メイン > 日経新聞日曜版『読書』 > 2007年12月16日~12月23日
| ケネディ―「神話」と実像 (中公新書 (1920)) | |
![]() | 土田 宏 中央公論新社 2007-11 売り上げランキング : 2861 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
ケネディ米大統領暗殺のニュースが日本に伝わったのは一九六三年十一月二十三日、休日(勤労感謝の日)の朝だった。日米間でテレビの衛星中継の実験放送が始まった時に悲報が伝わった。
七十歳代以上の日本人にとっての玉音放送と同様、五十歳代以上の日本人の多くはケネディ暗殺をどこで聞いたかを記憶している。四十三歳で大統領になり、四十六歳で逝ったケネディは伝説の大統領である。
アーリントン墓地にあるケネディの墓には永遠の火が燃えている。訪れるひとが最も多い。ケネディは神話の人になり、一方で多くの醜聞が活字になった。
ケネディにあこがれた世代は日本では団塊の世代と重なる。本書の著者もそのひとりである。おびただしい数のケネディ本を渉猟し、伝記の形で本書をまとめた。
ケネディ暗殺を記憶し、その後に世に出たケネディ本の何冊かに接した世代の読書人にとって本書は内容的には新しさはあまり感じない。しかし懐かしさを感じる。
若い世代には新しさを感じさせる。本書の意味は何よりも世代を超えてケネディを歴史に残した点だ。同じ中公新書が『リンカーン』(本間長世著)を刊行したのは、ケネディ暗殺と同じ六〇年代だ。
ケネディはリンカーンと同じく歴史のなかの大統領になったのだろう。
| オデッセイ―鈴木龍一郎写真集 | |
![]() | 鈴木 龍一郎 平凡社 2007-12 売り上げランキング : 19588 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
「1962年、写真を始めた十九歳の夏、山谷の公園で少女と出会った」という一文と、猫を抱いた女の子のポートレートから本書の「旅」は始まる。著者の写真家としての軌跡をたどる道のりだ。靖国神社、横田基地、インドの聖地ベナレス、アイルランドのダブリン――。さまよう者の目は故国、東京の街さえも遠い彼岸の景色のようにとらえる。カメラを手にした現代の詩人は、まだ帰る場所を探している。
| ピグーの思想と経済学―ケンブリッジの知的展開のなかで | |
![]() | 本郷 亮 名古屋大学出版会 2007-11 売り上げランキング : 4519 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
アーサー・セシル・ピグーと言えば、忘却のかなたにある人物であろう。本書はあえて、経済における分配の問題を重視する厚生経済学を唱えた、英国のエコノミストに光を当てる。その記述はケンブリッジ学派と呼ばれる二十世紀前半の経済学に、新たな視点を提供するものである。
ピグーはケンブリッジ学派の創始者マーシャルの後継者。経済学を倫理学との深い関連でとらえ、何よりも人間という存在を重視した学風は、誰よりも師譲りであった。
雇用理論や雇用政策、財政論など、学説を丹念に紹介しつつ、従来いかに表面的なピグー批判が多かったかを、本書は明らかにする。「古典派経済学者たるピグーは、長期的には完全雇用がおのずと達成されると考えた」など、誤解の山の上にそれらの批判は築かれているという。
ケインズおよびケインズ革命に、ピグーという角度から光を当てることをも狙っている。同僚である両者はお互いを好敵手とみなしていた。学説の形成はおのずと相手の主張を意識している。ケインズだけを機械的に祖述したのでは、ケインズの本当の姿が見えてこないのである。
本書の意義は膨大な著作を読み込み、学説形成や理論の発展を跡づけたことにある。巻末に付けられたピグーの著作目録や参考文献録も含め、今後のピグー研究の基本書になろう。
| 誠実という悪徳―E・H・カー1892-1982 | |
![]() | ジョナサン・ハスラム 角田 史幸 現代思潮新社 2007-11 売り上げランキング : 63678 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
「私は孤独で、そして深く、深く、不幸です」という手紙を最後に一九八二年、九十年の生涯を閉じた二十世紀の代表的歴史家、E・H・カーの初の本格的評伝である。
表題が謎めいている。なぜ誠実が悪徳たりえるのか、まったく相反するものがどうして両立しえるのか。カーにかつて師事したケンブリッジ大学歴史学教授の著者が示そうとするのは、まさに一人の歴史家に深く刻み込まれた、その両義性の相貌(そうぼう)である。
ケンブリッジ大を卒業したカーは一九一六年から二十年間、英国外務省に勤務後、大半を学究生活で過ごした。
カーの仕事は膨大で、多義性にあふれる。社会主義革命へのロマン的憧憬(しょうけい)やリベラリズムの理想の一方、冷徹なパワー・ポリティックスを見据える現実主義者の目が存在する。ナチスやソ連のスターリン体制に対する姿勢にも矛盾した論調が見え隠れする。
挑発的な論争の書『歴史とは何か』では「歴史とは現在と過去との対話である」ことを強調したが、カーが畢生(ひっせい)の仕事としたのは『ソヴィエト・ロシア史』だった。スターリン路線の現実性を評価しつつ、そこに交差する敗者トロツキーへの失望と共感。カーが誠実に描こうとしたのは現代史が生成するうねりそのものだ。全体主義の持つプラス面も認めた知的誠実が世間的には悪徳と裁定されるのだろうか。角田史幸ほか訳。
| 実測!ニッポンの地域力 | |
![]() | 藻谷 浩介 日本経済新聞出版社 2007-09 売り上げランキング : 48406 おすすめ平均 ![]() 冷徹な数字が真実を語る~人口構造は嘘をつかないAmazonで詳しく見る by G-Tools |
日本政策投資銀行の地域振興部に所属する著者が、日本の地域社会の実像を様々な統計資料を駆使して描き出す。地域間格差について「都会も地方も、少しの時間差をおいて同時に沈んでいるだけ」と指摘し、「工業の活性化は地域振興に結びつかない」「高速交通網を整備すると人口はかえって減ることが多い」などの主張を展開する。内容は意外に思えるが、誰でも入手可能な統計をもとにしているだけに説得力がある。
| わたしのリハビリ闘争 最弱者の生存権は守られたか | |
![]() | 多田 富雄 青土社 2007-11-19 売り上げランキング : 14512 おすすめ平均 ![]() 世界的免疫学者の生き様に何を見るか?!Amazonで詳しく見る by G-Tools |
免疫学の世界的権威として知られる著者は脳梗塞(こうそく)に倒れ、リハビリ生活の傍ら、執筆を続けてきた。二〇〇六年四月、厚生労働省が保険診療報酬を改定したことで突然リハビリ治療が打ち切られる。本書は患者の立場から発した、政府の医療費削減政策への批判や提言をまとめた。著者の新聞への投稿を機に、リハビリ打ち切りへの反対運動が巻き起こるが、厚労省の改善策は現場の実態とはかけ離れたものだった。医療政策の罪深さが重く響いてくる。
| 断罪された「医療事故隠し」―都立広尾病院「医療過誤」事件 | |
![]() | 永井 裕之 あけび書房 2007-10 売り上げランキング : 53765 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
外用の消毒薬を誤って点滴され女性患者が亡くなった。都立広尾病院で衝撃的な事件が起きてから九年近くたとうとしている。亡くなった永井悦子さんの夫が事故と病院を相手取っての訴訟の経過をまとめた。事故を警察に届け出なかった医師を医師法上の義務違反で有罪とした判決は、その後、医療事故にとどまらず、医師・患者関係にも少なからぬ影響を与えたとされる。記憶に埋没させてはならない事件だ。
| 時代小説に会う! | |
![]() | 高橋 敏夫 原書房 2007-12-10 売り上げランキング : 27105 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
エンターテインメント小説に詳しい文芸評論家が、時代小説の魅力についてつづった。一九九〇年代から現在に至るブームの中心は藤沢周平であり、女性の読者も急増しているという。その背景には、生きにくい世の中で「かっこわるくても、みっともなくても、ねばりづよく生きていく」姿勢に共鳴する人々が増えていることがあると指摘する。町田康『パンク侍、斬られて候』など新しい動きにも目配りした作品論も読みごたえがある。
| マザーツリー 母なる樹の物語 | |
![]() | C・W ニコル 片岡 鶴太郎 静山社 2007-11-14 売り上げランキング : 5163 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
「権轟山(ごんごやま)」という山のふもとに芽を出し、豊かな自然に守られて成長した一本のミズナラの木。やがて近くに人間が住みつき、村ができる。四百年以上にわたって生き続けるミズナラの視点で、人間の営みを描いたファンタジー小説である。戦国時代から江戸、明治を経て現代へ。開発のためにミズナラが切り倒されそうになる場面では、幹に食い込むチェーンソーの痛みが伝わってくるような迫力だ。著者の自然に対する考え方がよくわかる。
| 王様と大統領 サウジと米国、白熱の攻防 | |
![]() | レイチェル ブロンソン 佐藤陸雄 毎日新聞社 2007-11-16 売り上げランキング : 10807 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
米国とサウジアラビアの同盟関係は、中東・ペルシャ湾岸周辺地域の政治情勢にとって死活的な重要性を持つ。両国の関係は「石油供給と安全保障供与の交換」と評されることが多いが、実際には冷戦期以来、幅広い命題で相互に補完し合う特殊な関係だった。
ところが、米国ではサウジに関する冷静な論考は少ない。実行犯十九人のうち十五人がサウジ国籍であった二〇〇一年九月の米同時テロ以降、粗雑な“サウジたたき本”が特に目立つようになった。
そんな風潮の中で、第二次世界大戦以前からの両国の関係をつづった本書は数少ないバランスのとれた本だ。石油と軍事にとどまらず多くの分野で続いてきた連携を客観的に記述し、両国の戦略や思惑の背景を、国際情勢の変化と合わせてわかりやすく説いている。
著者が最も強調するのは、安全保障上の必要性だけでなく両国が共産主義の脅威について認識を共有していた事実の重要性だ。だからこそサウジは米国の国際戦略を助ける資金を出し、石油収入の還流によって米経済を下支えしてきた。一方で、両国が反共のイスラム戦士を支援し利用したツケは、冷戦後のイスラム過激派の国際的ネットワークの拡大につながり、両国を苦しめる結果にもなった。
王制存続を最優先する行動パターン、政治環境の大きな転機となった一九七九年の一連の出来事など、著者はサウジ理解に不可欠なポイントをうまく押さえている。
欲を言えば、米国の赤字を補いドルを支える金融面でのサウジの役割や、冷戦後も米英の防衛産業を支えるためサウジが強いられた負担について、もっと書き込んでほしかった。プラザ合意によるドル急落、サウジが先導した原油急落という、八五年九月に始まり冷戦終結を導く経済要因になった二つの動きへの言及も物足りない。
共産主義という共通の敵が消え両国の関係は岐路を迎えた――本書のもう一つの論点については、原油高騰や対イラン政策をめぐる直近の関係の分析も必要だろう。
いくつか不満は残るものの、本書が豊富なエピソードで伝える中東現代史の表裏は興味深い。国際関係の大きな流れと変化を理解する上で一読に値する好著である。
N響80年全記録
佐野 之彦 (著)
一九二六年、東京・数寄屋橋の近くに四十数人の楽器奏者が集まり、小さな公園で記念撮影が行われた。NHK交響楽団(N響)の前身、新交響楽団が産声を上げた瞬間だ。
編集者としてスポーツや音楽などの情報に網をかけてきた著者は、N響結成八十年を機に膨大な資料を渉猟、生き字引であるたくさんのOB楽員にも取材し、楽団史を編み直した。トロンボーンを吹くアマチュア音楽家でN響の演奏を聴く機会も多いが、クラシック音楽関連書籍の著作は初めて。老舗楽団の歴史探訪は驚きの連続だった。
「大戦のさなかでも定期公演をやめなかったと聞いたときには心底すごさを感じた」。四五年三月の東京大空襲の数日後にもN響は定期公演を開き、ストラビンスキーの『火の鳥』などを演奏したという。「本拠地の日比谷公会堂が空襲で焼けなかった幸運もあるが、何が何でも演奏をという楽隊精神は、インタビュー中のOB楽員の語気や表情にもにじみ出ていた」
N響は、NHKという強力な後ろ盾を持ち続けてきた恵まれた楽団と映る。だが、「順風満帆なんてとんでもない。様々な試練や事件があった。演奏レベルの高い今のN響は、厳しい経験が育てた存在」という。
五一年、過密な演奏スケジュールのさなかに指揮者の尾高尚忠が過労死。NHKが批判の渦中に落ちた。五九年に常任指揮者に就いたシュヒターの完全無欠を目指す無慈悲な特訓は楽員にとっては「戦い」であり、実際多くの楽員が辞めた。近衛秀麿、ローゼンストック、カラヤン、小澤征爾、サバリッシュ、マタチッチ、デュトワ……。数々の名指揮者とは、幸福な出会いもあれば確執もあった。
「今の楽員はサラリーマン化したともいわれるが、楽隊精神は健在」とみる。歴史を貫く心の発見が、執筆の推進力になった。
| なぜ、植物図鑑か―中平卓馬映像論集 (ちくま学芸文庫 ナ 14-1) | |
![]() | 中平 卓馬 筑摩書房 2007-10 売り上げランキング : 23743 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
撮ることとは何かを考え抜いた写真家が映像や美術に思考を広げた論集。ゴダールの映画で流れた血の正体は何だったのか。浅間山荘事件を一週間放送したテレビ映像がもたらしたものとは? 三十年以上前の著書の復刊だが、眼力に満ちた論考は今の人々にこそ写真や映像の真の意味を問いかける。
| 日本は中国でどう教えられているのか (平凡社新書 398) | |
![]() | 西村 克仁 平凡社 2007-11 売り上げランキング : 52742 おすすめ平均 ![]() 中国と前向きにつき合うためにAmazonで詳しく見る by G-Tools |
現役の高校教師が、北京の中学・高校で半年間、歴史の授業を見学した。その様子をまとめたのが本書だ。近代日中関係史を屈辱と抵抗の歴史ととらえ、「南京大虐殺」はもちろん、抗日戦争の戦略論まで教える。内容に疑問を覚える部分もあるが、生徒の知識は驚くほど豊富だ。
| コーチングの神様が教える「できる人」の法則 | |
![]() | マーシャル・ゴールドスミス マーク・ライター 日本経済新聞出版社 2007-10 売り上げランキング : 301 おすすめ平均 ![]() 人を動かすには… 部下を持つ人なら誰にでも心当たりがあるはずAmazonで詳しく見る by G-Tools |
一分野の専門家と違って、経営者には多くの人を動かすリーダーとしての能力が求められる。著者は米国で、そうした能力を求める企業経営者を指導する、「エグゼクティブ・コーチ」という特殊な仕事をするプロである。
経営者に選ばれるのは一般に仕事が飛び抜けてできるからだが、この手の人には往々にして欠けている面がある。成功者だけに自信がありすぎて、自分の流儀をかたくなに守ろうとしがちである。
その結果、リーダーとして好ましくない癖を身につけているという。本書は、「負けず嫌い」「自分がいかに賢いかを話す」「人の話を聞かない」など二十の癖を挙げている。これでは鼻持ちならないので、人がついてこない。
矯正するためのコーチングは、周囲の見方を本人に伝えて、自分の欠点を自覚させることから始まる。あとは部下に対して、聞き上手になる、素直に「ありがとう」と言うなどのように、行動を改められるかどうかだという。
米国の企業風土に独特の問題を扱っているようにみえるが、人の気持ちは日本とあまり変わらないように思える。リーダーとして謝るべき時には率直に謝罪しろや、人の話は最後まで聞けなどの助言には、違和感が全くない。
人間性をよく洞察した結果だろう。単なるリーダーシップ論でなく人間論としても読める。斎藤聖美訳。
| 1997年――世界を変えた金融危機 (朝日新書 74) | |
![]() | 竹森 俊平 朝日新聞社 2007-10-12 売り上げランキング : 734 おすすめ平均 ![]() 「不確実性」を前提とした政策当局の危機管理の必要性説く 頭の整理になるが学者の限界も見える 今年度下半期最高の経済書の一つになるのではAmazonで詳しく見る by G-Tools |
世界経済をサブプライムローン(信用度の低い個人向け住宅融資)問題が揺さぶっている。一九九七年から九八年にかけては国際金融危機が発生した。確率分布の想像がつく「リスク」と異なり、何が起こるか分からない「真の不確実性」が十年前の世界を襲ったのだ。本書は十年前の危機と今の危機を往来する。
市場重視のシカゴ学派。その祖フランク・ナイトこそが市場の裂け目である「真の不確実性」を理論付けた。ナイト理論を発展させたのは、ベトナム戦争の「ペンタゴン・ペーパー」を暴いたダニエル・エルスバーグ。ミルトン・フリードマンは「ナイトの不確実性」を封印した。記述は語り部の面目躍如である。
本物の経済は不確実性に満ちている。昨年刊行の前著『世界デフレは三度来る』で、著者はITバブル崩壊後のグリーンスパン前米連邦準備理事会議長による大胆な金融緩和を、世界不況の防止役として積極的に評価。住宅バブルが崩壊したら「迅速に、強力に緩和策を採る」との危機管理型金融政策を示した。
だが住宅バブル崩壊後に刊行された本書では、ブッシュ政権を挙げての積極策で米景気が立ち直っても、米国が「ナイトの不確実性」のトラウマに陥ると、「長期にわたり世界経済の成長の重しとなるかもしれない」と結ぶ。見立ての違いなのだろうか、危機管理型政策の限界なのだろうか。
| 私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか。 (講談社文庫 し 82-1) | |
![]() | 島村 英紀 講談社 2007-10 売り上げランキング : 146621 おすすめ平均 ![]() 見方を変えれば、別の世界が開ける 拘留生活を追体験できますよAmazonで詳しく見る by G-Tools |
拘置所でも土用の丑(うし)にはウナ丼が出る。何を頼むにも「願箋(がんせん)」なる書類が必要で、ノートは使い方が細かく決まっている。ラジオニュースは夜七時からきっかり十分間。入浴は厳密に十五分間……。
「奇妙な事件に巻き込まれ」て、札幌拘置所に百七十一日間も放り込まれた国際的な地震学者が、そこでの体験を、ときにはユーモアも交えてつづった異色の書である。
著者は二〇〇六年、自ら開発した海底地震計をめぐり、ノルウェーの大学を被害者とする詐欺罪で札幌地検に逮捕・起訴された。もともと北海道大学が業務上横領で告訴した事案で、背景には北大の内部事情もあったとされる。
ノルウェーの大学側は被害の認識はないと裁判で証言し、著者は一貫して罪状を否認した。しかしこのために保釈請求を何度も退けられ、異例の長期拘置を強いられる。いわゆる「人質司法」だ。
事件そのものも不可解だが、この本の値打ちは、拘置所での日々を科学者ならではの観察眼で見つめ、人質司法の実情を浮かび上がらせた点だ。滑稽(こっけい)なまでの規則の数々。裁判の空疎さ。理不尽な現実が、淡々と描かれていく。
判決は執行猶予付きの懲役三年だった。著者は考えぬいた末に、控訴を断念した。「私は思っていたよりもずっと大きなものの尻尾を踏んでしまったのではないか」。最後の言葉が印象的である。
| ありふれた景色 | |
![]() | 立木 義浩 ピエ・ブックス 2007-11 売り上げランキング : 297383 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
多くの旅先で撮影した「ありふれた景色」。年代や場所を記さないままミックスし、並べているのが想像を刺激して楽しい。ヨーロッパのどこかで撮った料理店の準備風景、アジアの街角でハサミを使う理髪師などは、時と場所をどこに移しても通用する。それでいて、よく見れば土地固有の文化を反映している。一人ひとりが似て非なる人間の営み。それを見る著者のまなざしにぬくもりを感じる。
| 真珠湾攻撃総隊長の回想 淵田美津雄自叙伝 | |
![]() | 淵田 美津雄 中田 整一 講談社 2007-11-30 売り上げランキング : 264 おすすめ平均 ![]() 戦争を消化すること かなり良い出来です 読んでよかったAmazonで詳しく見る by G-Tools |
一九四一年十二月八日の真珠湾攻撃を指揮した淵田美津雄・海軍中佐が六十五歳から死去直前の七十三歳までしたためていた自叙伝。真珠湾の英雄は戦後、洗礼を受けキリスト教の牧師として米国を巡礼する日々を送る。戦争によって全く異なる二つの人生を生きることになった男の虚脱感、苦悩が描かれる。ミッドウェー海戦への手厳しい批判など、軍内部での温度差を裏付けるエピソードが興味深い。
| 「利益力世界一」をつくったM&A―企業価値最大化に賭けた男たち | |
![]() | 金児 昭 日本経済新聞出版社 2007-09 売り上げランキング : 147879 おすすめ平均 ![]() M&Aのモラルコンパス的一冊Amazonで詳しく見る by G-Tools |
多作で知られる著者百冊目の本。得意の実践書と思ってページを開くと面食らう。経済小説仕立てになっているからだ。しかし、そこは経理の大家として名を馳(は)せただけあって、M&A(合併・買収)の仕組みや手続きなどに関する記述はどれも専門的で詳しい。経済小説としての完成度が高ければ、より興味深い書物になっただろう。
| オープンビジネスモデル 知財競争時代のイノベーション (Harvard Business School Press) | |
![]() | ヘンリー・チェスブロウ Henry Chesbrough 諏訪 暁彦 翔泳社 2007-11-20 売り上げランキング : 2151 おすすめ平均 ![]() イノベーション仲介企業とトロールAmazonで詳しく見る by G-Tools |
製品を生み出す上で必要とされる技術が高度に複雑・多様化している現在の産業界では、企業は社外のアイデアを有効に活用しつつ、自社のアイデアを社外に提供することで企業価値を高めていく必要がある。米ハーバード大学教授である著者は、それを「ビジネスモデルのオープン化」と呼び、具体化のための手がかりを豊富な事例を交えながら解説する。知的財産権の保護と活用というテーマを考える上でも示唆に富む。栗原潔訳。
| 旅の博物誌 | |
![]() | 樺山 紘一 千倉書房 2007-10-31 売り上げランキング : 17195 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
交通事情の劣悪な中世ヨーロッパでロマネスク様式の教会建築が広く普及したのはなぜか。その多くが旅の街道沿いに建っていることに謎解きのヒントがあるという。建築家の代表格だった石工はしばしば旅に出たばかりか国際組織を作り、技術情報の交換に熱心だったというのだ。様々な事例を通して、文化伝搬の礎は「旅」にあるとの視点で東西の文化史を論じ直した。西洋ルネサンスの背景にイスラム文化があったなど、目を見開かされる記述が多々ある。
| 演劇論の変貌―今日の演劇をどうとらえるか (叢書演劇論の現在) | |
![]() | 毛利 三彌 論創社 2007-11 売り上げランキング : 187238 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
一九七〇年代、演劇研究者は舞台を記号論的方法で読み解き始め、九〇年代には「パフォーマンス(上演)文化」としての演劇に焦点を移行させた、とベルリン大学のE・フィシャー=リヒテ演劇学教授は論じる。このように本書は、米、英、日など六カ国の研究者八人が演劇の現状を総括し未来への展望を論じた評論集。多彩な演劇現象の底に潜む問題を解釈する基礎的研究が欠けているというのが基本認識で、ほかに異文化接触、演劇とニューメディアなど多面的な角度から斬りこんでいる。
| 「長寿食」世界探検記 (ちくま文庫 や 34-1) | |
![]() | 家森 幸男 筑摩書房 2007-11 売り上げランキング : 176891 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
WHO(世界保健機関)の専門委員として、世界六十一カ所で二十年以上にわたり食生活と健康の関係を調査してきた著者が、現地での経験をもとに長寿食の秘密を解き明かした。生きた虫を食べる中国や、モルモットのフライを食べるエクアドルといった珍長寿食の紹介など、読み物として面白く、食生活改善の参考書にもなる。
| 写真を愉しむ (岩波新書 新赤版 1106) | |
![]() | 飯沢 耕太郎 岩波書店 2007-11 売り上げランキング : 14187 おすすめ平均 ![]() 写真をより深く愉しむための本Amazonで詳しく見る by G-Tools |
写真評論家が「見る」「読む」「撮る」「集める」の四章立てで、あらゆる写真愛好家に向けて書いた指南書。自分の「けもの道」を探し写真ギャラリーを巡るコツ、名写真集の読み方、撮影した写真のポートフォリオ作成法など、すぐに始められる具体的で実践的な内容だ。身の回りにあふれる写真イメージとの付き合い方のヒントにもなる。
| 病み情報社会 | |
![]() | 金子 義保 新書館 2007-11 売り上げランキング : 12885 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
現役の医師。今年三月まで東大付属病院の医長を務めていた。初めての著書は社会問題になっているフィブリノゲンによる薬害C型肝炎をはじめ、生活習慣病やうつ病など、様々な病の原因や治療法などについて解説している。目次をみると医学書の体裁だが、実は医療の観点から、現代社会のパラダイム転換が必要と訴える類のない啓蒙(けいもう)書だ。
医師としての卒論だという。これまで学術論文は多数物してきたが、一般向けに本を出そうと思い立ったのは、四―五年前のこと。当時、糖尿病患者を薬ではなく、エクササイズなどを通じて治療しようと取り組んでいたが、うまくいかない。ちょっと食生活を変えればいいはずの病気が治らないのは、会社の営業で宴席が避けられないといった「個人を取り巻く社会環境に原因があるのでは」との考えに至ったからだ。
精神疾患についても、「終身雇用制が崩れ、雇用が不安定になってきた時期から、うつ病が増え始めた」と指摘。製薬会社が患者の健康よりも自社の利益を優先するなど、病気を生み出す社会にあふれる考え方を「病み情報」と名付けた。患者を減らすには社会全体が変わらないといけないと主張する。
四百ページに及ぶ大著は古代メソポタミアの文明論に始まって、最先端の脳科学までをカバーする。「現代の医学研究は分子レベルまで高度化されてきた。高度医療は必要だが、医師は専門に閉じこもるのではなく、もっと広く世の中を見ていく必要がある」と、医師や医学生に対して、視野を広げるように呼びかける。
我々は現代の様々な病から逃れるために、これからどうすればよいのか。「個人は一人分の消費をすること。自らの限りない欲望を少し制限して、暮らし方を少しでいいから変えよう」というのが金子さんの書いた処方せんだ。

















頭の整理になるが学者の限界も見える









