と序章の「禹域」を加えて10章から成る。

項目としてたてられた80カ所の地名には杭州や桂林、三峡といった名高い景勝地からチベットのラサや海南島といった辺境の地までが網羅される。詩人も杜甫や李白といった盛唐の詩聖から近現代の梁啓超、毛沢東と実に幅広い。

読みたい詩、知りたい地名や人名がすぐ引ける目次と作品がついているのは便利。中国の旅には格好の伴(とも)となる一冊だ。

■2006/07/16, 朝日新聞 朝刊, 17ページ

アイの物語
アイの物語山本 弘

角川書店 2006-06
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おすすめ平均 star
star”物語の力”
star感涙
star心温まる物語。

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物語の設定は、今から数世紀後の日本。人類の人口は激減し、地球はアンドロイドに支配されている。映画「ターミネーター」を連想させる設定だ。しかし、人類とアンドロイドとの間で激しい戦闘が演じられているふうでもない。ちょっとした小競り合いがある程度らしい。

小さなコロニー間を渡り歩きながら、20世紀後半~21世紀前半に創(つく)られた物語を語っている少年「語り部」は、アイビスという名の美しい戦闘用マシンの虜囚となる。そして逆に毎夜、物語を聞かされるはめに。

シェエラザードならぬアンドロイドが読み聞かせるのは、少年が初めて聞く、ヒトと仮想世界、あるいは人工知能搭載マシンを題材にした美しい短編小説。

アンドロイドはなぜ、そんな物語を語るのだろう。隠された意図は何なのか。一種の洗脳なのか。しかし最後に語られた物語はヒトと人工知能をめぐる真実の歴史だった。

ヒトはなぜ、真実に目を向けず、いたずらに殺し合うのだろう。それを諫(いさ)める方法はないのか。アンドロイド、いや作者は、「物語の力」にそれを求めた。

ばらばらに発表した短編を一つの物語に結晶させた作者の構想力に脱帽。【評 渡辺政隆(サイエンスライター)】

■2006/07/16, 朝日新聞 朝刊, 17ページ

老いるヒント―長寿先進国イギリスに学ぶ人生の秋の深め方
老いるヒント―長寿先進国イギリスに学ぶ人生の秋の深め方裕子 シャーウィン

情報センター出版局 2006-04
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著者は、英国南西部の小さな村に米国人の夫と7年ほど住む。丘の上に立つ石造りの家に心を惹(ひ)かれ、終(つい)の棲(す)み家として購入したのだ。

そこは、70代の著者夫婦と同年代の人々が都会から引退してくる比較的裕福な地域。友人の元外交官クリスは、散歩という神聖な時間とロマンスが生きがいだ。貴族出身のサーラは71歳で7人の孫がいるが、企業重役ながら社会奉仕に尽力、女王から栄誉の称号を与えられる招待を断った。91歳でひとり住まいのバーバラは、ダンテの研究に没頭する。それぞれが円熟した英知を得て、人生の総決算のような実り多い生き方をしている。

一方、著者が10日間入院したときに観察した高齢患者の姿は痛ましい。午前3時に「紅茶とビスケット!」と叫ぶドロシー、夫の名を声のかぎりに呼びつづけるリリー。病を得た人たちを描写して「人間は歳をとっても崇高な面も持ち合わせていることを信じたい」。

著者は、23歳で日本から米国へ。離婚再婚を経て6人の娘を持ち、持病のリウマチの痛みに耐えながらも、「やりたいことがたくさんあって気があせる」と意欲的だ。著者のセカンドライフもまた輝いている。【評 多賀幹子(フリージャーナリスト)】

■2006/07/16, 朝日新聞 朝刊, 17ページ

終戦後文壇見聞記
大久保 房男

終戦後、復員して間もない著者は、文壇の改革を目指して創刊された文芸誌「群像」に採用される。丹羽文雄曰(いわ)く「生(うま)れた時に母親のはらの中にお世辞を言うことを忘れて来たような」態度のでかい若者だったが、丹羽や伊藤整、高見順、中野重治らとの交流を通じて文壇の何たるかを学び、鬼編集長と呼ばれるまでになる。本書はその20年間の回想記。若き編集者の教養小説(ビルドゥングスロマン)としても読める。

作家がいかに戦争責任論やマルクス主義と対峙(たいじ)したか、戦犯出版社と批判された講談社で「群像」が果たした役割は何か、といった文学史も意外な事実に満ち興味深いが、私がより引かれたのは作家の体臭だ。吉川英治より活字が小さいのが嫌で連載をやめた伊藤整。両横綱、丹羽と舟橋聖一の関係。高見が「最後の文士」と呼ばれた理由。他の作家の悪口ばかり言う作家を白洲次郎が「紳士らしくない」と諫(いさ)めたとか、「難解ホークス」埴谷雄高は話せばわかりやすい人、といった逸話も。彼らの顔貌(がんぼう)が俄然(がぜん)気になり、秋山庄太郎の写真集『男の年輪』を繰る。「丹羽より下じゃだめだよ」と原稿料の念押しをした舟橋の耳に御利益がありそうな縮れ毛が生えてたりして2倍楽しい。【評 最相葉月(ノンフィクションライター)】

■2006/07/16, 朝日新聞 朝刊, 17ページ

『氷点』停刊の舞台裏―問われる中国の言論の自由
『氷点』停刊の舞台裏―問われる中国の言論の自由李 大同 三潴 正道

日本僑報社 2006-06
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おすすめ平均 star
star中国共産党の考える「言論の自由」とは?

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中国のメディアというと、独裁を維持するための宣伝装置を思い浮かべる人も多いだろう。確かに共産党の情報統制システムは健在だ。党の政策方針を逸脱した言説がないか、新聞や雑誌のみならずインターネットにも当局の目が光っている。しかし様々な通信手段が発達し経済や文化のグローバル化が進んでいる今日、いつまで人々の本音を抑え込むことができようか。

本年一月、有力な全国紙の一つである『中国青年報』の週刊付属紙『氷点』が停刊を命じられた。そのきっかけは広州の中山大学の教授による中国の歴史教科書批判を掲載したことだった。教科書が義和団の残忍な犯罪行為を非難しないことを取り上げ、中国と外国との紛争では中国が必ず正しく、反列強、反西洋人すなわち愛国だと教えることは非理性的な排外主義をもたらすと喝破した論文だ。本書は、同文の掲載から停刊、そして関係者の処分と復刊までの顛末(てんまつ)を前編集主幹が赤裸々に語った記録である。

10日間で一気に書かれた本書には、残念ながら中国の統治機構など日本の読者向けの背景説明がやや不足し、それが故の誤訳も散見される(本書には中国語の原文が付く)。しかし問題の本質は明瞭(めいりょう)だ。40年前の文革開始との類似性を突かれて共産主義青年団の第一書記が絶句するなど、数々の生々しい会話記録には圧倒的な迫力がある。本書は中国での発行を禁止されたというが、メディアの実情を内側から明らかにした衝撃はそれほど大きいとも言えよう。

中でも興味深いのは、統制する側も報道する側もネット上に現れる反応に敏感であることだ。言論の自由がない状況で民意を知るには、匿名の書き込みに頼らざるをえない面がある。だが激しくなりがちなネット上の言説が「世論」とみなされるのならば、その危うさは言うまでもない。

今回、憲法と党規約に書かれた権利を楯(たて)にした著者の抵抗は実らなかったが、世界に向けた発信力はもはや抑圧されえない。狭い地球の大きな国で、自由を求める言論人と権力とのあつれきは今後一層激化することだろう。【評 高原明生(東京大学教授)】

■2006/07/16, 朝日新聞 朝刊, 17ページ

殿様の通信簿
殿様の通信簿磯田 道史

朝日新聞社 2006-06
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おすすめ平均 star
star馬鹿殿ではありません

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本書のタイトルは前作の好著『武士の家計簿』を受けているが、少々控えめすぎる。せめて副題に「徳川CIA」ぐらいはあった方がよい。

基本になっている史料は『土芥寇讐(どかいこうしゅう)記』。徳川幕府が隠密を使って元禄三年(一六九〇)現在の全国大名の公私にわたる実態を探り出した調査書である。殿様が家来を土くれやゴミのように扱えば、臣下も主君を仇敵視するという意味だそうだ。

高校の頃から古文書ばかり読んでいたという著者には、史料の文字列を視覚化して、歴史の動画を立ち上げて見せる特技がある。昼夜閨房(けいぼう)で女とたわむれ、政治は大石内蔵助ら家老に任せっぱなしの播州赤穂城主、浅野内匠頭。やはり無類の女好きで、幕府公認の「馬鹿殿様」とされた岡山藩主、池田綱政。著者の博捜は徹底していて、城内をいつもお腹(なか)の大きい女が歩いているといったホントカネーと思うような話もしっかりウラを取っている。

いちばん精彩を放っているのは、「加賀百万石」と称される金沢藩の三代藩主、前田利常の物語だ。藩祖利家以来この北陸の大藩は、天下制覇をめざす徳川家康にとって眼の上のタンコブであり、幕府を作ってからも安心できず、何とか口実を設けて取り潰(つぶ)そうと機会を窺(うかが)っていた。二代藩主利長は毒害された噂(うわさ)がある。人並みはずれた偉丈夫だった利常も家康に警戒され、いつも殺害の危険にさらされて暮らしていたという。

そんな重圧に耐えて生き延びた利常は、「三州割拠」という外交戦略をうちたてる。中央の政争には決して参加せず、加賀・越中・能登に立(た)て籠(こも)ってひたすら時を待つ持久戦法を守って、百万石を幕末まで無事に持ち伝えた。

その間、政略結婚の悲恋あり、蛇責めあり、便所の怪談ありで、史談はたくみなストーリーテリングに転じ、この人物評伝はおのずと歴史小説の気鋒をあらわしている。文章にはいまだ司馬遼太郎風の口気が残っているが、すぐに卒業するであろう。

江戸時代の殿様に現代の日本人を見るセンスが次にどんな仕事で光るか楽しみだ。【評 野口武彦(文芸評論家)】

■2006/07/16, 朝日新聞 朝刊, 17ページ

栄光なき凱旋 上
栄光なき凱旋 上真保 裕一

小学館 2006-04-17
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おすすめ平均 star
star日系人の視点から書いた祖国日本との戦い
star戦時中のアメリカ日系移民の苦悩を描写

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栄光なき凱旋 下
栄光なき凱旋 下真保 裕一

小学館 2006-04-17
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おすすめ平均 star
star日系人の視点から第二次世界大戦を描いた力作
starフィナーレへの長い道のり
star戦時中のアメリカ日系移民の苦悩を描写

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およそ二千五百枚の大作である。長い。実に長い。しかし第二次世界大戦中の日系アメリカ人の苦難を物語るなら、この程度の長さは必要であり、事実長くても退屈はしない。

主人公は三人の日系二世である。精肉店で働くジロー・モリタと大学生のヘンリー・カワバタとマット・フジワラ。ヘンリーは白人の銀行に就職が決まり、マットはハワイで白人女性と結婚を決めていたが、日本軍による真珠湾攻撃で暗転する。日系人たちは強制収容所に送られ、ヘンリーは法廷の場で争い、ジローは語学兵として米国陸軍情報部に入り、マットはハワイ国防軍へ志願する――。

日系二世を主人公にした日米戦争ものといえば、山崎豊子の『二つの祖国』が有名だろう。山崎豊子がひとつの家族を中心に、おもに日系人の強制収容所、原爆投下、東京裁判などに力点をおき、二つの祖国に心が引き裂かれる邦字新聞の記者の苦悩に焦点をあてたのに対し、真保裕一は時代に翻弄(ほんろう)される三人の若者の運命を追う。特徴的なのは、三人の二世がアメリカを祖国と見なしていることだ。憎悪を向けられ、不当に強制収容される同胞たちに輝ける明日が訪れることを願いながら彼らは戦場に赴くのだが、アメリカという国を信じることができず、父と母が生まれ育った、もうひとつの祖国への思いが強まる。

二つの祖国があるがゆえに、愛国心のありかは複雑となり、読者には冷静に考える対象となる。『二つの祖国』では終盤、東京裁判を綿密におい、公正を欠いた戦争裁判を深く追及したが、本書では終盤の欧州戦線、まさに捨て駒として扱われながらも、結果的にアメリカ合衆国の歴史上もっとも多くの勲章を受けた第四四二連隊(日系アメリカ人のみの軍隊)の死闘を徹底的に描く。 “著者はおそらく『プライベート・ライアン』を活字の力で乗り越えようとしたのではないか”(「週刊文春」六月一日号、野村進評より)といわれるほど、その戦闘描写はすさまじく、正視できないほど残酷だ。しかしその戦闘を支えたものは“日系人としての誇りと未来への祈り”である。“戦場では誰もが哀れな人殺し”だが、彼らの銃の引き金を引かせるのは、戦場から遠く離れたところで枕を高くして寝る国民である。一体誰が非難できよう。

この感動作を読みながら、僕はずっとデイヴィッド・グターソンの名作『殺人容疑』とニーナ・ルヴォワルの秀作『ある日系人の肖像』を思い出していた。前者は二世代にわたる白人と日系人の友情と憎悪と愛の物語であり、後者は、殺人事件を絡めた三世代にわたる日系人社会の歴史と現在を描いた物語である。どちらにも民族、戦争、差別、恋愛、死などで懊悩(おうのう)する人々の不安と絶望が切々と描かれてある。何よりも三作に共通するのは、民族や人種の対立のなかで、いかに誇りと高潔を失わずに生きていくのかが問われていることだろう。本書では主人公三人の声がときに重なり、同じように聞こえてしまうところもあるが、その問いかけは強く鋭く、読む者の心を激しく揺さぶる。戦争小説の一つの収穫であり、真保裕一の代表作だろう。【評 池上冬樹(文芸評論家)】

■2006/07/09, 朝日新聞 朝刊, 25ページ

タイムマシン論―最先端物理学によるタイムトラベル入門
タイムマシン論―最先端物理学によるタイムトラベル入門二間瀬 敏史

秀和システム 2006-06
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未来に行ったり、過去を訪れたりする時間旅行は可能なのだろうか。科学解説書を多く手がけてきた宇宙物理学者(東北大教授)が、このテーマを夢物語ではなく、現代科学の視点から取り上げたのが本書。異なる時空間を結ぶ「ワームホール」を中心に、これまでに考えられたアイデアを一般向けに紹介する。残念ながら、多くの物理学者は人間を過去に送るタイムマシンは難しいと見ているそうだが、「あるいはもしも?」がそこにあるかも、と感じさせてくれる一冊。

■2006/07/09, 朝日新聞 朝刊, 26ページ

ジャズ・マンとその時代―アフリカン・アメリカンの苦難の歴史と音楽
ジャズ・マンとその時代―アフリカン・アメリカンの苦難の歴史と音楽丸山 繁雄

弘文堂 2006-06
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ジャズボーカリストが、ジャズ史のみならず、アフリカン・アメリカンと白人との関係全体を視野に、10年をかけてつづった。江藤淳の評伝『漱石とその時代』にあやかってタイトルをつけ、手法も応用。作品と、先人によるその研究や評論だけでなく、対象の時代の出来事、賃金・教育費の格差など、さまざまなデータ、人々の歴史を盛り込んでいる。パソコンに入れたキング牧師のスピーチ「I Have a Dream」を聞いては励まされて執筆を進めたという力作だ。

■2006/07/09, 朝日新聞 朝刊, 26ページ

井伊直弼
井伊直弼母利 美和

吉川弘文館 2006-05
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幕末の歴史群像の中で、井伊直弼(いいなおすけ)という人物ほど後世の評価が分かれる例はめずらしい。明治初年から昭和二十年までは一部の学者を除いてほぼ「国賊」扱いだったが、敗戦後は見方が大きく変わり、「開国の元勲」として脚光を浴びることになった。歴史が裁くのではない。時々の《政治》が判断してきたのだ。

近代日本の運命を定めた日米修好通商条約の調印は、独断専行だったのか、先見の明のなせる業か。本書は多くの謎に包まれた直弼の人間像に斬(き)り込む評伝である。

明治政府との微妙な関係もあって、彦根藩井伊家に伝わる史料は長い間秘密のベールにくるまれていたが、平成六年(一九九四)から公開され、これまで隠蔽(いんぺい)されてきた部分にも歴史のメスが入るようになった。とりわけ、井伊家が明治政府に提出した史料の写本が「意図的に改竄(かいざん)」されていて、学者がそれを知らずに論文を書いてきたという事実があり、そのショックが著者による直弼研究への刺激になったというのは興味深い。

調印を断行した直弼が大見得(みえ)を切った「勅許を待たざる重罪は甘じて我等壱人に受候」という有名な言葉はフィクションだったらしい。

井伊家の十四男に生まれた直弼は、本来ならどこかに養子に入り、大老はおろか彦根藩主になるチャンスさえないはずの庶子であった。政治的な野望とは無縁で、茶道に専念するむしろ内面的な若者だったのである。運命のいたずらで井伊家の世子(跡継ぎ)に浮かび上がり、当主で実兄の直亮からひどいイジメに遭う。厳密な歴史家の著者が、禁欲的な表現で、直弼の生々しく屈折した暗い前半生を淡々かつ端然と書いている筆致が面白い。

そんな直弼がいきなり大老職に押し上げられて晴れの舞台を踏み、豪腕をふるう政治家にオオバケして、外国勢力と京都朝廷を相手に力闘する姿が、史料を生かして丹念に再現されてゆく。

政治と権力闘争が不可分に絡み合い、直弼自身の暗殺という結末をたどる安政の大獄の分析は、次の仕事としてぜひ期待したいところだ。【評 野口武彦(文芸評論家)】

■2006/07/09, 朝日新聞 朝刊, 26ページ

モナ・リザと数学-ダ・ヴィンチの芸術と科学
モナ・リザと数学-ダ・ヴィンチの芸術と科学ビューレント・アータレイ 高木 隆司

化学同人 2006-05-10
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star落ち着いてダ・ヴィンチについて考えてみよう。

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ダ・ヴィンチに見る科学と芸術

レオナルド・ダ・ヴィンチ本ブームの折、本書もレオナルドが後世に残した暗号(コード)の解読書である。ただしこちらは、キリストの秘密を暴露する暗号ではなく、美をめぐる暗号のお話。

レオナルドは、天才芸術家であると同時に優れた技術者にして発明家だった。発明の大半が生前に実用化されなかったのは、技術の発達を先取りしすぎていたせいである。

本書の要諦(ようてい)は、レオナルドは優れた「科学者」でもあったと強調する点にある。著者は、科学とは「論理と数学に基づき、自然現象を理路整然と系統的に理解し、解釈し、説明する」知識の体系であると定義する。自然現象を詳細に観察し分析したレオナルドは、なるほど科学者の先駆けだったにちがいない。いみじくもレオナルド自身、「発明家とは自然の解説者にほかならない」という寸言を残している。

本書のもう一つのねらいは、レオナルドを媒介に、科学と芸術という異なる文化を架橋することにある。そう語る著者自身が、理論物理学者であると同時に画家でもある。

レオナルドの絵画作品は、どれもみな、数学的、幾何学的なロジックに則(のっと)っている。特に「最後の晩餐(ばんさん)」と「モナ・リザ」は、遠近法の極致とも言える。

しかし、レオナルドに限らず偉大な芸術家たちはみな、直観的に美の黄金律を会得している。たとえば、「モナ・リザ」も含めて大半の肖像画は、片眼(かため)がキャンバスのほぼ中心線上にあり、しかも眼の高さは、縦方向の下から61・8%付近にあるという。これが美を生み出す秘策で、芸術家はこの「法則」を直観的に見抜いている。実は、なにを隠そう61・8%という比率こそ、自然美のさまざまな局面に現れる、かの有名な黄金分割比なのだ。

科学は無味乾燥と思われがちだが、このように科学には美しさの証明もできる。また、数学や物理学では、「美しい証明」と呼ばれることが最大級の賛辞である。科学と芸術は、もともと表裏一体の存在なのかもしれない。だとしたらレオナルドは、まさにその権化だった。【評 渡辺政隆(サイエンスライター)】

■2006/07/09, 朝日新聞 朝刊, 26ページ

レオナルド・ダ・ヴィンチ伝説の虚実―創られた物語と西洋思想の系譜
レオナルド・ダ・ヴィンチ伝説の虚実―創られた物語と西洋思想の系譜竹下 節子

中央公論新社 2006-05
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西欧の「隠れた思想史」浮上

『ダ・ヴィンチ・コード』のせいで秘密結社のリーダーという影の顔が定着してしまったレオナルドだが、彼がどの程度オカルトの潮流に関(かか)わったかを知りたい人は多いだろう。本書はその疑問に答えてくれる。

オカルト的なレオナルド解釈の論拠に、彼が謎の「アカデミア」を率いたという説がある。本書は、それが実在したとしても、修道士や芸術家や学者の趣味的なサークルにすぎず、ましてや新プラトン主義を奉じる秘教的結社などではありえないと結論する。

しかし、これ以降、伝説は独り歩きする。十八世紀には彼はテンプル騎士団やフリーメイスンと関係づけられ、フロイトからは同性愛者として精神分析され、ペラダンの薔薇(ばら)十字団によって聖杯の守護者に祭りあげられる。『ダ・ヴィンチ・コード』が書かれる要素はすべて整っていた。

こうした解釈を本書はすべて虚像だと論破していく。これらの像が一定の説得力をもつとすれば、それが西欧思想の陰の潮流の反映だからだ。レオナルドはそうした思想の守護神とするのにうってつけの多面的天才だった。それゆえレオナルドを光源にして、西欧の隠れた思想史が浮かびあがってくるのである。【評 中条省平(学習院大教授)】 

■2006/07/09, 朝日新聞 朝刊, 27ページ

現代に生きるケインズ―モラル・サイエンスとしての経済理論
現代に生きるケインズ―モラル・サイエンスとしての経済理論伊東 光晴

岩波書店 2006-05
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star伊東先生,ご健在!
starケインズとは何か?

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最も有名な経済学者ケインズは、批判と誤解が最も多い経済学者でもある。死後60年経つケインズには、もはや反論の機会はない。本書は代表的なケインズ研究者が、新資料の発見も踏まえ、著者の思索の中で生きるケインズの問題について論じた会心の作である。

実際、財政赤字の責任をケインズに求めるのは筋違いだ。完全雇用に近づいた段階で黒字に転じなければ赤字が累積するのは当然だからだ。そもそもケインズは財政支出の乗数(波及)効果には懐疑的だった。

また、所得が増え、予想利潤率(資本の限界効率)が高まれば需要は増えるとケインズは言ったが、貨幣供給を増やしインフレ期待を醸成して実質金利を下げれば、景気が回復するとは言っていない。単純なリフレ政策(金融緩和によるデフレ克服策)の効能とケインズ理論は無縁なのである。

ケインズにとって経済学は「科学」ではなく「道徳(モラル)科学(サイエンス)」だった。だから効率性や自由の実現を先験的な目的とせず、時々の社会において「核となる問題を摘出し」たと、著者は言う。そこに「偉大」な経済学者と呼ばれる所以(ゆえん)もあったはずだ。ステレオタイプの批判や誤解に終止符を打つとも言える本である。【評 高橋伸彰(立命館大教授)】

■2006/07/09, 朝日新聞 朝刊, 27ページ

プラハ日記 アウシュヴィッツに消えたペトル少年の記録
プラハ日記 アウシュヴィッツに消えたペトル少年の記録ハヴァ・プレスブルゲル 平野 清美 林 幸子

平凡社 2006-05-23
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starおもしろかったです。

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プラハ日記 アウシュヴィッツに消えたペトル少年の記録

親類、級友を次々見送り…

一九四一年秋のプラハ。壁のない収容所といわれたゲットー。チェコ系ユダヤ人の家庭に生まれ、絵や小説を書くのが大好きな十四歳の少年ペトル・ギンズ。級友や親類が次々とナチスに輸送(収容所送り)されるなか、自分の連行される直前の翌年八月まで、彼が書き残した二冊の手作りノートの日記が本書である。

ヴェルヌの小説を好み、少年らしくソリ遊びを楽しむ一日がある一方、ユダヤ人に徽章(きしょう)が導入され、供出強制が増えてゆく事実も忘れてはいない。

噂(うわさ)がとびかい、多くの人が逮捕され、街には暗殺や処刑も珍しくない日々。終わりに近づくにつれ、日記の筆跡は神経質になるというが、しかし、街の様子などを記録するその平静さには驚嘆せざるをえない。何という自制力だろう。

六月には叔父と三人の教師が、七月には祖母、父の姉夫婦、そして伯母が輸送。クラスにはもう五〇人中一六人しか残っていない、と、祖母を見送った七月九日の日記には書いている。

二年後、アウシュビッツのガス室で命を絶たれることになるが、収容所でも同室の少年たちと雑誌を編集したりして、将来への希望を表現し続けたという。【評 小高賢(歌人)】

■2006/07/09, 朝日新聞 朝刊, 27ページ

帝国の終焉とアメリカ―アジア国際秩序の再編
帝国の終焉とアメリカ―アジア国際秩序の再編渡辺 昭一

山川出版社 2006-05
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「帝国」や「アメリカ」という言葉が書名に躍っているが、本書は時事評論書ではない。一昨年の西洋史学会大会でのシンポジウムの成果をまとめた硬派の歴史学論文集である。扱われている「帝国の終焉(しゅうえん)」とは大英帝国の終焉であり、それと表裏を成すアメリカへのヘゲモニー移転である。

英米間のヘゲモニー交代については、これまで多くの議論が蓄積されてきたが、そこで論じられる「ヘゲモニー」は、往々にして、あたかも帝国の玉璽や玉座のように強国間で授受される固定的なモノや立場として描かれてきた。

しかし、ヘゲモニーとは本来、規準(ルール)や標準(スタンダード)を設定し、それを受け入れさせる規範的な力である。そこには、その規範を受け入れる側の主体性が必ず介在する。本書は、アジアの側から、英米間のヘゲモニー交代の過程を捉(とら)えなおす視角を貫く。アジアの諸主体は、頭越しに授受される権力にただ黙従していたわけではなく、常に各々(おのおの)の利害に基づいて、協力、抵抗、あるいは内側からの転覆といった多様な戦術をとった。それは多元的な相互作用が重なり合うゆらぎのある過程だったのである。

翻って現在的示唆に富む一書である。【評 山下範久(北海道大学助教授)】

■2006/07/09, 朝日新聞 朝刊, 27ページ

地中海―人と町の肖像
地中海―人と町の肖像樺山 紘一

岩波書店 2006-05
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star???E^??
star通史ではない1冊。

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地中海世界を知り尽くした歴史家による知的刺激に満ちたエッセイだ。古代から高度な文明を生み、宗教、思想哲学、科学、芸術等、人間の英知のもとを築いた地中海世界。加えて、自然の生態も、民族も文化も実に多様な地域。

その豊饒(ほうじょう)さを描くための仕掛けが見事だ。地中海世界の本質を見極めるツボとして、六つの主題と12人の「人」が登場する。古代ギリシアから18世紀イタリアまで、時空を超え、地中海で活躍した人物の肖像を、舞台となった町のトポスとともに描く。

本書には歴史家・樺山紘一らしさが随所に現れている。西洋中世史が専門だが、イスラム世界にも強く、中東、マグレブ、アンダルシアの町々も実に適切に登場する。また、文献史学の学者でありつつ、美術や建築・都市が大好きで、地中海の豊かさを視覚的なイメージとしても描くのだ。

主題の幾つかを紹介しよう。まず歴史。歴史家という存在も地中海が育んだ。ギリシアのヘロドトスと並び、マグレブのイブン・ハルドゥーンが登場する。各地を遍歴しながら、土地の生態を観察し、複眼的な視点でことの本質を捉(とら)える先進性を、時間を超えた2人の歴史家に見出(みいだ)すのだ。

次は科学。ヘレニズム世界の科学の中心地、アレクサンドリアが舞台。シチリア人、アルキメデスがこの地で数学を研究し、機械学の才能を飛躍させたという。地中海各地で行き来が多く、知的な交流も活発だったのがわかる。

そして真理。コルドバのイスラムとユダヤを代表する2人の知性に光を当て、アリストテレスをいかに理解したか、また地中海が生んだこの理性と信仰を巡る議論が後の世界に与えた影響を論ずる。

最後に景観。戦後映画の名作「旅情」と「ローマの休日」を、18世紀にカナレットとピラネージがそれぞれ描いたベネチアとローマの景観図と重ね、両都市の個性を論ずる着想は卓抜だ。景観という価値を見つけ創造し、人々を魅了したのが二つの都だという。

遠い過去を語りつつ、今に生きる我々に貴重なメッセージを地中海から発信している点も、本書の大きな魅力だ。【評 陣内秀信(法政大学教授)】

■2006/07/09, 朝日新聞 朝刊, 27ページ

共感覚―もっとも奇妙な知覚世界
共感覚―もっとも奇妙な知覚世界ジョン ハリソン John Harrison 松尾 香弥子

新曜社 2006-05
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音に色がつく、不思議で豊かな五感

十九世紀を代表するアメリカ女性詩人エミリ・ディキンスンに「わたしが死んだとき蝿(はえ)の羽音が聞こえた」なる一行で始まる詩がある。やがてその響きは奇妙にもこう形容される――「青く、ふたしかでよろめくような羽音」。

そう、ここでは音に色がついている。だが、これが必ずしも言葉の錬金術ではなく、先天的に一つの刺激から複数の感覚が生じる能力を持ち合わせ、視覚や聴覚、嗅覚(きゅうかく)などの五感が入り乱れる「共感覚」(synaesthesia)を生きてきた人々の証言だとしたら?

最相葉月はかつて『絶対音感』(一九九八年)で、いったん平均律を基準に叩(たた)き込まれてしまった絶対音感は音楽習得に有利なこともあれば不利なこともあるという両義性を鮮やかに記述したが、いっぽう心理学者ハリソンが行動科学や統計学、解剖学、生理学、分子生化学の理論を援用しつつ二〇〇一年に上梓(じょうし)した本書は、共感覚の保持者の豊かで恵まれた創造力を評価し、これは環境や訓練によっても習得できるのではないかと真剣に模索する点で、抜群におもしろい入門書である。

とくに興味深く読んだのは、第五章において歴史上著名な芸術家たち、たとえば詩人ボードレールやランボー、作曲家スクリャービン、映像作家エイゼンシュテイン、抽象画家カンディンスキー、物理学者ファインマン、それに俳人・松尾芭蕉らが、共感覚の視点から分析されている点だった。彼らが先天的な共感覚者であったのか、それとも共感覚的表現をメタファーとして駆使できる芸術家であったのかが、ここでは慎重に吟味される。

いちばんスリリングだったのは、ロシア系アメリカ作家で、かの『ロリータ』(一九五五年)の著者ナボコフが、母親から共感覚を譲り受け、それは自身の息子にも遺伝したという事実だ。彼には、英語の長母音のaは「乾燥した木の色合い」だが、フランス語のaは「磨いた黒檀(こくたん)」に見えたという証言を聞けば、そもそも文学における言語遊戯自体がこれまでとはまったく別の「色合い」を帯びるものとして、実感されるだろう。【評 巽孝之(慶応大学教授)】

■2006/07/09, 朝日新聞 朝刊, 27ページ

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