朝日新聞日曜版に掲載の書評を紹介します。

メイン > 朝日新聞日曜版『書評』 2008年4月27日

バートル ビーと仲間たち
バートル
ビーと仲間たちエンリーケ・ビラ=マタ ス 木村榮一

新潮社 2008-02-27
売り上げランキング : 1062

おすすめ平均 star
starおもしろいけど、バートルビーは「仲間」 を認めない・・・

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書けなくなった作家の饒舌な物語

今年1年の、いや、いっそのこと、今世紀10年のベスト翻訳書に挙げてしまおう。

『バートルビーと仲間たち』だって?! まず題名にのけぞった。町田康の小説に「ビバ!  カッパ!」と叫ぶ河童(かっぱ)が出てくるが、それを凌(しの)ぐ衝撃である。この台 詞(せりふ)は、本来、単独者である河童が仲間を讃(たた)えることの不条理を表現した ものだが、メルヴィルの描いた代書人「バートルビー」といえば、事務所にいても仕事をせ ず、対人関係を拒絶し、最後はひっそり餓死してしまう孤独の極北なのだ。「仲間」の反意 語と言える。

本書は、「文学的日食」に襲われて書くことをやめ、世の中に「ノー」と言い続けた「バー トルビー症候群」の孤高の作家が一堂に会した異色小説である。ソクラテス、ランボー、サ リンジャー、ボルヘス、ピンチョン等々。語り手自身も、書けなくなった元作家。彼がバー トルビーに直感を得、再び書きだす過程が作中に盛りこまれる。とはいえ出てくるのは、 ボードレールの「書かれなかった序文」や、「書けないこと自体が作品だ」というボビ・バ ズレンの「本文のないメモ」や、無限に逸脱した揚げ句、書くのを放棄した作家たち。語り 手が架空の著者と架空の手紙をやりとりし、バスの中で女連れのサリンジャーに会った「実 話」などを綴(つづ)るうちに、現実の波打ち際はどこまでも後退し、そのあとには、空漠 たる虚構の白浜が広がる……。

メキシコの作家ルルフォはかの『ペドロ・パラモ』の執筆時を振り返り、まるで誰かの「口 述」を書きとる感じだったと言い残し、その後ぱたりと書かなくなった。この代書人タイプ の「患者」は、文学史的にも重要な位置にある。「作者=筆生」という考え方は、古代ロー マにはすでに見られ、それはさらに、アリストテレスが「まっ新(さら)な書板」に準(な ぞら)えた「思考」の概念へと遡(さかのぼ)る。この書板は未(いま)だ起きぬあらゆる 可能性を含んだものであり、「何かができる」ことより、「しないこともできる」潜勢力に 強調をおく。存在と無の間。肯定でも否定でもないもの。何か頼まれるたびに、I wil l not(したくない、しない)ではなく、I would prefer not t o(しない方がいい)と拒み続けたバートルビーは、まさにそうした宙づりに耐え、あらゆ る可能性の「全的回復者」となる、と指摘したのは、哲学者のアガンベンだった。

生涯一編たりとも詩を書かずとも詩人は詩人、などと言うが、私が本書に感じるのは、創造 的な非生産力である。書かないソクラテスは弟子を通して「対話文学」を生み、ランボーは 書くのをやめたことで詩神となり、カフカは「書けないということを書くしかない」と言っ て書き、ホフマンスタールは「世界は言葉で表現できない」と延々言う『チャンドス卿の手 紙』で文学の新世紀を開いたではないか。そして本書。書か(け)ないことについてこれほ ど饒舌(じょうぜつ)に書いた書物は滅多(めった)にない。そう、「目に見えないからと いってテキストが存在しないわけではない」のだ。未来の萌芽(ほうが)はその中にある。  ビバ、バートルビー!【評 鴻巣友季子(翻訳家)】

■2008/04/27, 朝日新聞 朝刊, 11ページ

幕末不戦 派軍記
幕末不戦派軍記
野口 武彦

講談社 2008-0 3-01
売り上げランキング : 116


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歴史には、捏造(ねつぞう)されて語られる性質がもともと備わっているようだ。だから史 料そのものを読め、と人は言うが、ケータイ世代でなくともそれは不可能というもの。

ところが著者は、その不可能を可能にする達人だ。近世・近代史の膨大な史料を収集して読 み込み、必要箇所(かしょ)を引用して示しながら、シロウトにもわかりやすく語ってくれ る。かくして読者は、労なくして「幕末を知った」といった満足感に浸ることができる。

とくに本書では、狂言回し役としてお気楽な幕臣4人組が登場。しかも舞台は、長州、上野、 日光、会津、そして函館と誰もが知る戦場をダイナミックに北上するのだから、面白くない わけがない。

さて武具奉行として天下泰平を謳歌(おうか)していたこの4人、最大の特徴は何といって も「戦う気がないこと」。それは、長州戦争で駆り出されて大阪に赴いても同じだ。私たち が知る幕末の志士とはほど遠く、行った先々で名産物に舌鼓を打ち、観光に興じ、果ては 「姫回り」と称して今でいう性風俗店にも出入りしている。著者の言う「出張天国」である。

しかし、彼らがいかに太平楽に暮らしたいと願っても、世の中がそれを許さない。官軍に追 われて戻った江戸も無政府状態、ついには銃を取って戦線に立たなければならなくなる。武 士とはいえ忠義より自分の命、庶民感覚いっぱいの彼らの目から眺めると、あの大鳥圭介も 土方歳三も脇役となり、勝海舟に至っては口も人もなかなか悪かったことがわかってくる。 「歴史のヒーロー」というのも、もしかすると後世の人たちが作った幻想なのかもしれない。

それにしても驚くのは、この4人が実在の人物であったということだ。律義にも大阪滞在の 様子をひとりが詳細に記したものが残っていたため、平成の御世になって彼らは笑われなが らも歴史の案内役を務めることとなったのだ。こんな愉快な不戦派を“発掘”してきた著者 は天晴(あっぱ)れだが、「日記とはまことに恐ろしきものでござる」とつい、武士ことば でつぶやきたくもなる。【評 香山リカ(精神科医)】

■2008/04/27, 朝日新聞 朝刊, 12ページ

裁判員法 廷
裁判員法廷芦辺 拓

文藝春秋 2008-02
売 り上げランキング : 3668


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裁判員制度が導入されたある日。読者である“あなた”はある事件の裁判員に任命され、法 廷に座っている。あなたはあなたの責任において、あなたの目の前にいる被告が有罪か無罪 か、また刑の量定までをも判断しなければならない。いま、自信満々に冒頭陳述を行ってい るのは、若く気の強そうな眼鏡の美人女性検事。それに対峙(たいじ)している弁護人は三 十過ぎの、風采のあがらない、しかし大阪なまりもふくめてどことなくユーモラスな雰囲気 の男である。名前を、森江春策と言う……。

ここまで読んでなぁんだと思った方も多いだろうが、本書は本格ミステリー界の雄・芦辺拓 による名探偵・森江春策シリーズの最新作である。過去と現在が輻輳(ふくそう)する壮大 なプロットが見物だった『時の密室』や、黄金時代探偵小説への大胆なオマージュであった 『グラン・ギニョール城』に比べると、近未来の現実をバーチャルにシミュレーションして、 読者まで参加させる実験小説のおもむきがあるとはいえ、中編三作の連作による法廷推理と いう構成は、やや地味かもしれない。しかし、そこは名うてのトリック派、芦辺拓である。 連作という形式や、シミュレーション小説という形式そのものを逆手にとって、最後にあっ と声をあげさせる仕掛けが用意されている(その驚きを満喫するためにも冒頭の作者の指示 には従っていただきたい)。

設定が数年後の現代、登場人物にオタク好みの眼鏡女子まで登場させるというイマ風な趣向 を凝らしながら、この作品が、いつもの芦辺作品と同じくノスタルジックな雰囲気横溢(お ういつ)なのは、主人公をはじめとする登場人物たちが、みな正義を信じ、法を順守し、奇 怪な謎の裏に隠された真実を追い求めようとする姿勢を崩さないからだろう。昨今の若手作 家が、現実の引き写しのように異常者ばかりを登場させるのにいささか辟易(へきえき)し ていたミステリーファンとして、この古典的な装いがうれしい。

評者はさまざまな理由から裁判員制度には反対の立場だが、この作品には絶対的に支持を表 明するものである。【評 唐沢俊一(作家)】

■2008/04/27, 朝日新聞 朝刊, 12ページ

あなたが いるから、わたしがいる アフリカの子どもたちを救ったある女性の記録
あなたがいるから、わたしがいる アフリカ
の子どもたちを救ったある女性の記録メ リッサ・フェイ・グリーン 入江 真佐子

ソフトバンククリエイティブ 2008- 02-27
売り上げランキング : 30829

おすすめ平均

star読みながら受けるものが大きい本

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エイズ孤児を引き取り、育て続けて

アフリカでは、孤児は地域共同体が吸収して育て、社会問題化することはなかった。しかし HIV(エイズ)の出現で、共同体の吸収力を大きく超えてしまう。庇護(ひご)を失った 孤児は路上に放り出されることになった。

世界には1300万人のエイズ孤児がいる。うち1200万人がアフリカに集中していると いう。これは、そうした孤児を引きとったエチオピア人主婦の奮闘記である。

ハレグウォインは、首都アディスアベバの高校長夫人として幸せな中流家庭の生活を送って いた。ところが40歳代なかば、夫を心臓発作で失い、次いで娘をがんで亡くす。

世捨て人のようになっている彼女のところに99年、教会の司祭がエイズ孤児の女の子を連 れてくる。ハレグウォインは、喪失感を埋めるようにその子の世話をしはじめた。私の肺に また空気が入ってきた、と感じつつ。

それからが大変だ。うわさを聞いた人々が次々にエイズ孤児を連れてくる。子ども好きなハ レグウォインは断りきれない。昨日は兄弟、今日は赤ん坊……。03年、その数はついに3 0人を超した。

そこへ欧米人夫婦が養子を求めて訪れる。この本の著者もその一人だ。食事とベッド、そし て愛情。孤児たちにそういう生活を与えようと、ハレグウォインは養子を欧米に送り出しは じめる。

ジャーナリストである著者が米国の新聞に彼女のことを書いたため、多額の寄付が集まった。 それをめぐるやっかみ、密告、突然の逮捕。大波に翻弄(ほんろう)されながら、彼女はな お孤児を育て続ける。

日本のエイズ問題はまだ一般には深刻にとらえられていないようだ。しかしアフリカではそ れが隣近所にあふれ、日々の生活に荒々しく入り込んでくる。そんな現実を、襟首つかんで 見せつけられるような迫力がある。

本には「エチオピアとは」「エイズとは」「製薬会社の問題」などの一般的な解説が織りま ぜて書かれており、そのたびに読者はハレグウォインへの没入を断ち切られる。現地取材が すばらしいだけに、少し残念な構成である。【評 松本仁一(ジャーナリスト)】

■2008/04/27, 朝日新聞 朝刊, 12ページ

骨が語る 古代の家族―親族と社会 (歴史文化ライブラリー 252)
骨が語る古代の家族―親族と社会 (歴史文化ライブラリー 
252)田中 良之

吉川弘文館 2008-03
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九州大学の解剖学研究室で形質人類学を学んだ考古学者が、「人骨を使った考古学」により 親族組織分析を分かりやすく記した書。

歯の歯茎から現れている部分を歯冠という。個体間に親子・キョウダイ(親を共通にする男 女)の血縁関係があると、何本かの歯種の組み合わせについて、歯冠近遠心径(歯列方向の 歯の幅)の相関関係の数値が高いという。

著者は、縄文・弥生・古墳時代の墓出土の歯を計測し、個体間の血縁関係の復元を行う。あ る墓から男女一対の人骨が出土すると、素人のみならず考古学者でもすぐ夫婦合葬かと思う。 だが、歯冠計測値の相関係数が高ければ、その男女はキョウダイか親子なのだ。そして、人 骨の性別、若年・成年・熟年・老年の区別、追葬・改葬、さらに墓の築造過程や遺構遺物に より、墓・墓群の埋葬者の血縁・世代関係を復元できる。

縄文時代には、双系(父系・母系並立の親族関係)の部族社会が形成され、弥生時代には首 長墓が出現し首長制社会に移行するが、古墳時代になっても人々の親族関係は双系のままで あった。ようやく6世紀に、横穴墓などに血縁関係にない男女の合葬、すなわち父系の夫婦 墓が現れる。

日本古代社会は、双系制の特質を残しつつ父系親族関係社会へ転換したと提言する。【評石 上英一(東大教授)】

■2008/04/27, 朝日新聞 朝刊, 13ページ

中国動漫 新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす (NB Online book)
中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動か
す (NB Online book)遠藤 誉

日経BP社 2008-01-31
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おすすめ 平均 star
star強い説得力を持って読者を魅了する
starサブカルチャーの 威力が見える
star時代を感じさせてくれました

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日中関係を論ずる場合、首脳交流、経済交流、貿易、歴史教科書、「靖国」、愛国主義キャ ンペーンなどが主な話題となる。確かにこれらは重要なテーマである。しかし近年こうした 問題の水面下で、極めて重要な日中関係の構造・流れが形成されていることを知らなければ ならない。今年初めにおこった「冷凍餃子(ギョーザ)毒物混入事件」は、日本の食生活に 占める中国の存在の大きさを明らかにした。

本書で取り扱っている日本のアニメと漫画(動漫)は、じつは中国の多くの若者の心をとり こにし、対日イメージにかなり重大な影響を与えるようになった。戦争の歴史や愛国主義教 育によって形成された「反日感情」と、アニメや漫画を通して芽生えた「日本への好感」が、 一人の若者の内面で奇妙に併存していると筆者は洞察する。05年春に大規模な反日運動が 展開されたが、それでもその年に日本に来る中国人留学生の数は増えている。当時なぜとい う疑問を強く抱いた。本書はその疑問を解くカギを提供してくれたと同時に、政治体制の強 い制約の中でも、静かに思想・自我の解放が進んでいる中国の実態を垣間見せてくれた。

著者は中国で幼少期を送り、現在も中国と深くかかわりを持つ。日中関係の本質に迫るバラ ンスの取れた渾身(こんしん)の力作である。【評 天児慧(早稲田大学教授)】

■2008/04/27, 朝日新聞 朝刊, 13ページ

モダニズ ムとデザイン戦略―イギリスの広報政策
モダニズムとデザイン戦略―イギリスの広報政策菅 靖子

ブリュッケ 2008-02
売り上げランキ ング : 3436


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華やかなCMと官庁の地味な広報というものはなかなかイメージ的に結びつかない。国家が 発信する情報は民間のように利潤を追求するためのものではないという固定観念があるから だろう。しかしナチス政権下のドイツでは民族国家というイメージ形成のためにあらゆる分 野の芸術が動員されたことを考えれば、両者の結びつきは意外と深いことが分かる。これを ファシズム権力が民間への介入を図った特異な例ととってはならない。ドイツと敵対した英 国でも、広報活動において官庁が民間の芸術家をしきりに取り込んでいく現象が両大戦間に 観察できるからだ。

この時期、英国逓信省が採った広報戦略を歴史的に追跡し、ブランドイメージ形成のために 用いられた視覚表現がモダニズム芸術と緊密な関係にあったことを立証するのが本書の眼目 といえる。ロゴやキャッチコピーなど現代企業が展開するCI戦略の手法は、実にこの時代 にはあらかた出揃(そろ)っていたのだ。

ただしプロパガンダや利潤追求以前に、中産階級には不可欠のお上品さ(リスペクタビリテ ィー)が強くそこに要求されたところが、いかにも英国らしいといえる。審美的な判断にも 道徳律が問題とされるこの国ならではの文化的特徴を理解するためには、本書は恰好(かっ こう)のテキストとなるはずだ。【評 赤井敏夫(神戸学院大教授)】

■2008/04/27, 朝日新聞 朝刊, 13ページ

地球・環 境・人間 2 (2) (岩波科学ライブラリー 141)
地球・環境・人間 2 (2) (岩波科学ライブラリー 141)石 弘之

岩波書店 2008-02
売り 上げランキング : 2734


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迫る危機的状況、どう解決するか

地球環境の危機的状況に慄然(りつぜん)とせざるを得ない3冊である。

『地球・環境・人間2』は『地球・環境・人間』の続編であり、絶滅しつつある野鳥、アマ ゾンの破壊、カエルの大量絶滅、水質汚染といった自然環境の破壊の問題が報告されている。

とくに『地球・環境・人間』では「エイズウイルス感染者四千万人を超える」「武器取引の 規制運動、世界に広がる」「世界のスラム、一〇億人を突破」など、地球上の様々な場所で 起きつつある人間的悲劇についても、たたみかけるように危機的状況を伝える。これが、こ の二つの本を一層おもしろくしている。

『地球環境「危機」報告』も、取り上げるトピックの幅広さという点では同様であるが、よ り豊富なデータを駆使し、掘り下げて記述している。ただ、3冊に共通して、読み進むほど、 ところどころで、「ではどうすればよいのか」と考えざるをえなくなる。ある問題を解決し ようとすると他の問題が生起してしまう場合も少なくないのだ。

たとえば、砂糖キビなどを原料とするバイオ燃料は最近まで、二酸化炭素ガス排出量削減に 効果があるとして、万能薬のように推奨されてきた。ところが現在、まさにその需要増のた めに、食料品が値上がりしており、暴動すら発生している。アマゾンや東南アジアの熱帯林 が畑に転換されつつある。他方で、貧しい砂糖キビ栽培農民にとっては、これは朗報としか いいようがない。

「貧しい国から看護婦を奪うのか」という章では、「途上国が公費を使って育てた医師や看 護師を、欧米の先進諸国が横取りしている」といった国際移住機関の報告書が引用されてい る。しかし、移住によって本人はより多くの収入を手にし、家族も社会も潤う。場合による と現地政府も後押ししている。

多くの問題は、驚き怒る段階を通り越している。今後はさらに巨視的、総合的、包括的に解 決策を考えていく必要がある。むろんこの著者の「報告」が、その第一歩であることは間違 いない。【評 久保文明(東京大学教授)】

■2008/04/27, 朝日新聞 朝刊, 13ページ

ボスニア 内戦 [国際社会と現代史]
ボスニア内戦 [国際社会と現代史]佐原 徹哉

有志舎 2008-03-13
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「共存」から「殺戮」へと向かった現実

異なる言語と宗教を持ちながらも平和に共存してきていた町の住民が、いつの間にか異なる 「民族」だとして、お互いに武器を持って戦い、さらにはジェノサイドによって「民族浄 化」をすることになる。これが1992~95年に旧ユーゴスラビアのボスニアで繰り広げ られた「内戦」なのだ。そこには目を覆いたくなるような殺戮(さつりく)の現実があった。 しかし、一体なぜこういうことが起きたのか。この強い疑問から本書は生まれた。

1918年の建国から、第2次世界大戦の経験、そして独自の社会主義体制の成立という ユーゴスラビアの歴史を押さえた後、本書は、ボスニアに住むセルビア人、クロアチア人、 ムスリムのボスニア人が、言語・教育・民族観など「同一文化」をもつがゆえに、共存から 武力対立へと等しく追い込まれ、残虐行為に走った過程を、豊富な史料によって解明する。 そして、従来のメディアによるプロパガンダ的な諸説を次々と批判する。だが、本書の中心 的主張はそこにはない。

一般に「内戦」は、社会主義が倒れたあと、民族主義が人々を対立させた結果だと言われて いるが、これは違う。社会主義の体制がグローバリゼーションのもとで崩壊し、町や村の ローカルな世界で無法状態が現れたとき、戦争時の記憶や経済的格差などローカル世界固有 の理由から住民間の対立が顕在化し暴力化した。各地で市民が行った平和を求める運動も暴 力で圧殺され、市民自身でローカル世界を再建することができなかった。逆に、他者への恐 怖が市民を捕まえ、市民はジェノサイドに参加していった。そして、殺し合いへの参加によ って「民族」の一員である自分を発見したのだ。民族主義はいくつかの要因の一つでしかな かったと言う。

確かにグローバリゼーションによるローカル世界のカオスがジェノサイドにつながるという 意味で、ボスニアの問題は今日に至る世界的な意味を持っている。ボスニア社会の丁寧な説 明や、用語上の考慮が欲しかったりするが、読者を主題に引きずりこむ迫力のある力作であ る。【評 南塚信吾(法政大学教授)】

■2008/04/27, 朝日新聞 朝刊, 13ページ
 
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