メイン > 日経新聞日曜版『読書』 > 2006年6月11日~6月18日

ジプシー 歴史・社会・文化
ジプシー 歴史・社会・文化水谷 驍

平凡社 2006-06-10
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放浪の民といった画一的なイメージで「ジプシー」と呼ばれる人々をとらえることの誤りを解き、その歴史と実像の究明に、正面から取り組んだ。一つの民族を起源とする学説さえあるこの人々は、実は多様な人間集団で暮らし向きも異なり、定住生活をしている人々も多い。先入観がいかに事実を見誤らせるかがわかる。

■2006/06/18, 日本経済新聞 朝刊, 23ページ

ドナウよ、静かに流れよ
ドナウよ、静かに流れよ大崎 善生

文藝春秋 2006-06
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「邦人男女、ドナウで心中」。ウィーン発の小さな新聞記事を見た著者は、留学中にドナウ川に身を投げた十九歳の少女の死の真相を追う旅に出る。三十三歳の指揮者に恋し、死を選んだ彼女。取材を重ね、その内面に迫っていく「私」。本書は恋愛小説の名手による、かなしみに満ちたノンフィクションだ。

■2006/06/18, 日本経済新聞 朝刊, 23ページ

法隆寺の謎を解く
法隆寺の謎を解く武澤 秀一

筑摩書房 2006-06
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世界最古の木造建築である法隆寺にまつわる謎解きに、インドで仏教などの宗教建築を調査してきた著者が挑む。中門の真ん中に、人の出入りを妨げるような柱が立っているのはなぜか。本堂に新旧二つの本尊が安置されている理由は。様々な疑問に答えようとする中で、法隆寺の創建、再建時期である七、八世紀の政治状況に注目。古代王朝が繰り広げた激しい権力闘争の痕跡が、寺の構造に刻印されていると指摘する。

■2006/06/18, 日本経済新聞 朝刊, 23ページ

電力自由化に勝ち抜く経営戦略―電気事業の近未来
電力自由化に勝ち抜く経営戦略―電気事業の近未来矢島 正之

エネルギーフォーラム 2005-12
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電力産業の経済学
電力産業の経済学穴山 悌三

NTT出版 2005-03
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電力自由化という壮大な詐欺-誰が規制緩和を望んだか
電力自由化という壮大な詐欺-誰が規制緩和を望んだかシャロン・ビーダー 高橋 健次

草思社 2006-04-21
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先月末、エンロンのケネス・レイ元最高経営責任者(CEO)に最長で禁固四十五年の評決が下った。判決の言い渡しは九月だが、日本のライブドア事件、村上ファンドなどにもつらなる不正会計、インサイダー取引、市場の悪用などの“先駆者”でもあるエンロン事件は決着に向かいつつある。

だが、ある意味でエンロンが提起した「電力自由化」という問題はいまだに評価が定まらず、世界で議論が続いている。そうした中で、電力自由化をめぐる多様な著作が相次いで、出版されている。

電力自由化問題の研究では、日本の第一人者といって間違いない矢島正之氏の編著『電力自由化に勝ち抜く経営戦略』(エネルギーフォーラム・二〇〇五年)は、電力事業の改革を前向きにとらえながら、電力会社はじめ個々のエネルギー企業の経営戦略を考えていこうとする新しい試みである。欧州を中心とする先行事例から多くの教訓を得ようとするスタンスは、実用的であり、示唆に富んでいる。

●欧州は本業回帰へ
まず事業展開を、垂直、水平、地域の三方向のディメンション(次元)に分け、方向性を探っている。「垂直」とは資源開発、発電などの上流、送配電網などネットワークの中流、小売りの下流であり、「水平」はエネルギー関連から非エネルギー分野などへの多角化を意味している。「地域」は言うまでもなく地元、国内から海外に向けての展開である。

「垂直」の次元では「卸市場、小売市場の異なる動きへのリスクヘッジ」「需要家ニーズへの的確な対応」「安定供給のブランド」などから発電と供給ネットワークの統合の方向を示している。

興味深いのは、「水平」展開だ。日本の電力会社は通信、防犯、介護など事業の多角化に力を入れようとしているが、多角化が進んだ欧州では逆に本業回帰の動きが進んでいるとの指摘だ。電力各社は設備投資の減少に伴ってフリーキャッシュフローが膨張しており、安易な多角化に走りやすいだけに押さえるべきポイントといえる。

穴山悌三著『電力産業の経済学』(NTT出版・二〇〇五年)は、一九九〇年代に始まった電力自由化を歴史的かつ網羅的に振り返った著作である。電力の特質、日本の電力産業の歴史的経緯から説き起こし、制度改革論、さらにはここ数年、大きなテーマとなってきた「電力自由化と原子力開発」についても論じている。

電力は消費と生産が同時に起きる(同時同量)や貯蔵の困難さなど他の産業にない難しさがある。そうした特質から著者は「電力産業は不完全市場としての性格を容易には脱し得ない」とし、市場メカニズムによる調和が果たされる「理想的な完全市場」を追求することへの懐疑を示す。

著者が主張する「規制と市場の共存」「共同規制へのチャレンジ」は電力自由化の現実的な解として大いに注目すべきであろう。

●負の側面どこまで
電力自由化をまったく異なる視点で論じた著作もある。ニュージーランド生まれで、主にオーストラリアで仕事をしてきたシャロン・ビーダー氏が著した『電力自由化という壮大な詐欺』(高橋健次訳、草思社・二〇〇六年)である。米カリフォルニア州での電力不足、エンロン事件など自由化の負の側面を丁寧に調べ、その背景に電力自由化を事業拡大、寡占強化のチャンスとして利用した勢力がいると指摘している。

著者は「電力自由化とは、電力の所有と支配を民間にゆだねる大転換であり、国民と環境を守ってくれる規制をやめる」ことと結論づけている。

そうした一面を否定することはできないし、実際に一部の国では著者の指摘する通り、消費者を犠牲に一部の企業が利益を拡大したという問題も起きている。だが、日本の電力自由化を著者の論点で断じるのも行き過ぎで、自由化のプラス面にも目を向けた冷静な議論が必要だ。読者の目を引こうとした強引な書名にも違和感が残る。

■2006/06/18, 日本経済新聞 朝刊, 23ページ

デジタルな生活―ITがデザインする空間と意識 日本の〈現代〉10
デジタルな生活―ITがデザインする空間と意識  日本の〈現代〉10小川 克彦

NTT出版 2006-04
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若者が音楽を聴く手段といえば、「iPod」に象徴されるデジタル音楽プレーヤーが今や主流だ。ステレオを屋外で聴けるようにしたのは「ウォークマン」が最初だが、音楽の鑑賞スタイルに一番影響したのが一九八二年に登場したCDである。本書はそうした様々なデジタル技術が我々の生活をどう変えてきたかを解説した本である。

著者はNTTの研究所の技術者で、様々な情報技術に囲まれた暮らしを「デジタルな生活」と呼んだ。その起源はパソコンやワープロ、自動車電話などが登場した七九年にさかのぼるという。特にインターネットの登場で、情報技術が人間社会のコミュニケーションを支えるインフラになったと指摘する。

中でも新しい現象はネットによるサイバースペース(電脳空間)上に様々な電子コミュニティーが登場していることだという。通信の主体はあくまで人間だが、よく見るとそこには人間の代役となる化身が存在し、化身同士の交流が現実世界にも影響を与え始めたと著者は分析する。

こうした情報技術は人間に新しい自由をもたらしたが、一方で家族や企業など伝統的なコミュニティーを弱めている面も否めない。したがって「デジタルな生活」を健全に広めていくには、新たな技術開発が必要だと説いている。これまでのデジタル技術の生い立ちや仕組みがわかりやすく説明されており、興味深い読みものといえよう。

■2006/06/18, 日本経済新聞 朝刊, 24ページ

「反戦」のメディア史―戦後日本における世論と輿論の拮抗
「反戦」のメディア史―戦後日本における世論と輿論の拮抗福間 良明

世界思想社 2006-05
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戦後の日本社会を特徴づける「反戦」という価値観は、この六十年でどう変化してきたのか。本書は書籍、映画というメディアに現れた「反戦」作品の分析を通じ、この問題に切り込んでいる。

竹山道雄『ビルマの竪琴』、壺井栄『二十四の瞳』、戦没学生の手記を集めた『きけわだつみのこえ』などを対象に、原作の出版や文庫化、映画化といった節目に着目。同じ「反戦」メッセージを含んだ作品でも、時々の政治状況、国際関係などの影響を受けて人々の受け止め方が大きく異なる実態を描き出す。

例えば一九四九年に原作が出版された『わだつみ』。最初の映画化があった五〇年代前半は戦争体験世代の共感を得たものの、六〇年代末にかけての学生運動全盛期では逆に日本の戦争責任を自覚しない「反動の象徴」という評価が大きくなる。それが九五年の映画化になると、「若者への分かりやすさ」や加害責任にも言及する「健全な愛国心」を強調しているかどうかに評価の基準が移っていく。

本書のもう一つの特徴は、「反戦」作品への反応を、論理や史実を基にした「輿(よ)論」、戦場体験などに端を発する心情に重きを置く「世論」に分けて論じた点だ。戦争と平和に対する戦後日本人の態度は両者の絶え間ないせめぎ合いの中で紡がれてきたと著者は説く。実際の戦争を知らない者が大多数となった今日、戦争を論じる際の軸になる視点を本書は提示している。

■2006/06/18, 日本経済新聞 朝刊, 24ページ

アディダスVSプーマ もうひとつの代理戦争
アディダスVSプーマ もうひとつの代理戦争バーバラ・スミット 宮本 俊夫

ランダムハウス講談社 2006-05-25
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オリンピックやサッカーのワールドカップ(W杯)は運動用品各社にとってマーケティングのための戦場だ。試合場を舞台に、選手を役者に見立て、巨額の契約金や協賛金をつぎ込み自社製品のデモンストレーションを世界に向け展開する。こうした投資は応援団の青いTシャツや子供たちの運動靴の売り上げという形できっちり回収される。

ドイツの製靴会社、ダスラー兄弟社はナチス時代のベルリンオリンピックで名を挙げた。その後兄弟は仲たがいの末たもとを分かち、「アディダス」と「プーマ」の名で国境を超えた陣取り合戦を繰り広げる。やがて有力選手に対し「(本書によれば)法外な」契約金を掲げた米ナイキの台頭でいったんは破産寸前に追い込まれ、新たな戦略のもとに今では復活を遂げた。

本書の軸はあくまで表題にある二社のブランドビジネス史だが、わが国の読者にとっても遠い物語ではない。日本の消費者の豊かな懐を狙い人気選手に海外メーカーが接近する。契約を切られる代理店、融資する金融機関、イベントを仕切る広告会社など重要なプレーヤーとして日本人・企業が随所に登場する。日本メーカーは東京オリンピックという大舞台をブランドイメージの確立に生かし切れなかったとの指摘は耳が痛い。

拡大するスポーツ市場を巡るマーケティングの実態を理解できると同時に、開催中のW杯観戦に妙味を添える一冊。宮本俊夫訳。

■2006/06/18, 日本経済新聞 朝刊, 24ページ

Beautiful Women in Kyoto―京都ほんやら洞・八文字屋の美女たち
Beautiful Women in Kyoto―京都ほんやら洞・八文字屋の美女たち甲斐 扶佐義

冬青社 2006-06
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京都に住む甲斐さんは写真家であり、バーのマスターでもある。昼は路地をはいかいして、街を撮る。夜はカウンターに立って、客を撮る。レンズは標準の50ミリしか持っていない。

店にはあちこちから美しい女性が飲みに来る。甲斐さんは彼女たちの写真集を毎年自費で編む。365人の美女を誕生日ごとにまとめたのが本書。みんなリラックスして、いい顔をしている。こういうふうに酔いたいものだと思う。

■2006/06/18, 日本経済新聞 朝刊, 24ページ

人口減少デフレは始まっている―21世紀に横たわる第五の景気循環
人口減少デフレは始まっている―21世紀に横たわる第五の景気循環公文 敬

東洋経済新報社 2006-04
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昨年、政府推計より二年早く総人口の減少が確認されたのを機に、このテーマを扱った出版が相次いでいる。本書の特徴は悲観論だ。需要減退を主因として今世紀の日本経済は超長期のデフレに直面する可能性があると分析する。コンドラチェフ波動より長期の経済停滞がやってくるという推論は興味深いが、グローバル化や情報化の深まりを考えると、人の減少が経済に及ぼす負の影響は思ったほどでもないかもしれない。

■2006/06/18, 日本経済新聞 朝刊, 25ページ

官庁セクショナリズム
官庁セクショナリズム今村 都南雄

東京大学出版会 2006-05
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行政学の第一線の研究者が、日本の官僚制度の弊害として指摘されることの多い、官庁セクショナリズムの病理と対処指針をアカデミックな観点から論じた。実態例の紹介がやや少なく、抽象論に傾斜しているのが難点だが、小さな政府実現に向け、日本の公務員制度改革が社会的に大きな話題となるなか、数多くの問題点や、論点をコンパクトに読みやすく整理している。

■2006/06/18, 日本経済新聞 朝刊, 25ページ

地域ブランドと産業振興―自慢の銘柄づくりで飛躍した9つの市町村
地域ブランドと産業振興―自慢の銘柄づくりで飛躍した9つの市町村関 満博 及川 孝信

新評論 2006-05
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地域が中央からの自立を求められる中、見過ごされてきた地域資源を再発見し、産業化するために有効となるのが地域ブランド戦略。北海道小樽市のモノづくり職人活動、長野県小布施町のクリ菓子、高知県馬路村のユズ加工品など、地域のブランド化に成功した九カ所の事例を詳しく紹介。地域住民が「豊かで不安のない暮らし」を送るための「一点突破型・総力戦」の仕掛け方を指南する。

■2006/06/18, 日本経済新聞 朝刊, 25ページ

文楽でございます
文楽でございます武井 加津子

ゴマブックス 2006-05-19
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芸人の家に生まれ、上野の寄席・鈴本演芸場に勤めている時に桂小益と出会い結婚。のちに小益が九代目桂文楽を襲名。落語家のおかみさんとして四十年の著者によるエッセー。電話が鳴ると「文楽でございます」と出て、スケジュール管理をこなすも仕事のことには口を出さず、夫の好きな料理を作り、一年中着物で通す。「あたしはあたしのする事をしてるだけなんです」という、地味だけれども粋な暮らしぶりが何とも心地いい。

■2006/06/18, 日本経済新聞 朝刊, 25ページ

世界の作家32人によるワールドカップ教室
世界の作家32人によるワールドカップ教室マット ウェイランド ショーン ウィルシー Matt Weiland

白水社 2006-05
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サッカーワールドカップ・ドイツ大会に出場している三十二カ国を、主に英語圏の作家やジャーナリストが紹介したエッセー集だ。国の経済や政治状況からサッカーの特徴を説いたり、ファンの実態をルポしたりするなど、文章の展開は様々。どの国の文章が魅力的か、という読み比べも楽しめる。編者の一人、ウェイランド氏は国際情勢などを積極的に取り上げる英国の文芸誌「グランタ」の副編集長。民族構成や経済力など各国の基礎データも掲載し、W杯観戦を通じて世界を学ぶ材料も提供している。越川芳明ほか監訳。

■2006/06/18, 日本経済新聞 朝刊, 25ページ

科学者という仕事―独創性はどのように生まれるか
科学者という仕事―独創性はどのように生まれるか酒井 邦嘉

中央公論新社 2006-04
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衛星放送に「CSI」という米国のテレビドラマがある。警察の鑑識課員が主役で、綿密で地道な機器分析や遺体解剖などを手がかりに難事件を解決する。登場する鑑識課員がまた“かっこいい”ので、米国では科学者を希望する学生が増えたとか。日本でも鑑識課員を題材にした漫画が連載されているが、こちらはやや虫オタクっぽい。でもまあ、いいか……。

今でもそうかもしれないが、科学者は長くカタイ(融通が利かない)、ダサイ(よれよれの白衣を着ている)の代名詞であった。以前、各国の小学生に科学者のイメージを絵に描いてもらう試みがあった。多くの国では明るい太陽の下でばりばり仕事をする美男美女(?)を描いたのに対し、日本の子供たちはぼさぼさの髪で実験器具に取り囲まれてひとり部屋に閉じこもっている姿を描いた。彼我の目に映る科学者像にはこんなに差があるのか、と思ったものだ。

こうした現状を少しでも直そうというのがこの本の趣旨だ。読んでみて、科学者の行動や発想を通して本当の科学者像を知ってほしいということが伝わってくる。不思議に挑戦する科学者のセンスや創造力、最近何かと話題になっている研究費の流用問題などの科学者の倫理まで、触れる題材も多岐にわたる。

科学者には運・鈍・根に加え「勘」が必要との指摘にもうなづかせるものがある。四年ほど前に同じ出版社から『科学を育む』(黒田玲子著)がでている。本書をこれと読み合わせてみてもよいだろう。

これからの科学者は(学問分野の)融合、(他の人や組織との)連携、(成果の社会への)還元にもっと目を向けなければならない。その意味から、著者が言う科学者の発表のセンス=(自分の仕事を)伝える力の大切さは増している。まさに“Publish or Perish(出版か消滅か)”なのである。

古今東西の科学者の言葉・仕事から始めるなど、各章の書き出しに工夫が見られる。「わかりやすく」は正しく理解してもらうための第一歩であるから、これは好感がもてる。ただ、科学嫌い(?)にも読んでもらおうと思ったら、もう一皮むけた表現、導入があってもよかった。

■2006/06/18, 日本経済新聞 朝刊, 25ページ

余命
余命谷村 志穂

新潮社 2006-05-30
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女性の生き方を描いた小説やノンフィクションで知られる作家が、今回の長編で取り組んだのは生と死の問題。「『命を区切る』とはどういうことかを、小説で書いてみたかった。愚直といえるほど直球のテーマに、真正面からぶつかったつもり」と振り返る。

主人公の勤務医、滴(しずく)はカメラマンである夫の良介と二人暮らし。三十八歳で妊娠が分かり、喜んだのもつかの間、がんの再発を知る。治療を優先させれば子供はあきらめざるをえない。産みたい、でも生きたい。彼女は悩んだ末に、ある決断を下す。

「患者に向き合ったときの心境などは、本物の医者じゃなければ分からないと思ったこともある。でも監修の先生から話を聞かせていただき、執筆を進めるうちに、自分でも手術ができるんじゃないかと思うくらい、感情移入ができるようになった」

もともとは女性誌に連載した小説だが、良介を売れっ子から売れないカメラマンに変更するなど、大幅に加筆・修正した。人はいいが、どことなく生きる気力に乏しかった良介は、妻の病を知ることで次第に強くなっていく。「夫婦は互いのいろいろなものを引き受けなければならない関係。病気やリストラといった逆風のときにこそ、受け止める覚悟が最も求められると思う」

作品を生むのは「場との出合い」と話す。今回は医療現場とともに、奄美大島という「場」が大きな役割を果たしている。滴は東京での仕事を休み、良介とともに母の故郷である奄美を訪れる。そこは「生命力の象徴」であり、死の影と対比されている。

執筆の合間を縫って、四歳の長女とともにピアノを習い始めた。「とにかく歩けば様々な棒に当たる」と語る旺盛な好奇心が、多くの出合いにつながっているのだろう。

■2006/06/18, 日本経済新聞 朝刊, 25ページ

テレビ 新しい詩人 1
小笠原 鳥類 (著)

死期盲 新しい詩人 2
キキダダマママキキ (著)

数奇な木立ち 新しい詩人 03
手塚 敦史 (著)

二〇〇〇年以降に登場した新しい世代の詩人を一人一巻で紹介するシリーズ「新しい詩人」(思潮社)の刊行が始まった。現代詩の衰退が指摘される中、時代への危機感を独自の言語感覚で紡ぐ計十二人の作品を取り上げる。既刊は小笠原鳥類『テレビ』、キキダダマママキキ『死期盲』、手塚敦史『数奇な木立ち』の三冊で、いずれも二十歳代の詩人を集めた。各巻千九百円。

■2006/06/18, 日本経済新聞 朝刊, 25ページ

こころの問題事典
こころの問題事典藤永 保

平凡社 2006-06-15
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凶悪犯罪、格差拡大などの社会病理現象から生じる心の問題に対処するための『こころの問題事典』(平凡社)が刊行された。「家族・家庭の問題」「入社から定年まで」などの七つの章立てをした中に「テレビと子ども」「育児ノイローゼ」「過労死」などの小項目を立てて現状や問題点を平易に解説している。監修の藤永保氏は日本教育大学院大学学長。

■2006/06/18, 日本経済新聞 朝刊, 25ページ

感動! ブラジルサッカー
感動! ブラジルサッカー藤原 清美

講談社 2006-05-19
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二〇〇一年からブラジルに移住し、サッカーの代表チーム「セレソン」に密着取材を続ける著者が、ワールドカップで最多の五度の優勝を誇る強さの秘密に迫る。ロナウジーニョら中心選手へのインタビューを通じ、浮かび上がるのは「サッカーを愛する」という子供のような純粋さと、勝利への飽くなき渇望。貧しい子供たちのために慈善事業を行う選手の姿を描き、貧富の差が激しいブラジルの現状も伝える。

■2006/06/11, 日本経済新聞 朝刊, 23ページ

華族―近代日本貴族の虚像と実像
華族―近代日本貴族の虚像と実像小田部 雄次

中央公論新社 2006-03
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著者は明治以降の貴族階級である「華族」の実態を考察し、日本の近代の特質をあぶり出そうとする。華族制度は戦争や経済発展の功労者を新興層として急速に組み込み、かえって基盤をもろくした。日韓併合後の「朝鮮貴族」の苦悩や、昭和前期の超国家主義の台頭について、華族が果たした役割を指摘した点も光る。

■2006/06/11, 日本経済新聞 朝刊, 23ページ

神々の食
神々の食池沢 夏樹 垂見 健吾

文芸春秋 2006-06
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沖縄の食材と食の現場を取材したエッセー集。戦後再現された泡だけの不思議なお茶、近代の技術で普及した伝統食「とうふよう」など現地に暮らした著者の視点が光る。一人の教師を通じてブラジルから伝えられたコーヒー、米軍基地の子供たちが掘る紅芋のエピソードからは世界とつながる沖縄のいまがかいま見える。

■2006/06/11, 日本経済新聞 朝刊, 23ページ

グラウンド・ゼロと現代建築
グラウンド・ゼロと現代建築飯島 洋一

青土社 2006-05
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米同時テロによる世界貿易センタービルの破壊は何を意味するのか。ハーマン・メルヴィルの小説『白鯨』、南北戦争、未来派の芸術運動、ナチス・ドイツのホロコーストなど文学や歴史上の事象と照らし合わせながら、建築評論家の視点から、背景を支配する精神の深層を追求したのが本書だ。

『白鯨』の主人公、エイハブ船長が白鯨にもぎとられた片足を、著者は、テロで破壊されたビルのイメージと重ね合わせる。白鯨の追跡に驚異的な情熱を燃やすエイハブはブッシュ米大統領であり、崩壊してなくなったはずのビルの存在をどこかに感じている米国民の意識は、失ったはずの脚にエイハブが痛みを通じて存在を感じていた意識に通じるという。ブッシュ政権のかたくななテロ追跡は、確かにエイハブの過激さを思わせる。それがいつしか疲弊するのではないかという心配も含めてである。

イタリアで起こった芸術運動、未来派については、そのアジテーションを一種のテロリズムととらえた。その未来派のマリネッティが愛してやまなかった飛行機という近代技術の産物が、マンハッタンの摩天楼を崩壊させた。それはあたかも、近代が、そしてアメリカが自殺したかのようだとさえいう。

建築の背後には歴史に裏打ちされた哲学がある。やや難解な内容ではあるが、建築をめぐる哲学を真摯(しんし)に論じた一書である。

■2006/06/11, 日本経済新聞 朝刊, 24ページ

東京バンドワゴン
東京バンドワゴン小路 幸也

集英社 2006-04
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大家族の物語には郷愁を誘われる。それは崩壊しつつある共同体が、かつて持っていた温かみを感じさせるからかもしれない。本書は明治から続く老舗古書店「東京バンドワゴン」を舞台に、四世代八人(途中から九人)の家族が繰り広げる人間ドラマ。エンターテインメント小説の新鋭が描く長編は、読者の心に小さな火をともしてくれる。

三代目店主で頑固一徹の堀田勘一(79)、その息子で伝説のロッカーである我南人(がなと)(60)、孫でシングルマザーの藍子(35)、同じく孫でフリーライターの紺(34)、我南人の愛人の子でプレーボーイの青(26)ら、登場人物はいずれも個性派ぞろい。幽霊となって家族を見守っている勘一の亡妻サチが狂言回しを務めており、そのなごんだ語り口も楽しい。

「文化文明に関する些事(さじ)諸問題なら、如何(いか)なる事でも万事解決」という家訓が示すように、春夏秋冬、東京バンドワゴンには様々な「事件」が持ち込まれる。例えば、古書店に「朝あらわれて、夕方消える百科事典」の謎。近所の女子小学生がかかわっていることが分かり、堀田一家はその女の子の家族関係にも首を突っ込む。

ささやかな謎の解明に取り組むうち、堀田一家のそれぞれが抱える問題も明らかになっていく。いわばミステリー仕立ての人情劇である。そこからは、かつてのテレビのホームドラマが描いていた「あしたへの希望」が感じられる。(

■2006/06/11, 日本経済新聞 朝刊, 24ページ

みんながアメリカを嫌う
みんながアメリカを嫌うギ ソルマン Guy Sorman 秋山 康男

朝日新聞社 2006-05
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イラク戦争が始まってから世界中で反米本とでもいうべき出版が相次いだ。当然ながら玉石混交だったが、数量的には石の方が圧倒的に多かった。インターネットを駆使して情報を集め、ネオコンの考え方を表面的になぞった本などをよく目にした。

本書は題名だけを見れば、その一種と誤解される。原題は「MADE IN USA(米国産)」であり、邦題を考えた編集者は誤解を利用して反米本として売ろうとしたのかもしれない。が、それは羊頭(ようとう)狗(く)肉(にく)の逆の、いわば狗頭羊肉に近い手法だろう。本書は底の浅い反米本ではない。

著者が目指したのはトクビルの「アメリカの民主主義」の現代版であり、それはかなりの程度成功した。トクビルが見た米国もそうだったが、二百年近くを経た今も米国はグローバル化を先取りした実験国家であり、いつも新たな局面にさらされる。欧州や日本なら歴史のなかになんらかのヒントを探すことも可能だが、米国にはそれがない。

したがって米国は国際社会から良くも悪くもユニークな国とされ、本書の著者のような人々が調査と分析に力を注ぐ。反米意識にも当然触れているが、それは韓国人の対米観を説明するなかでである。確かに世界中から多くの人々が移民としてやってきて、受け入れに苦慮する国が世界中から嫌われていると考えるのには少し無理がある。様々な米国を考える材料にできる。秋山康男訳。

■2006/06/11, 日本経済新聞 朝刊, 24ページ

蛍の里―西川祐介写真集
西川 祐介 (著)

〈もの思へば沢の蛍のわが身よりあくがれ出づる魂かとぞ見る〉。夜の闇にすっと尾を引く光の曲線。和泉式部がこの歌を詠んだのは、そんな風景を眺めてのことだったに違いない。「背徳的」なまでに「神々しい」その光に魅せられ、著者は10年以上にわたって日本中の蛍の里を撮影してきた。小さな虫の織りなす鮮やかな光の芸術に、日本文化の美意識が今も息づいている。写真は「岐阜県本巣市」。

■2006/06/11, 日本経済新聞 朝刊, 24ページ

経営に大義あり―日本を創った企業家たち
経営に大義あり―日本を創った企業家たち日本経済新聞社 日経= 日本経済新聞=

日本経済新聞社 2006-05
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私たちの周囲にはたくさんの会社があるが、今から百五十年前、日本に会社はなく、当然今日、日本を代表するような大企業もまだ産声をあげていなかった。本書は明治維新後、第二次大戦後の混乱期に新事業に乗り出した企業家、十四人の人物伝である。ページの端々から経営の巨人たちの素顔とともに、成功には運不運を超えて、たぐいまれな事業力と、人間的魅力が重要であることが伝わってくる。

■2006/06/11, 日本経済新聞 朝刊, 25ページ

人の目を気にしないで、おやりなさいよ!―母・眉唾のお礼さんが教えてくれた生きる知恵
人の目を気にしないで、おやりなさいよ!―母・眉唾のお礼さんが教えてくれた生きる知恵梅島 みよ

世界文化社 2006-04
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女子社員教育を中心とした経営コンサルティング会社の元社長が、自らの八十二年の生涯を振り返った。戦時中に津田英語塾(現津田塾大学)に通い、終戦後まもなく結婚して専業主婦となる。米軍キャンプに勤め、やがて仲間と会社を興す。時代を先取りするような生き方を選んだのは、周囲の言葉にとらわれることなく、「私は私」として自分の考えを貫いた母親の存在が影響しているという。

■2006/06/11, 日本経済新聞 朝刊, 25ページ

新・地方分権の経済学
林 宜嗣 (著)

「地方交付税を削減すべきだ」「国から地方に税源移譲するのが前提だ」。国と地方の税財政改革(三位一体改革)第二ラウンドの方向を巡る論議がかまびすしい。本書は交付税の一方的削減論を批判すると同時に、国の政策誘導に使わないことや行政コストの見直しなど削減案も示す。国の地方支配の道具ともいえる補助金廃止の効果を独自に数値化し、一般財源化することによって住民満足度が高まることを立証する。分権を考える手引書として役にたつ。

■2006/06/11, 日本経済新聞 朝刊, 25ページ

バブル再来
バブル再来ハリー・S・デント・ジュニア 神田 昌典 飯岡 美紀

ダイヤモンド社 2006-05-12
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著者は過去のバブルを的中させたことで有名だ。一九九二年の『経済の法則』では、米IT(情報技術)株バブルの発生を言い当てた。本書では、現在は一万一〇〇〇ドル前後のダウ工業株三十種平均が、二〇一〇年までに最高で四万ドルを記録すると予測する。米団塊世代が大量消費に向かい、それが相場を押し上げるという。大胆なシナリオだけにそれなりに面白く読める。ただ、今回も予測が的中するかどうかは別問題だ。神田昌典監訳、飯岡美紀訳。

■2006/06/11, 日本経済新聞 朝刊, 25ページ

今日も友だちがやってきた
今日も友だちがやってきた野田 知佑

小学館 2006-05
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カヌーの先駆者の一人で、川から見えた現代社会をユーモアや風刺を込めて語り続けている著者のエッセー集。徳島県を中心に各地で友人たちと川遊びをした日々がつづられる。五年前に始めたという「川ガキ養成講座」では、慣れない川遊びを体験した子供たちが急激に変化する。これら子供たちのエピソード、すぐに水に飛び込んで、エビをモリで突くまでになるなどの描写が何より生き生きしている。理屈を超えて、川が人間を豊かにすることを伝えてくれる。

■2006/06/11, 日本経済新聞 朝刊, 25ページ

インターフェース革命
インターフェース革命ジェフリー・F・レイポート バーナード・J・ジャウォルスキー 中瀬 英樹

ランダムハウス講談社 2006-05-18
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顧客が購入した製品に不満をもち、企業の相談窓口に電話をかけたとする。コンピューターが顧客の言葉や口調から怒りやいら立ちなどの感情を認識すると、自動音声から人間のオペレーターに切り替わる。そんなソフトウエアを、南カリフォルニア大学の音声解析研究室が開発したという。

本書で「インターフェース」とは企業と顧客の接点を指す。企業は工場やオフィスに機械やコンピューターを導入し、生産性を高める競争を続けてきた。現在は、顧客との良好な関係づくりにロボットやIT(情報技術)をどう活用するかが、競争力のカギになっているという。著者はそれを「フロントオフィス革命」と呼び、産業革命に匹敵するような大きな潮流になるとみる。

顧客との関係構築が重要と強調するのは、製品やサービスそのものだけでは、他社との差異化が難しくなっているからだ。日本の大手電機メーカーの経営者も実感していることだろう。薄型テレビや携帯電話端末などで次々と性能を高めた新製品を売り出しても、販売競争が激しいため価格は下がっていく。一口にいえばモノ余りの時代である。製品に大きな差がなければ、応対の良い会社から買おうと消費者が考えるのは自然な流れといえる。

企業にとって顧客とのやり取りは最も自動化が難しい領域とみられてきたが、電子デバイスの高度化やネットワークの発達が局面を変えつつある。例えばドラッグストアチェーンの最大手、ライトエイドは薬局のカウンターに音声応答装置を内蔵したロボットを導入し、処方薬の注文に対応する試みに取り組んでいる。利便性やプライバシーの面で顧客対応が向上したうえ、機械による作業代行で薬剤師が顧客に接する機会を増やせたという。

対象がヒトだけに、何でも無人化すれば成功するわけではない。冒頭のエピソードのように、本書は人間と機械のそれぞれの特性を生かした「混成型」が主流になると予測している。文章がややくどい感じはあるが、米国企業を中心に多くの事例が紹介されており、顧客満足度の向上を課題としているビジネスマンには参考になるだろう。(編集委員 塩田宏之)

(中瀬英樹訳、ランダムハウス講談社・二、五〇〇円)▼レイポート氏はeコマースなどのコンサルティング会社会長。

■2006/06/11, 日本経済新聞 朝刊, 25ページ

貧困の終焉―2025年までに世界を変える
貧困の終焉―2025年までに世界を変えるジェフリー サックス Jeffrey D. Sachs 鈴木 主税

早川書房 2006-04
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永年の「開発援助」にもかかわらず、多くの発展途上国には依然として、深刻な貧困問題が残っている。貧困ならば先進国でも重要ではないかと考える読者もいるかもしれない。しかしここで問題にしているのは、十分な食べ物を得ることができず、まったく学校に行く機会もないまま、先進国では問題にならないような軽い病気ですら命を失ってしまうような人たちの貧困問題、経済学でいうところの「絶対的貧困」である。

世界銀行の推計によると、そんな貧困者が地球上に約十億人存在し、とりわけ、インドなど南アジア諸国と、サハラ以南のアフリカ諸国に集中している。

本書のメッセージは明快だ。先進国がたかだか国民総生産(GNP)の一%に満たない額の援助を拠出し、各貧困国の状況を正しく反映したやり方で人的資源の確保とインフラの整備に集中すれば、二〇二五年までに十億人をほぼゼロにできるというものだ。著者のサックスは、ポーランドの体制移行に関する政策アドバイスで名を上げたエコノミストで、近年では、ロックバンドU2のボーカリスト、ボノによる「ジュビリー・二〇〇〇」と名づけられた貧困国債務救済運動への関与でも有名である。

本書から教えられることは多い。データを絡めた論理的な説明は、経済学のスタンダードをしっかりクリアした、説得力のあるものだ。途上国の状況を正確に診察することがエコノミストの責務であるとする「臨床経済学」の提唱には、特に賛意を評したい。

世界から絶対的貧困をなくすことは容易だというサックスの楽観的見方には批判も多いが(例えばワシントン・ポスト紙で、彼と悲観派のウィリアム・イースタリーは激しい論戦を行った)、必要なのは行動であり、行動を支えるのは冷静な判断に基づく楽観的な信念であろう。本書でサックスは、まさにこのような信念を提示しようとしている。国連で採択された先進国の援助目標であるGNPの〇・七%の拠出(日本の実績は〇・二%ほどである)を、日本が率先して実現するためには何が必要かを考えるためにも、本書が広く読まれることを祈りたい。

(鈴木主税、野中邦子訳、早川書房・二、三〇〇円)▼著者は54年生まれ。コロンビア大地球研究所所長。

■2006/06/11, 日本経済新聞 朝刊, 25ページ

権力の日本人 双調平家物語 I
権力の日本人 双調平家物語 I橋本 治

講談社 2006-03-30
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三島由紀夫や宗教、はては編み物の本まで、「わからない」という実感を創作の源にしてきた人だ。今回の「わからない」対象は、平安から天武・持統朝にさかのぼる日本の歴史。院政、摂関政治、女帝の時代と、古代の権力世界に生きた人々の姿を掘り起こした。

「平清盛って、そもそもなんであんなに出世して権力を持てたの? と思ったのが始まり。でも驚いたことに、いくら『平家物語』を読んでも理由が書いていないんです」

現在も刊行中の長編小説、『双調 平家物語』の準備作業が発端だった。「清盛を知るには、彼を生み出した院政の時代を知らなきゃいけない。それには院政の源流が何か知りたい……とやっていたら、止まらなくなった」。ルーツ探しは結局、孫の文武天皇に譲位した後も政治の実権を握り続けた持統天皇の時代にまで行き着いた。

「見えてきたのは、日本の政治は権力の所在がバラバラで、誰が一番偉いのか、ずっとわかってこなかったということ」。主権と実権の分裂状態。これは現代にも通じる構造だと指摘する。「首相官邸が強くなったというが、程度の問題。例えば本当に官僚機構を自在に扱えているのでしょうか。一皮むけば、千年前と変わらない姿がある」

詳細な家系図や年表などここ十年の仕事の成果をふんだんに盛り込んだ。しかし「これで平安以前の歴史がわかるかといえばわからないかもしれない。登場人物からして多すぎるから。逆に、歴史とはそれほどわかりやすいものではない、ということがわかってもらえればいいです」と笑う。

これからは短編小説に力を入れる。「大波が立っても海の底でじっと動かない、石ころのような人を描きたい。だから、最新の世相を映したような小説にはなりません。大抵の読者は扱いに困るでしょうね」。(講談社・一、九〇〇円)

(はしもと・おさむ)1948年東京生まれ。作家。著書に『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』(小林秀雄賞)、『蝶のゆくえ』(柴田錬三郎賞)、『上司は思いつきでものを言う』など。

■2006/06/11, 日本経済新聞 朝刊, 25ページ

哲学者は何を考えているのか
哲学者は何を考えているのかジュリアン バジーニ ジェレミー スタンルーム Julian Baggini

春秋社 2006-05
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現代の哲学的思索の姿を提示する「現代哲学への招待」シリーズ(丹治信春監修、春秋社)の刊行が始まった。「優れた入門書」「現代の名著」など四つのカテゴリーに分けて随時刊行。総巻数を決めず良書の企画があれば柔軟に出す方針だ。既刊の『哲学者は何を考えているのか』(J・バジーニほか編、三千二百円)は、哲学思想家二十二人へのインタビュー集。

■2006/06/11, 日本経済新聞 朝刊, 25ページ

動植物ことば辞典
動植物ことば辞典東郷 吉男 上野 信太郎

東京堂出版 2006-05
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日本人と動植物とのかかわりを日本語から探った『動植物ことば辞典』(東京堂出版)が刊行された。「茜(あかね)色」「浅葱(あさぎ)色」「萌葱(もえぎ)色」といった色や、「井の中の蛙(かわず)」「馬の耳に念仏」「胡麻(ごま)を擂(す)る」といった慣用句など約二千八百語を収めた。個々の動植物名がつく言葉ごとに分けた索引もついている。著者は東郷吉男・静岡県立大名誉教授と上野信太郎・元京都市教育委員会指導主事。

■2006/06/11, 日本経済新聞 朝刊, 25ページ

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