メイン > 朝日新聞日曜版『書評』 > 2006年3月5日~3月12日

日本を滅ぼす教育論議
日本を滅ぼす教育論議岡本 薫

講談社 2006-01
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役職に就いている間は公にできないことでも、辞めると自由にものがいえる。日本の組織ではよくあることだ。それだけに、立場を離れた直後の言葉には、その組織に染み渡った、通常表からは見えにくい特徴が織り込まれている。そういう視点から、元文部科学省課長の書いた本書を読むと、そこから日本の教育論議の特質が二重、三重に浮かび上がる。

大仰なタイトルが付いているが、国際経験豊富な著者の指摘の多くは的確だ。海外からの視点を熟知した、教育行政の中枢にいた立場から見る、日本の教育論議の不思議さ、おかしさ。各章の表題にあるように、本書では、現状の認識、原因の究明、目標の設定、手段の開発、集団意思形成の五つについて、教育論議の「失敗」が明らかにされる。

著者の批判の矛先は、「区別のできない」日本的論議の落とし穴に向けられる。たとえば、目的と手段の区別ができないために、適切なシステムの整備より「意識改革」といった精神論が重視される。ルールとモラルの区別ができないために、何でも「心の教育」で問題解決できると思えてしまう。さらには、カリキュラムや学力を論じる際に、社会の全員に関係する税金を使って行われる教育政策と、特定の学校に関係する教育実践との区別もできない、国家のニーズと子どもたちのニーズの区別もできない、と鋭く指摘する。

要するに、マネジメントという発想の欠如が、日本の教育論議を混乱させているというのが著者の見立てである。事実のとらえ方や割り切り方に少々違和感を覚えるところはあるものの、大筋の議論はまっとうである。

それにしても、こういう分析能力のすぐれた官僚が早々と辞めてしまうのはどうしてか。著者の批判は、文科省内の論議にも向けられる。その指摘がもっともらしく見えるだけに、区別のできない論議がいまだ省内でも続いているのかと思えてしまう。もしかすると文科省の存在自体が、日本的論議を許してきたのかもしれない。いろいろな意味で読み応えのある本である。[評者]苅谷剛彦(東京大学教授=教育社会学)

■2006/03/12, 朝日新聞 朝刊, 24ページ

おそめ―伝説の銀座マダムの数奇にして華麗な半生
おそめ―伝説の銀座マダムの数奇にして華麗な半生石井 妙子

洋泉社 2006-01
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夜の銀座史は文壇の側面史でもある。昭和三十年、そこに「おそめ」というバーが開店した。マダムは祇園の元人気芸妓(げいぎ)。

美貌(びぼう)と、独特の雰囲気もあって、大佛次郎、川端康成、小津安二郎、白洲次郎、川口松太郎など、錚々(そうそう)たる文士や文化人が贔屓(ひいき)にし、たちまち「夜の銀座」の中心となり、小説や映画の舞台にもなった。毎週京都から、飛行機で通ってきたマダムの名は上羽秀。

本書は彼女の一生を丹念に追う。母子家庭、不幸な落籍のあと、のちに仁侠(にんきょう)映画のプロデューサーとして知られた俊藤浩滋との恋とその後の献身ぶり。まさに数奇の一語に尽きる。一方で、ライバルであったバー「エスポアール」など、当時のマダムたちをふくむ銀座事情、あるいはそこに通ってくる多くの名士たちのエピソードも実によく調べられている。

歴史の表舞台からは消えてしまった時代風俗の断面が、一人の女性を通して立ち上がってくるノンフィクション。[評者]小高賢(歌人)

■2006/03/12, 朝日新聞 朝刊, 25ページ

ヒトラー・コード
ヒトラー・コードエーベル.H ウール.M 高木 玲

講談社 2006-01-27
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現代史を塗り替えるドキュメントなら、ロシアで発掘せよ。ソ連崩壊以降、これが研究者の合言葉になっているが、まさかこんな代物がつい昨年までモスクワの公文書館に眠っていようとは(!)。

ヒトラーの側近中の側近だった二人の親衛隊兵士が、ソ連の捕虜となり、長期間、徹底した尋問を受けていた。ヒトラーは本当に死んだのか? このことを問い続ける、もう一人の独裁者スターリンの疑念を晴らすために。

二人の独裁者は、互いに「魂の親近性」を感じていたという。スターリンの命(めい)を受けた内務人民委員部(のちのKGB)が、側近二人の供述と資料とを厳密に突き合わせて、ヒトラーの絶頂から自殺に至る十二年間を再現した本書は、意外なことに「ニュージャーナリズム・タッチ」と呼びたくなるほど、現代的なノンフィクションの体裁をなしている。

二人の側近は、ヒトラーの自殺現場をつぶさに見、遺体の焼却作業にも携わっていた。スターリンの欲求を満たす、最適の人物たちだったのである。

しかし、彼らの供述から浮かび上がってくるヒトラーは、“怪物”でも“道化”でもない。冒険小説とチョコレートボンボンが大好きで、政敵の声色を真似(まね)て周囲を爆笑させたり、ときにパリのストリッパーのスライドに見入ったりする小柄な中年男の姿が、淡々と描出される。対ソ戦の泥沼化につれて苛立(いらだ)ちを深め、不眠症や手の震えに悩まされてゆく姿を、偏執的なほど微に入り細を穿(うが)って伝えているのは、スターリンという最大の読者の歓心を買うためであったろう。

ヒトラーは、ドイツ人と外国人が結婚する場合の写真付き申請書を、わざわざ自分で仔細(しさい)にチェックしていた。劣等人種の血をドイツに入り込ませぬためにである。彼はまた、連合国軍によるベルリン爆撃を、都市の再開発がしやすくなると、本気で歓迎していたふしがある。

外にも内にも向けられていたこの破壊衝動と、臆面(おくめん)のない排他的民族主義を知るにつけ、現代の日本の、たとえばインターネット上にはびこる言説の同種の臭気に薄気味悪さを禁じえない。[評者]野村進(ジャーナリスト・拓殖大学教授)

■2006/03/12, 朝日新聞 朝刊, 25ページ

ファルージャ 栄光なき死闘―アメリカ軍兵士たちの20カ月
ファルージャ 栄光なき死闘―アメリカ軍兵士たちの20カ月ビング ウェスト Bing West 竹熊 誠

早川書房 2006-01
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イラク戦争後、反米抵抗活動の拠点となったイラク西部のファルージャに駐屯し、04年11月に最大規模の掃討作戦を実施した、米軍の記録。胸が悪くなるのは生々しい殺人の記述だけではなく、徹底した「米軍」の眼差(まなざ)しで書かれているため、彼らが「敵」とみなしたイラク人の生活と痛みが、見事なほど抜け落ちているからだ。他国の街に勝手に「ブルックリン橋」と名づけるところなど、端から異なる言語を理解しない姿勢が徹底されている。「人間は所詮(しょせん)相互理解ができない」と、元海兵隊の著者は言い切る。

本書が露呈するのは、イラクに駐留する米軍が、あまりにもいい加減な知識と情報で投入されていることだ。フセイン政権=スンニ派支配、とか、ファルージャがスンニ派地域だからフセイン支持だ、といった単純化された認識枠組みもさることながら、人選を間違えて不適切な人間に権限を与える。「誰が味方で誰が敵かを見分け」られず、「真のイラクの指導者が見つからない」と文句を言う。それはそうだろう。米政府はそうしたことを全く考えずに、戦争を始めたのだから。あげく、市街に騒音を撒(ま)き散らし、相手を侮蔑(ぶべつ)する戦術に日々没頭する。

普通の農民でも侵略に対しては武器を取ると分かっているのに、老人に肩を貸すような若者だというのに、米軍に反対する者を皆「武装勢力」とする固定観念。

だが本書で重要なことは、米兵が日々人間性を失い、イラク人が敵愾(てきがい)心を募らせていった原因が、米政権の無計画で混乱した政策にある、と指摘する点だ。復興計画を進める傍らで、別の街を空爆する。武力を使えば信頼を失うことがわかっていて、攻撃命令が出される。攻撃のピークで、政治的配慮から突然停止が言い渡される。それは、米政権の文官と武官の「破滅的」な関係によるものだ、と著者は言う。米の、現在に続くイラク統治の失敗を集約した言葉だ。

イラク人は「戦争で勝ったためしがない」が、「交渉となると負けない」と皮肉を言う米将校。戦争せずに交渉で解決するに越したことは、ないはずだが。[評者]酒井啓子(東京外国語大学教授=中東政治)

■2006/03/12, 朝日新聞 朝刊, 25ページ

セイヴィング キャピタリズム
セイヴィング キャピタリズムラグラム ラジャン ルイジ ジンガレス Raghuram G. Rajan

慶應義塾大学出版会 2006-01
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エンロンのスキャンダルの発覚直後に出版された本書には、次のようなくだりがある。「最近の……市場志向的波動は政府の無駄な活動に関するさまざまな話題が原因で大きくなった。歴史の歯車は、企業スキャンダルと市場主義のむき出しの欲望の話が人々の間で広まるとともに、反市場の高まりの方向へ再び回りだしている」。日本の今を彷彿(ほうふつ)させる。

しかしこの本は、そういう時代の流れの変わり目に間髪を入れず出版されるような際物とは違う。斬新な金融理論や企業統治理論で注目される俊英2人による壮大な資本主義論だ。鮮烈な時代意識に貫かれながら、その主張や分析、事例は隅々まで最新の学術成果で裏付けられる。その範囲は経済史、政治学、制度分析、地域分析などに及ぶ。膨大な注は社会科学のフロンティアの手引きにもなるが、本文の流れは流麗、明快で、幅広い読者にとって近づき易(やす)くもある。

焦点は金融市場にあてられる。発達した金融は人々の機会を広げ、それによって富を作り出しうるが、逆にその抑圧は権力の集中をもたらし、経済発展を押しとどめる。しかし、金融市場は自由放任(レッセフェール)のもとで発展するわけではない。融資やその返済の可能性を阻止する不確実性、無知、詐欺、粉飾、シャイロックの寓話(ぐうわ)に象徴される不信、これらが克服されるにはルールが必要だ。さらには多様な情報、予想、価値が株価に集約表現されるには、発達した市場のインフラも必要だ。それらを作り上げ、実効化するのが政府の「みえる手」だと本書は考える(実は民間のルール、信用、情報技術も重要だが)。他面、そういう強い立場にある政府は金融の既得権者(原題の資本家たち<キャピタリスツ>)と結びつき、金融市場の発展を抑圧する危険性もある。資本主義経済はそういう分水嶺(ぶんすいれい)のごときジレンマを抱える。

本書の独創は、マルクス流に歴史を発展段階的に捉(とら)えるのでなく、このジレンマがともすると循環的に現れると見ることだ。たとえば金本位制の崩壊の後に、金融市場は政府の統制によって抑制されてしまう。その過程を経て第2次大戦後に生まれた統制された競争システムを、作者たちは「リレーションシップ資本主義」とよぶ。それを壊してルールに基づく金融市場のインフラづくりに向かう環境を作りだしたのが、金融市場の国際開放と情報革命だ。

だがルールは完全ではない。金融市場の発展に付随しておこる様々な不祥事により、人々が過度に市場を恐れたり、憤ったりする状況が生まれうる。結果、既得権益者と困窮者の「意外な同盟」によって、競争を抑制するリレーションシップ・システムに里帰りしてしまう危険性がある。だが、それは困窮者の機会を奪うだけだ。

そうならないように、市場と政府の双方をバランスよくチェックする政策体系も提起するが、人々が市場制度の利点とその政治的脆弱(ぜいじゃく)性のあいだのジレンマを理解する、という意識の重要性を強調する。学術的に異見をもつ点はあるものの、現代日本にとり理性にもとづく警世の書としての価値は大、とみる。[評者]青木昌彦(米スタンフォード大学名誉教授)

■2006/03/05, 朝日新聞 朝刊, 17ページ

暗闘―スターリン、トルーマンと日本降伏
暗闘―スターリン、トルーマンと日本降伏長谷川 毅

中央公論新社 2006-02
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言うまでもなく、1945年の降伏の決断は日本史上において最も重要な出来事であった。にもかかわらず、この決定をめぐる研究は十分に行われてきたとは言えない。文献の大半は日本側の決定過程に焦点を当てたものであり、それ以外では原爆投下を含めたアメリカの決定を分析したものがほとんどである。つまり、日本の降伏に至る国際政治に関する研究は戦後60年以上を経てなお決定的に不足しているのである。

本書は、ロシア研究を専門とする著者が、ロシア人研究者(故人)との共同研究を踏まえ、日本の降伏決定に至る過程を米ソ関係を主とする国際環境と日本政府内部の決定の両面から分析した書である。昨年英語版が出版されて注目されていたが、著者によれば、本書はその完全な日本語訳ではなく、若干の変更を含んでいるとのことである。

本書の最大の特徴は、ソ連側の対日参戦に至る過程を詳細に分析した点にあるだろう。ソ連首脳部は大戦中、日本との中立状態を維持する一方で、戦後安全保障の確保という視点から日本周辺地域での領土要求を固めていた。しかしその要求を実現するためには対日参戦が不可避と考え、早くからその方向を推進したのはスターリンその人であったことを本書は明らかにする。対して、ヤルタ会談の時点ではソ連の対日参戦を望んでいたアメリカは次第にソ連への不信を強め、原爆が完成したこともあってソ連参戦前の日本降伏を期待するようになった。ポツダム会談の頃には表面的な協力関係の水面下では、日本降伏を巡って米ソ間で激しい競争が繰り広げられていたという本書の主張は説得的である。

他方で、日本側の分析については疑問も残る。本書は原爆投下ではなくソ連参戦が降伏の決断にとって決定的だったと主張するが、史料的に十分に証明されているとは言い難いように感じた。また国際関係についても、イギリスや中国の視点はほとんど扱われていない。しかし国際政治史の観点から日本の降伏の意味を捉(とら)え直す必要性を示した点において、本書は重要な研究である。[評者]中西寛(京都大学教授=国際政治学)

■2006/03/05, 朝日新聞 朝刊, 18ページ

ブルックスの知能ロボット論―なぜMITのロボットは前進し続けるのか?
ブルックスの知能ロボット論―なぜMITのロボットは前進し続けるのか?ロドニー ブルックス Rodney Allen Brooks 五味 隆志

オーム社 2006-01
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86年に、その後の人工知能やロボットの世界を一変させる論文が出た。それが著者による「サブサンプション(包摂)アーキテクチャ(SA)」だ。

それまでの自律ロボットは、外部環境の認識とモデルの構築、行動計画の作成と選択などを直列的に計算していた。SAでは、面倒な計算を一切せず、反射的な行動を並列的に計算するだけで、複雑な環境の中でうまく立ち回れることを示した。具体的には、衝突防止、彷徨(ほうこう)、探索の3層構造になっており、下位の層の機能をうまく利用(包摂)するというのが名前の由来だ。

これにより、知能には身体が必要で、環境との相互干渉によりそれが発現することが明らかになり、それまでの記号処理型の人工知能の限界が露呈した。

本書は、そのとっぴな発想がいかに生まれたかを丹念に語っている。昆虫の行動をヒントに毎日思索し、次第にSAが煮詰まっていくくだりは圧巻。じつは、妻の宗教上の理由で、このとき彼はタイ南部の川の中の水上住宅に、言葉が通じない状態で3週間幽閉されていたのだ。

著者はさらに「意識とは何か」「人間は特別な存在か」などの哲学的な議論を進め、いずれは人間と機械の境界がなくなるが、そのためには「生命のジュース」と呼ぶべき、未知の計算プロセスの発見が不可欠と主張している。

本書では触れていないが、SAから出発した潮流は「身体性認知科学」「認知発達ロボティックス」などの新学問分野を生み、主としてスイスや日本で発展した。私自身は、脳科学への貢献を含めて「インテリジェンス・ダイナミクス(動的知能学)」と呼ぶことを提唱している。著者のいう「生命のジュース」は「インテリジェンス・モデル」と名付けられ、多様な経験の記憶がいかに一般化され、次の状況で役立つか研究されている。

訳者は、日本でSAが議論されていないことをあとがきで嘆いているが、それは理解が浅いからではなく、あっという間に乗り越えて先に行ってしまった、というのが真相だろう。知能研究の源流を教えてくれる好著。[評者]天外伺朗(作家)

■2006/03/05, 朝日新聞 朝刊, 19ページ

国際テロネットワーク―アルカイダに狙われた東南アジア
国際テロネットワーク―アルカイダに狙われた東南アジア竹田 いさみ

講談社 2006-01
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01年の米同時多発テロの最終謀議は前年にマレーシアの首都クアラルンプールのマンションで行われた。ここからも国際テロ組織アルカイダのアジアへの浸透ぶりがうかがえる。

著者は「現場主義」を信条とする東南アジア研究の国際政治学者。テロリストがリクルートされるイスラム学校やヤシ林に隠れるアジトにも足を運び、「現場の匂(にお)いをかぎ、空気にふれ、そこから物事を考え」たことから本書は生まれた。

ビンラディンが親族や腹心を東南アジアに送り込み、アルカイダとジェマー・イスラミア(JI)、アブ・サヤフ(ASG)などイスラム系過激派組織と人脈や金脈、情報で結びつく経緯の分析には豊富な現地情報が盛り込まれている。

著者はイスラム社会に地縁、血縁の根を張る闇の送金システム「ハワラ」の巧妙な実態にも触れ、テロ資金源の根絶は「きわめて困難」だとし、テロとの戦いは「続くことを覚悟しなければならない」と結ぶ。[評者]加藤千洋(本社編集委員)

■2006/03/05, 朝日新聞 朝刊, 19ページ

「ニート」って言うな!
「ニート」って言うな!本田 由紀 内藤 朝雄 後藤 和智

光文社 2006-01-17
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若者を憎悪している。世の風潮を眺めていると、どうもそうとしか思えない、まったく理不尽な議論が罷(まか)り通っている。

例えば、統計的な確証もなしに、少年犯罪の増加や凶悪化が社会問題化される。

また、ゲームやインターネット、携帯電話など、若者が接触しがちなサブカルチャーやメディアが槍玉(やりだま)に挙げられる。

最近は「ゲーム脳」だの「脳内汚染」だのと、まことしやかな、おどろおどろしいコピーによって社会への浸透圧が高まっているから、実に質(たち)が悪い。

ニートという言葉も、瞬く間に人口に膾炙(かいしゃ)したが、単なるキャッチ・コピーかもしれない。本書はそんな健全な懐疑へと読者を導き、さらに進んで、正しい社会認識とは何かを熟考させる。

ニートとは、一般に働かず、学ばず、職を求めてもいない若者を指す。しかし、各方面に影響を及ぼしているわりに、定義が明確ではない。一説によれば約八五万人にも達するというが、本田由紀の論考によると、これは風説に等しい。何故(なぜ)なら、八五万人のうち、本当に働く気のない若者は半数に過ぎないからだ。近年増加しているのは労働意欲があるタイプである。しかも、増加傾向にあるといっても、若年失業者やフリーターの激増に比べれば、問題にならないレヴェルに留(とど)まる。

結局「ニートの増大」とは若年雇用の低迷によって派生した現象に過ぎず、限りなく幻影に近いものではないか。だとすれば、ニートになった原因を、若い世代の職業意識や家庭環境に帰すことは、まったくの的外れである。

ところがその的外れが常識と化してしまうのが、マスメディア主導で醸成される世間の趨勢(すうせい)、いわば「メディア世間」である。内藤朝雄は「メディア世間」の排除の構造を剔抉(てっけつ)している。

痛快なのは、後藤和智による綿密な「若者論」精査だ。論者名指しの手厳しい批判が列記されているが、「メディア世間」の一方向化を破る意味でも貴重。後藤は、第一線研究者である本田や内藤とは異なり、無名の大学生だ。しかし、その批判的知性には舌を巻く。評者もどこかで若者を軽んじていたようだ。[評者]宮崎哲弥(評論家)

■2006/03/05, 朝日新聞 朝刊, 19ページ

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