メイン > 日経新聞日曜版『読書』 > 2006年3月19日~3月26日
| 日本の花 | |
![]() | 柳宗民 筑摩書房 2006-03-07 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
『日本の花』柳宗民著 関東大震災以前の東京・荒川の河川敷には、春になるとピンク色に染まる野生種の桜草の群生地があったという。明治生まれの母の思い出話を披露し、ひな壇を設ける桜草独特の飾り方や育て方のヒントも伝授。園芸研究家がなじみ深い花四十種余りを季節ごとに紹介する観賞記。美しいカラー図版付きも目を引く。
| 99・9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方 | |
![]() | 竹内 薫 光文社 2006-02-16 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
『99・9%は仮説』竹内薫著 世の中で広く信じられている科学の「定説」や「常識」はすべて「仮説」にすぎず、ある日突然、覆されることがある。気鋭のサイエンスライターが、ガリレオ、アインシュタイン、ホーキングといった著名な科学者や超ひも理論などを題材に「思いこみで判断しないためのコツ」を語る。飛行機が飛ぶ仕組みは本当はよく分かっていない、といった意外な話が平易な文章の随所にちりばめられていて、読みやすい。
| イン・ザ・プール | |
![]() | 奥田 英朗 文藝春秋 2006-03-10 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
『イン・ザ・プール』奥田英朗著 水泳に行かないと禁断症状が出る雑誌編集者。アルコールや麻薬のケースと同じく、立派な「水泳依存症」にかかっていたのである。治すべく訪ねた神経科の医師は、注射魔だった…。主人公である医師の変人ぶりには誰もが笑うだろう。短編五編を収録。著者の直木賞受賞作『空中ブランコ』はこの続編。
| 耐震偽装―なぜ、誰も見抜けなかったのか | |
![]() | 細野 透 日本経済新聞社 2006-02 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
姉歯秀次・元一級建築士による構造計算書偽造から端を発した一連の耐震強度偽装事件は、マンションなど建築物に対する信頼を大きく揺るがした。事件の真相解明に向けて警察の捜査が続いているが、本書は「なぜ、誰も見抜けなかったのか」というこの事件に対する最大の疑問点を副題にする。
大学、大学院で建築の構造設計を学び、建築誌の編集長を務めた著者はこの事件で問われるべきは「建築生産システムのあり方」だと指摘。マンション建築の実態や建築基準法などの問題点を専門的な視点で検証し、どうすれば安全なマンションに住めるかを探っていく。
「姉歯物件」は建築士一人だけで造られたのではない。デベロッパーや施工会社に加え、確認検査機関、特定行政庁、国土交通省といった多くの関係者が介在した。マンション購入者への詐欺行為ともとれる建築士の暴走を止められなかったのは、生産者たちの相互チェック機能が破綻していたことを意味する。
マンション全体から見れば偽装物件は一部とはいえ、暴走を許しかねない土壌がある以上、マンションの購入者や居住者側は自衛するしかない。巻末には、耐震性の調査方法など地震に強いマンションに住むためのマニュアル50条がおさめられている。
学術的で実用的な内容。地震国家日本の「住まい」を巡るお寒い現状を見直す上でも示唆に富んでいる。
| 聖なるもの俗なるもの―ブッディスト・セオロジー〈1〉 | |
![]() | 立川 武蔵 講談社 2006-03 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
オウム真理教事件、米同時テロ、イラク戦争など宗教にかかわる問題が噴出する中で、異なる宗教が共存する道はあるのか。解決困難に見える命題に対して、仏教思想を軸に宗教の根本をとらえ直すことから始めようというのが著者の意図である。理解の鍵を握るのは、「聖なるもの」「俗なるもの」という諸宗教に共通する概念だ。
一般に、日本では葬儀を出した家には「忌中」と書かれた紙が張られ、死者の家族は「ケガレ」ていると考えられている。一方、浄土真宗の一派では、死者は「浄土に還った存在」ゆえに忌むべきではない、「忌中」の紙も張るべきではないと主張する。ここで死者を「ケガレ」の対象ではなく「聖なるもの」ととらえ直すと、考え方の対立がなくなる。
死者の例で分かるように、「聖なるもの」が、必ずしも美しく崇高であるとは限らない。だが、人はその美醜や「ケガレ」を感じるか否かにかかわらず、「聖なるもの」には大いに魅惑され、敬虔(けいけん)さを持って接する。
そもそも「聖なるもの」は神とは限らない。むしろ、宗教という現象においては「神はいてもいなくてもどちらでもよい」と著者は言う。宗教を宗教たらしめるのは、「聖なるもの」と「俗なるもの」の落差だ。その落差が大きいほど、両者間を行き交うエネルギーの流れは大きくなる。日本人が宗教について考えるきっかけを与えてくれる一書だ。
| 幹細胞の謎を解く | |
![]() | アン・B. パーソン Ann B. Parson 渡会 圭子 みすず書房 2005-12 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
再生医療という、一昔前ならSFの物語と見なされていた医療技術への期待が高まっている。受精卵から得られる胚(はい)性幹細胞(ES細胞)は、様々な組織・臓器へと成長する不思議な能力を持つ。これをうまく使えば、けがや病気で傷つき衰えたりした臓器を再生できるかもしれない。「不老不死」「永遠の命」という言葉さえ連想させる技術だ。
ヒトクローン胚からES細胞を得たと発表した韓国ソウル大学教授が国家的英雄にまつり上げられたのも、この技術への期待の大きさを物語る。半面、倫理・宗教上の問題で研究のコントロールが真剣に論議されている政治テーマでもある。
この本は、再生医療のカギを握る幹細胞の研究の歴史を初期から最新の動向まで丹念にたどった記録だ。著者は米国の科学ジャーナリスト。十八世紀、再生能力を持つ生物ヒドラの発見から説き起こし、マウスやヒトの幹細胞研究の歴史を、体外受精児の誕生やクローン羊作りなどのエピソードを絡めながら描く。
動物の体が再生する不思議さを追い続けた科学者たちの努力が、いつの間にかとてつもない技術に手をかけるに至った過程をたどれる。
ソウル大教授を巡るできごとには触れていない。同教授の評価が大きく揺れ動いたためだろうか。その意味では物足りなさも残るが、幹細胞の知られざる世界を実感させるのに成功している。
| 沖で待つ | |
![]() | 絲山 秋子 文藝春秋 2006-02-23 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
絲山秋子の『沖で待つ』は、この国の企業で働くとはどういうことなのかを、登場人物たちの喜怒哀楽をやわらかく描き出すことで浮き彫りにした二編を収める。
「勤労感謝の日」は、求職中の三十六歳の女性が主人公。総合職として働いてきた「私」だが、上司の非常識な振るまいに逆上し、相手の顔をビール瓶で殴って辞職する。職安に通う「私」のところへある日、断われないお見合いが舞いこむ。会ってみると、不細工で食事の仕方も見苦しい上、「私」の神経を逆撫(さかな)ですることばかり口にするピントのずれた男だった。腹を立てて中座した「私」は、同じく総合職をやめた後輩の女性を誘って飲みにいく。入社の際には、男性と対等に働けることに対し夢も希望も抱いていたが、現実は厳しいものだった。男女雇用機会均等法が成立した時期に入社した女性総合職の困難を、悲哀とユーモアを取りまぜて語る。
芥川賞受賞作「沖で待つ」は、住宅設備機器メーカーに同期入社した男女の友情を描く。この作品に限らず、作者は、男と女の友情を捉(とら)えることに巧みだ。恋愛ではなくどういう角度から見ても友情だといえるものを、心をこめて十全に描く。
太っていてマイペースな「太っちゃん」と「私」は、仕事の仕方は違うが気が合う。「仕事のことだったら、そいつのために何だってしてやる。同期ってそんなものじゃないかと思っていました」。登場人物たちの仕事の充実がこの作品そのものの充実感に見事重なっていく。「私」と「太っちゃん」は、秘密の約束を交わす。それは、一方が死んだとき、残った方は相手の住居に忍びこんでパソコンのハードディスクを壊し、人目に触れないようにするというものだった。そういう場合、伴侶や恋人は遺された中身を見てしまう確率が高いから、信じられる友人に頼むのだ。「おまえだったら見ないって約束したら見ないでいてくれるような気がするのさ」
約束は守る、というのが絲山秋子の小説では重要な軸になる。仕事の縁がもたらす恵みとしての人間関係を、さっぱりと、温かく見届ける。
| 裸足のカルカッタ | |
![]() | 児玉 智子 新風舎 2006-02 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
権力や所有欲のためでも、自己実現のためでもない、「生きるための労働」を撮り続けるという著者が、インド・カルカッタ(現コルカタ)の路上で生きる人力車を引いて暮らす人々の生活をとらえた。灼熱(しゃくねつ)のアスファルト、モンスーン後の水浸しの道路を、彼らは今日を生きるために車を引く。出稼ぎに来て、帰郷できずにこの地で死ぬ者も多いという。彫りの深い表情に、疲労とあきらめが刻まれているようだ。
| 現代中国の民営中小企業 | |
![]() | 関 満博 新評論 2006-02 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
中国民営中小企業の現状と課題を、北は大連から南は深〓までの百三十社にのぼる多くの中小企業の現地調査をもとに、臨場感豊かに分析している。民営企業の草分けとなった温州から、国有企業からの転出組の多い大連、ハイテク中心の北京など、地域の特色を生かした多様な発展の軌跡が興味深い。中国経済の将来は新興の民営中小企業の成否に左右されるだけに、本書の試みは貴重である。
| 正社員時代の終焉-多様な働き手のマネジメント手法を求めて | |
![]() | 大久保 幸夫 日経BP社 2006-02-16 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
パート、派遣、業務委託などで働く人が増えている。こうした雇用の多様化は職場にどんな変化をもたらしているのか。雇用の最前線を研究してきた編著者らは、戦後の正社員中心のシステムが制度疲労を起こしていると主張する。今、求められているのは専門性の正当な評価など新時代にあった人事システムと組織運営。正社員と非正社員に任せる仕事を切り分ける必要があると説く。非正社員の実像に迫るとともに、そのマネジメント手法を伝授する一冊。
落日の肖像-ケインズ
米倉 茂 (著)
ケインズといえば、第二次大戦後の通貨体制を構築した学者として有名だ。それに対し著者はその功績を認めつつも、「栄光が凋落(ちょうらく)と背中合わせだった」として、彼の負の側面をあぶり出す。英代表として通貨政策で自国の権益を守りきれなかったブレトンウッズ会議での彼の対応やその後の言動など、豊富な実例を列挙。これまでとは違う、ケインズのもう一つの姿を描き出している。
| ロンドン 食の歴史物語―中世から現代までの英国料理 | |
![]() | アネット ホープ Annette Hope 野中 邦子 白水社 2006-03 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
大都会として栄えたロンドンには、中世から世界中のさまざまな食文化や食材が持ち込まれた。本書は「カンタベリー物語」のチョーサーからシェークスピア、ディケンズら各時代を代表する作家の食生活を軸に、ロンドンっ子の食の歴史をひもとく。チョーサーの時代は不衛生な水の代わりにエールを飲んだ。定食という形式が生まれ、デザートの習慣が確立したのはシェークスピアの時代だったという。巻末には中世以降の英国料理のレシピも掲載し、興味を誘う。
| 感染症は世界史を動かす | |
![]() | 岡田 晴恵 筑摩書房 2006-02 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
著者は新型インフルエンザ対策の中枢で活躍するウイルス学者。そのかたわら、感染症(疫病)の流行を歴史の視点から眺め、そこから得られる知見を新型インフルエンザ対策に反映しようとする壮大な作品である。
話の端緒は著者が感染症の研究で滞在したドイツのマールブルクから始まる。この町で十三世紀にハンガリー皇女のエリザベートが、中世社会に猖獗(しょうけつ)したハンセン病の患者救済に立ち上がった。著者は研究に打ち込む己の姿をエリザベートに重ねながら、感染症が社会に与える影響とその救済の必要性を説く。時を経て、中世黒死病の悲劇、ルネサンス期の梅毒の流行、さらに産業革命にともなう結核の蔓延(まんえん)へと筆を進めながら、感染症の流行が社会や文化に多大な影響を及ぼしてきた様が詳細に述べられる。その果てに、人類は公衆衛生思想という感染症対策を会得し、この病は一見社会から消え失せたようにみられた。
だが、現代にも感染症の危機は潜んでいた。それが新型インフルエンザの流行である。著者は疫病流行の痛みを忘れ、公衆衛生思想が希薄となってしまった現代社会に警鐘を鳴らす。二〇〇五年十一月に日本の厚生労働省は「新型インフルエンザ対策行動計画」を発表した。しかし、現在世界各地で蔓延を続ける鳥インフルエンザが新型に変異した場合、それは政府の予想を上回る甚大な被害をおこす可能性があるというのだ。今こそ疫病流行の歴史を思いおこし、それに基づいた対策が必要であると提言する。本書では、こうした新型インフルエンザの発生機序、その流行にともなう被害予測などを一般の方々にも理解しやすく解説している。
〇五年九月の国連総会で、ブッシュ米大統領は新型インフルエンザ対策の必要性を強調する演説を行った。これが発端となり各国が対策を強化する方向に進んだとされている。大統領に新型インフルエンザの脅威を認識させたのが、ジョン・バリー著の『The Great<
Influenza』という作品である。本書も、それに匹敵する変化を社会に生じさせるパワーを秘めていると言っても過言ではない。
| 医療の値段―診療報酬と政治 | |
![]() | 結城 康博 岩波書店 2006-01 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
デパートで一張羅を買うとき。ユニクロで普段着を買うとき。わたしたちはその服を手にして得る満足を高めようと、常に懐と相談しながら品定めする。だが病院や診療所ではこの相談は脇に追いやられる。
微熱が出て咳(せき)が止まらないので近くの診療所に行ったとしよう。医師に聴診器をあてられ、喉(のど)を診てもらい「ああ、軽い風邪ですね。お薬を出しましょう」といわれる。その場で「薬代はいくらですか」と聞けるだろうか。仮に聞けたところで「高いからまたにします」とはいかない。極端な話、命が助かるなら金に糸目はつけない。これが患者の自然な感情だ。医療サービスを買うとき、価格に関する情報は消費者たる患者にも踏み込みにくい領域にある。
「医療の値段」は診療報酬を指す。健康保険証で医師にかかるときに医療機関や調剤薬局が検査、治療、処方などの対価として受け取るお金だ。患者は窓口で総額の三〇%を払い、残り七〇%は健康保険が負担する。一つひとつの診療行為に原則として全国均一の公定点数が付けられ、一点十円で計算する。
医療サービスを買う市場では消費者側の選択権にかぎりがある。このため診療報酬点数の決め方しだいで供給量をある程度は管理できる。これが診療報酬政策であり、その決定の場が中央社会保険医療協議会(中医協)だ。筆者は中医協でヘゲモニーを握ってきた日本医師会の行動様式を振り返りながら、診療報酬政策の決定の内情を検証して「医療の値段」の構造を解き明かそうとする。
医療界の一部と与党政治家が持ちつ持たれつの関係になっていった経緯が浮かび上がってくる。二〇〇四年に中医協で汚職事件が起こった理由もみえてくる。こんなことは患者にとっては二の次の話だろう。だがいざというときに、この構図を理解しているのとそうでないのでは、患者としての意識も違ってくる。
終章で混合診療に否定的な見解を示すなど改革路線に異を唱える記述が出てくる。だが真に患者のための医療を追求すべきだという著者の考えが医療改革の中心に置かれるべき理念であることは論をまたない。
| 無防備な日本人 | |
![]() | 広瀬 弘忠 筑摩書房 2006-02 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
『無防備な日本人』広瀬弘忠著 新しい感染症や自然災害、テロによって、現代人の生活は危険なものになっている。危機管理を専門とする著者は、日本人はここ十年でリスクに敏感になっているが、対応能力は高まっていないと警鐘を鳴らす。リスクに立ち向かうには、前例にとらわれない「自在な変幻性」が必要との見方だ。
| 婚姻覚書 | |
![]() | 瀬川 清子 講談社 2006-01 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
『婚姻覚書』瀬川清子著 日本の女性の結婚生活について、戦前戦後の広範な実地調査をもとに解き明かした。著者は柳田国男に師事した民俗学者。原著の刊行は五七年だ。夫が妻の家に通う「つまどい」婚や、妻が頻繁に実家に帰る習慣が残る地域など、日本社会が近代に至るまで、豊かな婚姻のあり方をはぐくんできたことが分かる。
| ヒトラー・コード | |
![]() | エーベル.H ウール.M 高木 玲 講談社 2006-01-27 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
ナチス・ドイツが無条件降伏する八日前、ヒトラーは首相官邸の地下(ちか)壕(ごう)で自殺した。丸一日余り前に結婚式を挙げたばかりの愛人エヴァも、彼と運命をともにした。死体は遺言によって官邸の庭で焼却された。映画『ヒトラー最期の12日間』にも描かれた歴史のひとこまだ。
ドイツに勝利したソ連の指導者スターリンは、ヒトラーの死についての詳しい事実調査を命じた。自殺を装って密かに脱出したヒトラーが、英米と結んでソ連攻撃を目論(もくろ)むこともありうる、と考えたのかもしれない。命令を受けたソ連の諜報(ちょうほう)機関は、捕虜にしたヒトラー側近から情報を得るために、長期にわたる訊問(じんもん)を行うことになった。訊問は、権力掌握以後のヒトラーのすべてに及んだ。大部の調査報告が一九四九年末にスターリンに提出され、彼の個人的な資料室に収められた。ソ連崩壊後、それが陽(ひ)の目を見ることになり、二〇〇五年に旧東独出身の二人の若い歴史家によってドイツ語で刊行された。その全訳が本書である。
ヒトラーに関する伝記的な著作は、世界的規模ですでに汗牛充棟の観さえある。本書がそれらの類書と根本的に異なるのは、本書のもとになる供述がヒトラーの副官と侍従長という側近中の側近によってなされた点だろう。二人の編者も解説で指摘しているように、従来のヒトラー像の修正を迫る記述も少なくない。これだけでも本書独自の価値である。だが、それ以外にも本書はきわめてスリリングな内実に満ちている。たとえば、ソ連の思惑や歴史観が反映されることによって、本書での記述と客観的現実との間に齟齬(そご)が生じざるをえないことである。
だが、じつは側近たちのヒトラー像そのものにも現実との大きな距離があったのではないか。この距離を、国民たちもまた共有していたのではないか。編者たちの注釈を手がかりにして現実との距離をたどりながら、読者は歴史を別の目で見つめることもできよう。なにしろ、歴史を動かしたのは、ヒトラーやスターリンではないのだ。彼らを支えた国民たちもまた、責任を問われなければならないのだ。
| ヨーロピアン・ドリーム | |
![]() | ジェレミー リフキン Jeremy Rifkin 柴田 裕之 日本放送出版協会 2006-01 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
バブル経済の崩壊以来、低迷する日本経済と好対照の米経済がまぶしく見え、その推進力になっている米国社会の特徴、なかでもアメリカン・ドリームに対する興味や関心が高まっている。ベンチャービジネス、独立心、自己責任などがその文脈で語られることが多い。しかし、経済的成功が突出して広い意味の人間的な幸福が置き去りにされがちなアメリカン・ドリームに限界も見える。
本書はこのアメリカン・ドリームに対置して欧州の基盤にあるヨーロピアン・ドリームを摘出し、それがEUという現在では二十五カ国もの国家を統合した超民族国家、単一市場形成の大きな支えになっているという。隣人との関係重視とコミュニティーへの帰属心、余暇を愉しむ生活の質、持続性に配慮する自然環境との調和など、富の蓄積ではなく個人の精神の高揚がその核心にある価値基準だ。
著者はアメリカン・ドリームに愛着を持っていると告白するが、経済のグローバル化が進み地球レベルでの人間の結びつきが強まる時代にはヨーロピアン・ドリームがふさわしいと考えているようだ。『エイジ・オブ・アクセス』や『大失業時代』などするどい問題摘出の論評で知られる著者だけあって、中世以降の目配りの効いた欧米文化論、経済思想史としても読める。広範な調査データや文献、過去の文明論などを駆使しているだけに人名索引などがあればなお親切だ。
| 雪屋のロッスさん | |
![]() | いしい しんじ メディアファクトリー 2006-02 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
乗客になぞなぞを出すタクシー運転手、一音だけ音を微妙に外すピアノ調律師、盗むに値するものがなくなって退屈している大泥棒……。こうしたユニークな人々が、一編ごとに登場する短編小説集。幻想的でありながら、現代を照らす作風で知られる物語作家らしく、「働く意味」など様々なことを考えさせる。
表題作は注文に応じて雪をつくるロッスさんが主人公。クリスマスイブの朝、普段は雪が降らない街の大学前広場を銀景色に変えた。その街のほとんどの人が満面の笑みを浮かべる中で、一人の老人だけが「雪なんぞみな溶かしちまえ!」と悪態をつく。しかし、その晩の老人の行動を見て、ロッスさんは事情を理解する。「きっと、雪を見ると何かを思い出さずにいられないのでしょう」。そして付け加える。「まあ幸いなことに、雪はいずれ溶けます。はかないようですが、そこが雪のいいところです」
「働く」のは人間ばかりではない。プラスチックのバケツの「青木青兵」は、宝物を運ぶための容器となった我が身を嘆いて「これじゃまったく、ゴミバケツにうまれた甲斐がない」とこぼす。老朽化した「旧街道のトマー」は、後輩の「しおなみの道」にむかって「君に迷惑はかけないから」と言って引退する。三十作品の主人公に共通するのは、自らの仕事に対する強いプライドだろう。それが読む者をしみじみさせるとともに、元気づける。
| 需要縮小の危機―人口減少社会の経済学 NTT出版ライブラリーレゾナント019 | |
![]() | 額賀 信 NTT出版 2005-12 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
近代資本主義は経済の活力を生み出すのは人だととらえ、人口の増加を暗黙の前提にしてきた。その人口が昨年、減少に転じた。先進国が経験したことのない未踏領域を日本はどう歩めばよいのか。
著者は「人口減少は死にいたる病」と警告、「早めの対応をとることが必要」と強調する。人口減への楽観論が強まる中であえて異を唱えるのは、日銀神戸支店長として阪神大震災後に人口が十万人減り苦境に陥った神戸経済と向き合った体験があるからだ。その姿は人口減ニッポンを暗示しているというわけだ。
多くの経済学者は人口減の核心は労働力不足による供給制約にあるとみる中で、著者は多くの地場の経営者と接してきた豊富な現場体験をふまえ、消費低迷、需要不足こそが問題の本質だと見る。
そこで著者が提案するのが(1)製造業は現地生産より輸出に力を入れ(2)サービス業は外国からの観光客の受け入れを増やして国内需要を喚起し(3)高齢者雇用を拡充せよという三つの柱。輸入拡大を提唱した一九八六年の前川リポートを否定、観光業振興を国策にというユニークな主張は目をひく。
資源、エネルギーそして環境……。経済成長を制約するとされたこれらの要因を技術革新によって日本経済は克服した。省エネ、環境対応技術のように、人口減への備えでも日本は世界のフロントランナーたりえるか。本書はその示唆を与えてくれる。
| 変化する社会の不平等―少子高齢化にひそむ格差 | |
![]() | 白波瀬 佐和子 東京大学出版会 2006-02 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
九〇年代の終わりから、「不平等感の爆発」ともいうべき風潮が日本社会に広まっている。統計データで測られる「実態」は、所得格差論争で争われる程度にしか大きくないのに、なぜ人々は過激な不平等化論に相槌(あいづち)をうち、世の中を負け組と勝ち組に二分化しようとするのか。
編者によると、格差と不平等には違いがあるという。格差は経験的、実証的に測定可能な概念なのに対して、不平等は社会正義といった規範概念に基づく価値判断を伴う。人々の業績が正当に評価されず、個人の手の届かない不条理な要因によって決まると考えられると、所得の差は不当で不平等なものとなる。第一章で佐藤俊樹氏は、「不平等感の爆発」は、戦後型社会の仕組みの消失、バブル崩壊後の不況とグローバル化に伴う経済や雇用の仕組みの転換、不安や不信を結果的に増大させる政策が合わさって起こっていると指摘し、戦略的視点の必要性を説く。
本書は四人の社会学者と三人の経済学者が、各自の得意とするジェンダーや世帯構造、中年無業者、教育、健康、遺産・年金・子育て、社会保障における格差問題に焦点を当て、これまで見過ごされてきた少子高齢化社会に潜む不平等構造を明らかにする。今後、本人の努力ではどうにもならない世代間や地域間、親の所得階層間の格差が拡大し、社会福祉サービスに対するニーズはこれまで以上に高まるという。
だが、これを可能にするには効率改善による高い経済成長率が必要ではないか。本書では経済のパイを与件とし公平性の議論が行われているが、不平等感の強い社会で人々は努力しようという意欲を持ち続けられず、経済のパイが縮小してしまう危険性はないか。
経済学では、モラルハザードの問題を想定し、公平性と効率性は二律背反の関係にあると主張する研究が多い。だが、著者らは格差と不平等の違いをはっきりさせることによって、効率性向上のためにも不平等感の払拭(ふっしょく)は不可欠であることを明確にしたといえないか。本書は現代日本に充満する不平等感がもたらす本当の意味を読者に問い直す好著である。
| アメリカ文学にみる女性と仕事―ハウスキーパーからワーキングガールまで | |
![]() | 野口 啓子 山口 ヨシ子 彩流社 2006-02 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
二十一世紀の今日になってもなお十九世紀という時代は、不思議になまなましい力をもって私たちに迫ってくる。
産業革命が世界に広まり、帝国主義が頂点に達し、近代戦争が始まった十九世紀。それは「道徳的」であることを何より重んじる中流階級の権勢がきわだつ一方、今日的な大衆文化がめばえた世紀でもあった。つまり十九世紀は、いまにつづく社会と文化の原型が生まれた時代なのである。
なかでもその観を強くするのが文学の分野で、ロマン主義の浸透とともに各国で多数の文芸雑誌が創刊されて「文壇」がかたちづくられると同時に、児童文学や大衆小説など細分化されたジャンルが生まれ、また学校教育のカリキュラムに文学がとりいれられるといった「読書の産業化」をともなう文化環境が歴史的に形成された。
本書はこうした十九世紀から二十世紀初頭までの状況に「女性作家」と「大衆文芸」というふたつの切り口から光を当ててくれる、意欲的でしかも手堅い共同研究の成果である。
手堅い、というのはこの論集がいたずらに「帝国主義」や「中流道徳」や「大衆文化」といった方面への議論を急ぐことなく、あくまで具体的な作家と作品とそこに描かれたヒロイン像に即して観察を進めているからだ。
また意欲的というのは、いかにも旧弊にみえる「家庭小説」のスーザン・ウォーナーや『若草物語』のルイザ・メイ・オルコットが大人向けに書いた「失敗作」など、従来の「傑作中心主義」の基準ではこぼれてしまう作家や作品にも目を向けながら、しかも単なるマイナー文学史にとどまらない見方を編み出そうとする姿勢が明確だからだ。その結果、本書は文学におけるジェンダー読解の平均値が今日どうなっているのかをよく伝えてくれるのである。
なお幸運にも、本書とほぼ同じ時代をあつかった常松洋『ヴィクトリアン・アメリカの社会と政治』(昭和堂)がつい先日出版された。中産階級という「捉(とら)えどころのない」階級の社会と文化を縦横に論じた刺激的な研究成果で、併読されれば本書の価値もいっそう高まるに違いない。
| 「社長の評判」で会社を伸ばす―戦略的企業広報の活用法 | |
![]() | レスリー ゲインズ=ロス Leslie Gaines‐Ross 福永 朱里 日本経済新聞社 2006-01 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
原題は「CEO(最高経営責任者)キャピタル」。トップ経営者は会社の資産だという意味である。良いCEOの評判は会社の社会的な評価を高めると説く。著者は大手PR会社の幹部だが、印象を良くするためにしゃれた服を着ろといった枝葉末節な話を書いているわけではない。新CEOは何よりもまず、社員と本音で接して強いきずなを築けという具合に、経営者はどうあるべきかを具体的につづっている。
| KGB帝国―ロシア・プーチン政権の闇 | |
![]() | エレーヌ ブラン H´el`ene Blanc 森山 隆 創元社 2006-02 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
アンドロポフがソ連共産党書記長に就任した一九八二年から現在のプーチン政権に至るソ連・ロシアの政治を治安維持機関KGB(国家保安委員会)による支配という観点で一刀両断に切っている。KGBは今はFSB(連邦保安局)と名を変えているが、その伝統は今も生きているという。確かにプーチン政権にはKGB出身者が多い。ただこの“KGB陰謀史観”を証明する具体的材料が必ずしも十分には示されていない。
| ウルトラ・ダラー | |
![]() | 手嶋 龍一 新潮社 2006-02-28 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools |
一九六八年、東京・荒川で若い彫刻職人が失踪(しっそう)する。それから三十年以上が経過した二〇〇二年、アイルランドのダブリンで極めて精巧な偽造百ドル紙幣「ウルトラ・ダラー」が発見された。背後の謎を追って、英国放送協会(BBC)の東京特派員や日本政府の官房副長官、米財務省シークレット・サービスの主任捜査官らが動き始める。前NHKワシントン支局長による「ドキュメンタリー・ノベル」。海外取材経験を積んだジャーナリストの視点から、国際ニュースの裏にある「闇」を小説の形であぶり出そうという意図がみえる。
| 検証・若者の変貌―失われた10年の後に | |
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「今どきの若い者は」というのは、いつの時代もいわれてきたが昨今、また一段とかまびすしい。しかし、本当に現在の若者はどうしようもない存在なのか。虚心坦懐(たんかい)に彼らを眺めれば、すばらしい可能性や新たな能力がかいま見えるのではないかという問題意識で編まれたのが本書だ。友人関係、音楽生活、メディア利用、自己意識、社会意識に焦点を当て、独自調査などをもとに六人の筆者が若者の現状と可能性を探っている。

























