週刊ダイヤモンド連載中の書評を紹介します。

メイン > 週刊ダイヤモンド『今週の逸冊』 2005年10月1日~12月14日

“現代家族”の誕生―幻想系家族論の死
“現代家族”の誕生―幻想系家族論の死岩村 暢子

勁草書房 2005-06
売り上げランキング : 5,087

おすすめ平均 star
star伝統の断絶
star現代の食の激変のきっかけは戦後にあった

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本書は、昨年五月に本欄で取り上げた『変わる家族 変わる食卓』を書いた岩村暢子氏による現代家族を知るための「実証考察学」の第二弾である。前書は一九六〇年以降生まれの一五一世帯の主婦が提供する一日三食の食事の詳細な記録を取り、日本の家庭の食卓が崩壊しつつあることを明らかにしたものであったが、本書では、どうしてそのような崩壊が起こったのかを、前書に登場した主婦たちの実母四〇人にインタビューすることで検証したものである。

著者の分析手法は、観念的な(著者によれば幻想系)家庭生活観を客観的な事実確認によって論駁していくというユニークなものである。 根が深い社会や家族の問題

著者が発見した事実は、
(1)いま食を崩し始めている現代主婦の母親たちは戦中・戦後の食糧難時代に成長期を過ごし、昔ながらの家庭の食を食べることができずに育った世代であったこと

(2)この世代は、戦前・戦後の価値観の転換や高度成長で次々に新しい電化製品や便利な加工食品が登場したこと、テレビや雑誌からの情報で新しいライフスタイルを取り入れていったことなどを通して、固定的なスタイルを守るというより、常に新しいスタイルに追いついていくべきだということを実体験した世代であること

(3)この世代は高度成長期の恩恵を最も受けており、十分に子どもに資金や時間をかけて育てていること。また、自分たちの戦中・戦後の苦労を子どもたちにはさせたくないという意識や自由放任主義志向も強かったこと、である。

このような事実を前に、著者は「今日浮上しつつある深刻な家族問題や奇妙な社会現象のいくつかは、このような家族の歴史のうえに、今ようやく顕在化し始めたことのように思えてならない」と結んでいる。

社会経済の構造変化は短期的で表層的な政策や一過的な流行によってもたらされるものではなく、世代を超えて無意識のうちに、しかも社会全体が一定の方向性を持って変わっていく。評者も、現代の家族問題に端を発する社会問題の解決は容易ではないということを、本書を読むことで実感した。【評者 北村行伸 一橋大学経済研究所教授】

■2005/12/24, 週刊ダイヤモンド

不均衡発展の60年―低収益経営システムの盛衰と新時代の幕開け
不均衡発展の60年―低収益経営システムの盛衰と新時代の幕開け井手 正介

東洋経済新報社 2005-11
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本書は、一九九四年にファイナンス理論の研究者である井手正介氏が出版した『日本の企業金融システムと国際競争』の続編だ。同氏は企業金融システムの面からわが国経済を詳細に考察し、過去の成長が不均衡な発展であったと断じている。さらに、今後、わが国の企業経営が取るべき進路を示しており、ぜひ、参考にしたいポイントである。教科書にして、何度でも読み返したい書物だ。

同氏が提示している三つの考え方は、今後のわが国の企業金融や経営手法に、きわめて有益な視点を示している。

一つは、わが国経済が、伝統的に“マクロ資本主義”の形態であったことだ。わが国では、従来、個々の企業が収益性を犠牲にしてでも、マーケットシェアを維持する行動様式を取ってきた。それは、資本効率を犠牲にしてでも、経済全体の規模や輸出競争力の向上を優先する“マクロ資本主義”であった。一方、米国では、個々の企業がそれぞれ経営効率を上げて収益を極大化する“ミクロ資本主義”であり、両者の基本的な考え方には、大きな差異が存在する。この事実認識は、今後の進路を考えるうえで、重要な出発点になる。

二つ目は、わが国経済が“マクロ資本主義”に基づいて成長してきた過程で、“マクロ資本主義”を標榜するあまり、資本収益性を犠牲にしてきたことだ。これが、「不均衡発展」の正体である。本来、資本主義の原理に従えば、資本効率の低下は企業の淘汰に帰結するはずなのだが、わが国の場合は、金融・資本市場の政府の管理政策や、企業と金融機関との密接なリレーションシップなどの要因が、その不合理を温存してきた。その歪みが、九〇年代初頭のバブル崩壊によって露呈した。本書には、それが実証的に示されており十分な説得力がある。

三つ目は、今後の企業経営が進むべき指針が、欧米型の「株主価値重視経営」と述べている点だ。経済・金融がグローバル化した現在、わが国だけが資本効率を犠牲にし続けることはできない。資本効率を重視して、株主の期待に応える経営を行なうことは不可欠であり、必然といえるだろう。【評者 真壁昭夫●信州大学経済学部教授】

■2005/12/17, 週刊ダイヤモンド

川本裕子の時間管理革命
川本裕子の時間管理革命川本 裕子

東洋経済新報社 2005-07-29
売り上げランキング : 321

おすすめ平均 star
star【大切な時間の管理方法】
star今すぐ使える、というものではない
star特に新しいことはないけど基本かも

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四〇年、一年二五〇日、一日一六時間とすると人間が一生のあいだで仕事に使えるのは一六万時間ということになる。多いと思うか少ないと思うかは本人次第だが、生きる以上はできるだけムダをしたくないと思うのが当たり前の人情だろう。

本書は銀行員、ビジネスコンサルタント、そして大学教授という多彩な職業をこなして現在大活躍中の著者が自らの職場と家庭での生活で会得した知恵と経験から、どうしたら時間を有効に使えるかを教えてくれる読み物である。説教めいた調子がまったくなく、すべてが大変具体的で平易に語られているからとても読みやすい。幅広い読者層に重宝がられることだろう。 成功と失敗を分けるもの

しかし、この本を単なる実用書だと言ったら著者は怒るだろう。軽い語り口の底に著者の並々ならぬ強い人生観が貫かれているからである。著者が繰り返して主張しているのは、われわれは何をしていても常にその行為の意義を考えようとする視点を持っていなければならないということである。それによって初めて時間を有効に使うことができる。

そしてそれができるためには、自分のしていることを同じ平面からでなく、少し高いところから見る努力がなければならない。自己を客観視するということ、それでなおかつ情熱を失わないというのは決して容易なことではないが、そこに人生の意義があるのだと著者は言うのである。

これは重要な指摘である。著者の意をあえて敷衍(ふえん)すれば、それは自己矯正能力の重要性ということになるのではないか。

個人のみならず市場も企業もさまざまなベクトルで動いている。個々の行動はいずれも主観的には合理的な判断に基づいているはずである。問題は、合成の誤謬が生じたとき、それを自ら矯正する力を持っているかどうかで市場や企業や個人の成功失敗が決まるのである。著者が強調する「自分を知ること」の重要さはそれがあって初めて自己矯正が可能になるからであろう。

単なるハウツー物から一歩先に出た啓蒙書である。【評者 行天豊雄 国際通貨研究所理事長】

■2005/12/10, 週刊ダイヤモンド

現代企業の組織デザイン 戦略経営の経済学
現代企業の組織デザイン 戦略経営の経済学ジョン・ロバーツ 谷口 和弘

NTT出版 2005-11-12
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日本経済は「失われた一五年」を抜け出す出口がようやく見えてきたようだ。

しかし、これを景気循環だと考えると、その長さと深さは理解しがたい。これを克服したのは「小泉構造改革」だ、というのも短絡的だろう。その原因は、著者も日本語版序文で指摘するように、「一時は環境に適応していた日本の企業モデルが、環境の大きな変化に適応できなかった」ことによると考えられる。

こうした問題を経済学で分析することは難しい。新古典派理論では、企業は内部構造を持たない個人商店のような存在と考えられているからだ。しかし、ここ一〇年ほどのあいだに、企業についての経済理論は急速に発達した。本書はそうした新しい企業理論の成果をコンパクトにまとめたものだ。 環境の変化に対応するための理論

本書のエッセンスは、第二章「組織デザインの主要概念」にまとめられている。そこでは「補完性」や「非凸性」などの概念で組織を分析している。

たとえば日本企業が高い競争力を発揮した自動車・家電などの分野では、生産要素の補完性が強く、複雑な共同作業の整合性(コヒーレンス)が重要で、一つの要素の水準だけを引き上げても全体の水準は上がらない。

しかし社内の調整では対応できない環境変化もある。高い山と低い山があるとき、低い山の頂上でいくらがんばっても高い山の頂上にはたどり着けない。このように「局所的最適」な点が複数ある(凸凹した)環境を「非凸」の集合と呼ぶ。この凸凹のなかで、どこが「大域的最適」であるかを見極めるのが企業戦略だ。

日本の企業の意思決定は内向きで、社内のコヒーレンスは大事にするが、環境変化に社内の調整で対応しようとする傾向がある。しかし大局的な環境変化を見極め、一時的にコヒーレンスを断ち切ってでも改革を行なうことが経営者の仕事なのである。

本書は、こうした理論を展望するとともに、それを多くの具体的な企業のケースで検証している。企業戦略を系統的に考えようとするビジネスマンには、参考になるであろう。【評者 池田信夫 須磨学園情報通信研究所 研究理事】

■2005/12/03, 週刊ダイヤモンド

零度の社会―詐欺と贈与の社会学
零度の社会―詐欺と贈与の社会学荻野 昌弘

世界思想社 2005-10
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経済学は、経済現象を「交換」になぞらえて理解しようとする。ただし、かつての理論では、交換当事者が同じ条件にあることが要求された。つまり一方は素人、他方は名うてのプロ、といった場面は除外された。

理論としてはそれでよかろう。しかし現実の「商売」ではありえない話だ。加えてもう一つ、この条件の下では「詐欺師」もまた現れようがない。そして詐欺師の現れなかった経済というのも、古今東西例があるまい。はたして「詐欺」を例外視していて市場経済を理解できるのか。本書は、こうした斬新な角度から問いを投げかけつつ、身近な例外である「詐欺」について、刺激的な論考を展開している。

本書のユニークさは、「詐欺」を「騙す」側からではなく、むしろ「騙される」側から読み解こうとした点にある。また単に犯罪としての詐欺を考えるというよりは、詐欺とわかっていて、なお身を委ねてゆくかに見える「被害者」たちの行動心理に、経済ルールと一体化しつつある日常への一種の抵抗を読み取ろうとする。

つまり、いかにして詐欺から身を守るかといった実学的関心が本書のテーマではなく、市場のモラルとルールの裏をかくものとしての詐欺に現代ならではの解放願望を読み取ろうとする。われわれが映画「スティング」や「水戸黄門」(本書によれば水戸のご老公も立派な詐欺師である)のような見事な詐欺に、思わず喝采を送ってしまうのはそのためである。なるほどとうなずける展開である。

もっとも、本書の言からすれば、詐欺師とセールスマン、あるいは詐欺と販売は紙一重ということになろう。それは誰でも感じていることだ。それが手口だとわかっていてもつい乗せられてしまうあたり、著者の言う「騙される」側の解放願望と共通する面があろう。

しかし、多くの人はそれでも詐欺と販売は違うはずだと感じているだろう。これは単なる錯覚なのか。日常経験にも応用できるような理論化がなされていれば、さらに興味が深まったと思われる。

着眼の新鮮さを堪能できる一書である。【評者 井上義朗 中央大学商学部教授】

■2005/11/26, 週刊ダイヤモンド

ハードワーク~低賃金で働くということ
ハードワーク~低賃金で働くということポリー・トインビー 椋田 直子

東洋経済新報社 2005-06-17
売り上げランキング : 263

おすすめ平均 star
starチャレンジ精神は認めるけど・・・
star現代への布石か
star『ムハマド・ユヌス自伝-貧困なき世界を目指す銀行家-』と合わせ読みたい

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第一章に怖い一節がある。いわく、「上下の所得格差が開くにつれて、社会的な上下移動にもブレーキがかかってきたのだ。……いまや、下にいる人たちは、どうやっても頂上にはたどり着けない」。

著者は英国「ガーディアン」紙の熟練コラムニストだ。副題にある「低賃金で働くということ」の実態を知るために、生活困窮者になりすます。そして、斡旋されるままに、病院の運送係に、電話の押し売りセールスに、老人ホームの介護助手に、給食のおばさんに、にわかケーキ職人に、と手当たり次第、ありとあらゆる低賃金労働に従事する。本書は、その体験記である。

孫もいるという年ばえの著者にとって、これだけの多様な重労働に就くこと、それ自体がまさしくハードワークだ。だが、鉄のおばさま記者はそれを物ともしない。低所得者用のボロ宿舎で一人暮らしをしながら、アングロサクソン資本主義下における社会的弱者たちの実態を全面体感し、余すところなくルポしている。

弱者たちの生活実態はすさまじい。だが、それにも増してすさまじいのが、「民間委託」というやり方に潜む搾取と差別の構図だ。

著者が体験したハードワークの一つに、英国外務省内の託児所での仕事があった。エリート外務官僚の子どもたちが相手だから、すばらしい設備だ。だが、その運営を委託された民間会社は、コスト圧縮のために派遣従業員を多用し、彼らを超低賃金でこき使う。「民間委託」で経費節減を実現した外務省は、その実情から徹底的に目を背ける。見ぬ物清し、である。

やれ「エージェンシー化」だ、やれ「市場化テスト」だ、と「民にできることは民に任せる」方式を無神経に貫くと何が起きるか。そこに追及の目を向けたところに、本書の大きな価値がある。

お役所仕事を民活導入で効率化することはいい。雇用形態の多様化・柔軟化も結構だ。だが、そうしたなかで起きる切り捨てを黙殺すると、その先にあるのは結局のところ経済社会の荒廃だ。

小泉純一郎首相向けの推薦図書である。【評者 浜矩子 同志社大学マネージメントスクール教授】

■2005/11/19, 週刊ダイヤモンド

素数ゼミの謎
素数ゼミの謎吉村 仁

文芸春秋 2005-07-12
売り上げランキング : 306

おすすめ平均 star
star大自然の中で生き残るために進化していく生物の驚異を味わえる書
starあっという間に!読み終えて
star興味深いですが、大人向けではありません

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本書は米国南部・東部で定期的に発生するセミの大群の秘密を、進化論と数学の概念を使って見事に説明した科学読み物である。

セミは生涯の大半を地中で過ごし、地上に現れてわずか二週間のうちに子孫を残して死んでしまう。日本のセミの生涯は七年周期であり、出現する地域も限定されていないのに対して、米国のセミは一三年周期と一七年周期であり、それぞれの年に出現する場所が限定されている。

本書はこの米国の周期ゼミに関する三つの謎を解くことで進行していく。すなわち、(1)なぜこんなに長年かけて成虫になるのか?(2)なぜ同時に同じ場所で大発生するのか?(3)なぜ一三年周期と一七年周期なのか? 交雑の機会は二二一年に一度

まず、長年かけて成虫になるのは、北米各地が氷河期に入り温度が低下し、成虫になるのに時間がかかるようになり、やがてそのパターンが身についたということである。また、同じ場所で大発生するのも、氷河期に生き延びたセミが、成虫になって地上に出たときにパートナーを容易に探すことができるように、一定地域に群れをなして発生する性質を身につけたのだと解釈されている。

最後に、なぜ一三年周期と一七年周期なのかという問題の答えがユニークだ。すなわち、一三と一七は共に素数であり、その周期ゼミが同じ年に出会うのは最小公倍数の年であり、この場合は二二一年に一度ということになる。これが六年周期と八年周期のセミであれば、二四年に一度出会うことになり、はるかに頻繁に周期の違うセミ同士の交雑が起こる。その結果、親とは違うさまざまな周期の子どもが生まれ、パートナーがうまく見つからず、子孫を残すことなく絶滅していったと考えられる。それに比べて、素数周期ゼミはほかの周期ゼミとの交雑の確率が少なく、同一周期のセミが生き残ったということである。

セミが地中で生存できる生物的限界がほぼ一七年ぐらいであるともいわれており、素数の概念など知る由もないセミが進化の極限まで行き着いた姿は感動的であると同時に、自然の摂理の合理性にただただ驚かされる。【評者 北村行伸 一橋大学経済研究所教授】

■2005/11/05, 週刊ダイヤモンド

消費税15%による年金改革
消費税15%による年金改革橘木 俊詔

東洋経済新報社 2005-08-31
売り上げランキング : 19,214

おすすめ平均 star
star素晴らしい提案と思う。

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本書は、労働経済学などの研究で著名な橘木俊詔氏が書いた年金改革の啓蒙書だ。タイトルはやや刺激的だが、同氏の年金改革の提言は明快で、説得力がある。また、年金制度の歴史がコンパクトにまとめられており、年金の仕組みを理解するにも役立つ。

今後、急速な少子高齢化に直面するわが国では、国民の公的年金に対する信認は低く、年金制度の改革は喫緊の課題である。 年金一元化と消費税方式を提言

同氏の提言は、主に二つの部分からなっている。一つは、公的年金制度を一元化することだ。年金とはそもそも、リタイア後に大きな不自由なく安定的な生活ができることを保障する仕組みである。現在のように雇用者や、雇用の条件などによって異なる制度を採ること自体が不自然だ。厚生年金、共済年金、国民年金を一つの制度に集約する。至極当然の議論だ。

二つ目は、基礎年金部分を全額消費税、しかも累進性の消費税によって賄う方式への変更だ。現在のように未納率の高い保険料徴収の仕組みを、インボイス方式による消費税方式に変えることによって、年金財政を無理なく継続できるように改革するのである。消費税は、品物の贅沢度に応じて、税率を累進性にして、中・低所得者に対する負担を軽減する工夫もビルトインしてある。

そうした条件を前提にすると、将来の年金制度を維持するために、消費税を一五%に引き上げる必要があるというのが本書の主張だ。

これらの議論は、いずれも同氏のしっかりした基礎研究のうえに組み立てられている。それに反論があるとすれば、人びとの価値観の違いや、改革案の実現可能性についての議論だろう。

ただ、改革提言の出発点は明確な理念や目的意識が必要だ。本書には、国民に安心感を与えると同時に、経済効率を損なわないという、明確な目的が示されている。その目的を実現するために、何を行ない、何を捨てるか、という優先順位の議論をすればよい。

その意味で一五%の消費税は、大きな意味を持つ。国民が公的年金制度を真剣に考えるとき、有用なメルクマールとなるからだ。【評者 真壁昭夫 信州大学経済学部教授】

■2005/10/29, 週刊ダイヤモンド

日露戦争史 - 20世紀最初の大国間戦争
日露戦争史 - 20世紀最初の大国間戦争横手 慎二

中央公論新社 2005-04-25
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おすすめ平均 star
star一般向けに冷静に書かれた良書です
star互いの無知と不信が原点か
starオーソドックスな日露戦争通史

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二〇世紀の初頭に行なわれた日露戦争でアジアの新興国が欧州の大帝国を破った。それは近代日本にとってきわめて重要かつ貴重な経験であったのみならず、その後のアジアと世界の動きに大きな影響を与えた出来事でもあった。現在に至るも日本人にとって日露戦争はほとんどかげりのない栄光として記憶されている。司馬遼太郎(しば・りょうたろう)著『坂の上の雲』に代表される明治賛歌は二〇世紀末の閉塞状況にあった多くの日本人にとって貴重な清涼剤でもあった。

だが、日露戦争は日本と世界の近代史を冷静に考えるという視点からはさらに広く深く、そして現在と結び付いた洞察の対象となってしかるべきテーマであるだろう。

その意味で本書は、簡潔ではあるが、そういう問題意識を明確に提示した優れた業績であると思う。歴史を観る者は鳥のように大空から俯瞰し、虫のように地表を探り、魚のように流れを見出さねばならぬといわれるが、本書はまさにそのような歴史観を追究しようとする貴重な試みである。

著者は広範な史料を基にして日露両国における政策決定の過程や主要な戦闘の経緯を再現している。冷静で詳細なその記述はあたかも記録映画を見ているような臨場感と緊迫感を味わわせてくれる。のみならず著者はそのような微視的描写と並行してその背景をなす世界の動きに目配りすることも忘れないのである。

印象に残った著者の指摘がいくつかある。一つは、日露戦争における日本の政策姿勢が「欧米諸国に対しては分をわきまえた新興国として振る舞い、東アジアでは巧みに自己の地歩を固めて影響力を増していた」というところである。もう一つは、ロシアでは戦後日露戦争の歴史を検討する委員会が設置され、膨大な史料を基に非常に詳細で厳しい戦史が編纂されたのに対し、日本の公式の戦史が奇妙なほど分析姿勢を欠いていたという指摘である。

日露戦争後四〇年の日本を振り返ると、戦争で大事なのはそれが正義のためだったかどうかではなく、賢かったか愚かだったかだとつくづく考えさせられる。【評者 行天豊雄 国際通貨研究所理事長】

■2005/10/22, 週刊ダイヤモンド

明日は誰のものか イノベーションの最終解
明日は誰のものか イノベーションの最終解クレイトン・M・クリステンセン スコット・D・アンソニー エリック・A・ロス

ランダムハウス講談社 2005-09-16
売り上げランキング : 4,509

おすすめ平均 star
star判りやすいのだが,,,
starやっとわかった!
star歯ごたえ十分

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著者の一人、クリステンセンが八年前に書いた『イノベーションのジレンマ』(邦訳は翔泳社)は、いまや経営学の古典の一つといってもよいだろう。

彼は、優良企業が、その技術が優秀であるがゆえに新しい企業の挑戦に敗れるというパラドックスを分析した。その後、彼の理論は『イノベーションへの解』(翔泳社)として発展したが、本書はその理論を多くの産業のケーススタディによって検証したものである。 変化のシグナルから未来を予測

この理論の中核にあるのは、『イノベーションのジレンマ』以来のテーマである「破壊のイノベーション」だ。企業は、普通、既存の製品を改良する「生き残りのイノベーション」に力を入れ、それよりも安価で質の劣る破壊のイノベーションを「おもちゃ」として軽視し、結果的に競争に敗れることが多い。

もう一つの柱は、「バリューチェーンの進化」である。製品の性能が市場の要求に満たないときは、製品全体を調整して性能を上げる必要があるので、統合的なイノベーションが行なわれる。製品が成熟すると、要素技術が「モジュール化」され、製品がばらばらの部品の組み合わせで実現できるようになり、「日用品化」する。

第二部では、この理論を教育、航空、半導体などの産業に適用して、それらの今後の方向を予測している。

そこに一貫しているのは、未来を過去の単純な延長と考えるのではなく、業界の状況を前述のような理論で分析し、そこに見られる「変化のシグナル」から、次に何がくるかを予測する姿勢である。

経営学の教科書といえば、ケースを羅列したものが多いなかで、本書はそれを理論的に解明している点に特色がある。

ただ、理論といっても経済学のように抽象的なモデルではないので、とっつきやすい反面、どうにでも都合よく解釈できる曖昧さがある。

また全体に繰り返しが多く、冗漫だ。邦訳は、やや生硬でわかりにくく、「回線交換」を「回路交換」とするなど、専門用語の誤訳が散見されるのが残念である。【評者 池田信夫 須磨学園情報通信研究所 研究理事】

■2005/10/15, 週刊ダイヤモンド

ここが危ない!アスベスト―発見・対策・除去のイロハ教えます
ここが危ない!アスベスト―発見・対策・除去のイロハ教えますアスベスト根絶ネットワーク

緑風出版 2005-08
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アスベスト問題が後を絶たない。先日も、ある小学校で教室の天井からアスベストが発見され、急きょ体育館に仮教室を作って授業をしているというニュースがあった。そもそも日本でアスベスト問題が浮上したのは一九八七年。小中学校の教室にアスベストが使われていたことが報じられ、大問題になったことがきっかけだった。以来二〇年近い時日が経過しているというのに、なぜいまだに、基本調査すら完了していないのか。 まだまだ足りない知識と情報

アスベストの使用範囲からすれば、ほとんどの日本人が、大なり小なりアスベストを吸い込んでいると考える必要がある。そしていったん悪性中皮腫などを発症した場合、有効な治療法はまだ存在しないという。

それにしては、行政当局はもとより、一般市民の危機感もなぜか弱い。知識と情報の不足がやはり大きいのではないか。

本書は一六〇ページ程度の小著ながら、アスベストについてわれわれがまず知りたいと思う基礎的な知識を要領よく伝えている。これほど問題化しているのだから当然アスベスト使用は禁止されているだろうと思っていたが、日本ではまだ年間二〇万トンものアスベストが輸入されているという。

アスベストというと、ビルやマンションのエレベーターシャフトや駐車場をイメージするが、木造住宅の防火用外壁や、最近の洋風戸建て住宅などに見られる薄い瓦にはアスベストを使っているものがあるらしい。いずれも代替品があるというから、これから住宅を建てる人は知っておく必要があろう。本書はさらにアスベスト相談窓口、アスベスト検査機関、対策工事に関する融資制度の情報なども載せている。実際、アスベストが気になっても、相談先がわからずに困っている事業所も多いのではないか。

こうした問題は本来、地域差を残さぬよう広域行政で対処すべきであり、向こう四年間安泰になったのであれば、腰を据えてまず取り組むべき国政課題にも思えるが、事は急を要す。

物騒な表現ながら、なんにつけ市民の知識武装が求められる時代になったと思う。【評者 井上義朗 中央大学商学部教授】

■2005/10/08, 週刊ダイヤモンド

もう、神風は吹かない
もう、神風は吹かないシュミット村木眞寿美

河出書房新社 2005-07-14
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戦後六〇年の今年、書店は第二次世界大戦を語る著作の数々でいっぱいだ。そのことに少々安堵する。節目節目で戦争の記憶をたどろうとする世相が消滅したときが怖い。そうならないことを祈る。

数冊読んだ類書のなかで、本書に最もつらい思いをさせられた。読みにくいわけではない。筆致は簡潔だ。つらいのは、著者と取材相手とのあいだに起こる思いの衝突と交錯である。

「『特攻』の半世紀を追って」の副題のとおり、本書は生還した特攻隊員たちとの会話を軸に展開していく。著者はドイツ在住が長い。娘の夫がドイツ放送協会の極東特派員で、特攻に関するドキュメンタリー番組をつくることになった。その彼の取材に通訳を兼ねて同行するなかで、著者独自の神風探訪が進む。 涙のテーマパーク 特攻平和会館

著者は鹿児島・知覧の特攻平和会館を繰り返し訪れている。「特攻の勇士」を徹底的に美化するその設計思想とセンチメンタリズムに、著者は限りなく怒りとおぞましさを感じている。「知覧、涙のテーマパーク」と言い捨てる筆運びに、胸をえぐられる彼女の思いが滲み出ている。みぞおちが凝縮する感じなのだろうなと思う。

涙のテーマパークを語る件(くだり)に、驚くべき一節があった。「いろいろなところに、たくさんの千羽鶴がかかっている。見学の生徒のものらしい。『ありがとう。あなたのお陰で平和がきました』……」。とんでもない論理の転倒がそこにある。これを目の当たりにした著者が、「ちょっと待って。もう少し考えて。千羽鶴よさようなら」とやり切れなさを悲鳴にしている。

このやり切れない思いを、著者は特攻生還者たちと共有したい。ところが、それが決して簡単ではない。言下に戦争を否定し、自分たちを自爆死に追いやった軍部への怒りを爆発させてほしい。だが、彼らの口は重く、心境は複雑だ。

そのときの自分の全否定につながる特攻批判に、彼らはそう簡単に乗ってはくれない。もどかしさに著者の胸がかきむしられる。ここが本書のつらいところだ。だが、そのつらさのなかから、戦争というものの邪悪さの根源が浮かび出てくる。【評者 浜矩子 同志社大学マネージメントスクール教授】

■2005/10/01, 週刊ダイヤモンド
 
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