メイン > 日経新聞日曜版『読書』 > 2006年10月15日~10月22日
| 唯今戦争始め候。明治十年のスクープ合戦 | |
![]() | 黄 民基 洋泉社 2006-09 売り上げランキング : 9021 おすすめ平均 ![]() 日本のジャーナリズム、大丈夫か?Amazonで詳しく見る by G-Tools |
日本での新聞草創期、「御用新聞」と「民権派新聞」が、激しい論戦を戦わせていた。その最中に起きたのが西南戦争だ。戦争報道の経験がなかった当時の新聞人はうろたえたが、やがてスクープという新しい価値を生み出していく。現在のジャーナリズムの起源を照射する本だ。
| 企業コンプライアンス | |
![]() | 後藤 啓二 文藝春秋 2006-09 売り上げランキング : 3073 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
著者は警察官僚から転じた弁護士。警察刷新会議の事務局で警察改革を支えた経験などから、企業の中でコンプライアンスやリスク管理を確立するための取り組みを解説する。失敗例が豊富で理解しやすい。「報道発表のあり方」も県警幹部時代、何度も頭を下げた自身の体験に裏打ちされているという。
| 人のセックスを笑うな | |
![]() | 山崎 ナオコーラ 河出書房新社 2006-10-05 売り上げランキング : 10425 おすすめ平均 ![]() 一行目の 待望の文庫化! カミサマのセックスAmazonで詳しく見る by G-Tools |
新進女性作家のデビュー作。十九歳の「オレ」と、彼が通う美術専門学校の講師である三十九歳「ユリ」をめぐる恋愛小説。肉付きがよく顔にはしわ、部屋の片づけも料理も得意ではないユリ。彼女との恋をオレの視点で描き出す。大きな事件はなく、恐らく主人公たちも特別な人間ではない。理由もなく始まって終わる恋愛の皮膚感覚を、むだをそぎ落とした筆致で浮かび上がらせる。短編「虫歯と優しさ」も収録。
| 中国が世界をメチャクチャにする | |
![]() | ジェームズ・キング 栗原 百代 草思社 2006-09-28 売り上げランキング : 1212 おすすめ平均 ![]() 中国は世界を揺さぶる 元フィナンシャルタイムス北京支局長による中禍論Amazonで詳しく見る by G-Tools |
低コストを武器に急成長する中国が世界に及ぼす衝撃を、欧米や中国各地の現地取材をもとに描いている。著者は一九九八年から昨年まで英フィナンシャル・タイムズ紙の北京支局長を務めたジャーナリスト。興味深い具体例を豊富に盛り込んで読ませる。
第二次大戦前からドイツ最大を誇ったティッセンクルップ社のドルトムント製鋼所。著者が訪ねた二〇〇四年には、広大な跡地に鉄くずの小山が二、三残っているだけだった。中国の鉄鋼メーカー、沙鋼が長江河口の工場拡張のために買い取り、一年足らずで運び去った跡だった。
同じころ、世界各地のマンホールのふたが消え、くず鉄となって中国に流れた。中国特需でくず鉄価格が急騰、世界のこそ泥がふたを切り刻んで中国に売ったためだ。
イタリアの繊維産地、プラートでは今や十八万の人口のうち中国人が二万人を占める。米中西部の工業都市、ロックフォードでは、工場の中国移転が相次ぎ、代わってやって来たウォルマートが中国製品を売るようになった。一方の中国は環境破壊や汚職による汚染が増大している。
中国が世界を揺さぶる現状を活写しているが、処方せんを示すところまではいっていない。本書の原題は「チャイナ・シェイクス・ザ・ワールド(中国が世界を揺るがす)」。日本語版タイトルは「中国脅威論で売らんかな」の姿勢が強く感じられ、いただけない。
| 現代アメリカのキーワード | |
![]() | 矢口 祐人 吉原 真里 中央公論新社 2006-08 売り上げランキング : 6465 おすすめ平均 ![]() 少々辛口の現代アメリカ批評 面白い。 アメリカの断片を垣間見れる一冊Amazonで詳しく見る by G-Tools |
この手の書物はともすると、本当に術語集、小事典になってしまいがちだ。しかも、「現代」とか「二十一世紀」などと銘打っている分、賞味期限が短くなりがちで始末が悪い。評者も最初はそう思って本書を手に取った。しかし、その先入観は大きく、それも喜ばしい方向に裏切られた。
選ばれているのは「キリスト教右派」「ウォルマート」「村上隆のアメリカ進出」など全部で八十一項目。「9・11」同時テロ以降の超大国アメリカという多様で、様々な解釈を許すテーマを記述するうえで、決して十分な項目数とはいえないだろう。重要なテーマをもれなく選ぼうとするあまり、平均点主義の視点で、ありきたりな項目を選んでしまう危険性も高かったのではないか。
本書の良さは、どうせ恣意的な価値判断が含まれるのであれば、二人の編者の判断で、紹介する項目と各項目の執筆者を決めてしまおうという割り切りの良さである。その結果、本書は術語集や事典の枠を超え、現代アメリカを読み解くうえで興味深いテキストブックに昇華した。
通読して感じるのは、優れたオーケストラの定期演奏会の会員になったような満足感である。苦手だと思っていた曲でも定期演奏会でたまには聞いてみる価値があるように、興味のあるテーマか否かにかかわらず現代アメリカに関する最新の情報とその分析を、手堅い執筆陣による解説で読んでみるのも悪くない。
| 世界でもっとも美しい10の科学実験 | |
![]() | ロバート・P・クリース 青木 薫 日経BP社 2006-09-14 売り上げランキング : 607 おすすめ平均 ![]() 教科書的な科学実験像に深みを与えるAmazonで詳しく見る by G-Tools |
古代以来、人類が真理に到達するために試みてきた数々の実験。その厳選された業績を、絵画や彫刻の傑作をめでるように味わってみるのはどうだろう。そんな意図からできた本だ。「展示作品」は国際的な物理雑誌の読者による人気投票で最も多く名前の挙がった十の実験を選んだ。
太陽が作る影の長さを手掛かりに地球の大きさを測ったギリシャのエラトステネスの仕事に始まり、ガリレオによる伝説的なピサの斜塔での落下実験、原子の内部構造を明らかにしたラザフォードの実験など。キュレーター役の著者がその一つ一つについて、その「美しさ」を、うんちくを傾けつつ語る。
十の実験のうち、読者の支持が最も多かったのが、最後に紹介されている「一個の電子による量子干渉」の実験。電子のビームを細いすきまの空いたついたてを通過させると、その先のスクリーンに濃淡のあるパターンが得られる。波の性質を持つ電子がお互いに強めあったり弱めあったりすることでできる干渉縞(しま)と呼ばれるものだ。
ところが、電子を一個ずつバラバラにすきまを通した場合でも、同じような干渉縞ができる。まるで何か見えないものの命令に従って電子が行動しているかのように。米物理学者のファインマンが「唯一の謎」と呼んだ、摩訶(まか)不思議な現象だ。こんなミステリアスな魅力を含め、科学の成果ならぬ精華が光を放つ。青木薫訳。
| 東京ディズニーシー Tokyo DisneySea 5th Anniversary | |
![]() | 小林 伸一郎 講談社 2006-09 売り上げランキング : 2814 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
廃虚の撮影で知られる写真家が、巨大な「夢の国」にカメラを向けた。ライトアップされた近未来風の港、人魚の住む幻想的な空間、密林の奥地に潜む遺跡群 ――。一見すると、ただのテーマパークの広告のようだ。だが、じっくりと眺めれば、廃虚の景色に通じる一瞬の夢のはかなさ、不気味さも漂っている。
| 秀吉の天下統一戦争 | |
![]() | 小和田 哲男 吉川弘文館 2006-09 売り上げランキング : 6876 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
女王卑弥呼を生んだ古代の倭国大乱から太平洋戦争まで、戦争を軸に日本の歴史を読み解く「戦争の日本史」(全二十三巻、吉川弘文館)の刊行が始まった。民衆の被害、後の社会に与えた影響など幅広い論点を視野に入れ、戦争を合戦や戦闘の記述にとどめず歴史的な文脈の上に意義付けようとする姿勢が新鮮だ。
シリーズの企画編集委員は、戦国時代が専門の小和田哲男・静岡大学教授、近代史を専攻する吉田裕・一橋大学教授らが務める。各巻とも書き下ろしで、毎月一冊ずつ刊行する。
初回は小和田氏の『秀吉の天下統一戦争』で、九月下旬に刊行した。柴田勝家を破った賤ケ岳の合戦、北条氏を屈服させた小田原攻めなど、秀吉が進めた戦争の歴史的意義を検証。秀吉が戦国大名の領土拡張戦を私戦と見なし、果てしなく戦争が続く悪循環を断ち切ろうとした点を評価した。
一方で、戦国時代は水利権などを巡り多くの農民同士が武器を持って戦い、相当数の死者を出していた事実を指摘。「すでに知られた史料であっても、民衆と戦争という視点で改めて調査すれば、大名の合戦だけでは語り尽くせない戦争の歴史が現れる」(小和田氏)。戦国期ではほかにも、東国に比べて一般に知られていない西国での合戦の実態を明らかにする『西国の戦国合戦』(第十二巻)などが予定されている。
戦後の大学や研究機関における日本史研究では、政治や経済、民衆の日常生活史が重視され、非日常としての戦争史や軍事史は近年ようやく光が当たり始めた分野だ。今回のシリーズではこうした日本史研究の流れを受け、「戦後六十年がたった時点で、改めて日本人にとっての戦争とは何かを振り返る素材を提供したい」。編集を担当した大岩由明氏は語る。
現代日本につながる近代の戦争史でも戦死者の追悼や遺族に光を当てた研究など新しい視点が近年相次いでいる。同シリーズの『総力戦とデモクラシー』(第二十一巻)、『アジア・太平洋戦争』(第二十三巻)などでも、一般の市民がどう戦争にかかわったのかという視点が重要になりそうだ。戦争の生の記憶が薄れた現在だからこそ、「日本人と戦争」の関係を歴史的に掘り起こす意義は大きい。
| オサマ・ビン・ラディン発言 | |
![]() | ブルース・ローレンス 河出書房新社 2006-08-29 売り上げランキング : 87629 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
「9・11」事件をはじめ数々のテロ事件の首謀者とされるウサマ・ビンラディン。彼は何ゆえに命がけの反米思想を持つに至り、それはなぜ一部の若者たちを引き付けるのか。それを知るには、彼の発した言葉を読み解くしかない。本書は一九九四年から約十年の間に書簡、ファクス、ビデオ映像、インタビューなどの形で世に出た二十四の声明を一冊にまとめた本である。資料としての価値も高い。鈴木主税、中島由華訳。
| ダメなものは、タメになる テレビやゲームは頭を良くしている | |
![]() | スティーブン・ジョンソン 乙部 一郎 山形 浩生 翔泳社 2006-10-04 売り上げランキング : 15636 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
テレビゲームは学力を低下させるとか、暴力やセックスを描くドラマが犯罪を誘発するといった「通説」に真っ向から反論するのが本書。現在のゲームやテレビドラマは複雑性を増しており、こうした作品に触れることで人間は賢くなっていると主張する。著者のいう賢さはIQスコアなど限定された領域ではあるものの、バランスの取れた議論へのたたき台になり得る視点を提供している。山形浩生、守岡桜訳。
| 道化の耳 | |
![]() | 小田島 雄志 白水社 2006-09 売り上げランキング : 179081 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
「道化の目」「道化の鼻」に続くシェークスピア学者のエッセー集。新聞や雑誌、映画のパンフレットなどに「あれこれ書き散らした」五十三編の短文を集めた。手慣れた調子で紹介するシェークスピアの名セリフ、宝塚歌劇団や蜷川幸雄の話、恩師・中野好夫の思い出、友への惜別、若き日の妻、孫への手紙……。ほのかなユーモアを漂わせた文章が心地よく、時折登場する得意のダジャレにも苦笑がもれる。
| 寺田寅彦 妻たちの歳月 | |
![]() | 山田 一郎 岩波書店 2006-09 売り上げランキング : 95158 おすすめ平均 ![]() 寅彦の決定的な伝記, 第二部 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
寺田寅彦の評伝類は数多く、同郷高知の出身で今年八十七歳の著者も、これで寅彦本を四冊出したことになる。還暦を過ぎて芸術選奨新人賞を受けた最初の『寺田寅彦覚書』と同様に、地元紙に長期連載した記事に加筆し構成を練り直した著作だ。寅彦の誕生から死亡までを、共に暮らした四人の女性――母親と三人の妻 ――を媒介にして、描く。長く通信社記者をした人らしい丁寧な資料集めと取材が文章の後ろにうかがえる。
| 宇宙飛行士は早く老ける?―重力と老化の意外な関係 | |
![]() | ジョーン ヴァーニカス Joan Vernikos 白崎 修一 朝日新聞社 2006-09 売り上げランキング : 50051 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
重力がほとんどない宇宙で何カ月も生活をすると、代謝率が下がり、体温が低下、骨や筋肉は弱くなるという。すなわち老化現象が発現するわけだ。例えば宇宙に出たその日から尿中カルシウム排せつ量が増加をはじめ、数カ月で骨はとてももろくなる。著者は重力と老化のかかわりの研究に基づいて、老化防止の方法を模索した。長時間同じ姿勢でいるよりも、立ったり座ったりを繰り返すほうがいいという。著者は、元・米航空宇宙局(NASA)ライフサイエンス部門責任者。向井千秋ほか監修、白崎修一訳。
| 戦争大統領―CIAとブッシュ政権の秘密 | |
![]() | ジェームズ ライゼン James Rissen 伏見 威蕃 毎日新聞社 2006-09 売り上げランキング : 2690 おすすめ平均 ![]() 知識と知性の総和と政策Amazonで詳しく見る by G-Tools |
本は中身が重要なのは当然だが、装丁も大事なのだろう。それを実感する。ニューヨーク・タイムズ紙の安全保障担当記者が書いたまじめな本だが、お手軽な反ブッシュ本に見えてしまう。
邦訳の題名が原題と違うのは珍しくはないが、「戦争大統領」とはいかにも刺激的であり、原題の「戦争状態(ステート・オブ・ウォー)」が読後感に近い。米中央情報局(CIA)を中心とする米の情報機関がイラク戦争を始める過程で間違った点を中心にブッシュ政権の内幕を描く。
ワシントン・ポストのボブ・ウッドワード記者の『攻撃計画』をはじめ、類書は少なくない。なぜか、ウッドワード氏の新著『否定状態(ステート・オブ・デナイアル)』は題が本書と似ている。
本書にはウッドワード作品のようなエンターテインメント性はない。密室での会話が生々しく再現されるような場面はなく、地味なニュースストーリーがつづられている。それは時代を見る材料の一つにはなる。
日本の読者には新しく思える情報も少なくない。例えばブッシュ元大統領とブッシュ現大統領との意見の食い違いである。ネオコン的な流れを嫌う父が息子に電話し、息子が一方的に電話を切った話が冒頭に登場する。もっとも息子は父にすぐに謝ったという。
ライス国務長官が国家安全保障担当補佐官時代に非力で機能していなかったとの説にも新鮮さを感じる。父ブッシュの国家安全保障担当補佐官だったスコウクロフト氏がメディアのインタビューで、発言者の名前を明示しない条件と思いこんで「ブッシュ大統領はイスラエルのアリエル・シャロン首相に“催眠術にかけられている”と述べた」との紹介も、いかにもと思わせる。
本書の最も重要な意味は、情報当局の現場で起こる様々な失敗の記録である。蓄積があり、かつ体系的な訓練を受けたスタッフたちですら、間違いを犯す。それが現実である。インテリジェンスという言葉を魔法のように語って情報機関の必要性を説く議論が日本でも少なくない。本書はインテリジェンスの作業が永遠の試行錯誤の過程なのだと納得させる。
▼著者は55年生まれ。米ニューヨーク・タイムズ記者。06年ピュリツァー賞受賞。
| 江戸ッ子と浅草花屋敷元祖テーマパーク奮闘の軌跡 | |
![]() | 小沢 詠美子 小学館 2006-09-28 売り上げランキング : 59436 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
浅草花やしきは、東京・浅草の名所の一つ。古さがスリルをさそうローラーコースターなど、レトロ調でおなじみの遊園地だ。その歴史は思いのほか長く、幕末に初代森田六三郎という植木屋によって梅や桜を植えた植木茶屋が始まり。「花屋敷」と呼ばれていた元祖テーマパークの草創期の軌跡をたどった。
日本の近世都市史を専攻する研究者。浅草寺日並記研究会に所属し、「浅草寺日記」の編さんに携わる中で、「たびたび目にした森田六三郎の名前がずっと心に引っかかっていた」という。江戸文化ととらえて史料を集めると、意外にも変ぼうする都市計画に命運を揺さぶられる花屋敷の存在が浮かび上がってきた。「武家から婿養子に入った三代目六三郎が借地料減免を東京府に訴えた嘆願書を見て、六三郎の悲鳴が聞こえてきた。私が(研究を)やるしかないと決意した」という。
研究を重ねて分かったのは、江戸から明治に時代が移り変わり、「公園政策において“徳川色”が一掃され、花屋敷というレジャー産業で町の活性化を図ろうとしたこと」だ。窮状打開に奔走した三代目六三郎の人物像については、存命だった孫の川畑貞子さんらの協力で明らかになった。「幕臣として社会的に一度死んだ人物。明治に入って一市民として生きることになった六三郎にとって、守れなかった江戸幕府の次に全力で守るべきものが花屋敷だった」と見る。
現代の東京の下町、月島で生まれ、晴海で育った。物心ついたのは日本の高度成長期。犯罪、公害都市の悪評がはびこる中、「それでも私の故郷。汚名を晴らしたい」と思ってきた。一方で、子どものころからの時代劇ファン。その二つが結びついて江戸時代に興味を持った。「郷土愛が私の研究の原動力です」。そう力強く語った。
(おざわ・えみこ)1961年東京生まれ。成城大学大学院文学研究科博士課程前期修了。神戸大学大学院助教授を経て、成城大学民俗学研究所研究員・同大学非常勤講師。
| ぐっとくる題名 | |
![]() | ブルボン小林 中央公論新社 2006-09 売り上げランキング : 297 おすすめ平均 ![]() Gっとくる題名 題名エッセイ ぐっとくる文章!Amazonで詳しく見る by G-Tools |
著者は本名の長嶋有名義で小説を執筆し、「猛スピードで母は」で芥川賞を受賞したコラムニスト。同作品でも題名が話題になったが、本書は『ゲゲゲの鬼太郎』はなぜ『ゲゲゲな』ではなかったかなど、五十五作品の題名を考察した。言葉の組み合わせによるインパクトの付け方など実用性もある。
| 勝負勘 | |
![]() | 岡部 幸雄 角川書店 2006-09 売り上げランキング : 1880 おすすめ平均 ![]() 他人よりもミスをしないことが大事 馬券で岡部を買ったことは少ないが ちょっと優しくなられましたか。Amazonで詳しく見る by G-Tools |
中央競馬で通算最多の二千九百四十三勝を挙げた元騎手が、現役生活を振り返った。一年目十五勝のジョッキーが努力を重ねて、名手と呼ばれるようになる。「勝負勘は経験の積み重ねから生まれる」「自分にとっての大切な時期を逃さず、いかに過ごすかが重要」。その哲学は競馬ファンでなくとも参考になる。
| 日本にある世界の名画入門 美術館がもっと楽しくなる | |
![]() | 赤瀬川 原平 光文社 2006-10-05 売り上げランキング : 2586 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
はなから著者は、名画を「解説」しようとは考えていない。モディリアーニの描いた少女の顔に木の手すりなどにある擬宝珠(ぎぼし)の感触を覚え、擬宝珠を人が手で触るように、画家は少女のあごをなでたと想像してみる。日本の美術館が所蔵するルソー、ドガ、ピカソらヨーロッパの画家の作品十五点を自分の内にある感覚や体験に照らして文字通り体感していく。絵画の新たな鑑賞法を教えてくれる。
| 資本主義に徳はあるか | |
![]() | アンドレ コント=スポンヴィル Andr´e Comte‐Sponville 小須田 健 紀伊國屋書店 2006-08 売り上げランキング : 1576 おすすめ平均 ![]() 考えてみましょうAmazonで詳しく見る by G-Tools |
いつまでたっても絶えない企業の不祥事。そのたびに経営倫理、企業倫理が問われる。北越製紙に対する王子製紙の敵対的TOBを巡る議論でも経済の合理性が追求される一方で、むき出しの自由競争に人間性のブレーキをかける企業倫理、経営モラルという視点がやはり出てくる。
資本主義、それを凝縮した企業にそういうものが備えられているのか、という大きな問題を取り上げたのが本書だ。旧ソ連が崩壊して対抗する経済システムが事実上消滅したため、資本主義は緊張の抑止力を無くした。その結果、経済合理性を突き詰めたグローバル化やIT化は進む半面、資本主義そのものは自発的な改良作業を中止したように見える。世界的に経済倫理や企業倫理を重視する動きが強まっているのは経済システムの内部に、暴走を防ぐ抗体としてそれらが埋め込まれてあればよい、という願望の表れかもしれない。
しかし著者は資本主義や企業というシステムにはそんなものは無い、と突き放す。逆に無いからこそ経済に活力が生まれると見るが、そうであればあるほどシステムを構成する個人に道徳や倫理が必要になるとする。
資本主義とはいえ米英とは異なる経済観と哲学の伝統を持つフランスならではの鋭い問題意識を色濃く反映している著作だ。重厚なテーマであるが講演をまとめたものが中心なので読みやすい。小須田健、C・カンタン訳。
| 物理学の未来 | |
![]() | ロバート・B・ラフリン 水谷 淳 日経BP社 2006-07-27 売り上げランキング : 2189 おすすめ平均 ![]() 『複雑な世界、単純な法則』の関連書籍として一読に値する ラフリン教授、「万物理論なるイデオロギー」のちゃぶ台を引っ繰り返す! 通り一遍の物理学に飽きた方にお奨めAmazonで詳しく見る by G-Tools |
生物学や情報理論、あるいはビジネスの世界で最近よく使われる「創発(エマージェンス)」という言葉がある。全体が部分の単なる総和ではなく、それ以上のものが生み出されることを指す。
例えば、渡り鳥の群れの一羽一羽は周囲の仲間を見ながら飛んでいるだけだが、全体にはおのずと秩序が生まれる。企業や経済の活性化や停滞、さらには我々の社会自体もこうした創発のプロセスによって説明できるだろう。
創発という観点から、従来の物理学観をひっくり返すような問題提起を試みたのがこの本だ。物理学は、現象を小さい要素に分けて、そこに潜む法則を見付ける方法によって大きな成功を収めてきた。だが、著者はこうしたアプローチはもはや限界を迎えていると考える。
流体力学や相対性理論、量子力学などの理論や法則は、粒子による様々なレベルの集団の存在を前提とし、創発を経て姿を現すものとしてとらえ直すべきだとする。米スタンフォード大教授でノーベル賞受賞者である正統派物理学者が、卑近な例も引きつつ、説得力ある筆致で物理学の変革に向けた論点を描き出す。
著者の専門である量子論などを説明するくだりなどは、基礎知識なしでは理解が難しいかもしれない。にもかかわらず、全体として与える印象は強力だ。これも一つの創発プロセス、と感じさせるのも著者の周到なたくらみゆえだろうか。水谷淳訳。
| ブランドの条件 | |
![]() | 山田 登世子 岩波書店 2006-09 売り上げランキング : 1800 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
グアムで著者はエルメスそっくりのバッグを目にする。エルメスとよく似たロゴのその店の店員によると、エルメスの職人が独立して開いたブランドだという。その後、近くの別の店にも似たバッグがあり同様の説明を受けた。著者が最初の店に戻って尋ねると「韓国のコピーですよ」と事もなげに言う。驚くことにその “コピー”の店を訴えたこともあるという。
「偽物」が「偽物の偽物」を生む。この挿話は、偽物が本物の価値を浮き彫りにする逆説を示す。この構図を活用したのはシャネルの創設者、ココ・シャネルだ。名を高めることに寄与すると判断した彼女はコピー商品に寛容だった。人造宝石に高値を付けて売り出しもする。「名」そのものが持つブランドの魔力はココの登場で完成する。
ブランドとは何か。この命題に著者が採った手法は起源を掘り起こすことだ。ルイ・ヴィトンのような王侯貴族を顧客としたぜいたく品は、ナポレオン三世の産業振興策とデモクラシーを機に、金で買える商品に生まれ変わる。大量生産時代の到来に、エルメスは量産の一形態としての少量生産という道を見いだす。
メディアと伴走する大衆消費社会の到来を予見したココに至るまで、ブランドはその価値をこうして身にまとってきた。流行にコミットすることで価値を刷新し、「名」を磨く知恵もつけている。平易に書かれた小著だが、本格的なブランド論の登場といえる。
| 東海道夜景五十三次 | |
![]() | 丸々 もとお 丸田 あつし あおば出版 2006-09-13 売り上げランキング : 310023 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
夜景評論家の丸々と夜景フォトグラファーの丸田という兄弟コンビが、現代の弥次さん喜多さんとなって夜の東海道を巡った。ビルと高速に囲まれた景色も、闇の中で眺めるとまだまだ広重が描いたころの宿場町の面影を残しているのに気づく。浮世絵の景勝地に昔の面影はなくても、松並木や峠といった風物、地形の醸す風情は簡単に消えないのだろう。時間旅行を味わえる一冊だ。写真は「日本橋」。
| 漢詩のこころ 日本名作選 | |
![]() | 林田 慎之助 講談社 2006-01-21 売り上げランキング : 7436 おすすめ平均 ![]() 心を共有する漢詩Amazonで詳しく見る by G-Tools |
| 岩波漢詩紀行辞典 | |
![]() | 竹内 実 岩波書店 2006-05 売り上げランキング : 160736 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
| 漢詩逍遥 | |
![]() | 一海 知義 藤原書店 2006-07 売り上げランキング : 166715 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
| 中国の名詩101 | |
![]() | 井波 律子 新書館 2005-11 売り上げランキング : 581411 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
川中島の戦いで知られる上杉謙信と武田信玄。この二人の戦国武将は、ともに優れた漢詩人でもあった。例えば信玄は、「満院薔薇(ばら)香露新(満院の薔薇香露新なり)」で始まる七言絶句でバラをめでている。このほか、よく知られる空海や夏目漱石以外にも、伊達政宗、高杉晋作、西郷隆盛、乃木希典らが優れた漢詩を残している。
林田愼之助・神戸女子大名誉教授が日本の漢詩人二十一人の作品を鑑賞した『漢詩のこころ』(講談社現代新書)を読むと、明治以前の日本人が漢詩に関する豊かな教養を持っていたことに改めて気づかされる。逆に見れば、現代の日本人が漢詩の素養を失ってしまったともいえる。
もっとも、ここ数年は漢詩が静かなブームになっている。漢詩講座が人気を集める一方で、関連本も多数登場。今年に入っても、『漢詩のこころ』をはじめ、漢詩の魅力を味わえる本が相次ぎ刊行されている。
竹内実・京大名誉教授の編著による『漢詩紀行辞典』(岩波書店)は、中国を江南、杭州、西湖など地域別に分け、ゆかりのある漢詩を紹介したユニークな辞典だ。戦国時代の屈原、盛唐の李白や杜甫、近現代の魯迅や毛沢東ら幅広い詩人の三百三十編を収めた。
例えば、中唐の白居易が絶賛した江南地方。北宋の蘇軾はその春景色を描いた絵を見て、「正是河豚欲上時(まさにこれ河豚のぼらんとするとき)」で結ぶ七言絶句を作り、江南の味覚までも思い出させる。この辞典の読者は、漢詩を通じて様々な時代の中国を旅することができそうだ。
『漢詩逍遥(しょうよう)』(藤原書店)は、一海知義・神戸大名誉教授によるエッセー集。天安門事件を批判して米国人留学生が『人民日報』海外版に投稿した暗号めいた漢詩を取り上げ、「社会批判、政治風刺をこうした形でつきつけるのも、中国古典詩三千年の伝統の一つ」と指摘している。
昨年十二月に刊行された『中国の名詩101』(新書館)の編者である井波律子・国際日本文学研究センター教授は「今や古いものこそが新鮮に映るのでしょう」と話す。かつてのように学ぶべき教養としてではなく、風流が味わう趣味として、漢詩をとらえる人が増えているのだろう。
| 司馬遼太郎が発見した日本―『街道をゆく』を読み解く | |
![]() | 松本 健一 朝日新聞社 2006-10 売り上げランキング : 37203 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
副題に「『街道をゆく』を読み解く」とある。全四十三巻に上る、この長大な著作を通じて、司馬遼太郎は何を考えていったのか。著者は週刊百科の連載として一巻一巻を解説しながら、司馬の関心のありようを探り当てていく。三島由紀夫の割腹事件の直後に執筆が始まったことを手掛かりに、天皇のいない物語を構想したのではないかと分析するなど、昭和史に通暁した文芸評論家らしい独特の光の当て方が興味深い。
| 自選随想集 京の寺 奈良の寺 | |
![]() | 竹西 寛子 淡交社 2006-08 売り上げランキング : 44841 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
随想の名手である作家の古都にまつわるエッセーを収める。古典に詳しい著者だけに、訪ねる先々でゆかりの物語や和歌が思い浮かぶ。京都・大原では壇ノ浦の戦いで亡くなった平資盛をしのんでうたったといわれる建礼門院右京大夫の歌、奈良・春日大社では「枕草子」や「源氏物語」の一節といった具合。竜安寺と修学院離宮の庭を比べて、名園と呼ばれるものには「求心と開放」という二方向の力を共有していると見る「庭園論」も読みごたえがある。
| 早稲田古本屋街 | |
![]() | 向井 透史 未来社 2006-10 売り上げランキング : 143525 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
東京・早稲田の古書店街は世界一の書店街といわれる神田神保町、東京大学の前に立ち並ぶ本郷と並び、三大古書店街の一つ。本書は同古書店街の若き二代目店主が周囲の同業者への聞き書きをもとに、古書店街のルーツをたどった。さまざまな事情から店主となった人々の生き生きとした庶民史であると同時に、売れ行きに仕入れが追いつかなかったという、活字文化が輝いていた時代の記録でもある。
| ハナシにならん!―笑酔亭梅寿謎解噺〈2〉 | |
![]() | 田中 啓文 集英社 2006-08 売り上げランキング : 39567 おすすめ平均 ![]() 落語に興味のある方にお薦めAmazonで詳しく見る by G-Tools |
若手落語家の笑酔亭梅駆(ばいく)こと星祭竜二が活躍する連作短編小説集。タイトルはすべて落語の演目から付けられており、「蛇含草」は落語のグランプリ「O―1」に関西代表として出場するが、「粋」な江戸落語に戸惑う物語。「猿後家」では酒好きで型破りな師匠の梅寿が所属事務所の新社長を怒らせて、梅駆は師匠ともどもクビになってしまう。最後の「親子茶屋」では梅駆と梅寿の師弟対決が見られる。落語を扱っているだけに、笑いと人情がぎっしりつまっている。
| バイオテクノロジーの経済学―「越境するバイオ」のための制度と戦略 | |
![]() | 小田切 宏之 東洋経済新報社 2006-07 売り上げランキング : 8987 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
バイオテクノロジーが産業として成長するためには、経済システムの整備が不可欠である。産学連携、知的財産権などバイオ産業に携わる人々が事業の上で押さえておくべきポイントを章立てし、具体的なデータをもとに解説したのが本書だ。バイオベンチャーの実態やあり方、企業がいかにして「境界」を超えて研究開発に取り組んでいるか、などにも言及。一方では、生物資源の保全や遺伝子情報の保護といった課題の指摘も忘れず、バランスを配慮した構成になっている。
| MITチームの調査研究によるグローバル企業の成功戦略 | |
![]() | スザンヌ バーガー MIT産業生産性センター 楡井 浩一 草思社 2006-09-23 売り上げランキング : 388 おすすめ平均 ![]() 「多種多様」な「成功モデル」から読者は何を学び得るのか?Amazonで詳しく見る by G-Tools |
製品・部品やサービス、資金や情報が国境を越えて頻繁に移動するグローバル化時代。電機業界などでは、部品の固まりをおもちゃのブロックのように組み立てるモジュール化が進み、新規参入の障壁が低くなった。世界中のどこから競争相手が出てくるか分からない不透明な時代に、企業が成功するための戦略は何か。
業務を国内外の企業に委託するアウトソーシングやオフショアリングが勝利のカギ、と考える人も多いだろう。特に賃金が高い先進国企業にとって避けがたい選択肢にもみえる。だが著者の研究チームは日米欧、アジアの企業約五百社を実地に調査した結果として、単一の解はないと指摘する。
その証しとして韓国のサムスンや衣服業界で「ZARA」を展開するスペイン企業を挙げる。競合他社とは対照的に、部品などからの一貫生産を手掛ける垂直統合型企業として成功を収めているという。一方で、他社の生産機能をフルに活用するデルやアップルコンピュータの紹介も忘れない。
為替相場などの経営環境は刻々と変わるし、自社の強みは他社とは違う。自社の賃金が高いから安い国へ生産を移す、というのは一面的だ。評者も、キヤノンの社長時代に御手洗冨士夫氏(現会長)から聞いた話を思い出した。「人件費が高くても国内生産で利益を上げる方法が二つある。一つは自動化で限りなく人件費をゼロに近づけること、もう一つは人件費の割合を無視できるほど付加価値の高い製品をつくることだ」
同業でもグローバル化に対応する戦略が異なるのはなぜか。著者は企業の歩んできた歴史など「遺産」の違いを分析する。例えば日本の製造業の強みとして、解雇を最後まで避ける雇用慣行を挙げる。ただ物事には裏表がある。多くの企業が業績低迷期に解雇を避け、採用を抑制し続けた結果、若年層の就職難につながった面も無視できないだろう。
著者は「確実なものがあるという幻想こそが、グローバル化の真実を見誤らせる最も危険な罠なのだ」と締めくくる。自社のDNAを把握し、環境変化に応じて強みを生かす選択ができるか。経営者の責任は重いと痛感させられる。
| 自然と人間 | |
![]() | 淡路 剛久 植田 和弘 川本 隆史 有斐閣 2005-09 売り上げランキング : 247443 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
| 権利と価値 | |
![]() | 淡路 剛久 植田 和弘 川本 隆史 有斐閣 2006-02 売り上げランキング : 247914 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
| 生活と運動 | |
![]() | 淡路 剛久 植田 和弘 川本 隆史 有斐閣 2005-11 売り上げランキング : 251888 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
| 法・経済・政策 | |
![]() | 淡路 剛久 植田 和弘 川本 隆史 有斐閣 2006-06 売り上げランキング : 354781 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
| 持続可能な発展 | |
![]() | 淡路 剛久 植田 和弘 川本 隆史 有斐閣 2006-09 売り上げランキング : 68471 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
環境問題を考える上で重要な文献を集めた「リーディングス環境」シリーズ(全五巻、有斐閣)が刊行された。第一巻『自然と人間』では、レイチェル・カーソン『沈黙の春』、石牟礼道子『苦海浄土――わが水俣病』などを取り上げ、その一部を紹介している。第二巻以降は『権利と価値』『生活と運動』『法・経済・政策』『持続可能な発展』。淡路剛久・立教大教授ら編。
| 世界の民族衣装の事典 | |
![]() | 丹野 郁 東京堂出版 2006-09 売り上げランキング : 147434 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
世界約六十カ国・地域の民族衣装を解説した『世界の民族衣装の事典』(東京堂出版)が刊行された。各項は「風土と歴史」「男性の服飾」「女性の服飾」で構成し、祭りの衣装なども加えた。韓国で男性が外出時にかぶる「カツ」が品格を象徴するなど衣装の持つ意味にも触れている。カラーの図版も多数収録、色鮮やかな民族衣装の世界が楽しめる。丹野郁監修。
| 僕たちは池を食べた | |
![]() | 春日 武彦 河出書房新社 2006-09-16 売り上げランキング : 8143 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
淡々と話は進むが何かが違う。平凡でいて違和感が消せない。独自の視点で社会を論じる精神科医の初の小説は、とらえどころのない不思議な読後感を誘う。「いかようにも解釈できるように書いた。世界のとらえ方、ものの見方は決して一つではないのだから」
八つの短編から成る。多くは、特異な症状に悩む人物が、著者とおぼしき主人公に受ける診察が軸。表題作なら、突然声が出なくなった若い女性。原因も分からず、展開らしい展開も無い。症状は改善せず、主人公の回想や精神病の知識などを織り交ぜ、何となく話は終わる。「池」とは小説の最後に出てくる緑色のケーキの比喩。ページの端には「自分で描いた」ヘタウマなイラスト。
そんな話が、不思議と読む者の意識にこびりつく。「いかようにも解釈してもらうためには、でたらめではだめ」。個々の物事は一見無関係なようでいて、そうと言い切れない。つかず離れず。ゆっくり考えれば、著者の意図が見え隠れしつつ、何かが透けてくる。良質のカウンセリングとはこのようなものか。
もともとは産婦人科医。障害児を生んだ母親の相談に乗るうち、精神科医への転身を決めた。数多くの患者と接する日々で「たまってくるものがある。文章を書くのは自分にとっての箱庭作りのようなもの」。
あても無く書きためた文章を機会を見つけては発表する。今回の短編集は五年ほどかけた。これまで論じたテーマは「狂気」「幸福」「顔」など多様。世間の画一的な見方を否定し、新たな切り口をやんわり提示する手法は一貫する。
勤務医の仕事の合間、月に百枚の原稿を書く。現在の興味は「躁(そう)」。「多忙な毎日を乗り切るには、軽い躁状態くらいが一番いいのかな」。執筆のヒントでも得たのか、意味ありげな笑いを浮かべた。





待望の文庫化!














ちょっと優しくなられましたか。





















