メイン > 日経新聞日曜版『読書』 > 2006年11月26日~12月3日
| 公務員人事の研究―非効率部門脱却の処方箋 | |
![]() | 山中 俊之 東洋経済新報社 2006-05 売り上げランキング : 1029 おすすめ平均 ![]() 公務員人事の研究 要するにコンサルの提案書 プラグマティックな1冊Amazonで詳しく見る by G-Tools |
| 官のシステム | |
![]() | 大森 彌 東京大学出版会 2006-09 売り上げランキング : 883 おすすめ平均 ![]() 行政優位国家の解剖学~官僚は何に従って生き残るのかAmazonで詳しく見る by G-Tools |
| 戦後日本の公務員制度史 「キャリア」システムの成立と展開 | |
![]() | 川手 摂 岩波書店 2005-11-09 売り上げランキング : 9862 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
来年はひさびさの選挙イヤーになる。統一地方選と参院選。争点を現段階で絞り込むのは難しいが、与野党を問わずマニフェスト(政権公約)の一項目を占めるであろう論点がある。官僚制をどう変革させるかだ。
地方自治の現場では知事自らかかわったという官製談合に相次ぎメスが入った。政官業癒着をどうほどくかも焦点だ。官僚改革と入札改革。背景には当然、未曽有の財政危機がある。
官僚叩(たた)きは有権者の共感を呼ぶ。朝の民放テレビはニュースなのかワイドショーなのかが峻別(しゅんべつ)しにくい番組を流している。決まって紹介されるのは、都心官舎の格安家賃、さぼり体質に染まった市役所職員など。だから公務員はけしからんと司会者が断ずるのがパターンだ。
●市場化テストが鍵
その公務員の特性を知るには官僚人事の実態をつかむのが早道。山中俊之著『公務員人事の研究』(東洋経済新報社・二〇〇六年)が手ごろだ。官業への民間参入を促すための市場化テストが官僚改革の切り札になるという指摘は的を射ている。
最近はご説明と称してテレビ番組の台本作家を訪ねる霞が関の官僚もいるらしい。司会者の発言に手心を加えてもらうための工作なのだろうが、どの程度の効果があるのか。このたぐいの番組を熱心に見るひとほど、司会者の言を妄信するのかもしれない。選挙戦は劇場型、テレビ連動型となり政党幹部はそのことを意識せざるを得ない。
自民党は年金問題も公務員叩きの道具に仕立てようとしている。しかけはふたつ。
第一は、社会保険庁の組織改革問題。小泉政権のときに決めた官主導型の改革法案を廃案にして、職員を民間人にするための新法案を来年の通常国会に出すという。現法案では新組織の職員は公務員のまま。投票日は通常国会閉幕後の夏だ。非公務員化の実績をひっさげて戦うには絶好のタイミングだろう。
第二は、公務員の共済年金が民間の厚生年金より優遇されている問題。政府は厚生、共済年金の統合法案を作成中だ。その障害になるのが共済に特有の職域加算という上乗せ年金。政府は職域加算を廃止するといいつつ、ここでも官主導で代替制度をつくる方針を決めている。
「退職金を含めて試算すると職域加算は会社員の企業年金より少ない」。人事院がこのような調査結果を出したことも選挙戦を揺さぶる。精緻(せいち)な比較を試みたのだろうが国民感情として納得できるはずもない。自民党は早速、代替制度の創設を年金統合法案から外す検討を始めた。テレビ司会者の「だから公務員は…」のひと言が党幹部の脳裏をよぎったに違いない。
しかし年金問題だけを取り出すやり方にはむなしさも感じる。公務員の年金が手厚いのは時間外の兼業禁止など服務規定の見返りだという説明も聞く。こうしてみると公務員の雇用・人事・待遇を全体としてどう変えるのか、議論も展望も足りないことに気づかされる。
●議論の場が不可欠
国家公務員法には職員の昇任には原則として競争試験が必要という趣旨の規定がある。じつはこの条文は死文化している。同法が定める職階制も亡霊みたいなものだ。官職を種類、仕事の複雑さ、責任度などに応じて整理して昇進に役立てる仕組みを指すが、半世紀以上もたなざらしにされている。
改革の鍵を握るこの制度がなぜ日の目を見なかったのかは、大森彌著『官のシステム』(東京大学出版会・二〇〇六年)に詳しい。ではキャリア官僚にさまざまな特権を与える根拠はどこにあるのか。関連法や規則を精査しても見つからないことは、川手摂著『戦後日本の公務員制度史』(岩波書店・二〇〇五年)が教えてくれる。
公務員改革の目標は「小さく、賢い」政府を創設して国民と企業経営者の役に立つ行政府に再生させることにある。現役時代の待遇、民間との人事交流、研修制度や階層秩序に守られた昇進制度、退職後の所得保障、労働基本権の付与、天下りの弊害――など官僚制のあらゆる問題を一体で議論する場が不可欠になってきた。もちろん、その議論を官僚任せにはできない。
| 忘年会 | |
![]() | 園田 英弘 文藝春秋 2006-11 売り上げランキング : 143457 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
忠臣蔵で赤穂浪士の討ち入りが成功したのは吉良邸で「忘年茶会」が開かれていたから、というのは作家の尾崎士郎が唱えた説。社会史を専攻する著者は、日記、新聞・雑誌、文学作品など様々な資料を駆使して、忘年会の歴史をたどっている。すでに室町時代には「年忘れ」の宴会があり、明治中期には黒田清隆首相が「質素にするように」との内訓を出すほど忘年会ブームだったという。身近だが、謎も多い忘年会の正体に迫った一冊。
| 大奥の奥 | |
![]() | 鈴木 由紀子 新潮社 2006-11-16 売り上げランキング : 2144 おすすめ平均 ![]() 「本当の」大奥を知りたい人の入門書Amazonで詳しく見る by G-Tools |
将軍の正室や側室らが暮らした江戸城の大奥を、作家である著者が紹介する。大奥を取り締まる御年寄ともなると、強大な権力を握り、政治や人事に口をはさんだ。大奥を敵に回したばかりに窮地に追い込まれた老中もいたという。幕末になると見学もできた、など意外な一面を知ることができる。
| 春宵十話 随筆集/数学者が綴る人生1 | |
![]() | 岡 潔 光文社 2006-10-12 売り上げランキング : 7236 おすすめ平均 ![]() 名著です!感動しました。Amazonで詳しく見る by G-Tools |
学問は一般に頭ですると考えられるが、本当は情緒がその中心にある、と語る著者は、京大で湯川秀樹らが講義を受けたという希代の数学者である。本書は学問、教育、芸術などへの思いをつづったエッセー集。旧著の復刊ながら、教育のあり方や無慈悲な青少年犯罪への憂いは、現代社会への問いかけのように読める。
| シーア派―台頭するイスラーム少数派 | |
![]() | 桜井 啓子 中央公論新社 2006-10 売り上げランキング : 39905 おすすめ平均 ![]() 近現代中心の概説書。Amazonで詳しく見る by G-Tools |
一九七九年のイラン革命によって、世界の多くの人々が「イスラム教シーア派」の存在を知ることになった。いまイラクにもシーア派主導の政権が登場し、レバノンのシーア派組織ヒズボラは今年夏のイスラエルとの戦闘で世界の注目を集めた。中東をめぐる地政学論議では、「シーア派脅威論」が最近の流行でもある。だが、シーア派とは何かを説いた本は実に少ない。
既存の解説書のほとんどは多数派であるスンニ派を中心にイスラムを説いてきた。日本の学界のイスラム地域研究は国別の専門性が強いから、イランを論じた本はあっても各国のシーア派を横断的に論じた本は無いに等しかった。本書は現在の知的関心に応えようとするタイムリーな内容の本で、シーア派を中心に置いたイスラム世界の歴史の再構成はよくまとまっている。
宗教指導者の廟(びょう)への参詣、アーシューラーの行進など独特の伝統の紹介も交え、本書はシーア派の基本的な考え方を伝えている。著者が主な研究対象としてきたイランのほか今のイラクの状況もフォローしており、ホメイニ師の提唱した「イスラム法学者による統治」論がシーア派全体に支持されているわけではないこともわかる。
バーレーンやサウジアラビアのシーア派に関する記述などは紋切り型すぎるが、すべてをイランの影響力に結びつけるような「脅威論」を排しシーア派自体の多様性を強調する著者の結論は的を射ている。
| 御手洗冨士夫「強いニッポン」 | |
![]() | 御手洗 冨士夫 朝日新聞社 2006-10 売り上げランキング : 5384 おすすめ平均 ![]() 財界総理Amazonで詳しく見る by G-Tools |
日本経団連会長、御手洗冨士夫氏(キヤノン会長)のインタビューなどをまとめて構成しており、同氏の人生観や経営哲学、経団連会長としての抱負などを手早く知るには便利な本だ。産業界が安倍政権の経済運営にどんな影響を与えるのか、予測するうえでの材料にもなるだろう。
キヤノン社長時代の御手洗氏はパソコンや液晶ディスプレーなど七事業からの撤退を決断し、「約七百三十億円の売り上げを失ったが、約二百八十億円の赤字も解消した」。「選択と集中」を断行し、同社を優良企業に育てた合理主義者だ。性格は明るく多弁、相手を説得するのに労を惜しまないリーダーである。
経団連会長としての所見はまだ断片的だが、道州制などの持論に意気込みがうかがえる。出身地である九州については国立大学も再編して「大九州大学」にせよ、などと踏み込んでいる。また安倍晋三首相と同じく「イノベーション」(革新)の重要性を強調し、日本の技術開発力を高めるには米国の宇宙開発のような大プロジェクトが必要だと説く。日本に適したテーマは防災の研究開発だという。
社会保障については、富裕層を公的年金制度の対象外とし、消費税を主として社会保障に使う目的税に改めることなどを提案している。具体的な仕組みは経団連が来年初頭に発表する新ビジョンに盛り込まれる予定だ。御手洗氏の改革私案がどこまで反映されるか注目される。
| 語りえぬ真実 | |
![]() | プリシラ・B・ヘイナー 阿部 利洋 平凡社 2006-07-25 売り上げランキング : 215702 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
冷戦終焉(しゅうえん)後の紛争は、民族、宗教対立を特徴としている結果、当事者を決定的な分断に追いやり、憎悪と傷ついた心がその国の社会修復を困難にしている。本書は、「真実委員会の挑戦」という副題のとおり、過去の不正や暴力を調べ、公開して和解への道を模索することで、紛争後社会への指針を打ち立てんとする真実委員会の概説書である。複雑かつ多様な背景を持つ主要な二十一の委員会のうち重点的に取り上げるのは、アルゼンチン、チリ、南アなど五つの真実委員会である。
この分野の第一人者で、ニューヨークにあるシンクタンク、国際移行期正義研究所に籍を置く著者が強調しているのは、特定の人物の国際法に対する違法性を確定する国際法廷や戦犯法廷などと真実委員会との違いである。あくまで被害者の要望に応えて人権侵害を公式に認知すること、正義の実現と説明責任を果たすことで和解を促進するのが狙いであると説く。
終章で主張が一層明確になる。真実委員会が苦痛に満ちた歴史を、紛争の源泉から、公的な理解と認知の場へと転換することで、「将来の世代は、未解決な過去に阻害され続けることから脱する」と結んでいる。念頭にあるのはホロコーストとドイツの関係だ。訳者も、あとがきの中で「朝鮮半島の今後の動向」を意識下に置いていると明かしており、日本人にとっても示唆に富みそうな一冊である。阿部利洋訳。
| ONCE UPON A TIME | |
![]() | 椎名 誠 本の雑誌社 2006-11-07 売り上げランキング : 36204 おすすめ平均 ![]() キャプションはついてません…Amazonで詳しく見る by G-Tools |
人一倍の好奇心を持ち、カメラ片手に世界中を旅してきた著者。数限りない人、自然との出会いをフィルムに収めてきたが、文章のない写真だけの著書は今回が初めてという。厳冬のモンゴル草原を馬で行く人、増水したアマゾン川を滑るように動くカヌーの姿。文字を介さなくても、被写体の刻んできた物語が、見る者の心に伝わってくるようだ。写真は1989年、ケニアで出合った象の群れ。
幕末・維新
井上 勝生 (著)
| 明治維新を考える | |
![]() | 三谷 博 有志舎 2006-08 売り上げランキング : 725951 おすすめ平均 ![]() 複雑系まで持ち出す必要があるのかAmazonで詳しく見る by G-Tools |
| もうひとつの明治維新―幕末史の再検討 | |
![]() | 家近 良樹 有志舎 2006-10 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
黒船に象徴される欧米の外圧が江戸幕府の遅れた政治システムを破綻させ政権交代を招いた――。そんな決まった図式で見られがちな明治維新を再考する書籍の刊行が相次いでいる。
井上勝生著『幕末・維新』(岩波新書)は、幕末の江戸が実は農民の訴訟なども認める成熟した社会であり、黒船の来航にも慌てることなく開国はゆっくり定着したという見方を示す。その中で、不平等条約といわれる日米和親条約は幕府の弱腰外交の結果という一般論に疑義を呈し、幕府は国内市場を守るために粘り強く米国と交渉し、外国人の行動範囲を制限することに力を尽くした事実などを明かす。国力や軍事力の差を考えず、理屈を無視して欧米に対抗しようとした攘(じょう)夷(い)派のほうが、よほど「前近代的」だったと著者は見ている。
一方、身分制度解体によって武士はなぜ自らの権力を放棄したのか、王政復古と文明開化がなぜ同時進行したのかなど、明治維新がいくつもの未解明の謎を持つ変革であることを指摘したのが、三谷博著『明治維新を考える』(有志舎)である。ユニークなのは、生物学や経済学の分野で用いられることの多い「複雑系」の理論を適用し論じていること。多くの要素が複雑に影響しあうため、予測できない変化が表れるというのが「複雑系」の考え方だ。
三谷氏の指摘によると、欧米の外圧、幕府と薩長との内戦、下級武士の台頭など幕末には様々なことが起きたが、その一つひとつは革命にいたるほど大きな事象ではなく、大政奉還ですら徳川慶喜が権力を手放さないための策でしかなかったという。それらが複雑に絡み合う中で、明治維新という「不可思議な大革命」が生まれたとの考えを示している。
このほか、検証が進んでいなかった米沢藩の動向などに注目した家近良樹編『もうひとつの明治維新』(有志舎)や、マルクス主義の視点から読み解く大藪龍介著『明治維新の新考察』(社会評論社)なども刊行された。
明治維新は現代日本人にとって関心の高い政治変革だが、まだ論じるべき事柄は多く残されているようだ。今後も様々な視点から、その真実に迫る著作の登場を期待したい。
| 平和政策 | |
![]() | 大芝 亮 山田 哲也 藤原 帰一 有斐閣 2006-10 売り上げランキング : 63358 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
冷戦が終わり、九・一一を経て、安全保障や国際政治の環境は大きく変わった。「平和をつくる」という問題意識で編集された本書は、世界の現状に沿った新しいタイプの国際政治、国際関係の教科書だ。地域機構、人の移動、テロリズムとテロ対策、紛争後の選挙支援、非政府組織(NGO)と市民社会……といった各章のテーマが今の世界の課題を示しており、人間開発指数、ジュネーブ条約などのキーワード解説コラムも効果的。
国連機関でグローバルに生きる―日本の国連加盟50周年記念出版
原田 勝広 (著)
日本が国連に加盟してこの十二月で五十年。国連の無力さを批判する声もあるが、平和への貢献や感染症の撲滅など、これまで果たしてきた役割は正当に評価すべきだろう。だが、国連がどんな組織で、どんな仕事をしているのかは意外に知られていない。本書は国連本部や国連機関で働く日本人職員五十人にインタビューし、安全保障から貧困や疾病対策、文化遺産保護まで幅広い仕事を描く。
| 谷川俊太郎が聞く、武満徹の素顔 | |
![]() | 谷川 俊太郎 小学館 2006-10-26 売り上げランキング : 85078 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
今年没後十年になる作曲家の武満徹について、詩人の谷川俊太郎が八人に聞いた対談集。語り手は指揮者の小澤征爾や作曲家の坂本龍一、映画監督の恩地日出夫、一人娘の武満眞樹ら。二〇〇二―〇四年に刊行された「武満徹全集」に収録されたものに、三人のインタビューを加えたものだが、武満との交流の濃度、立場が違う人々が登場するのがいい。武満の作品や人となりの豊かさ、幅広さが浮かぶ。
| 保健医療分野のODA | |
![]() | 我妻 堯 勁草書房 2006-10-10 売り上げランキング : 477506 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
医療水準のパフォーマンスが世界随一といわれる日本に暮らしていると、東南アジアやアフリカなどの途上国で感染症問題が深刻度を増していることへの想像力が乏しくなりがちだ。世界の疾病構造は急速に変化しており、保健・医療分野の政府開発援助で日本が果たす役割はより大きくなっている。国立国際医療センターの国際医療協力局長としてこの分野の最前線に立ってきた著者は、官僚依存型の国際協力の限界を強調する。国際協力への志を抱く若き医療従事者たちに一読を勧めたい。
| BRICs―持続的成長の可能性と課題 | |
![]() | みずほ総合研究所 東洋経済新報社 2006-11 売り上げランキング : 10374 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
数ある「BRICs」入門書の中でも、石油価格の高騰や中国の農民暴動の多発など最近の状況変化を踏まえて書かれた最新版。ブラジル、ロシア、インド、中国のそれぞれ異なる経済事情を解説し、経済発展を続ける条件を分析した。統計やグラフを多用し、簡潔な文章が分かりやすい。世界の投資家の注目を集めた四カ国だが、持続的な経済成長には構造的な課題も多い。教育、市場効率、技術革新力など国別に必要な制度改革を具体的に指摘している。
| デフレ下の賃金変動―名目賃金の下方硬直性と金融政策 | |
![]() | 黒田 祥子 山本 勲 東京大学出版会 2006-09 売り上げランキング : 7829 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
継続的に物価が下落するデフレーションはなぜ望ましくないか。名目賃金には下方硬直性があり、物価が下がったからといって簡単には賃金カットができないからだ。名目賃金に手を付けられない分、企業は雇用調整に踏み切り、失業率が上昇する――。経済学の初歩では、こんな議論をする。
しからば、経済が長期停滞に陥った一九九〇年代以降の日本で、実際に賃金の下方硬直性の問題がどのような形で発生したのか。日本銀行金融研究所のエコノミストである二人の著者が二〇〇二年に、この問題に取り組んだとき、先行研究はほとんどなかったという。それもそのはず、戦後の日本が本格的なデフレに陥ったのは今回が初めてだったからだ。
実証をなおざりにして初歩の理屈を繰り返すだけでは、実学としての経済学の名が泣く。著者は基本となるデータや海外事例の収集から始め、未踏の分野に分け入った。まず名目賃金は下方硬直的なのかを問い、次にその下方硬直性が経済に与える影響を分析し、そして金融政策への示唆に触れる。
わかったことは、企業が意外にしたたかであることだ。フルタイム労働者が名目賃金の下方硬直性によって失業しても、非正規雇用で採用される人がいれば、マクロでみた失業の増加も限定的になる。九〇年代末以降の労働市場では、こうした調整が進行した。
賃金は下がらないという常識も大きく揺さぶられた。これは「賃金はめったに下がらない」という社会規範が崩れたことを意味するのか、それとも経済危機による一回限りの現象なのか。この点は「現時点では断定できない」というが、ならば著者たちに問いたい。
景気拡大が戦後最長となり、企業業績も最高益を更新しているのに、その割に正規雇用者の賃金が上昇しないのはなぜか。非正規雇用者の賃金が上がり始めていることを考慮すると、従業員は賃金より職の安定性を求めているようだ。この点は、賃金に関する社会規範の変化の傍証になるのか。
金融政策に関しても、デフレを起こしてはいけないということ以上に、もう一歩踏み込んだ分析が欲しかった。次著に期待したい。
▼くろだ・さちこ 71年生まれ。日本銀行金融研究所主査。やまもと・いさむ 70年生まれ。同研究所企画役。
近代日本デザイン史
長田 謙一, 樋田 豊郎, 森 仁史
幕末から戦後高度成長期にいたる近代日本のデザイン概念の受容と形成を再考した『近代日本デザイン史』が美学出版から刊行された。八つに分けた各時代を展望したうえで、「万国博覧会の工芸デザイン」「封印されたバウハウス」などのテーマを立てて論じている。計十回に及ぶシンポジウムの内容を編集した。長田謙一首都大学東京教授ほか編。
| 日本古代中世人名辞典 | |
![]() | 平野 邦雄 瀬野 精一郎 吉川弘文館 2006-10 売り上げランキング : 290191 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
日本文化の黎明(れいめい)期から徳川家康江戸入府まで日本史上の人物を網羅した『日本古代中世人名辞典』(吉川弘文館)が刊行された。歴代天皇や貴族、鎌倉・室町幕府の要職者に加え、文化人や伝説上の人物、日本とかかわりの深い外国人まで三千三百七十二人を網羅。うち五百五十六人については肖像を掲載したほか、花押・印章なども収録しビジュアル面も充実させた。平野邦雄、瀬野精一郎編。
| さよなら、サイレント・ネイビー―地下鉄に乗った同級生 | |
![]() | 伊東 乾 集英社 2006-11 売り上げランキング : 644 おすすめ平均 ![]() マインドコントロールの怖さ 著者はいったいどこに立っているのか? 少なからぬショックを受けました。Amazonで詳しく見る by G-Tools |
二十代で「東大出の天才音楽家」ともてはやされたが、バブル経済崩壊後の十数年は沈黙。第四回開高健ノンフィクション賞を受賞した本書でようやく、一般の視界に戻ってきた。
「四十代以降、まともな音楽を作曲、指揮の両面で行うには、広範な層の人々と再び接点を持つ必要があると思い、本を出すことにした」という。題名は英国の大航海時代以来、「政治に口を出す陸軍と違い、黙って任務を遂行し、失敗しても言い訳せず責任をとる」のを潔しとしてきた海軍の行動様式から採った。
主人公は大学院の物理学専攻で同級だった、地下鉄サリン事件の豊田亨被告。獄中の旧友と接見を重ねながら最高裁へ上申書を書き、それを基に異色の本書を記した。第二次世界大戦敗戦からオウム真理教に至るまで、日本社会が体験した「個別の要素に還元できない全体の劇的な変化」=「創発」の図式を解き明かしながら再発防止を説く。
三十代半ばで助教授に任官され、「情報詩学」研究室を開いて以降、二千人近い学生に創発と沈黙の恐ろしさを語りかけてきた。音楽番組の仕事を通じて知り合った島津製作所、松下電器産業などの企業の協力で最新の機材を借り入れ、マインドコントロールの脳機能の可視化測定も続ける。実践重視の研究にこだわるのは「第二、第三の“豊さん”を生んではならない」との思いがあるからだ。
音楽の分野では理想を共有する奏者を募ってオーケストラを組織、世界平和を祈念する演奏会の企画と指揮を始めた。スイスのルツェルン音楽祭では作曲と指揮の大先輩、ピエール・ブーレーズのアカデミーに通い、師の譜読みと指揮動作、脳機能、神経回路と音楽の関係を画像解析する。何を研究、分析、発表するにしても、著者の根底にあるのは人間への桁(けた)外れの優しさである。(集英社・一、六〇〇円)
(いとう・けん)1965年東京生まれ。松村禎三らに作曲を師事。東京大学大学院博士課程修了。90年に第1回出光音楽賞受賞。2000年から東大大学院情報学環助教授。


公務員人事の研究
要するにコンサルの提案書
プラグマティックな1冊


















著者はいったいどこに立っているのか?