メイン > 日経新聞日曜版『読書』 > 2006年4月30日~5月7日

日本経済の構造変動―日本型システムはどこに行くのか
日本経済の構造変動―日本型システムはどこに行くのか小峰 隆夫

岩波書店 2006-03
売り上げランキング :


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

ものづくりを担う製造業こそが日本経済の強さの源泉である。これは多くのひとがうなずく定説のひとつだ。だが、小峰氏は異を唱える。理由のうち主なものを二つ。(1)ひとが生きるのに欠かせない需要はモノにもサービスにもある(2)非製造業は生産性が低いが、人びとの要求がある以上は成長に貢献するか否かにかかわらずサービスを提供するのが経済の務めだ――。

通説に対して冷静に、丁寧に、かつ野心的に反論を試みる。この手法を積み重ね、構造改革の重みを説くのが本書の狙いだろう。景気の分析や経済計画の肉付けを通じて政策の舵(かじ)取りを手助けする。三十数年間、経済企画庁のエコノミストとして携わってきた仕事から得たものの集大成といってもいい。

過去五年間、小泉政権が推し進めてきた改革を象徴する言葉のひとつに「市場原理」がある。市場化の流れにあらがおうとする勢力は、市場原理に基づく政策はひとに冷たいというイメージを振りまきがちだ。企業やひとが競い合い、勝ち負けが決まる事実を冷たいと表現したいのかもしれない。しかし負ければそれで終わりというものではなかろう。

挑戦の機会が十分に開かれていれば敗者復活は可能だ。復活戦の常として厳しい闘いは避けられないが、それは活力の源でもある。こう考えると、市場原理は冷たさとは縁遠いものにも思える。その思いを「経済はひとのためにあり、経済のためにひとがいるのではない」というメッセージに乗せて伝えようとする。

さらに市場原理の魅力を効率という味気ない言葉よりも、自由に意思を決めて行動するという人間性の本質に照らして語っている。抵抗勢力はどう反論するだろうか。

自身の役人生活を振り返って、国の将来にひと一倍責任を持つとか、国家に奉仕する国士タイプではなかったと述懐している。官僚の雇い主である私たち国民からみると、なんだか頼りないと思える。だが考えてみれば役人が担う領域を小さくすることも、市場原理の本領発揮には欠かせない改革だ。

日本は名だたる借金国家。子供に大きな負の遺産を負わせないよう、私たち現世代に自立を促す。クールヘッドとウオームハートの日本経済論といったら褒めすぎだろうか。 (岩波書店・二、〇〇〇円)

こみね・たかお 69年東大経卒、経済企画庁へ。内国調査一課長として93、94年の経済白書を執筆。調査局長、国交省国土計画局長を経て03年法政大教授。近著に『最新景気観測入門』。【評 編集委員 大林尚】

■2006/05/07, 日本経済新聞 朝刊, 21ページ

逃亡「油山事件」戦犯告白録
逃亡「油山事件」戦犯告白録小林 弘忠

毎日新聞社 2006-03
売り上げランキング :


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

太平洋戦争終結直前の一九四五年八月十日、福岡市の油山で、八人の米軍捕虜が日本軍によって殺害された。この「油山事件」に関与した見習士官、左田野修は三年半の逃亡の末に戦犯として逮捕、起訴され、重労働五年の判決を言い渡される。左田野の手記を元に事件から判決までを追ったノンフィクションだ。

左田野は終戦から半年後の四六年二月、岐阜県多治見市に身を潜める。陶器製造会社に住み込みで勤め、陶器づくりを習得し、従業員と社長の信頼を得て事務主任に昇格する。四九年七月に逮捕された時は、事実上の支配人として会社を切り盛りしていた。

元新聞記者の著者は、左田野が残した膨大な手記を丹念に読み込み、多治見市にも足を運んでその足跡をたどる。事件の記憶にさいなまれながら逮捕におびえる潜伏生活。何度も自殺を考えながら、どうして死ななかったのか彼自身不思議だった、という告白が心の内を物語る。

事件当時、入営して一カ月の新参だった左田野は、上官に指名され、命令に従って捕虜の首に刀を振り下ろした。だが逮捕後の検事調べで彼は、自分から志願したと虚偽の供述をする。なぜか。著者は左田野の内面に深く立ち入ってその心理を推し量る。

左田野への判決言い渡しは四九年十月十九日。四年にわたった戦犯裁判の最後の被告だった。当事者の貴重な手記によって、昭和史の一断面が鮮やかに浮かび上がる。

■2006/05/07, 日本経済新聞 朝刊, 22ページ

会社法入門
会社法入門神田 秀樹

岩波書店 2006-04
売り上げランキング :


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

一日から施行された「会社法」の条文を読み解くのは、かなりの労力を要する。一千近い条文を逐条解釈しても、この新しい法律がこれからの企業経営にとって、どのような意味を持つのか理解するのは容易なことではない。

この疑問に本書は答えようと試みている。会社法の本質的な意義を簡易に概説した点が、たくさん出ている実務的な解説書との違いである。

会社のあり方を規定する法律は今、先進諸国で大きく変わりつつある。「競争力を高める会社法、IT(情報技術)革命に対応した会社法、資本市場の拡大に対応した会社法」を目指しているという。

新しい会社法もこの流れに沿っている。つまり企業活動を規制するという発想から、「規制緩和」「自由化」にカジを切ったというわけだ。

今や世界的に見ても重要性が増している「株式会社」をいかに使いやすくするかが、法律改正の眼目になりつつあると説く。株式会社に様々な類型が設けられたのは、こうした背景によるものだ。

一方で会社法が「経営の透明性」を求めているのも、欧米で高まっている「コーポレート・ガバナンス」の議論と無関係ではないという。市場の信頼を得るためには、経営に自己規律が欠かせない。

そのために法律に何ができるのか。会社法が対処すべき問題は幅広い。適切な仕上がりの法律かどうか、これから「点検が不断に行われなければならない」と著者は指摘する。

■2006/05/07, 日本経済新聞 朝刊, 22ページ

中東和平 歴史との葛藤―混沌の現場から
中東和平 歴史との葛藤―混沌の現場から中西 俊裕

日本経済新聞社 2006-04
売り上げランキング :


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

アラビストの新聞記者として現場を取材した経験などを基に、中東和平について切りこんだ。第二次インティファーダ(民衆蜂起)、オスロ合意、マドリード中東和平会議など一九九〇年代から最近に至る動きだけでなく、それ以前の歴史も加え包括的にまとめているのが特徴である。

臨場感があるのは、九〇年代の出来事だ。著者自身による和平交渉当局者とのインタビューや、湾岸戦争でのイラクによるスカッドミサイル攻撃など実際の体験談などを多く盛り込んでいる。

和平の流れの中で、段階的和平を進めるオスロ合意に対しパレスチナ民衆が抱いた不満、テロリストの連帯責任をとらされる人々の恨みのほか、晩年のアラファト・パレスチナ自治政府議長が力を失っていく経緯に触れている。

抑えられないパレスチナ民衆の不満が爆発し、イスラエルのタカ派シャロンが首相の座につき、シャロンがゲリラ体質の染みついたアラファト体制を追い込んでいった。今のハマス政権が生み出されていく事情がよくわかる。

タイムスケジュールや内容の修正が必要になっている米主導の和平案「ロードマップ」についても解説している。現ブッシュ政権下で米国の中東政策は大きな転換をとげているが、米国が進めようとする民主化には代償も伴い、戦時の思考様式が根付いた民衆レベルの意識改革をしないと中東和平の安定は得られないと強調している。

■2006/05/07, 日本経済新聞 朝刊, 22ページ

写真よさようなら
森山 大道 (著)

わざと画面を荒らした「アレ、ブレ、ボケ」のモノクロ写真が鮮烈なイメージを作り出す。1972年に発表された伝説の写真集を新装版で再刊した。プリント、ネガが残っていないため初版本からデータをおこし、よりコントラストを強調したという。写真の説明文はすべて省いた。過去の一時代の記録という性格は消え、代わりに写真家の記憶の中に入り込むような私的な感覚が強く出ている。

■2006/05/07, 日本経済新聞 朝刊, 22ページ

国際開発政策研究
国際開発政策研究石川 滋

東洋経済新報社 2006-02
売り上げランキング :


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

著者は中国、ベトナムなどの援助プロジェクトに参加した経験を持つ著名な経済学者。長年の経験をもとに、日本が独自の援助政策を構築するための具体策を考察している。今後はアフリカなどの低所得国が被援助国の中心になるため、これまでのようにカネは出すが、使い道について口を出さない日本流の「無口」な援助では実効性が乏しくなると指摘。援助手法を抜本的に見直すよう求めている。

■2006/05/07, 日本経済新聞 朝刊, 23ページ

入門ヘッジファンド―やさしくわかるヘッジファンドのすべて
入門ヘッジファンド―やさしくわかるヘッジファンドのすべてロバート・A. イエーガー Robert A. Jaeger 富田 秀夫

シグマベイスキャピタル 2006-03
売り上げランキング :


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

多くの人にとって依然として中身がよくわからないヘッジファンド――。しかし、日本の投資家、とりわけ機関投資家などにとってヘッジファンドはいまや投資先としてなくてはならない存在になっている。本書は長年ヘッジファンドを活用した投資に携わってきた著者がまとめた評判のテキストを翻訳した。一般向きとは言い難いが、見やすい図、用語解説が付された丁寧な作りになっている。富田秀夫訳。

■2006/05/07, 日本経済新聞 朝刊, 23ページ

椅子さがし建築めぐり
竹内 正明 (著)

本書は、椅子(いす)を探して日本国内の建築を巡った記録である。美術館、図書館、空港、斎場など実際に訪れて座ることのできる椅子が対象だ。単体でデザイナーズチェアを紹介する場合とは違い、おのずと椅子と空間との関係を問うことになる。金沢21世紀美術館では遊び心のある椅子に出合い、東京の岡本太郎記念館では椅子に座ることを拒否される。日本国内に、実に様々な種類の椅子があることを改めて認識させてくれる一書だ。

■2006/05/07, 日本経済新聞 朝刊, 23ページ

生命に仕組まれた遺伝子のいたずら
生命に仕組まれた遺伝子のいたずら石浦 章一

羊土社 2006-03
売り上げランキング :


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

遺伝子や脳研究といった生命科学の最新成果を、レベルを落とさず的確に解説するのは難しい。東大教授の著者による文系の新入生向けの講義をライブ感覚で再現したこの本は、現代生物学の入門書としても成功している。高校で生物を履修しなかった学生にも配慮し、例え話やエピソードを交えて講義は進む。聴講者の関心を引き付けつつ、科学者の議論が分かれているホットな話題に切り込んでいくあたりの語り口はさすがだ。

■2006/05/07, 日本経済新聞 朝刊, 23ページ

滅びゆく国家 日本はどこへ向かうのか
滅びゆく国家 日本はどこへ向かうのか立花 隆

日経BP社 2006-04-13
売り上げランキング :


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

ライブドア事件、女性・女系天皇、靖国参拝、憲法改正、小泉改革、耐震偽装、NHK番組改変問題などを題材に、日本社会のあり方と進むべき方向性を論じる。著者が関心のおもむくまま、インターネットのサイトに自由につづった文章をまとめた。二〇〇五年度版社会時評だ。現在の日本は「百年に一度あるかないかの大きな曲がり角」にあり、「小泉改革の延長上に、日本国のハッピーな未来があるとはとても思えない」。縦横無尽の語り口を通して、著者の抱く危機感が伝わる。

■2006/05/07, 日本経済新聞 朝刊, 23ページ

韓国夢幻―文化人類学者が見た七〇年代の情景
韓国夢幻―文化人類学者が見た七〇年代の情景伊藤 亜人

新宿書房 2006-03
売り上げランキング :


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

わらぶき屋根の農家の前で、無邪気に笑う子どもたち。一九七〇年代初頭、文化人類学者として調査に入った韓国の人々の暮らしを、約百八十点の写真とともにつづった。「現代の韓国人にとって、昔懐かしといえばこの時代。みな貧しくても希望があった」

今でこそ「韓流」ブームで身近になった韓国だが、七〇年代当時は「軍事独裁政権の抑圧にあえぐ社会」というイメージが強く、「人類学の研究フィールドに選ぶ物好きもいなかった」という。日本の民俗との比較から関心を持ち、七二年にたまたま民族音楽の調査に同行した先が、西南部に浮かぶ島、珍島(チンド)だった。以来、ほぼ毎年のように現地に通う。歴史、環境から地方自治まで地域の様々な問題を研究する市民参加型の学会「珍島学会」の設立にも参加し、地元では「珍島人」と呼ばれるほどだ。

最初に滞在した集落はまだ電気がなく、伝統的な農村社会が残っていた。「みこさんが取り仕切る厄よけ儀式などが毎週のようにあった。日本の農村とは共通点がある一方で、儒教や道教の影響で微妙に違う点も多い。両国の間は想像以上に複雑で、単に『似ている』という言葉では済まされないことが分かってきた」

首都ソウルなど大都市への人口集中が進んだ現在、トゥルロレーという田植え踊りや家の神を祭るソンジュ・クッなどの伝統儀礼を生活の中で見ることは少なくなった。だからこそ、「経済発展を成し遂げた原点である七〇年代の韓国を知ることは大切」という。「韓国人の心の原風景に触れることが、表面的なイメージに惑わされず隣国を見つめることにつながる」

四月に東京大学を退職、琉球大学に移った。「東アジアの要にある場所で、国の枠組みを超えた地域文化研究に挑戦する。ヤマト(日本本土)とは別の関心のあり方を探っていきたい」。(新宿書房・一、八〇〇円)

(いとう・あびと)43年東京生まれ。東大院修了。東大、ロンドン大などを経て琉球大学教授。著書に『読本韓国』ほか。

■2006/05/07, 日本経済新聞 朝刊, 23ページ

失楽園の向こう側
失楽園の向こう側橋本 治

小学館 2006-03-07
売り上げランキング :


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

バブル景気などの“楽園”を失って久しい二十一世紀の生き方を、ベストセラー『上司は思いつきでものを言う』の著者が指南する。「労働」が「他人の需要に応える」という元の意味を失ったからこそ錯覚や苦悩を生むようになったなどと、今日の日本の社会状況を鋭く指摘しながら、そこでどう生きるかを考える。若者、愛や性欲、サッカーなど、身近な素材を小気味よく橋本流に分析していくエッセーだ。

■2006/04/30, 日本経済新聞 朝刊, 17ページ

評伝緒方竹虎―激動の昭和を生きた保守政治家
評伝緒方竹虎―激動の昭和を生きた保守政治家三好 徹

岩波書店 2006-04
売り上げランキング :


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

保守合同の立役者である政治家の一代記。闇取引や根回しが政治と同義の日本にあって、弁論で国を導く真のステーツマンだったと著者は評価する。「善い目的に対しても、決して結果を急がず、すべて国民の納得の上にやって行こうというのが議会政治である」など、残した言葉は今の政治をも問い直す。

■2006/04/30, 日本経済新聞 朝刊, 17ページ

アメリカの中のイスラーム
アメリカの中のイスラーム大類 久恵

子どもの未来社 2006-03
売り上げランキング :


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

『アメリカの中のイスラーム』大類久恵著 キリスト教徒が八割以上を占める米国でムスリムの存在感が高まっている。最も多い他教徒、ユダヤ(二%前後)を上回る可能性も高いという。一九七〇年代以降に移民し、学歴、収入も高い平均的ムスリムのほかアフリカ系、都市部の黒人層などの歴史を紹介。九・一一後の意識変化も探る。

■2006/04/30, 日本経済新聞 朝刊, 17ページ

これこそ欲しい介護サービス!―安心できるケア付き住宅を求めて
これこそ欲しい介護サービス!―安心できるケア付き住宅を求めて浅川 澄一

日本経済新聞社 2006-03
売り上げランキング :


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

国民の老後の不安を解消しようと二〇〇〇年四月、介護保険制度がスタート。これを機に企業などが大挙して介護事業に参入し、介護サービスの提供量は飛躍的に増えた。だが、だれもが安心できるようになったかというと、どうもそうはなっていない。

自宅で暮らし続けようとしても、高齢者やその家族にとって本当に必要な介護サービスがなかなか見つからない。施設に入ろうとしても、特別養護老人ホームなどの公的施設は満員。国や自治体の財政難から新設は抑えられている。民間の有料老人ホームは増えているが、玉石混交だ。

こんな状況のなかで著者は全国に飛び、利用者の視点に立った介護サービスを実践している事業者を報告する。

介護する家族が疲れたときに高齢者を数日間預かってくれるショートステイは数が少なく予約が取りにくいが、その中で使いやすく良質のサービスを目指す事業者。高齢者が自宅から通うことも泊まることもでき、自宅へのヘルパー派遣まで手がける「宅老所」を開く団体。自らの手で自分たちが望む老人ホームをつくった市民。

読み進むうちに人々の熱意や創意工夫に驚く。一方で、著者は法制度を盾に民間の努力を認めない行政の姿勢を鋭く批判する。

私たちはどこで老いるべきか。幸せな老後のためには自らはどう動くべきか。それを探る手掛かりとなる一冊だ。

■2006/04/30, 日本経済新聞 朝刊, 18ページ

武道を生きる 日本の〈現代〉 17
武道を生きる  日本の〈現代〉 17松原 隆一郎

NTT出版 2006-03-28
売り上げランキング :


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

二〇〇四年のアテネ五輪で過去最高となる八個の金メダルを獲得した日本柔道。日本の「お家芸」と呼ばれる柔道は、どのように発展をとげてきたのか。柔道と新興の総合武道「空道」を自らたしなむ社会経済学者が、柔道をはじめとする武道の歴史と今日的意義をつづっている。

柔道といえば嘉納治五郎が興した講道館が有名だ。しかし、戦前には、古流武術の伝統を保持して尚武の気風を重んじた「大日本武徳会」や、旧制高等専門学校で発展した寝技重視の「高専柔道」という対抗勢力があったという。武徳会は戦後GHQの命令で解散する。その傘下にあった武術専門学校(武専)は、東京五輪金メダリストのヘーシンクを育てた道上伯を輩出したとの話も興味深い。

日本の柔道人口二十万人に対して、フランスは五十六万人に達しており、「本家」よりも一般に普及している。その理由について、「武道で体験される『道徳性』が注目されている」ことに加えて、「生涯スポーツとしても親しまれて」いる点を挙げる。その上で、日本でも「学校―会社」以外の社交の場として、武道の伝統を見直すべきだと主張する。

「礼節の文化が暴力という反対物をも包み込みながら身体化されたものが、武道なのである」との言葉は、体験に基づくだけに説得力がある。武道の魅力をもっと多くの人に伝えたい、そんな著者の熱い思いが伝わってくる。

■2006/04/30, 日本経済新聞 朝刊, 18ページ

芸術人類学
芸術人類学中沢 新一

みすず書房 2006-03
売り上げランキング :


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

宗教学、人類学、考古学など、多岐にわたり刺激的な論考を発表してきた著者が、新たな学問分野の創設に乗り出す。その宣言の書だ。

タイトルの「芸術人類学」とは、人間の「心の活動を、一貫した視点から再編成」する試みのことを指す。著者はレヴィ=ストロースの構造人類学と、南仏ラスコーの壁画をもとに芸術の根源を探ったバタイユの思想を結び合わせ、人間の無意識のうちにある心の本質を探ろうとする。

かつて新旧石器時代の人類の脳は、社会生活で欠かすことのできない合理的思考をつかさどる「意識的」な領域と、「無意識的」な領域をバランスよく保持していたという。著者はそのうち無意識的領域に働く論理を「対称性の論理」と名付け、芸術を生み出す基盤だととらえた。ものごとを分離分類するのではなく様々な矛盾を包み込む論理だ。

その後、合理的思考に偏重した西欧近代が世界中を席巻したため、対称性の論理は抑圧され、人間の心から消えてしまったように見えると著者は言う。「芸術人類学」は、その一見失われてしまった「野生の思考」への道を再び開く、実践的な性格を持った科学として構想されている。

概念の解説に充てられた部分は読みこなすのに少々忍耐が必要。しかし、同時に収録された「山伏の発生」「友愛の歴史学のために」といった小論群が、著者の目指そうとする新しい学問の具体的イメージを与えてくれる。

■2006/04/30, 日本経済新聞 朝刊, 18ページ

ヒマラヤ百高峰 標高7000mを超える氷雪の山々
ヒマラヤ百高峰 標高7000mを超える氷雪の山々藤田 弘基

平凡社 2006-04-22
売り上げランキング :


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

著者はヒマラヤ全峰の制覇を目指し、40年間挑み続けてきた山岳写真家。ここに収められているのは、人が地上の最も高いところから撮った写真だ。人類が8000メートル級峰の登頂に成功してまだ60年足らずと思えば、その偉業に驚く。地殻変動や風雪といった地球の力が作り上げた、妥協を許さない彫刻を見るようだ。写真は1978年にネパールで撮影した「ローツェ 8516m」。左奥にエベレストが見える。

■2006/04/30, 日本経済新聞 朝刊, 18ページ

めざすは飛鳥の千年瓦
めざすは飛鳥の千年瓦山本 清一

草思社 2006-04
売り上げランキング :


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

東大寺大仏殿、唐招提寺金堂、松本城などの屋根の保存修理を手がけた瓦職人が、六十年にわたる職人人生を振り返る。十四歳の時、瓦を葺(ふ)く仕事をしていた父のもとで修業を始め、二十六歳で独立。数多くの国宝、重要文化財の修復や再建にかかわる。「技は継承の段階で一代欠けたら終り」と人を育てる重要性を説き、職人の腕が上がるかどうかはその人の心にかかっていると語る。「千年はもつようにと思うてつくっている」という言葉に、職人の誇りがにじむ。

■2006/04/30, 日本経済新聞 朝刊, 19ページ

ハイエスト・ゴール―スタンフォード大学で教える創造性トレーニング
ハイエスト・ゴール―スタンフォード大学で教える創造性トレーニングマイケル レイ Michael Ray 鬼澤 忍

日本経済新聞社 2006-02
売り上げランキング :


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

「もっと自分に創造性があれば……」。ため息と共に、誰しもそう感じる瞬間がある。とりわけ創造性を強く求められるのが絶えず新製品や新サービスを打ち出し続けなければならないビジネスの世界だ。著者はスタンフォード大学で人気講座「ビジネスにおける個人の創造性開発コース」を担当する専門家。具体的な訓練法を交えながら、抽象論でなく、創造性の高め方を解説している。鬼澤忍訳。

■2006/04/30, 日本経済新聞 朝刊, 19ページ

エンキョリレンアイ
エンキョリレンアイ小手鞠 るい

世界文化社 2006-03-02
売り上げランキング :


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

米国と東京でそれぞれ暮らす男女の十三年間に及ぶ遠距離恋愛を描いた。京都の書店で偶然出会い、数刻話しただけで恋に落ちる。運命の出会いと信じ、男性が料理学校に通うために米国に渡った後も、電子メールや電話でお互いの心を確かめ続けた。遠距離恋愛ならではの気持ちの高まりや心細さをメールの文章を紹介する形を多くとって表現し、淡々と心模様を追う。劇的に描く純愛小説がブームの中、落ち着いた文体が光る。

■2006/04/30, 日本経済新聞 朝刊, 19ページ

いのちを纏う―色・織・きものの思想
いのちを纏う―色・織・きものの思想志村 ふくみ 鶴見 和子

藤原書店 2006-04
売り上げランキング :


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

きものをこよなく愛する社会学者と、人間国宝の染織家による対談を収める。色にまつわる話題は、植物のみから染料を得てきた志村の仕事から、ゲーテの『色彩論』、仏教の曼荼羅(まんだら)、デカルトにまで及ぶ。植物から色を「いただくんだと思った時に初めて、植物が秘密を打ち明けてくれ始める」と語る志村。「染料を取り出すと、植物そのものは死滅してしまうようだけど霊魂は不滅」と見る鶴見。染織や日本のきもの文化を通じて命についての考察を深めている。

■2006/04/30, 日本経済新聞 朝刊, 19ページ

ニューカマーの子どもと学校文化
ニューカマーの子どもと学校文化児島 明

勁草書房 2006-03-31
売り上げランキング :


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

「ニューカマー」とは一般に、旧植民地出身である在日韓国・朝鮮人などの「オールドカマー」に対し、一九七〇年代以降に日本に住むようになった外国人を指す。国籍は中国、ブラジル、フィリピンなどが多い。その子供たちが通う日本の学校で起こっている問題を、三年半にわたるフィールドワークを通じて浮かび上がらせる。舞台はブラジル人が多く住む東海地方の団地と中学校。生徒、親、教師それぞれの声を拾い上げ、学校の変革の可能性を探っている。

■2006/04/30, 日本経済新聞 朝刊, 19ページ

人類が知っていることすべての短い歴史
人類が知っていることすべての短い歴史ビル ブライソン Bill Bryson 楡井 浩一

日本放送出版協会 2006-03
売り上げランキング :


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

これからの科学を考える上で大切な視点が二つある。「知識の利用と適切な管理」と「社会のためということ」である。我々は、例えば技術という形で科学の成果を利用してきた。しかしそれは科学知識の一部でしかなく、大部分は人々のために活用されないままであり、それがもたらす影響にもそれほど配慮はされてこなかった。

制度など社会のあり方がハードルになっていた面もあるが、多くは科学者に責任があるような気がする。探求や知識の獲得には熱心だが、自分が得た科学知識が社会にどのような影響を与えるのか、ということをあまり考えてこなかったのではないか。私たちは科学の知識を生産・蓄積するのであり、活用や影響は別の人が考えればいいという見方が支配的であった。

こうした視点から本書を読んでみた。自然現象は地球が始まって以来あるが、その謎を解こうという科学は十七―十八世紀に英国をはじめとする欧州で生まれた。その活動を克明に追っており、物理学、化学、生物学(生物科学)をはじめ地震学、天文学・宇宙論、気象学、生命論、人類学など取り上げている領域も広い。

著者の“本職”は旅行記作家であり、科学知識はそれほど深いとは思えない。しかし、博物館の学芸員や火山の研究者などが登場して語るといったように、わかりやすく読ませる工夫をしている。たくさんの専門家に会った良質のルポでもある。科学知識が少ないだけに、「何でも見てやろう」という意識が現れているともいえる。

表題にあるように、科学の短い歴史であるだけに「活用」や「社会」への言及は少ない。第V部・生命の誕生の項で、少し示唆している程度だ。その点ではもの足りない。

ただ、科学の知識の活用にはもう一つ忘れてはならないことがある。それは「学際」である。これからは、いろんな領域の知識を統合することが大切であり、その第一歩としてさまざまな学問分野のことを知ることが必要なのだ。その意味ではたくさんの領域にわたって書かれているのは貴重だ。科学は難しいものではなく、寝転がって楽しめるものであることも教えてくれる。

■2006/04/30, 日本経済新聞 朝刊, 19ページ

紛争と難民 緒方貞子の回想
紛争と難民 緒方貞子の回想緒方 貞子

集英社 2006-03
売り上げランキング :


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

摩天楼にテロ機が激突したのをマンハッタンのマンションから間近に見た。「国連難民高等弁務官時代を振り返る本を書くため滞在中で、ちょうど朝ご飯が終わり、新聞を読んでいる時でした」。それがこの本(原題「THE TURBULENT DECADE」)である。冷戦終焉からテロの時代のとばくちまでの十年。象徴的なイラク、バルカン、アフリカ大湖地域に、アフガニスタンを加えた。難民がいかに複雑な背景を持ち、その保護・救済活動がどれほど多様で重層的なものか、発見を重ねながら読者は現代史絵巻に誘われていく。

「国同士の戦いではなく国内紛争の時代であり、人道援助が平和と安全の問題と裏腹の関係にあった時代。高等弁務官としても従来の方法では対処できなかった」。例えばイラク。トルコへ流出した難民はイラクへ押し返された。しかし、国境を越えない限り援助はできない。苦悩の末、難民を守る、という基本原則に立ち返り、難民保護の範囲を広げた。温かい気配りと決断力、米大統領を前にしての説得力は爽快(そうかい)ですらある。「新しいアイデアは本ではなく、現場の体験から。イラクは悲劇の始まりではあった。しかし、ここでの経験がなかったら、バルカンでは対応できなかった」と振り返る。

思いは、第五章にこめた。平和構築がはやり言葉になっているが、どんな紛争があり、それがどんな復興支援につながるかが重要というのが信念。ボスニアでは民族の和解を図る「共生の想像」プロジェクトを試みた。本にはこう綴(つづ)った。「国家再建には、影響力を持つ国家、安全な環境を形成する軍隊と警察、人道・開発機関の戦略的パートナーシップが不可欠だ」

執筆後は悠々自適のつもりだった。「9・11」の悲劇は安逸な晩年を奪った。世界に欠かせない“小さな巨人”ゆえの試練である。(集英社・三、〇〇〇円)

(おがた・さだこ)1927年東京生まれ。上智大教授、国連公使を経て91年から国連難民高等弁務官。アフガン支援日本政府代表を務め、2003年から国際協力機構理事長。

■2006/04/30, 日本経済新聞 朝刊, 19ページ

講座日本のキリスト教芸術 (1)
講座日本のキリスト教芸術 (1)横坂 康彦

日本キリスト教団出版局 2006-04
売り上げランキング :


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

日本の文化に溶け込んだキリスト教芸術の足跡と展望をたどる「講座 日本のキリスト教芸術」(全三巻、日本キリスト教団出版局)の刊行が始まった。既刊の第一巻『音楽』では、教会音楽の現状や賛美歌の多様性などを論じている。責任編集は横坂康彦新潟大学教授。二千五百円。第二巻は『美術・建築』、第三巻は『文学』で、それぞれ六、八月に刊行の予定。

■2006/04/30, 日本経済新聞 朝刊, 19ページ

Edit

 
Copyright (C) 2004-2006 Ambitious Kanda, All Rights Reserved.