メイン > 日経新聞日曜版『読書』 > 2007年7月8日~7月15日

村上春樹のなかの中国 (朝日選書 826)
村上春樹のなかの中国 (朝日選書 826)藤井 省三

朝日新聞社出版局 2007-07
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村上春樹の文学の背景には現代アメリカ小説があるとされる。だが同時に「中国」が無視できぬテーマであり、特に魯迅の影響が大きいというのが本書の問題提起だ。長年、東アジアにおける村上作品の受容について研究してきた中国文学者が、作家本人も多くを語っていない「内なる中国」に光を当てている。

著者がまず持ち出すのは『阿Q正伝』だ。村上の『風の歌を聴け』には、「絶望の虚妄なることは、まさに希望と相同じい」という魯迅の言葉に触発された表現があると著者は指摘する。学園紛争の崩壊を見た村上が、中国の挫折を描いた『阿Q』に深い共感を抱いていたとの見立てには説得力がある。

本書の中に、村上の父が日中戦争に動員されたことが「心の傷」になっていると語ったというインタビュー記事が引用される。著者は記事の信頼性に留保をつけるが、村上作品に繰り返し中国のモチーフが表れる裏には父の影があるという分析は興味深い。日中間の歴史を扱った『ねじまき鳥クロニクル』などの執筆動機もそこにあるのではないかと著者はみる。

台湾・香港・中国での村上作品の読まれ方、香港の映画監督ウォン・カーウァイへの影響など様々な視点からの論考も盛り込んだ。やや総花的だが、世界作家としての村上を考えるうえで、有効な視点を提供してくれるだろう。

■2007/07/15, 日本経済新聞 朝刊, 22ページ

現代中国の産業―勃興する中国企業の強さと脆さ
現代中国の産業―勃興する中国企業の強さと脆さ丸川 知雄

中央公論新社 2007-05
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おすすめ平均 star
star事例として素晴らしい
star世界市場は欧米・日本より中国に似ているかも
star「組み立て工場」に徹する中国産業

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ものづくり分野で中国の台頭が著しい。中国メーカーは、なぜ急速に競争力を持つことができたのか。本書はその疑問に、いささか耳慣れない「垂直分裂」というキーワードで答えようとしている。

垂直分裂とは、一企業の中で垂直に統合されていた工程や機能が、複数の企業によって別個に担われている状態を指す。コンピューターなら、ICチップの製造、コンピューターの設計・製造、基本ソフト(OS)や応用ソフトの開発、製品の販売などを別々の企業が担う状況である。

この産業構造の変化は、最終製品の製造販売への参入を容易にした。パソコンなら、ICやOSを専門メーカーから購入してくれば比較的簡単に作れるようになったからである。著者はここに中国メーカー躍進の理由を見いだし、同じことがテレビ、携帯電話、自動車などでも起きていると指摘している。

この「垂直分裂」現象の指摘自体は目新しくはない。他の学者も別の言葉で説明してきたし、中国産業台頭の理由だといわれてきた。本書の特徴は、中国産のテレビや自動車の部品リストを手に入れ、そのつぶさな点検からこの事実を証明している点にある。

幸い日本企業は、中国企業が欲しがる基幹部品や核心技術をたくさん持っている。著者は、この優位性を生かすことが日本企業の中国戦略の中心になるべきだと説く。

■2007/07/15, 日本経済新聞 朝刊, 22ページ

ライブ・エンタテインメント新世紀
ライブ・エンタテインメント新世紀北谷 賢司

ぴあ総合研究所 2007-06
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毎年のように海外の有名なアーティスト(歌手・バンド)が日本を訪れ、満場の客を前に歌い、演奏する。彼らが舞台に立つためには誰かがリスクを負って会場を借り、アーティストと契約し、手段を尽くして宣伝し、入場券を売りさばかねばならない。そうした「洋楽興行ビジネス」の舞台裏を赤裸々に描きつつ、目指すべき姿を提言する。

著者は一九八九年から二〇〇一年まで米国の大学で教壇に立ちつつ、東京ドーム役員として洋楽興行ビジネスの現場に身を置いてきた。公演の収支表など生々しい数字や逸話がふんだんに盛り込まれているのも、著者の独特な経歴に負うところが大きい。

世界の興行ビジネスは現在、北米を軸に大がかりな再編と近代化が進行しているという。経済発展に伴い娯楽市場が急成長するアジアでも、放送やカジノなど隣接業界を巻き込む形で新勢力が台頭してきた。「呼び屋」という言い回しが象徴する旧態依然とした日本の興行界も、脱皮しないと取り残される。そんな危機感が、おきて破りの要素を持つ本書の執筆に著者を駆り立てたのではないか。

モノが行き渡った今、音楽、演劇、映画、スポーツなどライブ・エンターテインメントの重要性は増す一方。音楽ファンは読んで楽しく、サービス・ソフト産業の関係者は新産業の育成に必要な知識と視点を得られる。

■2007/07/15, 日本経済新聞 朝刊, 22ページ

NEW WAVES
ホンマ タカシ (著)

波、波、波。どのページを開いても、画面は波にもまれている。ただ、どれ一つとして同じかたちのものはない。1999年に写真集『東京郊外』で脚光を浴びた著者。2000年からハワイ・オアフ島に通い、絶えず変化し続ける波の特徴そのものを写真群という形で表そうと試みた。一般になじみのある「一回きりの決定的瞬間を切り取る」手法とは対極にある考え方だ。写真は今年2月の撮影。

■2007/07/15, 日本経済新聞 朝刊, 22ページ

選挙違反の歴史―ウラからみた日本の100年
季武 嘉也 (著)

二〇〇五年までに計四十四回実施された衆院議員選挙について、選挙違反者数や違反行為の実態などを買収を中心に検証する。帝国議会の開設からしばらくは少数のエリート間での個人的な買収、日露戦争後は地域が一体となった組織的な買収が横行。太平洋戦争後に個人後援会を利用した買収が急増し、高度成長期以降はイメージ選挙の広がりで買収は減った。選挙の歴史を裏側からたどることで、社会構造の変化がみえてくる。

■2007/07/15, 日本経済新聞 朝刊, 23ページ

吉本隆明 自著を語る
吉本隆明 自著を語る吉本 隆明

ロッキング オン 2007-06-30
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初期の詩集から、『言語にとって美とはなにか』に始まる代表的な三部作まで、音楽評論家の渋谷陽一が迫ったインタビュー集。本書の特徴は渋谷が「吉本思想の十分の一も理解できていない」門外漢の立場からぶつかっていく点だ。これに対し吉本は、丁寧に解説するほか、作品を書き上げて得た解放感など、驚くほど率直に執筆時の心情を語っている。難解さで知られる三部作などを読み解く際の格好のガイドブックだ。

■2007/07/15, 日本経済新聞 朝刊, 23ページ

後ろから読むエドガー・アラン・ポー―反動とカラクリの文学
野口 啓子 (著)

十九世紀米の作家ポーは晩年、「ユリイカ」と題する宇宙論を書いた。作家が自らの思索のすべてを注いだというこの作品を軸に、著者はポーの文学世界を読み解いていく。宇宙は破滅に向かって進んでいくと記したポー。そこには十九世紀のナショナリズムと進歩主義に対抗する新たな世界観を提示しようとする姿勢がうかがえる、との指摘は興味深い。日本では怪奇小説作家のイメージが強いポーの別の姿が見えてくる。

■2007/07/15, 日本経済新聞 朝刊, 23ページ

明日この手を放しても
桂 望実 (著)

ベストセラーとなった『県庁の星』の作者による書き下ろし長編小説。十九歳のときに病気で失明し、裁判官になる夢を失った凛子。家族の中でひまわりのような存在だった母の死に続き、漫画家の父も失踪(しっそう)してしまう。残されたのは自分勝手で、妹の障害に対して配慮のかけらもない兄の真司だけ。しかし、障害者を主人公にした漫画にいっしょに取り組むうちに、兄妹のきずなを取り戻していく。家族とは何かを考えさせる心温まる物語だ。

■2007/07/15, 日本経済新聞 朝刊, 23ページ

リーダーシップは教えられる
リーダーシップは教えられるシャロン・ダロッツ・パークス 中瀬英樹

ランダムハウス講談社 2007-06-14
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ともすると、私たちは企業や組織のリーダーになる人には天賦の才能があると考えがちである。しかし、そうした考え方は幻想にすぎないという。独自の教授法に基づき、実際にリーダーシップをハーバード大で学生たちに教えているロナルド・ハイフェッツ氏の伝説の講義をまとめたのが本書である。読み進むと、リーダーシップは本当に教えられるかもしれないという気分になってくる。中瀬英樹訳。

■2007/07/15, 日本経済新聞 朝刊, 23ページ

母棄―京都禅寺小僧物語
母棄―京都禅寺小僧物語倉部 きよたか

ポプラ社 2007-06
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自伝的な内容の小説にこのタイトル。少しぎょっとした。しかし、読後感は、副題の「京都禅寺小僧物語」に近い。確かに母を棄てる挿話はあるが、青春小説のような味わいだ。「出家していた時期のことを書こうと思ったんだけど、前提として母に触れずにいられなかった」という。

昭和三十年代の大阪・泉州。零細織物工場に育った主人公の少年は、過酷な労働から寝たきりになった母親の介護を担っていた。苦痛だった。逃げ出したかった。それで中学校の卒業を待ち、京都の禅寺に小僧に出ることを選ぶ。「母を棄てた」罪の意識が残る。

禅寺では人間関係にも悩むが、水上勉の『雁の寺』のような、陰湿な雰囲気はない。「禅寺もすごく特殊な場所ではない。それをユーモラスに描きたかった」と話す。師の俗物ぶりも、告発調ではなく「普通の人」の側面を描く印象だ。

それでも「禅寺にいた二年間は心理的には地獄だった」。禅寺はほかに行き場所が無く逃げ込んだにすぎない。「お坊さんになるつもりもなかった。しかし周囲にはそう見られるのがつらかった」。ここではないどこかを求めながら、そのすべもなく悩む。青春小説たるゆえんだ。

三十代半ばまでは「出家経験は人生に何の意味もないと思っていた。思い出したくもなかった」。だが、五十を過ぎて、変化が生じる。自分が出家したころの父親の年齢に近づき、自問する。「父はどんな思いで僕を寺に出したんだろう」。答えはまだ見えない。

この本を書きながら少年時代を振り返り、九州などから集団就職で泉州にきて育ての親のように優しかった女子工員たちのことを突っ込んで描きたくなった。「昭和のもの悲しさとおかしさ、もう一つの『三丁目の夕日』が書けるかもしれないな」。二作目の小説の構想が膨らみ始めている。

(くらべ・きよたか)作家。51年生まれ。早稲田大卒。国連関係の文化団体で機関紙編集に10年携わり独立。著書に『峠の文化史』など。本書が初めて執筆した小説。

■2007/07/15, 日本経済新聞 朝刊, 23ページ

日本刀―日本の技と美と魂 (文春新書 (571))
日本刀―日本の技と美と魂 (文春新書 (571))小笠原 信夫

文芸春秋 2007-05
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東京国立博物館で刀剣室長を務めた著者が、日本刀の持つ実用的・美的側面を丁寧に説明する。「出来合いの言葉では解決しえない」美をたたえた正宗や、とんぼが止まろうとして切れたという蜻蛉切(とんぼぎり)の槍など、名刀を語る言葉に気迫を感じる。様々な精神的意味を負ってきた刀剣の奥深い世界をのぞける。

■2007/07/15, 日本経済新聞 朝刊, 23ページ

合戦の文化史
合戦の文化史二木 謙一

講談社 2007-06-08
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戦国時代、とりわけ儀礼や武器などの考証を専門とする著者が古代からの合戦の通史を書いた。武器の発生から江戸幕府の軍事制度まで目配りする。鎌倉武士のいでたちや戦国武将の死の覚悟をめぐる記述は詳細で、戦闘を通じて明らかになる人間の営みは文化そのものだということがわかる。

■2007/07/15, 日本経済新聞 朝刊, 23ページ

これが憲法だ!
これが憲法だ!長谷部 恭男 杉田 敦

朝日新聞社 2006-11
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おすすめ平均 star
star『これが「長谷部」憲法だ!』
star憲法がわかりやすくなる本 
starあんまり噛みあってない

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9条どうでしょう
9条どうでしょう内田 樹 平川 克美 小田嶋 隆

毎日新聞社 2006-03
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おすすめ平均 star
star現実と理想が矛盾するからこそ「理想」を追い求める意味がある
star効くぜ!
star平和主義の幻想

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50年前の憲法大論争
50年前の憲法大論争保阪 正康

講談社 2007-04-19
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おすすめ平均 star
star議論する緊迫感が伝わる本
star改憲論争はなぜこじれるか

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「宙に浮いた年金」で、憲法も虚空に宙づりになったかのようだ。改憲の手続きを定めた国民投票法が成立、安倍晋三首相がこんどの参院選の争点にすえようと意気込んだものの、年金への対応に追われ、憲法どころではなくなっているためだ。しかし、向こう五年の日本政治を考えると、改憲にどう向き合うか、各党とも、もはや避けては通れないテーマになっている。憲法論議はいよいよ切っ先がふれあう段階に入ってきた。

安倍首相が述べているように、国民投票法が想定する三年後の二〇一〇年から本当に改憲作業に入るのかどうか、すべてはときの政治状況によるわけで、今の時点ではとても見通せない。ただ、すでに「改憲の太刀」は準備されている。結党五十年の二〇〇五年十一月に自民党がまとめた新憲法草案だ。これが議論のスタート台になる。 改憲メニューそろう

自民党政調会の事務局で改憲案のとりまとめにあたった田村重信著『新憲法はこうなる』(講談社、二〇〇六年)をめくると、改憲の基本的な考え方が読み取れる。

焦点の九条では、一項は残し二項を削除して新たに自衛軍の創設を明記した改正について、世界中の軍隊が普通にできることが憲法の制約でできないのが今の自衛隊であり、それを改めて他国と同じように独立国としての体裁を整えることにある、と解説する。

自民党の改憲メニューには、新しい人権や地方分権なども盛り込まれている。ここらは改憲をめぐる他党との話し合いの際の調整項目で、ポイントはどこまで行っても九条の取り扱いだ。九条にはじまり、九条におわるのが憲法問題である。

護憲の側も「守りの剣」を磨いている。むずかしい立場にあるのが憲法学の世界だ。そもそも自衛隊違憲論が主流だったわけで、それは意図に反して改憲の口実を与えてしまう。現実を認めながら護憲論を展開するには、新たな論理が必要になる。

それを知るには、長谷部恭男・杉田敦著『これが憲法だ!』(朝日新書、二〇〇六年)をひもとくのが手っ取り早い。政治学者の杉田法大教授が憲法学者の長谷部東大教授に論点をただす形の対談で、九条をめぐる長谷部氏の見解の趣旨は次のようになる。

九条は、答えをはっきりと示す「準則」ではなく、答えをある特定の方向に導く力として働くにとどまる「原理」として読むべきで、平和主義は大切だという一つの価値を示している。同じくらい重要な別の価値は、国民の生命・安全を実効的に確保するかということで、そのためには必要最小限度の装備だけは許される。これが立憲主義に沿った九条の解釈だ――。

内田樹ほか著『9条どうでしょう』(毎日新聞社、二〇〇六年)所収の内田の論考「憲法がこのままで何か問題でも?」も、九条維持の立場からの「守り刀」になっている。「九条こそが自衛隊の『武の正統性』を根拠づけている」「九条と自衛隊は相互に排除し合っているのではなく相補的に支え合っている」など、九条と自衛隊の間には何の矛盾もないという前提からの議論だ。

今年四月の日本経済新聞の世論調査でも、改憲賛成派は五一%だが、九条改正を求める人は二二%で、決して多数派ではない。内田神戸女学院大教授の指摘には、こうした世の中の気分を反映しているところがある。

おそらく九条をめぐるつばぜり合いは、どこまで行っても解消しない。ここはちょっと立ち止まって、改憲が現実味を帯びていた半世紀前に目を向けてみることもムダではあるまい。 半世紀前の論戦熱く

保阪正康監修『50年前の憲法大論争』(講談社現代新書、二〇〇七年)が再現した一九五六年(昭和三十一年)三月の衆院内閣委員会の議事録は、憲法調査会法案についての公聴会でのやりとりだ。国際政治学者の神川彦松、政治学者の中村哲、法社会学者の戒能通孝といった当時の有数の識者が公述人として登場し、国会議員との間で白熱の論戦を繰り広げている。今なお大いに考えさせられる内容だ。

憲法の切っ先が有権者ひとりひとりに迫ってくる日も、そう遠くないかもしれない。

■2007/07/08, 日本経済新聞 朝刊, 23ページ

夜明けの街で
夜明けの街で東野 圭吾

角川書店 2007-07
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本格ミステリー、ファンタジー、ユーモア小説など幅広いジャンルを手がける直木賞作家が、さらなる新境地を示した長編小説。まもなく時効を迎える殺人事件をめぐるミステリーであると同時に、事件の関係者である女性と不倫関係になった四十前の男性が欲望と理性のはざまで揺れ動く感情を濃密に描いた恋愛小説でもある。

妻子ある「僕」が勤める東京・日本橋の建設会社に、派遣社員として三十一歳の仲西秋葉がやってくる。妻にはとりたてて不満もなく、「不倫する奴なんて馬鹿だと思っていた」主人公だったが、彼女の不思議な魅力にひかれ、不倫の恋に落ちる。

秋葉の家庭は複雑な事情を抱えており、高校生のときに両親は離婚、母親は自殺していた。まもなく彼女の横浜の実家で父親の愛人が殺されるという事件も起きていた。十五年が過ぎて事件が時効を迎えようとするなか、主人公は秋葉に殺人の容疑がかかっていることを知らされる。彼は愛する人は犯罪者かもしれないと戸惑う。

やはり読ませどころは秋葉を知るにつれて、万華鏡のように変わっていく主人公の心理である。そこに加わる事件をめぐる謎解きの魅力。主人公の友人を語り手とする番外編の短編「新谷君の話」も収められており、それを読むと本書は夫婦の物語であることも分かってくる。

■2007/07/08, 日本経済新聞 朝刊, 24ページ

沖縄密約―「情報犯罪」と日米同盟
沖縄密約―「情報犯罪」と日米同盟西山 太吉

岩波書店 2007-05
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おすすめ平均 star
star「密約」の政治的経済的理由
star返還時から言いなりだった日本
star沖縄を金で買った日本政府

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日本新聞史に残る「西山事件」の当事者が書いた本だ。内容は事件にだけ触れているわけではない。大学院で国際政治学を研究した経歴のある著者の視野には米軍の世界戦略があり、自らの事件もそのなかで位置づける。

毎日新聞政治部の記者だった著者は、外務省の事務官から沖縄返還協定に関する極秘電文を入手した。解説記事のなかでこれに触れ、さらに社会党の横路孝弘衆院議員に渡した。横路氏は電文をかざして政府を追及し、記者と事務官は国家公務員法違反で逮捕された。

ふたりの個人的関係が起訴状に書かれ「沖縄密約」から「機密漏えい」事件へと世の印象は変わる。これが一九七二年の西山事件だ。多くの読者は当事者の肉声や新事実を期待して本書をとる。

期待はやや肩すかしに終わる。なぜ新聞にニュースとして大きく書かなかったのか、なぜ社会党議員に電文を渡したのか、著者にとっては再三聞かれた話だろうが、本書でも、事実関係と見解を改めてじっくり述べてほしかった。

当時の自民党内の情勢を書いた部分は、大物政治記者だった著者の真骨頂である。記者としての著者の行動には当然ながら賛否がある。が、メディアの機能が権力のチェックであるのは疑いがない。三十五年たったいまも外務省は「密約」を否定する。それが著者の問いかけの意味を重くする。

■2007/07/08, 日本経済新聞 朝刊, 24ページ

地方崩壊再生の道はあるか

たった一年で知名度が「全国区」になった自治体がある。今年三月に財政再建団体に転落した北海道夕張市だ。本書は夕張の財政破綻を巡る関係者の動きとその背景を探るドキュメントである。

ただし、夕張に関する記述は全体の半分弱で、残りは三位一体改革や市町村合併、新たな再建法制の導入など、最近の地方制度改革とそれに揺れる全国各地の動きに紙幅を割いている。分権型社会の構築に向けた改革の大きなうねりのなかで、かじ取りに失敗したのがほかならぬ夕張市だったということだろう。

分権改革は明治維新、戦後改革に次ぐ第三の改革といわれる。「国のかたちを変える」「地域のことは地域で決める」などと書くと聞こえはいいが、改革はその過程でいつの時代も明と暗をもたらす。最近話題の地域格差問題も横並び主義からの脱却がもたらす痛みなのだろう。

本書では行政サービスの格差に関する調査結果を詳細に紹介したうえで、地域再生のヒントとして岩手県葛巻町や高知県馬路村など十一地域の事例を取り上げている。先進地域の試みには共感するが、住民の声をあまり紹介していない点はやや物足りない。

「分権が進めば地域住民が主役になる」といいながら、実際には上からの改革にとどまっている日本社会の現状を図らずも浮き彫りにしているともいえよう。

■2007/07/08, 日本経済新聞 朝刊, 24ページ

蓮の肖像。―THE PORTRAITS OF LOTUS 鈴木薫写真集

「美しい花がある。花の美しさというものはない」。本書を眺めると小林秀雄の言葉が浮かぶ。目の前に咲く一輪を美しい、と思う。その素直な感動が、撮影の原動力になっていると思えるからだ。著者の本職はグラフィックデザイナー。20年以上、蓮(はす)を撮り続けてきたという。朝ひらき昼にはとじるはかない命を、凝視するまなざしで現世にとどめている。写真はロシアの品種カスピカム

■2007/07/08, 日本経済新聞 朝刊, 24ページ

現場に「解」あり!―中小企業の“連携”が未来を開く
現場に「解」あり!―中小企業の“連携”が未来を開く山口 義行

中央公論新社 2007-06
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景気回復にもかかわらず、「中小企業受難の時代」は依然続く。倒産件数は足元でもかえって増加傾向にあるという。そうした中小企業を救う鍵は中小企業が自社の強みを持ち寄って緩やかなネットワークを構築する「新連携」にある。行政の支援も新連携強化の観点から実行されるべきだというのが著者の主張だ。行政の関与が不可欠とみる論理展開には多少違和感が残るものの、問題意識はクリアに伝わってくる。

■2007/07/08, 日本経済新聞 朝刊, 25ページ

政府の大きさと社会保障制度―国民の受益・負担からみた分析と提言
政府の大きさと社会保障制度―国民の受益・負担からみた分析と提言橘木 俊詔

東京大学出版会 2007-06
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年金や医療などの社会保障制度を安定して維持するにはどのような政策をとる必要があるのか、というテーマに国民の意識と経済学的な分析の両面から迫る。アンケート調査では、人びとは保険料方式による制度の充実を望んでいるという結果が得られた。だが編者らの経済学的な分析によると、消費税を財源に制度をより大規模にするのが最適という。そのためには消費税率の引き上げが必要、との結論を導いている。(東京大学出版会・三、八〇〇円)

■2007/07/08, 日本経済新聞 朝刊, 25ページ

ポアンカレ予想を解いた数学者
ポアンカレ予想を解いた数学者ドナル・オシア 糸川 洋

日経BP社 2007-06-21
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幾何学の最大の難問とされる「ポアンカレ予想」。これを解いたロシア人数学者ペレルマンは、数学者にとって最高の栄誉であるフィールズ賞を辞退して話題を呼んだ。本書は問題解決に挑んだ数学者たちの姿を紹介しながら、数学の長い歴史を読み解いていく。「二次元の地図を集めて地球の形を再現するとどうなるか」といったわかりやすい例を通じ、高等数学の奥深い世界をのぞくことができる。糸川洋訳。

■2007/07/08, 日本経済新聞 朝刊, 25ページ

未完の建築家フランク・ロイド・ライト
未完の建築家フランク・ロイド・ライトエイダ・ルイーズ・ハクスタブル 三輪 直美

TOTO出版 2007-05
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帝国ホテルを手掛けた建築家の波乱の生涯を、ピュリツァー賞受賞の評論家が伝記にまとめた。駆け落ちや不倫などの女性問題、使用人による恋人の惨殺事件、火事や破産といった逆境の中からグッゲンハイム美術館や落水荘などの作品を生み出したエネルギーには圧倒される。当時もてはやされたインターナショナル・スタイルには目もくれず、自然に根ざした独自の建築にまい進したライトの強い意志が浮かび上がる。三輪直美訳。(TOTO出版・二、〇〇〇円)

FCバルセロナはロナウジーニョらを擁し、日本でも人気のあるスペインのサッカークラブ。一八九九年の創設期から一九七八年までの歴史を追った。それはフランコ独裁政権から民主化を果たすまでの期間に当たり、抵抗勢力だったカタルーニャ地方の象徴としてのバルサの役割を考察する。クライフを獲得して復活、リーグ優勝を遂げた一九七三―七四年シーズンも含まれるが、試合自体の記述はない。スペイン現代史の一断面が鮮やかに描かれる。山道佳子訳。

■2007/07/08, 日本経済新聞 朝刊, 25ページ

事変―リットン報告書ヲ奪取セヨ
池宮 彰一郎 (著)

五月に亡くなった著者のデビュー作は忠臣蔵に材を取った『四十七人の刺客』だが、それよりも前に本名の「池上金男」名で発表した小説があった。それが本書で、原題は『幻の関東軍解体計画』。満州事変後、松岡洋右が画策した秘密工作、リットン報告書奪取計画に光を当て、昭和の裏面史を描いた異色作である。

■2007/07/08, 日本経済新聞 朝刊, 25ページ

萱刈
萱刈辻井 喬

新潮社 2007-05
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「(父親である西武グループ創業者の堤康次郎を描いた)『父の肖像』を書いたことで、身辺に題材をとった長編小説には一区切りをつけた」。次に取り組んだのが、カフカに代表される不条理の世界と日本の古典的な文学世界を結びつけた本書。「カフカの『城』を日本の小説にしたいと思った時に思い出したのが、二十代のころに読んだ谷崎潤一郎の『蘆刈(あしかり)』だった」と打ち明ける。

正体不明の君主が隠然とした権力を保ち続ける「城下街」。その一つである萱刈(かやかり)村で、城から萱刈りの特権を与えられた名家の次男である主人公は、東京の大学に進む。建設会社の建設技師となった彼は、再開発計画を任され、久しぶりに城下街に戻る。伝統と近代がせめぎ合う街で、あまりに不条理な事態に巻き込まれる。

「私自身も旧制高校までは理工系だった。建築の道に進んでいたら、私も主人公と同じように感じていたかもしれない」。機能的な近代建築の美しさにひかれる一方で、日本の伝統美をより大切に思う気持ちは一致しているのだろう。

戦後日本への複雑な思いも込められている。「日本の都市の景観はぐちゃぐちゃ。地名変更で懐かしい町名も次々に消えてしまっている」と日本の近代化に疑問を呈す。もっとも、あきらめているわけではない。「欧米の近代化とは異なる日本独自の方法がある」と考えている。「表面に表れた言葉だけで現実をとらえるのではなく、(そこに潜むものを)感性でとらえる必要がある。それには文学の役割も大きい」

以前は企業経営者と詩人・作家という二足のわらじをはいていたが、経営の一線から離れたことで旺盛な創作意欲に拍車がかかっている。「両親に対する見方も変わってきた」という自らの生涯を、近く「長編自伝詩」としてまとめる。

■2007/07/08, 日本経済新聞 朝刊, 25ページ

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