メイン > 日経新聞日曜版『読書』 > 2006年2月5日

母は枯葉剤を浴びた―ダイオキシンの傷あと
母は枯葉剤を浴びた―ダイオキシンの傷あと中村 梧郎

岩波書店 2005-12
売り上げランキング :


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

ベトナム戦争で米軍が散布した枯れ葉剤は、がんや出産異常など深刻な被害をもたらした。この問題を三十年以上追い続ける報道写真家が、一九八三年のルポルタージュにその後の取材成果を加えた。障害をもって生まれた子供の成長した姿や元米兵が負った被害を伝え、戦争による環境破壊を告発する。二重体双生児だったドク君が病院職員として元気に働く姿は胸を打つ。

■2006/02/05, 日本経済新聞 朝刊, 23ページ,

カラー版 絵の教室
カラー版 絵の教室安野 光雅

中央公論新社 2005-12
売り上げランキング :


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

『絵の教室』安野光雅著 絵の描き方を指南したものではなく、絵を描くという人間の創造行為に焦点を当てた。画家で絵本作家の著者は、山の稜線(りょうせん)を想像で描いてみようなどと様々な問題を出しながら、絵画表現の面白さ、難しさを導き出す。ルネサンス絵画やクールベ、マネ、ゴッホなどにも触れ、多様な美の世界にいざなってくれる。

■2006/02/05, 日本経済新聞 朝刊, 23ページ,

物理学者、ウォール街を往く。―クオンツへの転進
物理学者、ウォール街を往く。―クオンツへの転進エマニュエル ダーマン Emanuel Derman 森谷 博之

東洋経済新報社 2005-12
売り上げランキング :


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

南アフリカから米コロンビア大に留学し素粒子物理の研究で博士号を取得。その後もペンシルベニア大やオックスフォード大、ロックフェラー大など米英の著名大学で素粒子研究の武者修行を続け優れた論文も発表する。こんな学究ならその後の人生をどう歩むか。おそらく理論物理の研究者として名をはせているだろうと想像する。

ところが著者は高名なベル研究所を経て約二十年前にウォール街に転じ、ゴールドマン・サックスでデリバティブなどの金融商品のモデル化やリスク管理を手がける計量アナリスト(クオンツ)に転身する。いまや振り出しのコロンビア大の物理学ではなく金融工学の教授としてクオンツを養成する世界的な指導者だ。

本書はこうした経歴を持つ著者の誠実なオデッセイである。俊秀を凌(しの)いでテニュア(終身在職権)確保のための独創的論文を次々に書けるか、次のポストはあるのかという不安が、膨れていく研究テーマへの懐疑とともに正直に吐露されている。多くのノーベル賞受賞教授たちを軸にしたアカデミアの雰囲気やその生態なども知的オブラートに包まれながらも興味深く描かれている。

ベル研時代を描いた第七章が「流刑地にて」と題されているのは意味深長だ。研究の安住の地を模索していた著者の位置づけとしても、超一流とされた研究所が実は我慢ならない官僚主義の権化だったらしい。

ウォール街に転じてからも、ゴールドマン、ソロモン・ブラザーズ、ゴールドマンと渡り、その企業風土の相違やこれらの企業でのクオンツという“異色人種” の立場、新しいモデルの開発競争、さらにはパートナー昇格の功名争いなど「下世話」の世界も、正統な物理学からの逃避者という幾(いく)らかの屈折感も漂わせて、冷めた知識人の目でとらえている。

前半が素粒子物理、後半が金融工学というやや特殊な分野の回想録なので専門用語の多用も含めて、寝ころんで読むには少し骨が折れる。

しかし優れた多くの理系人材がなぜウォール街に流れ込み、何をしているかはよく分かる。日本経済の地盤沈下に金融の弱体化があったのは周知の事実だが、大量の博士を投入しての開発の実態を読むと金融技術の格差は埋めがたい気がしてくる。

■2006/02/05, 日本経済新聞 朝刊, 23ページ,

国境なきアーティスト
国境なきアーティストエクトル シエラ Hector Sierra

子どもの未来社 2005-11
売り上げランキング :


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

『国境なきアーティスト』エクトル・シエラ著 画用紙を携えて紛争地の子供に芸術ワークショップを開く非政府組織(NGO)の創設者が、自らの体験をつづる。内戦のコロンビアで生まれ育ち、映画を学んだ留学先の旧ソ連で民族紛争に触れた。平和を考えるため留学した日本で活動を開始。戦争を身をもって知る著者の情熱が伝わってくる。

■2006/02/05, 日本経済新聞 朝刊, 23ページ,

消費社会のゆくえ―記号消費と脱物質主義
消費社会のゆくえ―記号消費と脱物質主義間々田 孝夫

有斐閣 2005-12
売り上げランキング :


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

先進国の中で日本の消費者行動ほど理解しにくいものはないと言われている。本書は、とらえどころのない消費の実像を統計データや消費の現場で起きている事実を基に解説し、二十一世紀型の消費行動の在り方を示唆する内容となっている。

最大の特色は、定説となっている消費に関するキーワードが必ずしも消費の現状を説明しきれていないと指摘していることだ。

一九八〇年代以降、「消費の多様化」は消費者の個性化が原因であると言われてきた。しかし九〇年代になるとヒット商品の数は限られ、その一方でヒットすれば膨大な販売量を記録するなど一極集中、画一化が進んだ。成熟した社会で、消費者の個性化は一層進んだものの多様化にはブレーキがかかった。消費に関する記号論的な解釈には限界があることを示している。

今後の消費社会を語る上で重要な視点として、「モノ離れ」「脱物質主義」を挙げている。三十年ほど前に海外から揶揄(やゆ)された「うさぎ小屋」は今でも劇的な改善がなく、こぢんまりとした住宅が日本には定着している。広さを誇示するような社会風土にならなかったことが住宅への過度なこだわりを排除した。今では衣食住の全般にわたって量的、質的な停滞が随所でみられるという。

自分の消費行動と比較しながら読み進むと、自らの消費態度の立ち位置が分かるなど興味深い発見がある。

■2006/02/05, 日本経済新聞 朝刊, 24ページ,

資本主義の未来を問う―変貌する市場・企業・政府の関係
資本主義の未来を問う―変貌する市場・企業・政府の関係日本経済新聞社 日経= 日本経済新聞=

日本経済新聞社 2005-12
売り上げランキング :


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

資本主義や市場主義に関する本が相次いで刊行されている。グローバリズムの浸透やインターネットに代表されるIT技術の発展・普及を背景に、資本主義や市場主義が私たちにとってより身近なテーマになってきた、何よりの証左ともいえよう。

もっとも、そうした書物の大半は資本主義や市場主義の在り方自体を論じていることが多く、その先にどのような未来が待ち受けているのか、具体的に私たちはどのような経済や社会を構築すべきなのか、日本経済はその中でどう位置づけられるべきなのか――などについてはまったく言及がないか、あっても見るべき内容に乏しいケースが大半だった。

約半年間にわたる新聞連載をまとめたこの本は資本主義や市場主義の在り方を巡る議論への深入りを慎重に避けながら、様々な角度から今後の資本主義の行方を展望してみせる。それも経済にとどまらず、政治や文化など幅広い視座から重層的に切り込むことで、単なる資本主義経済の将来図にとどまらない、歴史軸を備えた「資本主義社会の鳥瞰(ちょうかん)図」を描き出すことに成功している。

各章ごとに筆者が異なるため、全体としてのメッセージ性に欠けるのが難点。紙幅の制約もあって、問題の掘り下げかたも決して十分とはいえないが、資本主義社会の行方を分析したコンパクトな入門書として、それでも十分に魅力的だ。

■2006/02/05, 日本経済新聞 朝刊, 24ページ,

湾岸アラブと民主主義―イラク戦争後の眺望
湾岸アラブと民主主義―イラク戦争後の眺望日本国際問題研究所

日本評論社 2005-11
売り上げランキング :


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

サウジアラビア、クウェート、バーレーン、カタール、アラブ首長国連邦(UAE)、オマーンの六カ国は、王制・首長制を続け、湾岸協力会議(GCC)という地域機構を構成するアラブ産油国。日本も石油・天然ガス資源の多くを、GCC諸国に依存している。プラントや消費財輸出でも有力な市場だ。産業界で「中東」といえば、まず湾岸アラブ産油国を想起する。

だが、日本のアカデミズムやメディアで、これらの国々はマイナーな存在だった。ビジネスマン以外で在住経験のある人は少なく、この地域の現状を論じられる研究者の数も乏しい。日本の経済安全保障における重要性とカバーの手薄さのギャップを埋める必要がある。そのために外務省所管の機関である日本国際問題研究所が始めた研究活動の、最初の成果がこの本だ。

各章の筆者は過去に現地日本大使館の専門調査員などを務め、湾岸の現状にかなり精通した人たちである。米同時テロやイラク戦争を経て、湾岸諸国を取り巻く政治情勢は大きく変わった。各国がいま直面する最大の課題は、米国からの圧力と、政治システム変革への国民の期待感の双方が重なり合った結果としての「民主化」プロセスを、どう進めていくかだろう。

イラクも含めて湾岸諸国の政治体制にはそれぞれ固有の歴史的背景があり、政治改革の歩みも様々。その違いと共通の課題を認識するうえでの手掛かりになる一冊だ。

■2006/02/05, 日本経済新聞 朝刊, 24ページ,

ぼくの早稲田時代
ぼくの早稲田時代川崎 彰彦

右文書院 2005-12
売り上げランキング :


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

昭和八年(一九三三年)生まれの作者が若き日を振り返った青春回顧小説。一九五〇年代の学生生活が懐しく、愉快に語られる。

「ぼく」は昭和二十八年(一九五三年)に早稲田大学の露文科に入学する。滋賀県の田舎町の出身。中野区の野方に下宿して学校に通うことになるが、授業にはあまり出ない。

授業以外に楽しいことがたくさんあるのだから。メーデーのデモ、友人たちとのお喋(しゃべ)り、アルバイト、同人雑誌、「尾行恋愛」(電車の中で見かける美しい女学生のあとを追う)、旅行、酒。貧しいながらも大学生活を楽しんでいる。授業に出ている暇などない!

「漱石崇拝者」の「ぼく」が、同級生に夏目漱石の孫がいるのを知って、紹介してもらい漱石夫人のところを訪ねるところなど面白い。あの頃、鏡子夫人はまだ健在だったのだ。

堀辰雄に惹(ひ)かれ軽井沢に行く。川端康成の作品を思い浮かべながら伊豆を旅する。同時代の文芸批評家「黒田正輝」(花田清輝のこと)や作家の「風間高志」(埴谷雄高)の本を読み、本人に会いに行く。文学青年である。

経済白書が「もはや戦後ではない」と謳(うた)う前のことだから豊かではない。電熱器であぶったスルメや洗面器を鍋がわりにしたカキ鍋などが御(ご)馳走(ちそう)。酒は焼酎が多い。貧書生の暮しだが友人たちに恵まれ、いかにも楽しそう。青春とは友情の時代である。親友の「対馬宏之」は五木寛之のことだという。

なじみの店が出来る。中野の名曲喫茶「クラシック」とバー「ムンク」。そして二つの店で掛け持ちで働いていた女性と結ばれる。ロシア語の教授を拝み倒し、お情けで単位をもらい、なんとか卒業。北海道新聞への就職も決まり、めでたし、めでたし。

全体に明るく、屈託がない。主語が「ぼく」のせいもあるし、まだ世の中全体が貧しかったから、貧書生の暮しが苦にならなかったためでもあるだろう。

何よりもこの世代には「大学」に対する信頼感がある。デモの時に校旗を掲げ、校歌を歌っている。「大学解体」の運動を知っている世代とはそこに大きな違いがある。

■2006/02/05, 日本経済新聞 朝刊, 24ページ,

讃歌
讃歌篠田 節子

朝日新聞社 2006-01-12
売り上げランキング :


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

現代の風潮であるのかもしれないが、この頃はやけに〈感動〉という言葉が氾濫(はんらん)しているような気がする。しかも、その中身を聞いてみると“泣ける、癒される、元気が出る”の三要素がほとんどなのだ。逆に言えば、そのいずれかのツボをおさえておけば、人を感動させられるということになる。

だが、本当にそうなのか。いや、本当にそれでいいのか?

本書は、そうした巷(ちまた)で言う〈感動〉なるものの正体を探り、感動することを有り難がるすべての人間に対して疑問と警告の矢を放った、途方もない問題作である。

物語は、三十年ほど前に天才ヴァイオリニストと呼ばれた少女が、長い沈黙を経て今度は楽器をヴィオラに持ち替え、小さな教会でコンサートを開く場面から始まる。たまたまそれを聴いたテレビ制作会社の主人公は、突然理由もなく涙を流している自分に気づき、これほどの感動を人に与える人物のドキュメンタリー番組を作ろうと取材を開始する。彼女の過去は苛烈(かれつ)なものであった。そのことも劇的な効果を上げる要素とはなったが、何よりも彼女が奏でる“音”には、他の演奏家からは得られない絶対的な感動があったのだ。

案の定、番組は爆発的な人気を呼ぶ。と同時に忘れられた元天才ヴァイオリニストも、一躍時の人となって有名人に。だがその一方で、彼女の過去や演奏技術を疑問視する人々も出現するのだった……。

本書の見事さはまず、聞き手によっても大きく異なるであろう、音楽が人に与える心の安らぎや充実感など、清浄な気持ちにさせてくれるもの(ヽヽ)の正体を追い求める、一種の謎解きと言ってもよいサスペンスがしっかり描かれている。さらには、安易に感動を大安売りするテレビ制作現場と、そんなお安い感動を何の抵抗もなく受け入れる視聴者の姿も真摯(しんし)に描かれる。その上で真の感動とは何かを読者に問うのだ。しかしこれは何もテレビの世界だけのことではない。小説の世界では、もっと安直な感動が垂れ流されている現実がある。作者は暗にそのことも語っているような気がしてならなかった。

■2006/02/05, 日本経済新聞 朝刊, 24ページ,

文士一瞬―野上透写真集
文士一瞬―野上透写真集野上 透 根岸 基弘

柏艪舎 2006-01
売り上げランキング :


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

週刊誌などで活躍した写真家が、1959年から95年にかけて撮影した文士97人の肖像。若き日の大江健三郎や安部公房、眼光鋭い埴谷雄高、社交ダンスに興じる遠藤周作から田植えをする野坂昭如まで。多くはさりげない顔のアップだが、思想と言葉を蓄えた人々の表情は驚くほど雄弁だ。「文壇」という言葉が生きていた時代の香りを伝えている。写真は1970年、自決する4カ月前の三島由紀夫。

■2006/02/05, 日本経済新聞 朝刊, 24ページ,

消費者金融市場の研究―競争市場下での参入と撤退に関する考察
堂下 浩 (著)

金融のなかでウエートを増す消費者金融の分野には、大手銀行の参入が目立っている。半面、高利をむさぼる業界との批判も絶えない。本書は消費者金融を市場競争という観点から分析した研究書だ。金融論の枠組みを提示しつつ、消費者金融の歩みを振り返る。ローンの上限金利の引き下げが闇金融を増殖させたとされるメカニズムや、大手行や外資の新規参入と既存の中小業者の撤退のダイナミズムが、具体例とともに述べられている。

■2006/02/05, 日本経済新聞 朝刊, 25ページ,

指揮官の決断―八甲田山死の雪中行軍に学ぶ極限のリーダーシップ
指揮官の決断―八甲田山死の雪中行軍に学ぶ極限のリーダーシップ山下 康博

樂書舘 2005-11
売り上げランキング :


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

明治三十五年(一九〇二年)一月の八甲田山雪中行軍。対ロシア戦をにらんだ耐寒訓練が目的の演習だったが、青森連隊はほぼ全滅。一方、弘前連隊は全員見事に帰還した。明暗を分けた差は何だったのか。現役の企業経営者でもある著者は丹念に史料を調べ、弘前隊を指揮した福島泰蔵大尉の子孫にも会ってその真相に迫る。指揮官の周到な準備と的確な決断の有無が組織を活(い)かしも殺しもするという教訓は、ビジネス書として読んでも役に立つ。

■2006/02/05, 日本経済新聞 朝刊, 25ページ,

絵はがき100年 近代日本のビジュアル・メディア
絵はがき100年 近代日本のビジュアル・メディア橋爪 紳也

朝日新聞社 2005-01-12
売り上げランキング :


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

建築史が専門の著者が集めた戦前の絵はがきのうち約九十点を選び、その図柄から当時の日本の社会や風俗を考察する。明治末期から昭和初期にかけ、災害や事故、国民的行事のほか、学校の遠足や運動会、建物の落成記念など様々な場面で盛んに絵はがきが作られた。本書には関東大震災後の遺体写真や、飛行機の墜落事故を伝える新聞の号外紙面を載せたものなども掲載。メディアとしての絵はがきの力を生き生きと伝える。

■2006/02/05, 日本経済新聞 朝刊, 25ページ,

菊日和―母の日記が語る父との恋とあの頃の東京の暮らし
菊日和―母の日記が語る父との恋とあの頃の東京の暮らし波乃 久里子 瀞居 尚文

雄山閣 2005-12
売り上げランキング :


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

著者の弟・中村勘九郎の十八代目中村勘三郎襲名披露が行われていた昨春、母・久枝の戦時中の日記が見つかった。そこには、中村もしほ(後の十七代目勘三郎)との恋に悩む十九歳の乙女の胸の内が切々とつづられていた。この日記を軸に、六代目尾上菊五郎の長女として生まれ勘三郎の妻となった母の生涯を、新派女優の著者が哀惜を込めてつづった。戦前の六代目の私生活風景とともに、自立した女性の姿がほの見える。

■2006/02/05, 日本経済新聞 朝刊, 25ページ,

戦略マップ バランスト・スコアカードの新・戦略実行フレームワーク
戦略マップ バランスト・スコアカードの新・戦略実行フレームワークロバート・S・キャプラン デビッド・P・ノートン 櫻井 通晴

ランダムハウス講談社 2005-12-16
売り上げランキング :


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

著者の二人は「バランスト・スコアカード」と呼ばれる経営管理手法の開発者。経営方針に沿って財務力や顧客満足の向上、従業員の能力開発などで目標を立て、それぞれの達成度を分析しながら業務改革を進める。本書はこの経営管理の手引書で、企業の価値創造の源として重視されている人材育成、組織文化の形成について詳しく説いている。バランスト・スコアカードの導入企業は日本でも広がっているが、実践する際のポイントを押さえるのに役立ちそうだ。櫻井通晴ほか監訳。

■2006/02/05, 日本経済新聞 朝刊, 25ページ,

図書館の政治学
図書館の政治学東條 文規

青弓社 2006-01
売り上げランキング :


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

秩父宮ラグビー場や高松宮記念ハンセン病資料館のように、建物自体に皇族の名がいまもかぶせられていれば、皇室がスポーツの振興やハンセン病患者に対する救恤(きゅうじゅつ)に力を入れてきたことは容易に想像できる。だが、表面上はそうとはわからなくても、実は皇室と深いつながりのあった建物が全国に存在する。

図書館である。

本書は、明治以来の天皇や皇太子の行幸啓、あるいは大正、昭和の大礼(即位礼)や「紀元二千六百年」のような皇室儀礼を機に、植民地を含む全国各地で図書館がどのように建設されていったかを詳細にたどったものだ。近年における行幸啓研究の進展や、『大礼記録』をはじめとする重要史料の公開が、このユニークな研究を可能にしたといえる。

学校教育に比べて、図書館は国家に冷遇されてきた。それを強く意識した図書館人たちは、行政でなく、皇室に熱い期待を寄せた。明治から大正にかけて、二人の皇太子が全国を回れば、行啓記念として各地に図書館が生まれ、大正大礼や昭和大礼では日本図書館協会が奉祝記念事業として図書館建設の有効性を説いた。確かに統計的に見ても、大正や昭和の大礼は、大礼記念で生まれた県立図書館も含め、全国の図書館数を大幅に増やすことに貢献した。

しかし、たとえ建物はできても、その多くは設備、人員ともに貧弱で、閉館同様のものもあった。「健全有益の図書を選択する」ように求める文部省の「思想善導」も効いていた。「紀元二千六百年」でも、その傾向は基本的に変わらなかった。

本書は戦前までの記述で終わっているが、こうした負の「遺産」は、「図書館の自由」を確立させたはずの戦後の図書館界にも受け継がれているという。それを象徴するのが、一九九五年に富山県立図書館で昭和天皇の姿がコラージュされた大浦信行氏の図録が廃棄された事件であった。

行幸啓や大礼は、いまも続けられている。図書館が天皇制の呪縛(じゅばく)から完全に自由になれるのは、一体いつの日になるのか――そんなことを考えさせられた。

■2006/02/05, 日本経済新聞 朝刊, 25ページ,

ワイルドグラス―中国を揺さぶる庶民の闘い
ワイルドグラス―中国を揺さぶる庶民の闘いイアン ジョンソン Ian Johnson 徳川 家広

日本放送出版協会 2005-12
売り上げランキング :


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

「中国は、まだ変化する準備ができていません」。こう語ったのは、母親が邪教として弾圧された気功集団の「法輪功」信者で、当局の拷問で殺された中年の娘である。彼女は母親の死亡への補償に必要な死亡証明書を手に入れるべく、庶民の陳情を受け付ける「信訪局」を訪れるが、たらい回しの末に、逆に「行政拘留」三年の判決を申し渡されてしまった。共産党政権が自らの生き残りを優先し、異議申し立てを圧殺する状況に変わりはない。しかし、母親の信仰を嫌がり、保釈金の支払いを拒否した娘が、やさしさの中に公正の信念を秘めた信者の手助けや国際世論の支持を受けつつ、死亡証明書の入手で政府を訴え、当局の脅しにも屈しなくなるのだ。実は、中国の中には「変化する準備」がすでに始まっているのである。

本書は彼女を含めて、「変化する準備」をすでに始めた三つの庶民の事例を紹介している。過重な税負担に苦しむ数万人の農民による行政訴訟の代表を引き受けた独学の弁護士(正確には民事担当の法務士)、北京市の乱脈開発で立ち退きを迫られた住民の行政訴訟と歴史的な都市景観の観点から彼らを支援する建築学専攻の大学院生、そして法輪功信者の母親の拷問死で政府を訴える女性である。

今年一月一日をもって農業税が廃止された。廃止によって、最大の「弱勢群体(弱者集団)」である農民の不満解消が目指される。しかし、廃止が徹底するとはとても思われない。これまでも農民への税金は収入の五%以内に限るとの布告が繰り返しだされてきたが、実際には五%をはるかに超えて、さまざまな負担金が徴収されてきたからだ。しかしながら、農民を含めた反政府の「群体性事件」が頻発し、共産党政権も不満解消に真剣に取り組まなければならなくなっていることも事実である。

共産党政権の独裁はそう簡単には揺るがないが、しかし中国社会の中から変革を担う人々も着実に力をつけてきている。本書はこうした現代中国の実相と未来への期待を、詳細な調査報道で裏づけながら、しかし著者の中国庶民に向けた温かい共感の眼差(まなざ)しをもって描き出している。

■2006/02/05, 日本経済新聞 朝刊, 25ページ,

おそめ―伝説の銀座マダムの数奇にして華麗な半生
おそめ―伝説の銀座マダムの数奇にして華麗な半生石井 妙子

洋泉社 2006-01
売り上げランキング :


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

昭和三十年代の東京・銀座。作家や経済人らが毎夜のように集まり、「夜の文壇」「夜の財界」などと呼ばれた“伝説のバー”があった。「おそめ」というその店をマダムとして切り盛りし、川口松太郎の小説「夜の蝶」のモデルにもなった上羽秀さんの半生を追ったノンフィクションだ。

五年ほど前、友人から上羽さんの名前を初めて聞いたのがそもそもの始まり。京都のバーで彼女を見かけたという友人は、その美しさを褒めそやした。「おそめ」の存在も知らなかったが、どんな人なのかと興味を抱き、会いに行った。

「人の姿を見て心を打たれる、という経験を初めてした。優美さが内面からにじみ出ていて、美しい花を見たよう。この人の生涯を書きたい、と強く思った」

囲碁記者の傍ら、月一回は京都に上羽さんを訪ねた。ノンフィクションを手掛けるのは初めて。上羽さんに聞いた話をまとめれば、と考えていたが、彼女は自分のことをほとんど話さない。本人を知る人に話を聞き、当時の本や雑誌に目を通して、その生涯を浮かび上がらせた。

祇園の芸者を経て、二十五歳で京都にバー「おそめ」を開く。店名は芸者時代の名前からとった。三十代で銀座に進出してからは、飛行機で東京と関西を往復する生活を送る。

店には川口のほか大佛次郎、川端康成、丹羽文雄、白洲次郎らも足を運んだ。「川口さんがおそめさんにあてた手紙を見せていただいたら、とても情のこもった親身な内容。バーのマダムと客の関係を超えた人と人との心の交流を感じた」

上羽さんの家族をはじめ話を聞いた人は百人を超える。「『おそめ』のお客さんたちが執筆を応援してくれているよう」。八十歳を超えた上羽さんは、本書を手にして涙を流したという。家族もほとんど見たことのない涙だった。

■2006/02/05, 日本経済新聞 朝刊, 25ページ,

Edit

 
Copyright (C) 2004-2006 Ambitious Kanda, All Rights Reserved.