メイン > 日経新聞日曜版『読書』 > 2006年5月14日~5月21日
| 芸術原論 | |
![]() | 赤瀬川 原平 岩波書店 2006-05 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
ネオダダイズム、路上観察学会と、常に前衛的な活動を続ける美術家の著者が、改めて芸術の根源を探ろうと試みたエッセー集。セザンヌやデュシャンの作品から町中の張り紙、マンホール、看板までを徹底的に見て歩き、「芸術の素」となる存在は何かを突き詰める。著者があとがきに記す「芸術とは論じるものでなくて、おこなうものである」という信念が、全編を貫いている。原著は一九八八年の刊行。
| 池波正太郎劇場 | |
![]() | 重金 敦之 新潮社 2006-04-15 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
今年五月は池波の十七回忌。記者として三十年に及ぶ付き合いのあった著者が、その人間性に裏打ちされた作品の魅力を解き明かす。剣客や盗っ人の「潔さ」と、それを描写する「言葉」の切れ味。そして季節感あふれる食い物の数々。懐かしくも心地いい池波ワールドに、またまた身を浸してみたくなった。
| 五〇歳からの危機管理―健康・財産・家族の守り方 | |
![]() | 河村 幹夫 角川書店 2006-05 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
長年の商社勤務から研究者に転身した著者が、充実した「第二の人生」を送るために必要なリスク意識の鍛え方を指南する。家族、財産、健康などの要素に分け、中高年の世代が直面しがちな状況への備えを説く。耐震偽装事件に著者自身が巻き込まれた話など、具体的なエピソードが興味深い。
| せつないカモメたち | |
![]() | 高樹 のぶ子 朝日新聞社 2006-05 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
作中に印象的な場面がある。三人の少女が、カモメに向かってハンバーガーを投げている。一見なにげない行為。しかし、そこには少女たちのいじめの問題がからんでいたのだ。おそらく現実も同じなのだろう。大人が見逃してしまいがちな日常の中で、子供たちは悩んでいる。
映画館でもぎりをしている占部香代子は、三人の少女の一人である松本彩(アヤ)という中学生と知り合う。アヤは友人からいじめを受けていると告白、「人を殺すぞって決心して、本当に実行して、でも後悔しない人間って、憧れます」などという。やがてアヤの通う学校の生徒が、パンを口に入れたまま死んでしまう。香代子はアヤがかかわっているのではないかと疑い、その行方を追う。
こうした中学生のいじめの問題に、大人の恋愛がからみあう。アヤの母親は弟をつれて家を出て、別の男性とともに暮らしている。ごたごたの末に離婚した香代子は、アヤのことを話し合ううちに、アヤの父親の真人と親しくなる。誰かを頼らずにいられないのは、子供ばかりでないことを示しているかのようだ。
アヤに対して、携帯電話のメールでコミュニケーションをとろうとする香代子。しかし、返ってくるのは、一緒にいる人間からの自殺を示唆するようなメールだ。やがて明らかになる意外な真相。恋愛小説を得意とする著者の新境地を示す、サスペンスに満ちた長編である。
| 昭和史 〈戦後篇〉 1945-1989 | |
![]() | 半藤 一利 平凡社 2006-04-11 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
「歴史探偵」を名乗るノンフィクション作家が、日中戦争から太平洋戦争に至る時代を分かりやすく語り下ろし、ベストセラーとなった『昭和史 1926―1945』の続編。今回は著者が中学三年生だった終戦の年から、「沖縄返還で日本の戦後は一応、終わった」とする一九七二年までを中心に、戦後の昭和史を振り返っている。
本書は四五年から五一年までの占領期に、全体の六割以上を割いている。それはこの六年間が、日本の戦後の骨組みを形作ったとの考えによるものだろう。例えば、終戦直後に登場した「一億総懺悔(ざんげ)」という言葉。「みんなして悪かったんだからお互いに責めるのはよそうじゃないかという『なあなあ主義』」につながったと著者は指摘する。
本書が面白いのは、時に自らの体験を交えながら、多くの史実を紹介している点だ。雑誌記者として、ビキニ環礁の水爆実験で被曝(ひばく)した第五福竜丸の乗組員を取材したり、石原慎太郎が芥川賞を受賞したときの“熱い”選考会を手伝ったり……。流行した映画やマンガも引用しながら、時代の息吹を再現する。
今の日本は「戦後ずっと意思統合をしてきた『軽武装・経済第一』の吉田(茂)ドクトリンの分解がはじまっている」ようであり、次の国のかたちを考えるのは「若い皆さん方の大仕事」だという。そこでは昭和という時代の検証が不可欠であり、本書はその貴重な参考書といえよう。
| シェイクスピアの男と女 | |
![]() | 河合 祥一郎 中央公論新社 2006-04 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
シェークスピアを読み解くにあたり、当時の文化を十分に斟酌(しんしゃく)した上で作品の男と女の心理の襞(ひだ)に迫ったのが本書である。読み手が生きる時代のみの視点で解釈することに著者は強く警鐘を鳴らす。
誤解されやすい例として最初に挙げているのが、男尊女卑の芝居と考えられやすい『じゃじゃ馬馴(な)らし』である。強気で威勢のいい女主人公が最後には男の前で素直になるという筋立ては、いかにも男本位に見える。知っておくべきは、当時、未婚のまま年を取った女性は地獄へ行くと言われていたことだ。彼女は、男に強いられたのではなく、二人の間でのやりとりをゲームとして楽しみつつ愛をはぐくんだ、と著者は主張する。つまりは、愛の物語なのだ。
『ロミオとジュリエット』では、女のほうから結婚式を迫るがゆえに、ジュリエットは現実的な娘と映る。結婚式における神の前での誓いを重視する当時の背景を理解すれば、見方が変わるという。
そもそも、男女にかかわらず、人間は皆、「男性性」と「女性性」を併せ持っている。軍服姿が男性的なエリザベス女王には、人一倍化粧好きという女性的な側面があった。
一方、平和になったためにお世辞やおしゃべりに熱心になる「女性的な」男が増えたのもこの時代だ。このあたりは現代にも十分通じる話ではないか。男と女について、歴史性を踏まえて新たな視点を提示してくれる一冊である。
| 帝国の城塞 | |
![]() | 東山 幸弘 出版芸術社 2006-04 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
敵艦船を砲撃する沿岸砲台や敵兵を迎え撃つレンガの堡塁(ほうるい)。日清・日露戦争前、当時の建築の粋を集めて造られた日本の城塞(じょうさい)は、ほとんど実戦で使われないまま終戦と同時にうち捨てられた。今も野ざらしとなっている各地の城塞を、著者は3年以上かけて探し歩き、記録してきた。物言わぬ歴史の証言者のまわりには、静かな時間がたゆたっている。写真は「舞鶴要塞・槇山砲台」。
| 文化としての生と死 | |
![]() | 立川 昭二 日本評論社 2006-05 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
人の生病老死の光景は高度成長期の以前と以後で一変したと著者は言う。身近にあった生病老死は病院などに遠ざけられ、命への恐れを人々は忘れていった。今日の生病老死の情景を点描しつつ、歴史を振り返り、その未来を見つめる。看とり看とられ、死に水をとる……そうした日本人の心性に根ざした死を受け入れる習俗をどのように今の時代に伝えはぐくむことができるか。「死の文化」の継承と共有を考えさせられる内容だ。
| われら地球家族 鳥と人間 | |
![]() | 山階鳥類研究所 日本放送出版協会 2006-04 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
昭和初期以来、民間で鳥類の研究を続けている山階鳥類研究所が、鳥と人間との関係を問うた一冊。現代、鳥の絶滅は、自然に絶滅するペースの六十倍もの速さで進んでいるという。原因は、人間が持ち込んだ移入種、人間による鳥の生息地の破壊、狩猟など。いわば人間が鳥を絶滅に追い込んでいるわけだ。身近なハトやニワトリの生態、日本のトキの絶滅を巡る話、標本や剥製(はくせい)を巡るエピソードなどが平易な言葉で語られている。
| 駆込寺と村社会 | |
![]() | 佐藤 孝之 吉川弘文館 2006-04 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
離婚やけんかの仲裁など、中世以降の日本では人々が様々な理由で寺院に駆け込んだ。これまで江戸期に衰退したと考えられた駆け込みが、依然として村の重要な紛争解決の仕組みを担っていたと著者は主張する。もともと救済が主だった目的も、江戸時代になると次第に処罰や制裁の側面が加わるようになる。公権力の担い手は誰かという問いをもとに、近世の日本社会を分析する視点が興味深い。
| ターゲット・メディア主義―雑誌礼讃 | |
![]() | 吉良 俊彦 宣伝会議 2006-04 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
対象を絞り込んだ「ターゲット・メディア」を唱える元電通マンの著者は、その媒体として最もふさわしいのは雑誌だと説く。さらに団塊の次の世代で、「個人」という意識に目覚めた一九五五年生まれの人々を「リーダーシップ・ターゲット」と位置づけ、そこから雑誌の歴史を読み解く。その世代が十五歳で「an・an」が、二十五歳で「25ans(ヴァンサンカン)」が生まれたというように。雑誌は時代を映す鏡であることが伝わってくる。
中国変動社会の教育
牧野 篤 (著)
中国が一九七〇年代末から市場経済への体制転換を進めた結果、社会構造や教育システムに大きな変化が起きている。本書は四半世紀にわたる中国の教育現場の変容を振り返り、今後の方向を模索している。市場経済化は大規模な人口移動や競争激化、閉鎖的共同体の崩壊などをもたらした。個人は市場に投げ出され、知識や技能、学歴をもとに競争社会を生きる必要に迫られた。これに伴って激しい受験競争が始まる一方、再就職のための成人教育などが「社区(中国型地域コミュニティー)」で活発化している現状などを詳しく紹介している。
| ガーダ―女たちのパレスチナ | |
![]() | 古居 みずえ 岩波書店 2006-04 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
著者は十八年間にわたりパレスチナの女性や子供の暮らしを写真と映像で撮影しているフォトジャーナリスト。最も親しくなったガーダら現地の友人たちとの交流をつづった。危険と隣り合わせの紛争地。銃撃を受けたこともあるが「女性だからこそ気安く台所に入り込み、鍋の中までのぞけた」と屈託なく笑う。
会社員だった三十七歳の時、一時は寝たきりになるほどの大病を機に初めてカメラを手にした。偶然立ち寄った写真展で出合ったパレスチナの子供の笑顔に引き込まれた。パレスチナでの民衆蜂起(インティファーダ)ぼっ発を伝える連日のニュースに矢も盾もたまらず、飛行機に飛び乗った。八八年七月のことだ。
難民キャンプに飛び込み、やがて女たちの炊事を手伝い、井戸端会議の輪に加わるようになる。「家の中を切り盛りしているのはたくましいお母さんだと知った。その横で男たちはだらしなくトランプに興じている。イスラム社会での生きづらさも感じたが、女性がりりしく見えた」と言う。
通訳として紹介されたのが、結婚を控えた二十三歳のガーダだ。処女性を重視する結婚の儀式に反発。夫の母親の反対を押し切って新婚旅行に出かけたという現代っ子。十三年たった今はなんと技術者の夫を故郷に残し、二人の子連れで英国留学中。「反抗心たっぷりの元気な若者だったが、最近は祖母にパレスチナの伝統文化や昔の思い出話を盛んに聞いている。驚くと同時にたのもしく思う」
四〇年代末の紛争のさなか、妊娠中だったガーダの祖母は爆撃音に驚いてかまどに落ち、灰の中に赤ん坊を産み落とした。「戦争の中で生きるということを女性はリアルに伝える」と力を込める。「最新兵器が開発された今は昔より恐ろしいとおばあちゃんたちは言う。そんな現状が良くなるまで撮影を続けたい」(岩波書店・一、九〇〇円)
(ふるい・みずえ)1948年島根県生まれ。著書に「インティファーダの女たち」など。初監督映画「ガーダ パレスチナの詩」が近く公開予定。
| 神聖喜劇 (第1巻) | |
![]() | 大西 巨人 のぞゑ のぶひさ 岩田 和博 幻冬舎 2006-05 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
戦後文学を代表する長編小説の一つ、大西巨人の『神聖喜劇』が、漫画家のぞゑのぶひさによってマンガ化され、幻冬舎から刊行が始まった。主人公の二等兵が驚異的な記憶力を武器に理不尽な軍隊生活に立ち向かう物語を、陰影の豊かな絵で表現している。中条省平・学習院大教授は第一巻の解題で「この小説の新たな魅力を発見する最良のガイド」と述べている。
| 新版 遺跡保存の事典 | |
![]() | 文化財保存全国協議会 平凡社 2006-05-16 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
遺跡保存に関する情報を網羅的にまとめた『新版 遺跡保存の事典』(平凡社)が刊行された。第一部では、遺跡の定義、自然環境とのかかわりや文化財保護行政、発掘調査の具体的方法、破壊の現状などが平易な文章で書かれている。第二部は、三内丸山遺跡、登呂遺跡など七十の遺跡について、発掘の歴史や現状を解説。文化財保存全国協議会編。
税制改正五十年―回顧と展望
水野 勝 (著)
学ぶことの多い一冊である。ポスト小泉をのぞみ、時まさに本格的な増税論議が開始されているが、そこで必要なのは、本書が伝える日本の租税政策の歴史的、政治的文脈であり、税制運営の経験則である。
本書は、大蔵省で主税局一筋にキャリアを積み、中曽根内閣の売上税と竹下内閣の消費税を主税局長として担当した著者が、自らの経験を克明に記した書物である。
著者が若い時代には税制度の技術論が記述の中心だが、審議官から局長の時代になると、与党幹部との折衝など、政治的観点からの記述が増え、ポストにつれて目線が変わる。そこに税制運営の多様な側面が読み取れる。当事者のみが知りうる事実に、正確な月日まで記されているのは、当時のメモなどに基づくからだろう。それだけに記録としての信用度も価値も高い。
戦後、シャウプ勧告を受け、日本の税制は所得税中心に制度設計された。累進税のため、高度経済成長時代には自然増収が大きく、国民負担率を抑えるために減税するのが税制改正の中心命題だった。石油危機を経た昭和五十年代以降はそれが一変する。財政収支は均衡せず、バブル絶頂期のほんの一時期を除き、今日まで巨額の財政赤字の累積に苦しんでいる。
所得税は、減税はできても政治的に増税は受け入れられない。規模の大きな増税が可能な消費税を所得税と並ぶ基幹税にしなければ安定的な税体系とはならない。消費税導入は財政破綻を避けるために不可欠というのが、本書に一貫する税当局の強い思いである。また、税制改革の数々の挫折の経験から、与党内で相当な時間をかけて協議し、十分な国民的議論を経ないと、大規模な税制改革は実現が難しいことも、本書が伝える貴重な経験則となっている。
今後の課題として平成不況対策の減税でがたがたになった税制を立て直すには、消費税だけでなく、所得税の増税が視野に入ることを著者は本書の最後で示唆する。
官僚批判がある種の軽さを持って語られ、思いつきの改革案でさえ幅をきかせる今日、税制のような社会の基盤となる制度の運営では、文脈の確かさが依然として重要であることを評者は本書を読んで痛感させられた。
みずの・まさる 32年生まれ。東大卒。大蔵省主税局長、国税庁長官などを歴任。退官後は日本たばこ産業社長、会長などを経て、現在は同顧問。【評 関西学院大学教授 小西砂千夫】
セブン‐イレブン覇者の奥義
田中 陽 (著)
創業以来三十年以上、増収増益を続けたセブン―イレブン・ジャパン。その強さの奥義を解き明かした。
十五年にわたり流通業界を取材してきた新聞記者ならではのエピソードと分析で読ませる。
創生期の話。店舗経営者の家族に不幸が起きた。まだ無名の同社とフランチャイズ契約を結んでくれた加盟店主は身内も同然。通夜にかけつけようとする幹部にトップの鈴木敏文氏は待ったをかける。「店舗数が拡大すれば、すべての冠婚葬祭に平等な対応はできない」。そのときに備え、合理的なルールを今のうちから作ろうと考えたのだ。コンビニ転換前の品ぞろえも残したいといった加盟店の声にも耳は傾けない。経営効率化の妨げになるからだ。
仕入れも同じ。自動車産業なら「系列」にあたる弁当・総菜メーカーと商品開発では協力するが、原則的に出資はしない。その方が不祥事や消費者のし好の変化にすぐ対応し、取引を打ち切りやすいからだ。こうした挑戦の数々が紹介されていく。
消費者の立場に立つことをうたった数多くの他社と鈴木セブンを分けたのは、時に非情にも映るこうした原理原則の徹底と合理性への希求であることを読み取ることができる。
情に満ちた人間ドラマで名を売った従来の流通業界の立役者らとは完全に異質な経営者がつくり上げた企業の本質が理解できる一冊だ。
| ワークライフバランス社会へ―個人が主役の働き方 | |
![]() | 大沢 真知子 岩波書店 2006-03 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
数年前から「ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)」という言葉をあちこちで見聞きする。仕事もプライベートな生活も充実した生き方を目指そうという米国生まれの考え方だが、この本を読むとなぜ今、日本でこの言葉が声高に叫ばれるのかが伝わってくる。
著者がまず明らかにするのは、長時間労働につぶされていく若者たち。ハローワークで出会った若者へのインタビューは彼らが置かれた過酷な状況を浮き彫りにする。「土日もなく時には四日連続で徹夜。せめて週一回は休みたかった」「月平均百時間は残業があった」という証言を聞くと、“過労死大国”があながち誇張と思えない。
そんな過酷な職場から逃れた人を待っているのは、不安定な派遣やパートの仕事。とことん仕事に一生をささげる正社員か、いくらかの自由とひき換えに不安定で低収入の非正社員になるか。こんな二者択一をなくし、新しい社会をつくらなければならないと主張する。
雇用をめぐる最近の動き、格差社会の実像、働く事への意識の変化など多様な観点で現状を分析しているが、論にとどまらずインタビューなどに基づく具体例が紹介されているので読みやすい。若者や女性たちの意識は、ワーク・ライフ・バランス型へ変わっている。一部企業もかじを切り始めた。海外の動きも含め、時代のキーワードを知る一冊となっている。
| 学生と読む『三四郎』 | |
![]() | 石原 千秋 新潮社 2006-03-16 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
東京都内のある私立大学で著者が受け持った近代日本文学のゼミナールを舞台に、今どきの学生気質、教師の日常、授業の実態が生の声を通じて伝わってくる。現代の「三四郎」たちと、彼・彼女らを取り巻く人々を巡る「当世大学事情」の貴重な記録だ。
新学期、著者のゼミには二年生を中心に十七人の学生が集まった。夏目漱石の『三四郎』を教科書に、文章の書き方から資料の集め方、はては授業を受けるマナーまでを学んでいく。
一年間の授業を通じて学生がめきめきと実力を付ける姿に目を見張る。最初は発表のテーマ設定さえ難しく、課題リポートに「リアルでえぐい」などと平気で書いてしまう彼らが、学年末には複数の参考文献を駆使し、作品に現れる二項対立の構造などを的確に指摘する文章を書くのだ。
著者が特に大胆な策に打って出たわけではない。普段から会話を大切にして学生の個性に合わせた指導を心がけ、発表やリポートに丁寧にコメントする。学力低下、少子化による学校間の競争激化などから徹底的な大学改革が叫ばれて久しいが、本書が示唆するのは、教員個人の工夫と努力というレベルでも改善の余地は大きいということだ。
もちろん、作家を介在させない「テクスト論」に沿った文学入門として読んでも面白い。学生たちが『三四郎』を様々に解釈するのと同じく、本書は多様な読み方を提供してくれる。
中国石油メジャー―エネルギーセキュリティの主役と国際石油戦略
郭 四志
中東、アフリカ、南米など世界各地での積極的な油田権益獲得や外国石油会社の買収など中国の石油産業が大きな話題になっているが、その実態はあまり知られていない。本書は中国石油天然ガス集団公司(CNPC)など三大石油会社の保有資源から設備、戦略、資本調達まで丁寧に情報を収集、整理しており、この分野では最も濃い内容を持っている。中国のエネルギー問題を考える時、欠かせない著作である。
| 歴史学と社会理論 | |
![]() | ピーター バーク Peter Burke 佐藤 公彦 慶應義塾大学出版会 2006-03 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
社会学や政治学などが扱う「社会理論」と、過去を研究する「歴史学」は互いに何の役に立つのか。英ケンブリッジ大名誉教授で文化史研究の泰斗が一九九二年に世に問うた名著の日本語訳。「性とジェンダー」「権力」などの概念別に、「現在・一般性」を重視する社会理論と「過去・個性」を探る歴史が相互にどう影響してきたかを解説する。分野を超えた研究が一般的な学問の現在を読み解く上でも有用だ。佐藤公彦訳。
| 途方に暮れて、人生論 | |
![]() | 保坂 和志 草思社 2006-04-21 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
『この人の閾(いき)』『小説の自由』の作家による、人生を主題にした随筆集。「自分の人生においてすら、自分が当事者であることは些細(ささい)なことなのだ」「希望や可能性がその人を苦しめる」など警句風の言葉が随所に並ぶ。生きることに意味や目的を求める安易さが、逆に人生をやせ細らせる。結局、「あやふやさ」「よるべなさ」に正面から向き合うことが人生なのだとこの人らしい静かな文体で丹念に語りかける。
| 藤田嗣治 パリからの恋文 | |
![]() | 湯原 かの子 新潮社 2006-03-23 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
副題は「パリからの恋文」。画家、藤田嗣治は二十代半ばで結婚し、離婚までの三年ほどの間にパリから百八十通近い手紙を日本に残した妻とみに送り続けた。その手紙を主な資料とした前半が本書の魅力だ。パリで成功するまでの行動、野心、絵に対する情熱が画家自身の言葉で詳しく語られ、随筆からはうかがえない心の変化も読み取れる。名声を獲得した後から死の時までを描いた後半でも証言と資料を博捜し、憶測で語られがちな藤田の実像に近付いている。
| 本の遠近法 | |
![]() | 高階 秀爾 新書館 2006-04 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
大原美術館館長である著者が、本について書きつづった文章を集めた一冊。美術の世界にとどまらない博学ぶりを披露した随想集に仕上がっている。網野善彦の『「日本」とは何か』を論じた章では、「文化的なつながり」が日本の求心力になっていたことに言及したり、チェスと将棋の比較論を展開するにあたり、著者自身がフランス人と交わした話を盛り込んだり。取り上げた書籍は、岡倉天心、司馬遼太郎、磯崎新、バルザック、モームなど幅広いジャンルに及ぶ。
| 虚妄の帝国の終焉 ネット革命の旗手、AOLの栄光と挫折 | |
![]() | アレック クライン 清川 幸美 服部 千佳子 ディスカヴァー・トゥエンティワン 2006-03-31 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
ライブドアや楽天の放送局株の買収で「通信と放送の融合」が日本でも大きな話題となった。本書は六年前に米国で「融合を促す世紀の合併」と注目されたAOLタイム・ワーナーの誕生から崩壊までの内実を暴いた作品である。
著者は米ワシントン・ポスト紙の記者で、ワシントン郊外に本社を置く米ネット最大手、アメリカ・オンライン(AOL)を長期にわたり取材してきた。この本の題材となる同社の不正経理を特報し、様々な賞も受賞している。
ネット株バブルに乗ったAOLのスティーブ・ケース会長は、高株価を背景に米娯楽・出版大手のタイム・ワーナーに合併を打診。出版社と放送会社の合併を実現した最高経営責任者のジェラルド・レビン氏は、今度はインターネットとの融合を促そうと二回り近くも若い起業家の提案に乗った。
ところが、ワーナーのケーブル網でAOLのサービスを展開しようという計画にライバル企業や行政当局が異議を唱え、合併承認に一年もかかってしまう。さらに運悪くネット株バブルが崩壊。AOLは株価維持のために広告収入などを水増しするが、それが後に不正とみられてしまった。
合併に失敗したレビン氏はトップの座を追われ、会長のケース氏も辞任を余儀なくされる。レビン氏は異なる文化を採り入れ、出版・放送という古い事業の殻を破ろうとしたが、しょせんは水と油。二人が狙った「シナジー(相乗効果)」は言葉だけに終わった。
本書が示唆するのはネット株バブルが生んだ時価総額主義がベンチャー経営をむしばむ過程と経営統合の難しさである。AOL幹部は株価のために様々な策をろうし、ケース氏もそれに流されてしまう。ライブドア事件にも似たところがある。さらに言えば、ビジネスモデルとしての相乗効果を追うあまり、融合に向けた技術的な革新努力をAOLは怠った。
通信と放送の融合を狙う竹中平蔵総務相はタイム・ワーナーをよく例に挙げる。六年前に比べれば機は熟したといえるが、同じ間違いをしないためには一読しておく価値がある。似たテーマで『史上最大の合併』という訳書も出ているので、読み比べるのも面白い。
(清川幸美・服部千佳子訳、ディスカヴァー・トゥエンティワン・一、八〇〇円)。著者は米ワシントン・ポスト紙記者。
| 栄光なき凱旋 上 | |
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| 栄光なき凱旋 下 | |
![]() | 真保 裕一 小学館 2006-04-17 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
食品Gメンを主人公とした『連鎖』などの「小役人ミステリー」や、雪山が舞台のアクション小説『ホワイトアウト』で知られる作家が、今回は「戦争小説」という新境地に挑んだ。第二次世界大戦のさなか、米国生まれの日系二世の青年三人が、未来をつかむために戦場へ向かう物語だ。
「我々ミステリー作家は殺人を描くことが多いが、一番の大量殺人といえば戦争。ごく普通の人間が人を殺すのはどんな状況なのかを書いてみたいと思った」と執筆のきっかけを話す。さらに「二十年ほど前にロサンゼルスを訪れた時、戦争中に日系人部隊があったことを知り、ずっと興味があった」と付け加える。
ロスの日本人街で生まれるが自らに流れる日本人の血を嫌うジロー、その幼なじみで名門大学に進んだヘンリー、ハワイの地で白人女性との結婚を決めたマット。日本軍の真珠湾攻撃によって明日を引き裂かれた三人は、米国兵として過酷な戦場に身をさらす。「当時は日本に住んだことのある『帰米組』とそれ以外の対立もあったと聞く。立場の異なる三人を通じて、複眼的な視点でとらえることを狙った」という。
上下巻合計で千二百ページ強という分量同様に重厚な内容だが、著者が得意とする躍動感に満ちたストーリー展開は今回も健在。「読者あっての小説であり、今回もスリル感は味わってもらえると思う。いつも読者をもてなしつつ、その心に何か残すことができたらと考えている」と期待する。
「四十代の一発目の仕事としては、充実感のあるものだった。でもほっとしたのは書き上げた瞬間だけ。ストレスはなくすのではなく、うまく付き合う必要がある」。子供が生まれたこともあって、趣味のゴルフに行く回数は減っている。「おかげで地下の部屋にこもって原稿を書く時間が増えた」と笑う。(小学館・各一、九〇〇円)
(しんぽ・ゆういち)1961年東京生まれ。著書に『奪取』(山本周五郎賞、日本推理作家協会賞)、『灰色の北壁』(新田次郎賞)など。























